徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

ドイツ:ミュンヘンの銃乱射事件~ISテロではないらしい。テロは注意して避けられるものではない!

2016年07月23日 | 社会

ヴュルツブルクの凶行から間もない昨日、7月22日夕方にまたしてもバイエルン州で、事件が起こりました。今回は州首都ミュンヘン市北部のオリンピアショッピングセンター(Olympia-Einkaufszentrum=OEZ)内外で銃乱射事件です。22日17:50頃にマクドナルドを出た18歳のドイツ系イラン人は無差別発砲を開始し、向かい側にあるオリンピアショッピングセンターに入ってなお発砲を続け、そこから逃げ出して近くのパーキングハウスに入り、そこで住民と思われる人と論争し(そのビデオはネットでかなり出回っています)、更に発砲。最終的に9人殺害した後、現場から約1㎞離れたところで自殺を図った、というのが大まかな流れのようです。なお、犯人はフェースブックの偽アカウントを使って、「OEZに来いよ。君たちが望むなら俺がおごってやる。ただし、そんなに高いものはダメだけど」と投稿し、より多くの人を犯行現場へ誘いだすつもりだったようです。

事件発生当初、情報や通報が錯綜し、銃撃者は3人いて、市街地を逃走中という前提で捜査開始しましたが、ミュンヘン市内の交通機関を全面ストップさせ、数千人の特殊部隊を含む警察官を投入して捜索に当たった結果、銃撃犯は自殺した一人という結論が出されました。それでも当局は市民に外出自粛を呼びかけ、公共交通機関を停止するなど、混乱と緊張が続きました。今日は早朝から公共交通機関は通常運転していますが、現場付近は封鎖されたままです。

今の時期、このような事件が起これば、必ずISとの関連性が採り沙汰されます。ヴュルツブルク凶行事件の犯人の住まいからは手描きのISの旗や父親に宛てたと思われる遺書が発見され、またISに近い通信社Amaq News Agencyから犯行予告ビデオがあっという間に出てきたため、直接的なISとの関連性は証明されていないものの、少なくともISプロパガンダに影響された単独犯であったことが分かりました。犯人は17歳のアフガニスタン難民とのことでしたが、その素性が偽証だったのではないかと疑われています。

それに対して今回のミュンヘンの犯人はミュンヘンで生まれ育ったイラン人David S.で、難民的背景はありません。彼の両親とともに住むマックスフォァシュタットのアパートを家宅捜査した結果、ISとの関連が疑われるような物証は発見されず、代わりに銃乱射事件に関する新聞記事の切り抜きや本『Amok im Kopf - warum Schüler töten (頭の中のアモクーなぜ生徒たちは殺すのか)』などが発見されました。事件の起こった7月22日にちょうど5周年を迎えたノルウェーのアンドレ・ブレイヴィック銃乱射事件にもかなり関心を示していたことが分かっています。そのためこのブレイヴィック事件を意識した模倣犯の線でも捜査されています。

まだコンピューターやスマホのデータの調査が完了していないため断定はできないものの、ミュンヘン警察はテロ的な背景のない銃乱射事件という前提で捜査を進めています。ドイツメディアの報道もテロではなく、「銃乱射事件(Amoklauf)」で報道を統一しています。

犯人について分かっていることはミュンヘンで生まれ育ったこと、まだ高校生であること、これまで犯罪歴がなくて警察からノーマークだったこと、そして鬱病またはそれに近い精神病で治療中だったことくらいです。精神を病んでいた点については過去のいくつもの銃乱射事件の犯人たちと共通すると言ってもいいですが、ISに傾倒して単独にテロを起こす人や計画的にテロを起こす人たちもまともな精神の持ち主とは思えないので、プロファイリングの決め手になるようなものではありませんが。

彼の近所での評判は「目立たない」「大人しい」「挨拶はきちんとする」などで、素行の悪さなどで目立つことがなく、町内に埋没していたようです。パーキングハウスにおける犯人と住民の言い争いを録音したビデオで、彼は「俺はドイツ人だ。ハルツ4地区で育った!」と怒鳴ってから発砲しています。ハルツ4というのは正式には第2種失業手当と言い、就労可能な人に給付される生活保護のようなものです。「ハルツ4地区」というのはつまり、そのような保護を受ける人たちが多く住む地域、ということでしょう。ミュンヘンはドイツで最も家賃の高い都市でもあるので、ハルツ4受給者の限られた財力で払える賃貸物件は自ずと制限されてしまい、ゲットーとまではいかないまでも貧しい人たちが多く住む地域というのが形成されてしまうのはある程度仕方のない話です。

犯行に使用された武器は9mm経口のグロック銃で、ナンバーが削られていたことから不法ルートの銃と見られています。犯人のリュックサックにはまだ300発の銃弾が詰め込まれていたとのことで、可能ならばもっと大量に殺戮するつもりだったことが窺われます。警察が彼を追う途中に撃ったらしいですが、検死の結果警察の弾が当たった痕跡はなく、自殺と判断されました。武器の入手ルートに関してはまだ捜査中です。犯人は狙撃資格も銃所持許可も取得していなかったことは明らかです。

犠牲者は全部で9人で、45歳の女性を除くと全て子どもや青年でした。14歳3人、15歳2人、17歳、19歳、20歳各1人。この場を借りてご冥福を祈ります。

 

事件翌日になってメルケル首相を始めとする様々な政治家たちが地元警察、特殊部隊及びテロ対策部隊GSG9の素早い出動と対応を称賛しています。特に、ツイッターなどで事件とは無関係の写真や誤情報が出回っていたことに対抗するように地元警察が自ら現状報告のツイートを多発したことが時代に即している、と称賛を浴びました。

バイエルン州ではヴュルツブルクの事件が起こる以前から既にテロ警戒レベルを上げて、警察官の増員を含む様々な措置が準備されており、それらは予定通り来週州議会で議決される模様です。今回のミュンヘンの事件はどうやらテロではなかったようですが、抽象的なテロの危険性は依然として高いままなので、今後も警戒を強化していく、とのことです。

お隣のフランスではニースの事件のために、今月終了する筈だった緊急事態宣言がまた延期されることになりました。これに関しては賛否両論あると思いますが、感染犯・模倣犯によるテロなど根絶できるわけありませんし、フランスがシリア爆撃に加担し、ISを敵に回していることを含め、元植民地関係の因縁など解決されていない過去の負の遺産を引きずっている限り、今後もテロの標的にされることは間違いないと思います。今のところオランド大統領はエルドアン・トルコ大統領のような強権発動はしていませんが、それでも緊急事態(Etat d'urgence)が常態(état permanent)となるのは民主主義にとって好ましい状況でないことは確かです。ドイツに緊急事態宣言のようなものがないことを改めて「よかった」と思う次第です。ドイツでは敵襲がなければ戒厳令(Verteidigungsfall)が発動しないので、テロの危険性くらいでは人権が制限されるようなことにはなりません。

ただ、ドイツに住むものとして、自分の住むところがまるで戦地のような危険な場所であるかのようにみなされることには非常に違和感を感じます。違和感を感じると言えば、私がメルマガ登録している在デュッセルドルフ日本領事館からの警告メールで「ミュンヘン方面への旅行等を計画しておられる方は十分注意されますようお願いいたします」という呼びかけもそうです。こういう事件はそもそも一般人が「十分注意」して避けられるものではありません。唯一の危険回避は外出せず、公共交通機関を使ず、ショッピングセンターやサッカー試合などの人の集まる所や催し物などに行かないことでしか達成できません。それはつまり「普通の生活を一切するな」ということに等しいのです。そして私たちがそのように怖がってびくびくと生活することこそ、テロの真骨頂というものではないでしょうか。でもテロを殊更怖がることにも私は違和感を感じます。確かに危険ですし、運悪く現場に居合わせれば死ぬなり負傷するなりのシャレにならない結果になります。しかし、テロ現場に居合わせる確率と通り魔事件や連続殺人事件や強盗殺人事件などに当たる確率はどれほど違うのでしょうか?この中では強盗殺人に当たる確率が一番高いと言えます。ドイツでは近年空き巣や強盗が急増しており、過去最高レベルに達しています。事件解明率は5%にも満たない状態です。テロは1件でも、そしてヴュルツブルクのように譬え死者が出なくても大きく報道されますが、強盗事件は連続で起こっていても、ローカル紙の記事になるくらいです。その報道の違いで感情的な受け止め方に差異が出てしまうのでしょうが、どちらも当たってしまった場合の結果はほぼ同じで、負傷か死です。確率的な話では、強盗よりも交通事故死の方がもっと頻繁です。こちらも個人が注意できることには限度があります。酔っ払い運転やスピード凶にいつどこで出くわすかだれも予想できませんから、その意味ではテロ現場に居合わせてしまう不運と似通っています。

国などの行政機関がテロを警戒し、それ相応の対策と取ることには十分に意味のあることですし、必要な措置です。そういうことのためにも私たちは税金を払っているのですから。だけど個人が「テロに注意する」ことは不可能です。スリ対策なら個人でも何とか注意することもできますが、そういうレベルの話ではありません。あるFB友も言ってましたが、ヨーロッパ在住者に「テロに気を付けて」というのは、日本人に向かって「地震に気をつけて」というようなものだと。ドイツ在住の私にとってはむしろ地震が多く、放射能汚染が進み、かつ一カルト集団の占拠するファッショに向かいつつある安倍政権支配下にある日本の方が余程【怖い】です。

というわけで私は予定通り明日からバイエルン州周遊旅行に出発します。

参照記事:
ZDFホイテ、2016.07.23、「集中的に銃乱射事件を研究していた」 
シュピーゲル、2016.07.23、「ミュンヘン銃乱射事件:犯人のリュックサックには300発の銃弾」 
シュピーゲル、2016.07.23、「防犯コミュニケーション称賛:ミュンヘン警察を誇りに思う
他様々なニュース。 


ドイツ:世論調査(2016年7月22日)~トルコのEU加盟反対、過去最多

ドイツ:ヴュルツブルク行の電車の中での凶行(ローレベルテロ)


ドイツ:世論調査(2016年7月22日)~トルコのEU加盟反対、過去最多

2016年07月22日 | 社会

ZDFの世論調査ポリートバロメーターが7月22日に発表されましたので、以下に結果を私見による解説を加えつつご紹介いたします。

トルコクーデター未遂以降、エルドアン大統領による徹底的な粛清措置と非常事態宣言、死刑復活議論などトルコの不穏な動向が連日報道されています。まずはそのトルコについての世論調査。

トルコ

トルコは数年後にEUに加盟すべきだと思いますか?:


はい 9% (2015年10月:29%)
いいえ 87% (60%)

トルコのEU加盟反対の声は過去最多を記録し、エルドアン政権の危うさが反映されています。

 

クーデター未遂後、エルドアンは…?:

強力になった 80%
弱体化した 14%
分からない 6% 

あれだけ厳しく粛清していれば、「強化された」と見られるのは当然ですね。クーデター自体が自作自演だったのではないかという疑いもありますし。更迭された裁判官や公務員、その他の逮捕者たちのリストはクーデター以前から作成されていたはずで、事件とは本来関係がない政敵排除と見るべきでしょう。

 

トルコの民主主義は大きな危険にさらされていますか?

はい 87%
いいえ 8%
分からない 5% 

これもまあ当然の結果ですね。クーデター未遂後に非常事態宣言を出し、数万人単位で粛清され、24放送局免許取り消しと続けば、民主主義が危ぶまれるのは自明の理。しかし当事者であるエルドアン大統領陣営はそれが「民主主義の反撃」だと言い張るのですから、呆れる限りです。「民主主義を守るために」と言って戦争する某国と通じるものがありますね。


難民危機:トルコは信頼できるパートナーですか?

はい 11%
いいえ 82%
分からない 7% 

難民問題においてトルコが信用できないという見方は依然とほとんど変わっておらず、2ポイント上昇しただけです。


ロシア・ドーピング

国際的トップスポーツではドーピングがかなり広がっていると思いますか?

はい 87%
いいえ 9%
分からない 4% 

聞くまでもない質問です。


次のオリンピックからロシアチームを除外すべき?

はい 47%
いいえ 47%
分からない 6% 

ロシアの処分については意見が真っ二つに割れています。


テロ

フランスのニースで起きたテロが実は結構時間をかけて計画されたものであり、単独犯でなかったことが分かってきました。ドイツのヴュルツブルクで起きた斧による無差別攻撃に関しては背後関係がまだわかっていません。防御しにくいのはなんといってもISのプロパガンダに影響された単独犯によるローレベルあるいはローコストテロです。

77%の人がドイツで近いうちにテロが起きると考えています。起きないと答えた人は20%でした。

テロ防御措置は十分にされていると答えた人は59%、不十分とした人が31%、分からないが10%でした。


政党・政治家評価

政治家重要度ランキング(スケールは+5から-5まで)

  1. フランク・ヴァルター・シュタインマイアー(外相)、2.0(前回比-0.3)
  2. ヴィルフリート・クレッチュマン(バーデン・ヴュルッテンベルク州首相、緑の党)、2.0 (-0.2)
  3. ヴォルフガング・ショイブレ(内相)、1.6(-0.3)
  4. アンゲラ・メルケル(首相)、1.4(-0.3)
  5. トーマス・ドメジエール(内相)、0.8(変化なし)
  6. グレゴル・ギジー(左翼政党)、0.7(-0.1)
  7. ウルズラ・フォン・デア・ライエン(防衛相)、0.6(-0.2)
  8. ジーグマー・ガブリエル(経済・エネルギー相)、0.4(-0.4)
  9. ホルスト・ゼーホーファー(CSU党首・バイエルン州首相)、0.3(-0.1)
  10. サラ・ヴァーゲンクネヒト(左翼政党)、-0.5

 

連邦議会選挙

もし次の日曜日が議会選挙ならどの政党を選びますか?:

DU/CSU(キリスト教民主同盟・キリスト教社会主義同盟) 35%(前回比+1)
SPD(ドイツ社会民主党)  24% (+1)
Linke(左翼政党) 8%(-1)
Grüne(緑の党) 13%(変化なし)
FDP (自由民主党) 6%(-1)
AfD(ドイツのための選択肢) 11%(変化なし)
その他 4% (変化なし)

 

1998年10月以降の連邦議会選挙での投票先推移:


経済問題

一般的な経済状況:

いい 56%(前回比-1)
どちらとも言えない 37%(+1)
悪い 6% (変化なし)

 


自分の経済状況:

いい 63%(前回比-2)
どちらとも言えない 28%(-1)
悪い 9%(+3)


ドイツの経済は今後…?:

よくなる 20%(前回比-6)
変わらない 55%(+2)
悪くなる 21% (+3)

Brexit(イギリスのEU離脱)のせいもあるかもしれませんが、経済的な展望が若干悲観的になってきているようです。

 

この世論調査はマンハイム研究グループ「ヴァーレン(選挙)」によって行われました。インタヴューは偶然に選ばれた有権者1.271人に対して2016年7月19日から21日に電話で実施されました。

次の世論調査は2016年8月12日ZDFで発表されます。

 


参照記事:

ZDFホイテ、2016.07.22、「ポリートバロメーター」 



書評:高橋洋一監修、『国民が知らない霞が関の不都合な真実~全省庁暴露読本』(双葉社)

2016年07月20日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

どこまでも国民を欺き続ける霞が関&永田町連合!!!

今回の消費税率アップに関して、政府は「社会保障と税の一体改革」というお題目を掲げ、「社会保障制度を維持するために必要な財源を確保するため」というもっともらしい理由で国民を納得させようとしています。なぜ、皆さんはそこで疑問に思わないのでしょうか?
「増税分は社会保障に回る」なんて、なぜ信じるのでしょう。しょせん、金に色はついていないのです。消費税増税分が何に使われたかなど国民にはわからないのです。そこに対して疑問を抱かずに、「国はちゃんと消費税増税で増えた税収を社会保障の充実に回してくれるはずだ」と思っているとしたら、そんなおめでたい話はありません。

 と帯に書かれていますが、これが高橋洋一氏が一番言いたいことでもあるのでしょう。

『国民が知らない霞が関の不都合な真実~全省庁暴露読本』(双葉社)は2012年7月25日初版発行ですので、使われているデータは2010年までのものが殆どです。全省庁の組織図、課題、問題点、天下りの実情が簡単に述べられています。目次は以下の通り。

プロローグ

第1章 日本を動かすエリート集団 官僚制度とは何か?

第2章 省庁の中の省庁 財務省

第3章 日本の大多数の産業を監督 経済産業省

第4章 内閣を支える「頭脳集団」 内閣府

第5章 総理大臣をサポート 内閣官房

第6章 「国民生活」全般に関わる巨大省庁 総務省

第7章 霞が関一のマンモス組織 国土交通省

第8章 世界を相手に日本の国益を守る!! 外務省

第9章 内閣の「顧問弁護士」 法務省

第10章 国民の医療と労働環境を守る 厚生労働省

第11章 日本を守る!! 防衛省・自衛隊

第12章 日本の食を管理!! 農林水産省

第13章 教育・学術・科学技術の振興 文部科学省

第14章 地味な組織から一転、存在感を増す 環境省

エピローグ 国民よ、財務省の洗脳から覚醒し道州制を論じよ!

全章を高橋洋一氏が執筆しているわけではないので、各章ごとに残念ながら質のムラがあります。防衛省の章の自衛隊問題や外務省の章の領土問題に関する叙述は右翼のスタンスとしか思えない言い分がさも常識のように開陳されていて首をかしげるばかりでした。

私にとって特に勉強になったのは第1章の官僚制度に関するあれこれと各省庁の組織図です。日本の省庁改編が行われた頃、私は既にドイツに来ていましたので、省庁によっては全くぴんと来ないものありました。

この本では各省庁の様々な問題点が挙げられていますが、その最たるものは財務省の「埋蔵金」隠しと年金資金の年金給付以外の用途への流用や投資による損失などでしょうか。

財務省の「埋蔵金」とは表には出ない隠れ資産で、埋蔵場所は数ある特殊法人や独立行政法人などで、600兆円以上あると言います。日本の借金総額1000兆円は嘘で、通常は政府資産を差し引いた額が国の借金として計上されるものなので、実際の日本の借金は400兆円ということになります。高橋氏によれば、「借金総額1000兆円」の嘘は増税を正当化するための方便で、真の目的は自分たちのポケットマネーとなる税収による予算を増大させること。決して財政再建のためではないとのことです。

日本の財務省のことはよく分かりませんが、増税が税収増につながらず、逆に税収減になるパラドックスは経済を齧ったものなら常識として知っています。理由は実に簡単なメカニズムで、増税が消費を冷え込ませ、それが企業業績悪化を招き、全体的に景気が悪くなるので、消費税収も伸びず、売上税や法人税、所得税が減額することに繋がるからです。財政再建が真の目的なら、増税ではなく、景気対策及び無駄の削減をするのが常套手段です。IMFの財政再建政策だと、様々な国家財産の民営化も常套手段になっていますが、これに関しては経済的意義が第一ではなく、私企業を利する利権がかなり絡んでおり、公益に反することが多々ある、新自由主義の弊害と見做すことができます。

もう一つのトンデモない問題である年金資金流用ですが、これは旧社会保険庁が1961年の国民皆年金制度のスタートから56年間で行ったもので、その総額は実に6兆7878億円に及ぶとか。その中には巨額の赤字を出し続けたグリーンピア建設なども含まれているそうです。

2007年に発覚した「消えた年金記録」、また2012年2月に明るみに出たAIJ投資顧問が9年間で1092億の損失を出した件(本書より)。そして現在また年金資金運用GPIFが5兆円に上る損失を出したことが問題となっています。よくもまあ年金基金をこれだけ杜撰に扱えるものだと逆に感心するくらいです。ドイツでも年金資金の年金給付以外の用途への流用はありますが、運用損やデータ損失などが起こったことはありません。それが当たり前だと思うのですが、日本の年金管理は本当にあり得ないレベルです。資金流用で約7兆円、運用損で5兆円、でトータル12兆円が消えてしまい、その責任追及をしないまま年金給付開始年齢を75歳に引き上げるなどという政治家がいるから呆れてものが言えません。日本年金機構はシビリアンコントロールが働いていない最悪の例と言えるでしょう。個人的には日本に年金を払ってなくて良かったと思っている次第です。私はそれでいいですが、日本国民はもっと怒りを表明し、責任追及すべきだと思います。

話は書評から若干それてしまいましたが、この本は『全省庁暴露読本』と言うほど暴露にはなっていません。過去に明らかになったスキャンダルや問題を省ごとに整理して羅列した感じです。改めてまとめて読むには参考になるとは思いますが、知られざる新事実を期待している場合は裏切られたと思うこと請け合いかと思います。

エピローグでは中央集権制度が官僚制度の腐敗の原因であると批判され、地方分権推進のための道州制が提案されています。州ごとに「政府」を置き、無駄となった中央省庁は廃止するというアイデアですが、既存権益にしがみつこうとする人たちがあまりにも多いことが予想され、恐らくまともな議論にすらならないのではないかと考えられます。第二次世界大戦直後なら実現したかもしれませんが…

ドイツはよく知られているように完全な地方分権です。何が連邦の管轄で、何が各州の管轄なのかという役割分担はドイツの憲法である基本法(Grundgesetz)に定められています。だから何度も憲法改正する羽目になったワケですが… それはともかく地方分権は一長一短です。従って、日本で道州制という地方分権を推進すれば、ある問題は解決するかもしれませんが、新たな問題も生じることになるのは必至です。

因みに高橋氏は消費税に関して、「世界を見れば、各州で税率が違うというのはごく当たり前のことです」と、さも消費税が全国一律税率である日本のシステムが異常であるかのように書いてますが、それは違います。アメリカやカナダの例しか挙げてないことからも察することができる方はいるでしょうが、ヨーロッパでは消費税は国ごとに一律であるのがデフォルトです。地域差が出るのは例えばドイツの場合は法人税や土地取得税などです。

元財務省キャリア官僚ということに興味を引かれ、高橋洋一氏の本を3冊読み、大体この方の考え方や主張は理解できたので、これ以上彼の著作を読む必要はないかなと思い出している次第です。


書評:高橋洋一著、『経済政策の“ご意見番”がこっそり教える アベノミクスの逆襲』(PHP研究所)

書評:高橋洋一著、『消費増税でどうなる?日本経済の真相ー2014年度版』(中経出版)

書評:長谷川幸洋著、『日本国の正体 政治家・官僚・メディア-本当の権力者は誰か』(講談社)



ドイツ:ヴュルツブルク行の電車の中での凶行(ローレベルテロ)

2016年07月19日 | 社会

日本でも大分報道されていますが、フランスのニースに続き、7月18日夜ドイツのヴュルツブルク(Würzburg)行き電車の中でもISISの関与が疑われているテロが起こりました。幸い死者は今のところ出ていませんが、2人危篤状態とのことです。4人の負傷者は香港からドイツへ観光に来た家族(両親と娘)とその友人で、一緒に来ていた息子(17)は無傷で済んだようです。

犯人は17歳のアフガン人で、2015年に保護者の同伴なくドイツに入国した未成年難民で、Rias A.の名で保護されました。3月からヴュルツブルク郡の施設で過ごした後、2週間前にオクセンフルト(Ochsenfurt)の里親に引き取られて暮らしていました。彼はオクセンフルトからヴュルツブルク行きのローカル線RB 58130に乗り、21:10くらいに「アラーフ・アクバル(アラーは偉大)」と叫びながら斧で乗客を攻撃しだし、電車がヴュルツブルク市のハイディングスフェルト(Heidingsfeld)で21:15に緊急停車すると、電車から降りて街中へ逃走しようとしました。すぐに警察及び近くに待機していた特殊部隊が出動して、犯人に追いつきましたが、彼は斧で特殊部隊に襲いかかったため、特殊部隊は彼を何度も射撃し、死に至らしめました。「(射殺するより)他に選択肢がなかった」とバイエルン州内務省事務次官、ゲルハルト・エックは特殊部隊を擁護しました。しかし、犯人は銃など持っておらず、斧とナイフだけで暴れていたので、「射殺せずとも止める方法があったのではないか」と例えば緑の党のレナーテ・キューナストが批判的に事態を見ています。私自身も同様に疑問に思っています。ついこの前アメリカで起こった警官による黒人男性の射殺はビデオを見る限り必然性があるようには思えません。何せ相手は既に地面に押さえつけられていたのですから。特殊部隊とRias A.容疑者がどのように戦ったのかは知る由もありませんが、特殊部隊といえば歯まで武装しているような重装備部隊で、数人がかりで飛び道具ではなく、斧を振り回すたった一人の容疑者を射殺せずに抑えることができなかったとはあまり説得力がありません。斧を持つ腕や肩、そして逃走を避けるために足を狙っていれば十分だったのではないかと思わずにはいられません。凶行に及んだ犯人だからと言って、法治国家においてはその場で処刑していいなんてことはありません。そもそも死刑がないのですから、裁判を経て無期懲役か強制送還処分にするのが妥当なはずです。容疑者の射殺を実行した特殊部隊員らは現在この件に関して取り調べ中です。



さてこのRias A.はどうやら予告ビデオと父親に宛てた遺書を残していたようです。ビデオはISISに近い通信社Amaq News Agencyから公開されました。

ビデオの中で彼ははMuhammad Riyadと名乗り、アフガニスタンに駐屯するドイツ連邦軍を非難し、脅迫していました。記者会見での検事正エリック・オーレンシュラーガーによるとRias A.は前日に友人がアフガニスタンで死んだことを知ったそうです。

家宅捜査では手描きのISISの旗こそ出てきましたが、直接的なISISとの関わりを示すような証拠物件は見つからなかったとのことです。ISISはかねてからネットビデオを通してムスリム一人一人がいつどこでも非ムスリムを殺すよう呼びかけてきましたから、その呼びかけに感化されたものと今のところ見られています。
しかしながら、ビデオで名乗った名前がドイツで難民として登録した名前と違っていることや、 彼の話すパシュトゥー語がパキスタン訛りであることから、彼の出自が疑わしいことは確かで、彼の背後関係も調査されています。
Rias A. (またはMuhammad Riyad)は近所の人たちに特に目立っているとは認識されておらず、パン屋で実習中で、見習いとして本格的に就職する展望が開けていたので、「なぜ急に過激になったのか」と彼を世話していた青少年扶助の担当者たちは戸惑っており、バイエルン州厚生相エミリア・ミュラーも詳細な分析を求めています。

彼がテロなどの目的で素性を偽ってドイツに入国し、今まで大人しく馴染んだふりをしていたのか、それともドイツに来てから不慣れな環境で不安定になり、ISISに感化されて過激化したのか、後者ならなぜ素性を偽っていたのか、と疑問は尽きませんが、今のところすべて不明です。

この事件のような単独犯による大した計画性もないいわゆるローレベルテロあるいはローコストテロを未然に防ぐのは、いくらテロ対策を強化したところで不可能でしょう。組織的な犯行で、入念な計画があり、大掛かりな物資を調達しているような場合は前以て発覚することもあるでしょうけど。フランスで最近起こったテロに関しては、フランスの格差社会・差別社会が問題の根底にあり、チャンスのない若いムスリムたちが過激化するという経緯も見られますが、そのパターンは今回のヴュルツブルク事件の犯人にはどうも当てはまりません。正式なパンや見習の展望があったということですから、難民にしてはかなりの好待遇です。保護者なしの未成年難民だということでかなり集中的に扶助が受けられたということもあるでしょうが、通常ならば語学コースを受けられるようになるまでも人手不足のために時間がかかり、それから職を探しても言葉の壁にぶつかって、まともな職に就くチャンスは残念ながらかなり低いです。なので、希望を持ってドイツに来たはずなのに、待っていた現実は余りにも厳しかったということで、そのフラストレーションが過激化という形で昇華されるならまだそれなりに理解可能なのですが、Rias A.の場合は一見前途洋々なので、それなのに凶行に及んだという事実が言い知れぬ不気味さを醸しだしているように思います。やはり偽装難民だったという方が納得がいくくらいです。

参照記事:
ツァイト・オンライン、2016.07.18、「襲撃者は最近自分で過激化した
ZDFホイテ、2016.07.19、「アルトマイヤー:ビデオは十中八九本物


書評:海棠尊著、『モルフェウスの領域』(角川文庫)

2016年07月18日 | 書評ー小説:作者カ行

フェースブックのリマインダー機能で知らされましたが、ちょうど3年前に『モルフェウスの領域』読みました。当時の感想をこちらに転載します。

テーマはコールド・スリープ(人工凍眠)。凍眠期間は最長5年に設定されているとはいえ、人間は記憶の連続に基づいてその人格を形成しているので、5年の空白は決して小さくない。物語の中心に据えられている凍眠八則によれば、凍眠選択者は凍眠中は公民権・市民権を一時保留され、覚醒後は一ヶ月以内に以前の自分と連続した生活か他人としての新たな生活かを選択しなければならない。以前と連続性を持つ属性に復帰した場合は凍眠事実の社会公開、別属性を選択した場合は以前の属性は凍眠開始時に遡って死亡宣告されることになっている。
法的にも倫理的にも哲学的にも実に難しい問題を内包していると感心してしまった。
物語は、両眼失明の危機を前に、特効薬の認可を待つために凍眠を選択した少年と彼の凍眠中のメンテをする女性を主人公に展開していく切ない片思いの話のようでもある。

 

『モルフェウスの領域』は『ナイチンゲールの沈黙』と『医者のたまご』に登場する佐々木アツシの年齢的矛盾を解消するために描かれたストーリーです。これの続編は『アクアマリンの神殿』。それぞれ独立した話なので単独で読んでも差仕えありませんが、全て読んでいればより深く理解することが可能になります。

アツシは9歳で凍眠し、14歳で目覚めます。本人に眠っていたという実感があまりないので、急に5年分タイムスリップした感じで、覚醒後の混乱は免れません。しかも不幸なことに彼の凍眠して1年後に両親が離婚してしまい、どちらも彼の引き取りを拒否してしまったので、その衝撃は余計に大きく、気の毒な限りです。

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書評:海棠尊著、『新装版 ナイチンゲールの沈黙』(宝島社文庫)

書評:海棠尊著、『ランクA病院の愉悦』(新潮文庫)

書評:海棠尊著、『アクアマリンの神殿』(角川文庫)


レビュー:一条ゆかり著、『正しい恋愛のススメ』全5巻(クイーンズコミックス)

2016年07月15日 | マンガレビュー

『正しい恋愛のススメ』の初版発行は1996-1998年で、古い作品ですが、これもとっても面白かったです。

主人公はパワフルで一風変わった思考回路を持つ女子高生・小泉美穂。黙っていればかなりかわいい女の子だけど、恥じらいもなくずけずけと口に出してしまうところが玉に瑕、というキャラ。彼氏の竹田博明はかなりの美少年だけど、「だるい男」。美穂とも彼女の押しに負けて断るのが面倒だから付き合いだしたという、年の割に冷めていて、ちょっと退屈している男の子。そんな彼に、見かけは優等生だけど随分意味深な同級生・護国寺洸から「出張ホスト」のバイトを持ち掛けられます。最初は怪我した彼の代理として。「寂しい女に愛情を売るのが仕事。体はオプション」と言われて、博明は依頼者の好みに合わせて自分を演出することに興味を示し、本格的にそのバイトを始めます。その過程で紹介されたのがバイト先の店長(ホモ)の元妻で、現在は彼の上客となっている玲子さん(39)。彼女は美人で、年齢を感じさせないかっこいい大人の女(職業作家)。博明は彼女に段々惹かれていき、「欲情」を感じていることに気付いて戸惑ったり、初心な感じがかわいい。

ただ、この玲子さんは実は博明の彼女・美穂の母親でした。玲子も娘の彼と分かった後も気に入っている博明との関係を止められず、博明は玲子の指示通りそのまま美穂と付き合い続けるのだけど、美穂は彼が誰かに恋をしていることを敏感に感じ取って…という母娘で争う三角関係の話なんですが、美穂のキャラのせいでかなりコミカルになっています。博明は相当悩み苦しむのですが… 美穂はかなり後まで母親が恋敵とは知らないままでした。なんというか、すごくすっ飛んでて強い女の子。「最後に笑う女」という影の呼び名(by護国寺)に相応しいキャラです。結局、玲子と博明はお別れ旅行で気持ちの区切りをつけて別れます(その旅行中に美穂とその親友にばったり出くわし、全てばれてしまうのですが)。美穂は英作文が認められてイギリス留学の誘いが来たので、母・玲子に慰謝料として留学資金を請求(つえー!)。父とばれてしまった原田とともに渡英します。

なんとなく美穂のパワフルなノリは有閑倶楽部の有理を思い出させますね。有理の方がもっとハチャメチャで、恋愛方向はからっきしでしたが。

どこらへんが【正しい】恋愛なのかよく分かりませんが、楽しい恋愛をしたくなるような作品でした。

ちなみに本編は1-4巻で、5巻は番外編のみが収録されています。


レビュー:一条ゆかり著、『砂の城』全7巻(リボンマスコットコミックス)

レビュー:一条ゆかり著、『天使のツラノカワ』全5巻(クイーンズコミックス)


レビュー:一条ゆかり著、『砂の城』全7巻(リボンマスコットコミックス)

2016年07月15日 | マンガレビュー

『砂の城』は随分古い作品です。初版発行はなんと1979年-1982年。私はその頃はまだガキンチョで、少女漫画は『なかよし』に掲載されているようなもの、あとは『ドラえもん』なんかを読んでた時期で、『砂の城』が理解できるような年齢ではありませんでしたが…

私がゲットしたのは電子書籍です。紙書籍の方はもう手に入らないのではないでしょうか?

さて、この『砂の城』ですが、読んで楽しいものではありません。どちらかと言うと泣いちゃう感じです。スタートがまずかなり不幸です。

フランスの富豪ローム家に生まれたナタリーは、屋敷の前に捨てられていたフランシスと兄妹のように育てられ、結婚を誓い合います。ナタリーの両親は二人の関係を温かく見守っていたのですが、唐突に飛行機事故で亡くなってしまいます。叔母がナタリーの後見を引き受けますが、二人の結婚には反対。二人は追い詰められて海に身を投げます。ナタリーは運よく助かりますが、フランシスは発見されず、死んだと思われていました。それから数年後。童話作家としてそれなりに活躍するようになったナタリーはフランシス目撃情報のあったとある島へ行き、彼と再会しますが、再会したその瞬間に彼は交通事故に遭い、かなり危険な状態で病院に運ばれます。しばらくして金髪の美しい奥さんが現れます。彼は記憶喪失になっていて、命の恩人である彼女と結婚し、一児の父となっていました。結局フランシスは記憶を取り戻し、ナタリーを認識し、戻れないことを明らかにして彼女を追い返そうとしますが、傷が酷くてそのまま亡くなります。フランシスの奥さんも後追い自殺。あとに残されたマルコ(4)は金髪であることを除けばフランシスにそっくり。引き取り手のない彼をナタリーは引き取ることにしますが、その際彼の名前はマルコではなく、フランシスだと教え込みます。こうして二人の生活が始まるわけですが、フランシス・ジュニアはママが恋しい年齢ですし、ナタリーは自分の思い人を奪ったその金髪女性が許せないので、ついジュニアにつらく当たってしまったり。だけど昔の恋人(父)にそっくりのジュニアに愛情もあり…とかなり葛藤します。

2・3巻はフランシス・ジュニアの学園生活が主に描かれています。彼の天使のようなキャラに癒されてしまう複雑な事情を持つ上級生たちや一緒にやんちゃをやる同級生たちなどが登場し、割と青春っぽく話が進んでいきます。フランシスは「ナタリーを守るのは自分」と思い、彼なりに一生懸命男を磨いていきます。同級生の妹でかわいいと評判のミルフィーヌはフランシスに夢中になり、彼女の両親は正式にお付き合いを…とナタリーに話を持ち掛けて、彼女はすごく複雑な心境。フランシスとミルフィーヌを見ているのがつらくなってきたその時、アメリカで彼女の童話が海外部門で賞を取り、スポンサーからアメリカに招待されたので、彼女は逃げるように渡米してしまいます。4・5巻はナタリーのアメリカでの生活を中心に物語が進行します。スポンサーのジェフと友人以上にはなれないナタリー。ジェフが奥さんと仲直りしたのを機に、ナタリーはフランスへ帰国して、18になったフランシスと再会。フランシス父とそっくりの彼を見て、また複雑な思いをするナタリー。6巻でついにナタリーは自分のフランシス・ジュニアに対する気持ちを認め、二人は晴れて恋人同士に。だけど、ミルフィーヌがフランシスを諦めきれずにかなり色々やらかしてくれて、フランシス・ジュニアも彼女に恋情は抱けなくても少なくとも妹のように大事に思っているので無碍にもできず、その優柔不断な態度でナタリーを不安にさせ、流産をきっかけについに心を壊してしまいます。フランシスが出かけている間、彼を探して雨の中待っていたナタリーは肺炎になり、意識が戻った時は正気に返っていたけど、それが最後の夜になってしまいます。フランシス・ジュニアを抱きしめながら「愛している」と繰り返して、亡くなります。本人は愛する人に抱かれ、諦めていた恋を成就することができてそれなりに幸せを感じつつ短い人生を閉じてしまうのですが、彼女はもうちょっと幸せになっても良かったのでは?!と思ってしまうのは私だけではないでしょう。ナタリーは不幸な過去のせいでかなり精神的なもろさを持った女性なので、若いフランシス・ジュニアには荷が重かったのかも知れません。本来博愛的にやさしい子だというのが災いしたというか。

『砂の城』は最近の少女漫画にはほとんど見られない悲劇的名作だと思います。あまり何度も読み返したいとは思いませんが… やはり私はハッピーエンドの方が好き。


レビュー:一条ゆかり著、『天使のツラノカワ』全5巻(クイーンズコミックス)

 


レビュー:一条ゆかり著、『天使のツラノカワ』全5巻(クイーンズコミックス)

2016年07月15日 | マンガレビュー

この頃一条ゆかりの漫画に凝ってます。彼女の作品は大昔に『有閑倶楽部』を読んだくらいだったのですが、そちらも最近全巻電子書籍でゲットしました。ただ長々続くので、レビュー書きづらくてそのまま放置。

この『天使のツラノカワ』は2000年-2002年に初版発行なので、『有閑倶楽部』よりは新しめですが、やっぱり古いですね。だけど笑えました。

主人公の篠原美花は牧師を父に持ち、神戸の教会で純粋培養された敬虔なクリスチャンですが、里帰りから東京へ戻り、幼馴染兼彼氏のアパートにお土産を持って行った時に浮気現場に遭遇し、思いっきり失恋。そのショックでフラフラしていたら転んで足をねんざ。病院に行って治療してもらった後自分のアパートに戻ると、そこは空き巣に荒らされた後だった…という不幸3連発に合って、やさぐれてしまいます。通帳も盗まれ、口座もあらされてしまっていたので所持金数千円でかなり切羽詰っているところに出会ったのが小説家で遊び人の龍生とバイトの達人・紫生。美花の彼の浮気相手だった魔性の女・沙羅は実は龍生の姪で、彼に報われない恋をしている欲求不満から手あたり次第に人の彼氏にちょっかいを出すしょーもない女。紫生と美花はひょんないきさつから知り合い所有の一軒家で同居することになります。この3人との出会いは美花の世界を一変させますが、逆にその3人の方も美花の純粋・天然ボケ・クリスチャンパワーに振り回されつつも、徐々にいい方に変わっていきます。一番可笑しいのはもちろん主人公のボケ具合ですが、遊び人である筈の三十路の男・龍生が美花に惹かれ、彼女と世間公認の仲になっても彼女を落とせない(セックスできない)ことに焦り、彼女が無自覚に惹かれているっぽい紫生にみっともなく嫉妬してしまい、そして本人も自分の変わり果てた姿に動揺するところなどは見ものです。紫生も徐々に美花に惹かれていきますが、漸く夢中になれるもの・演劇を発見し、そちらに情熱を傾けて男として成長していきます。沙羅は叔父・龍生を卒業し、家を出て紫生と美花の住む家に転がり込み、モデルとして自立し始めます。沙羅の方もだんだん素直になっていくのがほほえましいです。龍生も美花と過ごすうちに書く楽しさを思い出し、5年ぶりに小説を書くまでに癒されます。大筋だけ見ると割と真面目というか、結構深刻な過去があったりとか、こじらせた人間関係とかでドロドロしそうなんですが、美花のぼけたクリスチャンパワーでそういうものをみんなふっ飛ばして、全てコミカルになってしまうところが凄いなと思った次第です。


書評:海棠尊著、『アクアマリンの神殿』(角川文庫)

2016年07月14日 | 書評ー小説:作者カ行

『アクアマリンの神殿』は『ナイチンゲールの沈黙』で5歳のレティノブラストーマ(網膜芽腫)患者として登場した佐々木アツシの中高時代を描いた物語で、『モルフェウスの領域』の続編ですが、もちろん単独でも読めるようになっています。

『アクアマリンの神殿』でアツシは過去を隠し、平凡な振りをして桜宮学園で楽しい学生生活を送ってます。部活はボクシング部で、「シャドウ王子」の異名もあります。一方で未来医学探究センターに独りきりで暮らしながら、オンディーヌと彼が呼ぶ凍眠中の女性のシステム管理の仕事をしています。『モルフェウスの領域』を読んだ人ならこの女性が誰で、なぜアツシが彼女の世話をしているのか知っているわけですが、読んでない人にとってはこの謎は物語の後半に徐々に明かされていくことになります。前半はアツシの青春物語と言っていいほど、ユーモアたっぷりに学生生活が描かれていて、思わずぷっと吹き出してしまう場面も少なくありません。

オンディーヌの目覚めが近づいてくると、アツシはスリーパーの人権と将来に関わる重大な決断を上司(?)である西野に迫られます。スリーパーの記憶を抹消し、新人格を形成する『リバース・ヒポカンパス』を使用するか(この場合、前人格は凍眠前に遡って死亡したことにし、新戸籍が作成される)、それとも元の人格を維持するか。後者の場合は凍眠の事実を公開しなければならないことになっています。彼女は凍眠する前にこの選択に関する決断をビデオに収めていたのですが、「佐々木アツシ問題が解決していたら新人格、解決していなければ前人格」という条件付だったので、「佐々木アツシ問題とは何か」を探る必要が出てきます。そしてその問題が解決したのか否かの判断も。スリーパーに関する法整備の不備を考えるというかなり高度な問題がここで突きつけられていますが、アツシは同級生の麻生夏美やマサチューセッツのゲーム理論の第一人者であるシンイチロウの助言を聞きつつ、真摯に自分の気持ちにも向き合い、この倫理的に高度な問題を解きます。

敗退した上司西野の提案に従い、アツシは東城大医学部へ飛び級モデル1号として進学し、レティノブラストーマ(網膜芽腫)の研究をする決意をします。こうして話は『医者のたまご』へと続きます。

時系列順だと『ナイチンゲールの沈黙』→『モルフェウスの領域』→『アクアマリンの神殿』→『医者のたまご』ですが、発表順は『ナイチンゲールの沈黙』→『医者のたまご』が先になっています。『医者のたまご』に登場する佐々木アツシの年齢的矛盾が発覚し、その矛盾を解消するために『モルフェウスの領域』で5年間凍眠という設定を急遽盛り込むことになったそうです。海棠・桜宮ワールドの年表に整合性を持たせるために2作書いてしまう作者のパワーには恐れ入るばかりです。

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書評:海棠尊著、『新装版 ナイチンゲールの沈黙』(宝島社文庫)

書評:海棠尊著、『ランクA病院の愉悦』(新潮文庫)


書評:有川浩著、『フリーター、家を買う』(幻冬舎文庫)

2016年07月12日 | 書評ー小説:作者ア行

『フリーター、家を買う』は長編と言うほどでもありませんが、380pを超える力作です。

母の病気(うつ病などの複合的な精神病)をきっかけに心を入れ替えて、肉体労働のバイトをしつつ就活をするヘタレ25歳の武誠治(たけ・せいじ)。嫁ぎ先からわざわざ休暇を取って戻って来た姉の亜矢子が父の母の病気に対する理解の無さにブチ切れ、長年の恨みとばかりにケンカしてしまうのに対して、弟の誠治は今迄母がいかに苦しんでいたか気が付かず、理解のない父と同様に母を追い詰めてしまったことに深い罪悪感を抱き、父と共に母を支えようとします。その際に父と衝突もするが母を安心させるため我慢することを覚えます。母のストレスの原因は近所の人からのいじめでした。もとはといえば酒癖の悪い父が町内の飲み会で飲んだくれたこととその場で社宅の家賃の安さを自慢(?)したことに始まるらしい。母の病気を治するには引っ越すしかない、と言われていたので、「家を買う」が誠治の最終目標となります。そこに向けて就職し、お金を貯めます。実際に家を買ってローンを組むのは誠治に辛抱強く説得された父親ですが、頭金の一部は誠治が出します。

テーマは暗いかもしれませんが、暗いだけではない、希望に満ちた成長物語であり、同じような境遇にある人たちへの応援歌でもあるように感じます。

また、ぎすぎすした親子関係を修復していく過程も勉強になります。私はどちらかと言うとこの作品に登場する姉の亜矢子のようにブチ切れてしまう方なので、誠治の不器用ながらも誠実で思いやりのあるアプローチは見習いたいですね。

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書評:有川浩著、『レインツリーの国 World of Delight』(角川文庫)

書評:有川浩著、『ストーリー・セラー』(幻冬舎文庫)

書評:有川浩著、自衛隊3部作『塩の街』、『空の中』、『海の底』(角川文庫)

書評:有川浩著、『クジラの彼』(角川文庫)

書評:有川浩著、『植物図鑑』(幻冬舎文庫)

書評:有川浩著、『ラブコメ今昔』(角川文庫)

書評:有川浩著、『県庁おもてなし課』(角川文庫)

書評:有川浩著、『空飛ぶ広報室』(幻冬舎文庫)

書評:有川浩著、『阪急電車』(幻冬舎文庫)

書評:有川浩著、『三匹のおっさん』(文春文庫)&『三匹のおっさん ふたたび』(講談社文庫)

書評:有川浩著、『ヒア・カムズ・ザ・サン』(新潮文庫)

書評:有川浩著、『シアター!』&『シアター!2』(メディアワークス文庫)

書評:有川浩著、『キケン』(新潮文庫)