鼎子堂(Teishi-Do)

三毛猫堂 改め 『鼎子堂(ていしどう)』に屋号を変更しました。

最も暑い八月の終わり・茜色に染まった夕暮れ

2024-08-31 22:58:10 | Weblog

くもりがち。時々陽が差すものの・・・。

夕方。西の空ばかりではなく、外全体が、茜色の染まった。

台風などの接近中に、起こることも多いような気がするけれど、なんだか、世界の終末のようなそんな気持ちになる。

電磁波とか・・・???

 

宵になって、再び、本降りの雨。

台風10号は、目が消失して、雲を引き連れただけになったというのに、まだ台風と冠しているのは、どうしてなんだろう。天気図の予報円は、日本海側に抜けるような感じだけれど。

猛暑(猛暑なんて生ぬるいかも)、台風、大雨、米不足。

 

なんなんだろう。この閉塞感。

 

体調もあまり良くなくて、食べたいものがない。

食べたくないのに、アルコール入りのレモンソーダは、何故だか美味しい?レモンの炭酸水の方が、まだマシなのだけれど、夕餉に、飲んでも、あまり酔った感じはない。いつもなら、すぐ寝落ちしてしまうのに。

 

明け方。父の夢をみた。何故だかよくわからない。

義姉から電話があって、土曜日の兄の一周忌の連絡。来週も暑そう。

 

雨の降りそうな午後に。

キジバトの声が近くで聞こえた。まだ拙宅のベランダに飛来してきたのかな?と思い、ベランダにでると、お隣のベランダに、身体を上下に振ったりした鳩が一羽。

デデ・ポッポポーと啼く。

八月最終日。

 

 


大雨続く・・・予報

2024-08-30 23:31:11 | Weblog

明け方迄の雨、一服。

最高気温29度で、30度を下回ったのは、今月2度目(ずっと30度超えの真夏日が続いていた訳で。相当、暑かった夏になったというか・・・)。

暑さよりも、大雨の方が、心配。

ずっとずっと雨続き・・・、

ものすごい降り方で、テレビの音量も聞き取れないくらい・・・。

台風とは別の熱帯低気圧の雲らしい・・・。

まだまだ大雨は続くらしい・・・予報。

 

東海道新幹線は、終日運休とかで・・・。

そういえば、夏休みに台風が来ると、新幹線が止まる・・・というのは、旅行を楽しみしていても、台風で、中止になって、かなり気落ちしたことがある。

中学生の頃だったかな。母と京都旅行を計画したのだけれど、台風で、流れた。

あんなに楽しみにしていたのに・・・。

母は、公務員として働いていたので、いつも忙しくて、旅行なんて、行く機会もなかった。

そして稀に、旅行を計画すると狙ったように、台風が来て、いつも、いつも計画は中止になるので、私は、もう期待するのはやめることにしたのだった。

今日の新幹線乗り場のニュース映像で、目的地へたどり着けないひとたちの困惑ぶりなどみると、予定通り、交通機関が動かないって、大変なコトであるなぁ・・・。

 

さて・・・この台風10号。

やはり、HAARP?による人工台風であったらしい・・・と界隈では。

台風は、予定した通りの動きをしたのかどうか・・・???失敗説もあったけれど。

どうも屋久島で、台風の目がつぶされて、九州で、吸収された・・・???らしい???

メディアが気象衛星ひまわりの雲の画像を、放映しないのは、この台風が、既に、台風のカタチを保てず、温帯低気圧になっていることを、ひた隠ししているということのようだ。

そうか・・・やはり屋久島は、神々の住む島、守護神・モスラの故郷だしな???とかなんとか・・・。

 

なにやら神(自然)を恐れぬ人々も多々いるらしいし。

それにつけても。HAARPにしても、電磁波にしても、5Gとか6Gとか・・・そんなものなくても、ひとは、もっと幸せに暮らせるんじゃなかろうか。

人為的に引き起こされて、浸水した住宅や車、巻き込まれた人々のこれからを考えると、こんなこと続けていたら、いつか・・・なんてことを考える。

高額な税金を納めても、次から次へと痛めつけられる日本国民。

いやいや・・・コレも起こるべくして起こっているコト(つまり神とかヒトならぬ身の何かが必然で起こしているのか)ならば、本当に、もうどうしようもないことなのだろうか・・・とか、答えの出ない妄想をどうしてもしてしまう。

普通に、安全に、日々を暮らしたいだけなのに、それも望んではいけないことなんだろうか・・・?


映画:至福のレストラン トロワグロ

2024-08-29 20:33:33 | 演劇・映画

午後から豪雨。市内に大雨警報。

先週土曜日(24日)に続く大雨警報。

迷走台風10号の影響とニュースは伝えていた。

 

今週月曜日(26日)。

旧居住地の映画館迄、『至福のレストラン・三ツ星トロワグロ』を鑑賞。

現居住地及び、周辺の映画館で上映しておらず、日本で二番目に古いシネマ・コンプレックスのある旧居住地迄、出かけた次第。

上映時間が4時間近い・・・フランスの三ツ星レストラン・トロワグロのドキュメンタリー映像。

親子三代続く、三ツ星レストラン・トロワグロ。

食材の調達、菜園、牧場調理、ワインやチーズの安定的な調達、レストランの内装、料理人達、接客のギャルソン、ソムリエ・・・このレストランを維持するのに、どれだけの従業員が必要なのだろうか・・・。

新メニューの開発過程、調理中の映像、材料調達、レストラン併設のホテルの運営。

グランシェフである父親・ミシェルの指揮のもと、シェフで長男セザール、新店舗の経営に挑むの次男レオ、ホテルとレストランの総合プロデューサー母親のマリー・ピエール。

家族の経営するレストランは、1930年に始まり、1956年にミシュランの一ツ星を獲得、1965年に二ツ星、1968年に三ツ星を獲得以来、親子三代55年間、ミシュラン三つ星を獲得し続ける伝統のフレンチレストランの厨房にカメラが入る。

食に対するこだわり、食材の選択・・・すべてに妥協がない。

来店するお客の好み、アレルギー、会食の目的など事細かなリクエストに臨機応変に対応していく。

グランシェフのミシェル・トロワグロの日本の食材(醤油、味噌、紫蘇など)のフレンチへの多様が、印象深かった。

 

上映時間が、とにかく長いので、途中、眠くなって意識が飛んで、目が覚めてから、再び、画面の中へ入っていける。

何か事件が起こるわけもなく、食材の調達、調理場面、接客・・・トロワグロの日常が、淡々と描きだされていく・・・。

 

あの料理は、一体、どんな味がするんだろう?

 

 


玄米を炊く

2024-08-28 20:34:25 | 食・料理

くもりがちで、蒸し暑い。陽が差しているのに、突然の豪雨。

台風10号の影響で、忙しい日本の上空。

 

昨日。

ピラフを作ろうと思って、米を研いだ。

研いでいて、うっかり精米するのを忘れていた。コレは、玄米であった。

玄米は、炊くのが難しい・・・この150gの玄米・・・どうしようか・・・???

暫く悩んだ末に、浸水して冷蔵庫へ。

 

まだ精米していない乾いた玄米を、精米機、5分搗き米にして、昨日は、帆立ピラフを拵えた。

 

玄米は、少なくとも24時間浸水が必要・・・とのことで、コレを発芽玄米にするには、72時間の浸水と水洗いが必要・・・らしい。とりあえず、玄米ご飯を炊いてみよう・・・。

玄米炊飯のできる電気釜は、旧居宅に置いてきた。圧力釜でも炊けるけれど、保温調理器で炊いてみることに。

シャトルシェフ初号機(1.3リットル)の出動?であった。

レシピ本通りに炊いてみた。

玄米独特のプチプチ感。美味しく炊けた。

ゴマ塩を振りかけただけでも、美味しかった。

・・・なんにでも合う白米とは違って、おかずを選ぶ主食ではあるけれど・・・。

少し余分に炊いたので、冷凍しておくことにした。小豆と合わせて、玄米粥なんかもよいかも?

体調不良のときに、玄米はたぶん滋養となるだろう・・・。

そう・・・いま、絶不調なので・・・。

 

 

 


思川の夕景

2024-08-27 23:52:45 | Weblog

くもりがちで、蒸し暑い・・・。七月下旬から八月中旬にかけてのあの暑さとはまた違う暑さ・・・。

昨日、実家のある旧居住地へ。

そのせいだろうか・・・?夕食を食べたら、途端に眠くなって、うとうとしていたら、母の夢をみた。

いつもの・・・あの・・・もう既に死んだと思っていたのに、生きているというか、生き返った・・・という夢。

夢の中では、嬉しい・・・が、目が覚めると・・・なんか、ガッカリ・・・というか・・・ああ、なんだ夢か・・・と思う。亡兄も出てきた。来月一周忌。

 

ちょっとご無沙汰感のある旧居住地だったけれど、国道、県道沿いのチェーン店が、閉店していたり、今まで、何が建っていたいたのか・・・ちょっと思い出せない土地が、更地になっていたりして、それでも、あまり進化していない街だなといつも思う。

昨日の深夜。

現在の居住地・雷都では、避難勧告のアラートが、二度ほど鳴った。市内より北西の地域に線状降水帯が発生して・・・云々。

昨日よりもむしろ・・・1時間降雨量が100mmだった土曜日の方が、危機迫るものがあった。

日曜から月曜日の深夜の線状降水帯がもたらした雨は、下流の旧居住地に流れ込んで、川の色は、土砂の色であった。

(↓旧居住地・思川の夕景。水嵩が増して、川の流れる音がいつもより大きく響いていた)

市役所裏の河川敷の階段に座って、暫く、暮れなずむ旧居住地の夕日を眺めた。

午後6時には、夕方の色になって、日没が速くなったのに、夏がまだまだ頑張っているので、この先も毎日真夏日の予報・・・。

遅々として進路が定まらぬ台風は、やはり・・・なんか・・・怪しい気がしている。

 

 


雷都水没

2024-08-25 21:39:23 | 自然・気象

昨夜のゲリラ豪雨から一夜明けて・・・。

1時間降雨量98.5ミリを記録した雷都であったが、JR宇都宮西口から東武宇都宮迄の大通りも、冠水し、走行不能になった乗用車などが、道を塞ぎ、凄い状態だった・・・とニュース映像は伝えていた。

去年、新しく開業した次世代型路面電車(LRT)も、一時運行を見合わせ、各鉄道路線も遅延で、交通も混乱した(らしい)。

私は、先週の月曜日(19日)以降、家から一歩も出ておらず(体調不良のため、うだうだ横になっている日が多かった)、現在(25日21時過ぎ)に至っているけれど、拙宅より、東側に立つ近隣のお宅3軒は、土嚢の回収、カーポートの泥などの掃除で、忙しかったようで???

拙宅西側のお宅は、新築中で、玄関迄のアプローチに階段を設置してある。少し高さのある階段だけれど、こういうことか・・・と改めて思ったりした。

東側3軒は、築年数の経つお宅なので、地面からの高さが、それほどない・・・ゆえに、防水の必要があるんだなぁ・・・と。

西側のお宅程ではないけれど、拙宅は、道路から玄関口まで、3段分の階段があるので、浸水せずに助かった(のかもしれないが?正直、よくわからない)。

45リットルのゴミ袋で、水土嚢を作る方法とか、コレから防災の知識も必要になるのかなぁ・・・。

拙宅は、雷都を囲むようにして走る通称・宮環(宇都宮環状線)内に存在しているので、ギリ雷都市内といっても過言ではない(逆に、宮環の外は、地価も安価だし、所謂イナカ・・・と言われている・・・と最近知った。一応、宮環の中だけれど、畑も点在するギリギリ市街地である)。

この地域は、古い家も多くて、新築だのリフォームだのが、盛んにおこなわれているから、(新築の)隣家のように、あんなに陽の当らない土地でも売れるんだな・・・と今更ながらにそう思ったりする。拙宅の(犬小屋の如き)狭小な家を買ったのは、西隣の土地は、絶対に売れない土地だと踏んだからで、コレは、とてつもなく大きな誤算だったといえる。

 

実家に居た頃は、まったくと言っていいほど、災害には無縁だった。

周囲は雑木林と水田だったし、雨台風が来て、水田が一面に湖になったときも、水都ってこんなかんじかも・・・(湖の近くに住んでみたいな・・・)などと、妄想するくらいの余裕度はあった。

もともと災害の少ない土地で、恵まれていたといえば、そうなのかもしれない。

しかし・・・この雷都。

スマートシティ構想計画に組み込まれた都市なので、電磁波、ケムトレイルなど半端ないような気がする。

年明けの能登の地震は、古い街をブッ壊し、スマートシティにして、外国人を住まわすために、起こされた人工地震だともいわれているし、今回の雷都の豪雨と雷も、もしかして・・・?都市伝説ではなくなっている人口削減の一端かもね?

だって・・・雷の質が違うし。あんなに至近で、鳴る雷なんて初めてだし、電磁波攻撃かもよ???

それにつけても・・・怖かったね。

もし、これが、何かの意図によって、人為的に起こされたのだとしたら???

・・・なんか、とんでもないときに、引っ越してしまったかも・・・とか、一抹の不安を隠せずにいる。

 

 


雷都豪雨

2024-08-24 20:15:33 | 自然・気象

夕刻前より、豪雨に見舞われた雷都。

拙宅より少し先の幹線道路は冠水状態。

1時間降水量98.5ミリで、観測史上歴代2位を記録・・・云々。

拙宅前の狭い共用の私道が、川になっていた・・・!(玄関前3段の階段の一番下迄、水が来ていた)。

雨雲レーダーとにらめっこ。

雷鳴もものすごい。

こういうときの独り暮らしは、非常に恐怖である。

 

近隣のお宅は、土嚢などの準備は、万全のようで、何も準備していないのは、拙宅くらいか・・・。

ネットで、水土嚢の作り方など参照してみる。

 

それにつけても・・・。

もう温帯性気候じゃないね。

県内は、落雷による停電発生のニュース。

(拙宅は、JRと新幹線の線路に挟まれた地域なので、停電しても状況にもよるだろうけれど、たぶん、他の地域よりは復旧が速いのでは???と勝手に思っている)

 

コレまでの防災では、もう役に立たないのかも?

 


ブログ17歳

2024-08-23 23:46:39 | Weblog

曇りがちで湿度高く、蒸し暑い週末。

日差しが少ないから、気温の上昇もセーブされているようだけれど、それでも、真夏日。

空気が重くて、不快な暑さ続く・・・。

 

うっかりして忘れていたけれども、2007年8月20日に、産声を上げた拙ブログが、17歳になった。

毎年、この時期になると、このブログが生まれた頃のことを思い出す。

まだ自分の居室にエアコンを取り付けておらず、母の居た茶の間で、ブログサイトの開設をした。

あのころは、母は、75歳だった訳で。たぶん・・・人生で一番、幸福だったであろう???時期かな。

身体も動いたし、自転車に乗って、アチコチ出かけて行った。

面倒?な夫も割と早く亡くなって、孫も育てて、少しばかりの菜園、広い庭の管理などもして、手芸やお裁縫、折り紙、絵手紙・・・好きなことも障害なく着手して。

平均寿命よりほんの少し、長く生きた。

女性の健康寿命といわれる75歳を過ぎても、多少の不調はあったにしろ、寝たきりになったり、認知症になったりせず(忘れっぽかったけれど)、晩年を過ごせたのはよかったと思っている。

いまだに、母が亡くなった気がしない。

毎朝、お仏壇の写真をみるたびに、もう会えないはずなのに、実家に戻れば、にこにこしてあの場所にいるような気がする。

 

 


顕著な夏疲れ/キジバトとの攻防③

2024-08-22 21:54:26 | Weblog

曇りがちで、にわか雨。

最高気温30度に、僅かに届かず、蒸し暑いけれど、これまでの暑さに比べたら、涼しい?

30度で涼しい・・・なんて・・・。

季節の変わり目なのか、雨続きの予報。

台風10号接近中。雲の流れが忙しい。

 

終日、うとうと。

エアコンなしでも、それほど、暑くないのがありがたい。

夏疲れが顕著。

疲れが取れない。

身体が動かない。

 

キジバトとの攻防。ベランダとエアコン室外機周辺のチェック。毎朝5時に、キジバトの鳴き声が聞こえると飛び起きて、ベランダを確認。

北側のお向かいのお宅は、ベランダに蔦を這わせているので、キジバトがベランダ奥迄、入り込んでいる。猫ちゃんを飼っているので、ハト対策になっているのかどうか・・・室内飼いのようで、出窓で、日向ぼっこしている姿を見かけるけれど。洗濯物を干してあるベランダに、巣材をくわえたハトが、止まっていたりするのを見かけたので、ちょっと注意だ。

キジバトの鳴き声のする時間帯も大体把握。

早朝から午前9時頃、お昼前と夕方にかけて、デデ・ポッポッポーと聞こえてくる。

隣家の新築工事が中断?しているようで、工事中の足場によく止まっている姿を見かけたけれど、ハト的にはどうなんだろう。

キジバトの巣は、4~5日?で完成するらしく、あんなに小さい体で、どこからあんな小枝を調達してくるのだろう・・・?と不思議に思っている。

飛来が頻繁になるようなら、防鳥ネットでも張ろうか・・・と考えている。

 

 


カレーピラフ

2024-08-21 23:04:11 | 食・料理

猛暑日には届かず・・・曇りがち。

朝方などは、熱帯夜から解放。少し涼しい・・・。

 

昨夜は、19時頃から、眠くなってしまい、だらだらと眠ってしまった。

猛暑続き、キジバト攻防戦?、毒虫?咬傷、初盆訪問、地震、台風或いは、台風接近中のタイヤ交換など、先週は、かなり疲れていて、体調もよくなかったので、あまりよく眠れていなかったからかもしれない・・・などと勝手に理由を考えてみた。

食事も適当になっていて、お粥とか素麺とか、食べやすいものばかりだったので、栄養面でも問題があったのかもしれない。

食事といえば、巷では、『令和の米不足』とかで、スーパーのお米売り場が在庫なし・・・?の状態らしい。

スーパーには無いかもしれないが、街中のお米屋さんとか、メルカリなんかで、販売しているようで、どうもJAが、諸悪の根源らしい???(真偽は知らない)。

外国米の圧力に負けて、国産米を生産農家さんから、安く買い叩いて、米不足を煽り、外国への輸出米にしたり、高値で売りさばいているとか・・・云々(国益になるようなことは、一切せず、外国人ばかり優遇する政府の愚策をもう隠そうともしない)。

 

夏前に、無農薬栽培の『朝日米』の玄米を5kg程のストック。独居なので、なかなか減らないし、夏場は、麺類の消費が多いし、胃の具合からお粥なども多いので、なかなか減らない。

夏野菜の残りが冷蔵庫に仕舞われたままで、そろそろ使わないと・・・なんて状態なので、久々にカレーでも拵えるか・・・。

転居前から、タイグリーンカレーばかり作っていたので、S&Bの赤い缶入りカレー粉も未開封のまま残っている。

亡くなった母は、私がカレーをつくるたび、褒めてくれた。

『おいしいねぇ。お店やれるよ(←大袈裟。冷蔵庫の残りもので作るから、作るたびに味が違うから、商品にならない)。』

残り半分の茄子、ピーマン、ニンジンのきれっぱし、冷凍焼けしたマッシュルーム・・・そこに、鶏肉でも入れて、ピラフでも作るか・・・。

ピラフ類は、炊飯器で炊くとどうも、パラパラにできないので(炊飯器は、旧居宅に置いてきた。たぶん、愚弟かその妻が処分したとは思うけれど)、保温調理器で、作ってみた。

お店や冷凍食品のように、パラリっ・・・とは、仕上がらないけれども、それなりに美味しくできた(と自画自賛)。

母にも食べさせてあげたかったな・・・と今更ながら思う。

晩年の母は、食もかなり細くなり、お店で、一人前を食べきることができなくなって、家で、私の作る料理を食べていて、脚に痛みが出るようになってからは、外出が難しくなって、楽しみは、専ら食べることだけだ・・・と言って、私の作る下手くそな料理を楽しみにしてくれていた。

それでも、やはり食欲がなくて、全部食べ切れなくて、あとでこっそり処分しようと残しておいた残飯を、炬燵の中に隠しておいてソレを忘れて腐敗させたりもしていたから、食事のあとの洗い物で、食器が足りないときは、母が眠ってから、炬燵の中をチェックしたりした。

・・・そんな母の好きだった私のカレー。ピラフを供したことはなかったけれど、たぶん、母好みの味になった(ハズだと思う)。