徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:有川浩著、『旅猫リポート』(講談社文庫)

2017年03月26日 | 書評ー小説:作者ア行

本格的に風邪をひいてベッドでゴロゴロを余儀なくされてしまい、ただゴロゴロでは退屈極まりないので、時間を無駄にするまいと、まあそういう理由があってもなくても読書はしますが、今回手に取ったのは有川浩著、『旅猫リポート』(講談社文庫)です。この小説はハードカバーでは2012年に刊行されていましたが、文庫版は今年2月の刊行でした。以前から読みたいとは思っていたので、文庫版が出た途端にお取り寄せ。

さてストーリーですが、タイトルから察せられる通り猫視点の物語で、元野良のナナ(オス!)と飼い主サトル(人間視点の時は宮脇悟)の旅の物語です。出だしは夏目漱石の『吾輩は猫である』の冒頭の引用で、「吾輩は猫である。名前はまだない。―と仰ったえらい猫がこの国にはいるそうだ。その猫がどれほど偉かったのか知らないが、僕は名前があるという一点においてのみ、そのえらい猫に勝っている。」というパロディー。

猫視点がお気に召さないとか、人間視点との交替や時間軸の飛び方などがややこしいと思われる方もいるかもしれませんが、私は泣いちゃった口です。

サトルとナナが旅に出る理由は、サトルが「のっぴきならない事情でナナを飼い続けることができなくなった」ためで、引き取っても良いと申し出てくれたサトルの昔の友人たちを訪ねていきます。その中で一人と一匹が共に見る光景を思い出として心に刻みつつ、サトルの過去もその友人たちを訪問することで少しずつ明らかになっていくという構成になっています。しんみりするシーンも多々ありますが、動物同士のやり取りとか、ナナの視点の様々な感想がユーモラスでクスクスと笑ってしまうところもあります。

結局新しい飼い主は見つからず、サトルもナナも共に札幌に住むサトルの伯母さんのところへ行き、一緒に住むことになります。サトルは子どものころに両親を交通事故で亡くし、この叔母さんに養育されたのですが、彼女との同居が描かれた章「ノリコ」ではさらに衝撃的な過去が明らかにされます。私的には「その設定は無くても良いのでは?」と思わなくもなかったのですが。ちょっとくどいというか「これでもか」という不幸設定はちょっと韓流ドラマに通じるものがあって、若干引いてしまうところはなくもないです。本人の健気さや優しさ・朗らかさを際立たせ、ドラマを分かりやすく盛り上げる意図があるのかどうかわかりませんが、正直「くどいな」と有川浩ファンの私でも思いました。ここですっかり「興ざめ」してしまう方もいるようですが、私はそれでも「泣けるお話」だと思います。まあ、その辺は感受性と好みの問題なので、人それぞれでしょうね。

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書評:長谷部恭男著、『憲法とは何か』(岩波新書)

2017年03月17日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

木村草太著の『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書)に参照文献として挙げられていた本をいくつか買いあさり、昨日読み終わった長谷部恭男著、『憲法とは何か』(岩波新書)はその中で初めての木村草太本人以外の著作です。この本は学術書ではないにしても、かなり学術的と言えるので、そうしたものに慣れていない方にはあまりお勧めできません。本当に法(哲)学に興味があり、読みながら深く思考することを厭わない方には良い入門書だと思います。

以下目次です。

第1章 立憲主義の成立

1.ドン・キホーテとハムレット
2.立憲主義の成立
3.日本の伝統と公私の区分
4.本性への回帰願望?
5.憲法改正論議を考える
6.「国を守る責務」について 

第2章 冷戦の終結とリベラル・デモクラシーの勝利

1.国家の構成原理としての憲法
2.ルソーの戦争状態論
3.三種の国民国家
4.シュミットと議会制民主主義
5.原爆の投下と核の均衡
6.立憲主義と冷戦後の世界
7.日本の現況と課題 

第3章 立憲主義と民主主義

1.立憲主義とは何か
2.民主主義とは何か
3.民主主義になぜ憲法が必要か 

第4章 新しい権力分立?

1.ブルース・アッカーマン教授の来訪 ― モンテスキューの古典的な権力分立論/「新しい権力分立」
2.首相公選論について
3.日本はどこまで「制約された議会内閣制」といえるか
4.二元的民主制ーー「新権力分立論」の背景 

第5章 憲法典の変化と憲法の変化

1.「憲法改正」は必要かという質問
2.国民の意識と憲法改正
3.実務慣行としての憲法
4.憲法とそれ以外の法 

第6章 憲法改正の手続き

1.改憲の発議要件を緩和することの意味
2.憲法改正国民投票法について 

終章 国境はなぜあるのか

1.国境はなぜあるのかー功利主義的回答
2.国境はなぜあるのかー「政治的なるもの」
3.国境はいかに引かれるべきか
4.国境線へのこだわり 

本書の重点は憲法と戦争と平和の関係を明らかにすることにあります。憲法は当該国の権力を抑制し、平和や人権や公共の福祉を守るものである一方で、深刻な戦争が実は憲法(イコール国家体制)を巡って行われるものであること、そして平和を得るために憲法の根本的変更をせざるを得ないことを指摘し、憲法の危険な側面をもっと考えるように推奨しています。

「立憲主義」という言葉には広義と狭義の意味があり、それをきちんと把握する必要があります。広義の立憲主義は政治権力・国家権力を制限する思想あるいは仕組みを一般的に指し、「法による支配」という考え方もこの広義の意味の立憲主義に含まれます。それに対して狭義の立憲主義は近代国家の権力を制約する思想あるいは仕組みを指します。この意味の立憲主義は近代立憲主義とも言われ、私的・社会的領域と公的・政治的領域の区分を前提として、個人の自由と公共的な政治の審議と決定とを両立させようとする考え方と密接に結びついています。これはまた、近代において固定身分がなくなり、唯一絶対の信仰も宗教戦争の終結と平和維持のために放棄され、「私」の領域へ押しやられ、そして各人に「信仰の自由」を保証する形で社会内の平和を保とうとする原理とも関係があります。ということを私はこの本で学びました。これまでの私の立憲主義の理解は【(憲)法による支配】でした。

また、「憲法典の変更が必ずしも憲法の変更にはならない」ということも何やら屁理屈のように聞こえますが、きちんと考えればそういうことになることが分かりました。憲法典とは成文化された条文のことで、憲法は国家体制のことで成文化されていない慣行もそれに含まれることになるため、その定義から考えれば、確かに例えば9条などの条文を変更したとしても、実際に日本の国家体制がその通りに変わるわけではないことが理解できます。またその逆も真で、国家体制が根本的に変わるようなことが憲法の条文を変えたり付け加えたりすることなく起こることもあります。それを踏まえた上で、憲法とは何かを考え、その改正あるいは保持にどんな意味があるのかまたはないのかを考えることが重要です。

「福祉国家としての任務分担を放棄し、機会の拡大と引換えに各個人へと責任を転嫁していく国家へと変貌を遂げようとしているのであれば、そうした国家を「愛する」よう国民に求めたとしても、さしたる成果は期待できないであろう。」

というくだりは何度も線を引きたくなるような文言です。現状では「愛国心」は洗脳か集団の暴力による強制によってしか実現されないのではないでしょうか。

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書評:木村草太著、『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書)

書評:木村草太著、『テレビが伝えない憲法の話』(PHP新書)

書評:木村草太著、『憲法の創造力』(NHK出版新書)

憲法9条はグローバルスタンダードに則った「普通の」内容

 

フクシマー継続する惨事(2017年3月 IPPNWプレスリリース)

2017年03月17日 | 社会

東日本大震災、福島原発事故から6年経った2017年3月、IPPNW(核戦争防止国際医師会議)ドイツ支部から関係記事が出ておりましたのでご紹介します。

いつまでリンクが有効かはわかりませんが、原文はこちらです: https://www.ippnw.de/atomenergie/gesundheit/artikel/de/fukushima-die-andauernde-katastrop.html

発行から4日経ってしまいましたが、漸く時間ができたので、日本語に翻訳しました。日本語訳はこちらからご覧ください。

福島医科大が県内の学校に人を派遣して、「理不尽ながん診断を受けたくなければ」スクリーニング検査を拒否するよう推奨しているとこのプレスリリースに言及されています。ドイツ語からの翻訳ですので、日本語で言葉通りにそういわれていたのかは定かではありませんが、そのような意味の発言があったというだけでも問題です。検査しなければ診断も出ませんが、それはがんの発見を遅らせるに過ぎず、根本的な解決にならないばかりか、発見の遅れによってがんの転移が進むなどの深刻な健康被害が出る可能性もあり、汚染地で生活する子どもたちにとって害にしかなりません。こうした発言には統計上のがん診断数を操作して、実際の被害状況を隠蔽しようとする意図が働いていると言えます。住民の健康問題などどうでもよく、外部に公表される数字だけ酷くなければいいという冷酷さが見え隠れしています。避難者の帰還を支援金給付中止によって強制するような動きも、復興(とそれに伴う税収+予算節減)ありき、で住民を無視したとんでもない施策です。まずは住民あっての復興でしょう。住民の健康リスクをとことん無視した政策は人権無視としか言いようがありません。海外に住む私にとっては実質的に「無関係」ではあるかもしれませんが、人として許せないことだと思うので、「無関心」ではいられません。


IPPNW(核戦争防止国際医師会議)、いわき放射能市民測定室たらちねを紹介

Fukushima Radiation not safe!(福島の放射能は安全ではない)

福島:除染された土地が再汚染!フェアウィンドのガンダーセン氏調査

【緊急署名】 放射性廃棄物を含んだ除染土を公共事業で利用する方針の撤回を

書評:ストラベーナ・アレクシエービッチ著「チェルノブイリの祈り」

書評:オリハ・V.ホリッシナ著「チェルノブイリの長い影」

福島第一原発事故直後の救助支援者4割が1ミリシーベルト以上の被曝というニュースと日本政府の情報操作

「福島の甲状腺がん発生率50倍」の津田教授と「チェルノブイリの祈り」のアレクシエービッチ氏

被曝量と白内障の関係~金沢医科大の研究

低線量被曝と白血病リスク

福島の小児性甲状腺がん~IPPNWが日本政府を痛烈に批判


書評:奥田英朗著、『ガール』(講談社文庫)

2017年03月14日 | 書評ー小説:作者ア行

久々に奥田英朗氏の作品。この『ガール』(講談社文庫、2009.1)は30代の、日本的な意味で「旬を過ぎた」働く女性を主人公にした短編集です。既婚・子供なし、独身・彼氏なし、バツイチ・子どもあり、独身・彼氏なし。と立場はそれぞれ違いますが、もはや「若い子」「女の子」扱いはされない、会社でも中堅、でもまだ40-50代のおばちゃんたちほど図々しくなれない、若い子たちを見てうらやましく思い、自分の現在と将来に不安を感じて、様々なそれぞれの葛藤に揺れる彼女たちのストーリーがユーモアたっぷりに展開していきます。

収録作品は「ヒロくん」、「マンション」、「ガール」、「ワーキング・マザー」、「ひと回り」の5編。共通のメッセージみたいなものは強いて言えば「人生人それぞれでいいんだよ」ではないでしょうか。どの話もそれなりのハッピーエンドで終わっていますが、客観的に見た彼女たちの状況にはほとんど変化が無いのも特徴的だと思います。

以下にそれぞれの作品の感想を。

「ヒロくん」

大手不動産会社に総合職として就職して14年目の武田聖子(35)は唐突に開発局第二営業部三課課長を拝命し、5人の部下ができますが、うち一人だけ3期先輩の男性が混じっていて、この人がフラットな関係を築けないタイプなので、だんだん問題が表面化。何やら派閥人事の兼ね合いで一時的に聖子の下に着いただけで、来年には恐らく聖子と同じ課長に昇進するらしい、という話で、全く非協力的。「女性の上司なんて」という反感もちらほらのぞかせていたり。

プライベートでは夫の「ヒロくん」と結構ほのぼの暮らしており、彼女の方が収入が多いものの、彼が「男の沽券」とかにこだわるタイプでなく、のんびりしていて子どもに好かれる癒し系(?)。子どもを作る・作らないに関しても余り頓着していない様子。

聖子はダンナに手ごたえの無さを感じたりする時もあったりしますが、傍から見ても彼女はこの癒し系のダンナに精神的に支えられているな、というのが分かります。

胸のすくような結末でした。「おやじたちの好きにはさせない」という主人公の反骨精神に思わずエールを送ってしまいました。

「マンション」

大手生保会社の広報課勤務の石原ゆかり(34)は、親友が都心のマンションを購入したのをきっかけに、自分もマンション購入を考えだします。マンション購入に関していろいろ勉強し、周囲にもそれを知らせてアドバイスを受けて見たり、物件を見て回ったり。独身・彼氏なしでマンション購入することに迷いや葛藤もあるものの、購入の方向で決意を固めます。

それまでは仕事なんていつでも辞めていいと思っていて、会社では「一人タカ派」「広報の石原都知事」などと陰口を叩かれるほど好き勝手に振る舞っていたのに、購入したい夢のマンションのローン支払いのことを考え出して、だんだん安定志向に傾き、少しずつ会社での振る舞いが慎重になってきてしまう。

そんな中、仕事上で対立するのが秘書室の秘書たち、別名「花嫁修業課」。異動が殆ど無いことと、新入社員で配属され、結婚退社まで勤め上げるパターンが多く、勤続年数が短いが、やたらと結束が強くプライドが高いと評されています。確かに総合職キャリア女性とはそりが合わなさそうですね。

女同士の対決シーンが緊張感があって、読んでるだけでちょっと動悸が…

「ガール」

表題作「ガール」の主人公は滝川由紀子(32)、広告代理店勤務、企業のイベントやキャンペーンの企画運営を担当。結構な美人で20代の頃はナンパも良くされ、行く先々でチヤホヤされたらしい。服装も化粧も派手で、悪く言えば「若造り」。

外見的なことでは20代の後輩を意識して、つい張り合ってしまい、また38歳でまだど派手な「可愛い系」を着て、態度や言葉遣いもギャル然としている先輩を見て、ある種の尊敬と「ああはなりたくない」的な軽い嫌悪感を抱き、そして我が身を振り返って、自分はこのままでいいのかと悩んでしまいます。

独身・彼氏なしは「マンション」の主人公と同じですが、タイプはかなり違いますね。あと悩みも。由紀子の悩みは日本ならではの「年相応って何?」という問題と「若い女の子」という特殊な立場の存在、それをいつの間にか卒業してしまったらしい自分のアイデンティティー・クライシスだと思います。

この手の悩みは、本当の意味で生き方が多様化しているヨーロッパではあり得ないように思います。就職する年齢もまちまちなので、「同期」とか「先輩・後輩」とかいう意識が会社ではそもそもありません。男女平等も少なくとも表明上・建前上はかなり浸透しているので、若ければ男女にかかわらずかわいがられることはありますが、日本の「若い女の子」的な感じでチヤホヤされることはまずないので、それを「卒業する」こともないわけです。

私自身、29歳でドイツの大学院を卒業し、(ビザの関係上)ドイツ人のダンナと結婚してからドイツで社会人デビューしたのですが、多分日本ではあり得ない経歴になるのでしょうが、ドイツでそのことについて何か言われたりしたことはありません。今でこそヨーロッパの高等教育の互換性を高めるためにドイツの大学でもバチェラー(学士)とマスター(修士)に分かれて、バチェラーだけ取って社会人デビューすることも可能になりましたが、私がドイツの大学行っていたころはバチェラーは存在せず、一度大学入学したら、修士号取るか中退するかのニ拓しか無かったので、平均的なドイツの社会人デビュー年齢は25・6歳でした。授業料が無料なため、「永遠の学生」もいました。現在は州によって差はあるものの、長期学生は、ある一定の期間を超過した後は授業料を徴収されるようになるので、さすがに昔ほどではなくなってます。当時の人事関係者の見方では、初就職年齢の限界が35歳(ただし博士号取得した者)でした。一方では高校を卒業して、職業訓練生として17・8歳で就職する人たちもいるので、「新入社員」の年齢層が極端に幅広くなっています。もちろん学歴によってスタートレベルが違うので、同じ時期に入社しても、同じスタートレベルでなければ交流はありません。途中入社も多いので、「同期」のくくりがそもそもできない状況です。

そういうわけで、この主人公と共感することは無理なのですが、「日本だったらそうだろうな」というのがよく理解でき、つくづく日本に居なくて良かったと思いました。

「ワーキング・マザー」

この作品の主人公は36歳になるバツイチの女性、平井孝子、自動車メーカー勤務で一児の母。小学1年生の息子と二人暮らし。離婚後3年間はシングルマザーに対する配慮で営業部から残業の少ない総務部厚生課に勤務。実家は北海道で、頼る親戚も近くにはなし。息子が小学校へ上がったのを機に営業部への復帰を希望し、その通りに異動となり、生き生きと働き始めます。

彼女の葛藤は、シングルマザーということで、自分では「育児は育児。仕事は仕事。」で分けて考え、子どものことを理由に仕事上で便宜を図ってもらったり、気を遣ってもらったりすることには抵抗感があるため、意地でも子どものことは出さないようにしています。にもかかわらず上司も同僚も彼女に気を遣っているという、ある意味恵まれた状況です。

そんな中、仕事上で違う部署のキャリア女性(独身)とある企画を巡って対立することになったり。

息子は基本的に学校終了後、学童クラブに預け、孝子が残業になる時はホームヘルパーに面倒を見てもらうことになっているのですが、とても素直でしっかりしたけなげな子で、「ママは頑張ってるから邪魔しちゃいけない」と考えて、熱を出してもヘルパーさんがままに連絡を入れるのを拒んだり。ママの方は仕事にかまけてばかりいるわけではなく、息子のために内緒で逆上がりとかキャッチボールの練習したりして、息子との交流を大切にしています。その親子のやり取り、双方の努力は感動的ですらあります。

「ひと回り」

最後の収録作品「ひと回り」の主人公は老舗文具メーカーの営業課に勤める小坂容子(34)・独身で、新しく配属された新人の指導社員に任命されるところから話が始まります。その新人、和田慎太郎(22)は容子の好みのイケメンで、行く先々で女性を色めき立たせることになります。容子とは年齢がひと回り違うので、このタイトルになっています。彼女は内心慎太郎が気になって仕方がないのですが、でもその年齢差から本気で彼とどうこうなるというのは土台無理と思い、けれども、いろんな女性社員たちが彼に迫ろうとするのに心穏やかでいられず、ついお局的にその邪魔をしようとしてしまいます。

なんというか、はしかのような「恋もどき(?)」で揺れ動く主人公の気持ちと行動が描写されていて、「さてどこに辿り着くのだろう?」とページを繰る手が止まらなくなる感じでした。凄く感情移入ができるわけではありませんでしたが、状況が面白かったです。

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書評:奥田英朗著、『イン・ザ・プール』(文春文庫)

書評:奥田英朗著、『空中ブランコ』(文春文庫)~第131回直木賞受賞作品

書評:奥田英朗著、『町長選挙』(文春文庫)

書評:奥田英朗著、『沈黙の町で』(朝日文庫)

書評:奥田英朗著、『ララピポ』(幻冬舎文庫)

書評:奥田英朗著、『ヴァラエティ』(講談社)


高杉良著、『小説 日本興業銀行』全5巻(講談社)

2017年03月12日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

高杉良作品を読むのはこの『小説 日本興業銀行』が初めてです。いつも利用するオンライン書店でお勧めになっていたので、手に取ってみました。産業金融の雄、日本興業銀行が辿った波乱万丈のドラマが描かれた小説です。一応「中山素平」という興銀の頭取・会長を務めた人物を中心に物語が進行しますが、昭和電工事件や造船疑惑、アラビア油田開発や日本造船業界・鉄鋼業界再編などの各事件で様々な傑出した人物が描かれ、その思いや生き様に感心します。

私が一番はらはらした部分は戦後の興銀がGHQによってクローズされるか否か、その紆余曲折が描かれた章です。戦時中に日本政府の軍事政策関連に強制的に融資せざるを得なかった興銀はGHQから『戦犯銀行』と目されており、「即時閉鎖間違いなし」という見方が大半だったにもかかわらず、3年くらい放置されたり、GHQ内の攻防に巻き込まれたり、興銀は思いっきり振り回されていました。何度もGHQに興銀の日本経済にとっての意味や再建計画を説明に上がり、文書を提出するわけなのですが、そのための文書の英訳を〈横に倒す〉と言っていたそうで、面白い表現だなと思いました。

他にも「乃公出でずんば」とか「村夫人然とした」とか「桐ヶ峠を決め込む」などの馴染のない言葉がかなりあって、日本語の勉強になったというか…

小説中に登場する女性たちが皆秘書嬢であったり、誰かの奥様であったりで、お茶くみか夫人としての挨拶する程度にしか活躍しないのは、昭和という時代背景があるにせよ、気に入らない部分ではあります。頭取特命を受けた興銀幹部が「女の子すらつけてくれない」と不満をこぼすシーンがあるのですが、ここの「女の子イコールお茶くみ兼雑用お手伝い」というイメージが現在の日本人のおじさん方の頭の中にまだ根強くあるのだろうなと思えるので、不快感を覚えずにはいられません。そのことが小説としてのクオリティーを落とすわけではありませんけど。むしろリアリティーに富んだ描写だと言えると思います。

ここに登場する人物は、その多くが無私で、日本産業発展のために貢献し、下の者の世話を良くして切り捨てることなど考えない人たちばかりなので、現在の日本の政財界の人たちに詰めの垢を煎じて飲ませたいくらいですね。


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