鼎子堂(Teishi-Do)

三毛猫堂 改め 『鼎子堂(ていしどう)』に屋号を変更しました。

『現代能楽集Ⅴ~春独丸・俊寛さん・愛の鼓動』②~美と醜の舞台トリック

2010-11-30 21:00:06 | Weblog
穏やかな初冬の一日。


昨日の続き。

実際は、醜いはずなのに、舞台では、美しい俳優が演じる・・・言葉では、醜いはずなのに、視覚では、美しい・・・そういうトリックを衒いもなく使えるのが舞台の面白さなのだと思う。


1980年代に劇団・四季が上演した作品に『エレファント・マン』があった。
(最近、別のプロモーターが再演して、そちらは、見ていないのだけれども・・・)。
象男・・・醜い筈の青年を、演じたのが、市村正親さんだった(女優の篠原涼子さんのご主人)。
実際のエレファント・マンことジョン・メリック(・・・だったと思うけれど、記憶が違うかも知れない)の画像を舞台に映し出し、似ても似つかない均整の取れた細い肢体の市村さんが演じるという演出で、現実には、多分・・・近寄りたくないだろうジョンを、美しい魅力あふれる青年に仕立て上げて、悲劇性のある舞台に仕上げていた。

・・・現実と舞台というマヤカシのトリック。
観客は、騙される・・・俳優は、俳優であって、けして、その現実の物語の本人ではない。
観客は、心地よく、騙されている。

観客は、実際にはないものを、演じる俳優の中に見る。
春独丸は、美しい青年だと、岡本健一さんにそれを重ねる・・・。
あとは、勝手な思い込みだけで、虚構の空間だけに生きる春独丸を、勝手に追い求める。

舞台とは、そういったものだ。

現実にないものを、あるかのように垣間見せる幻想・・・。

幽玄な能の世界にしても、そうなんだろうと思う。
能楽師が、さしのばすその指先は、空間しか差していないにも関わらず、観客は、指差した向こうに、それぞれの想像(幻影)を見るだけだ。

現代風にアレンジされた能楽集ということで、書かれた作品だけれども、わかりやすくなったのか、わかりづらくなったのか・・・オリジナルを知らないこの浅薄な身では、語りようがない。

いつか、オリジナルの能楽で見たいと思っている。


『現代能楽集Ⅴ~春独丸・俊寛さん・愛の鼓動』~ちょっとカン勘違いしておりました・・・。

2010-11-29 21:01:45 | Weblog
一昨日は、久々に都内へ。
世田谷シアター・トラムへ『現代能楽集』を観劇に。

ワタシ・・・何か、カン違いをしていたようで、三島由紀夫さんの『近代能楽集』なのかと思っておりました。
能楽は、能楽でも、『能』をベースにした翻案ってことらしいです。

舞台は、正面が張り出して、三方向に客席がある構造。

3つの作品のオムニバス形式で、短いドラマが、淡々と続く、比較的、静かな舞台でした。

春独丸に岡本健一さん。
盲人の役で、目を閉じられての演技。
・・・お若い頃から、とても綺麗なお顔の役者さん(歌手でしたかね?)だと思っていましたが、美しい造形には、開かれた目が必要なのかなぁ・・・と。

以前(相当前の私事ですが・・・)、横浜へ向う電車の中で、とても綺麗なお顔の造形の男性が、眠っておられたんですね。眠っていらしたから、その綺麗さにずぅ~と眺めさせていただいたのだけれど、降りる駅が近づいて、目をあけられたお顔をみて、失望した(すみません。本当に身勝手なんですが・・・)経験があります。
なんだか、目を閉じていたほうが、綺麗なひとだったので・・・。

岡本さんの場合は、その逆。
母親(久世星佳さん)の夢のなかで、目を開けた春独丸(岡本健一さん)は、とても綺麗でした。

事故で、足を不自由になったという設定で、不自然な体型での演技も、春独丸の美しさを強調しているようでした。

『俊寛さん』は、小須田康人さん。
この役者さんにクールさとビジネスマンって奇妙に一致するなぁ・・・と思いながら、冤罪で流人になった理由とか、全く、語られていないのだけれど、だた、これからも、ずっと島流しは、続くんだろうなぁ・・・と。
ほんとうに、それだけ、なんだけれど、なんなんだろう・・・???

『愛の鼓動』では、刑務官(ベンガルさん)と女囚(西田尚美さん)の不思議な世界が展開。
雨を降られせる演出で、梅雨時の拘置所の物語。
絞首刑を実行する刑務官のやりきれない思いを梅雨時の鬱遠しさで、舞台を覆う。
テキストは、『綾の鼓』。
女囚は、『綾の鼓』に相当する『何か』を観客に想像させるという手法。
鳴り物・・・というか、弦のあるような音を奏でる『或るモノ』なのだけれど、それが、どんな形状で、拘置所に囚人が持っていけるものなのかどうか・・・そのへんが、少し曖昧。

想像力のない観客としては、勝手に想像するしかないのだけれども・・・。


晩秋のおでかけ

2010-11-28 21:05:01 | Weblog
昨日(27日)は、久々のお出掛けと相成った。
先月末から、仕事が増えて、その上、今年2本目の抜歯と、中旬から、妙に、体調不良で、何処へも出かけることが出来ず、休日は、もちろん、平日にも休暇を取って、身体を横にしている・・・という日々だった。

・・・復調してきたので、観劇に行った訳ですが・・・。
久々の外出だったので、事前に、交通情報をチェックするのを忘れてしまった。

地元駅にて、
『人身事故のため、この路線は、運転を停止しております。』
テロップが・・・。

(今日は、やめろってことかな・・・。)
と思っていたところへ、運転再開のアナウンス。

快速を予定していたので、都内へは、1時間前後の遅れか・・・。
開演時間は、19時だから、ギリギリ・・・ってとこだな・・・。
食事もゆっくりできないだろうから、最悪、コンビニエンス・ストアで、軽食(おにぎりとか、サンドイッチとか)でも、購入して、劇場ロビーで食すか・・・。
そんなことを考えながら、妙に落ち着かない。

今日は、昼頃起きて、お茶とビスケットを抓んだくらいなので、夕食は、ちゃんととりたいところなんだけれども・・・。

しかも、今回は、乗換えが多くて、その上、劇場隣接のビルにあるチケットセンターで、チケット引換をしなければならないから、その時間を差し引いても・・・。
ちょっと、時間的に、厳しいか・・・。

こういう時間制限が、一番のプレッシャーに。

最近・・・というか、どうもワタシは、基本的に、『大宮駅』とは、相性が悪いらしく、事故などで、電車が遅れてたりすると、この『大宮駅』が、引っ掛かってくることが多い。
・・・この駅は、通過するだけの駅だったのだけれど・・・。

どうせ、乗り換えるなら、『赤羽駅』まで、行ってしまえば、よかったんだけれども、始発の『大宮駅』の方が、座れる確率も高いし・・・と思ってしまったりで、ヘンに『魔がさす・・・』というか、そんなことも多い。

開演には、間に合ったけれども、劇場付近のお蕎麦屋さんで、食べたお蕎麦は、あまり味がしなかった・・・というか・・・時間が気になり、味わうことができなかった訳で・・・。


(着たきり)雀の言い分②~『服』は、着る人を選ぶのだ。

2010-11-26 21:09:36 | Weblog
くもりがち。


『今日は、すごぉ~く可愛い服だね。』

???????????????

何処が、可愛いのか、皆目わからないのだけれども。

毎日、派遣元から支給された制服を着て、仕事にいそしむ?自称(・・・というよりは、自他共に認める・・・というべきか・・・)着たきり雀の私には、人様のファッションについて、語る資格は、全く持たないのである。
持たないのであるが・・・。

臨席から聞こえてくる会話。
アラフォーと呼ばれる世代の女性二人の会話である。
ご両人とも、いつも、わりと奇抜・・・というか、どうみても、オフィス(しかも、現場に近い部門)には、そぐわないような服装をされている場合が多い方たちなのだけれども・・・。
コレは、もう、好みの問題ですわな・・・。
そう結論づけるしか収拾(←私の心の中で・・・です)が、つかない訳で。

もともと・・・『かわいい』という概念が違うのだろうと思う。

もし、私が私服で仕事をしていて、彼女達に(絶対に有り得ないが・・・)
『その服、凄くかわいい・・・。』
なんて、言われた日には、多分、1週間は、立ち直れないと思う・・・。
このひと達に、『かわいい』と言われる服って・・・。

人は、着たい服を着て、しかあるべきである・・・と思う。
思うのだが、しかし・・・。

多分、私は、彼女達の服装を受け入れることが困難なのだと思うからだ・・・。

服は、自分で選ぶ・・・そう思っていらっしゃる方が、ほとんどだろうと思う。
自分で、選んだ服を着ている・・・大多数の方がそうだろう(制服や決まりごとのある服は、除く)。

でも、それは、大間違い・・・。
本質は、『服』は、着る人を選ぶのである。
『服』が、私たちを選ぶのである。

『服』に選ばれなかったひとが、選ばれなかった『服』に、着られるのである
何たる悲劇であろうか・・・。

願わくば、『服』に拒絶されない服装でありたいと着たきり雀の私などは、そう思う。


カレンダー・・・暦・・・そして・・・来年・・・!!!

2010-11-25 21:44:10 | Weblog
曇りがち。

早いひとなら、10月の初め頃から、お気に入りのカレンダーを探し始めるのでしょうか?

私も、以前は、そんなカンジで、都内へ出向いた折には、デパートのカレンダー特設コーナーに足を向けて、アレコレ選んでおりました。

・・・10年くらい前になるのだけれども。
その時も、不況の波が襲ってきて、その所属部門ごと、都市部の本社に移転・・・ってことになって、私は、仕事を変えざるを得ない状況になった・・・なんてことは、以前にもかきましたが、その時は、なんだか、自分には、関係なくて、他所の話を聞いているようで、全くと言って、実感がないまま、移転が決まってから、3ヶ月が経っていきました。

引越しの計画が、ドンドン進む中で、ひとり取り残されたように、引継ぎや、残務整理なんかしていて、ほんとうに、1月からは、ここには、来られなくなるんだ・・・っていうような気は、全くなくて、本当に、自分がどうなってしまうのかさえ、考えもしなくて・・・。

考えられなかったのかもしれません。

・・・そんな中、次の派遣先が、決まってしまい、その年の12月の中旬に、部内の人達より、一足、お先に、他へ行くことになった訳です。

そのときも、あまり実感が湧かなくて、こんなんで、この先、やっていけるんだろうか・・・とさえ思いました。

移転が決まったのが、10月だったので、オフィスのデスクに置く来年のカレンダーを買うのを躊躇いました。

・・・もしかすると、来年は、仕事をしていないかもしれないし・・・。
必要ないかもしれない・・・。
必要のなくなったものを見るのは悲しいなぁ・・・なんて、思いながら。

毎年、カレンダーを買うのを楽しみにしていたのに・・・。

それでも、都内に出て、やはり、カレンダー売り場に足を向けてしまいした。


そんな悲しい思いあった10年前。
そして、今年も・・・。
来年は、仕事をしているのだろうか・・・なんて、思いながら・・・。

都内に出たおりには、カレンダー売り場をのぞいてみようかと思っています。


休暇の言い訳

2010-11-23 21:02:38 | Weblog
日付が変わって、深夜から、雨が激しくなってきて、午前中は、雨。
昼頃からゆっくりお天気が回復。

勤労感謝の日ってことで・・・本日はお休み・・・というか、自主休業。
始業過ぎに会社に休暇を取りたい旨の電話。
どうしても、出勤する気になれず・・・。

雨だしな・・・。

こんなことを言っていたら、世間で、真面目に労働している方々に大変、失礼だってことは、重々承知しております。
ごめんなさい。

でもさ・・・。

本当に、もうこの会社、辞めようか・・・って思う。

何度も書いているけれども、二つの会社に所属しながら、どっちにも属していなくて、まるで、存在が幽霊のよう・・・。
・・・にも、関わらず、仕事だけは、不思議と責任だけは、重くて、どうにもこうにもやりきれないところまで、きているような気がする。

(隣の席の)社員に較べたら、その量・・・半端ならず・・・。

同じスタートラインには、立てない・・・し、数百メートル後からのスタートで、どうやって、勝てないし、ユニオンに守られて、結果を出さなくても、休み続けても、解雇には、ならない。

そう思うと、我が身の不運を嘆くしかない。

なんで、あんなヤツが隣なんだろう。
・・・そいういう問題でもないが・・・。

つくづくイヤになる・・・。

明日は・・・出社せねばな・・・。

早いとこ、ケリをつけたい。
・・・なのに、いつまでも、いつまでも・・・この膠着状態が続いている。


パンがないのなら・・・お菓子を食べればいいじゃない・・・。

2010-11-22 19:32:57 | Weblog
昼前から、雨・・・。
前世が猫だったということに、何の疑いも持たない私は、雨の日は、眠くて、ダルい・・・。


・・・先週から、どうも身体の具合が悪くて、今日は、一日、休暇を取って、コレで、3日間眠りつづけたのだけれども・・・。

今日は、カロリーメイトの缶入りの液体を、朝と昼飲んだきりで、夕食は、どうしようか・・・。
食事を作るもの面倒だ。

作らないで済むならそうしようか・・・。

賞味期限が今日のヨーグルト。
食べ切りパックの一袋だけ残ったのりピー(磯部巻きせんべいとピーナッツ)。
フルーツスナック・バナナ味(ドイツのシリアルバー)
おまけで、ル・コルドンブルーのガレット。

・・・それに、今日は、暖かいものを飲んでいないから、煎茶でも煎れるか・・・。

ご飯つくるの面倒だったし、外へ食事に行くのも、かったるいし・・・。

こんなもの食べても、どうせ、数時間後には、また空腹になるのだから、ちゃんとした食事を作ればよかったよな・・・と少しばかり後悔している。

人生は、後悔の連続である。
こんな、些細な後悔の繰り返しなのである。
『パンがないのなら、お菓子を食べればいいじゃない・・・。』
18世紀のフランスで、傲慢かました王妃さまの言うような食事は、どんなものなんだろうか・・・。

お菓子を食事にするのなら、
重量のあるドライフルーツとナッツ類のぎっしり詰ったカントリー風のケーキだとか、甘みを抑えたスコーンだとか、アップルパイだとか・・・そんなものの方がよさそうだ。

でも、こんな食事は、1週間に1回くらいでいいや。
土曜日のブランチとかさ・・・。



冬に向って・・・。『夏への扉:A・ハインライン:著』

2010-11-21 21:02:00 | Weblog
穏やかに晴れながらも、午後からくもり。


眠りすぎ・・・。
昼間は、ずっと眠っていた。

もう、冬眠でもしようか・・・ってくらいに。

ひとも、冬眠なんてできたらいいのに・・・と思う。
せめて、極寒の1月と2月あたり、関東以北では、経済活動は、行いません・・・とか。

寒い期間眠っていれば、暖房や経済活動につかう光熱費は、使わずに済むし、食糧も、一日3食を、食べなくてもいいから、減るだろうし、二酸化炭素の排出量も減るよ・・・。

良いことばかりではないか・・・。
冬眠している間に、他国間競争に敗れることもあるだろうし、領土占領されちゃって、春になったら、違う国になっているかも・・・。

冬眠するなら、世界規模でやらなければダメででょうかねぇ・・・。

『夏への扉』というSF小説に、人工冬眠(冷凍冬眠:コールドスリープ)というのがあって、何十年か、眠った状態で、身体の老化を遅らせて、時間を止めて、未来に自分の身体を送り届け、そして、自分を陥れた恋人に復讐するというストーリが、あったけれども、現在の医学で、治療不可能な病人を、人工冬眠で、眠らせて、病気の治療法が出来る時代に、目覚めさせて、完治させる・・・なんてことも有効だろうなぁ・・・。
(この『夏への扉』は、2008年7月のブログにも書いておりますが・・・)

でも、周りは、知らないひとばかりだし、家族は、既に年老いて・・・ってことだろうし、浦島太郎的で、どうだろうか・・・?
数年から数十年間、自分は、世の中に存在しなかったのも同じこと・・・。
それでも・・・。

『夏への扉』では、人間より、寿命の短い飼い猫の『ピート(護民官・ペトロニウス)』を人口冬眠で、少しでも、長く生き続けさせる。
眠っているだけで、死んではいない・・・それだけでも、飼い主にとっては、嬉しいことに違いない。

(この子は、眠っているだけで、目が覚めればまた、一緒にいられる)

そんな希望が、生きる支えになるに違いない。


朝起きるのが辛くなる一方のこの季節。
できれば、暫く、冬眠していたい・・・鬱なこの頃。


晩秋を楽しむこともせず・・・。

2010-11-20 21:02:33 | Weblog
穏やかな土曜日。

昨日は、アルコールで、少し酔い加減で、23時には、眠ってしまった。
平日、この時間に眠ると、明け方の3時とか4時だとか、まだ、早い時間に一度、目がさめてしまうのだけれども、余程、疲れていたのか、今日は、7時過ぎに目が覚めた。
8時間ノン・ストップで、眠ったというか・・・。

午前中は、お茶だけ飲んで、本を読んで、また少し眠って・・・。
軽い昼食を取って、録画をみて、本を読んで、また眠って・・・。
なんてことを、繰り返しているうちに、一日が、暮れてしまった。
身体を起こしているのが、辛いので、ついつい、横になってしまっている。
半病人的な休日は、いつものことで、コレでは、何の為に、生きているのか、分らない・・・。

せっかく、穏やかに晴れた休日だというのに・・・。

毎週、そんな繰り返しが続いている。

人生に何を望んでいるかといえば、そんなに大した望みは、なかった。
・・・特に何かしたい・・・とか、そういう望みはほとんどない。

神経を使わない普通の仕事をして、休日は、ゆっくり休んで、好きなものを食べて、本を読んで・・・という穏やかな暮らしが出来ればいいと思っていた。

・・・こんなに小さな望みの人生って、あるんだろうか・・・。

自分でも不思議に思っている。
その穏やかで、平安で、静かで、優しく、慎ましい望みだって、叶わないのだから、やっぱり、生まれてきたのが、間違いだったとしか言いようがない。

神経を使う仕事・・・。
3ヶ月毎の契約更新といった不安定な職業。
責任だけは、異常に重く、雇用期間と給料は、まるで釣り合わない・・・。
こんな生活では、先が、見えない・・・。

不安しかない・・・。

平安を望むなら、やはり、仕事を変えるしかない・・・のかも知れない。

今週の月曜に、再び、3ヶ月の仕事の延長の回答を出してしまった。
仕事が混んでいたから、契約更新なんて、どうでもよくなったような気がしていただけで、やはり、辞めればよかったのか知れない・・・と、いろいろ考えていた晩秋の休日。
こんな、くだらないことばかり考えないで済む穏やかな晩秋は、私の人生では、もう来ないのかもしれない・・・なんて、思いながら・・・。



金曜日なので、酩酊してみる・・・???

2010-11-19 21:02:26 | Weblog
朝から晴れ。
日差しが柔らかく暖かい。


今週は、とても、長くて、やっと金曜日にたどり着いた気がする。
年末調整申請書の100名分の添付書類の有無なんかをチェックして、総務部に提出して、やっと終わった感じだ。
去年より、少し人数も減っていたし、予定していた時間内に終わったので、残業もなし。
さっさと退社して、食材を買って、ついでに、ビールも買って、のんびりした金曜日の夜になった。
自分の好きな料理を作り、ビールを飲んで、ほんとうに、リラックス状態で、眠ることが出来そうだ。

いつもだったら、このくらい(ロング缶を家人と半分つづ)では、酔いは、感じないのだけれど、今週は、特に疲れたし、体調もいまひとつだったから、なんとなく、今、酔感(・・・酔った感じと言うか、そのままの意味だけれども・・・)が、あって、酩酊とまではいかないけれど、早く、眠ってしまいたいような・・・。

この酩酊・・・なんだけれども、正しい意味は、
『ひどく酒に酔うこと』
らしく、ひどくは、酔っていないけれど、いつもよりは、酔っている・・・といった微妙な感じなのだ。

日頃から思うのだけれども、一度でいいから、
『酩酊』状態を味わってみたいと思っている。

アルコールには、酔わない体質・・・というか、飲んでも、自分を見失うことが出来ない・・・というか、もともと量が飲めないので、酩酊には、至らない・・・というか・・・。

自分の中途半端な人生と性格が、酒を飲む・・・ということでも、如実に現れている。

なんで、こうなんだろう・・・???

いっそ、自分を失くすくらいに酩酊して、全てのことを忘れたいと思う。
全てを、吐き出して、すっきりしたいと思う・・・。
罵詈雑言を浴びせかけて、嫌いなヤツを傷つけて、奈落の底へ落としてやりたい・・・とさえ、思う。

なのに・・・、怖くてできない・・・。

そういうことをやってしまったあとの自分が、どんな状況になるか、明確に想像できるからだ。

疲れ果てた金曜日に、一度でいいから、酩酊してみたい。