徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

ドイツ:ホームレス増加~2018年度は約120万人

2019年02月14日 | 社会

景気のいい話題の多いドイツにおける悲しい統計が、貧困率やホームレスに関する統計です。BAGWの最新の予想によれば、2018年のホームレス数は120万人にのぼることになるようです。


ホームレスとは賃貸契約などによって確保された独自の住居がない状態を指し、避難施設や保護施設、あるいは親戚・友人・知人などの家に居候している状態もホームレスに含まれます。路上生活者はホームレスのごく一部に過ぎません。


ホームレスに関しては公式の全国統計がなく、唯一のまとまった推定統計は連邦研究会ホームレス支援協会(BAGW)によるものです。全国統計がないのは政治的理由によるものと見られ、ホームレスなどを対象とした福祉は州およびその下の自治体の管轄であり、連邦政府による政策は不要であるというのがこれまでの政府の姿勢でした。もし公式な全国統計を取るようになれば問題が可視化されてしまい、なんらかの政治的対応を迫られることになるため、わざと様々な理由をつけて全国統計を取らないようにしていると考えられます。しかし最近では少なくとも大都市においては少しずつ政治的姿勢に変化が見られ、例えばハンブルクでは路上生活者の統計を取るようになり、現在約2000人いると公表しています。また、ベルリンは現状把握のためにそうした統計を取ることを計画しているらしいです。


現在統計として出ている最新のものは2016年度のもので、そこには新たに難民がカウントされています。それによればホームレスは約86万人おり、うち44万人が難民認定を受けた人たちだそうです。また、路上生活者は約52,000人で、2014年の39,000人から33%増加しています。


難民を除くホームレス42万人のうち約29万人(70%)が独身者、13万人(30%)がパートナーもしくは子どもと同居。子どもおよび未成年者のホームレスは約32,000人(8%)。


性別で見ると成人男性が全体の73%を占め、女性は約27%の10万人と男性に比べればまだまだ少数ですが、2011年から3%ほど増加しています。


国籍で見ると、難民を除くホームレスの約12%(5万人)がEU域内出身者で、その多くが路上生活を強いられています。大都市では路上生活者の約半数がEU域内出身者のようです。就職活動に失敗し、ドイツ人でないために生活保護のような福祉が受けられずに路上生活になってしまっているようです。就職できなかったEU域内出身者に対して帰国までの支援金を1か月支給する制度があるのですが、知られていないかもしくは帰国したくないまたはできない事情があるのでしょう。


ホームレスが増加している背景として、まずは大量に流入してきて施設に収容されている難民が一緒にカウントされるようになったこともありますが、貧困率が全体的に上昇していること、同時に貧困リスク率(「マイルド貧困」とも言えるかもしれません)が上昇していること(2000年の11%から2016年の17%)、公営住宅が減少してきたこと、家賃の高騰なども見逃せないファクターです。


貧困リスク率の定義は「正味等価収入(Nettoäquivalenzeinkommen)」の60%以下の収入しか持たない人の全人口における割合です。正味等価収入の算出方法は複雑ですが、おおよそ一人当たりの標準的収入(可処分所得)と考えればいいと思います。


参照記事:


Zeit Online, 14,02.2019, "Bald könnte es 1,2 Millionen Menschen ohne Wohnung geben(近々ホームレスは120万人に)"


BAGW, "Zahl der Wohnungslosen(ホームレス統計)


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ドイツ:貧富の格差はヨーロッパ最大


ドイツ:持たざる者ほど多い税等負担~ベルテルスマン財団調査


ドイツ:最新貧困統計(2016年度)


ドイツ:5人に1人の子供が継続的に貧困 ベルテルスマン財団調査報告(2017年10月23日)


ドイツ社会のスケープゴートの変遷~長期失業者から難民へ


ドイツ:難民の就業状況(2018年7月)


書評:アガサ・クリスティー(Agatha Christie)著、『Croocked House(ねじれた家)』(HarperCollins)

2019年02月11日 | 書評ー小説:作者カ行

『Croocked House(ねじれた家)』(1949)はポワロシリーズにもミス・マープルシリーズにも属さない作品です。前書きによると作者自身が最高傑作の一つと見なしている作品のようです。

レストランやショップなどの経営で大金持ちになったギリシャ系老人Aristide Leonidesが毒殺されます。語り手はスコットランドヤードの副総監の息子にして殺人被害者の孫娘Sophia Leonidesの恋人であるCharles Hayward。チャールズは外交官で、探偵ではないのでいろいろと振り回されているだけです。事件を担当するタヴァナー主任警部による捜査もあまりぱっとしません。

作品のタイトルはマザーグースの詩からの引用で、詩自体も作品中で引用されています(カッコ内は拙訳)。

There was a crooked man and he went a crooked mile.(ねじれた男がおりました。彼はねじれた道を行きました。)
He found a crooked sixpence beside a crooked stile.(彼はねじれた踏み段の横でねじれた6ペンスを見つけました。)
He had a crooked cat which caught a crooked mouse,(彼はねじれたネズミを捕まえるねじれた猫を飼っていました。)
And they all lived together in a little crooked house.(そして彼らはみな一緒に小さなねじれた家に住んでいました。)

 レオニデス家の屋敷は「小さい」わけではなく、むしろかなり大きいのですが、建築様式が変わっており、Three Gables(三つの切妻屋根)と呼ばれているものの実際には5つあるらしく、「ねじれた家」と呼ぶにふさわしい形状のようです。

そしてそこに住む人たちの心も関係もどこかねじれているという感じです。アリスタイドの若き後妻Brenda、彼の最初の妻の姉Edith de Haviland、長男Rogerとその妻Clemency、次男Philipとその妻Magdaおよびその子どもたちソフィア、ユースティス、ジョゼフィン、家政婦のナニ―、ユースティスとジョゼフィンの家庭教師Lawrence Brownがその家の住人で、ブレンダとローレンスが不倫の関係にあると疑われ、アリスタイド毒殺の最有力容疑者と見られてましたが、最初からそう見られていたということは真犯人は別にいるということですけど、逮捕されてしまう気の毒な人たちです。

ジョゼフィンは探偵ごっこが好きで、あちこちで盗み聞きをして何でも知っていると自己主張するので、チャールズは随分振り回されます。彼の心配とジョゼフィンの全然言うことを聞かない生意気なやり取りがおもしろいです。

ブレンダとローレンスが逮捕された後、ジョゼフィンが殺されかけ、また彼女が退院してから彼女のココアに入っていた毒で彼女の代わりにナニーが亡くなってしまいます。さて真犯人は?

この作品は犯人が死んで終わるパターンですが、自殺ではないところが犯人像も含めてこの作品独特の「ひねり」と言えるのではないでしょうか。

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書評:アガサ・クリスティー(Agatha Christie)著、『And Then There Were None(そして誰もいなくなった)』(HarperCollins)

書評:アガサ・クリスティー(Agatha Christie)著、『Endless Night(終わりなき夜に生まれつく)』(HarperCollins)

ポワロシリーズ

書評:アガサ・クリスティー(Agatha Christie)著、『Murder on the Orient Express(オリエント急行殺人事件)』(HarperCollins)

書評:アガサ・クリスティー(Agatha Christie)著、『The ABC Murders(ABC殺人事件)』(HarperCollins)

書評:アガサ・クリスティー(Agatha Christie)著、『Murder in Mesopotamia(メソポタミアの殺人)』(HarperCollins)

書評:アガサ・クリスティー(Agatha Christie)著、『After the Funeral(葬儀を終えて)』(HarperCollins)

ミス・マープルシリーズ

書評:アガサ・クリスティー(Agatha Christie)著、『The Mirror Crack'd From Side To Side(鏡は横にひび割れて)』(HarperCollins)

書評:アガサ・クリスティー(Agatha Christie)著、『Sleeping Murder』(HarperCollins)


ワイマール共和国100周年(2019年2月6日)

2019年02月09日 | 歴史・文化

3日前、2月6日にワイマール国立劇場でワイマール共和国(Weimarer Republik)の国民議会(Weimarer Nationalversammlung)開会100周年記念祝典が行われました。

1919年2月6日に選出されたばかりの国会議員たち423名(女性含む)がワイマール国立劇場に集まり、有名なワイマール憲法の制定に着手しました。ワイマール共和国は、第一次世界大戦での敗戦を受け、1918年に革命がおこり、ドイツ史上初の議会制民主主義体制(Parlamentarische Demokratie)として発足しました。なぜベルリンではなくゲーテやシラーの活躍した場所として知られ、歴史あるとはいえ、たかが地方の小都市であったワイマールで国民議会が開かれたのかと言えば、当時はドイツは崩壊直前にあり、各地で王政と腐敗の象徴であるベルリンから距離をとろうとする動きがあり、バイエルン州では社会主義者のクルト・アイスナー(Kurt Eisner)が「自由国バイエルン(Freistaat Bayern)」を宣言し、独自にアメリカと接触して停戦協定を締結しようとするなど、ベルリンの首都としての政治的権威が失墜していたからで、そんな中でドイツ文人を代表するゲーテとシラーの街であるワイマールはドイツ人を統一するのに象徴として適しており、また地理的にもチューリンゲン州はドイツ領土の中央に位置していたことから、新しい共和国の首都に選ばれたわけです。もちろん反対意見もありましたが、初代大統領のフリートリヒ・エバート(Friedrich Ebert、ドイツ社会民主党党首)がワイマールに固執し、その意志を押し通したとのことです。

ワイマール憲法(Weimarer Verfassung)は1919年7月31日に圧倒的多数の賛成で可決されました。この憲法によって男女平等(Gleichberechtigung von Männern und Frauen)、女性参政権(Frauenwahlrecht)が認められ、また国民主権(Volkssouveränität)、三権分立(Gewaltenteilung)が定められ、集会の自由や信仰の自由などの基本的人権(Grundrechte)が保証されることになりました。しかしこの若い民主主義は脆弱であり、ドイツに過酷な賠償金を課すベルサイユ条約に調印してしまったことで様々な政治勢力から恨みを買い、わずか14年後に民主主義的手段によって民主主義を廃止することになり、ナチス独裁政権に取って代わられてしまいます。このため、今日のドイツ共和国の憲法がワイマール憲法の精神を受け継いでいるにもかかわらず、ワイマールの歴史的評価は低いままでした。

しかし、100周年を機にワイマールの歴史的価値が見直され、民主主義とは「当たり前」ではなく、国民によって防衛されなければならないものであるという教訓を、右傾化が強まりつつある現在の社会においてこそ生かさなければならないという認識が広まってきています。

 

参照記事:

FAZ、06.02.2019、"Einst verdammt, jetzt gewürdigt(かつて蔑視され、今見直される)"

Zeit Online、06.02.2019、"Jede Generation muss wieder für Demokratie kämpfen(民主主義のためには各世代が各々戦う必要がある)"

Spiegel Online, 06.02.2019, "Warum Weimar?(なぜワイマールだったのか?)"

 

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書評:アガサ・クリスティー(Agatha Christie)著、『Sleeping Murder』(HarperCollins)

2019年02月09日 | 書評ー小説:作者カ行

ほぼ1年前にまとめ買いしたアガサ・クリスティーの本のうちの未読の本だった『Sleeping Murder』をようやく読みました。ずっと日本語の本ばっかり読んでいたので、久々のクリスティーの英語の世界に入っていくのに少々時間がかかりました。

この『Sleeping Murder』はミス・マープルの最後の事件であり、1940年頃に執筆され、クリスティー死後の1976年に出版された作品です。「回想の殺人」を扱った作品で、21歳の新妻Gwenda Reedが夫のGilesに先立ってニュージーランドからイギリスにわたり、家を探すところから始まります。彼女がDillmouthで「これだ」と思って買った家「Hillside(ヒルサイド荘)」が、彼女に妙な既視感を催させ、改装を進める中で古い作り付けの戸棚の中から彼女が思い描いていた通りの模様の壁紙が出てきたので、怖くなってロンドンに住む夫の従弟のRaymond Westのところに行きます。そこでウェスト夫妻とレイモンドの伯母のミス・マープルともに芝居『Duchess of Malfi(マルフィー公爵夫人)を見に行き、あるシーンで「Cover her face. Mine eyes dazzle, she died young …(女の顔をおおえ、目がくらむ、彼女は若くして死んだ)」というセリフを聞くと悲鳴を上げて劇場を飛び出してしまします。そのことがきっかけで絞殺されて家のホールに横たわっていたHelenという女性のことを思い出します。最初このヘレンが誰なのか分からなかったのですが、調べて行くうちにグエンダは子供の頃に父Kelvin HallidayとDillmouthに住んでいたことがあり、ヘレンはケルヴィンの再婚相手だったことが判明します。ヘレンが本当に殺されたのかどうか、ミス・マープルはこの未解決殺人(Sleeping Murder)を掘り返すのは危険なのでやめた方がいいと助言しますが、特に夫のジャイルズが自分たちの家でそういうことがあったのかどうか分からないままほっておくことができないと言い、過去のことを調べて行きます。ミス・マープルはいきがかり上彼らの調査に協力するというストーリーです。

18年前のことでも調べると意外と記憶している人が複数いて、ヘレンは殺されたのではなく、誰かと一緒に駆け落ちしたという噂があったとか、彼女となにがしかあった男性が3人浮上してきたり、いろいろと手繰り寄せられるところが興味深いですね。田舎ならではのことだと思わなくもないですが。そうして調べて行くうちに新たな殺人が起きて、貴重な証人が消されてしまい、その魔の手がグエンダにも及ぶクライマックスはドキドキしました。

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書評:アガサ・クリスティー(Agatha Christie)著、『And Then There Were None(そして誰もいなくなった)』(HarperCollins)

書評:アガサ・クリスティー(Agatha Christie)著、『Endless Night(終わりなき夜に生まれつく)』(HarperCollins)


ポワロシリーズ

書評:アガサ・クリスティー(Agatha Christie)著、『Murder on the Orient Express(オリエント急行殺人事件)』(HarperCollins)

書評:アガサ・クリスティー(Agatha Christie)著、『The ABC Murders(ABC殺人事件)』(HarperCollins)

書評:アガサ・クリスティー(Agatha Christie)著、『Murder in Mesopotamia(メソポタミアの殺人)』(HarperCollins)

書評:アガサ・クリスティー(Agatha Christie)著、『After the Funeral(葬儀を終えて)』(HarperCollins)

 

ミス・マープルシリーズ

書評:アガサ・クリスティー(Agatha Christie)著、『The Mirror Crack'd From Side To Side(鏡は横にひび割れて)』(HarperCollins)

書評:アガサ・クリスティー(Agatha Christie)著、『Sleeping Murder』(HarperCollins)


書評:デイビッド・セイン著、『ネイティブはこう使う! マンガでわかる形容詞・副詞』(西東社)

2019年02月05日 | 書評ー言語

期間限定で1冊199円になっていたので、思わずまとめ買いしてしまった『ネイティブはこう使う!』シリーズの第3弾、『形容詞・副詞』。日本語訳だけでは区別しづらい似たような形容詞や副詞が比較対照され、ニュアンスの違いがマンガや図解で分かりやすく説明されています。「sure」が主観で「certain」が客観的な根拠に基づいているとか、怒りの度合いが「irritated」「upset」「angry」「mad」「furious」の順に強くなるとか、「angry」まではどちらかというと内にこもっていてあからさまでないとか、「hardly」や「scarcely」と「ever」を組み合わせることで「never」に近い意味になるとか、私にとって興味深かったのはそのくらいで、後はまあ復習という感じでした。

【目次】
はじめに
登場人物紹介
本書の使い方
形容詞・副詞のビジュアル図解
PART1 基本の形容詞・副詞
PART2 身近な形容詞・副詞1
PART3 身近な形容詞・副詞2
PART4 できると思われる! 形容詞・副詞
形容詞・副詞の索引

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書評:デイビッド・セイン著、『ネイティブはこう使う!マンガでわかる時制・仮定法』(西東社)

書評:デイビッド・セイン著、『ネイティブはこう使う!マンガでわかる前置詞』(西東社)

書評:デイビッド・セイン著、『NGフレーズでわかる! 正しく伝わるビジネス英語450』(西東社)


書評:京極夏彦著、『魍魎の匣 全3巻』(電子百鬼夜行)~第49回日本推理作家協会賞受賞

2019年02月03日 | 書評ー小説:作者カ行

第49回日本推理作家協会賞受賞作品にして、文藝春秋の2012年『東西ミステリーベスト100』の第9位にランクインしている『魍魎の匣』。本当は金田一耕助シリーズのようにシリーズの最初から読んだ方がよかったのかもしれませんが、第1弾の『姑獲鳥の夏』をすっ飛ばしていきなり第2弾のこの作品を読んだので主要人物のキャラクターが掴みづらいということはあったかもしれません。横溝正史ワールドとはまた違ったおどろおどろしさで、出だしは純粋に怪談かと思いました。それがいきなり楠木頼子という中学生とその同級生の柚木加奈子のエピソードが頼子視点で語られ始めてかなり戸惑いました。彼女らは湖に行こうとして夜遅い時間に中央線武蔵小金井駅で電車を待っていましたが、電車が入って来た時に加奈子が線路へ転落してしまい、瀕死の重傷を負います。これが事件の発端でした。事件の目撃はしていなかったもののその場に居合わせてしまった刑事・木場修太郎は、いきがかり上頼子の事情聴取をし、加奈子が運ばれた病院に行き、そこに駆けつけてきた加奈子の姉という柚木陽子はなんと木場刑事がファンだった元女優・美波絹子で、彼女は「加奈子を死なせはしない」と応急処置終了後に知り合いのいる美馬坂医学研究所へ加奈子を転院させ、木場もそれについて行きます。

一方で連続(?)バラバラ殺人・死体遺棄事件が起こり、次々と切り取られた腕や脚が発見され、その真相を探りに三流雑誌の編集者・鳥口と小説家・関口巽が相模湖へ行き、収穫のないまま帰る途中で道に迷って木場が張っている医学研究所にぶつかってしまいます。一見全然関係なさそうですが、少女転落事故と連続バラバラ殺人事件になんらかの接点はある、と考えるのがまあ常道です。

ところどころに挿入されている奇妙な旧仮名遣いの文章も重要なピースであることには違いないのですが、なんの説明も前後の文脈もなくいきなり来るので、これもかなり戸惑います。のちにこれが久保竣公という新進幻想小説家の発表前の小説の一部であることが分かるのですが、かなり薄気味悪い代物です。

この他にもいろいろな伏線があちこちに散りばめられ、3巻を費やして回収されていくわけですが、長口舌で論理的にすべての謎を解きほぐすのが探偵でも科学者でもなく陰陽師・京極堂こと中禅寺昭彦という人物であることがこのシリーズ独特の味わいというか「ひねり」なのでしょう。この京極堂の友人である関口巽の役割というのがいまいち不明ですが、本人の言うように「巻き込まれて右往左往していただけ」みたいな感じなのに、木場刑事と面識があることで回りが何やら探偵的なイメージを彼に抱いてしまっているために新たに事件に巻き込まれる羽目になった、ということなのでしょうか。探偵小説にありがちな「刑事と探偵」のタッグで事件を解決するというパターンではなく、人物関係が少々入り組んでいて人数が多いのも変わっていますね。

ただ、怪しい人物はかなり早い段階で特定されてしまい、意外性と言えば美馬坂所長と柚木陽子の関係と柚木加奈子の出自、それから陽子の女優時代に付き人をしていて、その後もずっと一緒に暮らしていたという雨宮が行方不明になった事情とその後くらいでしょうか。面白くなかったわけではありませんが、推理小説としてはなんか違うような気がしないでもないです。むしろ人間の精神の闇と狂気との境目を「魍魎」という境界の存在と「箱(匣)」という譬えを使って浮き彫りにするための大掛かりな物語、という印象を受けます。

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書評:恩田陸著、『七月に流れる花』(講談社タイガ)

2019年02月01日 | 書評ー小説:作者ア行

『七月に流れる花』は『八月は冷たい城』と対を成す話で、夏流城(かなしろ)で緑色感冒に侵された肉親の死と向き合うための「林間学校」に参加する女子6人の物語ですが、転校してきたばかりで一切事情を知らないミチルという女の子の視点で描写されており、知らないことによる疎外感や不安や被害妄想が克明に表現されています。ミチルの父親が危篤状態となり、3度の鐘が鳴って、みんなでお地蔵様の前へ向かった時に、ようやくミチルにすべての事情が明かされます。

流れる花は「メメント・モリ(死を想え)」。緑色感冒で亡くなった人が男性なら白い花、女性なら赤い花がその人数分夏流城の水路に流されます。死者を悼む儀式としては「あり」だと思いますが、作中のようにその花たちを数えるのはちょっと悪趣味かもしれません。

読み終わって分かりましたが、読む順番を間違えました。『八月の冷たい城』を読んでしまった後だとミチル視点のミステリーがミステリーでなくなってしまうのです。彼女は緑色感冒のことも【夏の人】または【みどりおとこ】のことも、林間学校の意味も何も知らないわけですから。もう一つ参加者の女の子の一人が消えるというミステリーはありますけど、作品全体の面白さというかスリルみたいなものは『八月の冷たい城』の後だと半減してしまう気がします。

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三月・理瀬シリーズ

書評:恩田陸著、『三月は深き紅の淵を』(講談社文庫)

書評:恩田陸著、『麦の海に沈む果実』(講談社文庫)

書評:恩田陸著、『朝日のようにさわやかに』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『黒と茶の幻想』上・下巻(講談社文庫)

書評:恩田陸著、『黄昏の百合の骨』(講談社文庫)

関根家シリーズ

書評:恩田陸著、『Puzzle』(祥伝社文庫)

書評:恩田陸著、『六番目の小夜子』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『図書室の海』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『象と耳鳴り』(祥伝社文庫)

神原恵弥シリーズ

書評:恩田陸著、『Maze』&『クレオパトラの夢』(双葉文庫)

書評:恩田陸著、『ブラック・ベルベット』(双葉社)

連作

書評:恩田陸著、常野物語3部作『光の帝国』、『蒲公英草紙』、『エンド・ゲーム』(集英社e文庫)

書評:恩田陸著、『夜の底は柔らかな幻』上下 & 『終りなき夜に生れつく』(文春e-book)

学園もの

書評:恩田陸著、『ネバーランド』(集英社文庫)

書評:恩田陸著、『夜のピクニック』(新潮文庫)~第26回吉川英治文学新人賞受賞作品

書評:恩田陸著、『雪月花黙示録』(角川文庫)

劇脚本風・演劇関連

書評:恩田陸著、『チョコレートコスモス』(角川文庫)

書評:恩田陸著、『中庭の出来事』(新潮文庫)~第20回山本周五郎賞受賞作品

書評:恩田陸著、『木曜組曲』(徳間文庫)

書評:恩田陸著、『EPITAPH東京』(朝日文庫)

短編集

書評:恩田陸著、『図書室の海』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『朝日のようにさわやかに』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『私と踊って』(新潮文庫)

その他の小説

書評:恩田陸著、『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎単行本)~第156回直木賞受賞作品

書評:恩田陸著、『錆びた太陽』(朝日新聞出版)

書評:恩田陸著、『まひるの月を追いかけて』(文春文庫)

書評:恩田陸著、『ドミノ』(角川文庫)

書評:恩田陸著、『上と外』上・下巻(幻冬舎文庫)

書評:恩田陸著、『きのうの世界』上・下巻(講談社文庫)

書評:恩田陸著、『ネクロポリス』上・下巻(朝日文庫)

書評:恩田陸著、『劫尽童女』(光文社文庫)

書評:恩田陸著、『私の家では何も起こらない』(角川文庫)

書評:恩田陸著、『ユージニア』(角川文庫)

書評:恩田陸著、『不安な童話』(祥伝社文庫)

書評:恩田陸著、『ライオンハート』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『蛇行する川のほとり』(集英社文庫)

書評:恩田陸著、『ネジの回転 FEBRUARY MOMENT』上・下(集英社文庫)

書評:恩田陸著、『ブラザー・サン シスター・ムーン』(河出書房新社)

書評:恩田陸著、『球形の季節』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『夏の名残りの薔薇』(文春文庫)

書評:恩田陸著、『月の裏側』(幻冬舎文庫)

書評:恩田陸著、『夢違』(角川文庫)

書評:恩田陸著、『七月に流れる花』(講談社タイガ)

書評:恩田陸著、『八月は冷たい城』(講談社タイガ)

エッセイ

書評:恩田陸著、『酩酊混乱紀行 『恐怖の報酬』日記』(講談社文庫)

書評:恩田陸著、『小説以外』(新潮文庫)

書評:恩田陸著、『隅の風景』(新潮文庫)


書評:今野敏著、『欠落』(講談社文庫)

2019年02月01日 | 書評ー小説:作者カ行

『欠落』は『同期』の続編で、刑事・宇田川と、その同期で公安を表向き懲戒免職になり裏で潜入捜査をしているらしい蘇我に加えて、今回はもう一人の仲がのよかった同期の大石陽子が特殊犯捜査係に異動してきます。その彼女が立てこもり事件の身代わり人質として犯人に連れ去られ、気が気でない中、殺人・遺体遺棄事件があって宇田川も捜査本部に詰めることになります。実はどっちも公安マターだったというオチですが、今野敏の警察小説ならではのエンターテインメントが楽しめます。安定の面白さ。

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書評:今野敏著、『蓬莱 新装版』(講談社文庫)

書評:今野敏著、『イコン 新装版』講談社文庫

書評:今野敏著、『隠蔽捜査』(新潮文庫)~第27回吉川英治文学新人賞受賞作

書評:今野敏著、『果断―隠蔽捜査2―』(新潮文庫)~第61回日本推理作家協会賞+第21回山本周五郎賞受賞

書評:今野敏著、『疑心―隠蔽捜査3―』(新潮文庫)

書評:今野敏著、『初陣―隠蔽捜査3.5―』(新潮文庫)

書評:今野敏著、『転迷(隠蔽捜査4)』、『宰領(隠蔽捜査5)』、『自覚(隠蔽捜査5.5)』(新潮文庫)

書評:今野敏著、『去就―隠蔽捜査6―』&『棲月―隠蔽捜査7―』(新潮文庫)

書評:今野敏著、『廉恥』&『回帰』警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ(幻冬舎文庫)

書評:今野敏著、『ST 警視庁科学特捜班 エピソード1<新装版>』(講談社文庫)

書評:今野敏著、『ST 警視庁科学特捜班 毒物殺人<新装版>』(講談社文庫)

書評:今野敏著、『ST 警視庁科学特捜班 黒いモスクワ』(講談社文庫)

書評:今野敏著、『ST 警視庁科学特捜班 青の調査ファイル』(講談社文庫)

書評:今野敏著、『ST 警視庁科学特捜班 赤の調査ファイル』(講談社文庫)

書評:今野敏著、『ST 警視庁科学特捜班 黄の調査ファイル』(講談社文庫)

書評:今野敏著、『ST 警視庁科学特捜班 緑の調査ファイル』(講談社文庫)

書評:今野敏著、『ST 警視庁科学特捜班 黒の調査ファイル』(講談社文庫)

書評:今野敏著、『ST 警視庁科学特捜班 為朝伝説殺人ファイル』(講談社文庫)

書評:今野敏著、『ST 警視庁科学特捜班 桃太郎伝説殺人ファイル』(講談社文庫)

書評:今野敏著、『ST 警視庁科学特捜班 沖ノ島伝説殺人ファイル』(講談社文庫)

書評:今野敏著、『ST 警視庁科学特捜班 プロフェッション』(講談社文庫)

書評:今野敏著、『ST 警視庁科学特捜班 エピソード0 化合』(講談社文庫)

書評:今野敏著、『同期』(講談社文庫)