あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

磯部淺一 ・ 家族への遺書

2021年08月15日 13時49分00秒 | あを雲の涯 (獄中手記、遺書)


拝啓
梅雨が晴れたら厚くなる事だらう
御前達は元気かね
私はとても元気だ
身体も元気だが それよりも精神が非常に元気だから安心せよ
次の件は よく考へてそれぞれ処置せよ
一、臼田様へ手紙を出したいから住所を至急通知せよ
一、山口と新京へは私が決して忠義をフミチガヘテ居らぬと云ふことをよくよく知らせて呉れ
一、新聞社その他の者に面会するな、今は何事も云ふてはならぬ
一、山口の兄等があわてゝ状況したりする様な事がない様にあらかじめ通知しておけ
      ( 上京させないほうがいゝのだよ )
一、私の身の上の事ばかり心配しては  野中さんや河野さんにすまないと云ふことを考へよ
      又 自分の不幸をなげく先に田中さんやその他の新婚したばかりの奥さん方や
      子供の二人も三人もある奥さん方の事を考へねばいけないぞ
一、差入品を有難う
      着物類は絶対にいらないからもう決して心配するな
      食品の方は果物は止めて呉れ  その代りに夕御飯を差入れて呉れ
      あまり心配しないでカンタンにして呉れないとこまる
一、分籍の件は早くしてくれて大変よかつたね
      御前がよく気をつけてやつて呉れるので将来のことも少しも心配はない  安心し切ってゐる
一、これから先は私の代理は須美男さんだがから 何事につけても須美男さんを表面に立てよ
      そして女は出シャバラない様にせよ
一、一日も早く新京の父母と一所になる様に努力せよ
一、御経の浄写したのを入れて呉れて誠に有難い  御前達も御経をよめ
一、とみ子 御前には須美男さんをたのむよ
      此の数年間 運動にばかり力を入れて お前達二人の世話をちつともせず
       却て叱つたりしたのは誠にすまなかつた
      特に須美男さんに済まないから 将来私にかわつて御前が死力をつくして須美男さんを成功さして呉れ
一、須美男 元気かね
      あんたは必ず立派な人物になると兄さんは信じて居る
      兄さんの期待にそむかぬ様努力せよ
      姉さんは弱いからよく助けてあげよ
      お前は男だから 姉さんが泣く時でも決して泣いてはいけないぞ  男子は強くなくてはいけないぞ
一、その他 大切な事は遺書に詳しく書いておくから その積りでいよ
一、神仏を信ぜよ  必ず御前達を援けて下さる
十一年七月六日
登美子殿
須美男殿
 (註) 封筒に入れ、表書は、市内渋谷区代々木山谷三〇八 参宮内  磯部登美子殿  親展となっており、
        裏書は、渋谷区宇田川町  陸軍刑務所  磯部淺一、と記してある。