昭和ひとケタ樺太生まれ

70代の「じゃこしか(麝香鹿)爺さん」が日々の雑感や思い出話をマイペースで綴ります。

親子心中におもう

2007-07-04 21:23:03 | 日々の雑記
 子殺しとか親殺しが特に目立つ昨今ですが、二日の朝京都伏見での無理心中は、あまりに悲惨すぎることでした。
 とかく住みづらいこの世に残してゆくのは、いかにも不憫で忍び難いとは、親子心中の親の言い分なのですが、それでは子どもの人格や生存権をどのように考えているのでしょうか。それは親のエゴにほかなりません。
 ましてや今回、あたら尊い命を絶たれた三人のお子さんたちは、ともにそれぞれ高校生と中学生なのですから、もう立派な一人前の大人なのです。
 
 今の世の中がたとえ乱世・末世とも、また人情紙の如しと云われようとも、「親が無くとも子は育つ」とか、「すてる神あればひろう神あり」または「渡る世間に鬼はない」の喩えがあるように、まんざら捨てたものでも無いのがこの世の常なのです。

 さてまったくの余談なのですが、この父親が三人の子どもを道連れにしたのは、妻への嫌がらせだったとか・・・と、そんな見方の人がいるようです。
 その人の曰く、子どもは妻に残してゆきたくなかったからだとか、自分の死後妻が、三人の子どもたちと仲良く暮らすのが、どうにも我慢ならず許せなかったとか・・・、まるで直接聴いて来たような、また冗談ともとれる随分と穿った見方ですね。
 いずれにせよ、この世の男・父親たちが、こんなにだらしなく腑甲斐なくなったのはいつからなのでしょうか。

                       柳町公園で   

 今日のお昼過ぎ所用で街へ出かけたついでに、柳町公園でウォーキングをして来た。最近の天気は、朝から午前中かけて霧雨模様なのだが、昼ころになると必ずと云ってよいほど晴れて暖かくなります。
 今朝も何時降りだしても良いような空模様だったのですが、またいつものように晴れて来るのだろうと、家を出るときにデジカメとウォークマンそれに飲料水を用意したのです。
 案の定公園に着いた頃には、いつもの青空が広っていた。
 ウォーキングといっても、どうせ散歩ていどの歩きしか出来ないから、歩く距離はしれたもので、むしろあっちこっちへの寄り道の方が多いのです。
 例えば、ヒメジョンともハルジョンともとれる花を見つけては、ブログ先輩が教えてくれた方法で確認したり、また遠くに咲く赤い花をわざわざまわり道までしてカメラに納めたりで、いたってのんびりしているのが私たち夫婦のいつものウォーキングなのです。

 ブログの先輩の教えで確認できたヒメジョン

珍しい八重咲きのハマナス

真紅の大輪


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2 コメント

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じゃこしかさん、こんにちは (polo181)
2007-07-05 15:38:29
まったく、あの心中事件は言語道断です。身勝手な殺人です。死刑に処すべき事件だと思います。最近、とみに命が軽くなりました。生きることの意味を失っているのでしょう。それに加えて人間関係が希薄になっていることが、大きな問題だと思います。もし、あの父親がだれかに相談していたら、心の友がいたならば、と思います。相談相手がいなかったのですね。多かれ少なかれ、今を生きる人々は孤独です。頼るは自分しかいないのですね。
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poloさん今晩は (じゃこしか)
2007-07-06 19:00:08
 まったく情けないことで、人間性など一欠けらも無いようですね。いつもおもうのですが、やはり上も下も拝金主義で自分さえ良ければ、他人などどうでもよいのでしょうか・・・ね。
何はともあれ「美しい国」つくりはさて置き、他人の痛みが逸早くわかる心こそ今が必要です。
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