徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:今野敏著、『廉恥』&『回帰』警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ(幻冬舎文庫)

2018年09月16日 | 書評ー小説:作者カ行

今野敏の『隠蔽捜査』シリーズ全巻読破後、たまたま同作家のセールになっていた別シリーズがあったので買って一気に読んでしまいました。テンポのいい日本語小説はあっという間に読み終わってしまうので、本題が馬鹿になりませんね(笑)

第1弾の『廉恥』では、ストーカー殺人事件がテーマとなっていますが、事件の捜査が進むにつれ被害者の女性の方にいろいろ問題があったことが判明していき、真犯人はストーカーではないことが浮き彫りになっていくという展開です。ストーカーや痴漢の犯罪が成立するのは被害者の受け止め方に左右されるため、被害者の言い分が本当に正しいとは限らず、誰かを遠ざけたいという打算や、陥れようとする悪意が働いている場合もある、という問題に焦点が当てられています。訴えられた方は家庭や仕事を奪われる場合もあるため、捜査する側に決めつけまたは偏見があると真実を見出せず、人一人の人生を狂わせてしまう危険性を孕んでいます。判断に慎重さが求められるわけですが、実際問題としてどうなんでしょうね。

第2弾の『回帰』では国際テロがテーマとなっています。とある大学前で自動車が爆発。数日たってからイスラム国が犯行声明を出した。それは単なる前哨戦で、日本に潜伏していた過激派のスリーパーが本格的にテロ計画を実行に移す可能性があり、それをいかに未然に防ぐか公安部と刑事部がぎこちないながらも協力して事に当たります。その中でことさらに問題とされているのが参考人や被疑者の人権保護とテロ防止・国家防衛という目的の間のバランスです。刑事部の方は折角集めた証言や証拠が違法捜査によって「証拠として認められない」ということになり、犯人をみすみす無罪にしてしまうことを避けるため、人権問題にも慎重にならざるを得ないのに対して、公安部の方は国家が守られれば「人権くそくらえ」で、相当の温度差があるということがよく描写されています。

本シリーズの主人公、警視庁強行犯係長・樋口顕は、『隠蔽捜査』シリーズの竜崎伸也とは全く違うキャラで、刑事らしくない協調性を持ち、内省的で自己評価が低く、動揺したり迷ったりするものの、そういった感情の動きが外にほとんど出ないし、また出さないように努めているので、本人の自己認識と他人からの評価にかなり乖離があり、その乖離にまた戸惑い悩むという、かなりまどろっこしいキャラです。それでも結構能力も洞察力もあり、空気を読むことはあっても、それだけでなく、ここぞという時は言うべきことを言うこともできる人です。ただ本人の自己評価が基本的に低いので、そういう能力をきちんと評価できないようです。日本人には割と多いタイプかもしれません。理解はできますが、まだるっこしい分、エンタメ性は落ちるように思います。


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