徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル12 悪魔の手毬唄』(角川文庫)

2018年10月30日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

『悪魔の手毬唄』(1957)は、岡山と兵庫の県境、四方を山に囲まれた鬼首村(おにこべむら)を舞台とする、その地域に伝わる手毬唄の歌詞通りに娘たちが殺されていく事件を描きます。岡山が舞台ですので、磯川警部が登場しますが、金田一耕助も磯川警部も休暇で鬼首村入りしていて、事件に遭遇するパターンです。

過去に起こった殺人事件と絡み合うという点では、『女王蜂』や『迷路荘の惨劇』と共通しますが、なにかに見立てて死体が異様な構図を取らされている殺人という点では、作品中でも言及されるように『獄門島』との類似性が高いです。

また、「鬼首村」という地名は『夜歩く』と共通しています。ただし、『夜歩く』の鬼首村は兵庫ではなく、鳥取県との県境にあるという設定ですし、描写される村の地形は全く違っています。恐らくその名前の持つおどろおどろしい語感が陰惨な事件の舞台として相応しいために使い回されたのではないかと思えます。

手毬唄自体の歴史的背景、村の力関係(由良家と仁礼家の対立構造)や階級意識(米百姓>その他百姓>湯治屋)、戦後の農地改革でひっくり返された経済力に基づく力関係などが綿密に作り込まれていて、これぞ横溝正史作品という感じがします。

過去の事件とは、昭和7年、山持ちの仁礼家がぶどう栽培で成功していたのに対して、農村不況のあおりを食って焦った由良家が恩田幾三と名乗る詐欺師にそそのかされてモール作り副業に手を出していたところ湯治屋「亀の湯」の跡取り息子青池源治郎が詐欺を見破り、恩田幾三と争って殺され、恩田の方は行方不明になって結局迷宮入りしてしまった事件です。磯川警部はこの事件を担当した際、死体の顔が囲炉裏の中に突っ込まれていために身元確認が難しく、これが本当に青池源治郎の死体なのか疑問を抱いていましたが、恩田幾三の行方はようとして知れず、青池源治郎の行方を追う必要性を説いたものの捜査方針を変えさせることができずに悔しい思いをしたので、いまだにこの事件を引きずっており、あわよくば金田一耕助に解決をさせようと、この事件と関連が深い亀の湯を休養先として紹介します。

この消息不明の恩田幾三は鍛冶屋の娘で彼の世話係だった別所宇春江と関係を持ち、私生児として生まれた娘千恵子は女優「大空ゆかり」として成功して故郷に錦を飾るタイミングで連続殺人事件が始まります。最初は村で一番の家柄である庄屋の血筋で、現在2代にわたる放蕩の末落ちぶれている多々羅放菴が、彼の5番目の妻おりんを語る老婆によって、地元では「庄屋殺し」と呼ばれる沢ギキョウの毒で殺されたかもしれない状況が発生します。死体が見つからないため、殺人と断定できず、捜査が難航しますが、その間に千恵子こと大空ゆかりと同年代の娘たちが立て続けに殺されて行きます。後になって彼女たちが全員恩田幾三の血を引いていることが分かるという、かなりえげつない状況です。

犯人は追い詰められて自殺してしまうので、真相解明は自白ではなく金田一耕助による推測を交えた種明かしとなります。ネタバレですが、【一人二役】のトリックが使われており、最後の最後で「そうだったのか!」と読者を驚かせられる筆致には脱帽です。


書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル1 八つ墓村』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル2 本陣殺人事件』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル3 獄門島』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル4 悪魔が来りて笛を吹く』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル5 犬神家の一族』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル6 人面瘡』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル7 夜歩く』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル8 迷路荘の惨劇』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル9 女王蜂』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル10 幽霊男』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル11 首』(角川文庫)




書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル11 首』(角川文庫)

2018年10月29日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

『金田一耕助ファイル11 首』は、表題作『首』(1955)の他『生ける死仮面』、『花園の悪魔』、『蝋美人』の3作が収録されている短編集です。『首』は最後に配置されています。

『生ける死仮面』は、ひどい悪臭によって腐乱死体が発見されることで始まるストーリーで、男色、死体凌辱、デスマスクといった要素を絡めた短編です。一見ただの死体凌辱に過ぎないような事件ですが、別のバラバラ死体が発見されることで、事件が一気に複雑化します。「上野辺りで見つけて来た浮浪児(男娼)」という辺りに昭和20年代の時代が感じられます。

『花園の悪魔』は東京からアクセスしやすいカップル向けの温泉旅館でヌードモデルが殺される事件で、わざわざヌード写真に似せて花畑の中でポーズが取られているのが発見されます。『幽霊男』同様のいかがわしい雰囲気が漂うストーリーです。嫉妬と痴情の縺れの末の事件と言えますが、なんというか、人間の醜い面が露骨に描き出されているようで...

『蝋美人』では、骨を肉付けして生前の容貌を再現する技術がテーマになっています。自殺体と思われていた死体が肉付けされたら殺人を犯して逃走中の女優にそっくりになった、ということで大騒ぎになります。果たしてこの「肉付け」の信憑性は?何か裏があるのかないのか。なかなか興味深いお話しでした。

『首』は、岡山県の奥地を舞台とする横溝作品の一つです。例によって金田一耕助が「休養」のために岡山に来たところ磯川警部に案内された休養地で事件が起こるパターンです。滝の途中に突き出た獄門岩の上に300年前さらし首にされたという歴史的モチーフとそっくりな事件が前年に起こり、また金田一耕助と磯川警部が来てからもそっくりな事件が起こるという3重構造ですが、300年前の事件は見本としての役割しかないので、実際に解明されるべき事件は前年と現在の2件となります。うち1件の犯人は「自白して自殺」のパターン、もう1件の犯人は「人道的良心」から見逃されることになります。まあ仮に起訴されたとしても情状酌量の余地がかなりあり、執行猶予がつきそうな感じですが、そこは探偵の領域じゃありませんからね。


書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル1 八つ墓村』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル2 本陣殺人事件』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル3 獄門島』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル4 悪魔が来りて笛を吹く』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル5 犬神家の一族』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル6 人面瘡』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル7 夜歩く』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル8 迷路荘の惨劇』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル9 女王蜂』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル10 幽霊男』(角川文庫)


ドイツ:2018年バイエルン州&ヘッセン州議会選挙~メルケルは次期党首選の出馬辞退

2018年10月29日 | 社会

昨日(2018年10月28日)はヘッセン州の州議会選挙でした。2週間前にあったバイエルン州議会選挙同様、今後のメルケル政権の運命を決する選挙として注目されていました。両選挙とも政権与党(CDU、CSU、SPD)がそれぞれ10ポイント以上得票率を失い、極右政党AFD(ドイツのための選択肢)と緑の党が躍進した点で共通しています。州議会選挙を戦った当事者たちの党本部に対する不満が大きく吹き出しています。というのは、州議会選挙で、州独自の課題が問題にされず、もっぱらベルリン中央政府に対する不満が投票行動に反映されたことがアンケート調査で明らかになっているからです。

この両州の歴史的に見ても壊滅的な選挙結果を受けてメルケル首相は今日、12月のCDU党首選には出馬しないことを表明しました。これまでメルケルは「首相職と党首職は一体」との考えで、首相任期中は党首の座も保持すると表明していましたが、さすがに2つの州議会選挙に連続で2桁台の敗北になんの反応もしないわけにはいかず、党内の圧力が強まる中、「出馬辞退」を表明するに至ったようです。

なぜここまで「国民政党」と呼ばれる伝統政党が大敗するに至ったのか、理由は短期的なものと中長期的なもののがあります。

短期的には現在の「大連立」による第4期メルケル政権発足自体にSPD(ドイツ社会民主党)の下部組織や支持層が反対して、党内投票が行われるなどのケチがついたこと、その後難民政策に関連してCSU党首マルクス・ゼーダーと現内相ホルスト・ゼーホーファー(元CSU党首)の見るに堪えないケンカ(レベルが低くて「議論」と呼べない)、その間のメルケルの沈黙(CSUに対する指導力なし)、テロリスト「アニス・アムリ」に関して失態を犯した憲法擁護庁長官ハンスゲオルグ・マーセンの進退を巡り、更迭ではなく逆に昇進人事を決定(後に厳しい批判を受け取り消す)、ディーゼルスキャンダルにおける消費者ないがしろの対応(不正車の必要装備の後付けの消費者負担など)、都市部の大気汚染が基準値を大幅に上回ることによって差し迫った「車両走行禁止令」(特にディーゼル車が禁止対象)、それに対してメルケルが打ち出した「法改正」(抜本的な改善策を打ち出すのではなく、基準が守れないから基準自体を変える)などといった、本当に「目に余る」としかいいようのない最近の状況があります。

中長期的な理由としては、本来なら保守対革新で対立する筈の伝統的国民政党による連立政権が長期化することによって、両陣営の違いが不透明になったこと、「妥協」政策によって支持層の党に対する期待が裏切られたことなどが挙げられます。本来の支持層でない有権者においても長期化によって、「何も変わらないこと」に対する飽きや倦みが強まっているという側面もあります。

極右政党AFD(ドイツのための選択肢)にとってヘッセン州議会選挙は「歴史的快挙」となりました。ヘッセンから始まったAFDは2013年の時点では5%の壁を突破することができませんでしたが、各州議会選挙で躍進を続けて議会入りし、ヘッセン州をもって全州の議会を制覇したことになるため、当初の得票目標は果たせなかったものの、「ミッション・コンプリート」であると祝賀ムードに包まれています。

同じく大きく躍進した緑の党は、「躍進できるのは極右ばかりでないことを証明した」「新しい国民政党としての役割と責任を果たす」などと政党としての自信を深め、希望に燃えているというところでしょうか。個人的には緑の党にいろいろと疑問を抱いていますが、AFDだけが躍進するよりは緑の党が成長する方がずっとましな社会状況であるとは思っています。ドイツ社会の右傾化を快く思っていない勢力がまだまだ強いことの表れであり、健全な民主主義社会の継続には必要なファクターです。

では具体的な選挙結果を見て行きましょう。

バイエルン州議会選挙

バイエルン州議会選挙の投票率は72.4%で、2013年度の投票率63.6%を8.8ポイント上回りました。

各党の得票率

CSU(キリスト教社会主義同盟) 37.2%
SPD(ドイツ社会民主党) 9.7%
FW(自由有権者) 11.6%
Grüne(緑の党) 17.5%
FDP(自由民主党) 5.1%
Linke(左翼政党) 3.2%
AFD(ドイツのための選択肢) 10.2%
その他 5.4%

2013年度の得票率との比較

CSU(キリスト教社会主義同盟) -10.4ポイント
SPD(ドイツ社会民主党) -10.9ポイント
FW(自由有権者) +2.6ポイント
Grüne(緑の党) +8.9ポイント
FDP(自由民主党) +1.8ポイント
Linke(左翼政党) +1.1ポイント
AFD(ドイツのための選択肢) +10.2ポイント
その他 -3.3ポイント

 

議席配分

総議席数205、絶対多数103。


最重要課題

難民/統合 33%
住宅市場/家賃 23%
学校/教育 13%
環境/エネルギー転換 12%
CSU 内部抗争/状態 10%

バイエルン州の単独政権与党であったCSUの内部抗争が「最重要問題」として挙げられていることには苦笑を禁じ得ませんが、実際元党首ゼーホーファーと現党首ゼーダーの抗争は目に余る醜さでした。後になって本人たちも「行き過ぎだった」「品位に欠けていた」などと反省表明してましたけど、後の祭りです。

政党に関するステートメント

「CSUは、何がバイエルン州にとって大事なのかという感覚を失った」― はい 65%、いいえ 33%

「緑の党バイエルン支部は現代的な市民政治を象徴している」 ― はい 55%、いいえ 41%

 

ヘッセン州議会選挙

ヘッセン州議会選挙の投票率は67.3%で、2013年度の73.2%を5.9ポイント下回りました。

各党の得票率

CDU(キリスト教民主主義同盟) 27%
SPD(ドイツ社会民主党) 19.8%
Grüne(緑の党) 19.8%
Linke(左翼政党) 6.3%
FDP(自由民主党) 7.5%
AFD(ドイツのための選択肢) 13.1%
その他 6.5%

2013年度の得票率との比較

CSU(キリスト教民主主義同盟) -11.3ポイント
SPD(ドイツ社会民主党) -10.9ポイント
Grüne(緑の党) +8.6ポイント
Linke(左翼政党) +1.1ポイント
FDP(自由民主党) +2.5ポイント
AFD(ドイツのための選択肢) +9.1ポイント
その他 +0.9ポイント

議席配分

総議席数137、絶対多数69。

 

最重要課題

学校/教育 33%
住宅市場/家賃 26%
難民/統合 22%
交通政策 16%
ディーゼルスキャンダル/車両走行禁止令 12%

メルケルが二酸化窒素のEU基準値を超過しているドイツの51都市に関して、超過分が微小であるためディーセル車両走行禁止令は過剰な対応であるとし、禁止令発布を難しくする法改正の提案をしたのは、ヘッセン州議会選挙までのカウントダウンが1週間を切った時点です。ヘッセン州の選挙をCDUに有利にするための一策であることがばればれで、また根本的な基準を満たせるようになるための解決策ではなく、基準自体をないがしろにしてしまおうとする後出しじゃんけんのような愚策のため、国内ばかりかEUからも厳しい批判が出ました。

私がVWまたはアウディのディーゼル車を買っていたとしたら、堪忍袋の緒が切れるほど憤慨するだろうと思います。なぜなら、ディーゼル車購入者はこれで2重に騙されることになるからです。彼ら彼女らは環境のことを鑑みて、「クリーンディーゼルだから」という理由で割高のディーゼル車を購入したはずです。ところが不正が発覚し、「クリーン」ではなかったため、実際の排気量に応じた車両税が上乗せされる羽目になり、不正を是正するために必要な装備の後付けはアメリカと違ってドイツでは自己負担という結論がメルケルと自動車企業間で取り決められました。その上大気汚染の基準値超過のため、ヘッセン州の首都フランクフルトなどではディーゼル車走行禁止令が発布される可能性が高くなり、通勤や営業などに必要なディーゼル車での移動に差しさわりが出ることを心配しなくてはなりません。そこで禁止令が出ないとなれば、確かに最後の心配だけはなくなるかもしれませんが、もともと大気汚染をひどくしたくて「クリーン」ディーゼル車を購入したわけではないので、このような欺瞞に満ちた小手先の小細工を喜べるわけがないですよね?

メルケルは元々「Industrienutte(産業界の売女)」と揶揄されるような政治家でしたが、それでもその時々の空気を読んで臨機応変に対応することに長けていたため、これまで人気を維持することができました。しかし最近は空気を読むことの連続して失敗しているようです。

参照記事:

ZDF heute, "Kanzlerin macht Platz frei- Merkel tritt nicht mehr für CDU-Parteivorsitz an(首相、権力の座を明け渡す。メルケルはCDU党首選の立候補を辞退)", 29.10.2018

ZDF heuteの選挙特集記事多数。


書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル10 幽霊男』(角川文庫)

2018年10月28日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

『幽霊男』(1954)は神保町の裏通りにあるヌードモデル仲介業「共栄美術倶楽部」のモデルたちが次々に「佐川幽霊男(ゆれお)」こと「佐川由良男」(どちらも偽名)によって猟奇的に殺されて、死体が展示物のように見世物にされていく事件で、犯人の動きや独白が描写されている比較的珍しい作品。犯行は劇場型とでも言うべきもので、テープレコーダーを使って犯行予告を行います。共栄美術倶楽部の内部事情に詳しく、また共犯者が居るらしく、金田一耕助と等々力警部は何度も目と鼻の先で出し抜かれて悔しがることになります。

犯人と目された外科医で共栄美術倶楽部常連の加納博士が逮捕されそうになった時に謎の「マダムX」なる人物が現れて可能を連れ去ったり、幽霊男の注文で蝋人形を作った人形師もこのマダムXに連れ去られるなど、捜査とも犯人の動きとも別の動きがあることがストーリー展開に緊張感を持たせて面白くしています。

一見、狂気の芸術家による犯罪のようですが、実はそこに復讐の動機もあり、残忍にして卑劣、稀に見る醜悪な犯人です。「自白して自殺」するような覚悟など全くなく、現行犯で逮捕されながらなお言い逃れしようとする醜態をさらすという珍しいパターンの結末です。

とってもイヤーな読後感です。


書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル1 八つ墓村』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル2 本陣殺人事件』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル3 獄門島』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル4 悪魔が来りて笛を吹く』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル5 犬神家の一族』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル6 人面瘡』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル7 夜歩く』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル8 迷路荘の惨劇』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル9 女王蜂』(角川文庫)



書評:ルーク・タニクリフ著、『「カジュアル系」英語のトリセツ 文字でも会話する今どきの英会話』(アルク)

2018年10月28日 | 書評ー言語

『「カジュアル系」英語のトリセツ 文字でも会話する今どきの英会話』は、『「とりあえず」は英語でなんと言う?』と『「さすが!」は英語でなんと言う?』の著者であるルーク・タニクリフの著書で、前2書とは逆に英語、特にネットやチャット、SNSなどで使われる今時の英語を起点に日本語で解説しています。覚えて使いこなせるかどうかというのは別として、非常に読みやすく、解説も分かりやすいです。

ただ、税込み価格1620円は若干割高に感じられます。1000~1200円くらいが適正価格のような気がしますね。

目次

Chapter 1 友だちへのメッセージ

Chapter 2 友だちとの会話

Chapter 3 仲間内のおしゃべり

Chapter 4 家族・パートナーとのやりとり

Chapter 5 オフィスでのコミュニケーション

Chapter 6 投稿・コメント

Chapter 7 レビュー

Chapter 8 チャットルームにて

APPENDIX

巻末に例文付きの略語リストがあり、参考になります。


書評:ルーク・タニクリフ著、『「とりあえず」は英語でなんと言う?』(だいわ文庫)

書評:ルーク・タニクリフ著、『「さすが!」は英語でなんと言う?』(だいわ文庫 Eigo with Luke)


書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル9 女王蜂』(角川文庫)

2018年10月28日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

『女王蜂』(1952)は伊豆半島の南方にある月琴島に源頼朝の後裔と称する大道寺家に起こった悲劇を描いた物語です。中心人物である絶世の美女である大道寺智子は、母・琴絵と島に旅行に来ていた日下部達哉(偽名)の間にできた娘ですが、実父が彼女が生まれる前の19年前(昭和7年)に事故か他殺か解明されないまま亡くなったため、私生児誕生を防ぐために実父の友人である速水励造が琴絵と結婚します。琴絵と励造は形ばかりの夫婦で、母子は島に残っており、励造は東京で仕事をし、女中の蔦代との間に文彦という息子があります。琴絵は智子が幼い頃に既に亡くなり、島の大道寺家を支えてきたのは祖母の槇と琴絵の家庭教師として住み込んでいた神尾秀子でした。琴絵の遺言により、智子は満18歳になるのを機に義父の励造の下に引き取られ、縁談が進められることになっていました。ところが、智子の上京が間近になった頃に、「月琴島からあの娘をよびよせることをやめよ」「19年前の惨劇を回想せよ。あれは果たして過失であったか。何人(なんびと)かによって殺されたのではなかったか。」という警告の手紙を読んだ欣造と、もう1人同じ警告の手紙が届けられた「覆面の依頼者」(名を明かせないという意味)から相談を受けた加納弁護士は、金田一に智子の護衛を依頼します。そうして智子一行が修善寺の松籟荘に到着し、励造・文彦父子と蔦代、さらに智子の夫候補たちの3人と、謎の人物の依頼を受けて智子を待っていた多門廉太郎(こと日比野謙太郎)が松籟荘に集結すると、警告の通り第一の殺人が起こり、夫候補の一人が亡くなります。こうして連続殺人が始まり、最終的に4人殺され、犯人と影の共犯者が自殺し(心中のようでもある)、祖母の槇が疲労やショックで衰弱死し、計7人が亡くなる一大悲劇に発展します。

迷路荘の惨劇』同様、過去の殺人事件と現在の殺人事件が絡み合う複雑な人間関係があり、また脅迫・殺人を行う謎の犯人の他に、渦中の人・大道寺智子に多門廉太郎なる人物を娶せようと画策する謎の人物、金田一耕助に上京する智子の付き添いと過去の事件の解明を依頼する謎の人物、そして役者がそろった修善寺の松籟荘に現れた謎の変装老人など謎めいた勢力があることでドラマ性が格段に高くなっています。『迷路荘の惨劇』でウロチョロする謎の「片腕の男」よりもずっと面白い設定だと思います。美女を巡るまたは美女が関わる殺人事件ではありますが、悪女が登場しないところもポイントが高いです。殺人の動機が恋情・劣情のみというピュアさも読後感の良さに貢献していると言えます。また、一家の悲劇を生き延びたお姫様・智子が幸せになれそうなところで物語が締めくくられるのがいいですね。「救いのある」悲劇。


書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル1 八つ墓村』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル2 本陣殺人事件』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル3 獄門島』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル4 悪魔が来りて笛を吹く』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル5 犬神家の一族』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル6 人面瘡』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル7 夜歩く』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル8 迷路荘の惨劇』(角川文庫)



スペイン旅行記~マドリード(5)UNESCO世界文化遺産トレド

2018年10月27日 | 旅行

トレドには2018年10月1日にマドリードから日帰りで行きました。

マドリードからは、トレドへの日帰りバスツアーがたくさん出ていますが、私たちはAVEに乗りたいというのもあって単独でトレドに行きました。運賃は一人片道10.30€。アトーチャ駅から30分ちょっと。近くてもマドリード県ではなく、カステラ・ラ・マンチャ自治州の首都です。

切符はもちろん駅の窓口や自販機でも買えますが、私たちはRenfeのインターネットサイトから購入しました。後から分かったのですが、Renfeのスマホ用アプリもあり、多言語対応の質はインターネットのサイトよりもずっと上です。ところが同じトレド行きの電車の切符は12€以上で販売されていました。駅の自販機ではどうなのか分かりませんが、ネットで買うのが安上がりかもしれません。

AVE乗り場へは切符を提示し、荷物検査を受けてからでないと入れないようになっています。面倒ですがテロに巻き込まれる危険を考えれば、仕方ないとあきらめもつきます。

AVEのシートは非常にゆったりとしており、どんな肥満体でも余裕で座れそうな感じです( ´∀` )

 

さて、古都トレドは1986年に、UNESCO世界文化遺産に登録されましたが、その理由とは、現代化をまぬがれ、古代ローマから西ゴート王国、後ウマイヤ朝、スペイン黄金時代といった2千年紀にわたる文明の痕跡を残していること、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教による異文化の混合がムデハール建築に示されていることなどが評価されたとのこと。

旧市街はタホ川に三方囲まれた高台にあり、町全体が博物館と呼ばれています。西ゴート王国時代から教会会議の開催場所となり、トレド司教座の権威が高かったとのことですが、後ウマイヤ朝においての地位はどの程度だったのかは分かりません。1086年にアルフォンソ6世によってキリスト教徒の手に奪還され、リコンキスタの節目の一つとなり、その後のリコンキスタの動きにトレド司教の意向が影響していきます。

12~13世紀にトレド翻訳学派という学者集団が活躍した地としても知られています。イスラム教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒の共同作業によって、古代ギリシア・ローマの哲学・神学・科学の文献がアラビア語からラテン語に翻訳され、この成果が中世西ヨーロッパの12世紀ルネサンスに大きな刺激を与えたと言われています。

先述のようにトレドは三方を川に囲まれており、両岸とも一部崖のような渓谷になっているため、川側から高台にある街を攻めることは困難を極めます。こうした地理的な特徴によって防衛しやすかったというのも繁栄のカギだったのではないでしょうか。マドリードが首都と定められてからはゆっくりと衰退の道を辿ったらしいですが、現在は観光客で大変賑わっており、住民にとっては悩ましい状況なのではないかと思います。

私はリウマチ性関節炎の症状がそれとは知らずに出ていて体調不良だったため、あまりたくさんは見ていないのですが、全体的な印象として、タホ川の対岸から見るトレドの街並みは素晴らしいですが、実際に街中に入ると狭い中を観光客と車が溢れていて非常に空気が悪く、また、急な坂が多いため、ほんの少しの距離を移動するにもかなり難儀する感じでした。

それで一番気に入ったのは世界遺産の中には含まれていないネオムデハール様式で19世紀に建てられたトレド駅舎だったりします。

       

この駅前広場には観光バスが待ち構えています。1つは他のところでもよく見かける赤い観光バスで、乗り降りし放題24€とかです。もう1つは地元企業らしく、トレドのパノラマ展望ができるよう対岸を走るバスツアー+地図+徒歩のガイド付きツアー(ビサグラ門集合)の3点セットで12€。私たちは後者を選択して、まずはパノラマ展望を堪能しました。

         

タホ川にかかる古い橋は2つあり、駅や王城に近い東側の橋はPuente de Alcántara(アルカンタラ橋)、反対(西)側のはPuente de San Martin(サンマルチン橋)。アルカンタラ橋は紀元後2世紀、ローマ帝国のトラヤヌス皇帝時代に建設された約200mの長さの石橋です。もちろん戦争があるたびに破壊されたりしているので、ローマ時代の姿そのままというわけではありませんが、アーチ形の基本構造は保持されています。この橋は長いこと唯一の街への入り口でした。14世紀後半になって、西側のサンマルチン橋がトレド大司教Pedro Tenorioによって建てられ、アルカンタラ橋に並ぶ西側の入り口となりました。こちらのアーチ橋はアーチの長さが40mに及ぶ、中世の橋としては大きなものです。

さて、パノラマバスツアー終了後、サンパブロ修道院跡のわきの駐車場で降ろされた私たちは長いエスカレーターを登って旧市街地に入りました。

   

長いエスカレーターは駐車場の中ですが、途中で外の道路に出られるところがあり、そこから見える景色をパチリ。

エスカレーターを登り切ったところから階段を数段登ると大きなテラスがあり、そこにカフェ(Terraza del Miradero)があったので早速休憩。オレンジのフレッシュジュースを頂きました。

ジュース二つに10€は割高だとは思いますが、まあ、眺めの良い「場所代」込だと思えば。

休憩後は取りあえず散策。まずは王城(現在軍事博物館とカスティーリャ・ラ・マンチャ州立図書館が入っている)方へ。Plaza de Zocodoverという広場に出ます。

 

そして王城Alcázarのところを左折して、少し低い位置にあるMirador del Alcázarへ。対岸に士官学校が見えます。

 

 

そしてまた昇り。

  

この王城(Alcázar)は何度も破壊と再建が繰り返され、スペイン内戦の際には共和国派によって要塞として利用されていました。このため、建築物として見る価値があるのかどうか少々疑問です。軍事博物館や図書館に用のない私たちは外側を見ただけでスルーしました。

そして狭い路地を下ってトレド大聖堂の方へ向かいました。

  

狭い路地を抜けると急にちょっと開けた広場。劇場前広場でした。

この劇場のすぐ近くのレストラン「El Rey Toledo」というところでランチ。例によって前菜・メイン・デザートの3点メニュー(Menu del dia)です。お味の方は中の上と言ったところでしょうか。

     

屋外席はちょっとしたパティオのように何本かの木の下で、上でも下でも雀がおこぼれに預かろうと待ち構えていました。

 

ランチを終えて、トレド大聖堂に向かいました。地図で見るとトレド旧市街の中心に位置しています。元は街最大のモスクが建っていたところにリコンキスタで奪還後教会を建てた、という典型的なパターンです。

90mの高さの塔が聳え、身廊・側廊合わせて5つを備えたスペインカトリックの総本山にして、セビリア大聖堂に次ぐスペインで2番目に大きい教会は1226~1493年の間にスペイン風ゴシック様式で建てられました。20人以上の芸術家によって掘られた木製祭壇(1500~04)と聖歌隊席、エルグレコやゴヤを始めとするスペイン画家の絵画コレクションなどが見ものです。

私たちは徒歩ツアーの時間が差し迫っていたのと、入場料7€をなんとなく払いたくなかったという理由で外から見ただけですルーしてしまいました。エルグレコの絵画に興味のある人なら多分外せない観光スポットなのでしょうけど、私たちはこれまで行く先々でたくさん大聖堂を見てきてますので、よっぽど変わったものでない限り高い入場料を払ってまで教会を見ようとは思わなくなっています。

  

 

徒歩のガイド付きツアーは17時にPuerta de Bisagra(ビサグラ門)に集合でした。

 

  

門の中にパティオがあります。

  

ここからガイドなしには入れない領域に入り、狭い階段を登って、人がやっと一人通れる程度の通路を通り、階段ではなくはしごで、途中ロープはしごになっているのをこわごわ上ると展望台に出ます。

   

このトレド北部を守るための城壁は、一部西ゴート王国、一部モーロ人支配時代のものです。そこにあるビサグラ門は10世紀初頭まで遡る馬蹄型アーチの門の上にカルロス5世が1550年に建てさせたものです。これだけ状態のよい立派な門も珍しいと思います。

ガイド付きツアーというのはこの門だけでした。随分とまた小さな「ツアー」ですよね。「なーんだ」とがっかりしましたが、本格的な徒歩ツアーできるような体調ではなかったのでそれでもよかったかも。

この後、サンチアゴ・デル・アラベル教会とやらのわきを通って坂を上がり、Puerta del Solという門へ。

Iglesia Santiago del Arrabal

 

Puerta del Sol(太陽門)は12~14世紀に建設されたムデハール様式の門です。

太陽門よりもさらに上に位置するPuerta de Valmardón(バルマルドン門)は10世紀に建設された門で、トレド最古の門の一つ。

  

この門をくぐった後ろにあるのが元モスクの教会Cristo de la Luz。やはり10世紀(999年)のイスラム建築です。

私たちはここで「見学」を終え、レストランを求めてPlaza de Zocodoverという広場に戻ったのですが、マクドナルドなどのファーストフード店しかないことに絶望し、さらに街中の飲食店を探す気にはなれなかったので、21:30発のマドリード行きの最終電車に問題なく乗れるように結局バスツアーの終点だった駐車場へ戻り、そこから駅の方に向かって少し歩き、大きなロータリーの近くにあった簡単な食堂「Canelita in Rama」で食べました。観光客が行くようなお店のようには思えませんが、お味の方はなかなかよく、値段も手ごろで、店員が非常に親切でした。

   

こうして私たちはトレドの日帰り旅行を終え、翌日の午後にドイツへ帰りました。

リウマチ性関節炎で指や手首そして膝が痛んで辛い旅行となってしまいました。トレドもあまり見て回れなかったのが残念です。でもだからと言ってもう一度行きたいかというと、そうでもないです。やはり観光客が多過ぎることと、狭いのに車の交通量が多くて空気が非常に悪いことが大きなマイナスポイントです。

次のスペイン旅行ではセゴビアとコルドバに行こうと思ってます。


スペイン・アンダルシア旅行記(1)

スペイン・アンダルシア旅行記(2):セビリア

スペイン・アンダルシア旅行記(3):モンテフリオ(グラナダ県)

スペイン・アンダルシア旅行記(4):グラナダ

スペイン・アンダルシア旅行記(5):グアディックス(グラナダ県)

スペイン・アンダルシア旅行記 II(1):マラガ

スペイン・アンダルシア旅行記 II(2):グラナダ~アルハンブラ宮殿

スペイン・アンダルシア旅行記 II(3):シエラネヴァダ山脈

>スペイン・アンダルシア旅行記 II(4):アルメリア

スペイン・アンダルシア旅行記 II(5):カボ・デ・ガータ(アルメリア県)

スペイン・アンダルシア旅行記 II(6):アルムニエーカル

スペイン旅行記~マドリード(1)

スペイン旅行記~マドリード(2)観光名所その1

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書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル8 迷路荘の惨劇』(角川文庫)

2018年10月27日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

『迷路荘の惨劇』(1975)は『オール讀物』1956年8月号に発表された短編作品『迷路荘の怪人』を加筆修正した長編作品で、迷路のような洞窟、過去の殺人事件と現在の殺人事件が絡み合う複雑な人間関係、謎の「片腕の男」などが登場する典型的な舞台設定と言えるかもしれません。

舞台は広大な富士の裾野近くに、あたりを睥睨するかのごとく建つ豪邸名琅荘。屋敷内の至る所に『どんでん返し』や『ぬけ穴』が仕掛けられ、その秘密設計から「迷路荘」とも呼ばれている。ここで昭和5年に名琅荘創設者の古舘種人(たねんど)の一人息子一人(かずんど)が嫉妬から妻の加奈子を殺し、情夫と目された尾形静馬も殺そうとして片腕を切り落としたものの、反撃にあって命を落としました。尾形静馬は洞窟へ逃げ、そのまま生死不明。

時は経ち、名琅荘は一人(かずんど)の息子辰人から実業家の篠崎慎吾に売却され、ホテルに改装されました。そのホテルが本格的に営業開始になる前に昔の姿を偲び、昭和5年に殺された一人と加奈子の21周忌の打ち合わせのため、関係者が一堂に会することになります。篠崎慎吾は辰人から屋敷ばかりでなく妻・倭文子(しずこ)を奪った過去があります。

また、殺された加奈子の実弟である柳町善衛はかつて倭文子と婚約していたこともあり、姉の夫の前妻の息子辰人に対して何らかの確執がある模様。渦中にある倭文子夫人は始終口数が少なく、閉じこもりがちで謎めいています。

古舘種人(たねんど)の妻であった糸女は名琅荘のことを知悉していることから篠崎慎吾に屋敷と一緒に引き取られ、嫣然と支配力を発揮しています。

この複雑な人間関係だけでもすでにうんざりな感じです。

金田一耕助は彼の中学時代の同窓にしてパトロンの風間俊六のつてで篠崎慎吾と知り合い、正体不明の片腕の男が現れてまた消えたために、その究明のために名琅荘に呼ばれますが、彼が到着して間もなく第1の殺人が起こります。次から次へと事件が起こり、結局5人亡くなり、殺人未遂の傷害事件も2件。抜け穴と自然洞窟の探検に大分時間が費やされます。片腕の男が洞窟の中に現れたりして、捜査を混乱させます。

このストーリーはワクワクするのを通り越してやり過ぎの感が否めません。計画殺人と偶発的・衝動的な殺人の両方があり、下手人も一人ではないため、なかなか全容を掴めない構成になっています。

注目に値するのは下手人の一人が、故人が殺人の罪をかぶったために警察から追及されずに生き残ったことと、それを突き止めた金田一耕助が「自白後の自殺」を防ぐために青酸カリを取り上げ、人生を全うするように諭したことでしょうか。つまり、情状酌量の余地はあるものの殺人犯を一人「見逃し」ているわけですね。犯人の自白と自殺で終わらなかったところは珍しいパターンと言えますが、倫理的には若干釈然としないものが残されているように感じました。

 

余談ですが、この作品で何度か迷路荘の描写に「八幡の藪知らず」という表現が使われています。「入ったら出られない藪や迷路」の総称としての慣用句だと、初めて知りました。しかもその由来が、私が育った土地・千葉県市川市にある禁足の森「不知八幡森(しらずやわたのもり)」だというからもっとびっくりしました。「八幡の藪知らず」の伝承はすでに江戸時代から記録にあるらしいですが、なぜ禁足になっているのか諸説あり、当時から不明のままのようです。実際にはたかだか18メートル四方の範囲でとても迷子になりそうな場所ではないらしいのですが。私は当然その付近を何度となく通過しているはずなのですが、今日この日までその存在を知りませんでした。機会があれば行って見てこようと思いました。


書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル1 八つ墓村』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル2 本陣殺人事件』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル3 獄門島』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル4 悪魔が来りて笛を吹く』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル5 犬神家の一族』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル6 人面瘡』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル7 夜歩く』(角川文庫)


書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル7 夜歩く』(角川文庫)

2018年10月23日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

『夜歩く』は非常に凝った構成の推理小説です。「三流探偵小説家」だという屋代寅太が一人称で語る古神家殺人事件。古神家は岡山県と鳥取県の県境に当たる山村一体の元領主。代々くる病(佝僂)が多く出る家系で、若き現当主守衛(もりえ)も佝僂。そして代々家令を務めていた仙谷家の現当主鉄之進は古神家前当主の後妻お柳と関係を持ち、実質上古神家の実権を握っています。その鉄之進の息子直記が語り手屋代寅太の友人という設定です。物語に因縁めいた古い家系を持ち出すのはいかにも横溝正史的かもしれません。しかし、この作品には蜂屋小市という画家で、佝僂の人がもう一人登場し、「首なし死体」となって古神守衛と身元入れ替えが行われます。また、『夜歩く』のタイトルが象徴するように夢遊病者も登場します。仙谷家が夢遊病の家系という設定です。鉄之進の夢中遊行とお柳の娘八千代の夢中遊行が事件の進展に大きな役割を果たします。この八千代が戸籍上は古神家の娘なのですが、夢中遊行の性癖から実は仙谷鉄之進の種ではないかという疑いがあることも複雑な人間関係と可能の縺れに大きな影響を与えています。

さて、この作品では、「首なし死体」というトリックが使われているばかりでなく、ネタバレになってしまいますが、「記録」として書かれているはずの屋代寅太の物語時代が実は「小説」であり、金田一耕助によって語り手の意図が喝破されてしまったので、途中から「敗北」を認めて真実の告白に変わるというどんでん返しがあります。つまり、途中までは「作中作」が提示されているわけですね。ストーリーの前提自体がひっくり返されることになるので、インパクトはかなり大きく、実に面白いですね。「転」は「転」でも「異次元転換」と言えます。実は殺人犯自身が語り手だったというオチは、アガサ・クリスティーの『終わりなき夜に生まれつく(Endless Night)』を彷彿とさせます。

登場人物たちの「不遇者」に対する露骨な差別意識が気にはなりますが、そういう差別意識を持つ人は現代でも少なからずいる現実を鑑みれば、「現実の人間らしさ」を表現しているともいえます(残念ながら)。なので作品中の差別的表現に目くじら立てるのは野暮ですし、無意味だと思います。


書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル1 八つ墓村』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル2 本陣殺人事件』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル3 獄門島』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル4 悪魔が来りて笛を吹く』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル5 犬神家の一族』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル6 人面瘡』(角川文庫)


書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル6 人面瘡』(角川文庫)

2018年10月21日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

『人面瘡』というタイトルにも覚えがありました。横溝正史の作品とは思ってなかったのですけど、恐らく何かの小説かマンガで言及されていたのではないかと思います。この角川文庫には表題作のほか、『睡れる花嫁』、『湖泥』、『蜃気楼島の情熱』、『蝙蝠と蛞蝓』が収録されています。短編のせいかどれも舞台設定や関係者の背後関係の設定が比較的単純です。

『睡れる花嫁』は、以前結核で亡くなった妻を何日も愛撫し続けたという男が使っていたアトリエから話が始まり、この男が出所した後に次々と裏若い女性が花嫁衣装を着せられた死体となって発見されるという事件です。「前科」があるから同じことを繰り返すという偏見・決めつけを利用した殺人事件で、問題の男はただ濡れ衣を着せられただけです。

『湖泥』は、田舎の村の何世代にもわたって対立する二家「北神家」・「西神家」のドロドロした怨念によって起こった事件であるかのように話が始まりますが、実は全然関係なかったというちょっと拍子抜けするストーリーです。両家には同じ年頃の息子がおり、西神家の方にお世話になっていた御子柴由紀子が北神家の息子浩一郎と結婚することになって西神家の方が横槍を入れていた状況の中、村の祭りの夜から由紀子が行方不明になり、その後死体で発見されます。また不在にしていたはずの村長の妻も実は殺されていることが発覚して事件が少々複雑化します。

この作品では金田一耕助が犯人に自白させるために「かまをかける」ということをしているのが印象的でした。

『蜃気楼島の情熱』は、アメリカ帰りの志賀恭三という人が島を買って建てたという竜宮城が舞台です。金田一耕助はパトロン的存在の久保銀造に年に一度の挨拶に来ていたところで、銀造の友人である志賀恭三の竜宮城を見せてもらうことになっていました。約束の日、たまたま恭三の親戚に不幸があり、お通夜を終えてから銀造と金田一耕助を案内することになりましたが、その通夜の席で亡くなった滋というその家の息子が実は恭三の妻である静子と結婚後も関係を続けていたということが暴露されます。そしてその夜、妻・静子は殺され、翌朝発見されることになります。

恭三はアメリカにいたころに妻殺しの容疑をかけられて拘留されたことがあり、その過去は地元の人たちに広く知られていることでした。ただし、「妻殺しをした」と誤解されていたようですが。この事件も『睡れる花嫁』同様「前科」があるから同じことを繰り返すという偏見・決めつけを利用した殺人事件で、恭三は濡れ衣を着せられるわけですが、金田一耕助がそばにいたため早急に濡れ衣は晴らされます。

『蝙蝠と蛞蝓』は金田一耕助の住むアパートの隣人の一人称で書かれた作品です。うだつの上がらないもじゃもじゃ頭を「蝙蝠」に譬えて毛嫌いし、なにか彼をぎゃふんと言わせるようなことをしようと思い立ち、それ以前から毛嫌いしている「蛞蝓女」を殺してしまい、耕助に濡れ衣を着せて困らせると言った筋の小説を書きかけます。翌朝本人はその小説をくだらなく思ってそのまま引き出しにしまって放置するのですが、本人が忘れたころに「蛞蝓女」が実際に殺されてしまい、自分が容疑者として逮捕される羽目になります。結局彼の書きかけた小説自体が事件解決のカギとなります。最後に「蝙蝠が好きになった」というところが珍しくユーモラスな感じがしました。

『人面瘡』は、難事件を解決した金田一と磯川が静養に来ていた「薬師の湯」という湯治場が舞台。その夜、用足しに目覚めた金田一は、月明かりの中を歩く夢遊病の女を目撃します。床に戻った金田一は、しかし磯川の呼びかけによって再び目を覚し、宿の女中・松代が睡眠薬自殺を図ったと知らされます。松代は一命を取り留めたが、不可解な遺書を残しており、妹の由紀子を二度も殺したと告白していました。人面瘡は松代の脇の下にできていました。間もなく由紀子は稚児が淵で溺死体で発見されます。死亡時間から松代の犯行でないことは確かでした。では松代の罪業感はどこから来るのか?由紀子はどういう人物で、また彼女を追って来たらしい顔に火傷のある男の正体は?

話が進むうちに由紀子の底意地の悪い業の深さが徐々に明らかになっていき、被害者なのにあまり同情できないような感じになります。真犯人は死亡し、松代は人面瘡から解放されて、宿の跡取り貞二と結婚が決まるというハッピーエンド。

これら5作に共通しているのは、意地悪く業の深い女が大きな役割を果たすところでしょうか。真犯人そのものであったり、犯罪の焚き付け役であったり、犯罪を誘発して被害者になったりと役どころはそれぞれ違ってはいますが、「女って怖い」というイメージが非常に色濃い作品群だと思いました。


書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル1 八つ墓村』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル2 本陣殺人事件』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル3 獄門島』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル4 悪魔が来りて笛を吹く』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル5 犬神家の一族』(角川文庫)