徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:今野敏著、『サーベル警視庁』&『帝都争乱 サーベル警視庁』(ハルキ文庫)

2022年12月30日 | 書評ー小説:作者カ行

今野敏はこれまで現代を舞台とした警察小説を世に出してきましたが、明治三十八年を舞台とした『サーベル警視庁』は異色です。時代設定の説明をする必要があるため、やや読みづらい箇所があり、話に入っていけるまでに少し時間がかかりましたが、明治の世情、特に薩長閥が幅を利かせ、東北人は冷遇されるような状況がストーリー展開にうまく活かされており、面白い歴史警察小説になっています。

第1巻は明治三十八年七月、日露戦争の最中、上野の不忍池に死体が浮かんでいるところを発見されるところからストーリーが始まります。
捜査に当たるのは警視庁第一部第一課。岡崎巡査の視点で語られます。
殺された帝国大学講師・高島は急進派で日本古来の文化の排斥論者という。同日、陸軍大佐・本庄も高島と同じく、鋭い刃物で一突きに殺されたとの知らせが入り、手口から同一犯と見られ、連続殺人事件の捜査となる。
不忍池の死体の第一発見者は薬売りらしき人物ですが、最初に話を聞いた所轄を出た後の足取りが掴めず、追求しようとすると、上から捜査不要の指示が下る。
陸軍大佐殺人事件では、近所の商店主が怪しい人物を見かけたと証言し、その人物を追っていくと、元新選組三番隊組長で警視庁にも在籍していた斎藤一改め藤田五郎と分かる。藤田はその後捜査に協力する。
また、伯爵の孫で探偵の西小路も成り行きで捜査に協力することになる。第一部の鳥居部長は伝法な六方詞を話し、あまり形式にこだわらない。警察は内務省からの指示に逆らえないが、民間人である西小路と藤田ならば捜査を続けても差し障りがないと考えたのだ。
果たして、殺人の背景には本当に脱亜入欧論の急進派とそれに反対する保守派の政治思想的対立があるのかどうか。

時代背景が少々複雑ですが、登場人物の中で最も迫力があり、重鎮を成すのは60を超えた斎藤一改め藤田五郎です。


第二巻の『帝都争乱』では、明治三十八年八月三十日、日露戦争の勝利に沸く世間は一変、日本にとってほとんど利益のない講和条約に、失望と怒りが広がり、民衆が暴徒と化してしまいます。いわゆる日比谷公園焼き打ち事件 。その暴動の中、警視庁第一部第一課の岡崎巡査たちは、 桂首相の愛妾であるお鯉の住む妾宅の警備を命じられます。
暴徒が街に火を放つ一方、お鯉の妾宅にも暴徒たちが侵入。
お鯉とその母並びに家人たちは危機一髪で逃げ出せたが、暴徒たちが去った後、刺殺体が発見されます。死因を騒擾として片付けようとする赤坂署に疑問を持った岡崎巡査たちは自分たちで殺人の捜査をすることにします。探偵の西小路、斎藤一改め藤田五郎、並びに藤田の勤め先である女学校に通い、前回も捜査に関わった城戸喜子子爵令嬢も岡崎たちに協力します。
殺人事件の解明は、日比谷公園焼き打ち事件の背後関係・長州閥の内部抗争を解き明かすことになります。




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書評:松岡圭祐著、『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 VII レッド・ヘリング』(角川文庫)

2022年12月23日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行

相変わらず松岡圭祐の著作スピードは驚異的です。VIが出てから4か月ですでに続刊発売。ストーリーを忘れないでいられるので、多読者としてはありがたいです。

さて、この巻では杉浦李奈が作家としての「有名税」とも言える嫌がらせ行為を受けることから始まります。Amazonの作品評価に唐突に星1つの投稿が並んだり、自分の名前で身に覚えのない官能小説が出版社に送られていたり、自宅の住所が公開されたり等々。
しかし、警察に届けると作家のファンが離れてしまうリスクが大きいので李奈が有効な対抗策を取れないままでいると、いきなり出版社にいる李奈を呼び出す内線電話がかかってきて、会いに行くと、様々な嫌がらせをやらせた本人と思われる大企業の社長が現れ、明治に500部ほど発行されたという幻の丸善版新約聖書を探し、詳細な研究論文を執筆してほしいと李奈に強要します。
李奈は抵抗を試みますが、結局のところくだんの聖書を手に入れ、これを欲しがる理由を究明する以外にないと決意し、調査を始めます。翻訳聖書の話だと思いきや調査の過程で話は徳川慶喜と勝海舟に確執にまで及び、意外な展開を見せます。

万能鑑定士Qの凛田莉子改め小笠原莉子も再登場し、李奈に協力する作品越えコラボもあり、ファンとしては嬉しい限りです。

この巻で莉子は、大した売れ行きではなくても世に名前を出して作品を発表することの責任とリスクについて自覚し、作家としてもまた成長するところも魅力です。


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書評:しきみ彰著、『後宮妃の管理人 七 ~寵臣夫婦は出迎える』(富士見L文庫)

2022年12月18日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

今年の3月末に全6巻まとめ買いして一気読みし、物語がまだ完結していなかったことに悶絶した『後宮妃の管理人』。11月半ばに発売された7巻を読んだら、登場人物たちの背景情報をすでに若干忘れていたので、また最初から読み返してしまいました。ラノベだからできる芸当ですね。

さて、黎暉大国は初夏。首都は耐えがたい暑さとなるため、優蘭たち健美省は、皇帝の勅命のもと、妃嬪たちの避暑地行きを催すことになり、後宮は朗報に湧きますが、ただ一人、普段は模範的で目立たない充媛の藍珠がなぜか避暑地行きを拒みます。どうしたものかと優蘭が夫の右丞相の皓月に相談しに行くと、そこではそれどころではない騒ぎになっていた。敵国とも言っていい杏津帝国の外交使節団がやって来るのだという。しかも、使節団代表は過激なタカ派の王弟とのことで、どんな意図があるのか議論になっていたが、受け入れないという選択肢はないため、妃嬪たちが向かうことになっていた避暑地で使節団を迎え入れることになる。このため、それが嫌だという妃は後宮に残っていいことになったが、なぜか藍珠がやっぱり避暑地に行くという。一体彼女にはどんな謎があるのか?過去の因縁から彼女が起こす行動とは?
この伏線はこの巻では大した事件には発展していませんが、後を引きそうな予感を残しています。
一方、皓月の双子の妹・蕭麗月もだんだんと後宮に馴染み、実は踊りがうまいことなど、自分を出すようになってきて、双子であるがゆえに殺される代わりに養子に出された彼女の複雑な生い立ちが明らかになってきます。

寵臣夫婦も相変わらず次々と起こる問題の対処に追われてますが、いつものことなのでさほど新鮮味はありません。

次巻はまた杏津帝国との絡みなのかな、という終わり方でした。




読書メモ:濱田英人著、『認知と言語 日本語の世界・英語の世界』(開拓社 言語・文化選書62)

2022年12月18日 | 書評ー言語

『認知と言語 日本語の世界・英語の世界』(開拓社、2016/10/21)は、タイトルからも察せられるように、認知の仕方の違いがどのように言語に現れるのかについて、日本語と英語の例を元に説明するものです。

「ことば」は言語話者のモノや出来事の捉え方を反映しています。日本語話者は出来事を「見え」のまま認識するのに対して、英語話者は出来事をメタ認知的に捉える認識であり、このために世界の切り取り方が異なっています。本書ではこの認識の違いが日英語の言語的特徴に表れていることを具体的な事例を挙げて述べ、認知的側面から『日本語の世界』「英語の世界」の本質を明らかにします。

目次
はじめに
第1章 認知文法からのアプローチ
1.1 認知文法の言語観
1.2 日英語話者の出来事認識の違いと言語表現
1.3 まとめ
第2章 空間認識と言語表現
2.1 英語の不定詞と動名詞
2.2 英語の現在完了の本質
2.3 日本語の「た」の意味
2.4 英語の現在時制と過去時制
2.5 日英語話者の能動・受動の感覚の違いと言語表現
第3章 視点と言語化
3.1 日英語における冠詞の発達の有無
3.2 日英語話者の集合の認識の違いと日本語の類別詞の発達
3.3 日英語の二重目的語構文
3.4 日本語の助詞「の」と英語のNP's/the N of NP
3.5 日本語の「行く」/「来る」と英語の 'go' / 'come'
第4章 概念空間と出来事の認知処理と言語化
4.1 日英語の移動表現
4.2 日本語の「Vテイル」と英語の進行形(be V-ing)
4.3 英語の存在表現
あとがき

本書の根本的命題は、日本語話者は知覚と認識が融合した「場面内視点」で出来事を言語化することを習慣としているのに対して、英語話者は知覚と認識を分離し、メタ認知処理をする「場面外視点」で出来事を言語化することを習慣としているということです。
この根本的な認知の相違から、様々な文法現象の相違が生まれているということをいくつかの例によって示そうとしています。
日本語では、話者自身が知覚した通りの順番で言語化していくので、主語はほとんど不要だし、出来事や状況をまず全体として捉え、「数える」という認知操作を経て初めて、その中に含まれる個体を認識するため、複数形が発達しておらず、参照点として類別詞(一般に助数詞)を用いる。
英語では話者は知覚した物事を自分の視点ではなく、いわば状況全体を俯瞰するような鳥観図的フレームに落とし込んで認識してから言語化するため、聞き手の視点を取り込むことが可能で、聞き手にとって未知なのか既知または特定可能なのかによって無冠詞・不定冠詞・定冠詞を使い分ける。また集合の認識では個体の境界が認識できるかどうかで加算・不可算を分類し、なんとなく包括的に認識するのではなく、全体を構成する個(Figure)にフォーカスして認識するため、複数形が発達している。
両者の違いは住所の様式の違いに最もよく表れている。
日本語では(国)都道府県市町村番地のように大きな単位から小さな単位の順番で述べられ、最後に人名または会社名が来るので、いわば〈ズームイン〉の視点の動き。
英語ではまず人名または会社名といった個(Figure)が来て、その後に通り名番地、都市、州、国と単位の大きい背景(Background)の方へと視点が〈ズームアウト〉する。

個々の文法現象を別個に取り上げるのではなく、共通の認知原理によってほぼすべてを説明できるのは、理論として実に美しい。

本書を読みながら、英語とドイツ語の違いについても考えを巡らせていました。この説明モデルを当てはめてみると、ドイツ語には英語よりも「場面内視点」が多く、それが語順にも現れているが、日本語と比べれば「場面外視点」が優勢と言えます。



書評:松岡圭祐著、『探偵の探偵 桐嶋颯太の鍵』(角川文庫)

2022年12月01日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行

紗崎玲奈を主人公とする『探偵の探偵』シリーズでは脇役だった桐嶋颯太を主人公とした本作品は、女子大生・曽篠璃香がガールズバーでバイトして、太客であるスギナミベアリング株式会社社長の漆久保宗治に気に入られて彼の専属スタッフのようになり、やがて大学や自宅にまでつきまとわれるようになるのが端緒となります。璃香はつきまといを阻止するために探偵を雇いますが、その探偵は返り討ちに遭ってしまい、自分の手には負えないので探偵の探偵に依頼を持ち込むことを璃香に勧めます。こうして璃香はスマ・リサーチを頼ることになるのですが、桐嶋颯太は璃香と日比谷公園のベンチで待ち合わせて話を聞き、すでに漆久保の愛人になってしまっている璃香をわざと怒らせ帰らせてしまいます。この策略によって桐嶋は璃香の行動を逐一漆久保に報告している悪徳探偵を突き止め、彼を利用して漆久保に一杯食わせますが、璃香に報告に行こうとしたところ、彼女は殺されてしまいます。悪徳探偵も自殺に見せかけて始末されてしまい、桐嶋本人にも漆久保の魔の手が伸びてきます。
散々痛めつけられた後、桐嶋は陰で進行中の銃の大量密輸事件に漆久保が絡んでいることを知り、彼のその他の悪事を暴くため調査を始めます。
ところが、璃香の復讐をしようと動き出した妹の晶穂と共に漆久保の用心棒クロたちの手に落ちてしまいます。漆久保の側には、対探偵課の手の内を知り尽くしている同業の藤敦甲慈(ふじつるこうじ)がおり、ブラフも効かず万策尽きたかに見える状況。その危機的状況からどう抜け出すのか、ハラハラします。

作中には高校事変の事件や優莉結衣の名前も登場し、現実の安倍晋三元首相に対するテロ襲撃事件のことも組み込まれ、巧みに現実と松岡作品ワールドが絡み合って展開していきます。



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