二日酔いを意味する英語の「はんぐおーば(a hangover)」
まあ“酔っ払い”の言うこと。by.NA-094
はんぐおーば
乗降

よく利用している電車の区間であっても、
いつもとは時間帯が異なるようなときは、
ちょっと勝手が違うときがある。
秋葉原から、中央線(総武線)を用いて、
新宿方向へと、移動するとき。
次の駅、御茶ノ水駅において、
快速電車へと乗り換える乗客が多い。
この日は、快速電車が停車しない、
“その先の駅”での用事があり。
御茶ノ水駅での乗降する乗客の動きを阻害しないよう
ドアより、少し離れた位置にいることにした。
まだ夕方の帰宅ラッシュまでには、
1~2時間ほど早い時間ではあったけど、
多くの乗降客が、駅のホーム上を行き来するのが、
窓越しに見える。
すぐに反対側のホームへと、
快速電車の到着が近いことを知らせるアナウンスがあった。
そんなとき…。
「この電車は、“市ヶ谷”には停まりますかぁ?」という、
男性の声が、ドア越しに聞こえてきた。
かなり大きな声ではあったけど、
それが、直接、自分へと向けられていたものでもなく、
ほんの少し、気づくのに遅れるものとなった。
その声へと顔を向けると、メガネをかけた年配の男性がいた。
どうやら、この各駅停車に乗るべきなのか?
それとも反対側のホームにくる快速電車に乗るべきなのか?
…が、分からないらしい。
ホーム上には、駅員の姿もなく。
そこで、“誰か、教えてくれる人はいないのか?”と、
ホーム上から、ドア越しに、大きな声で問いかけたのだろうか?
そんな状況を、やっと理解できたところで、
ホーム上のベルが鳴り響いた。
「あっ、この電車、停まります」
「市ヶ谷に停まりますよ!」と、
反射的に、声をあげていた。
しかし、駅のホームドアは、容赦なく閉まり。
そのまま電車側の扉も閉じてしまった。
年配男性の顔には、この事態をどう理解してよいのか?
…という表情があった。
いや、今の声が聞こえていたのかも分からない。
人を置いてけぼりにしたようなバツの悪さがあったもの、
窓越しに見えていた御茶ノ水駅のホームも遠くなり。
どうしようもなかった。

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悪しきものも、見過ごされたからこそ…。

親会社から中途入社してきた人物(先輩社員だったけど)が、
過去、性犯罪(チカン)行為のある人物であり。
その性癖から、他人のロッカーなどを漁っていたところ、
ある日、大騒ぎとはなったもの。
その事実と、過去の不始末が気付かれることもなく。
そのまま過ごしていたもの。
数年後、ついにチカン行為で捕まってしまったというもの。
社会的な制裁を受けるべき性犯罪者に対し、
その後も、顔のきく子会社へと、
中途入社できるよう便宜を図った親会社の人事には、
どのような意図があったのかは分からない。
しかし、その事実を知るべき人間もいない状況であれば、
被害が、さらに拡大していくことなど、すぐに思いつく。
チカン行為(性犯罪)は、
被害者となる女性だけがダメージを負うものではなく。
(もちろん被害者と比較できるものではないが…。)
職場の同僚が、性犯罪(犯罪者)として捕まることは、
周囲の人間にとっても、軽いものではなかった。

性犯罪の被害は、女性だけでなく、
子供(男女問わず)にまで及ぶと聞く。
しかも、案外、軽い処罰で済んでしまう。
通勤、通学の電車内だけでなく。
国防に関わる自衛隊内でも、
女性自衛官への性加害があったことが報じられたのも、
つい最近のこと。
政府が、“国を守る”という建前で、
外国から、高価な兵器を購入するつもりであっても、
その“守るべき国家”に“尊厳”や
“規範”が見失われていては、説得力もなく。
その被害を訴えた女性自衛官の名前と顔は、大きく報じられたものの、
加害行為を行なった男性自衛官たちの名前と顔は、
ほとんど報じられなかったことにも許せないものがある。

蛇足:
個人的な見解であり、以前にも記した言葉となるけど。
もし社会が、理想的なまでに正しく機能しているのであれば、
インターネット上における、匿名の投稿者の存在など不要であり。
まさに排除すべき、“悪”だと思う。
但(ただ)し、あらゆる不正を、
すべて正していける社会など考えるだけでも、息苦しく。
しかも、匿名で情報を発信できるインターネットは、
不正や腐敗の事実を、第三者に伝えられる数少ない手段。
だからこそ…、
「インターネットを通じて、不都合な情報(都合の悪い情報)が、
伝わらないようにしたい」と考えている人間は多く。
その手段も生まれつつある。
2年前の安倍元首相殺害事件以降、
カルトと政治、そして、政治と裏金など。
政府を動かしてきた政党(与党である自民党)の腐敗と裏切りという、
見過ごせない社会悪へと意識が向くあまり、
語れなかったことは、かなり多く。
キチンと、決着(ケリ)をつけていかなければならない。
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ありふれた社会での、子供の会話

楽しい思い出もあったような気がするのに…、
子供の頃を思い出そうとすることは、あまりない。
これは、“例えば・・・”の話。
仕事の都合で、日本以外の外国で、子供が生まれたもの。
1~2年後、やはり育児には、日本がよいだろうとなったとき、
色々と厄介な負担が、その子供にかかるものとなる。
母国語が用いられることもない異国の地で、
幼児期を、1~2年ほど過ごしても、外国語を話せるハズもなく。
さらに、幼児期での周辺環境から、母国の言葉への違和感まであれば、
子供であっても(むしろ、子供だからこそ…)、
人間関係での負担を抱えることになり。
団体行動が求められる学校のような閉じられた空間では、
周囲の人間(自身の両親や教師を含めて…)から、
無理解な言動や態度を受けることになる。
しかも、学校教育には“良い子”を生み出すシステムのようなところもあり。
極端なことを言えば、その“良い子”たちには“面倒なこと”など、
口にしないことも望まれている。
そのような状況を、自分の言葉で伝えられるほど、把握できてもなく。
「誰かに助けを求めることもできなかった」ような“思い出”となり。
出口のない感情を抱え、懐疑的でヒネた性格にもなっていく?
こんな話題で、誰かと語りあうどころか、
ちょっとでも触れられそうになるときには、バッサリと打ち切りたくもなるけど。
こんなものを抱えているのも、よくある話かな?
それに、今、思えば…、
やっとこさ、異国の地から帰ってきた父親も、
我が家に、ヒネた子供(ガキ)が居座っていたのでは、
かなりキツかったかも知れない。
もちろん…、
これは、“例えば・・・”の話。
きわめて個人的なことではあるけど。
自分のことを生まれたときから知っている人、
そんな人が、多くの場合、2人以上いるものとなるけど。
そのうちの1人が、昨年末(2023年12月)、亡くなった。
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刹那の夢、永遠の狂気:…みんなでツラい現実を忘れようよ!?

「家族のため働いている」
「妻と子供のため働いている」
「家を守るために働いている」
自分を、そんな“物語”の存在へとしていくことで、
厳しい現実を耐えている人たちは、かなり多いと思われるけど。
そう見えるのは、独り身(ひとりみ)ゆえの、ひがみなのだろうか?
もう15年以上も前のこと。
当時、大型ディスカウントストアの業務にかかわることがあり。
その日、担当業務が、ひと息ついたところで、
夜の店舗をまわってみることにした。
スーツ姿であったことからなのか?
何度か、来店客から、店舗のエラい人とカン違いされ、呼び止められたもの。
店舗の簡単な案内(トイレや商品の場所を知りたい)などであり。
そのまま、アルバイトや社員を呼ぶことなく、対応することとなった。
※そのような対応も、了承されている。
しばらくして、1人の中年男性が近づいてきた。
「お店の関係者の人ですよね?どうか店長と会わせてください?」
ちょっと強引な口調もあってか、戸惑うものがあったもの。
「失礼ですが、事情も知らない状況では、ご要望に応じられません」
「もし差しつかえがなければ、どのようなことなのか?を、
お伺いしてもよろしいでしょうか?」
…と、出来るだけ丁寧な対応したように覚えている。
中年男性が言うには…、
「警察から、息子が、この店で万引きをしたと聞いたのですけど…、
そのことで話し合いをさせてもらえないでしょうか?」
どうやら、簡単に応じられるものではなかったようだ。
「息子は、悪い連中に、唆(そそのか)されただけなんです!」
「その事情も、どうか考えてもらえないでしょうか?」
深夜帯まで営業している店舗であり、すでに店長は帰宅しており。
この状況のまま、勤務中のマネージャに押しつける訳にいかなかった。
「残念ながら、私では判断しかねますので、
明日、店長が出勤したとき、事案が伝わるよう致しますので、
お名前と、ご連絡先をいただいてもよろしいでしょうか?」
「それでは遅いんですよ!もっと早い対応はできないでしょうか?」
どのような事情があるのか?
中年男性の言動には、かなり強引なものがあった。
それは、不快な気分にもさせたが、
(当時のNAより)年上のオジさんからの切実な言葉を無視できなかった。
「事情があるのは分かりましたが、
店舗として“できること”と“できないこと”がございます」
「いま、責任ある立場のものがいない以上、
私たちにできることは限られていることは、ご理解ください」
…と、ここまでスラスラとした言葉ではなかったもの。
こちらの事情を、なんとか説明をして、その場は帰っていただくこととした。
さてと、明日以降、この事案を引き継いでもらうためにも、
マネージャに報告しておく必要もあり。
3~4日前の報告事項なども見直すことにした。
それによると、この事案は、複数の少年たちが、
店内の万引きGメン(私服警備員)らの世話になってから、
そのまま警察へと引き継いでもらったものとなり。
今さら、店舗として、どうにかできるものではなかった。
どうやら、店長には、イヤな役回りを押しつけることとなりそうだった。
取り敢えず、マネージャに報告しておくことにした。
中年男性と対応することとなった経緯と状況、
この“万引き事案”については、書類上で分かる範囲内のことで伝え。
その上で、店舗の責任者との話し合いを望んでいることを伝えたところ。
「あのオジさん、また来たのかよ!」と、かなり乱暴な口調での反応があった。
「あ、あなたは知らなかったのですよ、ね」
マネージャが言うには、中年男性の息子は、唆(そそのか)されて、
万引き行為へと加わったような人物ではなく。
むしろ主犯格とも言うべき存在だった。
「あのオジさんは、理解できないのか、受け入れられないのか知らないけど、
何度も、店(ウチ)の品物(もの)を、買いもしないで、もっていきながら、
今さら許してもらえると思えるんだから、どうかしているぜ!」
マネージャの言葉には、かなりの怒りがあった。
…と、ちょっと驚かされる状況でもあった。
この話は、多少の誇張こそあるもの、ほとんど事実になる。

マネージャが言うように、中年男性は事実を受け入れられなかったのだろう。
ある日、突然、自分の息子が、仲間をひきつれて、
犯罪行為を行なう人物であると知ったのか?
それとも、息子のほうが巧妙だったのか?
それらの事実を受け入れきれないため、自身をとりまく状況から、
自分が受け入れられる“物語”を思いつき。
その物語こそが、事実であるとしたかったのかも知れない。
その後、この中年男性と、彼の息子が、どうなったのかは確認していない。
おそらく、彼の息子には、それなりの処罰があり。
自分の“物語”としてでなく、受け入れがたい事実として
彼は、自分の息子と向き合うことになったかと思われる。

蛇足:
ここ半年ほど…、
統一教会(世界平和統一家庭連合)に関連した記事をアップしており。
以前には…、
「俗性の汚(けが)れを捨て、無心となって
この壺(ツボ)を得るのです(買うのです)」
そして…。
「教祖様(まことの、お父さま)に、
すべてを捧げるのです(献金しなさい)」とでも言われたら、
たぶらかされもするのだろうか?…とも記しているけど。
結局のところ、信者(信徒?)たちが、
信仰へと、のめり込んでいく心情などは、いまだに理解できない。
しかし、多様化する価値観と、細分化されていく社会は、複雑な問題ばかり。
そんな世の中で、厳しい現実と向き合うことより、
何も考えることもない物語(夢)の中にいたいのは、不思議でもなく。
現実逃避や中二病などの話も、そこそこに聞くところ。
現実に戻れなくなるほどの、夢へと誘い込まれるのは怖い話だけど、
それを望んでいる部分は、誰でもあるように思える。
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年明けを前にして…。

今年は、世界中で、不幸なことばかりとなり。
それも解決することもなく、
来年へと持ち越されたように思える。
ウサギにツノを合わせれば、「兎に角(とにかく)」と読むこともあってか?
ウサギ(兎)を、オニ(鬼)と読み違えたと言えば、バカにされてしまうかな?
昔話でのウサギは、タヌキを袋叩きにしたかと思えば、
ワニ(鮫:さめ)に皮を剥がされるなどと、色々な役回りがある。
あるビジネス書籍での解釈によると…。
ウサギが居眠りしている間に、カメに追い抜かれてしまう物語は、
「能力があっても油断をしてはいけない」
「能力がなくても地道に努力し続ければ報われる」という教訓ではなく。
「カメはゴールを目指し、ウサギはカメを見ていた」とあった。
つまり、カメは、初めからウサギのことなど関係なく、ゴールに向かって歩き。
それに対して、ウサギはゴールよりも、カメのことばかり意識していた。
周りの評価や、他人との比較ばかり気にしていては、
ゴールを見失ってしまう…とあった。
“こじつけ”が過ぎるようにも思えるのは、ご愛敬というところかな。

子どもの頃、
「もしカメが寝ていたら、ウサギは起こしてくれるのだろうか?」
…と思ったことがある。
実のところ、この疑問への答えを、大人になっても持ってなく。
この物語の意図するところを、今も理解できていないのかも知れない。
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