徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:今野敏著、横浜みなとみらい署暴対係シリーズ『防波堤』(徳間文庫)

2021年12月24日 | 書評ー小説:作者カ行


横浜みなとみらい署暴対係シリーズの『逆風の街』、『禁断』、『臥龍』を買った当時は電子書籍化してなかったので遅れて読む羽目になった『防波堤』はシリーズ第3弾。表題作の他、「噛ませ犬」「占有屋」「ヒットマン」「監察」「鉄砲玉」の6つのエピソードから成ります。
この巻では昔ながらの任侠としてかなりの力を持つ「神野のとっつあん」と呼ばれる神風会組長・神野義治とその唯一の組員である岩倉真吾がかなり活躍しています。
横浜をよそのやくざ者から守ろうと任侠なりのやり方で動いているものの、敵の狡猾さに嵌められて岩倉が逮捕されてしまったり、最後の「鉄砲玉」ではみなとみらい署暴対係係長の諸橋を狙う者から神野が1人でいるときに襲撃されてしまったり。
「監察」では諸橋を以前から敵視しているらしい笹川監察官が例によって例の如く諸橋の捜査のやり方について文句をつけてきます。諸橋と城島がバーで見るからに堅気でない2人を現行犯逮捕したのですが、そのやり方が不当逮捕であるとして弁護士が動き出します。それに対して笹川監察官が「こちら(検察)に任せておけ」と諸橋に大人しくしているように注意します。
結局、一連の事件が諸橋を陥れるために仕組まれたことで、笹川は諸橋をその罠から救ったのですね。彼は彼で自分の仕事をしていて、諸橋が不当に陥れられるのは良しとしない良心と正義感を持ち合わせていることが分かるエピソードです。

『防波堤』だけを読んでも一応話が通じるように人物描写や関係描写が挟まれているのですが、やはり1巻から4巻まで続けて読んだ方がより面白いのではないかと思いました。

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書評:松岡圭祐著、『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 II』(角川文庫)

2021年12月24日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行


『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 II』は何と今年9冊目の新刊なのだそうで、著者の旺盛な多作ぶりには何やらミラクルめいたものがあります。
『小説家になって億を稼ごう』(新潮新書)で紹介されていた小説の書き方をご本人も実践されているらしいので、頭の中で常にいくつもの物語が進行していて、「熟成」した物語から一気に書き下ろしていく感じなのだろうと想像しています。

商品説明
推理作家協会の懇親会に参加したラノベ作家・杉浦李奈は、会場で売れっ子の汰柱桃蔵と知り合う。後日、打ち合わせでKADOKAWAを訪れた李奈は、その汰柱が行方不明になっていることを知る。手掛かりとなるのは、1週間後に発売されるという汰柱の書いた単行本。その内容は、実際に起こった女児失踪事件の当事者しか知り得ないものだった。偶然の一致か、それとも・・・・・・。本を頼りに真相に迫る、ビブリオミステリ!

「本を頼りに真相に迫る、ビブリオミステリ」というのは一つのジャンルなのでしょうか。「ビブリオミステリ」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは三上延氏の『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズですが、こちらは「古書」の名の通り物理的な存在としての取引価値のある古書が常に事件の中心にあるのに対して、『ecriture』シリーズの方は本は本でも中身、つまり作品としての内容が事件のカギを握っているため、かなり違う様相を呈しています。「文芸ミステリ」と名付けた方が相応しいのではないかというのが個人的な感想です。

今回も初刊同様、杉浦李奈が事件についてのノンフィクションを書くことになりますが、前回と違って今回は本人の自発的な希望です。汰柱桃蔵がたとえ少々難ありの人物であったにせよ、彼の「不謹慎」と評価された女児失踪事件を扱った小説『告白・女児失踪』やその後の彼の死亡によって浮かび上がる汰柱桃蔵犯人説などの世間の出版業界や小説に対するネガティブな評判をそのまま放置しておけないというのが李奈の動機です。
作品中何度も「何のために書くのか」「売れれば何でもいいのか」という問題提起が李奈の自問自答として登場しますが、これは松岡圭祐氏ご自身が出版業界の商業主義を批判するものだと解釈できます。

今回もまたKADOKAWAを始めとする有名な出版社などが実名で登場し、フィクション作品のはずなのにリアルで生々しい印象があります。本を作る工程や映画化・ノベライズなどが決まる過程など『小説家になって億を稼ごう』同様「そこまでバラしていいのか?!」と業界人が危惧するくらいのレベルの詳しさです。それを読み応えがあると感じるかどうかは受け手の感覚次第かと思いますが。

私がこの『ecriture』シリーズを「文芸ミステリ」と名付けたいもう1つの理由は、作品全編に散りばめられた文学作品や古典的な推理小説からのお宝のような引用です。森鴎外『花子』、徳富蘆花『不如帰』、太宰治『酒ぎらい』、石川啄木『一握の砂』、江戸川乱歩『同性愛文学史』、横溝正史『悪霊島』、松本清張『疑惑』、高木彬光『白昼の死角』、長嶋有『佐渡の三人』など。
この中で事件と深く関わりのある作品は横溝正史『悪霊島』と松本清張『疑惑』で、その絡め方も絶妙です。

なぜ、プライドが高くオリジナリティにこだわる汰柱桃蔵が犯人しか知り得ない事実を織り込んだ『告白・女児失踪』を書くに至ったのか。なぜその本の出版直前のタイミングでメルセデスベンツSクラスの新車に乗ったまま埠頭から海へ飛び込んだのか。その直前に警察に通報の電話をかけ、松本清張『疑惑』の中のくだりを読み上げたのはなぜなのか。自殺なのか他殺なのか。前夜に汰柱桃蔵の自宅に侵入したものは何者なのか。汰柱桃蔵の死と直接関係あるのか否か。
そうしたミステリにあるべき謎もワクワクするものですが、その一方で主人公李奈の小説を書くことへの思いや女児の母親への思いやりと優しさ、さらにノンフィクションの取材を通じて真実と真摯に向き合い成長して行く様が描かれることで、魅力的な人物の成長譚となっているところがすばらしい。『小説家になって億を稼ごう』で書かれているいわば小説の「王道」がキッチリと実践されていることがよく分かり、『小説家~』を読んだ読者なら「やってるやってる」と思わず得心の笑みがこぼれてしまうかもしれません。

『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 II』をAmazonで購入する。またはHontoで購入する

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書評:松岡圭祐著、『出身成分』(角川文庫)


書評:松岡圭祐著、『出身成分』(角川文庫)

2021年12月19日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行

商品説明
脱北者の証言に基づく――
貴方が北朝鮮に生まれていたら、この物語は貴方の人生である

この国に生を受けただけなのに、希望はどこにある――
平壌郊外の保安署員クム・アンサノは11年前の殺人・強姦事件の再捜査を命じられた。犯人として収容されている男と面会し記録を検証するが、捜査の杜撰さと国家の横暴さを再認識するだけだった。実はアンサノの父は元医師。最上位階級である「核心階層」に属していたが、大物政治家の暗殺容疑をかけられ物証も自白もないまま収容されている。再捜査と父への思いが重なり、アンサノは自国の姿勢に疑問を抱き始める。そしてついに、真犯人につながる謎の男の存在にたどりつくが……。鉄壁な国家が作り出す恐怖と個人の尊厳を緻密に描き出す、衝撃の社会派ミステリ長編。

北朝鮮を舞台にするミステリーはそれ自体とても珍しいものだと思います。
そもそも「北朝鮮」という国自体がミステリーじゃないかと思えるくらいです。
脱北者の証言を基にして書かれたという話なので、「出身成分」という身分制度があり、国家・主体への忠誠度に応じて「核心階層」「動揺階層」「敵対階層」に分類されて、それによって住む場所も働く場所も全然変わってくる社会構造は事実なのでしょうけど、とても衝撃的でした。
作中人物が「世界のどの国でも同じ」と主張しているように、確かに身分の違いはどこの国にも多かれ少なかれあるものです。平等が建前の民主主義国家であろうと、親の財産状態や教育の高さなどによって子の将来にも貧富の差が生じるのが厳然たる現実ではあります。
けれども、自由と平等の建前があるのとないのとではやはり違いは大きいと思います。「出身成分」という身分制度では、制度として確立されており、親の身分を子が受け継ぐことが必然的であって、抜け道がどこにもありません。そこに絶望的な差別が横たわっていて、改善の余地もないわけです。
でも、建前として自由と平等があれば、少なくとも法的な差別を受けることはありませんし、いわゆる「貧困の連鎖」も教育によって断ち切る可能性もあり、また、貧富の格差は税制改革などで是正することも可能です。
この1とゼロの違いは実は一番大きな違いだと思うのですが、「どこも同じ」と言ってしまうのは、「隣の芝生は青い」と考えていては生きていけない厳しい現実がそこにあるからでしょう。

そうした社会的背景の中で行われる11年前の殺人・強姦事件の再捜査には様々な差別・偏見・先入観が絡み、真実など何の意味も持たないかのような空気があります。そんな中でただ一人クム・アンサノが真実を追求していくのですが、仕事の一環なのにあちこちで賄賂を渡さないと話も聞けない、どこにも通してもらえないなど社会腐敗があちこちに見られます。
そして、オチの部分ではもう何が真実で何が欺瞞なのか錯綜して分からなくなってくるくらい複雑な話で、読み応えがあります。


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歴史小説

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書評:松岡圭祐著、『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎 黄金仮面の真実』(角川文庫)

2021年12月09日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行

『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎 黄金仮面の真実』は『シャーロック・ホームズ対伊藤博文』のように世界的に有名な推理小説を基にした完成度の高いパロディ小説で、ひょっとすると原作よりも面白いかもしれません。
昭和4年の日本を舞台に江戸川乱歩作の『黄金仮面』の謎と矛盾をすべて解明するばかりではなく、さらに意外な展開があります。カリオストロ伯爵夫人にかつて生まれたばかりの息子を奪われたルパンが、「ルパンの息子なのでは」と噂される明智小五郎の真偽を確かめるためと、意図せず黄金仮面をかぶって出会ってしまった大鳥不二子に会いに日本へ旅立ちます。55歳の最後の(?)冒険なのかどうかは知りませんが、若い頃のように機敏には動けないということを認めざるを得ないような失態を何度か晒してしまってます。
それでもめげずにダンディに立ち直るところがいいですね。
『黄金仮面』は読んだことがないのですが、この作品を読んで興味が湧きました。

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2021年12月05日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行


続編の方を先に読んでしまいましたが、シリーズ第1作『ミッキーマウスの憂鬱』を遅ればせながら読みました。

ディズニーランドに夢を抱いて派遣・準社員として働くことになった21歳の後藤大輔。美装部に配属された初日、勝手がわからずにあちこちで白い目で見られ、冷たくあしらわれ、早くもディズニーランドのバックステージは他のバイト先と変わらない「普通の職場」であることに幻滅し始めます。
そんな中、ショー用のミッキーマウスの着ぐるみが紛失し、職場の空気が一層悪くなります。

当たり前と言えば当たり前ですが、夢の国ディズニーランドも一企業。会社としての側面も人間が集まるところには必ずある軋轢もないわけがないのですが、「キャスト」と呼ばれる社員・準社員たちがゲストの夢を壊さないように必死に演技をしているのが特徴的ですね。
公式にはミッキーマウスは「着ぐるみではない」というのも徹底していますね。
興味深い舞台設定の青春成長小説と言えますが、松岡圭祐の作品としては珍しいタイプの作品ですね。

ミッキーマウス紛失事件で美装部の女性にあらぬ疑いをかけて圧力をかけた嫌な調査部の正社員が最後にはちゃんと懲らしめられるところがいいですね。胸のすく思いをしました。
現実世界ではそういうことはほぼほぼ起こることはないだろうという展開でしたが、そこは、その、ディズニーランドということで。その舞台設定だからこそできたオチと言えるでしょうね。


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書評:松岡圭祐著、『瑕疵借り』(講談社文庫)

書評:松岡圭祐著、『マジシャン 最終版』&『イリュージョン 最終版』(角川文庫)

書評:松岡圭祐著、『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論』(角川文庫)

書評:松岡圭祐著、『小説家になって億を稼ごう』(新潮新書)

書評:松岡圭祐著、『ミッキーマウスの憂鬱ふたたび』(新潮文庫)