徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:中山七里著、『人面瘡探偵』(小学館)

2023年05月27日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
商品説明
名探偵は肩にいる!? 不可解連続殺人の謎。

三津木六兵には秘密がある。子供の頃に負った右肩の怪我、その傷痕がある日突然しゃべりだしたのだ。人面瘡という怪異であるそれを三津木は「ジンさん」と呼び、いつしか頼れる友人となっていった。
そして現在、相続鑑定人となった三津木に調査依頼が入る。信州随一の山林王である本城家の当主・蔵之助の死に際し遺産分割協議を行うという。相続人は尊大な態度の長男・武一郎、享楽主義者の次男・孝次、本城家の良心と目される三男・悦三、知的障害のある息子と出戻ってきた長女・沙夜子の四人。さらに家政婦の久瑠実、料理人の沢崎、顧問弁護士の柊など一癖ある人々が待ち構える。
家父長制度が色濃く残る本城家で分割協議がすんなり進むはずがない。財産の多くを占める山林に希少な鉱物資源が眠ることが判明した夜、蔵が火事に遭う。翌日、焼け跡から武一郎夫婦の焼死体が発見された。さらに孝次は水車小屋で不可解な死を遂げ……。一連の経緯を追う三津木。そんな宿主にジンさんは言う。
「俺の趣味にぴったりだ。好きなんだよ、こういう横溝的展開」
さまざまな感情渦巻く本城家で起きる事件の真相とは……!?
解説は金田一俳優でもある片岡鶴太郎氏。

山奥の旧家。古い因習。素封家の遺産相続争い。そして相続人たちが次々と殺害される。
人里離れたところでおどろおどろしいストーリー展開は、明らかに横溝正史の金田一耕助シリーズを彷彿とさせます。どうやら横溝正史へのオマージュのようです。絵本の物語をなぞるような事件が続く、「見立て殺人」であることも推理小説の王道の素材を扱っています。
しかし、探偵役が個性的です。相続鑑定人である三津木六兵は、右肩に人語を話す人面瘡「ジンさん」を持っている。宿主のようなものである六兵よりも記憶力と情報処理能力が高く、なにかと六兵を罵り、ときに助言もする存在です。二人三脚で事件を解決するようなものですが、ホームズとワトソンのように別個の存在ではなく、内密に自分会議を開いているようなものです。
そのやり取りは、決して対等ではなく、「ジンさん」が六兵を罵倒するパターン。それが実にユーモラスで、情けない六兵にかえって同情という共感を持てます。
この人面瘡の「ジンさん」というキャラクターがなければ、この作品はどこかで読んだような話の1つに成り下がってしまうことでしょう。



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書評:中山七里著、『笑え、シャイロック』(角川文庫)

2023年05月26日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
商品説明
新卒行員の結城が配属されたのは日陰部署の渉外部。しかも上司は伝説の不良債権回収屋・山賀。憂鬱な結城だったが、山賀と働くうち、彼の美学に触れ憧れを抱くように。そんな中、山賀が何者かに殺され――。

シャイロックとは、言わずと知れたシェイクスピアの『ベニスの商人』の登場人物で、強欲な高利貸しのユダヤ人のことです。不良債権回収は銀行業務の中では融資と表裏一体である陰に隠れた業務で、なんとしても貸した金を取り戻そうとするシャイロックの姿に重なります。回収業務一筋の山賀はシャイロックと評されるやり手ですが、業務上のトラブルがこじれたらしく、殺されてしまう。
回収業務ではまだ新米の結城は、山賀がこれまで一人で担当していた難しい案件を一手に引き受けることに。ひとつづつ案件に当たっていくうちに、過去のおかしな事実に行き当たり、そこから山賀を殺した犯人が浮かび上がってきます。

金融関係の題材であることから、池井戸潤の作品と似ているような印象を受けます。



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書評:中山七里著、『さよならドビュッシー』 『さよならドビュッシー 前奏曲』 『おやすみラフマニノフ』(宝島社文庫)

2023年05月25日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

商品説明
祖父と従姉妹とともに火事に遭い、全身大火傷の大怪我を負いながらも、ピアニストになることを誓う遥。コンクール優勝を目指して猛レッスンに励むが、不吉な出来事が次々と起こり、ついに殺人事件まで発生する……。ドビュッシーの調べも美しい、第8回『このミス』大賞・大賞受賞作。

香月玄太郎は一代で莫大な資産を築き上げた立志伝中の人で、地元では名士ですが、脳梗塞の後遺症で車椅子生活を余儀なくされたため、自宅の敷地にバリアフリーの離れを作り、趣味のプラモデルを作りながら元気に生活しています。長女の娘・ルシアはインドネシア生まれで、毎年香月家に遊びに来ていましたが、その年に限り両親の仕事の都合で一人だけ日本に来ているときにスマトラ島沖地震が起こり、一度に両親を失くしてしまいます。孤児となったルシアは香月家の養女となる予定でした。
香月家には、玄太郎の長男・徹也とその妻と娘の遥、次男の研三が一緒に暮らしており、遥とルシアは共にピアノを習っています。
ある夜、徹也夫妻が不在のため、遥とルシアは祖父の住む離れに泊まります。そこで火事が起こり、祖父とルシアが逃げ遅れ、遥は重度の火傷を負ったものの命拾いします。最初はスプーンで食べることすら難儀するくらいでしたが、それでもピアニストになる夢を捨てられず、地元の大学で音楽の臨時講師をしているピアニスト・岬洋介にピアノを教わることになります。

玄太郎は遺産相続に関して遺言を残しており、総資産の半分は遥がピアニストになるために使える信託財産で、残りの半分は長男・次男で分けることになっていました。数億の遺産相続が原因なのか、研三と遥の母が殺されてしまう。いったい誰がどんな理由で?

16歳の少女が障害を克服してピアニストを目指す根性ストーリーと殺人事件のミステリーが絡み合った構成。検事の父を持ち、自身も一度は法曹の世界を目指したこともある岬洋介が探偵役を務める。
このデビュー作からすでに「どんでん返し」パターンが発揮されています。

 
商品説明
車椅子の玄太郎おじいちゃん&介護者・みち子さんコンビが大暴れ!玄太郎は下半身が不自由で「要介護」認定を受けている老人だが、頭の回転が早く、口が達者な不動産会社の社長。ある日、彼の分譲した土地で建築中の家の中(密室状態)から死体が発見された。お上や権威が大嫌いな玄太郎は、みち子を巻き込んで犯人捜しに乗り出す!ほか、リハビリ施設での怪事件や老人ばかりを狙う連続通り魔事件、銀行強盗犯との攻防、国会議員の毒殺事件など、5つの難事件に挑む!

 『さよならドビュッシー 前奏曲』は、エピソードゼロの位置づけですが、香月玄太郎を主人公とした短編集で、離れの火事の前夜までの話が収録されています。「車椅子探偵」を自任し、身の回りで起こった事件をあらゆるコネを駆使して調べて解決します。
玄太郎と介護者のみち子さんの掛け合いを始め、様々な人たちとの会話が非常に軽快で面白く読めます。玄太郎の傍若無人ぶりがパワフルで読み応えがあります。国会議員の毒殺事件では玄太郎の賃貸物件を借りている岬洋介も巻き込まれます。ここで、内緒で遥やルシアにピアノを教えてやるように岬洋介に頼んでおり、それが本編に繋がっていくことになります。


商品説明
『さよならドビュッシー』の続編です! 秋の演奏会を控え、第一ヴァイオリンの主席奏者である音大生の晶は初音とともに、プロへの切符をつかむために練習に励む。しかし完全密室で保管される、時価2億円のチェロ、ストラディバリウスが盗まれた。彼らの身にも不可解な事件が次々と起こり……。ラフマニノフの名曲とともに明かされる驚愕の真実! 美しい音楽描写と緻密なトリックが奇跡的に融合した人気の音楽ミステリー。 

『おやすみラフマニノフ』は岬洋介・音楽シリーズ第2作で、『さよならドビュッシー』同様、きめ細やかな音楽描写が特徴的です。
語り手は愛知音大ヴィルトゥオーゾ科に通う貧乏学生の城戸晶。
同音大は、稀代のラフマニノフ弾きである柘植彰良が理事長・学長を務めており、孫の初音はチェリストを目指す。
晶と初音は仲がいいが、晶がなぜか腰が引けているため、恋人関係にはなっていない。
秋の演奏会には柘植彰良がピアノを弾くことになっており、そのためのオーケストラがオーディションで選出され、コンマスと第一チェロ奏者は大学保有のストラディバリウスを弾くことができる。外部の音楽関係者も多く見に来るため、出演者にはスカウトされるチャンスもある。
晶もコンマスを目指して真剣に練習に励む。同大学一と目されるバイオリン弾きが負傷していたため、晶にチャンスが訪れるが、指揮者とは相性が悪く、オケメンバーも個性的なのが多くて前途多難。
そんななか、ストラディバリウスのチェロの盗難を皮切りに、柘植モデルと呼ばれる柘植彰良専用のピアノの破壊、演奏会を中止させようとする大学ホームページへの書き込みなど、不可解な事件が続く。
本作は珍しく人死にのないミステリーで、音楽で生きていくことの難しさに打ちひしがれ、それでも音楽に向き合い、ひたむきに練習する青春ドラマ。
謎解きは、少し拍子抜けする部分もありますが、音楽とは生き方そのものだという考え方には感動的なものがあります。

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書評:中山七里著、『逃亡刑事』 (PHP文芸文庫)

2023年05月22日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
商品説明
県警内部、全員敵⁉
「どんでん返しの帝王」が贈る、息をもつかせぬノンストップ・ミステリー。
単独で麻薬密売ルートを探っていた刑事が、銃で殺された。千葉県警刑事部捜査一課の高頭班が捜査にあたるが、事件の真相にたどり着いた警部・高頭冴子は真犯人に陥れられ、警官殺しの濡れ衣を着せられる。
自分の無実を証明できるのは、事件の目撃者である八歳の少年のみ。
少年ともども警察組織に追われることになった冴子が逃げ込んだ場所とは⁉ そして彼女に反撃の手段はあるのか⁉

施設で日常的に虐待を受けている8歳の少年・猛が、麻薬中毒の治療中である母の入院先の病院を目指して夜中に家出することで、警官殺しの現場を目撃してしまいます。
高頭冴子警部は少年に事情を聴き、似顔絵を作成しようとしますがうまくいかず、少年が帰ろうとするときに警察署の廊下ですれ違った男、それが犯人だった。少年の証言だけでは足りないため、証拠固めをしようと動き出すが、相手の方が上手で、冴子は麻薬押収品の横流しと警官殺しの濡れ衣を着せられてしまう。そのまま冤罪で追い詰められないようにするために逃亡を図り、大切な承認を口封じから保護するため、少年を連れて行く。
協力者は、他作品でもお馴染みの宏龍会の渉外委員長・山崎。
潜伏先は日雇い労働者やホームレスが多く、警察署が焼き討ちに遭うような治安の悪い大阪の一地区。
そこのホームレスたちの生態描写が興味深い。反権力の彼らは、警察に追われる冴子と猛を受け入れ、何くれと手助けしてくれる。

この作品の対立構造は、千葉県警組織対冴子・猛&ヤクザとホームレスという変則的な様相を呈しており、それにより警察内部の腐敗が浮き彫りになります。しかし、腐敗しているのは一部だけで、組織内には冴子の主張を信じる者、少なくとも耳を傾け、きちんと調べようとする者も存在しており、警察もまんざら捨てたものではないと思わせる読後感です。



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書評:中山七里著、『連続殺人鬼カエル男』&『連続殺人鬼カエル男ふたたび』 (宝島社文庫)

2023年05月21日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

商品説明
マンションの13階からフックでぶら下げられた女性の全裸死体。傍らには子供が書いたような稚拙な犯行声明文。これが近隣住民を恐怖と混乱の渦に陥れる殺人鬼「カエル男」による最初の凶行だった。警察の捜査が進展しないなか、第二、第三と殺人事件が発生し、街中はパニックに……。無秩序に猟奇的な殺人を続けるカエル男の正体とは?どんでん返しにつぐどんでん返し。最後の一行まで目が離せない。 

『さよならドビュッシー』と同時に新人賞予選に残り、入選は逃したものの評判が良かったために出版された作品が、猟奇連続殺人を描く『連続殺人鬼カエル男』です。埼玉県飯能市内の殺人現場に今日はカエルをどうしたかというひらがなで書かれた日記のようなものが残されていたことから〈カエル男〉と命名された犯人。
第三の殺人事件が起こってしまった後で、被害者の名前が「あ・い・う」で始まることから、犯人は被害者をあいうえお順に選んでいるのではないかという推測が広まり、住民たちは警察を無能呼ばわりし、自警団を結成し、挙句の果てに容疑者名簿を求めて埼玉県警本部を集団で襲撃する事態に発展します。
「日本人は礼儀正しい」というクリシェをぶち壊し、パニックになった民衆は凶暴化するという群集心理のセオリー通りに展開するところが恐ろしく本質的で興奮を誘います。
犯人に迫る刑事・小手川が意外にも弱くて、容疑者たちにかなりボコボコにされてしまうので、ヒーローらしいヒーローが不在です。真相は二転三転し、本当の黒幕は殺人教唆にも問えない点が、『笑う淑女』のパターンを彷彿とさせます。
すでにここで、埼玉県警捜査一課の渡瀬警部が脇役キャラとして登場しているのが興味深いですね。

商品説明
シリーズ累計23万部突破! 渡瀬&古手川VSカエル男、ふたたび!
凄惨な殺害方法と幼児が書いたような稚拙な犯行声明文、
五十音順に行われる凶行から、街中を震撼させた“カエル男連続猟奇殺人事件"。
それから十カ月後、事件を担当した精神科医、御前崎教授の自宅が爆破され、その跡からは粉砕・炭化した死体が出てきた。そしてあの犯行声明文が見つかる――。
カエル男・当真勝雄の報復に、協力要請がかかった埼玉県警の渡瀬&古手川コンビは現場に向かう。
さらに医療刑務所から勝雄の保護司だった有働さゆりもアクションを起こし……。破裂・溶解・粉砕。ふたたび起こる悪夢の先にあるものは……。
 

前回、あいうえお順連続殺人で「え」まで実行され、次の「お」でピックアップされていた御前崎教授が初っ端に犠牲となります。しかし、彼の自宅は千葉県松戸市。〈カエル男〉は県境を跨いでしまいます。
次の犠牲者はさ行に移り、次々と殺人事件が起きていき、標的は埼玉・千葉にとどまらず、東京にまで及びます。関東一円をパニックに陥れるカエル男の正体は誰なのか? 
前回のカエル男事件で収監されていた有働さゆりは、今回の実行犯ではなかった。では、真犯人は?

この作品で、有働さゆりは脱獄し、『笑う淑女二人』に繋がっていきます。
彼女の弁護士としてかの悪名高い元〈死体配達人〉の御子柴礼司がちょい役で登場しています。
このように作品を跨ぐキャラの登場も、中山七里作品を読む面白さの1つです。

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書評:中山七里著、『いまこそガーシュウィン』vol. 1~3 (宝島社)

2023年05月21日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
『いまこそガーシュウィン』はデジタル限定配信の4回連載であるため、一話が短く、少々物足りない感じがします。
音楽モチーフのストーリーは、デビュー作『さよならドビュッシー』以来の岬洋介シリーズの系譜に連なる作品です。
ショパン・コンクールで6位入賞という微妙な成績のピアニストのエドワードが、次のコンサートツアーにやる曲に悩みつつ、全米に広がる「Black lives matter」運動と、それに対する差別主義的発言を繰り返すトランプ大統領候補という世情にも憂えています。
差別が先鋭化する空気を音楽で吹き飛ばそうと、エドワードは文化融合的なガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」を演目に入れることを思いつきます。2台のピアノで弾く相手は、かつて戦場で5分間の演奏で人命を救ったという伝説の男・岬洋介。こちらが表のストーリーライン。

裏のストーリーラインは、差別主義の新大統領暗殺を請け負う〈愛国者〉の物語。この〈愛国者〉の表の顔は演奏家でもあるため、エドワードたちの「ラプソディー・イン・ブルー」のための演奏者オーディションに応募し、ついに裏と表が交差することになります。
さて、その先は? 暗殺が実現してしまうのか? コンサートは成功するのか?
舞台がアメリカであるため、感情移入がしづらいきらいがありますが、十分に読ませるミステリーです。


商品説明
本シリーズはデジタル限定で全4回連載予定。3か月毎に新刊を配信予定です 。
ショパン・コンクールで入賞し、アメリカで指折りのピアニスト、エドワード。彼は大統領選挙により変貌しつつある国内の様子に憂い、音楽を通して何かできないか模索していた。一方、暗殺者である〈愛国者〉はある男から新大統領の抹殺を依頼される――。



商品説明
アメリカで指折りのピアニスト・エドワードは、大統領選挙により変貌しつつある国内の様子に憂い、音楽を通して何かできないか模索していた。そんなとき、彼は日本で起きた出来事を知り衝撃を受ける。6年前、エドワ―ドが入賞したショパンコンクールで、鮮烈な演奏をしたあの男がとあるコンサートにサプライズ登場したのだ。羨望、嫉妬、感激….様々な感情が渦巻く中、エドワ―ドはある作戦を閃く――。 


商品説明
アメリカで指折りのピアニスト・エドワードは、大統領選挙により変貌しつつある国内の様子に憂い、音楽を通して何かできないか模索していた。そして彼はついに、6年前のショパン・コンクールで鮮烈な演奏をし、たった五分間の演奏で人命を救った男・岬洋介との競演コンサートを取り付ける。岬と譜面を囲み、意見を交わすことに喜びを覚えるエドワード。しかし、それは束の間の楽しいひと時にすぎなかった。一方その頃、新大統領抹殺の依頼を受け、計画を進めていた〈愛国者〉は、依頼主の男から思わぬ提案をされ――。 


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書評:中山七里著、『夜がどれほど暗くても』(ハルキ文庫)

2023年05月21日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
商品説明
志賀倫成(しがみちなり)は、大手出版社の雑誌『週刊春潮』の副編集長で、その売上は会社の大黒柱だった。
志賀は、スキャンダル記事こそが他の部門も支えているという自負を持ち、充実した編集者生活を送っていた。
だが大学生の息子・健輔(けんすけ)が、ストーカー殺人を犯した上で自殺したという疑いがかかったことで、
幸福だった生活は崩れ去る。スキャンダルを追う立場から追われる立場に転落、社の問題雑誌である『春潮48』へと左遷。
取材対象のみならず同僚からも罵倒される日々に精神をすりつぶしていく。
一人生き残った被害者の娘・奈々美から襲われ、妻も家出してしまった。
奈々美と触れ合ううちに、新たな光が見え始めるのだが……。 

日本では、加害者家族はもちろんのこと、犯罪被害者の家族も正義の皮をかぶった匿名の誹謗中傷に晒され、野次馬根性の下劣さに神経をすり減らされていくのが現状です。
この作品では、ストーカー殺人犯とされた大学生の父親と、そのストーカー殺人犯に両親を殺されてしまいただ一人生き残った未成年の娘が出会い、何度も衝突するうちに、庇護する者と庇護される者の関係に変貌していく過程が語られます。
特に菜々美が同級生たちから受ける仕打ちは凄惨を極めており、思春期の少年少女たちの非常識な酷薄さが浮き彫りになります。そうしたいじめを受けながらも警察にも誰にも相談せず、1人で立ち向かおうとする菜々美は悲壮で、たしかに大人の庇護欲を掻き立てるかもしれません。
一方、志賀の方は自分や息子の犯した犯罪、被害者遺族をネタに記事を書かざるを得ない状況に追いやられ、これまで自分がしてきたことの下劣さをわが身をもって体験することになります。
マスコミ批判と正義面した匿名の悪意に対する厳しい批判が込められているものの、その批判は一方的ではなく、そのような悪意に負けずに強くしなやかに生きようとする志賀と菜々美の生き様に焦点を当て、感動的な物語を生み出しています。


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書評:中山七里著、『帝都地下迷宮』(PHP文芸文庫)

2023年05月21日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
商品説明
鉄道マニアの公務員・小日向巧はある日、廃駅で立ち入り禁止となっている地下鉄銀座線萬世橋駅へと潜り込む。そこで出会ったのは、政府の“ある事情”により地下で生活する謎の集団「エクスプローラー」だった。その集団内で起こった殺人事件をきっかけに、小日向は捜査一課と公安の対立も絡む大事件に巻き込まれていき・・・・・・。エクスプローラーが抱える秘密とは? 殺人犯は誰か? 東京の地下で縦横に展開するノンストップミステリー!

「ひょっとすると僕は死体愛好家なのかもしれない」という主人公・小日向巧の独白から始まる本作は、一体どんな偏執狂的殺人犯の話なのかと戸惑いますが、どうやらそれも著者の策略のひとつのようです。
小日向は鉄道マニアの中でも珍しい廃駅マニアで、廃駅の寂れた侘しい様子が死体を連想させるため、「死体愛好家」という表現に至ったようです。
立ち入り禁止で、誰もいないはずの地下鉄線とその駅に「エクスプローラー」と名乗る謎の集団が暮らしていたーーというあり得ない設定がSF染みていて面白いのですが、その100名ばかりの人たちが政府の思惑により文字通り日陰の存在にさせられたのだとしたら? 
小日向巧は区役所で生活保護を担当する公務員であるため、その方面からエクスプローラーの人々を支援しようと試み、彼らの相談に乗るうちにその正体にだんだんと気づいていきます。
そこで起こる殺人事件と、捜査の手から逃れるために集団移動を企み、地下鉄の廃駅に詳しい小日向が彼らを先導することになります。病気の高齢者が多いので、困難な逃避行になります。
追ってくるのは強行犯係の捜査一課と公安。
この地下の逃避行という舞台がサスペンスとして面白くしている要素で、「エクスプローラー」の謎や殺人事件のミステリーの筋自体はそれほど秀逸なわけではないという印象を受けました。



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書評:中山七里著、『月光のスティグマ』(新潮文庫)

2023年05月20日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
商品説明
幼馴染の美人双子、優衣(ゆい)と麻衣(まい)。僕達は三人で一つだった。あの夜、どちらかが兄を殺すまでは――。十五年後、特捜検事となった淳平は優衣と再会を果たすが、蠱惑(こわく)的な政治家秘書へと羽化した彼女は幾多の疑惑に塗(まみ)れていた。騙し、傷つけ合いながらも愛欲に溺れる二人が熱砂の国に囚われるとき、あまりにも悲しい真実が明らかになる。運命の雪崩に窒息する! 激愛サバイバル・サスペンス。

1995年の阪神・淡路大震災以前の淳平と隣の双子姉妹・優衣と麻衣の三人の思い出語りから物語は始まります。双子に振り回されつつまんざらでもなかった淳平は、将来2人のうちのどちらかと結婚することを約束させられますが、思春期の頃になると、積極的な麻衣よりも少し控えめな優衣に惹かれ、お互いの思いを確認し合う。一方、淳平の兄はかねてから麻衣を狙っており、阪神・淡路大震災前夜、彼女を工場跡に呼び出していた。淳平は兄が刺されるところを目撃してしまうが、驚いて家に逃げ帰ってしまう。翌日確認に行くつもりだったが、震災でそれどころではなくなる。彼は無事に家の外に出られたが、無事だったのは彼一人だった。隣で助けを求める声が聞こえたので、双子姉妹を救いに行くが、救出できたのは優衣だけで、その後、家屋は倒壊してしまった。仕方なく淳平は優衣を背負って避難所まで連れて行く。やがて親戚が迎えに来て、二人はそのまま離れ離れに。

15年後、淳平は特捜検事として国民党牧村派の政治家・是枝孝政が名を連ねるNPO法人・震災孤児育英会に内偵に入る。そこに是枝の秘書として現れたのが優衣だった。
二人は完全に敵・味方に分かれ争うことになるのか、歩み寄れるのか?
過去の誓いと兄殺しの疑い、そして是枝のカネの流れを追う任務の間で葛藤する淳平は、能面検事のようにはいかず、内偵にかなり苦戦します。

その後のストーリー展開は、『総理にされた男』とシンクロし、同作品のB面のような様相を呈しています。併せて読むとなお、面白いかもしれません。

 


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書評:中山七里著、『総理にされた男』(NHK出版)

2023年05月20日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
商品説明
人気作家・中山七里が描く
ポリティカル・エンターテインメント小説!

売れない舞台役者・加納慎策は、内閣総理大臣・真垣統一郎に瓜二つの容姿とそ精緻なものまね芸で、ファンの間やネット上で密かに話題を集めていた。ある日、官房長官・樽見正純から秘密裏に呼び出された慎策は「国家の大事」を告げられ、 総理の“替え玉”の密命を受ける 。慎策は得意のものまね芸で欺きつつ、 役者の才能を発揮して演説で周囲を圧倒・魅了する 。だが、直面する現実は、政治や経済の重要課題とは別次元で繰り広げられる派閥抗争や野党との駆け引き、官僚との軋轢ばかり。政治に無関心だった慎策も、 国民の切実な願いを置き去りにした不条理な状況にショックを受ける。義憤に駆られた慎策はその純粋で実直な思いを形にするため、国民の声を代弁すべく、演説で政治家たちの心を動かそうと挑み始める。そして襲いかる最悪の未曽有の事態に、慎策の声は皆の心に響くのか――。
予測不能な圧巻の展開と、読後の爽快感がたまらない、魅力満載の一冊。 

総理が病気で倒れ、そのまま政府が倒れてるのを回避するため、よく似た売れない役者を替え玉にする、という荒唐無稽な設定に目をつぶれば、これほど面白いポリティカルエンターテイメントはなかろうと思えるほど傑作でした。
「立場が人をつくる」とはよく言ったもので、まったくのノンポリだった加納慎策は、総理として扱われ、総理として演技しているうちに政治に目覚めていきます。
そして、訪れる前代未聞の危機。アルジェリアでテロが起こり、日本大使館が占拠されます。大使を含む職員らと大使館に保護を求めた日本人やアルジェリア人が人質に取られ、3時間おきに一人処刑されていく。加納慎策演ずる真垣統一郎総理が下す決断とは? 自国民の危機に、他国に頼るばかりで自ら救済に赴くことできずして独立国と言えるのか? 自衛隊の位置づけと国家のあり方に一石を投じる作品。
護憲一辺倒の平和主義者たちにとっては「すわ、右翼向け小説か?!」と非難すべきものかもしれませんが、現実問題として似たような状況に陥った本物の日本国政府が人質を見殺しにしたことを鑑みると、あながち作中の加納慎策が下した結論は、独立国家として当然の人道主義的決断だったと言えるのではないでしょうか。


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