徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 10 中原の鹿を逐わず』(ビーズログ文庫)

2021年05月23日 | 書評ー小説:作者ア行

『茉莉花官吏伝』の最新刊をまたもや発売早々に購入して一気読みしてしまいました。

茉莉花は今度は大虎こと冬虎皇弟殿下の付き添いとして北の珀陽の命を狙っていた黒槐国へ送られます。任務は、茉莉花が白楼国内で高まっている侵略戦争をすべきか否かをめぐる議論に巻き込まれないようにすることと、大逆罪で囚われていた珀陽の叔父・仁耀が脱獄後に黒槐国へ潜入したかどうかを確認することでした。

茉莉花が、だんだん甘さが取れてきて、禁色の小物を受けた官吏として相応しい思考と行動をするようになってきているので、読んでいて小気味いいです。
今回も任務以上の功績を立てて黒槐国に恩を売ることで「戦争するのはもったいない」と白楼国の誰もが考えざるを得ない状況を作り出して帰国しますが、その破竹の勢いに対する「調整」が必要だと彼女の師でもある子星が彼女のための次のミッションインポッシブルを予告したところで次巻に続く、となっています。どんなミッションなのか楽しみですね。
「出る杭は打たれる」けれども、あまりにも高い空を飛ぶ鳥に手を出そうとするものはいないので、茉莉花も子星のようにそう思われるようなことを成し遂げるべきだということです。

珀陽と茉莉花の淡い恋の描写がもうちょっと多くてもいいのにと思うほど、今回はそっちの甘さが少なかったですね。残念。




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茉莉花官吏伝

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 皇帝の恋心、花知らず』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 2~ 百年、玉霞を俟つ 』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 3 月下賢人、堂に垂せず』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 4 良禽、茘枝を択んで棲む』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 5 天花恢恢疎にして漏らさず』 (ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 6 水は方円の器を満たす 』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 7 恋と嫉妬は虎よりも猛し 』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 8 三司の奴は詩をうたう 』(ビーズログ文庫)
書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 9 虎穴に入らずんば同盟を得ず』(ビーズログ文庫) 


十三歳の誕生日、皇后になりました。

書評:石田リンネ著、『十三歳の誕生日、皇后になりました。 』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『十三歳の誕生日、皇后になりました。 2』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『十三歳の誕生日、皇后になりました。3』(ビーズログ文庫)


おこぼれ姫と円卓の騎士

書評:石田リンネ著、『おこぼれ姫と円卓の騎士』全17巻(ビーズログ文庫)


レビュー:大谷アキラ著、『正直不動産』全11巻

2021年05月16日 | マンガレビュー

登坂不動産のエース営業マン・永瀬財地は嘘を厭わぬ口八丁で売り上げNO.1を叩き出す凄腕だったのですが、とある地鎮祭で石碑を壊して以来、嘘がつけなくなってしまうという奇妙な設定なのですが、この珍〈正直者〉が千三つ(千の言葉に三つの真実)と言われる海千山千の不動産業界の裏側を暴露しながらストーリーが進行します。
この業界曝露がこの作品の一番の魅力で勉強になるところですが、巻が進むにつれてライバルが増えて展開するドラマが面白いです。あんまり面白くて、全11巻大人買いして一気読みしたばかりでなく、二度読みまでしてしまいました。

また、登坂不動産の社長も一見悪人面なのですが、なかなか懐の深い人情家でいい味出してます。他のキャラも味わい深いです。

11巻完結ではなく、ライバル社が登坂不動産と永瀬を潰すために、永瀬の過去に悪徳商法で売った物件を利用してちょっかい出してきてるところなので、それをどうやって乗り切るのか気になって仕方がないです。

巻末にはエッセイや不動産関係者との対談が掲載されており、本編で扱われたテーマ(例えば「地面師」「建築条件付土地売買」「瑕疵担保責任」「告知義務」「あんこ業者」等々)が改めて説明されているので、そちらも大変勉強になります。

『正直不動産』全11巻をAmazonで購入する(日本のみ)。
海外在住の場合、Amazon Kindle版は著作権の関係で購入できませんが、Hontoでは購入できます

書評:小長谷正明著、『世界史を変えたパンデミック』(幻冬舎新書)

2021年05月05日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

商品説明
二〇二〇年、世界は新型コロナウィルスの感染爆発に直面した。人類の歴史は感染症との闘いの記録でもある。十四世紀ヨーロッパでのペスト流行時には、デマによりユダヤ人大虐殺が起こった。幕末日本では黒船来航後にコレラが流行、国民の心情は攘夷に傾いた。一方で一八〇三年、スペイン国王は世界中の人に種痘を無償で施し、日清戦争直前には日本人医師が自らも感染して死線をさまよいつつペスト菌発見に尽力した。医学的・歴史的資料をもとに、人類がウィルスといかに闘い、打ち勝ったかを明らかにする。 
--「BOOK」データベースより

目次
はじめに
第1部 世界史を変えたパンデミック
都市封鎖の起源となった病--黒死病(ペスト)
永遠の都を守った「ローマの友達」--マラリア
ナポレオンの大陸軍が味わった地獄--チフス
黒船伝来の虎狼痢--コレラ
西部戦線異常あり--インフルエンザ
第2部 流行病に立ち向かった偉大な人々
天然痘を武器にした者、制圧した者
壊血病に挑んだキャプテン・クックのレシピ
日清日露戦争の脚気惨害
ペスト制圧と香港の「青山公路」
フェイクニュースが生んだ碧素(ペニシリン)

本書では、ペスト、マラリア、チフス、コレラ、天然痘、インフルエンザ、壊血病、脚気の8つの病気が扱われていますが、最後の2つは伝染病ではなく、ビタミンcまたはb1欠乏症です。でも、原因が分かっておらず、同じ環境・食生活にある多くの人が次々にかかって死亡者も出るとなれば、伝染病だと思われても仕方ありませんよね。
実際、脚気に関しては麦飯にすれば改善されるという事実から生活習慣病であるとする説と、ドイツ医学にかぶれた軍医らがきちんとした医学的研究がないという理由でこれを退け、流行の(?)ウイルス説を支持する陣営の間で論争が起こり、結局陸軍ではウイルス説が取られ、兵士たちへの白米支給を止めなかったために日清日露戦争で大量の脚気発症者を出して惨劇を招いたそうです。一方、海軍の方では白米を止めたために脚気発症者はほぼゼロだったそうです。この頃からすでに陸海軍の性格の違いがくっきりと出ていたのですね。

壊血病の方はイギリス海軍などの経験から、新鮮な食べ物やオレンジ・レモンなどの柑橘類やザウアークラウトが効くことが早くから知られており、水兵へのレモン汁の支給を徹底させることで長期航海を可能にし、イギリスの海の覇権を確かなものにしたのだそうです。大英帝国の栄光はレモン汁(またはザウアークラウト)のおかげだったと思うと面白いですよね。
船を動かしていたのはあくまでも人間でしたから、その人間が病に倒れてしまっては船が目的地にたどり着くことは叶わず、交易も植民地支配も不可能となります。

戦争の勝敗を決するファクターもやはり人間です。そして歴史上多くの場合、戦闘に至るまでの、兵站と兵士の健康状態の方が重要でした。敵に殺される人数よりも餓死・病死者数の方が多かったという史実を鑑みれば、兵站と兵士の健康維持がいかに難しいことであるか実感できます。
中世の十字軍の兵士たちが敵地に辿り着く前に没していったという話は知っていましたが、ナポレオンのロシア遠征も実はそうだったというのは本書で初めて知りました。兵力45万人でフランスを出発し、ポーランドあたりから兵士たちが次々とチフスで倒れ、モスクワに到着したのはわずか10万人。補給路が伸びすぎたことと冬将軍到来のため戦闘力はさらにそがれ、ロシア兵に追われて敗退する中、餓死者・凍死者も続出し、帰還者はわずか数千人だったとか。

コレラから考える幕末、インフルエンザ(スペイン風邪)から考える第1次世界大戦も非常に興味深いです。傑出した人物が悪いタイミングで流行り病に倒れ、事態が悪い方に転がっていったと見られることが一度や二度のことではないのですね。まさしく「世界史を変えたパンデミック」の数々です。

パンデミックがあると、往々にしてインフォデミックも起こります。ヨーロッパのペストパンデミックでは、ユダヤ人が井戸に毒を入れたせいだという噂が流れてユダヤ人迫害・虐殺のポグロムが各地で起こりました。
現在、新型コロナ・パンデミックの最中ですが、当初からどこぞの実験室から漏れた人口ウイルスのせいだというフェイクニュースが拡散されていましたし、発祥地が中国の武漢だったということから「中国風邪」という呼び名が一部に生まれ、そのせいかどうか知りませんが、アメリカでは反中国人の空気が強くなり、見るからにアジア系の人たちはおちおち街も歩けないほどの危険を感じているという話を聞きます。現代のインフォデミックは拡散速度も範囲も以前とは比べ物にならないので、きちんとした政治的対策を取らないと、大きな惨劇を生むことになるのではないかと心配です。パニックに陥った群衆ほど始末に負えないものはありませんから。

一方、本書の第2部では病気の解明・克服に尽力した人物たちも一部紹介されています。医学が往々にして尊い犠牲の上に進歩してきたことがよく分かります。
現在の新型コロナは、あっという間にウイルスが同定され、あっという間にワクチンも開発されたため、人類全体への影響という観点から見ると歴史上のパンデミックに比べれば比較的小さくて済むのかもしれませんね。絶対数で見るとかなりの犠牲者を出していますが、超過死亡率のパーセンテージで見るとインパクトはそれほど大きくないのかもしれません。
でも、社会的な影響はどうなのでしょうか。社会の分断が進み、何か革命的な展開があるかもしれませんね。ワクチン接種の普及でパンデミック自体は間もなく収束しても、元に戻らないものは少なくないのではないでしょうか。


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書評:天藤真著、『雲の中の証人』(東京創元社・天藤真推理小説全集15)

2021年05月01日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行


『雲の中の証人』は天藤真推理小説全集の第15巻で、表題作の他、「逢う時は死人」「公平について」「赤い鴉」「私が殺した私」「あたしと真夏とスパイ」「或る殺人」「鉄段」「めだかの還る日」の9編の短編・掌編が収録されています。
「雲の中の証人」では、弁護士事務所へ出向勤務を命じられた探偵社員の「私」が、製薬会社の会計課員がアパートで殺され、保管していた三千万円余りが奪われた半年前の事件を担当する。弁護すべきは、当時被害者の部屋に居候していた倒産寸前の工場主。絶対的に不利な条件下で雲を摑むような証人探しを拝命した私が自腹を切りながらも懸命に調査を進めていく話で、根気よく調べ回った結果、本当に「雲の中の証人」と呼べる人を見つけて真相・真犯人に辿り着くという感動物語でもあるのですが、そういう捜査は本来警察・検察がすべきことではないかと釈然としないものが残ります。

「逢う時は死人」は、弟の自殺の原因となった女を探し出して欲しいと探偵社を訪れた長谷川良子の依頼を探偵社員の大神が社の方針として断るはずだったところを個人的にその依頼を受けてしまうところから始まる物語です。しがない探偵が気の進まない捜査を始めて、結果的に最初は想定していなかった殺人事件を暴露してしまうというパターンは「雲の中の証人」と似ていると言えます。推理小説ではまず殺人事件が起こって、探偵なり警察なりが推理・捜査によって真犯人を突きとめるというパターンが圧倒的に多い中、このように別件で調べていたら殺人事件にぶつかったという逆パターンはおもしろい試みだったのかもしれません。

「公平について」は泥棒常習犯を主人公とした3幕の法廷コントです。「疑わしきは罰せず」の原則の隙を突こうと図々しく画策する泥棒と、「そんなバカな」と思いつつ有罪判決を下せない判事の駆け引きがコミカルです。泥棒常習犯と長い付き合いだという刑事も味わい深いキャラです。

「赤い鴉」は物真似殺人を企てた田舎の農家の三男の物語で、家族に虐げられてあまり才能にも恵まれていない主人公の悲哀が漂っています。嵌められる、騙されるの連続で殺意を抱いても情状酌量の余地がたくさんあるのですが、家族惨殺の準備として、見本となる家族惨殺事件の犯人の無罪判決の決め手となった「一過性精神障害」を目指して酒を飲む練習を始めるあたりが滑稽です。

「私が殺した私」は2人の男が不幸な偶然で崖から一緒に落ちて気が付いたら中身が入れ替わっていた、というマンガの世界でもときどき採用される設定のストーリーです。中身が入れ替わった夫と生活することになるそれぞれの妻たちの反応がなんとも悲喜劇的で興味深いです。

「あたしと真夏とスパイ」は大学の客員講師に熱を上げる女子大生の話なのですが、大学闘争などが盛んであった時代背景から、謎めいた講師は本当にスパイ的なことをしているのかと思いきや実に俗っぽい理由で秘密主義を貫いていた、という拍子抜けするストーリーです。主人公の女子大生の純真さ、一途で怖いもの知らずな無鉄砲さが滑稽にも映ります。

「或る殺人」は裁判官たちが殺人犯として起訴された被告を証拠不十分で無罪判決にする一方で、検察から提出された供述調書から疑わしい人物が浮き彫りになったため、その人物を名指しするという暴挙に出るところから始まる物語です。その名指しされた人物が後に逮捕されて有罪となり、実刑を受けるのですが、実は冤罪だったという話で、捜査のずさんさや判事の行き過ぎなどについていろいろ考えさせられます。ところが、結末が何とも皮肉であり、かつ、「そうだろうな」と残念な説得力を持っていて、読後感が今一つよろしくないですね。

「鉄段」は鉄の階段を舞台とする怪談です。ちょっと怖いですが、口裂け女的な非現実感・都市伝説っぽさがあります。

「めだかの還る日」は、川の平和郷に突然人間が踏み込んできて、石を転がり落としたり、杭を打ち始めたので、川の魚族が大恐慌に陥り、みんなでさらに上流へ脱出するという話なのですが、小さいメダカたちは魚族の連帯意識で多大な犠牲を払って上流に逃げたのは意味がなかったので、結局元の下流域の支流に戻ったという皮肉な結末を迎えます。推理小説とは関係のない寓話なので、ちょっと場違いな感じは否めませんが、話自体は示唆に富んでいて面白いと思いました。連帯意識もほどほどに。


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