徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評: Marc-Uwe Kling著、 『Die Känguru Chroniken カンガルークロニクル』(Ullstein)

2020年07月18日 | 書評ーその他


独誌 Spiegel のベストセラーとして割と有名な Marc-Uwe Kling の作品『Die Känguru Chroniken カンガルークロニクル』(2010)を面白そうなので読んでみました。


作者

Marc-Uwe Kling は、1982年シュトゥットガルト生まれの作詞家・政治寄席芸人(カバレティスト)・演芸家・作家。彼の作品では、「Qualityland クォリティランド」が邦訳済みです。

内容

しゃべるカンガルーと同居するという設定からしてナンセンス極まりないわけなんですが、このカンガルー、実は一体いつから生きてたのか分からないカンガルーとしてはあり得ない年齢に達成しているらしいです。自称共産主義者で、社会批判的なうがったことを喋り捲ります。また、同居人 Marc-Uwe に生活費一切を出させて、家事もやってもらって好き放題に暮らしてますが、携帯の着メロや怪しげな電話サービスでお金儲けしてたりします。共産主義者?
とまあ、こういう感じのシュールなカンガルーと同居する日常が日記のようにつづられています。ナンセンスなものが好きな人には非常におかしい作品かと思います。
ただし、スラング、言葉遊びやベルリン方言、英語ちゃんぽん、ネタ元がよく分からない内輪受け?のようなものなどもかなり多く、非常に翻訳しづらいものなので、邦訳が出ていないのも納得できる感じです。私自身、翻訳できるかどうかというのを考えながら読んだのですが、結論から言えば「無理」です。いろんな解説・訳注付きで翻訳することは可能でしょうが、そうすると日本語しか知らない読者には面白くないのではないかと思いますね。原作のユーモアをよく理解したうえで、日本語的ユーモアに移植する、つまり、翻訳というよりは原作に基づく創作が必要になって来る感じですね。

ドイツ語学習者の方にとっても、チャレンジングな作品です。現代のドイツの(若者)文化をよく知らないと、何の暗示なのか、なんに対する当てこすりや皮肉なのか、といった表面上にはいまいち表れていない意味を理解することができないでしょう。
そういう深い理解ができないとなると、この作品の半分近くが退屈になってしまいます。半分くらいは状況の不条理さ、ナンセンスさで笑えたり、少なくともニヤッとすることはできますけどね。10年前に発行されたものなので、その頃話題または問題になった事件や政治的状況などの知識も必要なので、「ドイツの今」を学ぶ上ではあまりお勧めはしません。もうちょっとタイムリーな作品の方がいいような気がしますね。

書評:渡辺照宏著、『仏教』(岩波新書)

2020年07月05日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教


また、手元にあったふるーいふるーい本を読んでみました。昭和40年発行の岩波新書、渡辺照宏の『仏教』です。定価150円のところを私は古本屋で100円で買ったようです。覚えてはいないのですが(笑)

題名は「入門」と名打ってはいませんが、スタンダードな仏教入門書と言えます。「分かりやすく」をモットーに、当時高校2年生だった長男に読ませながら執筆したそうなので、確かに難解な個所はないと思いますが、今時の高校生にはもしかしたら難しいかもしれませんね。

全部で6章あります。
I 仏教のみかた
II 仏陀
III 教団とその歴史
IV 仏教の思想
V 仏教信仰の実際
VI 将来への展望

非常にバランスの良い構成で、日本の仏教の現状認識から始まり、そもそも開祖である仏陀とはどういう人物であったか、その教えはどうだったかと振り返り、仏教教団の歴史と仏教の思想的潮流を俯瞰し、仏教信仰の実態、たとえばどうして仏教と葬儀のつながりが不可分になったのかなどの説明があり、最後に仏教が今後どのように社会貢献すべきかという提言で締めくくられています。

先に読んだ岩本裕の『佛教入門』は、この渡辺照宏の『仏教』を意識して、ここに書かれていない仏教の側面を特に掘り下げたようです。

さて、バランスの良い入門書ではありますが、2・3気になる点がありました。

第1章の「仏教のみかた」のところで、「ヨーロッパのように一神教に征服された土地においては、「異教」はほとんど跡形なく打ちほろぼされてしまった。しかし仏教はほとんどすべての異教を温存した。」というくだりがあります。ヨーロッパに住んでいる者にとっては、「異教」が跡形なく~どころか、様々なところで非キリスト教的・異教的要素があちこちに見られることが分かっているので、このくだりには違和感しか持てません。ヨーロッパの実情や民俗信仰をよく知らずに決めつけてしまっているため、専門外のこととはいえ、少々この入門書の品質に傷がつくかと思います。

また、どういう社会的環境であればどういった類の宗教が発生・発展するかについて考察する部分が同章にあるのですが、それも「多神教から一神教へ」という発展方向(一昔前の比較宗教学における宗教発展仮説)の決めつけや、「人間の尊厳を重んずる宗教でなければならない」といった疑問の余地のある「必然性」などが提示されており、少々首をかしげざるを得ない印象を受けました。

しかし、最後の章にある、今後の仏教に期待できるものとして、「新しい自律的な倫理」を挙げ、「内面的に高まり、豊かな精神生活を育て上げると同時に、すべての人々の立場をみとめ、慈しみと哀れみとをもって抱擁し、暴力を徹底的に排除し、しかも真理の実現を確信して人類共通の理想のために努力する」という理想の実現こそが仏陀の出現した意味である、というくだりには共感します。
著者が挙げたのは、日本の「敗戦後の精神的アナーキー」ですが、現在の状況に応用するならば、「失われた30年、リーマンショック後、そしてコロナ禍真っ最中の精神的荒廃」から抜け出すための1つの指針として、上述の仏教の理想が貢献できることがあるのではないかと思います。