徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:高橋洋一著、『消費増税でどうなる?日本経済の真相ー2014年度版』(中経出版)

2016年05月30日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

『消費増税でどうなる?日本経済の真相ー2014年度版』(中経出版)は、小説などで、読むのを中断していましたが、ついに完読しました。この本は全章に亘って、まず俗論が提示され、それをスパッと切って、『真相』が明かされるという構成になっています。非常に読みやすく、小気味がいい一方で、『経済政策の“ご意見番”がこっそり教える アベノミクスの逆襲』のような硬質な経済理論が影を潜め、『真相』の根拠が十分に示されていないところも部分的にあり、少々欲求不満になるという難点があります。

目次を見ると概ね著者の方向性が見えるので以下に書き写しました。

Chapter 1 消費増税、社会保障、歳入庁、軽減税率、官僚利権、法人減税…これが8%増税の真相だ!

01俗論 8%消費増税、国民のためにやむを得なかった
 真相  否。その本質は財務省のための残酷な増税。

02俗論 8%では足りない。最低でも10%まで引き上げよ
 真相 否。反動減は確実。「怪しい言い訳」が出てきたら要注意。 

03俗論 社会保障制度の維持のため、みんなで協力。増税やむなし
 真相 否。歳入庁とマイナンバー制で増税は不要に。

04俗論 庶民のため、特定品目には軽減税率の適用を
 真相 否。軽減税率は不公平を増やす官僚利権の温床だ。

05俗論 消費増税は企業を苦しめる。法人減税とセットで考えよ
 真相 否。この増税で苦しむのは消費者。法人税もいらない。 

Chapter 2 金融政策、予想インフレ率、株価、賃金、格差是正…これが日本経済の真相だ!

06俗論 いくら株価が上がっても、実体経済はよくならない
 真相  否。波及の時差は世界の常識。想定どおりに進行中。

07俗論 中小の賃金は上がらず。潤うのは大企業社員ばかり
 真相 否。好影響も悪影響も、まずは大企業が先。

08俗論 2%インフレなど不可能。万が一実現すれば、格差が拡大
 真相 否。真の目的は脱デフレと経済成長。まずは「底上げ」を

Chapter 3 為替レート、経常収支、国際暴落、集団的自衛権、秘密保護法…これがアベノクスの真相だ! 

09俗論 円安で伸びたのは輸出金額。輸出数量が増えないとNG
 真相  否。景気は回復中。トータルでみると、円安メリットは大。

10俗論 GDPが増えても、経常収支は赤字に転落。国力が落ちている
 真相 否。トンデモ理論が「赤字」という言葉で危機を煽っている。

11俗論 このまま緩和を続けると、国際暴落→ハイパーインフレ
 真相 否。もはや暴落論はホラー映画の世界。ただのフィクション。

12俗論 集団的自衛権、秘密保護法…日本の右傾化が止まらない
 真相 否。背後にあるのは、イデオロギーよりも経済性の問題。

Chapter 4 米緩和縮小、新FRB議長、超円安、新興国経済、ルイス転換点…これが世界経済の真相だ!

13俗論 アメリカがついに緩和縮小。つられてアベノミクスも腰折れ?
 真相 否。数値に基づく一貫性ある決断。米金融に死角なし。

14俗論 米国のアベノミクス歓迎、実は『ウラの意図』がある 
 真相 否。怪しい陰謀論。為替操作など目的にしていない。

15俗論 対jにドル緩和縮小が開始。これから超円安がやってくる 
 真相 否。「量」の比較で十分に予測可能。110円近辺が妥当。

16俗論 米緩和終了により、新興国の経済は大打撃
 真相 否。原因は別。読み解くカギはルイス転換点に。

Chapter 5 シャドーバンキング、ビットコイン、脱原発、東京五輪、道州制…これが経済ニュースの真相だ!

17俗論 中国のシャドーバンキング、放置すれば第2のリーマンショックも
 真相 否。無理に潰すとショック再来の恐れ。日本への影響は小。

18俗論 実態の分からないビットコインは危機のもと。国で規制すべき
 真相 否。よくできた仮想通貨の仕組み。「使い道」はある。

19俗論 脱原発は理想化の戯言?それでもやはり脱原発すべき?
 真相 否。水掛け論を終わらせるべき。経済的な解を探れ。 

20俗論 2020年東京オリンピック、経済効果はなんと150兆円!!
 真相 否。数字は無根拠。プラス効果はあるが、「経済効果」は曖昧

21俗論 道州制論議は立ち消え。橋本市長のと構想も鳴りを潜める
 真相 否。地方独立を阻むマスコミの印象操作の可能性。 

 

まず印象に残ったのが、国税庁と年金機構の徴収部門を合体させて「歳入庁」を作るアイデア。これによって税・社会保険料の徴収漏れが解消されれば、収入増になり、増税の必要がなくなるという。徴収漏れを防ぐための補助システムがマイナンバー制というわけですが、理屈は通ってます。マイナンバー制がきちんと機能していることが大前提となりますが、実際には穴だらけで、その上情報集約が過度なため、とても賛成できるものではありません。仮にマイナンバーが納税と保険料に関するデータのみを集めて管理するものであるとするならば、それは合理的なシステムで、海外でも多く実施されているものでもあります。それに対して現在導入されたばかりの日本のマイナンバー制は世界に類を見ないもの(過度な情報集約プラスセキュリティーの穴)と成り果てています。

何はともあれ、増税より先にやる課題があることは確かですね。税率を変えるのではなく、税の徴収漏れ、すなわち脱税・租税回避をなくせばいい訳です。そもそも「財政再建のために増税」ということ自体が間違ったロジックで、非常識です。なぜなら増税は経済成長を失速させ、結局税収減につながるので、財政再建がかなわなくなるからです。財政再建真っ最中のギリシャでも増税の「ぞ」の字も出てきません。財政再建のスタンダードな方法は歳出削減と経済成長です。この点は高橋洋一氏も折々に主張しています。そしてその意味でアベノミクスの3本の矢「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」、「民間投資を喚起する成長戦略」は間違っていない、と。

ただ、最初の2本の矢はともかく、一番大事な成長戦略がなってなかったのは事実でしょう。アベノミクスとは矛盾する、民主党政権からの遺産である消費増税を取り消さなかったこと、生活保護や介護費の削減や非正規雇用の推進などは3本目の矢である「成長戦略」を阻害するものでしかありません。どういう政治的な力学が働いたのか分かりませんけど、経済成長政策としては一貫性がなく、むちゃくちゃです。「一億層活躍」だの「女性が輝く日本」だのスローガンだけで実体の伴っていないものが経済成長につながるわけありません。金融緩和、財政出動、成長戦略の三本立てはそのお題目の段階では間違っていないと私も個人的に思うのですが、それが具体化する段階で、「ダメだそりゃ」と匙を投げたくなるような政策が多かったのが残念ですね。

 

次に印象深かったのが、「脱原発」について。私は著者がアベノミクス擁護者であることからなんとなく原発推進派なのではないかと思っていたのですが、彼はあくまでもエコノミストだったということですね。彼のテーゼは「電力を自由化すれば、おのずと原発はゼロになる」です。原発推進派が原発発電コストを正しく提示せず、いかにも原発が低コストであるかのようなプロパガンダを展開しているのは今に始まったことではありませんが、一見安い発電コストには再処理・廃棄物処理費などのいわゆる「バックエンド・コスト」が含まれていませんし、技術開発補助金も考慮されていません。深刻な原発事故を起こした際の補償のために本来なら必要な「保険料」も当然含まれていません。こうしたコストを全て考慮すれば割高になる原発に競争力がなくなります。アメリカでもいくつかの原発がすでに「不経済」を理由に廃炉になっています。全うに経済的に考えれば、原発産業が成り立たないのは、世界的にみて原発への各国政府の補助金の多さを見ても明らかです。多額の補助金なしに成り立たない産業、ということは不経済であることの証明以外の何ものでもありません。

それにしても、「俗論」の多さに驚かざるを得ません。どれも恐らくメディアで拡散されているものなのでしょう。個人的には全部を見かけたことがあるわけではありませんが。
長谷川幸洋氏が「日本国の正体」で指摘するように、記者クラブに居座って、役人が流す情報をそのまま記事にする記者が役人の広告塔になって、こうした「俗論」を広めていくんでしょうね。嘆かわしい限りです。

 


書評:高橋洋一著、『経済政策の“ご意見番”がこっそり教える アベノミクスの逆襲』(PHP研究所)

書評:長谷川幸洋著、『日本国の正体 政治家・官僚・メディア-本当の権力者は誰か』(講談社)

 


100年前のヴェルダンの戦い(第1次世界大戦)~本日追悼式典。オバマ大統領広島訪問を考える。

2016年05月29日 | 歴史・文化

本日、5月29日、メルケル独首相とオランド仏大統領が100年前のヴェルダンの戦いの追悼式典に参加しました。

メルケル独首相は追悼式典でヨーロッパにおける国家主義的思想及び行動に警鐘を鳴らしました。「ここでは歴史が胸が締め付けられるほど身近です。ヴェルダンは私たちの念頭を去らない、また去ってはならないのです。ヴェルダンは残虐性と無意味さそのものの象徴です。同時にヴェルダンは平和への憧憬、敵対心の克服及び独仏和解のシンボルでもあります」とメルケル独首相は語りました。

オランド仏大統領は欧州連合の諸問題に警告を発しました。「分裂、閉鎖、隔離の力学が再び働いている。その力学はヨーロッパを悪の根源と誹謗しており、ヨーロッパが不幸から生まれたものであることを忘れている」と二つの世界大戦を示唆しました。

両首脳は29日午前、まずヴェルダンのコンサンヴォワ(Consenvoye)村にあるドイツ兵墓地で花輪を置き、ヴェルダン市役所訪問後には市内の記念碑の前にも花輪を置きました。市内では子どもたちが平和のハトが付いた白い風船を飛ばしました。その後ドゥアモンの遺骨堂前で追悼式典が行われ、両首脳は「記憶の炎」を点火しました。

32年前

ヴェルダンにおける最初の独仏和解は1984年9月22日、フランソワ・ミッテラン仏大統領とヘルムート・コール独首相の間で達成されました。両国首脳はドイツ及びフランス国歌が演奏されていた数分間ずっと手を取り合っていました。ミッテラン元大統領のメモワールにもコール元首相のメモワールにもこの時のジェスチャーがその場の雰囲気で自然発生的に行われたものと語っていますが、これは前以て打ち合わせされた計画的仲直りジェスシャーだ、と見る向きも少なくありません。両首脳にとって、ヴェルダンは個人的にも因縁深い場所でした。コール元首相の父は第一次世界大戦中この地で戦い、ミッテラン元大統領は第2次世界大戦の際に年若い兵士としてこの地で戦い負傷しました。

この歴史的式典はかつて要塞があったヴェルダン近郊のドゥアモンにある遺骨堂前で行われました。遺骨堂には身元不明の約13万人のドイツ及びフランス兵士の遺骨が納められています。今日の式典もこの場所でした。

ドゥアモン遺骨堂

 

100年前

1916年2月21日にドイツの先制攻撃によって始まったヴェルダンの戦いは第1次世界大戦において最も長く(300日間)続き、最も多く物資を消費し、最も多く死者を出した戦いです。ドイツ軍はすぐにドゥオモン要塞を占拠することに成功しましたが、フランス軍が同年7月24日にドイツ軍の進行を阻み、反撃を開始。10月24日にはドゥオモン要塞奪還に成功し、同年12月18日に戦闘が終了したときには戦闘開始した2月21日と殆ど同じ境界線に戻っていました。全く無意味な戦いでした。しかし、当初ドイツの参謀本部長であったエーリヒ・フォン・ファルケンハインはこの作戦が数日間で終了し、西部戦線における決定打となることを確信していたらしいですが。

二正面戦争を戦っていたドイツに比べ、フランスは対ドイツ作戦に物資も兵士も集中させることができ、前線の兵士たちの慰撫も怠りませんでした。前線には飲料水よりワインの方が豊富にあったという。フランスの植民地からも大量に人員がドイツ前線に投入されました。
ドイツ側は二つの主要な要塞ドゥオモンとヴォーを占拠した後は防御に専念し、大砲などの重火器の大部分をロシア前線の方へ移動させました。要塞を中心とするフランス前線に残された兵士たちは見捨てられたと言っていいくらい食糧や下着などの衣料品の配給が滞り、飢えと渇きと病気に苦しめながらフランス軍の反撃に耐えざるを得ませんでした。

この戦いで、砲弾2600万個、毒ガス弾10万個が投入されました。独仏両軍総計200万人の兵士たちが戦い、うち35万人が死亡しました。兵士の前線での平均寿命はたったの14日間でした。ヴェルダンでは今でも雨が激しく降ると兵士の遺品や遺体の一部が出て来ることがあるそうです。

負傷者は約40万人と言われています。多くの人が一生治らない傷害を負い、精神を病みました。精神病院から死ぬまで出られなかった負傷兵たちも少なくありませんでした。

一般市民は早期に避難させられていたので、犠牲者は最小限に留まりました。そこが無差別攻撃の多かった第2次世界大戦との大きな違いですね。


オバマ大統領広島訪問の意味を考える

何世紀にもわたって宿敵同士だったドイツとフランス。現在では、時々少々の軋みがあるとはいえ、EUの2大国として緊密な協力関係を築いています。折々に、今日のように宿敵だった過去を共に振り返り、現在の友情を確かめ、それを未来に続けていくことを願う儀式を執り行っています。この徹底的な歴史意識に私は感銘を受けざるを得ません。ドイツとフランスは既に謝罪するしない、補償するしないの議論の段階をとっくに超えて、対等なパートナーとしてヨーロッパの未来を担っていくことに専念しているのです。

それに対して日中関係、日韓関係は言わずもがなですが、日米関係ですら独仏関係の段階に到達していません。なぜなら日米は未だに対等なパートナーではないからです。日本はアメリカの属国のままです。

現役大統領としては初めてのオバマ大統領の歴史的ヒロシマ訪問も謝罪は期待されていませんでしたし、オバマ大統領も謝罪するつもりなど毛頭ありませんでした。日本のメディアではオバマ大統領の広島訪問が実現したことが安倍首相の手柄のように報道されているようですが、海外メディアは非常にシビアな見方をしています。

米紙ニューヨークタイムズの5月26日付の記事では、戦後日本が憲法9条と日米同盟のもとで平和主義をとってきたと述べ、独自の軍隊をもち国際的により大きな役割を担う「普通の国」に変えようという安倍首相の路線は、原爆ドームに象徴されるメッセージ、すなわち、広島の慰霊碑の石碑に刻まれた「過ちは繰返しませぬから」の言葉に反している、と伝えられています。記事の最後を、市民団体「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」共同代表である森瀧春子氏によるコメント「私はオバマ大統領には会いたい。けれども、その隣に安倍首相が立つ姿を見たくはない。広島の記憶を、利用してほしくはないのです」で締めているのは最も強烈な安倍批判と言えるでしょう。

また英紙ガーディアンでも5月27日付電子版では、ロンドン大学SOAS・ジャパンリサーチセンターのシニアフェローであるマーティン・スミス氏が英報道局「Sky News」に語ったコメントを引用し、「オバマが謝罪しなかったことは、安倍政権の右翼志向を推し進めるのに利用されるでしょう。そして、むしろ東アジアでの日本の軍事的役割を強化し、1930年代から40年代に起こったことを忘却したい、いや、否定したいと思っている支配者層を後押しことになるのでないか」と指摘しています。

独紙南ドイツ新聞の評論も辛辣です。被爆体験を利用して加害歴史を隠蔽し、被害者になりすます日本と、「核兵器で早期の戦争終結を実現して犠牲を押さえた」と戦争犯罪を糊塗するアメリカの共犯関係を指摘しています。詳細な日本語訳に興味のある方は在ベルリンジャーナリスト・梶山太一郎の反核覚え書き「明日うらしま」をご覧になってください。ところどころ若干不正確な日本語訳になっていますが、大意に間違いはありません。

要するに日本もアメリカも過去を反省し、歴史からしっかりと学ぼうという姿勢が足りないようです。アメリカ側は「自分たちが始めた戦争じゃない」とまだ言い訳が効きそうですが、日本の場合はその言い訳が立ちませんから、オバマ大統領が謝罪しなかった例に倣い、今後日本も謝罪しなくて良い、という結論を導き出すのは恥知らずとしか言いようがありません。是非とも独仏関係を見習ってほしいものです。



参考記事:

ZDFホイテ、2016.05.29、「ヴェルダンの追悼:色鮮やかかつ真剣に」 (元記事は既に削除されています。2017.05.20)
ツァイト・オンライン、2016.05.29、「ヴェルダン:かつての戦慄を思い出す」 
ZDFインフォ、2016.05.29、「ヴェルダンの災厄:血まみれの攻撃」(ビデオ) 
ZDFインフォ、2016.05.29、「ヴェルダンの災厄:死の幻想」(ビデオ) 
ニューヨークタイムズ、2016.05.26、「日本のリーダーは広島の平和の教訓をほとんど活かすつもりがない
ガーディアン、2016.05.27、「G7サミット:オバマは広島に歴史的な訪問をする」 
南ドイツ新聞、2016.05.26、「なぜ日本政府はヒロシマについての謝罪を望まないか」 

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書評:有川浩著、『シアター!』&『シアター!2』(メディアワークス文庫)

2016年05月28日 | 書評ー小説:作者ア行

この『シアター!』&『シアター!2』(メディアワークス文庫)が、この度有川作品をまとめ買いした中の最後の作品となります。

率直な感想は「すごく面白かった」と「なんでまだ3巻が出てないの?」でした。『シアター!2』(メディアワークス文庫)の初版が2011年1月でしたので、いくらあとがきに「しばらくお待たせさせてしまいます」と書いてあったとはいえ、5年以上とは、時間が経ち過ぎているように思えます。一応1巻も2巻も単作でそれなりに一区切りついていて、もっとも緊張感の高まった一番いいところで【続く】というような終わり方はしていないので、続編が出ない欲求不満度はそれほど高くはないのですが…

さて、この『シアター!』シリーズがどういうお話かと言いますと、弱小劇団奮闘記ですね。いじめられっ子だった弟・春川巧が演劇に目覚め、大人になってから小劇団<シアターフラッグ>を主宰し、脚本・演出家として活動中していたが、声優歴10年の羽田千歳の入団を巡って分裂騒ぎが起き、今までの累積赤字をかぶっていた制作の子が持ち出し額300万円の返済を要求。ピンチに陥った巧は兄・春川司に支援を求めます。このお兄ちゃんは弟とは対照的な出来の良い工務店のやり手営業マンで、常々非生産的な演劇にずっと没頭している弟を苦々しく思っており、きっぱり諦めさせるために、借金返済の肩代わりと経理関係サポートをする代わりに、「2年間で劇団の収益からこの300万を返せ。できない場合は劇団を潰せ」と厳しい条件を出します。ぐじぐじと躊躇する団員達にむかって、司は「降ってわいた借金300万、お前ら全員で頭割りしたらたかだか30万だ!いい年こいた大人が雁首揃えてそれっぽっちの金も用立てられなかったことを恥じろ!無利子で2年も猶予をやるのに返済できないならお前らに才能なんかない!二年間死にものぐるいでやれ!自分の無力を思い知って死ね!借金できりきり舞いして夢も希望も枯れ果ててしまえ!」と既に暴言と言えるような発破をかけます。こうして、ごっそりと団員が抜けた後の<シアターフラッグ>は司こと≪鉄血宰相≫の愛のムチのもと再出発するわけです。

1巻では≪鉄血宰相≫がほぼ一人で制作を担当し、諸経費の見直しや宣伝・チケット販売戦略の変更等の過程を軸に話が進んでいきます。いつも自分の劇団のための脚本を書きあげるのが遅かったという弟・巧には「時間と金は反比例」と尻を叩いて、練習時間をたっぷりとれる日程で締め切りを設定するなど、厳しいけどかなり面倒見のよいお兄ちゃんぶりを発揮します。口ではかなり突っ放した言い方をするのに、見捨てずに誠実に対応しているところなど、非常に魅力的です。また、声優歴10年でそこそこ名が売れているという羽田千歳の女優デビューの奮闘ぶりも物語のサイドラインを支えていて読み応えがあります。公演中の舞台上で通称≪うっかりスズべえ≫清水スズの「うっかり」が発動し、一同大わらわとなりますが、通称≪看板女優≫早瀬牧子と≪ディープインパクト≫羽田千歳の機転でアドリブで切り抜けるところなど、ハラハラものです。

2巻では劇団員全員がそれぞれ活発に動き出す、リアリティー溢れるドラマです。山となる大事件は旧団員による劇団公式サイト荒し、≪うっかりスズべえ≫のうっかりが劇団に多額の経済的損失を出させてしまったことから人間関係に亀裂が走ったことと≪泣き虫主催≫こと巧の家出です。カップルがそれぞれできていく(予感)も各々ドラマがあって面白いです。1巻では牽引役だった≪鉄血宰相≫こと司は2年間の期限付きでサポートしている自分が抜けた後のことを考えて、その後を切り抜けられるように裏方仕事を劇団員の適性に応じて分担させるので、自ずと「相談係」というポジションを占めるようになってきますが、みんなに頼られるお兄ちゃんぶりにはほっこりとさせられます。また意識高い系の劇場支配人や閉じた演劇界の問題点などが容赦なく描き出されていて、物語によりリアリティーを与えています。

この『シアター!』シリーズは、作者が『図書館戦争』で芝崎麻子役を演じた女優さんが属する劇団「Theatre劇団子」の公演を見に行ったことがきっかけで、インスピレーションが湧き、「Theatre劇団子」を丹念に取材して書き上げられた作品だそうです。「Theatre劇団子」との出会いから『シアター!』一巻が書きあげられるまでに要した時間はたったの3か月というから驚異的な創作力に感心するばかりです。これほど作品の題材に幅のある作家というのも稀有なのではないかと思います。私がかなり読み込んでいる作家のひとりである海棠尊は医療関係から出ることは殆どありませんし、池井戸潤にしても銀行専門というわけではないにしてもカネの流れが重要な位置を占める企業とそれにかかわる人々のドラマから外れたことはないのではないでしょうか。

何はともあれ、様々な題材で次々面白い作品を創り出している有川浩ですが、私はやはりこの人の甘々の恋愛小説が一番好きです。

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書評:有川浩著、『レインツリーの国 World of Delight』(角川文庫)

書評:有川浩著、『ストーリー・セラー』(幻冬舎文庫)

書評:有川浩著、自衛隊3部作『塩の街』、『空の中』、『海の底』(角川文庫)

書評:有川浩著、『クジラの彼』(角川文庫)

書評:有川浩著、『植物図鑑』(幻冬舎文庫)

書評:有川浩著、『ラブコメ今昔』(角川文庫)

書評:有川浩著、『県庁おもてなし課』(角川文庫)

書評:有川浩著、『空飛ぶ広報室』(幻冬舎文庫)

書評:有川浩著、『阪急電車』(幻冬舎文庫)

書評:有川浩著、『三匹のおっさん』(文春文庫)&『三匹のおっさん ふたたび』(講談社文庫)

書評:有川浩著、『ヒア・カムズ・ザ・サン』(新潮文庫)


コペンハーゲン旅行記(2)

2016年05月27日 | 旅行

2014年5月25日―29日のコペンハーゲン旅行記の続きです。

5月27日のメインはローゼンボー城(Rosenborg Slot)だったのですが、その前にコペンハーゲン駅からチヴォリ遊園地とは逆方向に歩いて10-15分くらいのところにある市立博物館に行ってみました。

コペンハーゲン駅

博物館の展示物。

  

博物館内のなかなかおしゃれな喫茶室で休憩。

   

博物館の裏にはこんな温室(?)が…

 

さて次はメインのローゼンボー城へ。美しい庭園に囲まれたお城は1607年に建てられた夏の離宮で、建設されて以来ほとんど手を加えることがないまま今に至っているそうです。ここがアマリエンボー宮殿に向かう衛兵たちの出発点。

       

 

暫く庭園を散策し、芝生などに転がってぼんやりとした後、ショッピング街でもあるストロイエ(Strøget)へ。
(写真:Olga Itenberg

 丸い塔は外から見るだけにしました。さすがに登る元気は残ってなかったので。36mの高さの塔は1637-42年に天体観測塔と同時に教会の塔として建設されました。中は非常に大きな螺旋スロープで、クリスチャン4世が馬車あるいは馬で上まで行けるように設計されています。スロープの長さは206m。

  

丸い塔から聖母教会(Vor Frue Kirke)に向かう途中に素敵な広場がありました。 Gråbrødretorvという広場です。地元の人に愛されていそうな憩いの広場みたいで、いいなあと思いました。

 

 

聖母教会は1200年頃にコペンハーゲン大聖堂として定礎・建設されたものですが、以後何度も増改築されてきました。現在のギリシャ神殿のような新古典主義様式は戦争でイギリス人に破壊された後、C.F.ハンセン(1756-1845)というデンマークの建築家が1807年に設計したものだそうです。

 

 

聖母教会からほんの2分歩いたところに聖ペトリ教会というドイツ人教会があります。1304年に建てられたものですが、火事で燃えたり、戦争で破壊されたり、爆撃を受けたり、と惨事に見舞われること数知れずだったようです。1807年にイギリス軍の大砲が教会をかなり破損させましたが、奇跡のように塔だけは崩壊せずに済んだとか。

この教会では1585年以来ずっとドイツ語で説教・ミサが行われています。

 

ここからどこをどう通ったかはもう覚えていないのですが、RizRazというヴィーガンメニューの充実したレストランで夕食にしました。前日まで肉肉だったので、肉に嫌気がさしたからなのですが、そこはちゃんと肉料理もあり、ダンナはもちろんステーキを頼んでました。

    

 

食後にまた元気に歩き出して、ホテルに帰るメトロに乗るためにクリスチャンボー宮殿広場へ。クリスチャン6世が1731年に、バロック様式の城を建てましたが、1794年に火事で住めなくなり、アマリエンボー宮殿へ移りました。その後、先述のC.F.ハンセンが古典主義様式でクリスチャンボー宮殿2.0を建設。しかしながらこのお城もチャペルを除いて焼失。最後に、現在のクリスチャンボー宮殿3.0が1907-28年に建てられました。現在は国会となっています。

 

クリスチャンボー宮殿広場から運河の向こうに旧株式取引所が見えます。1619-40年にルネサンス様式で建てられたもので、捻じれた塔が目立ってますが、塔の尖端は4匹の竜が絡み合っています。この塔は建設当初は全く計画されてはいなかったのですが、完成したものを見たクリスチャン4世がつまらないとのたまったため、運河側に切妻を加え、屋根の上に塔を設置したとか。現在は商工会議所が入ってます。

それにしても、この旧株式取引所を撮影したのは20:45だというのに、まだ昼間のように明るいですね。夏場による8時ころまで明るいのはドイツでもなれてますが、9時近くなってこの明るさはやはりちょっと驚き。

 

 

ホテルの部屋から22時過ぎに撮影したものが下の写真。さすが高緯度ですね。

 

翌5月28日は、デンマーク・デザインセンターに行って、特に珍しい、到底通常使用できないような椅子を見てきました。巨大な揺り椅子とか新聞紙を重ねて作った椅子とか面白いけど、使えませんよね。

      

 

デザインセンターの後は近くにあった医学史博物館へ。入り口には錠剤で作ったドレスがあり、思わずまじまじと観察してしまいました。

   

さすがに博物館2連チャンは疲れたので、適当な軽食を買って近くの要塞へ。思わず至近距離をてこてこ歩くマガモに癒されたり。。。

 

この日はこの後ウインドーショッピングなどをしてホテルに帰還しました。途中カメラに収めたのはこの変なバイキングだけ。仮装用なのかも?一応デンマーク人はヴァイキングの子孫を自負しているので、その系統のものがあってもおかしくはないのだけど。

ただコペンハーゲン(København)はハンザ時代以前から貿易港・商人の拠点として栄え、その名もずばりKøbemandens Havn(商人たちの港)でした。ハンザ時代の14・15世紀に現在のKøbenhavnとなったらしいですが、大量のドイツ系商人たちの流入によって、かなりドイツ化されました。だから現在のコペンハーゲンはヴァイキングから相当遠いように思うのですが…

翌5月29日はコペンハーゲン旅行最終日。フライトの時間まで交通の便の良いクリスチャンボー界隈をうろうろしてました。

  

旧株式取引所の捻じれ竜の塔をもう一度至近距離から撮影。中もちょっと覗いてみました。

 

クリスチャンボー宮殿も建物の中には入りませんでしたが、通路を通って中庭へ。

 クリスチャンボー宮殿〔中庭から撮影) 

クリスチャンボー宮殿内の乗馬場

 

クリスチャンボー宮殿に隣接している王立図書館の庭園。

  

 

王立図書館新館は「黒いダイヤモンド」と呼ばれる現代的な建物。建築家モルテン・シュミット、ブヤルン・ハンマー、ヨン・E.ラッセンらが1999年にジンバブエ産の黒御影石を使って完成させたもの。

 

中を見る余裕はありませんでしたが、ここにコペンハーゲン市及び国が作成した書類は全て保管されているそうです。時間があったとしても書類には特に興味はありませんが。

 

というわけでついに離陸。アムステルダム経由でドイツに帰国しました。


コペンハーゲン旅行記(1)


書評:有川浩著、『ヒア・カムズ・ザ・サン』(新潮文庫)

2016年05月26日 | 書評ー小説:作者ア行

『ヒア・カムズ・ザ・サン』(新潮文庫)には表題作と『ヒア・カムズ・ザ・サンParallel』の2作が収録されていますが、どちらもたった7行の粗筋から生まれた物語です。その粗筋とは:

真也は30歳。出版社で編集の仕事をしている。
彼は幼いころから、品物や場所に残された、人間の記憶が見えた。
強い記憶は鮮やかに。何年経っても、鮮やかに。
ある日、真也は会社の同僚のカオルとともに成田空港へ行く。
カオルの父が、アメリカから20年ぶりに帰国したのだ。
父は、ハリウッドで映画の仕事をしていると言う。
しかし、真也の眼には、全く違う景色が見えた…。

この7行の粗筋から劇団キャラメルボックスの成井豊氏は舞台を作り、有川浩は小説を書いたそうです。同時収録されたパラレルのほうはキャラメルボックスの舞台に着想を得て執筆されたものだそうですが、単なる「舞台のノベライズ」ではなく、人名や物語の大枠は共有している別物となっているとか。舞台の方は知らないのすが。

さて、表題作では雑誌『ポラリス』の編集者古川真也のサイコメトラーとしての苦悩が掘り下げて描かれています。大場カオルは同期の同僚でライバル。彼女の父白石晴男がアメリカで人気のサスペンス映画『ダブル』シリーズの脚本をHALというペンネームで手掛けており、『ダブル』シリーズを制作側から切り込んで『ポラリス』で特集を組もうということになり、HALの帰国に合わせて空港に迎えに行き、インタヴューを取ることに。成田には真也、カオル、そしてカオルの母輝子が迎えに行き、4人で編集部へ。ネタバレになってしまいますが、実はこの帰国したHALは榊宗一といい、白石晴男の学生時代からの親友で、本当の白石晴男は10年前に亡くなっており、彼の遺作を少々アレンジしたものが『ダブル』シリーズ三部作だったという。晴男と輝子はデキ婚で、結婚後は夫婦・家族としての交流は創作に没頭する晴男のせいでかなり制限され、彼の代行として榊が挨拶に行ったり、プレゼントを渡したりしていましたが、晴男が自分の力作が正当に評価されなかったことを恨んで渡米する際に、ついに結婚生活は破綻して、離婚。実は榊は輝子に惹かれていたのだけど、結局友情を取って渡米。榊の晴男への友情と輝子への愛情の狭間で葛藤する様や、彼から見た晴男の抗いがたい魅力などが細やかに描写されています。娘のカオルは折々に顔を出す榊の方を父と認識していて、晴男のことはほとんど知らないままだったというのもちょっぴり苦い状況ですね。この作品はどちらかと言えば男二人、古川真也と榊宗一の内面に重点があり、メランコリックな部分がかなりありますが、最後は自身の思い込みから解放されて幸せの予感を感じるくらいにちょっと成長します。

『ヒア・カムズ・ザ・サンParallel』では、古川真也と大場カオルは元同僚で、結婚を前提にした恋人という設定。カオルの父は売れない脚本家だったが、娘には見栄を張って、見え透いた嘘を重ねます。最初は父を信じていたカオルも嘘を見抜くようになり、嘘つきの父親を拒絶。ついにテレビ局でも脚本家として抱えていられないと切られ、ADとして再就職を奨められた晴男はそのオファーを蹴って、大した当てもないのに渡米することに。妻輝子はついて行けないと離婚を突き付けます。彼はアメリカでも鳴かず飛ばずで、いろんなバイトや映画監督のアシスタントと言う体のいい使い走りなどをしていましたが、元妻・娘には「うまくいってる」的な手紙ばかり。ある事故の後遺症でどんどん視力を失い、失明が避けられないことが分かってから元妻・娘に会うために帰国。このいきさつは彼本人が語ったわけではなく、真也がサイコメトリーで知り得たこと。真也は何とかして嘘つき父親をかたくなに拒絶するカオルを執り成して、きちんとした親子の対話を実現させようとします。真也とカオルの諍いは真也の上司でポラリス編集長の知るところとなります。彼は元上司の立場からカオルに「親も単なる人間だ。人間は迷うし間違うし卑しい。親だって迷うし間違うし卑しい。そういうもんだ、諦めろ」と諭します。これはグサッときました。確かに私自身も30そこそこの頃はカオルのように親に対して諦めきれないわだかまりのようなものがあり、自分が大人になり切れずにいました。それだけにカオルの心情がよく分かるような気がしました。ですが、それよりももっと「周りの人がいたたまれなくなるような見え透いた見栄を張る親父の悲哀」の方が強く胸に突き刺さりました。

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書評:有川浩著、『レインツリーの国 World of Delight』(角川文庫)

書評:有川浩著、『ストーリー・セラー』(幻冬舎文庫)

書評:有川浩著、自衛隊3部作『塩の街』、『空の中』、『海の底』(角川文庫)

書評:有川浩著、『クジラの彼』(角川文庫)

書評:有川浩著、『植物図鑑』(幻冬舎文庫)

書評:有川浩著、『ラブコメ今昔』(角川文庫)

書評:有川浩著、『県庁おもてなし課』(角川文庫)

書評:有川浩著、『空飛ぶ広報室』(幻冬舎文庫)

書評:有川浩著、『阪急電車』(幻冬舎文庫)

書評:有川浩著、『三匹のおっさん』(文春文庫)&『三匹のおっさん ふたたび』(講談社文庫)


 


コペンハーゲン旅行記(1)

2016年05月26日 | 旅行

またしてもフェースブックのリマインダー機能で思い出さされました。2年前の今頃、2014年5月25日―29日、ダンナと二人でコペンハーゲンに旅行しました。もうあれから2年も経ってしまったのか、とちょっと驚いています。

さて、コペンハーゲンで泊まったところは空港から近い、つまり中心街からは遠いけれど奇抜な建物の4つ星ホテル、ベラスカイでした。

 

私たちが止まった部屋は13階で、大きな窓から見下ろす景色はなかなかのものでした。

 

荷物を置いた後は電車に乗って街中へ向かい、ざっと散策。と言っても、ちょこちょこバスを利用していましたが。市内観光ツアーバスに乗らなくても、通常のバス路線11Aを利用すると主要な観光スポットを回れるとガイドブックにあったので、一日乗り放題のチケットを買い、大いに観光に利用させてもらいました。

     

コペンハーゲンで目立つのはやはり自転車道。トータル300キロに及ぶ自転車道が整備され、およそ1000か所に及ぶステーションで無料で自転車(Bycykler)が借りられます。私の体に合うような大きさのものがなかったのでサイクリングは割愛となってしまいましたが。冬はまず自転車道の方から雪かきされるそうです。コペンハーゲン市民の自転車愛好ぶりが窺えるというもの。

   

下は市役所。何かの催し物で中に入れず、中の見学は翌日に回すことに。市役所は1850年に西側の城壁を撤去した後にできた区域に建築家マルチン・ニューロプによって同年7月28日に着工し、1903年に完成したイタリアルネサンス風の建物です。

市役所の大通りを挟んだ右手にはチヴォリ遊園地。チヴォリ遊園地は1843年8月15日に開園。「民が娯楽にふけっていれば、政治的になることはない」と言うジャーナリストのゲオルグ・カールステンセンの言葉に心を動かされたデンマーク王クリスチャン8世が当時まだあった城壁の手前に遊園地を建設させたそうです。1847年にコペンハーゲン初の鉄道駅がすぐ近くに完成して以降、訪問者は増加の一途を辿り、遊園地は大盛況だったとか。

 

市役所入り口に続くスロープの手すりには奇妙な銅像が…

市役所広場のチヴォリ遊園地側にチヴォリの方を向いてなにげに立って、いや座っている銅像は童話で有名なアンデルセン。

市役所の中も見学できない、かと言ってチヴォリ遊園地の人混みの中に入る気にもなれず、またバスに乗ってニューハウン(Nyhavn、新しい港)へ足を延ばしてみました。港と言うよりは溝と言った方がいいような気がするほど狭い感じで、ちょっとばかりがっかりしました。観光客とレストランやカフェなどが所狭しとひしめいていたからそう思ったのかもしれません。この溝はクリスチャン5世が1671-73年に、より街に近いところで荷降ろしができるように掘らせたものです。

   

 

翌日5月26日のホテルの朝食ビュッフェはかなり充実していました。ジュースが蛇口から出て来るハイテクな装置にはちょっとびっくり。

   


前日は入れなかったコペンハーゲン市役所に入りました。中にはオルセン製作の世界時計が展示されています。現在動いてる中では世界最古らしいです。

    

 

市役所を見学した後はちょっとミネラルウォーターを調達しにスーパーを探したら、なんとセブンイレブンを発見。由緒ある建物の中に入っているコンビニはヨーロッパでは割と見かけますが、日本の味気ない箱型店舗に慣れている目には違和感が大きいかもしれません。

水を調達した後は要塞のある港の方へ向かいました。まずは人魚(Den Lille Havfrue)像を見ようとしましたが、次から次へと人魚像と写真を撮る観光客が絶えることがなく、なかなかシャッターチャンスが巡ってこなくて辟易しました。この人魚像はビール製造業のカール・ジャコブセンの依頼で彫刻家エドヴァード・エリクセンが制作したものですが、依頼者と制作者の間で乙女の下半身をどうするか(普通の脚か人魚だから尾ひれか)論争があり、妥協案として足に尾ひれを付けることになったとか。モデルはエリクセンの奥さん。彼女(人魚像)は結構ひどい目にあっていて、1964年と1998年の2回も頭を切り落とされています。2003年には彼女を海に落とす不届き者がいたようです。

     

人魚像を見た後はお隣の要塞へ。この要塞は1662/63年に対スウェーデン用に作られ、その時の建設依頼者フレデリク3世に因んでシタデレット・フレデリクスハウン(フレデリク港の要塞)と名付けられています。1725年以降は主に牢獄として使用されていました。現在はデンマーク軍の兵舎となっていますが、広々とした公園のようで、市民と水鳥の憩いの場となっています。

   

       

 

要塞の敷地内と言ってもいいようなところにコペンハーゲン唯一のイギリス教会である聖アルバン教会があります。どちらかと言えば質素ですが、なかなか風情のある教会です。

    

お次に見学したのは王宮のすぐそばにある大理石教会(フレデリク教会)。その名に拘わらず大理石が使われている部分はほとんどありません。1749年着工、1770年に土台が完成して、大理石ブロックを9mの高さに積んだところで国庫が底を尽きてしまい工事は中断となってしまったからです。本当はローマのサン・ピエトロ大聖堂やロンドンのセイント・ポールのように目立つ、豪華な建造物になる予定だったのですが… 1847年になって資産家のコペンハーゲン市民が教会を完成させる約束で工事現場をすべて買い取りましたが、完成したものは当初の計画よりずっとつつましやかで小さいものとなりました。それでも十分に立派なものだと思うのですが。

    

そして王宮、アマリエンボー宮殿へ衛兵見学に。

この宮殿は、八角形の広場の周りに配された典型的な4つのロココ調の宮殿からなり、広場の中央にはこの宮殿の造営者というか発案者であるフレデリク5世(1723-66)の騎馬像が鎮座しています。

女王の滞在中にはデンマーク近衛兵が、午前11時30分にローゼンボー城からコペンハーゲンの通りを通過し、正午にはアマリエンボー宮殿の前で衛兵交代します。宮殿前広場は市民に開放されており、衛兵交代式も観光行事となっています。人混みが酷くて写真には収められませんでしたが。

もともと、この宮殿は貴族4家が40年間の免税と引き換えにフレデリク5世から土地を譲り受けて造営したものですが、クリスチャンスボー城が1794年2月26日に焼失し、王室がこの宮殿を購入し居所を移しました。それ以来、歴代の国王とその家族が4つの宮殿(クリスチャン7世宮殿・クリスチャン8世宮殿・クリスチャン9世宮殿・フレゼリク8世宮殿)に居住するようになったようです。

   

 

アマリエンボー宮殿側から見えたクリスチャンハウン地区に立つオペラ座。2005年に完成。

というわけで反対側のクリスチャンハウンの方へ渡ってみることにしました。渡し舟が出るまでにはかなりの時間があったので、メトロで行くことに。

着いたメトロの駅Christianshavns Torvから徒歩2・3分くらいのところにクリスチャン教会があります。ドイツ人教区民の請願を聞き入れたフレデリク5世が1759年に造営し、フレデリクス・ティスケ・キルケ(フレデリクのドイツ教会)と命名しました。建設費用はロトで賄ったとか。19世紀にはドイツ人教区の人口が減り、この教会はデンマーク教区民の教会となり、以来クリスチャン教会と呼ばれています。

クリスチャンハウンをオペラ座の方に向かってちょっと散策しました。

   

さすがに既に歩き回った後の散策だったので、2キロくらいだったとはいえ、オペラ座につく頃にはもう足が上がらない程疲れてました。

オペラ座側から見たアマリエンボー宮殿と大理石教会。

暫く座り込んで、ぼーっと運河を眺めていました。メトロの駅まで歩いて戻るのはもう体力的に無理だったので、渡り船が来るまで待って、ニューハウンへ。ちょうど夕食時でしたので、ちょっと感じの良さそうなレストランPigen og Somandenで夕食にしました。ダンナはボリュームたっぷりのバーガーセット、私は貝料理。デザートはアップルパイとバニラアイスを二人で半分こ。

  

ごはんを食べてちょっと元気になった後にホテルへ帰還。せっかくの4つ星ホテルだから、スパを利用せずになんとする、ということで、スパ施設にGo!それほど広くはなかったのですが、あまり人は入っておらず、ゆったりとすることができました。

  

 

続きはまた明日。一日に可能な写真のアップロード数を超えてしまったので…

 


書評:有川浩著、『三匹のおっさん』(文春文庫)&『三匹のおっさん ふたたび』(講談社文庫)

2016年05月26日 | 書評ー小説:作者ア行

注文した時は気づきませんでしたが、『三匹のおっさん』とその続編の『三匹のおっさん ふたたび』の出版社が全然違ってました。まさか複数の出版社から出てるとは思わなかったので、よく確認もせず買ってしまいました。失敗、失敗。どうせなら同じ出版社で揃えたかったのですが、まあ仕方ありません。

さて、この『三匹のおっさん』シリーズの主人公は3人の還暦を過ぎたじーさんたち。かつての「三匹の悪ガキ」は還暦を迎え「じじいの箱に蹴り込まれてたまるか」と町内自警団を密かに結成し、町内の悪を糾すべく夜回りを開始。剣道家にしてアミューズメント施設の嘱託職員キヨこと清田清一、柔道家にして居酒屋元店主シゲこと立花重雄、そして工場経営を現役で続けている頭脳派ノリこと有村則夫の三匹に加えてキヨの孫祐希とノリの娘早苗が絡んで大活躍します。三匹が出くわす事件は、アミューズメント施設の店長による売り上げ横領であったり、頻出する痴漢であったり、「初恋の相手だった」と老婦人に言い寄って信頼関係が築けた頃に何か同情を引く話でお金を引き出させる詐欺であったり、お年寄りの孤独な心に付け込んで強引な手口でバカ高いものをかわせる悪徳商売であったり、いろいろですが、概ね身近に起こりそうなことで、それらをちょっと頭を使って、あるいは腕っぷしに頼って痛快に解決してきます。

それぞれの夫婦関係や親子関係などもリアルに暖かく描写されていて、ちょっとほっこりしてみたり。祐希と早苗ちゃんも高校生らしく少しずつ親しくなって、やがてお付き合いする関係に進んでいくのですが、この二人は今時の子にしては真面目で奥手なんでしょうね。思わずフフッとにやついてしまう初心さ加減です。

続編の方では、時系列では『三匹のおっさん』の1年後くらいで、親世代、すなわち三匹のうちの二匹の息子とその嫁の登場場面が増えます。70万もする浄水器を買って、クーリングオフする羽目になった貴子さん(キヨの息子の嫁)もパートを始めてから常識的な金銭感覚を身に着けて、パート先でトラブりますがしっかりと対応できるように成長しています。旦那の健児さん(キヨの一人息子)もお祭りのための寄進を勤め先の銀行から取り付けるなどお手柄を立てたりします。町内のお祭り再開のエピソードではシゲの息子が実行委員会の代表を務めたり。とある町内会長とトラブりますが、スカッと解決とはいかないまでも、次回はましになりそうな感じで収まってます。最終話では通称『偽三匹』のやはり還暦を過ぎた三人組が登場して、ひと悶着起こります。こちらもまあそこそこ丸く収まります。

何はともあれ、還暦を過ぎた「おっさん」が主人公と言うのが異色で、彼らの活躍は愉快・痛快なところがとても面白いです。どの世代のキャラも細やかに書き込まれていて、世代間交流もリアリティーに溢れています。「こういう人いるいる!」あるいは「こういうことあるある!」と言う親しみやすさが全編に亘って感じることができます。有川作品にしては「きゅん」が少ないとは思いますが。

これ、第3弾が出ても良さそうな感じですね。話題が身近なので、ネタには困らないのではないかと思うのですが…

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書評:有川浩著、『レインツリーの国 World of Delight』(角川文庫)

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書評:有川浩著、『空飛ぶ広報室』(幻冬舎文庫)

書評:有川浩著、『阪急電車』(幻冬舎文庫)

 


書評:有川浩著、『阪急電車』(幻冬舎文庫)

2016年05月24日 | 書評ー小説:作者ア行

有川浩尽くしはまだまだ続いています。

『阪急電車』(幻冬舎文庫)は阪急電車今津線にまつわる短編集。宝塚駅から西宮北口駅、そして折り返し西宮北口駅から宝塚駅まで、一駅ごとに一つのエピソードが綴られています。それは、寝取られた女性の結婚式への討ち入りであったり、その彼女の立ち直りの過程であったり、図書館通いする男女の学生の出会い・恋の始まりであったり、祖母と孫のたわいもないやりとりであったり。様々なエピソードが有機的につながって、今津線沿線の群像のようなまとまりがあり、電車という舞台ならではの雑多さが見事なタッチでほのぼのと描き出されています

エピソードはどれも日常的にありそうな話ですが、それぞれのエピソードの主人公たちが各々何らかの【気づき】を得てちょっぴり前に進んでいく感じは、読んでいて気持ちがよく、有川浩の鋭い観察眼と人々の営みを温かく見守る視線が現れています。癒される作品ですね。お勧めです。

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書評:有川浩著、『レインツリーの国 World of Delight』(角川文庫)

書評:有川浩著、『ストーリー・セラー』(幻冬舎文庫)

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書評:有川浩著、『県庁おもてなし課』(角川文庫)

書評:有川浩著、『空飛ぶ広報室』(幻冬舎文庫)

 
 

書評:有川浩著、『空飛ぶ広報室』(幻冬舎文庫)

2016年05月22日 | 書評ー小説:作者ア行

『県庁おもてなし課』に引き続き糖度控えめの有川小説『空飛ぶ広報室』を読みました。

この小説は航空幕僚監部広報室室長から直々に「航空自衛隊をネタに小説をお書きになりませんか」と売り込みをかけられて誕生したものだそうです。この室長さんが作中のミーハー鷺坂広報室長のモデルになっているとか。丹念な取材や実話エピソードが元になっているので、リアリティー100%です。解説を執筆した鷺坂広報室長モデルの某氏も「現職の航空自衛官やOBが見てほとんど違和感がありません」と太鼓判を押すほど。日常で自衛隊と無縁でも、自衛隊ワールドby有川にどっぷり染まっている読者なら「自衛官もフツーの人間」というのが常識になっていると思いますが、そうでない人にはもしかすると意外な発見かも知れません。

さて、ストーリーの方ですが、空自の花形ブルーインパルス配属の内示が出ていたパイロット空井大祐二尉が不幸な交通事故に巻き込まれてP免すなわちパイロット資格剥奪になってしまうところから始まります。この空井君はブルーに子供のころから憧れ、それが高じて自衛隊入りし、パイロットになったようなものなので、この突然のリタイアによるショックはかなりのもの。彼は総務部に回され、その後航空幕僚監部広報室へ配属、広報官としての道を歩み始めます。そんな彼にぶつけられたのが元サツ周りの記者という帝都テレビの「帝都イブニング」番組ディレクター稲葉リカ。自衛隊担当に就任したばかりで自衛隊知識皆無の責(攻)めの取材に慣れた強烈な女性。自衛隊嫌いも影響してか、空井の「事故でパイロットを辞めた」を業務中の航空事故と勘違いして「原因は?」「いつ?」「そんな報道はされてなかった。隠蔽か?」と矢継ぎ早に追及してしまうほどフライングがちな猛烈ぶり。ある日題材探しの打ち合わせで、空井が戦闘機パイロットを提案した際、彼女は「興味ありません」、「だって戦闘機って人殺しのための機械でしょう?そんな願望がある人のドラマなんか、なんで私が」とかましてしまい空井を逆上させてしまいます。「…思ったこと、一度もありませんっ!」「俺たちが人を殺したくて戦闘機乗ってるとでも、」と大声を出した彼の傷ついた顔に彼女は「ジエータイ」という記号の下に生身の人間がいることを初めて自覚し、傷つけてしまった感触に愕然としてしまいます。

私はこのやりとりがとても象徴的だと感じました。職業差別も相手が自衛隊なら許される的な感覚を少なからず持っている人が多いということでしょう。作中の空井君はその後鷺坂室長から「広報は自衛隊を理解してもらうために存在してる。不本意なことを言われるのは広報の努力が足りてないせいだ。パイロットである空井大祐が『なんでこんなことを言われなきゃならないんだ』と思うのは当然だ。だが、広報官の空井大祐は同じことを聞いて思うことが違わなきゃならん」と諭され、心機一転仕事に励みます。物語は概ね彼を中心に進行しますが、室長を始め同僚たちのキャラも魅力的で、それぞれの物語を紡いでいます。特に広報室の報道班に属する「残念な美人」の同僚柚木典子三佐の物語は日本で働く女性ならではの苦難があり、また元猛烈記者の稲葉リカの苦悩と挫折の物語も同じ女性として共感せずにはいられません。

この『空飛ぶ広報室』は2011年に発行される予定だったそうですが、3・11が起こり、ブルーインパルスの母基地である松島基地が大きな痛手を受けて、その松島基地と空自広報の3・11に触れまいまま本を出すことはできないと判断し、急遽『あの日の松島』を加筆して2012年夏に発行される運びとなったそうです。

『あの日の松島』は本編『空飛ぶ広報室』のスピンオフのような短編ですが、被災の様子とか隊員たちの活動とか悲惨な現場にじかに接することで傷ついてしまってる隊員たちの心などが細やかに描写されていて、思わず涙してしまいます。なのに空自広報官空井がマスコミの代表としての稲葉リカに願うことは「自分たちをヒーローにしてほしくない」。「僕たちに肩入れしてくれる代わりに、僕たちの活動が国民の安心に繋がるように伝えてほしい」、「自衛官の冷たい缶メシを強調されて、国民は安心できますか?被災者のごはんも同じように冷たいのかって心配しちゃうでしょう?自衛官のメシが冷たいのは、被災者の食事を温めるために燃料を節約してるからです。僕らが冷たい缶メシを食べていることをクローズアップするんじゃなくて、自衛隊がいたら被災者は温かいごはんが食べられるということをクローズアップしてほしいんです。自衛隊は被災地に温かい食事を届ける能力があるって伝えてほしいんです。それはマスコミの皆さんにしかできないことです」。この清廉さには泣けますね。

私も自衛隊にはいろいろ思うところはありますが、それはあくまでも組織の憲法上の位置づけや政治的扱いの問題であって、その組織を構成する一人一人の動機や気概や覚悟といったものをはなから否定するものではありません。

さて空井・稲葉カップルはカップルになるのかなあと生温かく二人の歩み寄りを見ていましたが、なんか恋人にまでなりませんでしたね。「稲葉さんの仕事をずっと見ています」で終わってしまいました。TVドラマの方では結婚したらしいですけど、二人の職業的立場からすると現実的にはかなり難しい関係なのではと思います。だから、原作の方がリアル、ということなのでしょうね。

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書評:有川浩著、『レインツリーの国 World of Delight』(角川文庫)

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書評:有川浩著、『県庁おもてなし課』(角川文庫)


書評:有川浩著、『県庁おもてなし課』(角川文庫)

2016年05月21日 | 書評ー小説:作者ア行

『県庁おもてなし課』(角川文庫)はかなり実話が入った高知県PR小説。きっかけは作者が高知県出身ということで、実在するおもてなし課から観光特使を依頼されたことだとか。依頼を引き受けたものの1か月も音沙汰なしだったので、話が流れたのかと思って問い合わせたら、そうじゃなかったという衝撃などが小説の中に織り込まれています。

裏表紙の粗筋はこんな感じ:

とある県庁に生まれた新部署「おもてなし課」。若手職員の掛水史貴は、地方振興企画の手始めに地元出身の人気作家・吉門に観光特使を依頼する。が、吉門からは矢継ぎ早に駄目出しの嵐――どうすれば「お役所仕事」から抜け出して、地元に観光客を呼べるんだ!? 悩みながらもふるさとに元気を取り戻すべく奮闘する掛水とおもてなし課の、苦しくも輝かしい日々が始まった。地方と恋をカラフルに描く観光エンタテインメント!

実際作中で高知県の観光スポットがかなり紹介されてて、下手な観光案内よりも面白味があるかも。それに、おもてなし課の活動を有意義なものにするために、「民間意識」と「女性視点」を取り入れるべきという吉門のアドバイスは本当に日本のお役所の盲点をどすっと突いていると思います。「女が取れたら、男は勝手についてくるよ。カレシとか旦那とか。ファミリー層なら子供までね。家庭でも財部の紐握ってるの奥さんが多いだろ」というわけですが、「確かに!」と納得してしまいました。その他にもかなり具体的な女性視点を取り入れた観光事業振興構想が提示されていて、それに対して役所内外でどういう横やりが入って、どこに着地するか、が軽快かつコミカルに描かれていて、それだけでも読み物としてわくわくする感じなのに、登場人物たちの恋愛も2組織り込んであって、やっかんだり、僻んだり、管を巻いたり、というリアルな人間ドラマも見せてくれます。

恋愛の方は2組ともハッピーエンド(?)というかハッピーエンドの予感といったところで終わっていて、「おもてなし課」の活動も軌道に乗りだしてこれからという希望に満ちたところで話が収束しています。そこらへんがストーリーテラーとしての引き際、なのかもしれません。

巻末には、「鼎談 物語が地方を元気にする!?~「おもてなし課」と観光を”発見”~有川浩 x 金丸弘美 x 高知県庁おもてなし課」が掲載されています。小説『県庁おもてなし課』の裏話として実に興味深い対談です。

この作品は有川浩としては結構異色な部類ではないかと思うのですが、もっとも全作品網羅しているわけではないので、断言はできませんけど、彼女の郷土愛がベースになっているお話なんだな、ということがよく分かります。地元民が持っているものを当たり前に受け止めすぎて、その価値を分かっていない、というのもよく分かる話です。「灯台下暗し」という言葉は伊達ではないということでしょう。

私の母は石川県金沢市出身で、私が中学2年の時だったと思うのですが、なんか急に金沢をまともに観光しようと思い立ち、祖父をやれ郷土博物館やら武家屋敷やらで一日中引っ張り回したことがあります。「金沢にずっと住んでたけど、こんなに色々あるもんだとは思わなかった」というのが彼の感想でした。その後彼は脳腫瘍を患い、手術後は家族の顔も分からないような感じになっていましたが、私と色々金沢巡りしたことはいい思い出としてよくおぼえていて、「あれは楽しかった」と何度も周りの人に語っていたのだそうです。それでも私が行ったときは、その金沢巡りした当の相手だということが認知できず、私は結構ショックを受けたものです。その後まもなく祖父は他界してしまいました。祖父のことはちょっとほろ苦い記憶ですが、私にとっては「地元を知らない人」の代表例となっています。

そういう意味で、地域興しは、まずは「地元の宝」の再発見だとつくづく思いました。

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書評:有川浩著、『レインツリーの国 World of Delight』(角川文庫)

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