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書評:松岡圭祐著、『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 III クローズド・サークル』(角川文庫)

2022年03月07日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行

売れないラノベ新人作家・杉浦李奈が事件に何らかの形で関わり、それについてノンフィクションを書くために調査して、真相を明らかにするというシリーズ『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論』ですが、その第3弾はパターンが変わり、アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』風の事件の真っただ中に杉浦李奈が放り込まれ、クローズド・サークルを生き残って真相究明する本格ミステリーです。

彗星のごとく現れた人気作家・櫻木沙友里を発掘し、独占し続ける中堅出版社の爽籟社の文芸編集者・榎嶋裕也が後続作家の公募を打ち、李奈と彼女の友人坂・那覇優佳を含む8人が最終選考に残ります。
彼女たちは瀬戸内海のリゾートアイランド汐先島に招待されます。オフシーズンのため、高級宿泊施設を含む島ごと三日間貸し切り、祝賀会と今後の説明かいがあるという話です。宿泊施設の名前は「クローズド・サークル」。
名前を聞いただけで「ひとりずつ殺されちゃうかも」と連想するような設定です。というのも「クローズド・サークル」はミステリー用語で何らかの事情で外界との往来が断たれた状況、あるいはそうした状況下でおこる事件を扱った作品を指すからです。

実際、汐先島には住民がおらず、招待された小説家たちは貸切クルーザーで島に運ばれ、3日後に迎えの船が来るまで島を出られない状況です。
そして最初の晩にアレルギーのためにみんなとは違うカレースープを食べた榎嶋裕也が突然身体を痙攣させ、額に汗をにじませ、のけぞって激しく嘔吐した後、椅子ごとばったりと後方に倒れる。最初の死者。島に群生するトリカブトの根がスープに入れられていたようだった。

その場に姿を現していなかったのは、島で写真集のための写真撮影をする予定だった売れっ子作家の櫻木沙友里のみ。
彼女と榎嶋の関係はこじれていたらしく、「後続作家」たちが集められたことにへそを曲げて、李奈たちが島に到着する前から姿が見えなくなっていた。

スマホは圏外、固定電話や無線LANなどが使えない。壁の保安器のようなものがこわされ、配線が根こそぎ引きちぎられていたからだった。榎嶋の死を通報することもできないまま、死体をとりあえず物置に安置し、それぞれの自室に戻ると、会った時に交換し合ったサイン入り自著が部屋からなくなっていた。

途方に暮れる彼らは、それぞれの部屋にあったタブレット端末の中にあったメッセージに従い、翌朝7時を待って画面を観、指示された場所に向かいますが、そこに待ち受けていたものは?

その後、新たな死人は出ないものの消息不明になってしまうので、否応なしに緊張感が高まっていきます。
ホテルの外で野宿しているらしい櫻木沙友里から郵便受けに短編小説を書けという謎の課題が出されたりして、訳の分からない展開になります。
さて、真相は?

本作品は意外な転換が2段構えになっているので、最後の最後まで油断できないストーリー展開の秀逸なミステリーであると同時に、出版業界の裏側・内部事情をKADOKAWAや新潮社など実名出しで(ある程度のデフォルメはしてあるものの)暴露する暴露本的面白さもあり、売れない作家たちの苦悩を深掘りし、なぜ、何のために小説を書き続けるのかを問う作品でもあります。
自分の作風を維持するのか、ブームが起きるとどの出版社も編集者もそのブームに乗るような類似作品を求めるようになるのを受け入れて、言われるままに求められるようなものを書くのか、創作と生活のためにお金を稼ぐ必要があることの葛藤がそこに浮き彫りにされています。

ラノベ推理作家の李奈は今回もまた少し成長します。彼女が次に書く小説はどんな作品になるのか楽しみです。



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