『消費増税でどうなる?日本経済の真相ー2014年度版』(中経出版)は、小説などで、読むのを中断していましたが、ついに完読しました。この本は全章に亘って、まず俗論が提示され、それをスパッと切って、『真相』が明かされるという構成になっています。非常に読みやすく、小気味がいい一方で、『経済政策の“ご意見番”がこっそり教える アベノミクスの逆襲』のような硬質な経済理論が影を潜め、『真相』の根拠が十分に示されていないところも部分的にあり、少々欲求不満になるという難点があります。
目次を見ると概ね著者の方向性が見えるので以下に書き写しました。
Chapter 1 消費増税、社会保障、歳入庁、軽減税率、官僚利権、法人減税…これが8%増税の真相だ!
01俗論 8%消費増税、国民のためにやむを得なかった
真相 否。その本質は財務省のための残酷な増税。
02俗論 8%では足りない。最低でも10%まで引き上げよ
真相 否。反動減は確実。「怪しい言い訳」が出てきたら要注意。
03俗論 社会保障制度の維持のため、みんなで協力。増税やむなし
真相 否。歳入庁とマイナンバー制で増税は不要に。
04俗論 庶民のため、特定品目には軽減税率の適用を
真相 否。軽減税率は不公平を増やす官僚利権の温床だ。
05俗論 消費増税は企業を苦しめる。法人減税とセットで考えよ
真相 否。この増税で苦しむのは消費者。法人税もいらない。
Chapter 2 金融政策、予想インフレ率、株価、賃金、格差是正…これが日本経済の真相だ!
06俗論 いくら株価が上がっても、実体経済はよくならない
真相 否。波及の時差は世界の常識。想定どおりに進行中。
07俗論 中小の賃金は上がらず。潤うのは大企業社員ばかり
真相 否。好影響も悪影響も、まずは大企業が先。
08俗論 2%インフレなど不可能。万が一実現すれば、格差が拡大
真相 否。真の目的は脱デフレと経済成長。まずは「底上げ」を
Chapter 3 為替レート、経常収支、国際暴落、集団的自衛権、秘密保護法…これがアベノクスの真相だ!
09俗論 円安で伸びたのは輸出金額。輸出数量が増えないとNG
真相 否。景気は回復中。トータルでみると、円安メリットは大。
10俗論 GDPが増えても、経常収支は赤字に転落。国力が落ちている
真相 否。トンデモ理論が「赤字」という言葉で危機を煽っている。
11俗論 このまま緩和を続けると、国際暴落→ハイパーインフレ
真相 否。もはや暴落論はホラー映画の世界。ただのフィクション。
12俗論 集団的自衛権、秘密保護法…日本の右傾化が止まらない
真相 否。背後にあるのは、イデオロギーよりも経済性の問題。
Chapter 4 米緩和縮小、新FRB議長、超円安、新興国経済、ルイス転換点…これが世界経済の真相だ!
13俗論 アメリカがついに緩和縮小。つられてアベノミクスも腰折れ?
真相 否。数値に基づく一貫性ある決断。米金融に死角なし。
14俗論 米国のアベノミクス歓迎、実は『ウラの意図』がある
真相 否。怪しい陰謀論。為替操作など目的にしていない。
15俗論 対jにドル緩和縮小が開始。これから超円安がやってくる
真相 否。「量」の比較で十分に予測可能。110円近辺が妥当。
16俗論 米緩和終了により、新興国の経済は大打撃
真相 否。原因は別。読み解くカギはルイス転換点に。
Chapter 5 シャドーバンキング、ビットコイン、脱原発、東京五輪、道州制…これが経済ニュースの真相だ!
17俗論 中国のシャドーバンキング、放置すれば第2のリーマンショックも
真相 否。無理に潰すとショック再来の恐れ。日本への影響は小。
18俗論 実態の分からないビットコインは危機のもと。国で規制すべき
真相 否。よくできた仮想通貨の仕組み。「使い道」はある。
19俗論 脱原発は理想化の戯言?それでもやはり脱原発すべき?
真相 否。水掛け論を終わらせるべき。経済的な解を探れ。
20俗論 2020年東京オリンピック、経済効果はなんと150兆円!!
真相 否。数字は無根拠。プラス効果はあるが、「経済効果」は曖昧
21俗論 道州制論議は立ち消え。橋本市長のと構想も鳴りを潜める
真相 否。地方独立を阻むマスコミの印象操作の可能性。
まず印象に残ったのが、国税庁と年金機構の徴収部門を合体させて「歳入庁」を作るアイデア。これによって税・社会保険料の徴収漏れが解消されれば、収入増になり、増税の必要がなくなるという。徴収漏れを防ぐための補助システムがマイナンバー制というわけですが、理屈は通ってます。マイナンバー制がきちんと機能していることが大前提となりますが、実際には穴だらけで、その上情報集約が過度なため、とても賛成できるものではありません。仮にマイナンバーが納税と保険料に関するデータのみを集めて管理するものであるとするならば、それは合理的なシステムで、海外でも多く実施されているものでもあります。それに対して現在導入されたばかりの日本のマイナンバー制は世界に類を見ないもの(過度な情報集約プラスセキュリティーの穴)と成り果てています。
何はともあれ、増税より先にやる課題があることは確かですね。税率を変えるのではなく、税の徴収漏れ、すなわち脱税・租税回避をなくせばいい訳です。そもそも「財政再建のために増税」ということ自体が間違ったロジックで、非常識です。なぜなら増税は経済成長を失速させ、結局税収減につながるので、財政再建がかなわなくなるからです。財政再建真っ最中のギリシャでも増税の「ぞ」の字も出てきません。財政再建のスタンダードな方法は歳出削減と経済成長です。この点は高橋洋一氏も折々に主張しています。そしてその意味でアベノミクスの3本の矢「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」、「民間投資を喚起する成長戦略」は間違っていない、と。
ただ、最初の2本の矢はともかく、一番大事な成長戦略がなってなかったのは事実でしょう。アベノミクスとは矛盾する、民主党政権からの遺産である消費増税を取り消さなかったこと、生活保護や介護費の削減や非正規雇用の推進などは3本目の矢である「成長戦略」を阻害するものでしかありません。どういう政治的な力学が働いたのか分かりませんけど、経済成長政策としては一貫性がなく、むちゃくちゃです。「一億層活躍」だの「女性が輝く日本」だのスローガンだけで実体の伴っていないものが経済成長につながるわけありません。金融緩和、財政出動、成長戦略の三本立てはそのお題目の段階では間違っていないと私も個人的に思うのですが、それが具体化する段階で、「ダメだそりゃ」と匙を投げたくなるような政策が多かったのが残念ですね。
次に印象深かったのが、「脱原発」について。私は著者がアベノミクス擁護者であることからなんとなく原発推進派なのではないかと思っていたのですが、彼はあくまでもエコノミストだったということですね。彼のテーゼは「電力を自由化すれば、おのずと原発はゼロになる」です。原発推進派が原発発電コストを正しく提示せず、いかにも原発が低コストであるかのようなプロパガンダを展開しているのは今に始まったことではありませんが、一見安い発電コストには再処理・廃棄物処理費などのいわゆる「バックエンド・コスト」が含まれていませんし、技術開発補助金も考慮されていません。深刻な原発事故を起こした際の補償のために本来なら必要な「保険料」も当然含まれていません。こうしたコストを全て考慮すれば割高になる原発に競争力がなくなります。アメリカでもいくつかの原発がすでに「不経済」を理由に廃炉になっています。全うに経済的に考えれば、原発産業が成り立たないのは、世界的にみて原発への各国政府の補助金の多さを見ても明らかです。多額の補助金なしに成り立たない産業、ということは不経済であることの証明以外の何ものでもありません。
それにしても、「俗論」の多さに驚かざるを得ません。どれも恐らくメディアで拡散されているものなのでしょう。個人的には全部を見かけたことがあるわけではありませんが。
長谷川幸洋氏が「日本国の正体」で指摘するように、記者クラブに居座って、役人が流す情報をそのまま記事にする記者が役人の広告塔になって、こうした「俗論」を広めていくんでしょうね。嘆かわしい限りです。