カーランスキーの「1968」にとどまらず、時代を表現した良質のノンフィクションは数あります。たとえば中公新書2005/01刊「安田講堂 1968~1969」なども、なぜ全共闘運動があそこまで高揚したのかについて、東大紛争の際に安田講堂に籠城した島泰三自身が詳細に解説しています。
「1968」は歴史の転換期であった1968年のドキュメントです。第二次世界大戦後、アメリカの民主主義やドゴールの独裁、規制の共産主義など絶対的な権威として市民の頭上に君臨してきた権威が自壊の道をたどり始めた年でもあります。
私個人は「広島フォーク村」について知りません。しかし、「安田講堂」に籠城した島泰三があれだけ説得力があるドキュメンタリーを残すことができたのは、彼が東大紛争の当事者として紛争の熱気を吸っていたからにほかなりません。
島は「安田講堂」の中で、医療制度改革や学園の民主化という純粋な動機から行動を起こした全共闘運動が権力者たち(彼らを暴力学生と報じたマスコミも含めて)に圧殺されたことによって、医療制度の改革や大学の改革が遅れたと結論付けます。
翻って、「広島フォーク村」を題材にした著書ないしは記事は、大筋でいうと「拓郎を育んだフォーク村ありき」が全てで、はっきり言って面白くもなんともない芸能記事みたいなのが多い。ざっと目を通した例の本も同様でした。
それまで既成の権威ともいえる歌謡曲に夢や希望を託してきた若者たちが、フォークソングという音楽を得た結果、キターを媒介にして自分たちの音楽を表現し始め、やがて広島の若者文化の担い手になってゆく過程を経て「広島フォーク」が結成された。私は結晶してゆく過程の方が重要なのじゃないかと考えている者です。
「1968」は歴史の転換期であった1968年のドキュメントです。第二次世界大戦後、アメリカの民主主義やドゴールの独裁、規制の共産主義など絶対的な権威として市民の頭上に君臨してきた権威が自壊の道をたどり始めた年でもあります。
私個人は「広島フォーク村」について知りません。しかし、「安田講堂」に籠城した島泰三があれだけ説得力があるドキュメンタリーを残すことができたのは、彼が東大紛争の当事者として紛争の熱気を吸っていたからにほかなりません。
島は「安田講堂」の中で、医療制度改革や学園の民主化という純粋な動機から行動を起こした全共闘運動が権力者たち(彼らを暴力学生と報じたマスコミも含めて)に圧殺されたことによって、医療制度の改革や大学の改革が遅れたと結論付けます。
翻って、「広島フォーク村」を題材にした著書ないしは記事は、大筋でいうと「拓郎を育んだフォーク村ありき」が全てで、はっきり言って面白くもなんともない芸能記事みたいなのが多い。ざっと目を通した例の本も同様でした。
それまで既成の権威ともいえる歌謡曲に夢や希望を託してきた若者たちが、フォークソングという音楽を得た結果、キターを媒介にして自分たちの音楽を表現し始め、やがて広島の若者文化の担い手になってゆく過程を経て「広島フォーク」が結成された。私は結晶してゆく過程の方が重要なのじゃないかと考えている者です。