鼎子堂(Teishi-Do)

三毛猫堂 改め 『鼎子堂(ていしどう)』に屋号を変更しました。

契約更新

2010-02-28 21:07:49 | Weblog
昨日と同じように、昨夜から降りだした雨は、午前中がピーク。かなり本気な降り具合。
雪だったら大雪って感じですかね・・・。
午後からゆっくり回復でした。

今年の冬は、雪が多かったり、いきなり初夏のように気温が上がったりと、冬としては、安定しない変化に飛んだ冬となったようです。
そんな冬の・・・2月も今日でおしまい。


仕事の契約終了まで、あと1ヶ月を目前に、未だに、なんの話もないところをみると無罪放免?・・・4月以降は、永遠の休み???か・・・と思っていたところ、6月末までの契約延長って話になって、3ヶ月毎更新って、ホントいやだな・・・と思っています。
新卒を採用するのだろうから、ひとり人員を確保して、育てりゃいいのになぁ・・・と思う。
これから、多分、そうなるのだろうけれども。

どうせ、使い捨てだしさ。

そんなことを考えると、今までやってきたことは、水泡に消えるってことで・・・。

なんで、こんなに低額な賃金のために、あれ程(・・・程度にもよるかな・・・)、働いたのか、何故、矛盾を感じながらも働き続けるのか・・・。

いつも答えは、簡単なんですけどね。

ココ以外、働く場所がないから・・・。
・・・そう思い続けてきたし、他へ行って、働ける自信がないから・・・。

安定だけを目標に、我慢に我慢を重ねて、現在を働いている人は、たくさんいらっしゃると思う。

理不尽なサービス残業、無理な要求、やってもやっても結果が出ない・・・。

つまらない仕事・・・シジフォスの神話的な・・・或いは、第二次世界大戦中のナチスの拷問(・・・これは、以前演劇でみたのですが、囚人として拘束したユダヤの人達に、ナンの意味も無く、地面に穴を掘らせます。翌日、その穴を埋めさせます。その翌日、掘って埋めた穴の隣を、掘らせます。またその翌日、その穴を埋めさせます。次の日には、最初に掘った穴を再び、掘らせます・・・そして、翌日は、埋めさせて・・・を繰り返す拷問で、意味もない労働をしていると1週間くらいで、大体、気がヘンになるそうです・・・)
にも、似た・・・賃金が出るだけマシってもんか・・・とも思いますが・・・。


・・・いつまで続く・・・この徒労・・・。

3ヶ月後は、何をしているのでしょうか?
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神の領域?

2010-02-27 21:05:30 | Weblog
昨日の午後から降り続いた雨は、明け方になっても、激しさを増していて、今日は、休みでよかったな・・・なんて思いながら、午前中一杯、眠ってしまった。
午後になると、陽が差してきたけれど、一時的で、また、曇ったりで、安定しないようだ。
春の天気なのだろうと思う。


冬季オリンピックも終盤を迎えた。

特に、どの競技をじっくり見るということもなかったのだけれど、こういうイベントは、ただ競技に対する演技力とか実力というものだけで、決まるものではないのだな・・・と改めて思った。

『運』も実力のうち・・・と言うけれど、その『運』というか、『運命』とかいうものは、数値化することができないし、証明できないし、目に見えないし・・・そんな不確かなモノによって左右されているのかと思うと、辛くなる。

こんな不確かなものに左右されていては、『努力』なんて、したって仕方がないような気がする。
努力で、この舞台の金メダルが取れるなら、人は寝ないで、努力するだろう。

・・・非情な現実である・・・。

ワタシは、こういう大会をみていると、凄いな・・・とか感動もするけれど、ここに来るまでの、努力や(或る意味)犠牲とかを考えずにはいられなくなるし、本当に辛くなってしまったり、虚しさを感じるので、あまり観ないことにしているのだけれど。

天気・その日の身体のコンディションや気持ち・・・。

その日だけのために、4年間、調整を続けてきた競技者。
それなのに、その『運』によって、天国になり、地獄になり・・・。

4年間・・・1461日・・・1日だって、目標のオリンピックのことがアタマから離れないのだと思う。
一流のアスリートと呼ばれる人達の忍耐力には、もう人を超えているではないかとさえ思う。

・・・それが『神の領域』なのだろうか・・・。

普通のヒトには、感じることができない・・・『神の領域』。
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『神々の科学:青山佳秀・著』②

2010-02-26 21:00:08 | Weblog
曇り空・・・午後から雨・・・。


昨日の続き。

私が、このひとの著作を読むのは、今回が初めてである。
以前は、メディアにもよく登場されていた(・・・ような気がする。テレビをあまりみない私が、記憶してるくらいだから・・・)し、お名前は、存じ上げていた。

神の領域・・・は、証明することがかなり難しい分野だと思う。

真実なのか?虚偽なのか?正しいのか?間違っているのか?

目に見えない世界だから、よけいにそう思う。
或いは、神の名を騙って、金儲けを試みるひとたちもいないわけではないのだから。

適性検査では、文系なのに、成績は、理系。
幼い頃に霊的な経験をしているのに、同じ体験をしたはずの家族とは、全く相容れない。

そんな青山さんの書かれる文章のファースト・インプレッションは、随分と静かな文章を書かれるひとなのだな・・・と思った。

不思議な静謐感・・・或いは、祈りにも似た感覚・・・。

神の領域に踏み込んだひとだからなのだろうか?

現在は、ヒンドゥ教らしいけれど、以前は、キリスト教を勉強されていて、修道院に入りたいくらいだった
と記述されておられる。

この方は、たぶん、(存在すると仮定しての話だけれど)神々に選ばれた人間のひとりなのだと思う。

霊的な神秘体験もその神?(・・・というか霊的な何か)との波長が合わないとお出ましになられないそうだし、そういった特別?な波長をもつ人たちは、やはり、何かに選ばれた人たちなんだろうと思う。

やはり、運命は、決まっているようである。

選ばれず、ただ平凡で、退屈で、或いは、砂を噛むような味気な一生を終えるひとたちもいる。

神の領域でさえも、ひとは、平等では、在り得ないのだろう。

だから、仕方がないのかもしれません・・・凡人が、不運であることは・・・。
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『神々の科学:青山佳秀・著』

2010-02-25 21:01:44 | Weblog
晩春か・・・まだ、2月だってことを忘れそうな一日。

私は、先天的に『運』というヤツに見放されているようである。
・・・最近は、そんなことばかり、考えている。
仕事の配属先でも、天国と地獄を分けるその『運』に翻弄されて久しい。
同じ賃金(キャリア・スキル全く無視)なのに、倍の仕事量、責任の度合い・・・そんなことを考えると、正しくこれは、『運』というか、もって生まれた『運命』なのかと思う。
仕事を倍やっても、結局、徒労に終わる・・・もって生まれた運命なんだろう・・・と思う。

かなりネガティヴな思いでここ数年過ごしているけれども、結局、ヒトの運命は、90%は、生まれる以前?から決まっているようだ・・・と結論づけられた著書にもであった。
その方が、ラクか・・・努力しても、結局のところ無駄なんだからさ・・・。
だって、運命は、決まっているんだもの・・・。
その実らない努力をすることだって、決まっているんだもの・・・。

だったら、知りたくありませんか・・・一体、誰が(或いは何が・・・)その運命を決定しているのかを・・・。
ひとは、運命を決めている何かを『神』と呼ぶようだ・・・。
もしかするとそういうことが、書いてあるのか・・・という先走りで、読んでみたのが、今日の御題『神々の科学』。

著者の青山佳秀さんといえば、すぐ思い浮かべるのが、インドの聖人・サイババだろうか。
以前、掌から白い粉?を出す映像で、たしか青山さんもご一緒に写っていらしたような気がするけれども。

神の領域に、踏み込んで行くのは、何故か、量子物理学系統を極めた方が多いような気がする。
どうしても、その領域に踏み込めないと、物理学の謎は、解けないってことなんだろうか?

落下の法則あたりで、もうつまづいているようなアタマの悪い人間(ワタシのことです)の読む本ではないのかもれない・・・。

支配された法則によって、全てが、動く。
では、その法則は、誰(或いは、何?)によって決められたのか・・・そんな謎を解き明かしたいという願いは、科学者ならば持ちえるものなのかどうか・・・。

南インドのアガスティアの葉の予言に導かれて、著者の青山さんは、幾人もの聖人と呼ばれるひとたちに出会う。

それは、青山さんが、幼い頃から望んでいた出会いだし、予言の成就に他ならない。
全て、定められた運命(或いは、出会い)を検証する形で、旅を続ける記録。
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運がいいとか・・・悪いとか・・・

2010-02-24 21:03:23 | Weblog
春本番の暖かさ。上着が要らないくらい。


運がいいとか・・・悪いとか・・・
人はときどき口にするけど・・・
そういうことってたしかにあると
あなたを見ててそう思う・・・

グレープ(・・・でよかったのかな?)時代のさだまさしさんの『無縁坂』の一節。

運の良し悪し・・・というのは、一体、何で、決まるんでしょうか。

世間では、ポジティヴ・シンキングとしての『引き寄せの法則』だとか、脳内で、現実化したいことを、イメージして・・・なんていうのが、流行っているけれど、一生懸命、その系列の本を読んで、実践したけれど効果が感じられないどころか、かえって、状況が悪くなったみたい・・・なのが、ワタシ。

どんなに努力しても、徒労に終わる人・・・。
会社にもいます。
なんで、あんなにやってるのに、上手くいかないのかな・・・と傍から見ていて、そう思う・・・。
どうして、あんな仕事しかできないのに、楽なポジションにいるんだろうとか・・・。

努力=運・・・というのでもなさそう・・・。

最近では、オリンピックの男子フィギアで、本番で、スケート靴の紐が切れちゃったあのひと。
アレは、もう、不運の極みを、ドラマとしてみるかのようです。
次のチャンスは、4年後か・・・。
ここまで来るのに、どれくらい苦しい思いをしたのだろうか・・・たしか、飲酒運転で、何ヶ月か謹慎処分だったこともあったようだし・・・。
やはり、あまり良い星めぐりでは、なさそうな・・・。

誰が、こういう、予想もできないアクシデントを設定するんだろうか・・・と思いながら見ていた訳で・・・。

しかも、なんで、靴紐が、あの場面で切れるの・・・???
それを予想したひとっていた・・・???

どちらかと言えば、劇場型不運とでも名づけたいくらいだよね。
観客動員型の不運というか、不運という事象をみんなで、じっくり検証しましょう・・・みたいな・・・???

神ならぬ身の知る由もなし・・・。
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毀れる・切れる・割れる・失くす・・・②

2010-02-23 21:04:36 | Weblog
あたたかな晴れの一日。


一昨日の続き・・・。
本日の画像。
装着後、僅か4時間で、一番隅のダイヤモンドが落ちて、無くなったイワク付きのダイヤモンド・リング。

ダイヤモンドのミステリーセッティングという技法で、真上からみるとツメが、全く見えないのが特長。

観劇の折に、身につけていったのだけど、客席に座って、さて、劇場のライトの下では、どんな輝きになるのかな・・・と思って、手許を見たところ・・・!!!

無残にも一番はじっこのダイヤモンドがない!

(何処で、落としたんだろう・・・。ぶつけたり、引っ掛けたりは一切していないのに・・・なんで???)

客席の自分の周辺の床を探すも見当たらない・・・。
こんなことって・・・。
コレ、結構・・・いや・・・かなり高かったんだよぉ~~~。
まだ、身につけて、4時間しかたっていないんだよぉ・・・。
買ったばっかりなんだよぉ~~~。

まぁ・・・観劇どこじゃありませんでしたね。
連れがいたので、顔には、出さず、そっと指から抜き取って、ハンカチに包んで、バックにしまいましたけどね・・・。
ダイヤの落ちた穴が、あまりにも、無残で、そこだけ、冷たい風が吹きぬけるような???
心も、シン・・・と凍ったかんじでした。

・・・その日は、ほんとにつまらない一日になってしまいました。

演劇の内容もいまひとつ・・・全く、面白くなくて、お連れさまとの会話も弾まず・・・。

なんて日だろう・・・と思いました。

その時点で、会社を辞める決心を9割くらい固めていて、結局のところ、退職は、流れて、現在にいたっているのだけれども・・・。
結局、あのとき、辞めていたほうがよかったのかも知れない・・・と今になって思うけれど、あの時は、一旦回避できたので、よかったとも思ったのですが・・・。

どうなんだろう・・・。

モノが、毀れたり、無くなったりするのは、果たして、凶なのか、吉なのか・・・???
それとも、まるっきり、無関係なのだろうか・・・???
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猫ってヤツは・・・。

2010-02-22 21:01:04 | Weblog
くもりがちで、寒い一日。

今年も、世間じゃ『猫の日』です。
どちらかというと、『犬の日』より、浸透しているかな・・・と思えるのですが・・・。

最近の猫の名前で、多いのが、『ソラ』だとか・・・。

『ソラ』は、お空のソラかしら・・・。

ランキングの中には、『コテツ』が、ありましたけれども、これは、漫画『じゃりん子チエ』のチエちゃんが飼っている?凶暴な猫・コテツが、ルーツでしょうか?

ウチの猫は、『みー』というシンプルな名前でした。
所謂、迷い猫・・・というか、野良猫で、いつの間にか、我家の飼い猫に成り上がり?野良時代から較べると、王侯貴族のような生活?を手にしたラッキーな猫でした・・・。

三毛猫だから、『みー』でいいや。
その程度の扱いでしたが・・・。

そのうち、なんだか、物凄く、可愛くなってしまった訳で。
情が移るってヤツですね・・・。

そんなこんなで、15年くらい一緒に暮らしましたが、『みー』は、一体、生まれてから何年たっていたのでしょうか・・・。
もう、相当な、婆さん猫には、違いなかったようでした。

『みー』については、このブログ内で、何度も書いたけれども、警戒心が強くて、ヒトに懐かず、静かで、大人しい・・・そんな猫でした。

元気なときも、時々、姿を消していたので、いつも『覚悟』みたいな諦めを胸に抱き、
(野良だったから、いなくなっちゃうのは仕方ないこと・・・)
と思っていました。

・・・でも、いつも、ちゃんと帰ってきてくれたのだけれど・・・。

最後は、ワタシの前から、姿を消して、とうとうその亡骸さえ、消してしまいましたけどね・・・。

まったく、猫ってヤツは・・・。
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毀れる・切れる・割れる・失くす・・・。

2010-02-21 21:04:59 | Weblog
昨日に引続いて、よいお天気。
春ももうすぐ・・・な気配。


今日の画像。
小さなダイヤモンドのネックレスを購入した折に、粗品でもらった淡水パールとローズ・クォーツの携帯電話用のストラップだったのですが・・・。

携帯電話に取り付けて、僅か2週間で、糸が切れてしまいました。

淡い色合いで、結構、お気に入りでしたが・・・。

同封されていた説明書?によると、粗品につき、修理不可とのことでした・・・。
飛び散った淡水パールも見つからず、自分じゃ修理できないよな・・・。
少し、ガッカリしましたが・・・。
おまけじゃ、しょ~がないよな・・・。

縁起物というか、開運グッズ系で、糸が切れると願いが叶う・・・というのがありましたが、どうなんでしょうか?

どちらかというと、切れたりしないほうが、良さそうな気もするのですけどね・・・。

ただ、大切にしていたものが、毀れたり、失くしたりするのは、持主の災難を自ら、引き受けてくれたと考える方が、ポジティヴな気もします。

大体、モノ自体にそんな思惑が発生するのかどうか・・・は、疑問ですが・・・。

割れたり、欠けたりするのも、一種、縁起がよいとされるのも、凶を吉に転換する思想からでしょうか?

所謂、厄払い・・・ってことで・・・。

毀れちまったモンは、しょうがない・・・。
失くしちゃったものは、しょうがない・・・。
切れちまったモンは、しょうがない・・・(人との縁も含む・・・)。

そんなふうに、考えると、結構、ラクかもしれません。

いつまでも、執念深く、惜しみながら、考えるよりも・・・。

でも・・・このストラップ・・・結構、お気に入りだったんだよね・・・!
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昼酒の愉しみ②極楽な土曜日

2010-02-20 21:02:20 | Weblog
久々に明るい朝。
朝から晴れるのは、何日ぶりだろう・・・。
このところ、北欧?の陽の差さない寒い閉ざされたような冬を連想させる日々が続いたので、今日は、春の気配充分だ。

・・・さて、春の気配を感じながらも、なんだか久々感のある???土曜日だったので、だらだら寝暮らしてしまったのは、このところの習慣。

今週は、なんだか、ものすごく長くて、やっとこ土曜日にたどり着いた感じなのである。

おまけに、朝起きたら、腰痛だ・・・。


以前にも書いたのだけれども、会社の帰りによく寄り道をしていたワールド・ワイドな酒屋が閉店してしまって久しい。
そのせいばかりではないのだけれども、アルコールも暫くご無沙汰になってしまった。
それ程、必要ではなかったということだろう。

・・・それでも、たまには飲みたくなったりで、今週の中頃、ビールを何本か購入して、ここ数日、楽しんでいる。
お気にいりの『シメイ(青)』を売っているお店をいまのところ発見できないでいるので、似て非なるものだけれども、国産の『エビス』を買っている。

ビールの缶のデザインがお洒落なバドワイザーやハイネケンは、軽さが売りのテイストだと思うけれど、私は、あまり好みではない。小麦の味もしないし、軽すぎる。
ドラマなどの映像に使うなら、こういったお洒落な軽いビールの方が、絵になるけれども・・・。

土曜の昼酒には、軽いバドワイザーより、重いエビスだ!

ビールに合う食事は、油系のものがとことん合うように思う。

・・・で、今日は、土曜日である。
中食に、簡単な油系の料理でも作って、久々に昼酒でも供するか・・・。

やはり、その後は、すさまじい眠気に襲われて、陽が沈むまで、眠ってしまった。

一種、極楽である。

この調子で、寝たまま、極楽へ行く方法なんてないだろうか・・・と、またまたどうでもいいことを考えた極楽的・土曜日である。
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適性について考える・・・。

2010-02-19 21:09:38 | Weblog
すっきりと晴れず、灰色の雲が取れない寒い一日。

この1年あまり、派遣先の仕事場は、修羅場だった・・・。
景気低迷と減産による派遣切が、粛々と行われ、人が減った分、仕事は、倍になり、そして、それなのに残業も出来なくなって、毎日、毎日、仕事に追われていた・・・のである。

・・・ところが、ココへ来て、何故か、この1週間・・・。
時間が余って仕方ない・・・要するに、暇な日々が続いた。

いやぁ・・・忙しくないって、こういうことか・・・。

なにやら、ぐ~たら過ごしてしまい、こんなに暇なら、8月から手をつけられずにいた『あの仕事』をやっとけばよかったかな・・・と今、少し後悔している。

・・・暇だと、余計なことばかり考えてしまうけれど、今日は、仕事の適正について、仕事をしているフリをしながら、ツラツラと考えてみた。

・・・早い話が、今の仕事には、適性がなさそうである。

主要な仕事は、会計業務なのだけれども、自慢じゃないが、私は、小学生の頃から、算数が一番苦手で嫌いだったし、成績も悪かった・・・。

そのワタシが、なんで、毎月、億単位の計算しているんでしょうか・・・。

多分、算数の成績を知れば、採用されなかったハズである・・・。
適性がないから、仕事もスキになれないし、一種の拷問である。

一生の仕事にするなら、まず、適性があり、そしてその仕事が好きだってことが、条件なのだとつくづく思った次第である。

しかしながら、世の中というのは、何故か、そう上手くは、出来ていないみたいで、適性があって、その仕事が好きで従事している・・・というひとは、そう多くは、存在しないのではないかとも思える。

最初は、好きだったのに、どうも合わないみたいだし・・・ってことも。
逆に、適性もなく、嫌いだったのに、一生懸命頑張って、その仕事を全うしているひとも多いのではないかと思う・・・。

家族の為に、適性だとか、好き嫌いだとか考えないことにして、働くひとたちもいる。

仕事は、まず、従事してみなければ、分からないという点においては、人生における最大の選択・・・或いは、最大のギャンブル(賭け)と言えない事もないか・・・などと、暇に任せて、そんなことを考えた。
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