徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:雪村花菜著、『紅霞後宮物語 第零幕 六、追憶の祝歌』(富士見L文庫)

2023年02月21日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

紅霞後宮物語 第零幕の最終巻『六、追憶の祝歌』は、関小玉が将軍となってから後宮入りして皇后になるまでのエピソードで、本編の第一幕へ繋がります。
信頼できる部下に恵まれ、女性初の将軍となり、しみじみ「嫁き遅れた」と感じていたところ、部下の文林とふたりとも結婚適齢期を過ぎて相手がいなかったら結婚しようか、という話になり、「きっと楽しいわよ」とのんきに笑い合ってましたが、文林がいきなり出勤してこなくなり、しばらくして世継ぎの告知の中に彼の名を発見することになります。

本編でも回想として部分的には明かされていた前日譚が、ここですべて明らかになります。
時系列の空白を埋めるようなものなので、なるほどと納得できるだけで、ストーリー自体の面白さはあまりないかもしれません。
 

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書評:横山秀夫著、『ノースライト』(新潮文庫)

2022年11月24日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

横山秀夫作品は2年ちょっと前に読んだ『影踏み』以来です。警察小説、犯罪小説のイメージが強い作家ですが、この『ノースライト』は建築士が主人公で、警察とはほぼ全く関係のないストーリーで、ミステリーではあるものの、文学作品と言ってもよいのではないかと思えるようなじんわりとした味わいがあります。

建築士・青瀬稔は、施主の吉野に「あなたが住みたいと思う家を建ててください」と言われ、信濃追分に主に北向きの窓から採光し、そのノースライトの柔らかな光を家全体に行き渡らせるこだわりの設計をして、その家を建てました。この家は「Y邸」として〈平成すまい200選〉に取り上げられ、そのおかげでこれと同じ家を建てて欲しいなどの依頼が来るようになります。
クライアントの1人が実際に信濃追分に行って、可能ならば内覧させてもらおうと思ったところ、住んでいないようだと青瀬に連絡します。青瀬は、Y邸引き渡し後吉野から数か月も連絡がなかったことが気になってはいたので、これを機に吉野に連絡を取ろうとしますが、Y邸に入居した形跡がないことが判明し、吉野を探し始めます。
Y邸には誰かが侵入した痕跡があり、青瀬も入って調べてみますが、中には電話と椅子が一脚あるのみでした。
結局、この椅子しか手掛かりがないので、その出自を追ううちに、日本を愛したドイツ人建築家ブルーノ・タウトの存在が浮かび上がってきます。

ダム建設の仕事をしていた父に付いて子供時代渡りの生活を送った青瀬の原風景、マイホームの理想について意見が食い違ってしまった元妻、月に一度会う思春期の娘との向き合い方、バブル崩壊後の苦渋、施主の顔色を窺いながら惰性で線を引いているだけのような建築士としての仕事に抱く疑問、大学の建築科で同期だった所長の岡嶋昭彦に対するバブル後に拾ってもらったという恩義と同じ建築士としてのライバル心など、過去と現在の複雑な絡み合い方が見事です。
また、岡嶋昭彦が少々無理をして引っ張ってきた女流画家のメモワール館建設のコンペ参加にあたり、画家の生き様や思いとその遺族の思いもじわじわとした伏線を織りなしてクライマックスに向かっていくのが感動的です。

「あなたが住みたいと思う家を建ててください」という尋常ではない依頼の謎、そしてY邸に残されていた一脚の椅子の謎はなんとも美しい謎です。
建築や絵画・芸術に全然興味のない方には途中ちょっと読むのが辛くなる部分もあるかと思いますが、最後まで読む価値は絶対にあります。


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書評:結城光流著、『少年陰陽師 現代編1-2巻』(角川ビーンズ文庫)

2022年11月05日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

『少年陰陽師』の現代版第1巻『近くば寄って目にも見よ』は、1000年の時を超えて本編で関わり合った人物たちと同じ名前を持つ子孫たちが前世の縁に手繰り寄せられるかのように関わり合っているという設定で進められる短編集です。
安倍清明の式となった十二神将たちは相変わらず安倍家に仕えており、安倍家は相変わらず陰陽師を生業をしているのですが、現代は闇も薄くなり、妖もけた外れの強いものは少ないので、昌浩たちは比較的平穏な生活を送っています。
元は特別企画の『パラレル現代版』だった世界は大量の書下ろしを加えて一冊の本になったそうです。



第2巻の『遠の眠りのみな目覚め』では、本格的に長編で、女性を夢に誘い生命力を奪うという化け物が登場します。やがて見鬼の才のある藤原顕子もその化け物に取り込まれそうになり、昌浩が救出に向かうのですが、相手は現代稀に見る桁外れの力を持つ化け物で、決定的な対抗策が見つかるのかどうかが見せ場です。
そして次巻に続く。。。というお約束の終わり方をしています。2018年12月に出版され、早くも4年経ってますが、続刊が出ていないのが残念です。

本編の厳霊編も第5弾『まじなう柱に忍び侘べ』が出たのが2019年10月で、もう3年経過しているのが気になりますね。執筆活動を止めてしまっているのでしょうか。



書評:ピエール・ルメートル著、『英雄』(ドイツ語版) (Klett Cotta)

2022年08月25日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

ピエール・ルメートルはフランス人作家なので、邦訳がなければフランス語原文で読むべきなのでしょうが、この短編『英雄(Un héros)』のドイツ語版の電子書籍で99セントで販売されていたので安さに惹かれて買ってしまいました。

1929年のフランスの片田舎 Saint-Sauveur サン・ソベールの Isidore Chartier イシドール・シャルティエ市長が再選を目指して、その村出身の唯一の有名人 Paul-Rémy Delprat ポール・レミ・デルプラという詩人(?)の遺骨をハンガリー・ブダペストから50キロ北にあるミシュコルツという街から取り戻す事業に取りかかります。

市長が様々な外交手続きを済ませた後、墓堀人 Joseph Merlin ジョセフ・メルランが実際に遺骨を取りに行くことになります。物語はこの墓堀人の苦労物語のようなものです。フランス語がほとんど通じないハンガリーでは持たされた書類もほとんど意味をなさず、フランス語が片言しか分からない現地人と大変な思いをしてデルプラの遺骨を手に入れますが、棺桶を用意したにもかかわらず、実際にはたった6個の骨だけでした。

これを箱に納めてサン・ソベールへ持ち帰ればいいだけの話なのに、おかしな事件や事故に遭って無駄に苦労する羽目になります。
一方、シャルティエ市長はおらが村の英雄の遺骨を迎え入れるべくセレモニーの準備を着々と進めていきます。

この両者のちぐはぐさと結末がなんとも皮肉です。
そもそもそんな大事な任務をたった一人の墓堀人に一任するか?とツッコミせざるを得ないようなオチです。むしろそこがこの小話の面白さと言えるかもしれません。


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書評:ピエール・ルメートル著、『その女アレックス』(文春文庫)

書評:ピエール・ルメートル著、『悲しみのイレーヌ』&『傷だらけのカミーユ』

書評:ピエール・ルメートル著、『死のドレスを花婿に』(文藝春愁)

書評:ピエール・ルメートル著、『天国でまた会おう』上・下(ハヤカワ・ミステリ文庫)

書評:ピエール・ルメートル著、『監禁面接』(文春e-book)


書評:雪村花菜著、『紅霞後宮物語 第十四幕』(富士見L文庫)

2022年07月16日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

『紅霞後宮物語』はこの巻で本当に完結しました。
第十三幕から7年後、関小玉が皇后に返り咲くところから物語が始まります。とはいえ、新たに事が起こるのではなく、紅霞後宮物語を閉じるためだけに書かれた多くの断片的なエピソードで構成されています。
小玉は市井の人々に「ばあさん」と呼ばれて親しまれ、文林とも和やかな関係を育み、帝姫・令月を養育するという日常の中、文林の病が悪化し、やがて崩御。小玉が慈しみ育てた皇太子・鴻が即位し、小玉は文林のいない後宮で何の役にも立てないことを自覚して、後宮を出て庶民に戻る。
文林の死んだことになっている長男のその後。
隣国の實と康の世代交代。
などなど。
最後の「残照」の章ではさらに時代が下り、辰がついに滅びる。

少々長すぎるエピローグという感じで盛り上がりに欠けていました。
関小玉の影が薄すぎるきらいもあります。もう少し、彼女が後宮を出る際の経緯を詳しく語るなり、出てからの暮らしぶりを連続的に語ってもよかったのではないかと思います。
あまりにも周辺の人々の「その後」が取り上げられていて、その中には「誰?」と思い出せないような人物もあり、そうした人々のその後を番外編ならともかく本編の完結編に収録する意味があるのか疑問に思います。

このため、この巻だけを評価するなら、★5つのうち2つくらいでしょうか。



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書評:雪村花菜著、『紅霞後宮物語』第零~七幕(富士見L文庫)

書評:雪村花菜著、『紅霞後宮物語 第八幕』(富士見L文庫)

書評:雪村花菜著、『紅霞後宮物語 第九幕』(富士見L文庫)

書評:雪村花菜著、『紅霞後宮物語 第十幕』(富士見L文庫)

書評:雪村花菜著、『紅霞後宮物語 第十一幕』(富士見L文庫)

書評:雪村花菜著、『紅霞後宮物語 第十二幕』(富士見L文庫)

書評:雪村花菜著、『紅霞後宮物語 第十三幕』(富士見L文庫)

書評:雪村花菜著、『紅霞後宮物語 第零幕 三、二人の過誤』

書評:雪村花菜著、『紅霞後宮物語 第零幕 四、星降る夜に見た未来』(富士見L文庫)

書評:雪村花菜著、『紅霞後宮物語 第零幕 五、未来への階梯 』(富士見L文庫)


書評:雪村花菜著、『紅霞後宮物語 第十三幕』(富士見L文庫)

2022年02月17日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

久々に日本語のラノベを読んで、ようやく頭に休暇を与えられた気がします。
しかし、この『紅霞後宮物語 第十三幕』は第十二幕の発売から1年以上経過しているので、話がどこで終わっていたのか思い出すのに一苦労しました。

主人公・関小玉が皇后から陰謀により後宮の最下層・冷宮に落とされ、恩赦で位の低い妃として後宮に復帰したところまでが前回の話で、今回は陰謀の張本人の遺児である帝姫の養育に勤しむ小玉の日常が描かれています。

療養中だった紅霞宮の女官たちも小玉と一緒に冷宮に入れられていた清喜や綵も戻ってきて、帝姫とその乳母たちの子どもたち3人の赤ちゃんで大賑わいしている中、皇帝・文林と皇太子・鴻との穏やかな家族の時間が持てて。。。とかなり地味な展開です。文林と小玉は相変わらずかみ合ってない夫婦ですが、それなりに深い情で結ばれている関係です。だから文林のまさかの恥ずかしい悩みも小玉は鷹揚に受け止められるのですね。
でも、キャラに夢を抱いていた人にはわりと幻滅するエピソードかもしれません。

そんな中で小玉の強い後ろ盾であり、皇帝に次ぐ力を持っていた王太妃が病死し、帝国内の勢力図がまた変わりそうな気配が忍び寄っている感じです。

本編は次巻が最終巻となるそうです。
さて、どこに話が着地するのか楽しみです。


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書評:雪村花菜著、『紅霞後宮物語』第零~七幕(富士見L文庫)

書評:雪村花菜著、『紅霞後宮物語 第八幕』(富士見L文庫)

書評:雪村花菜著、『紅霞後宮物語 第九幕』(富士見L文庫)

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書評:雪村花菜著、『紅霞後宮物語 第零幕 四、星降る夜に見た未来』(富士見L文庫)

書評:雪村花菜著、『紅霞後宮物語 第零幕 五、未来への階梯 』(富士見L文庫)


書評:雪村花菜著、『紅霞後宮物語 第零幕 五、未来への階梯 』(富士見L文庫)

2021年07月16日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行


『紅霞後宮物語 第零幕』の最新刊が発売され、シリーズ続刊自動購入の設定になっていたため、自動的に電子ライブラリーに追加され、それを自動的に消費してしまう私は何だろうと疑問に思わなくもないですが。。。
それはさておき、過去編・零幕シリーズの第5巻は、小玉の部下でなぜか女装している黄復卿(こう・ふくけい)の死から始まり、人事異動など諸々の経緯を経て、戦死した上官の王将軍の後継者としてヒロイン関小玉が将軍になるところで終わります。だいぶ本編の時間軸に近づいてきた感じですね。
このまま関小玉の将軍としての活躍やドラマが描かれて、『紅霞後宮物語』本編の始まりである小玉が皇后になる時点まで続くことになるのかどうか分かりませんが、とりあえず過去編・零幕シリーズは終わりそうな気配はありません。
著者あとがきによると、本当はこの過去編・零幕シリーズの方が「本編」で小玉が皇后になってからの話は「後日談」的な感じだったそうです。
でも、そうするとタイトルに「後宮」が入るのは変なのではないかと思わなくもありません。
今回は正直あまり面白くなかったです。特に最初の方の黄復卿の死にまつわる背景・背後関係や残されたものの気持ちの描写が結構くどくど続き、ストーリー展開のリズム感がないのがよくないですね。もうちょっとあっさり出来事を時系列に描写してもいいのではないかと思わなくもないです。未来への伏線になるようでもないので「くどい」という印象を余計強く受けますね。


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書評:雪村花菜著、『紅霞後宮物語 第十二幕』(富士見L文庫)

2020年12月16日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行


『紅霞後宮物語』の最新刊が出たので、読みかけのちょっと重たい本を横において、さーっと一気読みしました。ライトノベルのいいところはこれですよね。短時間、違う世界にどっぷり浸って、また戻って来れるお気軽さ。

さて、第十二幕では、小玉が新しい妃・茹仙娥の陰謀により後宮の最下層・冷宮に落とされてから、もろもろあってそこを出るまでの経緯が描かれています。

茹仙娥のバックグラウンドや、彼女が本当に文林の子を懐妊したのかどうかなどという陰謀の本筋が明らかにされるほか、冷宮の実態や不正、そしてそこでの小玉と因縁のある人との出会いなども語られています。世の中は意外と狭い。

文林と小玉の関係もわけが分からないままですが、ラストで小玉が二人が過去に関係を持った際に妊娠して流産した可能性はほとんどないことを主治医に確認を取ったと割と軽く伝え、それに対して文林が「お前はずっとそのことを抱えていたんだな…1人で抱えていたんだな」「すまなかった」と謝り、そこで小玉がただ涙した、というシーンがジーンと来ましたね。
予期せぬところで自分がどこか負担に思っていたことを深く理解され労わってもらえると、言葉を失って思わず涙してしまうものですよね。
珍しくとても共感したワンシーンでした。


書評:横山秀夫著、『影踏み』(祥伝社文庫)

2020年09月02日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行



【商品説明】
「双子というものは、互いの影を踏み合うようにして生きている」……ノビ師・真壁修一の相棒は、父母とともに炎の中で死んだ双子の弟の「声」。消せない過去を背負いながら、愛する女のために義を貫き、裏社会に葬られた謎に挑む、痺れるほどに哀切な「泥棒物語」。累計50万部を突破した著者渾身の超1級クライム・ミステリー 。

「ノビ師」と呼ばれる種類の泥棒が主人公というのも変わってますが、さらに死んだ双子の弟を中耳に住まわせ(?)語り合ったり語り合わなかったりするという設定もファンタジーっぽく、クライム・ミステリーとしては奇妙な感じがします。
本書は大きなミステリーが1冊全体で解かれていくのではなく、時系列に並んだ章ごとに小さなミステリーがあり、主人公がそれらを裏社会特有の解決法で対処していく一方、双子の弟との関係、二人で競い合ったこともある女性・久子との関係が少しずつ進展していきます。
とはいえ、クライムの方にフォーカスがあるので、その後久子さんと腰を落ち着けるために泥棒稼業から足を洗うのかどうかまでは書かれていません。
30半ば。もともとは頭脳明晰で司法試験も受けようかという優秀な人だったので、弟と両親の死によって道が逸れてしまったとはいえ、やり直そうとすればできないことはないのに、あえて将来のことを考えないようにしているところが切ないですね。





書評:横山秀夫著、『第三の時効』(集英社e文庫)

書評:横山秀夫著、『64(ロクヨン) 上・下巻』(文春e文庫)

書評:横山秀夫著、D県警シリーズ『陰の季節』&『刑事の勲章』(文春e文庫)

書評:横山秀夫著、『臨場』(光文社文庫)

書評:横山秀夫著、『深追い』(実業之日本社文庫)

書評:横山秀夫著、『動機』(文春文庫)

書評:横山秀夫著、『半落ち』(講談社文庫)

書評:横山秀夫著、『顔 Face』(徳間文庫)~D県警シリーズ

書評:横山秀夫著、『クライマーズ・ハイ』(文春文庫)

書評:横山秀夫著、『出口のない海』(講談社文庫)


書評:横山秀夫著、『出口のない海』(講談社文庫)

2020年08月27日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行



横山秀夫の作品を読むのは約2年ぶりになります。警察小説が多い著者ですが、この『出口のない海』は大学野球のピッチャーであった並木浩二という青年が肘を痛めながら魔球の開発に取り組み、学徒動員後海軍に入って予備士官となり、「回天」と呼ばれる海の特攻兵器・人間魚雷に乗り込んで散っていく物語をメインとする戦争青春小説です。前後に並木と同じA大野球部員だった今や80歳になった郷原や北といったおじいちゃんたちがかつて入り浸った喫茶店「ボレロ」を訪れて思い出話をするシーンが描かれています。
物語は大きく2つに分かれており、前半は大学野球部での肘の故障と格闘するスポ根+淡い恋で、後半は太平洋戦争開始・学徒動員を経て海軍での理不尽な暴力、「回天」との出会い、野球への未練、魔球の夢、特攻の意味、生きる意味、死の恐怖、死ぬ覚悟などを高揚したり混乱したり自暴自棄になったりしながら考えていく戦争青春が濃厚になります。
私は野球というスポーツが好きではないので、前半部はどちらかと言うと退屈してましたが、後半の軍隊生活に入ってからは俄然読むスピードが上がりました。祖国のためにと勇ましいことを言いつつ、それでもなお生への執着、奪われた未来の絶望、死の恐怖との葛藤を心の奥底に秘めて厳しい訓練に耐えながら(一度限りの)出撃の日を待つ心情が生々しく綴られています。
「回天」の完成度が低かったために出撃しても母船の潜水艦から回天に乗り込むことがないまま敵襲を受けて故障し、生きて戻って来ることもあった一方で、訓練中の事故で命を落とすこともあり、なんとも不条理な状況だったようですね。しかも、生きて戻って来ると「根性が腐ってる」と上官に殴られるなんて、本当に病んでますね。「祖国のために立派に死ね」というドグマは恐ろしい。そうやって全滅を目指してどこが祖国のためになるのか、全滅したら国が亡ぶだけで、どこら辺が国のためになってるのか疑問しかない感じです。特に特攻は戦果にほとんど影響がなく、ただひたすら人的資源を消耗するという恐ろしくコスパの悪いもの。そこに放り込まれた当事者たちはその状況に折り合いを付けなきゃいけないので軍国主義的に自分を鼓舞する以外にはなかったのかもしれませんが、やるせないですね。
そのような自滅作戦が必要となることが二度とないように願うばかりです。


書評:横山秀夫著、『第三の時効』(集英社e文庫)

書評:横山秀夫著、『64(ロクヨン) 上・下巻』(文春e文庫)

書評:横山秀夫著、D県警シリーズ『陰の季節』&『刑事の勲章』(文春e文庫)

書評:横山秀夫著、『臨場』(光文社文庫)

書評:横山秀夫著、『深追い』(実業之日本社文庫)

書評:横山秀夫著、『動機』(文春文庫)

書評:横山秀夫著、『半落ち』(講談社文庫)

書評:横山秀夫著、『顔 Face』(徳間文庫)~D県警シリーズ

書評:横山秀夫著、『クライマーズ・ハイ』(文春文庫)