徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:『日経テクノロジー展望2017 世界を変える100の技術』(日経BP社)

2017年07月29日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

 『日経テクノロジー展望2017 世界を変える100の技術』は、副業の翻訳のために現代技術の日本語語彙を勉強するために購入しました。最新技術にそれなりに興味があるというのも確かです。ネットやニュースなどでは情報が細切れになりやすくなかなか全容を掴めないことも多いので、この本のようにコンパクトに様々な技術を分かりやすくまとめたものは手軽で、大変参考になります。

目次

1章 すべてが変わる ~ここまで来たテクノロジーのインパクト 人に近づく 人の力を拡大する ◆チャットボット 他

2章 交通が変わる ~自動車は馬車になってしまうのか 車、道路、移動が変わる ◆自動運転 他

3章 住まいが変わる ~「木造の時代」再び 建材や工法が変わる 住宅・建築設備が変わる 街が変わる ◆木造超高層ビル 他

4章 医療が変わる ~再生医療はどこまで来たか 治療。現場が変わる ◆免疫チェックポイント阻害薬 他

5章 産業が変わる ~あなたの仕事はどうなる 農業、お金、ものづくり、商売、エンターテインメントが変わる ◆農業ドローン 他

6章 危険から守る ~見守りから設備点検、地震対策まで 見守る 情報を守る 災害を防ぐ ◆高齢者見守りシステム 他

7章 もっと速く、もっと便利に ~すべてを支えるICTとエネルギー プログラミング、コンピューティング、ネットワーキング、エネルギーが変わる ◆機械学習 他

8章 今なお残る課題を見極める

2017年に実用が進む100の有望テクノロジーを厳選し、そのインパクトを簡潔に、わかりやすく紹介」と商品説明にありますが、本当に今年実用が進んでいるかどうかについては疑問をさしはさむ余地があるとは思います。

技術が実用化し、普及するかどうは企業の技術力だけではいかんともしがたい面もあります。普及のためには行政または法的整備が必要なこともありますし、倫理的な問題が絡んでくる場合もあります。また、利用者側の受け入れ態勢または心理的な障壁が問題になる場合もあります。

未来予測の精度を高めるには限界がありますが、本書は近い将来に重要になる技術を俯瞰するには良い参考書だと思います。

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書評:福島菊次郎著、『殺すな、殺されるな(写らなかった戦後3)』(現代人文社)

2017年07月28日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

写らなかった戦後シリーズ1の『ヒロシマの嘘』を読んでから大分時間が経ってしまいましたが、同シリーズ3の遺言集である『殺すな、殺されるな』をようやく手に取りました。初版は2010年発行。ハードカバーで397ページはパラパラと読める分量ではありません。

本書は4部構成で受難者たちの声を拾い、著者自らの「末期に迫った」旅立ちのための一筋の明かりを求めます。

I 殺すな、殺されるな、憲法を変えるな

II 遺族と子どもたちの戦争は続いていた

III 朝鮮人は人間ではないのか

IV 祖国への道は遠かった

 第一部では、「生きて虜囚の辱めを受けず」などの人の命をかけらも尊重しない戦陣訓のために玉砕に追い込まれた沖縄島民の悲劇や「天皇制護持」に執着して、終戦を引き延ばし、多くの非戦闘員・老人や女子供を無駄死にさせ、国土を焦土と化さしめた天皇裕仁に対する憎しみ、戦争責任追及をうやむやに済ませようとする日本のあり方に対する絶望が綴られています。特に戦争責任を「言葉のアヤ」で「文学方面」と英紙タイムズ記者の質問に対して言い逃れをし、広島・長崎の原爆投下については「戦時中で仕方ないこと」と片づけた天皇裕仁に対する憎悪と義憤が、紙を飛び出して、鬼気迫る言霊として浮かび上がってくるようです。

第二部は、著者がカメラマン兼民生委員として福祉施設を取材した経験が綴られています。ここで浮き彫りになるのは名ばかりの福祉行政に苦しむ子供たちまたは老人たちの悲哀です。章の最後の方では横浜市の「親愛学園紛争」が取り上げられ、火災以降多くの施設に分散され、場合によっては兄弟が引き離されたり、家族が面会に行けない程遠方に預けられ、理不尽な抑圧と差別を受けた子どもたちの反乱で勝ち取った親愛学園再建が福祉行政の至らなさにわずかながらの光明を示しています。

第三部は、その題名に反して、「日本人妻」の話から始まります。「国策の花嫁」とか「内鮮結婚」などともてはやされ朝鮮人と結婚した日本女性たちは、戦後言葉も分からぬ韓国社会で差別され、朝鮮戦争で夫や子どもを失い、戦火の中に投げ出されて放浪し、少数のボランティアの支援によって帰国しても外務省・厚生省から冷遇され、浮浪者の一時宿泊所に押し込められるなど悲惨な目に遭いました。
さらに日本軍に強制連行されてサハリンなどに置き去りにされ、戦後何十年も帰国できなかった朝鮮人、強制連行または出稼ぎで広島に来ていて被爆し、国籍を理由に何も補償を得ることなく原爆症で苦しめられた朝鮮人および彼らの障碍を持って生まれた子どもたちなど、侵略戦争に翻弄され、日本政府からの謝罪どころか一顧だにされなかった人たちの話が紹介されています。その怨嗟の声は日本人には届かない。。。

第四部では、占領地域で敗戦濃厚となった日本軍に見捨てられた日本人たち、中国残留孤児たち、在日朝鮮人たちなどやはり戦後日本政府に一顧だにされずに苦難を強いられた様子が描写されています。戦後日本軍が速やかに様々な証拠書類を焼却・滅却したのをいいことに、「書類がないので事実関係が確認できない」とついこの前の加計学園問題に関する誰かさんの答弁のように知らぬ存ぜぬを通して謝罪も補償もしようとしなかった日本政府。

この本で明らかになるのは、人を人と思わぬ日本の権力者たちのスタンスが戦中だけでなく戦後もずっと続いたという事実です。

戦争の総括を怠り、戦争責任を追及せず、補償問題をうやむやにし、事実関係を書類隠滅や教科書検定でひた隠しにし、どんどん戦前回帰をつき進める自民党そしてあらゆる問題に関して無知で無関心な国民。根強く残る朝鮮人や中国人への差別。高度経済成長期の公害問題や福島原発事故の対応も日本の変わらぬ人権軽視のあり方を浮き彫りにさせます。

国民を大切にしない国を愛せますか?普通は愛せないから、わざわざ「愛国精神」なるものを洗脳する必要があり、「非国民」という罵り言葉を使った同調圧力を機能させる必要が出てくるのです。その異様な「空気」は様々な人たちを今なお苦難の淵に突き落として行きますが、それは一体どこへ行きつくのでしょうか?


書評:福島菊次郎著、『ヒロシマの嘘(写らなかった戦後)』

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書評:アイリーン・ウェルサム著、渡辺正訳『プルトニウムファイル』(翔泳社)

2017年07月28日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

アイリーン・ウェルサム著、『プルトニウムファイル』(翔泳社)を購入したのは随分前ですが、療養中で暇なのでようやく読破することができました。

原作の『The Plutonium Files: America's Secret Medical Experiments in the Cold War』は1999年10月発行。

日本語版は翔泳社から2000年に上下巻で発行。私が手に取ったのは2013年に同社から発行されたその改定合本である『プルトニウムファイル いま明かされる放射能人体実験の全貌』の電子書籍版です。

5部47章にわたって第二次世界大戦中の原爆開発プロジェクト・マンハッタン計画に始まり、戦後も国家安全の名の下に多数行われた無意味な実験およびその関係機関、実験者、被害者たちが詳述されたピューリッツァー賞受賞の大作。その構成は以下の通り:

第一部 「産物」

第二部 核のユートピア

第三部 核実験のモルモット

第四部 合衆国版・ナチの収容所

第五部 清算

ウェルサムはクリントン政権下で情報公開が始まる以前の1979年からプルトニウム注射患者の特定を突破口に放射性物質を使った人体実験を追っていましたが、機密のベールは厚く、結局クリントン政権下のエネルギー省長官オリアリーの公開政策によって書類が大量に放出されるのを待たねばならなかったようです。

人体実験は大部分が第二次世界大戦後の冷戦中に実施され、国が資金を出し、ロスアラモスなどの国立研究所が中枢となっていました。主な実験は:

  • 患者18名へのプルトニウム注射(サンフランシスコ、シカゴ、ロチェスターの病院)
  • 妊婦829名に放射性鉄を投与(ヴァンダービルト大学、ナッシュヴィル)
  • 施設の子供74名に放射性物質を投与(マサチューセッツ工科大学、ファーノルド校)
  • 患者700名以上に全身照射(TBI)(シンシナチ大学、オークリッジほか)
  • 囚人131名の睾丸に放射線照射(オレゴン州とワシントン州)
  • 数千名の兵士および風下住民の試験被曝(太平洋およびネヴァダ核実験場など)

広島・長崎の被爆者を治療せずに観察だけし、被爆者の死体を収集・解剖したABCCはこうした放射性物質・核開発を取り巻く人体実験の文脈の中で活動していたのです。

本書は人体実験の全容を暴くばかりでなく、クリントン政権下で実施された情報公開やその後設置された調査委員会の成れの果て、裁判の行方や補償の有無に至るまで、詳述しています。クリントン大統領(当時)が1995年10月3日の朝、調査委員会の報告書を受け取り、調査委員会の意向を無視して被験者全員に謝罪したこと、そしてそのニュースがO.J.シンプソンの殺人容疑の評決のニュースに掻き消されたことまで言及されています。本来ならば厳しく糾弾され、罪に問われてしかるべき実験者たちおよび研究機関は、O.J.シンプソンのおかげで追及を免れたわけです。

原水爆実験における兵士や風下住民らの被害は比較的よく知られた核開発の闇部分で、私も随分前からその事実を認識していましたが、それ以外のがん患者を始め本来健康な子供や妊婦や囚人たちに直接放射性物質を投与したり照射したりと言ったあからさまな人体実験の事実には衝撃を受けました。インフォームドコンセントは全くなかったか、形式的で不明瞭なものだけで、被験者にリスクが十全に伝えられた形跡はありません。アメリカ医学会(AMA)の審査基準にもニュルンベルク憲章の原則にも反する実験で、「時代が違う」では片づけられない犯罪です。しかしながら、結局「国家安全」の大義の下に彼らが罪に問われることはありませんでした。

日本軍の731部隊が行った人体実験の成果をGHQに提供することで死刑を免れた構造とよく似ていると思います。

国家権力の大義の裏で、被験者や被験者の遺族たちは補償どころか謝罪さえろくにしてもらえない無念に泣く構造は今後も変わらないのでしょうか?


唐突ながん宣告~ドイツの病院体験・がん患者のための社会保障

2017年07月26日 | 健康

唐突ですが、10日ほど入院していて、今日(7月26日)退院しました。最終的な診断書と治療方針などを含む紙の束を抱えて。

(がん患者のための社会保障は記事末尾にまとめてあります。)

診断から手術まで

事の起こりは6月12日にかかりつけの婦人科にがん予防定期検診に行ったことでした。そこで例年のごとく超音波検査を受けたのですが、ドクターが画像を見ながら「うーん、これは全く気に入らない」とかなり長いこと唸っていたので、何かと思ったら、前回(15か月前)には影も形もなかったのに、いきなり3cmの子宮筋腫(Myom)ができていると言うのです。通常子宮筋腫というのは良性で成長も遅いものです。何年もかけて数ミリ成長するのが相場なので、15か月以内に3cmは確かに異常な成長率です。私は2年前に既に子宮筋腫で子宮掻爬術(Abrasio des Corpus uteri)を受けており、今回は再発なので、子宮切除を勧められました。

「子宮の切除」などいきなり受け入れられるわけもなく、セカンドオピニオンを聞きたいと思いまして、とある超音波診断専門医を紹介していただき、早速予約を入れて、6月19日に診察を受けました。その女医さんも「子宮切除」に関しては同意見で、「子宮筋腫ばかりでなく、子宮内膜の様子も変」という所見を出し、3週間以内に何らかの処置をとるように強く勧められました。

その診察の帰りにまたかかりつけの婦人科に戻り、診断書を渡すと、「既にファックスが届いてる」と言われて、驚きました。とにかく緊急性が高いので、翌朝に診察に来るように言われました。

翌朝にその婦人科へ行くと、子宮切除に関する意向を聞かれたので、切除に同意しました。希望する病院があるかどうか聞かれたので、それはないと答えると、その婦人科医は「マルテーザー病院がいい」と言って、彼の助手に病院の予約を電話で入れるように指示しました。電話でその助手が病院に断られそうになっているのを見て取るや、自分で受話器を取り、私の診断と緊急性を説明して、なんと翌日に予約を「ねじ込み」ました。やはり緊急性があると扱いが違うのだな、と驚きました。ドイツでは病院などの予約を患者自身が入れようとすると場合によっては数か月先になってしまうこともざらにあるからです。

さて、翌6月21日に、そろそろ病院へ行く支度をしようかと思った頃にかかりつけの婦人科医から電話があり、子宮頚の組織検査の結果が「悪性腫瘍」だったことを知らされました。その最新の診断結果もマルテーザー病院の方へファックスしてくれました。それで実際に病院へ行ってみると、確かに書類は全部届いてましたが、それでも私が一から説明することからは逃れられませんでした。要するに書類整理がまだできてなかったみたいですね。

とにかくそこでも超音波検査を受けました。その際マルテーザー病院婦人科の医局長が自ら立ち会っていたのですが、画像を見ながら「子宮内膜がん(子宮体がんともいう)みたいだね」と軽くのたまりました。その診断そのものにもびっくりでしたが、なぜそんなすぐに予想が立てられたのかそのことにも驚きました。同じ超音波検査なのに、機械の精度の違いなのでしょうか。経験の違いもあるかもしれません。

というわけで診断は「子宮筋腫」⇒「子宮筋腫+子宮内膜病変?」⇒「子宮筋腫+子宮内膜がん?」と発展しました。

まずは本当にがんであるかを確認するために、子宮掻爬術(Gebärmutterausschabung, Abrasio des Corpus uteri)で子宮内膜を採取することが決定し、その手術を6月26日に受けました。この時は入院ではなく日帰りでした。24時間は車の運転をしてはいけないことになっていたので、ダンナに迎えに来てもらいました。

この手術で掻き出した子宮内膜の組織検査の最終結果を聞いたのは7月6日のことです。「子宮筋腫+子宮内膜がん?」の「?」が取れて診断が確定しました。ステージはまだ不明でしたが、悪性度はG2(通常の速さで増殖)とのことでした。

他器官への転移がないかを調べるためにその翌日にCT検査を受け、「転移なし」の結果が出たので、7月16日入院で、17日に卵巣・卵管を含む子宮全摘手術が決まりました。術式は基本的に腹腔鏡手術(Laparoskopische Chirurgie)で、場合によっては開腹手術に変更になることもある、とのことでした。また切除部位も術中に変更することもあるとか、あれやこれやのリスクがあることを詳細にわたって知らされ、「そのリスクを全て了解した上で手術に同意しますか」と聞かれて逃げ出したくなりました。「インフォームド・コンセント」のドイツ版です。

どんなに確率の低いリスクでも、症例があれば全て言及するのがドイツ式です。こうなると患者の意思の尊重ではなく、病院や医師を訴訟などから守るためのものと言えます。患者には余計な心配が増えるばかりです。心配や不安が強まると免疫力が低下するので、治療的観点から見るとこのドイツ式インフォームドコンセントは全くマイナスにしかなりません。「知らぬが仏」って言葉あるよなあ、と考えながら、同意書に署名しました。

フランスでは、患者が質問すれば医師も詳細に答え、質問が無ければ特に言及しないそうです。お国違えば… ですね。

そんなこんなでビビりながらも16日の夕方に入院しました。

 

病室は2人部屋で、取りあえず私一人でした。

病棟にはテーブルと椅子が置かれた広いベランダがあり、病室よりはちょっと開放感があります。

このマルテーザー病院は「森の病院」という別名があり、本当に森に囲まれているので、環境はいいと言えますが、入院してしまえば、周りが森でもあまり関係なくなりますよね。

お昼以降は食べてはいけないと指示されていたので、お腹ぺこぺこなのを水を飲んで誤魔化してました。手術前の処置として血栓症(Thrombose)防止用注射(Clexane)を受け、浣腸もされました。

そして翌朝9時少し過ぎに手術室に搬入され、病室に戻されたのは夜の8時過ぎでした。手術時間は正味9時間ちょっとだったようです。腹腔鏡による卵巣・卵管を含む子宮全摘(Totale laparoskopische Hysterektomie mit Adnexektomie beiderseits)だけで約1時間半、リンパ節郭清(Pelvine und paraaortale Lymphonodektomie)も含めておよそ4時間の手術と予想されていましたが、術中に卵巣への転移および子宮の外側の腹膜にもがんが見つかったため、急遽大網膜も切除する(Omentektomie)ことになったのでした。大網膜は血管や神経が集中する繊細な組織なので、慎重に扱う必要があり、そこに最も時間がかかったようです。

手術後に患者は「覚醒室(Aufwachraum)」とでもいうのでしょうか、そういう特別な部屋に運ばれて、麻酔から覚めるまで厳しい観察下に置かれます。麻酔から目覚める時、多くの人が吐き気を催したりしますが、私は過去2回とも何事もなく目覚めたので、事前問診でそのように回答してあったにもかかわらず、今回はものすごい吐き気に襲われ、担当の看護師さんが驚いていました。ともかく吐き気に効く薬を注射され、酸素チューブを装着されました。私はその時眠りたくて仕方なかったのですが、「病棟からの迎えが来るまで起きてて」と体をゆすられて何とか覚醒状態を保ってました。ここからは起きた患者さんしか病棟に引き渡せないことになっているんですね。

病室に戻ったとき、のどがカラカラで辛かったです。

ダンナが手術にかかった時間やおおよそ何が行われたのかを説明してくれましたが、うつろな意識でそれを聞きながらあっという間に眠りに落ちてしまいました。看護婦さんたちにもいろいろ質問されたような気がしますが、何をどう答えたのか覚えていません。

手術後の経過

翌日は看護婦さんたちに支えられながらベッドから起き、1回立ち上がっただけで、後はずっと寝てました。食べていいとは言われましたが、殆ど食べられない状態でした。冷や汗をかいて眩暈がするなど循環器系の問題がありました。

二日目も似たようなものでしたが、立ち上がるだけではなく、病室の中を少し歩かされました。

三日目に尿カテーテルが取れて、一人でトイレに行けるようになり、大分不快感がなくなりました。食事も少しできるようになりました。鎮痛剤も点滴から錠剤(イブプロフェン400)に切り替わりました。この日、従手リンパドレナージの施術も受けました。

四日目にはドレーンも取れてすっきりし、トイレばかりか病棟の中を歩き回れるようになれました。でも非常に疲れやすく、食欲も余り回復してませんでした。

五日目から出されたものが完食できるようになり、このあたりから自分でも分かるほど回復してきました。因みに病院食は下の写真のような感じです。

パン食は朝晩出され、昼食だけが温かい食事になります。私のはベジタリアンメニューでした。朝晩同じようにラクトーゼフリーのチーズが続き、見るのも嫌になりましたよ。この日は車イスを借りて森に散歩に行きました。まだ一度にたくさん歩けなかったため、車いすに座って押してもらう時間の方が長かったのですが、新鮮な空気が吸えてよかったです。

六日目はもう車イスなしでも散歩に行けました。我ながら凄い回復ぶりですね。

病院サービスと社会保障

手術後三日目の7月20日、尿カテーテルが取れて大分気分が良くなった時、執刀医の一人が挨拶に来て、がん患者は50%の身体障碍者認定が申請すれば受けられるとか、今後の可能性についてざっと説明し、臨床心理士とソーシャルワーカーそれからアロマサービスを要請したことを伝えてくれました。

その女医さんが去った後、間もなくして臨床心理士が来て、50%の身体障害者認定のことやメンタルケアについて説明してくれました。

続いてアロマサービスの人が来て、ルームアロマを提供してくれました。

その後に病院付属図書館の人が来て、「何か読むものを持って来ましょうか?」と御用聞きに来てくれました。私は何冊も本を持ち込んでいたので、丁重にお断りしましたが、この「姫扱い」にかなり感動してました。

翌日ドレーンが取れて人並みに感じられるようになった時、ソーシャルワーカーが来て、50%の身体障碍者認定の申請用紙やその他のがん患者のための公的支援についてのパンフレットの山を持ってきてくれました。もちろん私にとって重要なことは丁寧に説明してくれました。

がん患者は法律によって申請すれば、自動的に50%の身体障碍者認定を受けられます。その認定があると、様々な保護や特典(交通費・博物館や美術館の入場料割引など)を受けられるのですが、中でも重要なのは、定職に就いている場合の解雇保護(解雇には管轄の統合局の許可が必要になる)や追加有給休暇1週間および税制上では障碍者特別控除があり、税負担が軽減されることです。

因みにがんに限らず病気になった場合は、6週間までは雇用主が給料を100%払うことになっています(Fortzahlung bei Krankheitsfall)。その後は健康保険が傷病手当(Krankengeld)として税込月収の70%(上限は手取り月収の90%)を支給します。支給期間は病欠初日から数えて78週間です。つまり約1年半は働かなくても収入が確保できるわけです。健康保険はどんな雇用形態でも強制保険なので、派遣などでも傷病手当が得られます。

治療費はもちろん健康保険が負担してくれます。自己負担額は公的健康保険の場合は薬1種類あるいはマッサージなどの施術1件につき最高10ユーロまで、年間自己負担総額の上限が年収の2%未満となっています。

ドイツは社会保障が手厚くて助かりますね!

何よりも素晴らしいと思ったのは、自分で調べなくても、病院がこうした情報を提供してくれるということです。

私はそこまではマルテーザー病院に(食事を除いて)大変満足していたのですが、手術後五日目(7月22日)の夜11時過ぎに出産したばかりの女性と新生児が私の病室に運び込まれ、彼女のダンナさんが夜中の1時過ぎまで病室に居たこと、そしてその後に赤ちゃんがぐずりっぱなしだったことで、途中耳栓をもらったにもかかわらず大した助けにはならずに殆ど寝れなかったことで、一挙に気分がダウンしました。

普通は手術患者と新生児を抱えた母親を同室にすることはないとのことですが、その晩はたまたまベッドの空きが他になくてやむを得ずそういうことになったっそうで、病院側の都合で私には大変迷惑なことでした。手術後で休養が必要なのに眠れなかったというばかりでなく、片や出産したばかりの幸せなお母さん、片やがんのために子宮を始めとする女性的な器官をごっそり失った女(妊娠・出産経験なし)の対比があまりにも激しく、普段は考えもしないようなネガティブな方向へ思考が行ってしまい、かなりの情緒不安定に陥りました。

翌日の午後に部屋割りが変更され、母子は別室に移され、代わりに若い手術を控えた患者が同室となりました。二晩はさすがに身体的にも精神的にも耐えられなかったと思いますが、一晩で済んだのでなんとか。。。

それにしてもその母子を運び入れた夜勤看護婦が私に事情説明するなり、断わりを入れるなりしてくれても良かったのではなかろうかと思います。しかしその看護婦さんは私に考慮する様子は全くなく、さも当たり前のように母子を運び込んだのです。耳栓を要求した時も、「こんなことになってごめんなさいね」くらい言っても良さそうなのに、無言で耳栓を持ってきただけでした。後から考えるとかなりひどい対応じゃないかと思いますね。

朝の巡回に来た看護婦さんに苦情を言った時はきちんと説明もしてくれたし、私に対して理解も示してくれ、その日中に何とかすると約束し、その通りに実行してくれたので、模範的な対応だったのですが…

最後の二日間は元気になり過ぎて病院に居ることが苦痛でした。ネットの接続速度が遅く、その上不安定だったのでそのせいでイラつくこともありました。

退院前日にはまた臨床心理士が、私がハーブなどに興味を持っていることを覚えていてくれて、放射線・化学療法以外の補完的ながん治療法に関するパンフレットをわざわざ持ってきてくれました。

まだパラパラっと見ただけですが、有名な砂糖絶ちやゲルソン療法等は「お薦めできない」というスタンス。詳しく論証されてる訳ではないですが、結局のところ臨床検査で効果が確認されてない、つまりエビデンスグレードが低いというのが論拠になっています。

とにかく、がん治療は放射線や化学療法が優先されるけど、それを補うエビデンスグレードの高い療法もあるので、その辺はがん担当医と患者で話し合いすべき、とのことです。私も末期がんで絶望的と言う状況ではないので、ひとまずそういうスタンダードな路線で行くつもりです。

最終診断と治療方針

さて、最終的な診断ですが、「悪性度グレード2の子宮内膜腺がん(Endomeriodes Adenokarzinom)、卵巣転移(metastasierte Ovarien)、プラス原発性腹膜がん(Peritoneales Karzinom)」のステージ3b期(FIGO-Stadium IIIb)と出ました。ただし腹膜がんが原発性か卵巣からの転移かについては病院の腫瘍カンファでもかなり議論があり、100%確実ではない所見だそうです。それにしても最初の「子宮筋腫」から随分遠い所に辿り着いてしまった感じですね。時間の経過とともにどんどん診断が深刻になっていって、本当に心臓に悪いです。腹膜がんは予後不良とも言われているので。。。

手術前に行ったCT検査で、卵巣がんや腹膜がんが見つからなかった(卵巣には嚢胞があることしか分からなかったのです)という事実にも驚きを禁じ得ません。この二つは子宮内膜がんという診断があって手術したからこそ発見されたわけで、それが無かったらいつ見つかったのだろうかと想像するだけでも恐ろしい気がします。

CT検査では他に小さい胆石および軽い肝臓肥大が見つかりました。これも本当に「いつの間に?!」と驚くばかりです。ずっと健康なつもりでいたので、自覚症状が無いのは結構怖いことなのだなと思った次第です。

治療方針は、腹膜がんの診断が出る前までは放射線と化学療法の組み合わせという話だったのですが、腹膜がんのせいで下腹部全体にまだそれとは分からないがん細胞が散らばっている可能性が出てきたので、まずは化学療法のみで様子を見るということになりました。がん治療は手術したマルテーザー病院ではなく、別のがん専門クリニック(Onkologische Praxis)で受けることになります。この分業にはちょっと辟易しますが、少なくとも最初の予約はマルテーザー病院が入れてくれました。

入院中に毎朝血栓症予防のための注射(Clexane)を打たれてましたが、退院後6週間はこの注射が必要とのことで、しかも自分でそれを打つとなるとかなり気が引けます。とりあえず病院で6日分もらいましたけど、ちょっと不安ですね。

こんな状況になっても、ブログ記事を書けるほどには元気なので、未だに自分が「重病患者」であるというのが信じられないくらいです。化学治療が始まったらもしかして実感が湧いてくるのかも知れませんが、そうならないことを祈ります。

余談ですが、私はハウスダストアレルギーで、普段は抗アレルギー剤を飲まないとくしゃみが止まらないのですが、手術後は体がハウスダストなどに構ってられなくなったせいか、抗アレルギー剤なしで全く平気でした。今現在でも平気です。


ドイツにおけるがん患者のための社会保障まとめ

  • がん患者は法律によって申請すれば、自動的に50%の身体障碍者認定。
  • その認定があると、様々な保護や特典(交通費・博物館や美術館の入場料割引など)を受けられる。中でも重要なのは:
    • 定職に就いている場合の解雇保護(解雇には管轄の統合局の許可が必要になる)
    • 追加有給休暇1週間
    • 税制上では障碍者特別控除があり、税負担が軽減。
  • がん治療後のリハビリ
  • 必要に応じて家事ヘルパー、在宅介護ヘルパーの派遣
  • ソーシャルワーカーによる全般的支援
  • 臨床心理士による心のケア

病気になった場合の経済保障:

  • 6週間までは雇用主が給料を100%払う(Fortzahlung bei Krankheitsfall)。
  • その後は健康保険が傷病手当(Krankengeld)として税込月収の70%(上限は手取り月収の90%)を支給。支給期間は病欠初日から数えて78週間。
  • 治療費は健康保険が負担。
  • 自己負担額は公的健康保険の場合は薬1種類あるいはマッサージなどの施術1件につき最高10ユーロまで。年間自己負担総額の上限が年収の2%未満。
  • 民間健康保険の場合は保険プランによって自己負担額も変動。

化学療法の準備~ドイツの健康保険はかつら代も出す(がん闘病記2)



書評:ルーク・タニクリフ著、『「とりあえず」は英語でなんと言う?』(だいわ文庫)

2017年07月26日 | 書評ー言語

ルーク・タニクリフ(Luke Tunnicliffe)著、『「とりあえず」は英語でなんと言う?』(だいわ文庫)は「英語 with Luke」というサイトが本になったもので、同じ状況で、ネイティブがよく使っているフレーズを基本表現からスラングまで紹介しています。

「お疲れ様」、「優柔不断」、「久しぶり」、「面倒くさい」、「よろしくお願いします」、「切ない」、「頑張る」、「神対応」、「天然ボケ」、「癒し系」、「意識が高い」等々の日本語俗語に対応する英語表現が掲載されており、大変参考になりました。

ちょっとフォーマルな日本語表現の英語対訳というのは学校でも習うでしょうし、比較的入手しやすい部類だと思いますが、「神対応」、「天然ボケ」、「癒し系」などとなるとなかなか難しいのではないでしょうか。

正直、私が日本を離れた後に使われるようになった日本語スラングは私にとって理解不能のものも多く、ルークによる解説で「こういう意味の時は英語ではこう」と説明されてはじめてその日本語スラングの意味の幅を知ることができたものもあります。

27年以上日本を離れて、ドイツで暮らしてますが、果たしてこれらの比較的新しい日本語スラングをドイツ語対訳できるかと言えば、それは所々怪しいですね。若い世代のドイツ人との交流があまりないため、彼らのスラングもほとんど知らないんですよね。

それはともかく、この本は楽しく読めて勉強になるのでお勧めです。

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書評:池井戸潤著、『アキラとあきら』(徳間文庫)

2017年07月26日 | 書評ー小説:作者ア行

池井戸潤の最新刊『アキラとあきら』(徳間文庫)は2017年5月31日初版ですが、作品自体は2006年12月号から2009年4月号まで「問題小説」に連載され、それを大幅に加筆・修正したものです。解説を含めて713ページはなかなか読み応えあります。入院中に2日かけて読み終えました。

この作品はタイトルからも分かるように二人の〈あきら〉、零細工場の息子・山崎瑛と大手海運会社東海郵船の御曹司・階堂彬が主人公です。最初、全く生まれも育ちも違う二人が対立する話なのかと思いましたが、予想に反して二人の子供時代からの生い立ちが描かれ、大学が一緒になり、就職先も同じ産業中央銀行になるいきさつなども生き生きと描写されています。しかし、二人が深くかかわるようになるのは、階堂彬がもろもろの事情で産業中央銀行を辞め、家業を継いだ後のことです。バブル崩壊後、家業の危機を乗り越えるために二人の〈あきら〉が、バンカーとして、そして社長として知恵を絞って画策する様は本当に大丈夫なのかと心配になる状況で、読者をハラハラさせながら物語のクライマックスへ引っ張っていきます。

他の池井戸作品と違う点は、人物描写に重点が置かれていること、そして『オレたちバブル入行組』(ドラマ『半沢直樹』)のような明らかな悪役が追い落とされるのではなく、もっと人情的に説得され、反省するように促されるところではないでしょうか。騙した側が血縁というしがらみも影響していると思いますが、階堂彬の器の大きさが際立ちます。

また、山崎瑛は父親の経営していた町工場が倒産し、夜逃げするように親戚のところに身を寄せた所などは、半沢直樹の境遇と重なりますが、彼は全く復讐を考えておらず、救える限りの会社を救えるように心温かいバンカーになります。だからこそ、普通なら銀行に見捨てられて倒産に追い込まれるであろう状況の東海郵船の救済に乗り出し、奇抜なアイデアでその危機を乗り越えることができたのです。

「金は人のために貸せ。金のために金を貸したとき、バンカーはただの金貸しになる。」

とは産業中央銀行の新入社員研修における羽根田融資部長の言でしたが、この言葉こそ当作品を貫く哲学であり、世に送るメッセージであると思います。

本当にこんな「バンカー」が多ければ資本主義社会ももう少し生きやすい社会であったであろうと思われますが、現実に蔓延っているのは残念ながら「金貸し」ばかりですね。

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書評:池井戸潤著、『七つの会議』(集英社文庫)


ドイツ:原発事業者4社、本日(2017年7月3日)核廃棄処理基金へ240億ユーロ振り込み

2017年07月03日 | 社会

ドイツでは核廃棄物処理に関する原発事業者と国の役割分担とその資金調達方法が今年1月にあまり公の注意を惹くことなく最終決定しました。その法的根拠となる廃棄処理基金法(Entsorgungsfondsgesetz)、正式名称「原子力廃棄処理資金調達のための基金設立に関する法律」(Gesetz zur Errichtung eines Fonds zur Finanzierung der kerntechnischen Entsorgung)といい、その第7条第2項に基づいて、本日、RWE、エーオン、EnBW、ヴァッテンファルの原発事業者4社が約240億ユーロを核廃棄処理基金へ振り込みました。

2017年1月27日版では、この振り込みが7月1日に実行されることが定められており、後になって、その日が土曜日であることが判明したので、慌てて(?)振り込みに関する追加政令を定めて、月曜日、すなわち7月3日に振り込んでもいいことになりました。ただし、利子の計算には、その金額が7月1日土曜日に入金されたかのように扱うことになっているので、欧州中央銀行(ECB)の定めるマイナス金利0.4%が1日から3日の間理論的にかけられることになり、526,000ユーロの利子をECBに払うことになるのですが、実際には入金がないので、その扱いにはまだ不明のところがあるようです。

また240億ユーロという金額の振り込み自体にも金融技術的な問題がありした。というのは、振り込みに使用されるソフトウエアが小数点以下2桁を含めてトータル11桁しか扱えないからです。このため原発事業者らは9億9900万ユーロずつに小分けして振り込む羽目になったそうです。そういう奇妙な手間があったにせよ、原発事業者4社は、たったそれだけの金額で済んで、笑いが止まらないと言ったところでしょう。これを払うことで、核廃棄処理の責任の一切が国へ移譲されることになるのですから。

この振込金額は廃棄処理基金法の附記2に原発ごとに定められており、総額173億8900万ユーロにリスクプレミアム35.47%を加えて、235億5600万ユーロとなっています。これは概ね去年の原子力委員会の採択(拙ブログ「ドイツの脱原発、核廃棄物の処理費用は結局納税者持ち~原子力委員会の提案」を参照してください)に沿ったものです。

振込金額の内訳は:

エーオン 約100億ユーロ
RWE 68億ユーロ
EnBW 48億ユーロ
ヴァッテンファル 18億ユーロ

一括払いにすることで、原発事業者4社は、分割払いの際の利子年間4.58%を節約することになります。

各原発の廃炉・解体は、原発事業者4社が責任を持って行うことになっています。2022年までにドイツ国内の原発が全て停止することになっていますが、廃炉・解体にかかる期間が最終的にどのくらいになるのかは誰にもわからないし、そこから出る核廃棄物の最終処理方法などはまるで決まっていないため、その処理にかかる費用がどのくらいになるのかは全く予測不能です。

核廃棄処理基金の運営に関しても不明な点がまだ多い状態です。「脱原発」の優等生のように称賛されるドイツですが、その脱原発の行方はまだまだ不透明と言わざるを得ません。

参照記事:

ZDF heute, Atomkonzerne überweisen 24 Milliarden Euro, 04.07.2017
Die Welt, Das sind die dunklen Seiten des deutschen Atomfonds, 03.07.2017

出典法律:
BFE(ドイツ連邦原子力廃棄処理局), Entsorgungsfondsgesetz, 27.01.2017
Bundesregierung(ドイツ連邦政府広報), GESETZ IN KRAFT GETRETEN: Finanzierung des Atomausstiegs sichern, 19.06.2017


書評:小出裕章著、『原発のウソ』(扶桑社BOOKS)

2017年07月01日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

小出裕章著、『原発のウソ』(扶桑社BOOKS)は、東日本大震災・福島第一原発事故の起きた2011年5月に発行された本です。「原発のコストは高い」「“安全な被曝量”は存在しない」「原発を全部止めても電気は足りる」など、日本政府や電力会社が振りまいてきたウソを暴くと同時に、福島で起きていることまた起こり得ることなども書かれており、ネットラジオ「種まきジャーナル」や「自由なラジオ Lightupジャーナル」などで小出氏の言葉を繰り返し聞いている人にとっては馴染みのある内容も多くあります。

この本には「図解」版もあるので、まだ購入を見合わせている方には『図解 原発のウソ』のほうをお勧めします。こちらは2012年発行で、『原発のウソ』に図や表をさらに追加したものだそうです。

以下は『原発のウソ』の目次です。第2レベルの見出しは省略。

まえがき 起きてしまった過去は変えられないが、未来は変えられる

第1章 福島第一原発はこれからどうなるのか

第2章 放射能とはどういうものか

第3章 放射能汚染から身を守るには

第4章 原発の”常識”は非常識

第5章 原子力は「未来のエネルギー」か?

第6章 地震列島・日本に原発を建ててはいけない

第7章 原子力に未来はない

原発が二酸化炭素を発生させない「クリーンな」エネルギーであるというのが全くのウソであることはそれなりに知識を備えた方にとってはもはや常識ですが、原子力ムラの方でも嘘がつき続けられないと考え始めたのか、「原子力は『発電時に』二酸化炭素を出さない」と、いつの間にか『発電時に』という文言が加えられるようになったことが、第4章で指摘されています。なるほどこれなら確かに完全な嘘ではありません。ただし「環境にやさしい」という結論はもちろん導き出すことは不可能です。なぜなら同章で指摘されているように発電に至るまでとおよび発電後の処理で原子力発電は大量のエネルギーと資源を消費し、大量の二酸化炭素も発生させるからです。「核のゴミ」の処理など言うまでもありません。

知らなかったのは、日本広告審査機構(JARO)が2008年11月に次のような裁定を下していることです(第4章~JAROの裁定を無視して続けられた「エコ」CMより):

「今回の雑誌広告においては、原子力発電あるいは放射性降下物等の安全性について一切の説明なしに、発電の際に二酸化炭素を出さないことだけを捉えて『クリーン』と表現しているため、疑念を持つ一般消費者も少なくないと考えられる。今後は原子力発電の地球環境に及ぼす影響や安全性について十分な説明なしに、発電の際に二酸化炭素を出さないことだけを限定的に捉えて『クリーン』と表現すべきではないと考える」

悲しいかな、JAROには法的拘束力がないので、この裁定後も原子力ムラ・政府広報はこれを無視して、今に至るまで「原子力=クリーン」のイメージで売り続けています。これを「ウソだ」とはねのけるだけのリテラシーが消費者側に求められていると言えます。騙される側にも責任があるのです。

原発の排熱もかなりの環境汚染です。小出氏は恩師の水戸氏を引用して、原発を【海温め装置】と呼んでいます。原発が発生させる熱の3分の1が電力になり、残りの3分の2が排熱として海に排出されているからです。その量は何と毎秒約70トン。1秒間に70トンの海水を引き込んで、その温度を7度上げてまた海に戻していると言います(第4章~地球を温め続ける原発より)。

日本全国の河川の流量は年間約4000億トン。日本には現在54基の原発があり、それから流れて来る7度温かい水は年間約1000億トン。量の比率から見ても環境に影響がない方がおかしいと言えます。

エルニーニョ現象においてさえ、通常の海水温よりも1-2度上昇するくらいで大変な影響が出ます。20世紀最大規模の1997-1998年に起きたエルニーニョ現象では水温が5度上昇し、甚大な被害を出しました。そのスキームで「毎秒70トンを7度温めて海に戻す」ことを考えれば、「7度」の重大さも理解できます。もちろん影響はエルニーニョ現象などに比べて原発近海の局所に限られたことではあるでしょうが、周辺環境に悪影響を及ぼすことには違いないので、地球温暖化や環境保護のために原子力を推進するなど「矛盾」どころか、まるで逆効果です。

第5章では、破綻した核燃料サイクル計画によって生じた大量の余剰プルトニウムを処理するためにプルサーマル計画が始動したことと、その際に使用されるMOX燃料の危険性などが論じられています。よくもまあ、行き当たりばったりの対症療法的計画をこの上なく危険な物質でやってくれる、と呆れるばかりです。

この杜撰さは、先日の茨城県大洗町の日本原子力研究開発機構大洗研究開発センターで作業員が被曝した事故にも表れています。クローズアップ現代の6月20日放映「プルトニウム被ばく事故 ~ずさんな管理はなぜ?~」で核燃料のずさんな管理の実態が暴かれています。ビデオはこちら

これでもなお、「日本の原発は安全です」「安全管理をきちんとしてます」「世界一厳しい安全審査を実施」などの文言を信じられますか?これを信じ続けるには、どこまで能天気だったらいいのか分かりません。

「杜撰大国」日本。その杜撰さを暴くことは特別秘密保護法で阻害され、その杜撰さに抗議するものは「共謀罪」で抑え込まれる。そんな状況にならないように祈らずにはいられません。


書評:小出裕章著、『騙されたあなたにも責任がある 脱原発の真実』(幻冬舎)

書評:一ノ宮美成・小出裕章・鈴木智彦・広瀬隆他著、『原発再稼働の深い闇』(宝島社新書)

書評:小出裕章&西尾正道著、『被ばく列島~放射線医療と原子炉』(角川oneテーマ21)