〈いのち・みどり・平和〉を大切にする
政治や暮らしをつくっていきたい。
濃い甘みのあと、酸っぱさが。さわやかに美味しいです。水俣産のデコポン(しらぬい)です。
大先輩の羽場頼三郎議員が、あまなつとともに、長年共同購入をしていらっしゃいます。生産者は「グループきばる」。水俣病患者や家族からなる生産者グループです。極力、農薬を減らし、安全性と品質にこだわって果物作りをしていらっしゃいます。生産者の顔もみえ、美味しいはずです😉。
本日、北区富吉に建設予定の新斎場について、住民グループ「火葬場について考える会」が、用地取得費が高額であると、岡山市に差額分の返還を求める訴訟を岡山地裁に起こしました。私は民主的な手続きがふまれていないと考え、この予算には反対をしています。裁判で明らかにしていただきたいです。
今日は会派会合がありました。代表者会議がありましたので、その報告。来年度の予算案や条例案の説明がありました。いよいよ、2月議会が始まります。予算案や議案を検討されたい方はご連絡ください。私もしっかりと検討が必要です。
そして、代表質問の検討をしました。かなりできあがってきました。今回は井本議員が担当です。
今日はさむかったですね。
津島学区の卓球大会がありました。午前中は全町内の皆さん混合でのダブルス。なかなかうまくできている仕組みです。毎年、ここには出ていたのですが、今回は膝の調子があと一歩なので、応援です。
午後からは町内別で、私が暮らす福居は準優勝でした。手に汗をにぎる試合がつづき、毎年、ハラハラです。
そして、また、多くの皆さんにあう時間。元気と課題をいただく時間でもあります。
岡山市の子育て支援施策の弱さを毎日指摘され、涙がでそうです。ほんとうに。「女性が輝く云々…」。政策決定の場に女性がふえることは大切ですが、子育て支援施策は必須です。
今日は横田さんと、岡山聖さくら保育園のはっぴょうかいに行きました。歌あり、合奏あり、劇あり。子どもたちの暮らしの様子のビデオ上映もありました。
1歳からこの春小学生の子どもたちまで、それぞれの年代にあったパフォーマンスに見にこられていたご両親、おじいちゃん、おばあちゃんたちはずっとニッコリ微笑んでいらっしゃいました。
歌は、私が子どもの頃に慣れ親しんだ歌も多く、いい歌は50年(えっ)経っても歌われ続けられるのですね。一人ひとり大切にした園での暮らしの様子がよくわかり、私の顔もずっと笑顔だったと思います。
新しい一歩を踏み出したいと園長先生。子育てが充実する施策に私もしっかり取り組んでいきたいです。
毎月偶数月は、たんぽぽネットワークです。ハンディーキャップをもった子どもの保護者の皆さんの集まりで、いつも課題やら知恵やらをいただきます。
お昼には私と同世代の皆さんと、夜にはやや先輩の皆さんとの食事会でした。どこにいても選挙へのお願いの話になるのですが、同世代が集まると親の介護の話になります。それぞれにいろんな工夫をしているのですが、在宅介護の苦労をたくさん聞きました。先輩方は仕事も介護も区切りとなっていて、ご自身のこれからの生活設計を思案中。前向きでとても刺激になります。
岡山市では岡山市障害者プラン(平成27年度から平成32年度まで)及び第4期岡山市障害福祉計画(平成27年度から平成29年度まで)を策定します。「岡山市障害者プラン及び第4期岡山市障害福祉計画(素案)」についてのパブリックコメントを募集中です。2月23日までです。ぜひ、目を通してご意見をお寄せください。
今日もいろんな方にお会いしました。
ある方と話をしていたら、「隆ちゃん」の話になりました。「隆ちゃんっていったい誰だろう?」と思っていましたら、好並隆司さんのことでした。亡くなられてもう4年になります。
家の前に「隆ちゃんたちきょうだいが暮らしていた」ということです。隆ちゃんの幼少時代の話を教えてくださいました。あなたの選挙r-フレットを読んでいたら、応援人に「隆ちゃんの名前があってびっくりした」と。
話を私が議員になるにあたって懸命に応援してくれていた隆ちゃんが、私に檄を飛ばしてくれたのかなと思います。
福島原発事故によって、福島から岡山に避難をしてこられた34世帯96人の皆さんが、東電と国の責任を問い、事故による被害相応の損害賠償を求める裁判の第一回口頭弁論が行われました。
私も傍聴をしたいと赴きましたが、80席たらずの傍聴席に140人くらいの方が抽選になりました。抽選時間以後も傍聴希望者は膨らんでいました。私は抽選には外れてしまいましたが、報告集会に参加をしました。
今回は二人の原告の弁論がありました。大塚愛さんと渡辺沙織さんです。
大塚さんの話は何度も聞かせていただいていますが、すっきりと深い弁論でした。渡辺沙織さんは、臨月で3.11を迎え、岡山に避難。夫は仕事のために福島に残り、お一人で引越しと出産の準備をし、母子でしばらく生活をされてきたことを伝えてくださいました。本当のことを隠さないで明らかにしてほしい。原発は全国に立地しているので、(私たちにも)自分のこととしてとらえ、支援していただけたら嬉しいと言われていました。お二人とも思い出すのも辛い時間のことを語らないと責任が問えないというのは本当に申し訳ないことだと思います。
私は、実家の近くにある島根原発と福島原発にまつわる裁判に関わっていますが、岡山地裁で行われている訴訟には傍聴も含めて積極的に臨んでいきたいと思います。
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私が裁判傍聴をしている間も、友人たちが選挙にむけての作業・活動を事務所で自宅でしてくださっています。いい友人たちに恵まれて幸せだと思う日々。がんばらなくてはね。
夜には、お父様を亡くされた方のお宅に焼香にいきました。私にとってはたくさんのことを教えていただいている兄弟のお父様です。温かく見守れて安らかに眠っていらっしゃることだと思います。