「万能鑑定士Q」シリーズで松岡ファンになった私は、今まで「千里眼」シリーズをその発売日の古さから見逃していました。それを見つけたのは、単に発売日の新しいほうの作品を全て網羅してしまったから。
私がこの度手に取った「千里眼完全版クラシックシリーズ」(角川文庫)はそれ以前の「千里眼」シリーズの焼き直し、全面改稿したものだそうで、前作の設定やストーリーがかなり変わっている別作品というのが作者の言い分ですが、読者のコメントを読んだ限りではその差が必ずしも明確には認知されていないようです。私は前作の方を読んでいないので、何とも判断しかねるのですが。
「千里眼完全版クラシックシリーズ」(角川文庫)は全部で12巻16冊あり、一気読みするとなるとかなり日数を要します。私は9日間かかってシリーズを制覇しました。休暇中ならもっと速かったでしょうけど、仕事しないわけにはいかないので仕方ありません。
まずはシリーズ全体の感想ですが、壮大なドラマですね。主人公は女性初の戦闘機パイロットとなった元幹部自衛官で、現在臨床心理士として活躍する28歳の女性、岬美由紀。防衛大・幹部候補学校時代にがむしゃらに勉強して身に着けた膨大な知識、厳しい訓練を受けて鍛えられた体、そしてパイロットの動体視力を心理学の知識に基づく表情観察に生かし、瞬時に相手の表情・思考を読む「千里眼」の能力を持つ彼女が次々に事件を解決していく話です。なんかあり得ないスーパーウーマンですが、一度その設定を受け入れてしまえばかなり楽しめるシリーズです。
敵対する組織は「恒星天球教」という宗教団体をカモフラージュに国家転覆を企むグループ。その実態は臨床心理士にして脳外科医でもある友里佐知子とその養い子鬼芭阿諛子を除けば、全て脳梁切断手術を受け、暗示で操られるロボットで構成されています。
更に敵対する組織はメフィスト・コンサルティング・グループという表向きはグローバルな経営コンサルティング会社、裏の顔は16世紀以来心理操作や扇動によって人類の歴史を作ってきたという「特別事業課」。世の「陰謀論」を体現するような組織です。友里佐知子はかつてメフィスト・コンサルティング・グループに特別顧問候補として所属していたが、脱退後は「裏切り者」として組織に狙われる身となった。
ストーリーが壮大になってしまうのはこの世界の裏側で暗躍するメフィスト・コンサルティング・グループの存在に追うことが多いと思います。設定としてはこういう組織はそれほど真新しいものでもないのでしょうが、千里眼シリーズを面白くする重要な要素です。
では各巻の書評。
1.千里眼 完全版
恒星天球教のテロから話が始まります。房総半島の先にそびえる巨大な観音像【東京湾観音】を参拝に訪れた少女。突然倒れたその子のポケットから転げ落ちたのは、度重なるテロ行為で日本を震撼させていた恒星天球教の教典だった、というのがこの巻の謎かけです。最初は誰が主人公かよく分からず、話がどこに繋がっていくのか見えなくて戸惑いましたが、中盤辺りではもうすっかり夢中。元自衛隊パイロットにして現在臨床心理士の岬美由紀が驚異的な活躍をして、国家的危機を乗り越える、というまさにスーパーヒロイン的な展開です。友里佐知子の正体がこの巻で暴かれますが、捕まらずに逃走します。
2.ミドリの猿
きみも緑色の猿を見たのかい? 嵯峨敏也と名乗る男にそう聞かれた瞬間から、女子高生の知美の存在は周囲から認識されず、母親からも拒絶されてしまう。実は彼らはメフィスト・コンサルティング・グループ日本支社ペンデュラムの罠にはまっていた。一方、岬美由紀は内閣官房直属の首席精神衛生官に就任し、ODA開始のための視察にジフタニア共和国へ同行するが、そこは実はまだ内戦中だった!視察バスに乗る前に出会った子どもたちの危機を救うためにとった美由紀の行動は国際問題となり、特に日中関係が緊張する。メフィスト・コンサルティング・グループ日本支社ペンデュラムが日中開戦を画策していたのだった。美由紀はペンデュラムの策略に嵌り、絶体絶命のピンチに陥ったところで【続く】。3巻がすぐに読めないと欲求不満になります。
3.運命の暗示
2巻で絶体絶命のピンチに陥った岬美由紀。麻痺した体で拘束されたまま中国へ運ばれてしまいます。岬美由紀を助けようと蒲生警部補と嵯峨臨床心理士らが合流し、ぎりぎりで岬美由紀が載せられたヘリに忍び込み、一緒に中国へ運ばれピンチに。麻痺から回復した岬は蒲生・嵯峨と共にペンデュラムによる中国の大衆扇動の真相に迫ります。日中開戦秒読みの最中、波乱に満ちた彼らの行動をハラハラと楽しむことができました。開戦回避は予定調和ですが、そこに至るまでの過程が尋常でなく、読み応えあります。
4.千里眼の復讐
中開戦を阻止した岬美由紀だったが、違法行為のせいで南京の監獄に収監される。恩赦の条件は連続失踪事件の解決。現場の香港には脳梁切断手術を施された人々の姿が…。友里佐知子の陰謀を察知し東京に戻った美由紀はまんまと友里の罠にはまり、山手トンネルにおびき出され、約3000人の人たちと共にトンネル崩落によって閉じ込められてしまう。そこに鬼芭阿諛子が「ようこそ、恒星天球教主催のイリミネーションの儀式へ」とアナウンス。隔絶された都心の地下深くで繰り広げられるデスゲーム。次々に出て来るイリミネーターは脳梁切断手術を受けた友里のロボットで、暗示のまま容赦なく殺戮を行う。スーパーヒロイン岬美由紀も血の海は避けられなかった。生存者はわずか400人。友里の最終目標は阻止されますが、逮捕には至らず、危険分子を残したまま話が終わる辺りはホラー小説さながら。絶対に2度読みしたくない巻です。
5.千里眼の瞳
北朝鮮の支配者の息子が偽装旅券の使用で身柄を拘束され、同行していた女性李秀卿が4年前の拉致事件を仄めかして波紋を呼ぶ。美由紀が自衛隊時代に体験した北朝鮮ミグ機の迎撃と拉致事件と向き合う。4巻がホラーさながらのストーリー展開で、5巻も割と不穏な話運びだったので、このまま岬美由紀はハードボイルドのスパイさながらに危ない道を歩んでいくのだろうかと心配になりましたが、今回は壮大な陰謀とかはなく、彼女の精神的成長に比重を置いた、ほほえましいハッピーエンドでした。何を期待して読んだかによってつまらないと感じたりする人もいるでしょうけど、私は岬と巻の後半で登場する北朝鮮の人民思想省工作員李秀卿の論争が興味深いと思いました。
6.マジシャンの少女
雪山で遭難事故が発生した。休暇で訪れていた岬美由紀は救出に向かうが、現場に人影はなく雪崩に呑み込まれてしまう。漸く宿泊していたホテルに戻ると、「岬美由紀さんは既にチェックアウトした」とホテルマンが言う。警察も駆けつけてきたところで、何かを察した美由紀は逃亡する。一方、東京都知事は、お台場の巨大カジノ建設計画を発表。オープニングセレモニーには天才マジシャン少女、里見沙希が出演していた。ショーが始まったその時、銃声が轟き、会場は武装集団に占拠されてしまう。警察官僚と政治家による国家転覆の陰謀の話で、マジシャンの少女の活躍はごくわずか。そして、スーパーヒロイン岬美由紀も途中まで潜伏してしまっており、よく分からない登場人物のみでストーリー展開していくので、少々イライラさせられました。面白くないか、といえばそうでもないのですが、話運びはやはりあまり好きにはなれません。
7.千里眼の死角
世界各地で起こる原因不明の人体発火事件。イギリスの妃殿下シンシア妃は「次は自分が殺される」と自室に引きこもり、公務を放棄していた。しかし、女王の即位50周年記念式典には是が非でも出席させないと王室の権威失墜につながると危惧した上院議員たちの要請により、たまたまロンドンにシンポジウムに来ていた臨床心理士嵯峨敏也に白羽の矢が立った。面談の結果、人体発火事件との関連性が浮かび上がってくる。嵯峨はともにシンポジウムに来ていた岬美由紀に応援を要請。人体発火はアメリカの機密「ディフェンダーシステム」の誤作動と発覚するやいなや、システムは完全に乗っ取られてしまう。それはメフィスト・コンサルティング・グループ総裁による世界直接支配の第一歩だった!ディフェンダー・システムは考えるコンピューターで、攻撃の対象を自ら探し出して「裁きを下す」という設定はSF的で、話が進むほどにSFアクション的な色合いが濃厚になります。これはこれで面白かったです。
8.ヘーメラーの千里眼 上・下
「ヘーメラーの千里眼」がなぜそのタイトルなのか分かるのは下巻を読んでから。戦闘機の演習中に基地へ侵入し、標的の中に隠れたらしい子供篠海悠平を誤射して、殺してしまったらしい伊吹二尉。その真相は?サブストーリーとして中国から密輸されているらしい新型の麻薬麝香片。
上巻では岬美由紀と伊吹直哉の回想に多くのページが割かれていて、話の本筋はなかなか進行しないので、二人の過去がストーリーに必要というのは分かっていてもかなりじれったい感じを受けました。岬自身も情緒不安定で、スーパーヒロインとしての冴えが殆ど鳴りを潜めており、もやもやした感じのまま下巻へ。
上巻に引き続き、下巻も回想が多いですが、本筋の方もかなり動きます。アルタミラ精神衛生の陰謀が暴かれ、麝香片密輸も阻止。伊吹一尉も何とか立ち直り、岬も事件を通して過去の自分と向き合うこともでき、どちらも人間的に成長。最後は「雨降って地固まる」という感じです。主人公たちが過去を振り返り、内面を掘り下げることで、小説の深みが増していますが、エンタメ性がそのためにちょっと後退しています。でも空戦の詳細な描写は臨場感があり、読みごたえがあります。それで死人が出てないのがまたいいですね。
9.トランス・オブ・ウォー 上・下
イラクで日本人が人質にされ、人質のPTSDを考慮した政府は岬美由紀を現地に派遣するが、不測の事態が生じ、人質は解放できたものの、彼女自身は武装勢力に囚われてしまう。美由紀がとらわれた武装勢力はアル・ベベイルという穏健な部族だったが、アメリカのブッシュ政権はこの勢力を「アルカイダの中心勢力」と位置づけ(でっち上げ)、大統領再選を狙って手柄を立てようとする。アル・ベベイルの集落はこのため壊滅的な打撃を受ける。上巻ではイラクの話はほんの一部で、岬美由紀が戦闘機パイロットになる前の訓練、メインストーリーの時間からさかのぼって5年前の過去の話にページの大半が割かれているため、イラクでの現在のストーリーラインを失念していまいそう。
アル・ベベイルの長老であるハッサンは美由紀の人間を狂気に追いやる「トランス・オボ・ウォー」説に少なからず感銘をうけたため、アメリカからの一方的な攻撃を受けた後、他のシーア派の部族を招集し、そこで美由紀に「トランス・オボ・ウォー」について演説させるが、イスラムを侮辱する危険思想を広めたとして、収監されてしまう。拷問のような独房に入れられ、瀕死の状態に追いやられた岬美由紀でしたが、当然そのままで死ぬわけありません。脱獄を助ける人が現れます。間近に迫ったアメリカの空襲。何とか殲滅戦を止め、「トランス・オボ・ウォー」を実証できるように画策する岬美由紀。彼女の平和主義の信念は非常に尊敬に値するのですが、ヒロインを活躍させるためとはいえ、アラブ人集団に暴行を受けた上に監獄の看守にも拷問され、飲まず食わずで脱水状態も進んでいるはずの女性がいくら自衛隊事態に鍛えたとはいえ、脱獄後の回復の速さは蒸気を逸していて現実味にかけます。
エンディングに関しては願望以外の何物でもありません。なまじイラク戦争を背景にしたかなりリアリティのある舞台設定のため、岬美由紀の活躍がたとえフィクションだとしても、どうしても現実(イラク内戦目下進行中)との乖離が激し過ぎて、ハッピーエンドのリアリティのなさが際立ってしまい、作品としての魅力が半減してしまっているように思います。
10.千里眼とニュアージュ 上・下
「ニート天国」萩原県、正式名称萩原ジンバテック特別行政地帯という福祉都市では引きこもりなどの無職者や無収入の高齢者が住居と生活費を支給され、公共サービスも無料で利用できるという福祉都市。IT金融企業であるジンバテックの特別事業ということだが、採算が取れそうな気配はなく、真意は不明。
萩原県住民の一部は火あぶりにされるなどの悪夢や金縛りに苦しんでいた。そこには岬美由紀の両親が事故で死亡した際にその車の衝突で火災となった住居に住み、PTSDを再発させてしまった一之瀬恵梨香も住んでいた。彼女は美由紀から譲渡された美由紀の両親の家を売却していたのだった。
美由紀はメフィスト・コンサルティングからも協力をしつこく依頼されていた。
萩原県民の悪夢の原因は?ジンバテックの企みとは?メフィスト・コンサルティングの目的は?そして、美由紀と恵梨香は和解できるのか?
という話の筋道が着いたところで下巻へ。
IT金融企業ジンバテックの目的は徳川埋蔵金の発掘だった。メフィスト・コンサルティングのダビデの目的はその埋蔵金の横取り。美由紀も含む臨床心理士たちは悪夢・金縛りに苦しむ住民たちのために揃って萩原県へ向かう。一方一之瀬恵梨香は手違いで美由紀の代わりにさらわれ、ダビデに対面。ダビデの企みはジンバテックの陣場に見破られて襲撃を受ける。恵梨香からSOSを受けた美由紀は彼女の救出に向かう。
なぜか今回はダビデが冴えない。見当はずれの失敗ばかり。それがまたご愛敬な感じです。
「萩原県」と徳川埋蔵金というどちらか問えば荒唐無稽な設定がこの間のエンタメ性を高めていると思います。イラク編では舞台設定がリアルすぎて、ストーリと現実との乖離が激しさがエンタメ性を損なっていたように感じましたが、ニュアージュ編はフィクションならではの楽しさがあります。
11.ブラッドタイプ
血液型性格診断がブームになり、特にB型の人間に対する差別が酷くなって社会問題に。白血病の女性は脊髄移植の手術を、血液型がB型に変わってしまうことを理由に拒否する始末。盲信もそこまで行くと呆れてものが言えない。
一方白血病患者を主人公にしたドラマも流行り、白血病イコール不治の病という間違ったイメージが広がってしまい、白血病患者の死亡率が上がってしまう。岬美由紀、一之瀬恵梨香、嵯峨敏行の3人の臨床心理士たちが間違ったイメージの是正に挑む。
しかしながら、スーパーヒロインである筈の岬美由紀は思いを寄せる嵯峨が白血病を再発させたことに動揺し、人前でも涙を流し、また泥酔して恵梨香の世話になるなど、かなりの憔悴ぶり。結構長いこと空回りしているので、ファンとしてはかなりじれったい展開。
でも、根拠のないものが勝手にブームになって差別を生む日本人社会の病理や国民性に切り込んだいい題材だと思います。
12.背徳のシンデレラ 上・下
「日本列島が海に沈んで、もう四日が過ぎた」で始まるので、かなりびっくりしますが、何のことはないメフィスト・グループの偽装工作。
本筋は鬼芭阿諛子が唐突に石川県の僻地にある白紅神社なるところの宮司として現れること。岬美由紀はその正体を見極めるよう依頼された。神社関係者たちはみな「鬼芭阿諛子は生まれた時から白紅神社にいた」と証言。さて、どんな裏が隠されているのか?宮司鬼芭阿諛子と対面して友里佐知子の後継鬼芭阿諛子本人であることを確信しつつも、撤退を余儀なくされる。
岬美由紀は神社の中でSDカードを発見し、素早くそれをモバイル機器にコピー。ホテルに帰って中身を確認すると、それは友里佐知子の日記だった。こうして友里佐知子の半生が明らかに。
上巻ではりめぐされた伏線は下巻ですべて収束していきます。友里佐知子の過去の描写が詳細かつ長いので、ちょっと食傷気味になりますが、その過去が現在の鬼芭阿諛子の行動に繋がっていくので仕方がない。
前半は友里佐知子の日記の内容の続きに占められており、現在の本筋はなかなか登場しなくてじれったいのですが、いざ現在に話が戻ると、息つく間もないほど、次から次へと色んな事件が起こり、鬼芭阿諛子の国家転覆計画は着々と進んで行く。それを阻もうとする岬美由紀も神社への不法侵入を除いては蒲生警部補の抑制もあり、規則を破って暴走しないよう努力。しかし大量殺戮は起こってしまった。日本の国会ではなく、北朝鮮に構築されていた国会議事堂周辺そっくりの訓練施設で。そんなにぴったりと輸送機を誘導できるものなのか技術的な疑問が残るが、まあフィクションなので、細かい追及は野暮。
ラストは岬美由紀と鬼芭阿諛子の和解と鬼芭阿諛子の死で一件落着。
シリーズ中ずっと謎だった友里佐知子の過去、メフィスト・コンサルティングとの関わり、鬼芭阿諛子の正体、ダビデの正体がすっきりと明かされ、シリーズ最終巻に相応しい壮大なストーリだと思います。
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