徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:高橋 敏著、『江戸の訴訟 御宿村一件顚末』 (岩波新書 新赤版)2010/01/20

2023年09月28日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

積読本の消化に当たり、民俗学の次は歴史かなと思い、本書を手に取りました。
江戸時代の訴訟が実際にどう行われ、当事者たちにとって具体的にどういう意味があったのか、建前はともかく、実際にはどのようなことが行われたのか、そのようなことを「御宿村一件」を例にとって紐解くのが本書です。

嘉永2年(1849)に御宿村で不法滞在していた無宿者が、同じく無宿者の集団二十二三人に襲われて殺されたことがことの発端で、この者を自宅に匿っていた農相兼業の村人源右衛門が本来なら検死の届出を出さなければいけないところ、無宿者を違法に泊めていたことを咎められたらまずいと思って、無住の寺の敷地に勝手に埋めてしまいます。しかし、隠しきれずに村全体で問題にされるものの、5人組の連帯責任や村長の管理責任に問われることを嫌って、内々に処理し、源右衛門は村籍から除外し、追放することに決めて、終わりにしようとします。
ところが、別件で殺人犯らが捕まったため、この件も露見し、当事者の父も含め名主らが勘定奉行に呼び出されることになってしまいます。
ここで名主が几帳面に日記や公費・私費の用立て記録をつけていたため、裁判のための江戸滞在が何日に及び、費用がどのくらいかさみ、長引く訴訟を何とか早く決着させるためにどの用人に会い、どんな接待や贈答をしたかが克明になります。
その他多くの周辺資料を駆使して、当時の社会の仕組みや官官接待の実際などが描き出されています。

今日の法の理解からすると、当事者が出奔して行方不明のまま、その父親・親類と村の名主らが裁判に出頭するなんて考えられないことですが、当時は連帯責任が当たり前で、「個人」の問題では済まなかったことがよく分かります。

また、裁判のためとはいえ、滞在日数の割には実際に勘定奉行に呼び出されるのは数回しかないため、しっかり江戸観光しているところが面白いですね。ちゃんとガイドブックのようなものがあり、どこの料亭が美味しいなどの情報を入手して食べに行ったり、神社にお参りに行ったり、お土産を買ったり、やることは今とあまり変わらないようで、興味深いです。



読書メモ:岩下 宣子著、『図解 日本人なら知っておきたい しきたり大全』(講談社の実用BOOK)

2023年09月15日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

民俗学つながりで積読本を消化してきたので、内容的に近い本書『図解 日本人なら知っておきたい しきたり大全』もついでに消化しようと手に取りました。ざっと全体に目を通し、興味を覚えた記事だけを読み込んだだけに留めました。
というのは、本書はカラー図鑑百科事典のようなもので、通しで読めるような代物ではないからです。けれども一家に一冊置いておくべき本だと思います。
挿絵もきれいで、レイアウトも見やすく、説明も分かりやすいです。

まあ、昨今では誰でもスマートフォンを持ち、何か分からないことがあればググることで、冠婚葬祭等のやり方や作法、あらゆるものの金額の相場が調べられるので、一冊の本として本当に必要かというと、そこはちょっと自信を持って断言できないのですが、世の中にはネット検索が苦手な人もいるので、一定の需要はあるのかなと考えます。

本書にも一部のしきたりに関してはその起源や歴史的な意味に軽く触れられていますが、大部分は作法やマナーとして「かくあるべし」的な説明に始終しているため、歴史的背景や民俗学的考察に興味がある人間には全く不向きですが。

それにしても疑問に思うのは、「二十四節季と七十二候」という季節の区分は一体どこの地域が基準になっているのでしょうか? 南北に細長い日本列島は気候の地域差がかなり激しく、旧暦・新暦のずれだけではなく、そもそも全国旧暦だった時代もこれにぴったり合った季節を味わえる地域は実はごく狭い範囲に限られていたのではないでしょうか。
というか、そもそもしきたりというのは歴史を遡るほど地域差が大きくなるので、共通項を探せばかなり大雑把なものしかないはずです。それなのに「日本のしきたり」とあたかも全国一律有効のような表現を使うことに少々違和感が否めません。明治期の国民国家形成期に新たに導入されたものや画一化されたものが相当あるので、どれもこれも何百年も受け継がれてきた文化というわけではないことも意識すべきではないかと思います。

目次
はじめに
本書について
季節のしきたり
旧暦について 二十四節季と七十二候
暮らしと暦 年中行事
人生儀礼 人生の節目のお祝い
赤ちゃんのお祝い
子どものお祝い
おとなのお祝い
長寿のお祝い
慶事のしきたり
婚礼のしきたり
挙式の形式
挙式後のお礼と贈り物
結婚を祝う
日常 お祝い・お礼・お返しの基本
弔事 大切な人を送るとき
臨終から葬儀まで
葬儀の流れ 仏式・神式・キリスト教式
弔事の表書き一覧
お付き合いのしきたり
挨拶挨拶とお辞儀の作法
和室の作法
訪問とおもてなし
食にまつわるしきたり
日常の心遣い
贈答・手紙のしきたり
季節の贈り物
贈り物とお返しのしきたり
手紙のしきたり
巻末付録


書評:常光 徹著、『魔除けの民俗学 家・道具・災害の俗信』(角川選書)

2023年09月11日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

積読本を消化しようと先月から民俗学関係の本を読み出しましたが、『魔除けの民俗学』はその4冊目となります。
前回読んだ『しぐさの民俗学』と一部重複するところはありますが、〈魔除け〉や〈厄除け〉に焦点を当てているところが違います。
個々のエピソードは非常に興味をそそられますが、やや事典的な羅列で、類似する各地の俗信の根底にある心意に関する考察が弱いような印象をぬぐえません。

目次
はじめに―俗信と魔除け
I 家屋敷と俗信
第一章 生死と境界の空間ー屋根と床下
第二章 植物と家の盛衰ー庭木の吉凶
第三章 他界への出入り口ー井戸
II 生活道具と俗信
第一章 人生の節目を象徴ー箒
第二章 祓う・拒む・鎮めるー蓑
第三章 禁忌と魔除けの呪具ー鍋
第四章 欺く・招く・乞うー柄杓
III 災害と俗信
第一章 地震と唱え言
第二章 幕末土佐の人と動物ー『真覚寺日記』より

第III部で引用されている宇佐村の真覚寺住職・井上静照(1816~69)による『真覚寺日記』は安政地震の惨状を克明に伝える一方、蚊や蚤、鼠などに悩まされる日常もユーモラスに語られているようでかなり面白そうです。
鼠を狩るために猫を飼っているのに、猫が仕事をしないと叱ってその役割を諭そうとしたり、家中蚊だらけになり、払っても無駄なので家を一時蚊に明け渡し、自分はよそへ避難したり、当時の生活がよく描かれているようです。
地震の時は井戸の水位を見て、津波が来るかどうかを判断するのが宇佐浦では普通だったことを批判して、地震が起きたら財産に執着せずにさっさと逃げないと助からないと繰り返し説いているのも興味深い。