徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

読書メモ:Guy Deutscher, Through the Language Glass (Penguin Random House)

2023年01月24日 | 書評ー言語

Guy Deutscher(ガイ・ドイチャー)の『Through the Language Glass: Why The World Looks Different In Other Languages, Arrow (2011/2/3)』を読み終えたのは2・3日前なのですが、なかなかメモを書く時間が取れず、今に至ってしまいました。

本書は色や空間、(文法の)性の分野を例にした研究を紹介しつつ、言語と思考の関係について考察する非常に興味深い本です。

目次
PROLOGUE: Language, Culture, and Thought
PART I: THE LANGUAGE MIRROR
1. Naming the Rainbow
2. A Long-Wave Herring
3. The Rude Populations Inhabiting Foreign Lands
4. Those Who Said Our Things Before Us
5. Plato and the Macedonian Swineherd
PART II: THE LANGUAGE LENS
6. Crying Whorf
7. Where the Sun Doesn’t Rise in the East
8. Sex and Syntax
9. Russian Blues
EPILOGUE: Forgive Us Our Ignorances
APPENDIX: Colour: In the Eye of the Beholder
Notes
Bibliography


パート1は、サピア・ウォーフ仮説以前の言語と思考に関する歴史的な考察や主張の紹介で、パート2では、サピア・ウォーフ仮説に始まるヨーロッパ主要言語以外の言語の研究から得られた知見や様々な比較研究や実験の紹介です。
パート2の方が現代的な科学的方法を用いた実験結果などが含まれるため、読み応えがあって面白かったです。

色彩語に関する研究が最も進んでいるようで、ホメロスの叙事詩「イリアス」と「オデュッセイア」には白黒の言及が多いのに、赤の言及はその半分以下で、青に至ってはまったく登場しない、というグラッドストンの研究が100年以上の時を経て注目され、様々な言語の色彩語の比較研究が行われた結果、色彩の区別にはどの言語にもほぼ共通する階層があり、白黒>黄色(または稀に、白黒>黄色)の順で発展するという。このため、青と緑を(あまり)区別しない言語は日本語も含めてかなり存在するらしい。
色は物理的にはどこにもはっきりとした境界線がない連続体なので、どこで境界線を引くかは文化・言語的慣習に依存し、その言語にある色の区別がその言語の話者の色彩の識別に影響を与えることが分かっています。ただ、実際にどの程度のどういう影響なのかは今後の研究を待たざるを得ないようです。

空間認知に関しては、オーストラリアの「カンガルー」という語を世界に広めたグーグ・イミディル語には「前後左右」というエゴセントリックな方向概念が存在せず、いついかなる時も絶対方位である「東西南北」が使われるため、グーグ・イミディル語話者は絶対音感のような「絶対方位感覚」を幼少のころからの訓練で獲得するらしい。
だからといって他言語にある「前後左右」の概念が理解できないのかと言えば、そういうわけではないことが証明されています。
この他、バリ語やメキシコのツェルタル語ではランドマークに基づく方位表現(海側・陸側や丘の上側・下側など)が使われるそうです。

名詞の性に関しての研究では、ドイツ語やロマンス諸語やロシア語話者が被験者となり、モノを表す性がそのモノに対するイメージに影響するかどうかが調べられます。この分野では、影響関係を客観的に証明するようなデータがまだ得られていません。やはり、人の持つ「イメージ」というのがデータとして捉えどころがないのが原因のようです。

Roman Jakobson pointed out a crucial fact about differences between languages in a pithy maxim: “Languages differ essentially in what they must convey and not in what they may convey.”
This maxim offers us the key to unlocking the real force of the mother tongue: if different languages influence our minds in different ways, this is not because of what our language allows us to think but rather because of what it habitually obliges us to think about.



この本の邦訳は昨年出ました。
『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』(ハヤカワ文庫NF) – 2022/2/16



読書メモ:Joachim Schaffer-Suchomel&Klaus Krebs著、『Du bist, was du sagst』

2023年01月04日 | 書評ー言語

言語と認知や思考の関係を扱った本の1つとして、教育学者Joachim Schaffer-Suchomelと経営者トレーナーKlaus Krebsの『Du bist, was du sagst - Was unsere Sprache über unsere Lebenseinstellung verrät(あなたが言うこと、それがあなたである ー言語がその人の人生観について明かすこと)』(2020, 10. Aufl., mvg Verlag)を読みました。

心理学の知見とトレーニング受講者たちの経験などを交えて、言葉を意識的に捉え、かつ使用することで、ポジティブな人生観を得る道を示しており、どちらかというとハウツー本的な性格を持っています。
第1部は、言葉の捉え方と具体的な語源や語呂合わせに基づく連想例の紹介で、第2部は日常的なネガティブキーワードをポジティブに変換するための辞書(Glossar)です。

言葉の癖を分析することで、その人の「Kulisse 舞台装置」(感情や人生観、マインドセット)が明らかになるという点に関しては説得力もあり、実に興味深いのですが、実際の言語分析の例を読んでいると、いかにもこじつけというような説明も散見されるため、これを読んで自分のマインドセットをポジティブにしようと考えていた読者諸氏はおそらく途中で嫌気がさしてしまうのではないかという気がします。
ドイツ語の言葉が持つイメージを知る勉強にもなりますが、こじつけも混じっているので、ドイツ語学習者にはあまりお勧めできない本。

私が「これは」と思えた箇所:
[das Wort Problem]
Unser Lebensweg ist gepflastert mit Problemen, einige wiederholen sich über Jahrzehnte hinweg. Problem bedeutet Vorgelegtes. Das, was wir in der Vergangenheit nicht gelöst haben, wird uns wieder vorgelegt. (S. 21)
[Problemという語]
私たちの生きる道は問題で敷き詰められている。いくつかは何十年間も繰り返す。Problemとは、「前に置かれたもの、提示されたもの」を意味する。私たちが過去に解決しなかったものが、再び私たちの前に提示されるのだ。

Wir nehmen wahr, worauf wir unser Interesse und unsere Aufmerksamkeit richten. Hieraus konstruieren wir unsere Wahrheit. (S. 59)
私たちは自分たちが関心と注意を向けるものを知覚し、これを基に自分たちの真実を構築する。
(「wahrnehmen 知覚する」に含まれる wahr (真)と 「Wahrheit 真実」をかけている)

タルムードからの引用
Achte auf deine Gedanken, denn sie werden Worte.
Achte auf deine Worte, denn sie werden Handlungen.
Achte auf deine Handlungen, denn sie werden Gewohnheiten.
Achte auf deine Gewohnheiten, denn sie werden dein Charakter.
Achte auf deinen Charakter, denn er wird dein Schicksal. (S. 74)
思考に注意せよ、なぜならそれらは言葉になるから。
言葉に注意せよ、なぜならそれは行動になるから。
行動に注意せよ、なぜならそれは習慣になるから。
習慣に注意せよ、なぜならそれはあなたの人格となるから。
人格に注意せよ、なぜならそれはあなたの運命になるから。

セネカからの引用
Nicht weil es schwer ist, wagen wir es nicht, sondern weil wir es nicht wagen, ist es schwer. (S. 137)
それが難しいという理由で、私たちはあえてそれをしないのではない、私たちがそれを敢えてしないから、それは難しいのだ。
(「案ずるより産むが易し」ですかね?)