鼎子堂(Teishi-Do)

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1mmだって思ってない?って???ソレって単位が違くね???

2018-05-20 22:42:52 | Weblog

気温20度が、寒すぎる?ような五月晴れの爽やかな日曜日。
今までの気温が高すぎたためでしょうか?
なにやらとっても、ハダ寒い・・・。



自分を主張するような?セリフなどに、

『そんなことは、1mmだって思ってない・・・』

とか・・・


おいおい。ソレって、単位が違くね?

『思っていない』を数量的に表したいのだろうけれど、もともと、物理的には、測れない感情であって、ソレなら、0.99mmくらいは、思ったのか?
意味的には、1mmだって、そんなことは、思っていない・・・って言いたいのだろう。

でも、それじゃあ、0.99mmくらいは、思ってのかもね???ってコトになりはしないだろうか?

まあ、(感情を)具体的に数値化した比喩の類なのだろうけれど。

どなたが、言い始めたんでしょうかね?
フィーリング的には、いいかもしれない。
測れないものを数値化するのは、わかりやすいかもしれないが・・・。

ドラマとか、小説とか・・・日常会話。

何かの比喩のために、長さの単位の『mm』を用いているのだろうと思う。

数値化が、かえって逆効果なのが、裁判だったり。


上記にあげた、ドラマ、小説、日常会話くらいの使用範囲だったら、あまり問題ないように思うけれど、公の・・・例えば、新聞、テレビ、ニュースの中で、

『そんなことは、1mmだって思っていない。』

・・・というような、意志表示、もしくは、弁解を、フツーに、『そのまま』の発言としてしまうことへの危機感って、ないのだろうか?

まあ、言論は、自由なんだけどさ。


ワタシ的には、違和感というか、なんだか、感覚的に、全く違うというか、或る意味、不快感というか・・・そんなものがあるんだけどな。

まあ、発言する『ヒト』によっても違うだろう。

20歳未満のヒトが、発言するのと、いいオトナが、発言するのとでは、同じ言葉、同じ意味でも、聴衆の受け取り方が、全く違うってことも、少しは、考慮にいれないといけないのではなかろうかと。

言葉は、一旦、身体を離れてしまうと、発した側の思惑をはるかに超えてしまうこともあったりで。


『そんなことは、1gだって思っていない・・・』
 ↑コレって有りですかね?
 
感情の単位として使うなら、どちらかと言えば、『重量』の単位の方が、しっくりくるような気がしないでもないのだがね・・・。

要するに、1mm、1gは、微量だってことなんだろうなぁ・・・


重量単位だって、ヘンだよな?

『そんなことは、1カラットだって、思っていない。』

カラットは、ダイヤモンドの重量単位で、1カラットは、たったの0.2g。
でも、1ラカットは、かなり大きなモンだよ?ダイヤモンドとしては。

もともと計測不能な感情を、あえて、長さという単位に置き換えるという、或る意味、嫌らしい『あざとさ』を感じてしまうのは何故なんだろうなぁ?


よくわからない文言が、あちこちで、飛び回って。
そして、すぐに消えていく・・・泡沫のような虚しい言葉たちの怨霊・・・。

そうなんだ・・・怨霊化した言葉達に、なんだか、虚しさしか感じられなくてさ。




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