『認知と言語 日本語の世界・英語の世界』(開拓社、2016/10/21)は、タイトルからも察せられるように、認知の仕方の違いがどのように言語に現れるのかについて、日本語と英語の例を元に説明するものです。
「ことば」は言語話者のモノや出来事の捉え方を反映しています。日本語話者は出来事を「見え」のまま認識するのに対して、英語話者は出来事をメタ認知的に捉える認識であり、このために世界の切り取り方が異なっています。本書ではこの認識の違いが日英語の言語的特徴に表れていることを具体的な事例を挙げて述べ、認知的側面から『日本語の世界』「英語の世界」の本質を明らかにします。
目次
はじめに
第1章 認知文法からのアプローチ
1.1 認知文法の言語観
1.2 日英語話者の出来事認識の違いと言語表現
1.3 まとめ
第2章 空間認識と言語表現
2.1 英語の不定詞と動名詞
2.2 英語の現在完了の本質
2.3 日本語の「た」の意味
2.4 英語の現在時制と過去時制
2.5 日英語話者の能動・受動の感覚の違いと言語表現
第3章 視点と言語化
3.1 日英語における冠詞の発達の有無
3.2 日英語話者の集合の認識の違いと日本語の類別詞の発達
3.3 日英語の二重目的語構文
3.4 日本語の助詞「の」と英語のNP's/the N of NP
3.5 日本語の「行く」/「来る」と英語の 'go' / 'come'
第4章 概念空間と出来事の認知処理と言語化
4.1 日英語の移動表現
4.2 日本語の「Vテイル」と英語の進行形(be V-ing)
4.3 英語の存在表現
あとがき
本書の根本的命題は、日本語話者は知覚と認識が融合した「場面内視点」で出来事を言語化することを習慣としているのに対して、英語話者は知覚と認識を分離し、メタ認知処理をする「場面外視点」で出来事を言語化することを習慣としているということです。
この根本的な認知の相違から、様々な文法現象の相違が生まれているということをいくつかの例によって示そうとしています。
日本語では、話者自身が知覚した通りの順番で言語化していくので、主語はほとんど不要だし、出来事や状況をまず全体として捉え、「数える」という認知操作を経て初めて、その中に含まれる個体を認識するため、複数形が発達しておらず、参照点として類別詞(一般に助数詞)を用いる。
英語では話者は知覚した物事を自分の視点ではなく、いわば状況全体を俯瞰するような鳥観図的フレームに落とし込んで認識してから言語化するため、聞き手の視点を取り込むことが可能で、聞き手にとって未知なのか既知または特定可能なのかによって無冠詞・不定冠詞・定冠詞を使い分ける。また集合の認識では個体の境界が認識できるかどうかで加算・不可算を分類し、なんとなく包括的に認識するのではなく、全体を構成する個(Figure)にフォーカスして認識するため、複数形が発達している。
両者の違いは住所の様式の違いに最もよく表れている。
日本語では(国)都道府県市町村番地のように大きな単位から小さな単位の順番で述べられ、最後に人名または会社名が来るので、いわば〈ズームイン〉の視点の動き。
英語ではまず人名または会社名といった個(Figure)が来て、その後に通り名番地、都市、州、国と単位の大きい背景(Background)の方へと視点が〈ズームアウト〉する。
個々の文法現象を別個に取り上げるのではなく、共通の認知原理によってほぼすべてを説明できるのは、理論として実に美しい。
本書を読みながら、英語とドイツ語の違いについても考えを巡らせていました。この説明モデルを当てはめてみると、ドイツ語には英語よりも「場面内視点」が多く、それが語順にも現れているが、日本語と比べれば「場面外視点」が優勢と言えます。