徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:エラリイ・クイーン著、青田勝訳『悪の起源』(ハヤカワミステリー文庫)

2021年04月19日 | 書評ー小説:作者カ行


買いだめしてあったエラリイ・クイーンの作品は1年半前にすべて完読したと思っていたのですが、この『悪の起源』1冊だけ見落としていたようです。
ハリウッドを舞台としたこの作品は、宝石商のヒルの玄関先に犬の死体が送りつけられ、同封の脅迫状によってもともと心臓の弱かったリアンダー・ヒルは死亡することから物語が始まります。そして共同経営者のロージャー・プライアムにも意味不明の脅迫が続き、養父の死の真相を突きとめようとして娘のローレル・ヒルがちょうどハリウッドに来ていた犯罪研究家エラリイ・クイーンに相談を持ち掛けます。
最初は雲をつかむような話で、証拠となる脅迫状が残っていないこともあってエラリイは調査を断るのですが、ロージャー・プライアムの妻デリアからも依頼があり、後にデリアの息子クロウ・マクワガンも調査依頼をしに来たため、結局調査に乗り出します。キーツ警部補とともにリアンダー・ヒルとロージャー・プライアムの過去や「警告」の物品の出所調査をします。
ロージャー・プライアムは「自分の問題は自分で形をつける」と言ってエラリイたちを歓迎せず、彼らの質問にも一切答えようとしないので捜査は難航します。
プライアムの妻デリアはエラリイを誘惑しているとも取れる行動をし、エラリイを困らせる一方、エラリイがなかなか動かないことにしびれを切らしたローレルとクロウも独自の調査を始めるなど、どちらかというと無駄なエピソードが混じっているような印象を受けます。
「警告」を解くカギは本書のタイトルの元となっているダーウィンの『種の起源』にあるのですが、かなり持って回ったトリックですね。
最後の謎解き・真犯人特定段階でもう一回転し、少々凝りすぎのきらいがあります。
ストーリー全体としてはわりと面白いのですが、訳文が魅力的とは言い難いので、部分的に読みにくくて退屈に感じるのが玉に瑕と言えます。
原文もおそらく持って回った表現なのでしょうけど、もうちょっとましな日本語に訳せなかったのかと思わずにはいられませんでした。


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書評:今野敏著、『警視庁神南署』&『神南署安積班』

2021年04月15日 | 書評ー小説:作者カ行

東京ベイエリア分署がバブル崩壊のあおりを受けて閉鎖となり、安積班はそっくり新設された神南署に異動したという設定で、『蓬莱』、『イコン』での脇役を経て、この『警視庁神南署』でついにシリーズ復活となります。

物語はしがない銀行員・山崎照之が上司と飲んだ後の憂さ晴らしにほんの出来心でカップルがいちゃついていることで悪名高い公園に寄り、実際にとあるカップルの覗きをしてしまうところから始まります。そこに、その辺りを縄張りとする少年チームが現れ、「おやじ狩り」の被害者となってしまいます。山崎の訴えにより 神南署の安積警部補たちは捜査を開始しますが、数日後山崎はバーで知り合った男・小淵沢茂雄にそそのかされて告訴を取り下げてしまいます。安積班はそれでも少年たちを追いますが、彼らはヤクザのリンチに遭って入院。これによって「おやじ狩り」の犯人は逮捕されたことになりますが、少年たちを襲ったのは誰だったのか、山崎が告訴を取り下げたことと何か関連性があるのか、疑問は残ります。そして起こった殺人事件…
メインテーマとなっている関連性のある事件以外にも次から次へと犯罪が起こって安積班の刑事たちが駆り出される様子がいかにも土地柄と世相を反映している感じですね。また、不良債権処理が絡んでいるところなど、バブル崩壊後の大きな社会問題がストーリーの中に組み込まれていて、時代の写し鏡のようです。
安積警部補が、部下を公平に扱ってるかどうか気にしているところばかりでなく、別れた妻とよりを戻すのかどうかというプライベートな悩みもしっかり描かれているところなど、いかにも今野節ですね。
「推理」の要素はかなり少ないですが、社会派小説、警察活動小説として読み応えのある作品です。

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『神南署安積班』は神南署編の最終巻となる短編集です。収録作品は「スカウト」「噂」「夜回り」「自首」「刑事部屋の容疑者たち」「異動」「ツキ」「部下」「シンボル」の8編で、「異動」以下3編で臨海署が警察署として再生する話が出ており、新「東京湾臨海署」シリーズへの橋渡し的エピソードになっています。
「スカウト」と「噂」の2編は安積警部補の同期でよき理解者である速水が活躍するエピソードです。
「夜回り」は黒木刑事と山口友紀子記者を巡るエピソードで、男社会の警察に配置されている若くて美人の女性記者の立場の難しさに触れられていますが、安積警部補にとっては記者なんかより部下の黒木が心配というのがありありと分かり、その部下思いぶりに微笑ましさを感じる一方で、山口記者の方はどうやら安積警部補に淡い恋心を抱いているようで、男臭い人情物語に花が添えられているようです。
「自首」は、宝石商殺人の犯人として自首してきた老婆の物語で、典型的な所轄ものと言えるエピソードでしょう。
「刑事部屋の容疑者たち」はとても微笑ましくユーモラスです。安積班の刑事部屋の中に容疑者が絶対いるはずだから名乗りを上げろと安積警部補が頼むところから始まるエピソードは、「いったい何の容疑?!」と読者を驚かせ、最後に安積班の結束の固さ、絆の強さを浮き彫りにします。そのオチには思わずにやりとしてしまいました。
「異動」は桜井刑事が、安積警部補が臨海署に戻る際に部下を連れて行くとしたら桜井は外されるのではないかという記者たちの噂話を聞いて功を焦って逆に失敗するというエピソードです。もちろんすべて桜井の杞憂に過ぎなかったのですが。最後の記者への仕返しがちょっと笑えます。
「ツキ」は須田部長刑事が大活躍するエピソードです。刑事としては太りすぎで不器用そうに見える須田ですが、およそ刑事らしからぬ感受性と鋭い洞察力を持っているばかりではなく、妙にツキに恵まれていることがよく分かるエピソードです。
「部下」では安積警部補の夢から物語が始まります。方面本部の管理官が神南署の視察に来るので安積自身も緊張していて夢にまで見たというところが普通の人っぽくて親しみが持てますね。視察に来た管理官は、かつて一緒に捜査したことのある野村元高輪署副署長で、次は臨海署の署長に就任するかもしれないので、その際には安積を引き抜きたいと声をかけてきます。安積は今の部下たちと一緒ならどこにでも行くと答えて、部下思いの上司ぶりを存分に見せてくれます。村雨・桜井コンビが連続放火事件の捜査で活躍し、村雨は彼なりに桜井を部下として可愛がっていることが分かるエピソードでもあります。
「シンボル」では17歳の少年が対抗グループのリンチにあって殺される事件が扱われますが、加害者グループの中に若者の反抗のシンボルと崇められているちょっとしたミュージシャンが含まれており、少年犯罪・報道規制などで生じる少々厄介な問題が扱われています。安積を臨海署に引き抜こうとしている野村管理官が再登場し、安積に「貸し」を作っていきます。こうして臨海署安積班の復活は確定したのですね。

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書評:今野敏著、『東京ベイエリア分署』シリーズ

2021年04月14日 | 書評ー小説:作者カ行


先に「東京湾臨海署」の方を読んでから元祖の『東京ベイエリア分署』シリーズに来るのは順番が思いっきり間違っているのですが、事前情報なしにたまたま電子書籍の新刊案内で『捜査組曲』を知って読み始め、それが「東京湾臨海署」シリーズの最新作だったと知り、そのシリーズの何冊か読んだ後に珍しく解説を読んだら、実はずっと壮大なシリーズものだったことが判明したものの、とりあえず読み出していた「東京湾臨海署」シリーズを読破することにしました。

それでようやく元祖シリーズ『東京ベイエリア分署』の第1作、『二重標的』に辿り着いたのですが、面白いですね。安積剛志が若いせいなのか結構アグレッシブな印象を受けます。
若者ばかりが集まるライブハウスで、30代のホステスが殺されたという 殺人事件の通報が入り、女はなぜ場違いと思える場所にいたのか?疑問を感じた安積は、事件を追ううちに同時刻に発生した別の事件との接点を発見します。繋がりを見せた二つの殺人標的を追っていくストーリーですが、警察という組織内の管轄・縄張りを無視するようなことはせず、あくまでもそうした組織の中で可能な最善を尽くす個人個人が丹念に描かれているところが今野敏の警察小説の魅力ですね。捜査そのものも興味深いですが、やはり捜査する人たちのドラマのほうが魅力的だと思います。

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「東京ベイエリア分署」シリーズの第2作『虚構の殺人者』では、背広を着た男の落下シーンから物語が始まります。その男はテレビ局のプロデューサーで7階建ての建物の非常階段から落ちて死亡したしたため、自殺や事故の線もあったものの、首には絞殺痕があり、他殺の線が濃厚になります。三田署に捜査本部が設置され、ベイエリア分署の安積班は助っ人として参加しますが、本庁の捜査一課からも前回対立していた相楽警部補らがやって来て捜査本部内の緊張関係がみごとに描写されます。
捜査が進むうちにテレビ局内の汚い対立関係も徐々に露になってきますが、それとは対照的に須田三郎や安積剛志の実践する「正しいこと」に心が洗われるようです。きれいごとを本気でやるという点に関しては須田の方が格段に上で、安積も上司として呆れているのですが、安積自身もなかなかのもので、「刑事の間で信用をなくす」と忠告する相楽に対して、「刑事同士の信用も大事だが、それよりも正しいことをやるってほうが大切なんでね…」と言い残していくところが印象的です。
交通機動隊の速水との軽妙なやり取りも味わい深いですね。最後に捜査を終えて署に帰還しようとする覆面パトカーを速水がスピード違反で呼び止め、切符を切る代わりに祝杯の酒を(ちょっと)没収するというくだりなど、思わずニヤリとしてしまいます。
安積班のメンバーたちも、ただの脇役なのではなく、それぞれに印象深い個性のある人間として奥行をもって描かれているので、全体の人間ドラマとしての深みがあり、今野敏ならではの警察(活動)小説の魅力が存分に発揮されていますね。

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『硝子の殺人者』は『東京ベイエリア分署』シリーズの最終巻です。東京湾岸で乗用車の中からTV脚本家の絞殺死体が発見され、現場に駆けつけた東京湾臨海署(ベイエリア分署)の刑事たちは、目撃証言から事件の早期解決を確信していたのですが、即刻逮捕された暴力団員は黙秘を続け、被害者との関係に新たな謎が生まれます。結局捜査本部が設置され、安積班がまた助っ人として捜査に参加することになります。前作に続き、この作品も華やかな芸能界の裏側を描いています。芸能プロダクション、暴力団、薬物取引など。
今回も捜査本部で本庁の相楽警部補が登場しますが、不思議なことに微妙に元気がなく、安積警部補に対するライバル意識が影を潜めて、大人しいのが不気味です。でもそれは、相楽が反省したからとかいうものではなく、ちゃんと裏があり、物語の展開における重要な伏線になっているところが面白いです。安積警部補の同期も薬物のエキスパートとして捜査に参加しますが、なかなか悲しい役割です。
この作品でも複数の物語の伏線が複雑に絡み合い、重層的な構成で読み応えがあります。

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書評:今野敏著、東京湾臨海署・安積班シリーズ

2021年04月12日 | 書評ー小説:作者カ行


『残照』は安積班シリーズの第三期「東京湾臨海署」編の第1作目の長編で、安積警部補の他に交機隊小隊長の速水が目覚ましい活躍を見せます。殺人現場から逃走した車両があったという目撃情報があり、対象車両がその筋では有名な走り屋であったために速水が捜査本部に吸い上げられて安積のパートナーとして捜査に加わることになります。被害者も容疑者も若いのですが、特に殺人容疑者として追跡されていた風間という走り屋はキャラとしてとても印象的です。風間と速水の命がけの対決が見ものですね。
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『陽炎』は短編集で、「偽装」「待機寮」「アプローチ」「予知夢」「科学捜査」「張り込み」「トウキョウ・コネクション」「陽炎」の8編が収録されています。
「科学捜査」では、ST 警視庁科学捜査班でおなじみの青山翔が登場し、例の「ねえ、僕、もう帰っていい?」で所轄の特に安積に「杓子定規」と評価されている村雨部長刑事をイラっとさせます。このように他シリーズのキャラが登場するクロスストーリーは楽しさが倍増しますね。
表題作である「陽炎」は予備校生を主人公とする真夏の午後の悪い夢のようなストーリーです。実は何の事件にもなっていないのですが、警察は事実確認のために動かざるを得ず、主人公の予備校生がパニックを起こすといった内容で、安積係長の優しさで全て丸く収まるという心温まるエピソードです。

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『最前線』は短編集で、「暗殺予告」「被害者」「梅雨晴れ」「最前線」「射殺」「夕映え」の6編構成です。
「暗殺予告」では、暗殺予告されているハリウッドスターの来訪を警備する警備案件と密航者が1人海に飛び込んだため、その行方を追う捜索案件の2つ扱われます。当初別個案件で管轄が違っていたものの、後から関連性が見えだし、安積警部補が連携を取ろうと尽力するものの、組織の縦割り意識にぶつかるという組織の問題が浮き彫りになります。
「被害者」は少年法がテーマです。少年法で保護される加害者の人権、無視される被害者および被害者の家族の人権。少年犯罪の凶悪化を受けて少年法改正されたものの、少年の更生率は依然として低く、思いつめた遺族が自ら復習を果たそうとする、そんな悲劇を描いた物語です。
「梅雨晴れ」は、梅雨のじめじめでイラつく刑事たちの日常を描く一方、ゆりかもめのお台場海浜公園駅で起きた傷害事件を通して公共の場でのマナーというテーマに切り込んでいます。
「最前線」は犯罪多発地域を担当する竹の塚署が舞台で、かつて安積班で村雨部長刑事と組んでいた大橋の成長・活躍ぶりが、現在安積班最年少の桜井の視点から描かれます。とある取り立て屋が殺されて水死体として発見された事件。被害者の捜索願がその愛人から竹の塚署に出されていたので、遺体が発見された東京湾臨海署ではなく、竹の塚署に捜査本部が立てられ、捜査が進められます。
「射殺」は、銃をあまり使わず組織力をもって犯罪者に対処する日本の警察のあり方を、アメリカから軍人上がりのプロの殺し屋を追って日本にやってきた警官の考え方との対比で浮き彫りにされます。銃を持っている犯罪者に銃をほとんど使わずに対処する日本警察は往々にして殉職者を出すものの、犯人をやたらと射殺してしまう欧米(特に米)警察のあり方に比べると好感が持てる気がしました。
「夕映え」は、出世するエリートと警部補になる試験も忙しくて受けられないまま定年を迎える現場主義の所轄刑事との対比をテーマとしています。安積警部補が刑事になりたての頃に仕事を教わった先輩刑事・三国が安積よりも階級が下のまま定年を迎えるということをたまたま捜査で一緒になって知り、ちょっと感傷的になるストーリーです。三国は階級に関係なく自分の地道な仕事に誇りを持って最後まで仕事する実直を絵に描いたような人物像ですね。
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『半夏生』はアラブ系の男が行き倒れになって通報されるところから始まり、その些細な事件が首相官邸にまで及ぶ「バイオテロ」疑惑に発展して大騒ぎになる様子を描いた長編です。行き倒れが通報されて、警察が出て行って病院に運ばせたというだけでは事件性はありませんが、アラブ系であることと身分を証明するものを持ち合わせていなかったことから強行犯係の安積班が関与し、あくまでも「念のため」に安積係長が課長に耳打ちしたのが発端で、どんどん話が大きく不透明になっていくのがワクワクするところです。安積係長以下部下たちはテロパニックに流されることなく、「事実を積み重ねる」という刑事の仕事をし、公安のやり方、官邸に設けられた対策本部のやり方、省庁間の対立などを冷静に判断しています。
こうした大きなストーリーの中に、安積の部下の恋バナや家庭の事情などの等身大の人間ドラマが実にうまく織り込まれており、今野節を堪能することができます。

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『花水木』は表題作を含む「入梅」「薔薇の色」「月齢」「聖夜」の5編が収録された短編集です。
「花水木」では、ケンカの届け出があり、被害者の「花水木の花の匂いをかいだ」という調書の中にあった証言に須田部長刑事が違和感を覚える、というところから始まります。そうこうするうちに潮風公園に遺体が発見され、その捜査に「花水木の花の匂い」の違和感が絡んでくるというストーリーです。
「入梅」で扱われる事件はコンビニ強盗ですが、安積班のメンバーも交機隊の速水も不快指数の高い梅雨入り前の空気にイライラを募らせている様子がリアルに描写されており、そのじっとりした感じが作品全体に貫かれています。事件解決後、安積班長が「入梅も悪くない」と締めくくるところで一種のカタルシスが得られる作品となっています。
「薔薇の色」では珍しく安積班と速水の都合が合って、そこそこ馴染みの新橋のバーに行くという彼らの「オフ」の付き合いが描写されています。そのバーの一輪挿しの薔薇の色の意味を巡って推理ゲームをするという話で、他愛のない酒場の余興なのに勝負を挑まれて夢中になる須田や村雨が微笑ましいです。
「月齢」では、満月の夜に狼男を目撃したという通報が相次ぎ、大騒ぎになる様子が描かれています。ここでもまた須田部長刑事のトリビアをもとにした推理が混乱の収拾に貢献します。
最後の「聖夜」はタイトルの通りクリスマスイブの話です。安積係長が離婚したことや娘のことでくよくよと思い悩む様が描かれています。刑事の仕事には独身の方が都合がよいと納得してはいるものの、娘には父親らしいことを何ひとつしてやれなかったというのは、世の父親が共感しやすい感傷なのではないでしょうか。
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『夕暴雨』は、押井守の『機動警察パトレイバー』との異色のコラボだそうで、そのこと自体でもすでに話題性があるのかもしれませんが、私はパトレイバーを知らないので、「謎めいた特車二課が謎の新装備を起動した」程度の知識だけで本作を読みました。やはり、今野敏は長編の方が読み甲斐があって面白いです。
物語は安積剛志警部補一行が新設された7階建ての官舎に引っ越す場面から始まります。建物が広くきれいになった反面、人と人の距離が遠くなり、かえって風通しが悪くなったのではないかと考えをめぐらす安積係長ですが、新官舎についての叙述に結構な紙面が割かれていて、新しい舞台を緻密に作り上げて読者に紹介しているのだろうと思いました。
新官舎への引っ越しのタイミングで強行犯係も増員され、安積班が第一係、そして以前から安積をライバル視していた相楽が第二係の係長に就任し、東京湾臨海署内の人間関係に新たな緊張感がもたらされます。
また、新庁舎の1キロほど離れたところに別館が建設され、警備部の特車二課が入り、その小隊長である後藤喜一は安積や交通機動隊の速水と同期で、なぜか速水がそれに苛立っています。
こうした状況の中、ネットに模型関係のイベントに対する爆破予告がアップされます。安積班はただ警備の応援をしに行っただけでしたが、爆発など起こらずにイベントが終了した後、相楽班がコネを活かして警視庁のハイテク犯罪対策センターに協力を依頼し、予告犯の身柄を確保する手柄を立てます。そのことで、署内でも相楽と安積のライバル関係があるものと了解されてしまい、安積も「捜査は勝負ではない」と言いつつも、やっぱり自分は気にしているのかと自問自答するあたりが安積節というか、この安積剛志というキャラの人間性の魅力だと思います。
次の週に開催されるコミックコンベンションというイベントを標的にした爆破予告がまたネットにアップされますが、警備部はこれをやはりいたずらと侮って体制を整えようとしないのに対し、鋭い洞察力を持つことで知られるネットにも詳しい須田三郎部長刑事がその予告が本気であることを示唆します。さらに安積の娘が売り子としてイベントに参加するという知らせがあり、安積に個人的な心配まで加わります。
そして、見回り・警備強化も虚しく、イベント2日目の日曜日にトイレで爆破事件が起きてしまいます。これにより捜査本部が立ち上げられますが、警備部と刑事部のどちらが主導権を握るのかという対立も先鋭化する中、相楽も安積たちの読みとは違う筋でライバル意識剥き出しで捜査するため、非常に味わい深いミステリーになっています。
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『烈日』は新メンバー、水野真帆が安積班に配属された春の「新顔」に始まり、「海南風」「開花予想」、夏の「烈日」「逃げ水」と秋の「白露」を経て冬の「厳冬」に終わる1年間が描かれる連作短編集です。
安積班シリーズのTVドラマ化作品『ハンチョウ~神南署安積班~』に登場したという女性刑事水野真帆を原作の方に逆輸入したのが本作だそうです。
強力な男性社会である刑事部に女性、しかも若くて美人が1人投げ込まれれば、確かに様々な波乱が起こるものでしょう。
その彼女が波乱の1年を通して徐々に安積班の仲間の1人になっていく過程が納められているのがこの短編集です。
これまで須田三郎が変わった視点から鋭い洞察力を発揮して事件解決に貢献することが多かったのですが、元鑑識の水野真帆の登場によって少し役割分担されるようになっています。
最後の「厳冬」で安積係長が風邪をひいて周りに迷惑をかけ、改めて仲間の大切さに気付かされるのが、連作の締めにふさわしいですね。
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『晩夏』ではクルーザー上の絞殺遺体とパーティー会場での毒殺変死体の2件の殺人事件が同時期に起こります。そのうちの一件、パーティー会場での毒殺事件の方で安積係長の同期である交通機動隊小隊長の速水が、被害者のグラスに指紋が付いていたという理由で参考人として身柄拘束されます。パーティー会場での毒殺事件は相楽班の担当で、クルーザー事件は安積班の担当であったため、安積が速水の事情を聞きに行くことだけでも問題になる状況。
なかなか複雑なプロットで読みごたえがあり、ミステリーとしても人間ドラマとしても楽しめます。捜査一課の捜査官の鼻持ちならない高慢さ、そのうちの安積と組むことになった若手の1人の勘違いぶりなどの描写がリアルでした。

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『捜査組曲』は短編集で、「組曲」というタイトルにふさわしく収録作品全編が音楽関係の題名が付いています。「カデンツァ」「ラプソディー」「オブリガート」「セレナーデ」「コーダ」「リタルダンド」「ダ・カーポ」「シンフォニー」「ディスコード」「アンサンブル」の10篇で安積班のメンバーやその他関係者たちのキャラが事細かに描かれ、折り重なって安積ワールドの組曲が完成するかのような構成です。

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