徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:松岡圭祐著、『出身成分』(角川文庫)

2021年12月19日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行

商品説明
脱北者の証言に基づく――
貴方が北朝鮮に生まれていたら、この物語は貴方の人生である

この国に生を受けただけなのに、希望はどこにある――
平壌郊外の保安署員クム・アンサノは11年前の殺人・強姦事件の再捜査を命じられた。犯人として収容されている男と面会し記録を検証するが、捜査の杜撰さと国家の横暴さを再認識するだけだった。実はアンサノの父は元医師。最上位階級である「核心階層」に属していたが、大物政治家の暗殺容疑をかけられ物証も自白もないまま収容されている。再捜査と父への思いが重なり、アンサノは自国の姿勢に疑問を抱き始める。そしてついに、真犯人につながる謎の男の存在にたどりつくが……。鉄壁な国家が作り出す恐怖と個人の尊厳を緻密に描き出す、衝撃の社会派ミステリ長編。

北朝鮮を舞台にするミステリーはそれ自体とても珍しいものだと思います。
そもそも「北朝鮮」という国自体がミステリーじゃないかと思えるくらいです。
脱北者の証言を基にして書かれたという話なので、「出身成分」という身分制度があり、国家・主体への忠誠度に応じて「核心階層」「動揺階層」「敵対階層」に分類されて、それによって住む場所も働く場所も全然変わってくる社会構造は事実なのでしょうけど、とても衝撃的でした。
作中人物が「世界のどの国でも同じ」と主張しているように、確かに身分の違いはどこの国にも多かれ少なかれあるものです。平等が建前の民主主義国家であろうと、親の財産状態や教育の高さなどによって子の将来にも貧富の差が生じるのが厳然たる現実ではあります。
けれども、自由と平等の建前があるのとないのとではやはり違いは大きいと思います。「出身成分」という身分制度では、制度として確立されており、親の身分を子が受け継ぐことが必然的であって、抜け道がどこにもありません。そこに絶望的な差別が横たわっていて、改善の余地もないわけです。
でも、建前として自由と平等があれば、少なくとも法的な差別を受けることはありませんし、いわゆる「貧困の連鎖」も教育によって断ち切る可能性もあり、また、貧富の格差は税制改革などで是正することも可能です。
この1とゼロの違いは実は一番大きな違いだと思うのですが、「どこも同じ」と言ってしまうのは、「隣の芝生は青い」と考えていては生きていけない厳しい現実がそこにあるからでしょう。

そうした社会的背景の中で行われる11年前の殺人・強姦事件の再捜査には様々な差別・偏見・先入観が絡み、真実など何の意味も持たないかのような空気があります。そんな中でただ一人クム・アンサノが真実を追求していくのですが、仕事の一環なのにあちこちで賄賂を渡さないと話も聞けない、どこにも通してもらえないなど社会腐敗があちこちに見られます。
そして、オチの部分ではもう何が真実で何が欺瞞なのか錯綜して分からなくなってくるくらい複雑な話で、読み応えがあります。


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