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ウイスキーの分子を探す旅:アイルランド編4


ギネス本社で頂いたもの。
これを見せることで、ギネス一杯を頂ける。
大事な記念品です。
(ギネスに関する過去の記事⇒)
ダブリン市内の町長選と思われる選挙ポスターに
「シン・フェイン党」の表記があった。
映画「マイケル・コリンズ」「麦の穂を揺らす風」などでも
出てくる政党だが、現在でも強い勢力を持っている。
映画が、単なる物語ではなく、
現実の悲劇だったと実感させられた一瞬でもある。
アイルランドは同じようにケルト文化を持つ英国本土の
スコットランドとは、条件や状況が違う。
その1つにアイルランドには、英国の支配を受ける前に、
スコットランドのような“王国”がなかったことがあげられる。
この影響は、ウイスキーの製法にも、特徴が出ている。
(「麦芽税への対策」などから。)
産業革命前後、
世界の1/3を支配してきた
”大英帝国”の「植民地支配」のノウハウは、
アイルランドとの歴史で得てきたものだと言っていい。
大英帝国の各植民地が独立していく中で、
アイルランドが独立したのは、1922年。
アメリカの独立戦争が、1775年なのを考えても長い。
次回に続く。

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ウイスキーの分子を探す旅:アイルランド編3


コークから、ミドルトン蒸留所を見学。
ミドルトン見学後、北東に移動し、タラモアへ向かう。
ダブリンより、西に位置する街。
200km以上の移動になる。
次の日、タラモアデューのヘリテージセンターを見学。
運河に面した場所だ。
この運河で、シャノンまで搬送されていたようだ。

その後、北上して「ダブリン」に向かった。
「ダブリン」は、南アイルランド(アイルランド共和国)の首都。
18~19世紀の英国風(ジョージアン風)の建物が多いのは、
英国の植民地にあった歴史のためだろう。
欧州で、急成長している町の1つ。
リフィ川沿いに発展してきた街。
(もっとも、街を発展させてきたのは、ヴァイキング。)



ダブリンのジョージアンマイルは、現在でも、かなりの高級住宅。
「ジョージアン朝の建物が並ぶ、似たような“造り”の建物」
ジョージアン様式、ジョージアン王朝(1700~1820年代)の
建物が並んでいる。
主人たちは、1~2階。
使用人たちは、地下のベースメント。
子供たちは、3~4階。
使用人たちは、夕方になると、大体、飲みに行く。
そのため、ドアは、それぞれ違う色に塗り分けられている。
酔っ払って、戻ってきた使用人たちは、
似たような建物なため、
違う家のドアをノックしていたからだとか・・・。

「ガリバー旅行記」の作者、
ジョナサン・スウィフトが司教していた
「聖コロンバの大聖堂」にも寄ってみた。
アングリカンチャーチ(英国国教会)の教会。
スウィフトは、アイリシュでありながら、プロテスタント。
昨年6月にPCのシステムダウンしたとき、これらの画像は、
残念ながら、すべて消えてしまった。
(旅の思い出や記録は、ちゃんとバックアップしておくべきでした。)

次回に続く。
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ウイスキーの分子を探す旅:アイルランド編2

東京から、25000KM。
地図で見ると、アイルランドは、英国本土の西に位置する。
「エンヤ」「U2」などの世界的に
名前の知られたミュージシャンの存在も、印象的な国だ。
リーアム・ニーソン主演の映画「マイケル・コリンズ」や
「麦の穂をゆらす風」などでも語られるが、
かつては大英帝国の支配下にあった。
だから、「アイルランド共和国」という国は、
1922年の独立以前には存在していなかった。
700年以上の英国統治。
近代の法治国家に住んでいると忘れがちになるが、
かつて英国は海賊行為をも容認してきた。
歴史には、現代人の倫理では、
考えられないことが、幾つもあったのだ。
それは、英国に限った話ではないのかも知れない。
うん、イギリスの悪口を言っても、アイルランドが喜ぶだけかな?



アイルランド。
その土地や歴史、人物。
数年前から、テレビ番組などでアイルランドの特集を見てはいたけど。
あまりにも知らないことの多さに気付かされる。
世界地図で見れば、アイルランドは小さな国。
その数倍の面積を保有する国に行ったことも、何度かある。
しかし、コークで降りたときから、
世界の雄大さを感じていた。
(コークには、1日しかいなかったけど、ね。)

次回に続く。
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ウイスキーの分子を探す旅:アイルランド編の1

<2017年7月加筆訂正>
成田から、ヒースロー空港を経て、アイルランド南西のコークに着いた。
飛行中は、ずっと眠っていた。
コークは、アイルランド(共和国)でダブリンに次ぐ大きな都市。
コークには、「ファイザー」などの世界的な製薬会社が
集まっている地域でもある。
「コークバター」の産地、「マーフィーズ」などのビールも有名。

かつてアイルランドを植民地支配していた「大英帝国」が、
インドも植民地にしていたことで、
英国やアイルランドには、多くのインド人が住んでいる。
インド料理や中華料理の店も多く。
カレーライスが食べられるのか?は、
気になったが、結局、試すことはなかった。
しかし、当時は、食事よりもユーロのレートがキツかった。
滞在中の食費や雑費での消耗が、予想より大きかった。

ホテル到着は、18時を過ぎていたが、まだ外は明るかった。
ヨーロッパの特長らしい。
ホテルの製氷機は、ホシザキ電機のものだった。
「メイド・イン・ジャパン」の存在が、少し恐ろしく感じた。
※ホシザキ電機。飲食店関係者なら、ご存知の日本の製氷機メーカー。

次の日、コークから、ミドルトン蒸留所を見学後、北東に移動し、
タラモアへ向かう。
ダブリンより、西に位置する街。
その後の200km以上の移動中、ずっと寝ていた。
おだやかなヨーロッパの景観を見ていると、
いい気持ちになってしまうのよ…?

次回に続く。

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ウイスキーの分子を探す旅:アイルランドとスコットランド編


一昨年(2007年)の5月。
スコッチ文化研究所(略称:スコ研)の海外ツアーで
「アイルランド」へと向かった。

「アイルランド」は、英国本土の隣、西側に位置する島国。
1週間ほどのバス移動でアイルランドの南西にある街、コークから、
ベルファストまで、ツアー内容通りに、北上していく。
その後、ツアーを離れて、4日ほど英国本土に行き、
スコットランド(エディンバラ・グラスゴー)と、
イングランド(ロンドン)も回る。

結局、アイルランドを、南から、北へと向かった旅は、
ヨーロッパの田舎町を見てきたと言うものでしかない。
(酒飲みである身には、色々、有意義ではあったが…)
だが数年後、いや、今も同じ風景を見られるかは疑問だった。
街並みや生活様式が、大きく変わっている可能性が
高いと思われるからだ。
このときのアイルランドには、
EU加盟に伴った”ケルティックタイガー”
呼ばれる高度経済成長の動きにあり。
失業率の高い欧州(ヨーロッパ)で、5%以下の失業率になり、
日本のバブル期を思わす建設ラッシュで、近代的な建物が増えていた。
そして、英国の植民地だったアメリカの田舎町を
思わす雰囲気になりつつあると言う声もあった。
生活苦から、アメリカなどに渡ったアイリッシュたちからの
文化・経済的な逆流があるのも、要因の1つだ。
現在(2009年)は、世界的な経済不況となった。
”ケルティックタイガー”は、どうなったのだろう?

次回に続く。
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