徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:久賀理世著、『英国マザーグース物語』全6巻(コバルト文庫)

2017年04月23日 | 書評ー小説:作者カ行

またしても少女小説で、イギリスネタですが、久賀理世の『英国マザーグース物語』シリーズはかなり秀逸な恋愛プラスミステリー小説と言えます。買ったのは2・3年前なんですけど。

舞台はビクトリア朝のロンドン。大英帝国の英雄である探検家ヘンリー・アッシュフォード子爵はエジプトで熱病にかかって死亡したとのことでしたが、その死に不信感を抱いた娘セシル(16歳)はその真相を探るため、過保護な長兄ダニエルを少々えげつなく出し抜いて、彼の学生時代の先輩が立ち上げた弱小新聞社アクロイド・ディリー・ニュースに性別を偽って、記者見習いとして働きだします。兄ダニエルが見つけてきたという婚約相手には父の喪が明けるまで会わないという約束も取り付けて。

その当の婚約相手であるジュリアン・ブラッドウッド侯爵子息はセシルの様子を見るためにアクロイド者を身分を偽って訪ね、そこで絵の才能を見込まれて、挿絵師見習いとしてセシルのパートナーとして働くことになります。

婚約者同士なのに、お互いに身分を偽って一緒に働くという設定の微妙さが可笑しさを誘います。二人が出くわした最初の事件はかなりほのぼのしたもので、マザーグースの唄:

バラはあかい、すみれは青い
砂糖はあまい―そうして君も。 

に因んだものでした。

余計な蘊蓄を述べれば、この唄には(にも)さまざまなバリエーションがあり、私が持っている「The only true Mother Goose(唯一真のマザーグース)」という本では「砂糖」ではなく「gillyflower(アラセイトウ)はあまい」となっていました。そしてその先もありました:

The rose is red, the violet is blue,

The gillyflower sweet - and so are you.

These are the words you have me say

For a pair of new gloves on Easter-day.

「そうして君も」までならちょっとした恋の告白っぽいのに、その続きが「それらが君が僕に言わせる言葉、復活祭の日の新しい手袋のために」で、なんか台無しに…

『英国マザーグース物語』はこの唄(短い台無しじゃない方のバージョン)で始まってこの唄で終わるという、なかなかしまりのある構成です。タイトルの通りかなりの数のマザーグースの唄が物語の重要な役割を果たします。ただの教訓的な意味合いの時もありますが、殆どの場合は事件の謎を解く重要なカギとなっていて、ミステリーとしても、マザーグースの一味変わった味わい方としてもなかなか楽しめます。

ただ、ほのぼのした感じは長く続かず、父・ヘンリーの不審死の裏には相当強大な敵が潜んでいて、だんだん緊張感が増していきます。それでもいろんなエピソードが挟まれていて、ミステリーは一直線には進まず、セシルの女の子としての悩みやジュリアンに対する淡い恋心とか、セシルの次兄ジェフリーのむちゃくちゃぶりとか、セシルの親友のエピソードとか、セシルの取材するほっこりエピソードとか、そういう寄り道をしながら進んでいき、5巻で大きな転換を迎え、6巻でいよいよ時間との戦いの中謎解きを迫られ、何人かの大いなる犠牲が出た後でようやく事件解決し、一時危うくなったセシルとジュリアンの関係もハッピーエンドに至ります。

ミステリーとしてみるとかなり贅肉の多いストーリーですが、ミステリータッチの純愛小説としてみれば、より楽しめるのではないかと思います。まあ趣味の合う合わないもあるかと思いますが。

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書評:木村千世著、『アルビオンの夜の女王』全5巻(ビーズログ文庫)

2017年04月21日 | 書評ー小説:作者カ行

休暇の初日に足首をひねってあまり動けなくなってしまったため、読書で気を紛らわせて時間を潰しました。

この『アルビオンの夜の女王』は2年ほど前に買って読んだものだったのですが、内容をほぼ100%忘れていたので読み直してみました。まあよくあるティーン向けのライトノベルと言ってしまえば身も蓋もないのですが、実にそういう感じの作品です。『アルビオン』というタイトルの通り舞台はイギリスで、主人公は(昼の)女王陛下の双子の姉で魔力を持つというセシア。アルビオン王国は、魔女狩りをするエウローペ大陸とは異なり、魔力を(一般には極秘で)護国の柱とし、魔術関係の問題にあたる青薔薇騎士団という戦闘集団とファウストという魔術師を集めて魔術研究をする機関を擁しており、セシアは青薔薇騎士団のトップを務める「夜の女王」ということになっています。彼女は契約者を3体(吸血鬼、人狼、フランケンシュタイン博士に改造されてしまった人間)従えて、日々人間に悪さを働く悪魔や魔物と戦っています。「黒世界」と呼ばれる悪魔や魔物たちの住む世界から後継争いが嫌で人間界に逃げてきたという魔王の第4王子ラゼリオン(最初は「ファントム」という偽名を名乗る)がセシアを気に入ってしまい、真名を明かして求婚します。このせいで他の王子たちが次々人間界にやってきて問題を起こす、というのが大まかなストーリーです。

ラゼリオンが自分の強大な力を暴発させてむやみに死体の山を築かないように引きこもり、常に読書をしているという性癖と、意外にも真剣にセシアを愛しているということが結構いい味を出しています。セシアの方は典型的なツンデレ不器用キャラですが、だんだん彼に惹かれていく辺りはまあ少女小説の王道ですね。ただ、5巻も続いた割には結婚もしないし、魔王継承問題も全然解決しないというあまりすっきりとした簡潔でないことは残念です。セシアの執事であり、謎のハンドパワーを持つ彼の正体も謎のまま、というのも残念。

娯楽として結構読めるけど、さほど印象に残らないというのが正直な感想です。だから2年かそこらでストーリーをほぼ忘れてしまっていたのでしょう。

マンガもそうですが、ライトノベルも玉石混淆ですね。少女小説の中でも「おおこれは!」と印象に残り、思わず折を見て読み返したくなる作品もあります。私にとっては、氷室冴子の『なんて素敵にジャパネスク』と雪乃紗衣の『彩雲国物語』あたりがそういう作品です。谷瑞恵の『伯爵と妖精』も結構好きです。最近では石田リンネの『おこぼれ姫と円卓の騎士』がお気に入りです。次巻で完結するらしいので、そうしたら書評でも書こうと思ってます。

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レビュー:一条ゆかり著、『プライド』全12巻(集英社クイーンズコミックス)

2017年04月17日 | マンガレビュー

今日は復活祭の月曜日でまだのんびりさせてもらってます。明日から仕事、という現実には目とつぶり、耳を塞ぎ、脳みそのリフレッシュを図るためにひたすら非現実の世界へ逃避しております。昨日の晩から読みだしたのは昨年夏に購入した一条ゆかりの『プライド』です。当時レビューを書こうと思って、時間の関係で書き損なってしまった作品で、今回読み直した次第です。

『プライド』は月間コーラスで2002年12月号から2010年2月号まで連載されていたマンガで、2007年、第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞し、実写映画化されたり、舞台化されたりしている作品なので、知っている方も多いと思います。

非常に対照的な性格と境遇の二人の歌姫のお話。一人は有名なオペラ歌手の娘で、美しく誇り高いお嬢様の浅見史緒。2歳の時に母を亡くし、父子家庭で育ちました。もう一人は男とお金にだらしない母親の下で育って性格がちょっとというか、かなりアレな音大生・緑川萌。母親は昔オペラ歌手になることを夢見ていたため、娘を音大に入れましたが、かなり恩着せがましく、娘にお金をせびったりします。普通なら出会いもしないし、出会っても友達にはならないだろう二人ですが、音大卒業を控えた史緒はある日、ハウスクリーニングのバイトで彼女の家に来ていた萌に出会います。直後、史緒は父の経営する会社が倒産し、イタリア留学してプロを目指すという予定が不可能になってしまいます。2人は優勝者に留学と帰国後のCDデビューの権利が与えられるコンクールで再会しますが、史緒の尊大な態度に傷つき嫉妬していた萌は、決勝で史緒の出番直前に「あなたのお母さんはあなたを庇って死んだのよ」という衝撃的な事実を言い放ち、その言葉に動揺した史緒を舞台で失敗させて優勝をもぎ取ります。

いやあ、勝負の世界は怖いですね~。バレーならトゥーシューズに画鋲を入れるとかいう感じの意地悪ですね。こうして始まる二人の因縁ですが、史緒の大学の同級生で無一文同然の史緒を助けてくれた恩人、ピアノ科の池之端蘭丸の母が経営する銀座のクラブ「プリマドンナ」でそれぞれ違う事情で働き始めます。史緒は歌手として、萌はホステスとしてですが、ひょんなきっかけで二人一緒に(女装した)蘭丸のピアノで歌うことになり、二人の声が絶妙なハーモニーを生み出し、1+2が5になることが判明し、それがきっかけでSRMというトリオの結成と相成ります。史緒はウィーン、萌はイタリア、蘭丸はニューヨークへそれぞれ旅立ちますが、トリオの活動は断続的に行われます。

コンクールでの優勝を逃し、当面の生活費だった500万円の貯金を奪われてほぼ無一文になってしまった史緒がウイーンに留学できたのは、クイーンレコード会社副社長(次期社長)の神野隆が両親の「結婚しろ」攻撃をかわすため、世間的に見てどこからも文句の出なさそうな史緒に「結婚という契約」を援助と引換えに持ち掛け、彼女が本当は蘭丸に心をときめかせつつも、それを受けたことによります。

一方、コンクールに優勝した萌は主催者であるクイーンレコードに何かとお世話になりますが、その中で神野隆に出会い、彼に思いを寄せるようになり、かなりぐちゃぐちゃした四角関係になります。

そうしたドロドロしたしがらみもある一方で、芸を極めようと努力する若者たちが生き生きと描かれているため、ストーリーが重くならずに済んでいます。一条ゆかりならではのユーモアもドロドロ感を少なくするのに貢献していると思います。

史緒は一見嫌味で高慢ちきなお嬢様に見えますが、(そう見えてもおかしくない態度をとってます)不器用で、人付き合いが下手なだけで、本当はかなり素直で真っ直ぐで、潔癖なところもありますが、かなり器の大きい格好いい娘さんです。恋愛方面がにぶにぶなところがまた魅力です。他人に関心を示し、心を開くようになることで、ないと言われていた表現力・演技力を身につけていく、硬い蕾が花を開いていくような成長を見せてくれます。ちょっと『ガラスの仮面』の姫川亜弓みたいな感じがしないでもないです。

萌の方は、育った環境のせいでかなり卑屈になってるところがあり、人を妬んで憎んで時にとんでもなく意地悪ですが、いろんな人との出会いの中で自分を好きになる努力をして、最後の方はかなり好感の持てる魅力的な女性に成長します。でも史緒と比べるとなぜか理不尽に苦労している感じです。苦労している、という意味では『ガラスの仮面』の主人公・北島マヤに似てなくもないです。基礎がしっかりした確かな技術力を持つお嬢対表現力豊かな庶民階級の苦労の多い女というライバル構図はかなり共通していますね。でもマヤは貪欲ではあっても基本的にお人好しで人を貶めようとはしないので、萌とキャラが被るということはありません。

ラストはちょっとご都合主義的なハッピーエンドのような気がしないでもないような。


レビュー:一条ゆかり著、『砂の城』全7巻(リボンマスコットコミックス)

レビュー:一条ゆかり著、『天使のツラノカワ』全5巻(クイーンズコミックス)

レビュー:一条ゆかり著、『正しい恋愛のススメ』全5巻(クイーンズコミックス)



レビュー:佐伯かよの著、『緋の稜線』全25巻(eBook Japan Plus)

2017年04月16日 | マンガレビュー

『緋の稜線』は「Eleganceイブ」1986年7月号から1999年6月号まで掲載された漫画で、1994年に、第23回日本漫画協会賞を受賞した作品です。漫画の「古典」にはまだ入らないかもしれませんが、昭和を代表する少女・女性向け漫画とは言えるのではないでしょうか。

旧家・胡桃沢家の三女として昭和元年に生まれ、「その大きな瞳で世の中を見るよう」と父に名づけられた瞳子(とうこ)の波乱万丈な人生を描いた漫画です。フェーズの区分は色々可能かと思いますが、私的には、戦中・終戦後の瞳子が中心となって夫・省吾のいない婚家・各務家を守り、銀座の菱屋百貨店を再建するまでを第1フェーズ、省吾の帰還(終戦後英語・ドイツ語が堪能だったため通訳として米軍に引き留められ働かされていたために復員が遅れた)から飛行機事故で省吾が行方不明になるまでを第2フェーズ、夫の死を認めず彼を会長に据えたまま瞳子が会長代理として菱屋グループを率い、子どもたちがそれを引き継いでいくまでを第3フェーズと分けてみるのがいいのではないかと思っています。

瞳子の夫となる各務省吾は大店の御曹司として才覚のある美丈夫な人ですが、ヨーロッパ留学を控えたある日、偶然見かけたおてんばな10歳の少女瞳子に一目惚れし、いつか嫁にする女と心に決めるあたりはかなり変です。そして、その6年後に留学から帰ってきて、つてを使って彼女との見合いをできるようにし、召集が1週間後に控えているからと、その見合いの日に彼女を手籠めにしてしまいます。そうしないと他の人に奪われてしまうと考えた、という実に身勝手な理由ですが、まあそうなったからには瞳子は省吾に嫁がざるを得ない、そういう時代ですね。嫁いだからには婚家に尽くし、東京大空襲で義父を失い、家業の百貨店も破壊されて終戦を迎え、その瓦礫の中から菱屋再建を決意する辺りは非常にけなげです。彼女はただけなげなだけでなく、かなりの才覚の持ち主で、人を惹きつける魅力も持ち合わせており、実際に再建を軌道に載せられた辺りは大したものです。

その後、行方不明だった昇吾とも再会。帰還の夜には離縁を申し出るも、昇吾に誘われた登山で、紅に染まる山並みは近くで見れば激しい起伏も遠くから振り返ればなだらかな道、ともに越えようと諭され、夫と真に心を通わせることになります。しかし、それでめでたしめでたしとならず、図らずも複雑な家庭を築いてしまいます。まず瞳子が肺病を患う幼馴染・新之助を見舞いに行き、長年彼女に思いを寄せていた彼は長くない我が身を嘆き、自分の生きた証を残したいと、これまた身勝手な理由で瞳子をレイプし、それがまた実を結んでしまって第1子健吾が誕生。第2子は夫婦の実子の昇平。そして第3子・望恵は、夫婦それぞれ別事業に関わってすれ違いが続いたことにより、省吾が芸者・芙美香を諸種の事情から身受けして、彼女との間にもうけてしまいます。芙美香は肺病を患い、命がけで望恵を生み、後を瞳子に任せ、瞳子は望恵を自分の子として育てることになります。第1子、第3子とも夫婦にとって非常に葛藤の多い誕生でしたが、その葛藤はもちろん子どもたちにも引き継がれます。唯一夫婦双方の血を引く次男・昇平も、それはそれで悩むことになり、兄と妹がなまじ優秀であるだけに、プレッシャーに押しつぶされそうになり、ついに家出してしまいます。

そんな感じで焦点は瞳子の子どもたちに映っていきますが、彼女のすぐ上の姉寿々子の恋愛・結婚、そして戦災孤児4人をいっぺんに引き取って育てる様子、またその子どもたちの生き方なども描かれています。瞳子の長男・健吾と寿々子に引き取られたリサの恋愛事情とか。

それぞれに山あり谷ありの稜線のような人生が描かれています。物語はちょうど昭和の終わりで締めくくられていますので、余計に「昭和の漫画」という感じがしますね。その中に描かれている女性の地位(の低さ)も、それを乗り越えて新しい時代を作ろうとする女性たちのエネルギッシュさも「昭和」な感じです。まあ、その頃に比べれば日本の女性の地位もましにはなってきたと言えるのでしょうね。

浮気で外に子供を作るようなエネルギーは平成の男たちも持っているのでしょうか? なんだか生涯未婚が増えている中、そういうパワーもなさそうな気がするのは私だけでしょうか。そして平成の女たちは浮気されたら離婚という決断をするケースが多いのでは。


レビュー:新谷かおる作、佐伯かよの画『Quo vadis』全20巻(幻冬舎コミックス)

 



レビュー:新谷かおる作、佐伯かよの画『Quo vadis』全20巻(幻冬舎コミックス)

2017年04月15日 | マンガレビュー

昨年の秋に佐伯かよのの絵柄に惹かれて全19巻大人買いして、完結していなかったことに悶絶したものでしたが、漸く最終巻である20巻が発売されたので、内容の細かいところを忘れていることもあり、1巻からまた一気読みしました。イースター休暇で副業の仕事も小さいのしか入ってないので、随分のんびりしています。

さて、『Quo vadis~クォー・ヴァーディス』ですが、まずタイトルはラテン語で「君はどこへ行く?」を意味しています。もちろん「君はどこへ向かっているのか?」とも訳せます。作品中の登場人物が「私はどこへ行くのか」のふり仮名として「クォー・ヴァーディス」を当てている個所がありましたが、もちろんそれは間違いで、正しくは「クォー・ヴァードー(Quo vado)」と人称変化させなければなりません。

まあ、ラテン語の蘊蓄はともかくとして、この作品自体は一言でくくってしまうと「吸血鬼の話」です。そういうと身も蓋もないですが、ジャンルとしては吸血鬼ものです。ただそこに壮大な過去と未来の時間軸が組み込まれ、ストーリーのスケールを大きくしています。色々な謎解きはストーリーが進行していく中で明かされていきますが、比較的最初から分かっている設定は、数万年後の未来では人類の生殖機能が完全に失われ、人工授精・人工培養によってのみ人口が調整されるようになり、不老不死となっていますが、種としては滅亡寸前の状態にあるということです。そこで人類がそうなる歴史の分岐点を探ろうと研究し、特別なタイムカプセルを作成して過去に飛んだ研究者8名。リーダーは金髪の美しいフレイア教授。最初に登場するのはオーディンという研究者で、彼は8000年間の間を生きて、仲間を探し続け、殆ど偶然大木と生体同調したフレイアを現代で発見します。彼女はなぜか10歳の体になっていました(この謎もあとから解明されます)。彼女はオーディンのように古代ではなく、15世紀ころのドイツの森の中にランディングし、その時代にとある経緯から魔女狩りの対象となり、追って来る村人から逃げるために大木に生体同調することで姿を消し、それからオーディンに発見されるまで眠っていました。

世の中には数千年の昔から吸血鬼がおり、第一世代、第二世代はヴァチカンによって管理され、第二世代によって吸血鬼化された第三世代は各国の吸血鬼ギルドに管理されることになっていますが、暴走するものはヴァチカンの最高評議会から派遣される執行人によって始末されることになっています。この組織にオーディンはなぜか「真祖」と呼ばれており、執行人の一人であるソフィアに400年前から命を狙われています。

この未来から来た研究者たちと、吸血鬼、そしてそれを管理し、時に裁くヴァチカン。それらが絡み合ってストーリーが進行していきます。その中でびっくりな設定は、イエスキリストが不老不死で、子どもの姿でヴァチカンに居ることと、聖母マリアも同じく不老不死だということ、そして、実はイエスの父親が未来からジャンプした研究者の一人であるヨシュアで、彼は自分の遺伝子をウイルスによって操作して、生殖機能を取り戻していた、ということでしょうか。マリアとイエスが不老不死になったのはこの遺伝子操作の際に使われたウイルスに感染したから、ということになっています。そしてイエスの血を飲んだ者たちは、死ぬか、吸血鬼化した、ということになっています。この「吸血鬼はウイルス感染」というのも珍解釈で面白いです。山岸涼子の『日出ずるところの天子』における「聖徳太子は超能力者で、同性愛者」という珍設定と同じくらい衝撃的な面白さです。

登場人物もかなりキャラが立っていて、魅力的です。

「最後の審判が始まった」というところから、ストーリーはどんどん緊迫感を増していき、その中で登場するもう一人の未来からの来訪者の陰謀が明かされていき、個人的に話の収拾がつかないような方向性に脱線していくような感覚に襲われました。結論部は人類の進化そのものが「鶏が先か、卵が先か」の問いのように数十億年という時間軸でループしていまい、ちょっと首をかしげるようなものでしたが、「それも(物語として)ありかも」と思わせるぐらいの説得力はあると思います。「荒唐無稽」と言えば、最初の設定からしてそうなので、それが受け入れられない方は読むべきではないでしょう。

私的には、この作品は秀逸なSFファンタジーマンガだと思います。


ドイツ・ボンの桜並木を歩いてみた

2017年04月09日 | 日記

ボンに住んでもう25年以上になりますが、80年代に旧市街のリニューアルの一環として植林された日本産の桜約300本をまじまじと見に行ったのは今日が初めてです。

ボン市のウエブサイトによれば、市庁舎(Stadthaus)の裏手一帯には3月半ばから4月半ばにかけて様々な種類の桜が順々に咲いていくらしく、最後のハイライトを飾るのがHeerstraße(ヘアシュトラーセ)とBreite Straße(ブライテシュトラーセ)の八重桜の一種「関山(カンザン)」だそうです。今日見てきたのはその二つの桜並木通りです。

Heerstraßeの桜並木が始まるところには「Welcome Cherry Blossom Bonn 桜 ボン」と書かれた旗がはためいていました。

このHeerstraßeは2012年にFacebookの「Places to see before you die」というページに掲載され、世界の美しい並木通りのトップ10にランキング入りして以来、日本人を始めとするアジア系の観光客が満開期に80%以上も増えたとか。確かにかなりの人混みでした。

もう一つのBreite Straßeの方も、Heerstraße程ではありませんが、結構な人出でした。

 

残念ながら、日本的な本格的な「お花見」をする場所はありません。カフェやバーの外に出されているテーブルについて、コーヒーやビールを一杯やりながら桜を見るというのがせいぜいですね。何せ基本的にごく普通の住宅街ですから。

Breite StraßeからHeerstraßeの方へ戻ろうと脇道へ入ったら、マンガ屋さんを発見しました。アニメのフィギュアでしょうか、そうしたものが前面にあり、マンガは奥の方にあるみたいでした。日曜日なので、当然閉まってましたが。
写真では見づらいかもしれませんが「NIHON MANGA」の上に紫色の文字で「THE OTAKU SHOP」と書かれているのが笑えます。「オタク」は本当に国際語なんですね。 


近所の森ばかりではなく、たまには街中を散歩するのもいいですね。でも人混みはやはり疲れます。


書評:長谷部康男著、『憲法と平和を問いなおす』(筑摩eブックス)

2017年04月08日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

木村草太著の『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書)に参照文献として挙げられていた本のうちの一冊、長谷部康男著、『憲法と平和を問いなおす』(筑摩eブックス)はこの前に読んだ同著者の『憲法とは何か』(岩波新書)と内容的に重なる部分もありますが、もう少し立憲主義や平和を維持するためのシステムについて突っ込んだ考察がなされているように思えます。

以下は目次です。

まえがき

序章 憲法の基底にあるもの

第I部 なぜ民主主義か?
第1章 なぜ多数決なのか?
第2章 なぜ民主主義なのか?

第II部 なぜ立憲主義か?
第3章 比較不能な価値の共存
第4章 公私の区分と人権 
第5章 公共財としての憲法上の権利
第6章 近代国家の成立

第III部 平和主義は可能か?
第7章 ホッブスを読むルソー
第8章 平和主義と立憲主義

1 なぜ、そしてどこまで国家に従うべきなのか
2 国家のために死ぬことの意味と無意味
3 穏和な平和主義へ

終章 憲法は何を教えてくれないか

文献解題

あとがき

私などが蘊蓄を述べるよりも著者自身のあとがきがとても端的にこの本の内容を表しているので、それを以下に抜粋します。

第一に、「憲法と平和」とくれば、憲法に反する自衛力の保持を断固糾弾し、その一日も早い完全廃棄と理想の平和国家建設を目指すべきだという剛毅にして高邁なるお考えの方もおられようが、そういう方には本書は全く向いていない。

第二に、「憲法と平和」とくれば、充分な自衛力の保持や対米協力の促進にとって邪魔になる憲法9条はさっさと「改正」して、一日も早くアメリカやイギリスのように世界各地で大立ち回りを演じることのできる「普通の国」になるべきだとお考えの、自分自身が立ち回るかはともかく精神的にはたいへん勇猛果敢な方もおられようが、そういう方にも本書は全く向いていない。

(中略)

筆者としては、以下のようなかなりトッポイ疑問のうちいずれかが今まで一度でも心に浮かんだ方には、向いているのではないかと考えている。

① 国家はなぜ存続するのか。国家権力になぜ従うべきなのか(それとも従わなくてもよいのか)。

② 人が生まれながらに「自然権」を持つというのはいかにも嘘くさい。そんな不自然な前提に立つ憲法学は信用できないのではないか。

③ 多数決で物事を決めるのはなぜだろう。多数で決めたことになぜ少数派は従わなければならないのか。

④ 女性の天皇を認めないのは、男女平等の原則に反するのだろうか。

⑤ 憲法に書いてあることに、なぜ従わなければならないのだろうか。とっくの昔に死んでしまった人たちが作った文書にすぎないのに。

本書の思想的中核部分は、身分制度の崩壊や宗教戦争の反省から平和的共存を目指すために公私の区別を前提とし、「自然権」を想定することで成り立つ立憲主義です:「立憲主義は、多様な価値観を抱く人々が、それでも協働して、社会生活の便益とコストを公正に分かち合って生きるために必要な基本的枠組みを定める理念である。そのためには、生活領域を公と私とに人為的に区分すること、社会全体の利益を考える公の領域には、自分が一番大切だと考える価値観は持ち込まないよう、自制することが求められる。(中略)そうした自制がないかぎり、比較不能な価値観の対立は「万人の万人に対する闘争」を引き起こす。」

こうした理念が日本の現在の憲法論議には欠けている視点だと著者は指摘しています。

立憲主義の出発点は価値観の多様性(特に信仰)を認めることにあるため、決して人間の自然な感情に沿ったものではありません。むしろ努力してそれを「私」の領域に閉じ込め、「公」の領域ではその違いを差別することなく、社会全体の公益を考える必要があり、「白か黒か」の単純思考を好む大衆を真っ向から抑制する理念でもあります。

立憲主義に基づく憲法とは端的に言えば「権力に好き勝手にさせない」ことを目的としていますが、言い換えればそれは誰が権力の座についても存在する多様性の間におけるバランスを大きく崩すようなことが簡単には実現しないように憲法によって保障されているということでもあります。

その理念が国際的な場において、国対国の間でどこまで通用するのかまたはしないのかが本書で考察されていますが、結論から言えば、理想は理想のままに終わっていると思います。例えば「イスラム国」の建設を目指す人たちは自分たちの価値観のみを是とし、それに反する人たちを徹底的に排除する、すなわち異なる価値観を持つ人たちの人権を全く尊重しない、という特徴を有しています。国際社会はそれに対する回答として「有志連合」という実力行使を選択しましたが、それはそれで、イスラム国関係者ばかりか彼らの支配下に自分の意志に反しておかれてしまっている人たちの人権を踏みにじる行為にほかならず、そのことがまた別の恨みや憎しみを生み出す可能性をはらんでいるため、平和的共存に貢献しているとは言い難いでしょう。

私の理解するところでは、著者は価値観が多様であるからこそ絶対的非武装による平和は実現しえないと結論付けているようです。やはりある程度の抵抗力としての武力を持っていないと、「イスラム国」的な思考をするグループまたは国に蹂躙されるばかりで、国民を守るという国家の意義が無に帰してしまうことになる可能性があるため、最低限の自衛力は平和維持のために必要、ということになると思います。

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書評:木村草太著、『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書)

書評:木村草太著、『テレビが伝えない憲法の話』(PHP新書)

書評:木村草太著、『憲法の創造力』(NHK出版新書)

憲法9条はグローバルスタンダードに則った「普通の」内容

書評:長谷部恭男著、『憲法とは何か』(岩波新書)



ドイツ:世論調査(2017年4月7日)~首相候補。メルケル再びシュルツをリード

2017年04月07日 | 社会

久々のポリートバロメーターです。忙しかったり、病気だったりで間が空いてしまいましたが、4月7日の分を再び私見を交えつつご紹介いたします。

次期首相候補

まずはタイトルにもあるように首相候補の話題から。以前の記事で、ドイツでは首相候補問題のことを「K-Frage(カー・フラーゲ)」と省略することが多いことを述べましたが、これは9月の連邦議会選挙が終わるまで引き続き注目の話題です。私がお休みしている間に、SPDの首相候補シュルツが現職のメルケルを追い上げて、一時リードしていましたが、最新のカー・フラーゲではメルケルが盛り返しています。メルケル48%、シュルツ40%。


アンゲラ・メルケル首相の仕事ぶりは?:

いい 76%
悪い 21%

マルチン・シュルツなら?:

もっとうまくやれる 20%
もっと悪い  22%
違いない 40%
分からない 18% 


メルケル対シュルツ

信頼性:

メルケル 34%
シュルツ 13%
どちらとも同じ 44%

好感度:

メルケル 31%
シュルツ 27%
どちらとも同じ 35%

専門知識:

メルケル 46%
シュルツ 10%
どちらとも同じ 31% 


連邦議会選挙2017

もし次の日曜日が議会選挙ならどの政党を選びますか?:

CDU/CSU(キリスト教民主同盟・キリスト教社会主義同盟) 35%(+1)
SPD(ドイツ社会民主党)  32% (変化なし)
Linke(左翼政党) 8%(変化なし)
Grüne(緑の党) 7%(変化なし)
FDP (自由民主党) 5%(変化なし)
AfD(ドイツのための選択肢) 9%(変化なし) 
その他 4% (-1)

「変化なし」云々は2週間前の世論調査と比較した値です。1月の時点ではSPDの支持率が24%でしたので、それと比べれば8ポイントの伸びで、「シュルツ効果」が効いていると言えます。一方、AfDは1月時点で11%あったので、この2か月半で2ポイント支持率が下がったことになります。メルケル率いるCDU及びその姉妹政党CSUは安定的な強さですね。


1998年10月以降の連邦議会選挙での投票先回答推移:

 

政権満足度(スケールは+5から-5まで):1.3


連立政権モデルの評価:

CDU/CSUとSPD(現行の「大きな連立」)

いい 49%
悪い 31%

SPD、緑の党、FDP

いい 23%
悪い 52%

CDU/CSU、緑の党、FDP

いい 21%
悪い 53%

SPD、左翼政党、緑の党(「左派連立」)

いい 24%
悪い 62% 

現行の「大きな連立」の続行が望まれているようです。対して左派連合には相当の抵抗があるようですね。

 各政党の能力評価ー経済:

CDU/CSU 42%
SPD 19%
左翼政党 2%
緑の党 1%
FDP 2%
AfD 1% 

 

各政党の能力評価ー社会的公平:

CDU/CSU 20%
SPD 39%
左翼政党 11%
緑の党 4%
FDP 2%
AfD 2% 


各政党の能力評価ー難民政策:

CDU/CSU 39%
SPD 17%
左翼政党 5%
緑の党 6%
FDP 2%
AfD 6% 

 

政治家評価

政治家重要度ランキング(スケールは+5から-5まで):

  1. ヴィルフリート・クレッチュマン(バーデン・ヴュルッテンベルク州首相、緑の党)、1.9(→)
  2. アンゲラ・メルケル(首相)、1.9(↑)
  3. ヴォルフガング・ショイブレ(財相)、1.9(↑)
  4. マルチン・シュルツ(SPD党首・前欧州議会議長)、1.3(↓)
  5. トーマス・ドメジエール(内相)、1.2(↑)
  6. ジーグマー・ガブリエル(新外相)、0.9(↓)
  7. ウルズラ・フォン・デア・ライエン(防衛相)、0.9(↑)
  8. チェム・エツデミール(緑の党党首)、0.8(初ランクイン)
  9. グレゴール・ギジー(欧州左翼代表)、0.6(再ランクイン)
  10. ホルスト・ゼーホーファー(CSU党首・バイエルン州首相)、0.5(→)


英EU離脱

3月末にセレザ・メイ英首相が正式にEUへ離脱申請を提出し、ハードな離脱交渉がスタートしました。その事務的な課題についてまとめましたので、興味のある方は「イギリスのEU離脱~その事務的課題」をご覧ください。

では世論調査の問いです。

イギリスのEU離脱をどう思いますか?:

いい 10%
悪い 69%
どちらでもいい 20% 

「どちらでもいい」が20%もいるのが少々驚きです。EU離脱の国民投票から結構時間が経っているので、関心が薄れてきているのかも知れませんね。

EU離脱交渉:EUはイギリスに大きく譲歩すべきですか?

はい 10%
いいえ 88%
分からない 2% 

EUを存続させるためには出て行こうとするイギリスに大きく譲歩せず、ハードな条件を付けることで後追いを牽制することに意味があります。感情的にも出て行くものを優遇するなど許せない面があるかもしれません。ただ、あまりハードにしすぎると、両者に大きな損害が生じるリスクがあることも念頭に置かねばならないでしょう。

EU離脱はドイツにとって大きな経済的損失?:

現在:

はい 18%
いいえ 76%
分からない 6%

2016年6月時点:

はい 34%
いいえ 56%
分からない 10% 

なんというか、ドイツ経済の強さの表れなんでしょうか?

 

ドイツ・トルコ関係

このところ緊張が続いているドイツ・トルコ関係です。改善の兆しは今のところ皆無です。トルコの大統領権限を拡大することに関する国民投票が来週行われる予定ですが、その選挙運動をトルコ国外で行おうとしたことでドイツばかりかオランダともかなりの摩擦を生じさせました。トルコの法律では国外での選挙運動は本当は違法なのだそうですが、まるで当然の権利のように選挙運動関連の催し物をドイツなどで企画し、それが当事国に断られたからと言って『ナチスのやり方と同じ差別』などと罵って物議を醸しました。実際にナチス的なやり口を披露しているのはまさしくエルドアン政権なのですが、自分のことは棚上げにした批判をぶちまけるトルコ大統領および外相には開いた口が塞がらない、としか言いようがありません。トルコがドイツ国籍を持つディー・ヴェルトのトルコ系ジャーナリストをテロリスト・スパイ容疑で逮捕したことで緊張は一層高まっています。

トルコにおける民主主義はエルドアン大統領の下で非常に危険にさらされている?:

はい 93%
いいえ 5%
分からない 2% 

この問いに「いいえ」と答えた人が5%もいたことには驚きです。ドイツ国内に住む多くのエルドアン支持のトルコ人たち以外にも「いいえ」と答えた人がいたことを示しています。

国内のドイツ人・トルコ人の共生が非常に危うくなっている?:

現在:

はい 61%
いいえ 37%
分からない 2%

2016年11月時点:

はい 41%
いいえ 55%
分からない 4% 

心配なのは、ドイツ国内にはエルドアン大統領支持者たちも、そうでないトルコ系労働移民も、「亡命」してきたクルド系トルコ人たちもいるため、彼らの間で争いが勃発することです。国内でのトルコ人対ドイツ人という構図よりずっとあり得る対立構造で、すでに何件もエルドアン大統領支持者たちによる「ギューレン関係者」と見られるグループへ攻撃が起こっています。

難民問題

バルカンルートが閉鎖されて以降、ドイツへの入国者が激減したため、国内の緊張は既に落ち着いていると言えます。現在問題となっているのは、難民認定されなかった人たちの強制送還措置についてと、すでに滞在権を獲得しているもののテロリストの疑いがある者や、テロを扇動しているとみられる者を国外追放するかどうかなどです。
2015年の秋から2016年春までに大量にドイツに入国してきた難民たちの多くがドイツの労働市場に受け入れられており、彼らのせいで失業率が上がると心配されていたことが嘘のように記録的に低い失業率が続いています。 

ドイツはこの多くの難民を処理できると思いますか?:

はい 66%
いいえ 31% 

 

メルケルの難民政策をどう思いますか?:

いい 51%
悪い 45% 

 

この世論調査はマンハイム研究グループ「ヴァーレン」によって実施されました。インタビューは無作為に選ばれた1,384名の選挙権保有者に対して2017年4月4日から6日までの間に電話で行われました。世論調査はドイツ選挙民のサンプリングです。誤差幅は、40%の割合値において±約3%ポイント、10%の割合値においては±約2%ポイントあります。世論調査方法に関する詳細情報は www.forschungsgruppe.de で閲覧できます。

次のポリートバロメーターは2017年4月28日に発表されます。

参照記事:

ZDF heute, Politbarometer - K-Frage: Merkel jetzt wieder vor Schulz, 2017.04.07


イギリスのEU離脱~その事務的課題

2017年04月02日 | 社会

メイ英首相がついにEU離脱通告を提出しました。国民を二分するような政治的問題において、ハードライン(いわゆるハード・ブレグジット)を実施するのはどうかと思いますが、それを抜きにしても事務的課題は膨大で、数年間はイギリスおよびEU官僚たちが血を吐く思いをするのではないでしょうか。

独紙ツァイトオンラインにいくつかそうした課題が列記されていましたので、こちらに書き留めておきます。

1)600億ユーロの支払い義務

EU加盟国は数年先までの支払い義務を負います。EU官僚の年金積立金や助成プログラムのための分担金や共同負債の保証など。イギリスはEU離脱後600億ユーロのそうした支払い義務を負っています。ジョンソン英外相はもちろん支払い拒否の姿勢です。

2)17,105のEU条例

EU域内貿易は主に条例によって規定されていますが、EU離脱後のイギリスではトータル17,105のEU条例が無効になるため、それに代わる国内法を制定しなければなりません。英議会は年間60-100の法律を成立させ、約2000の条例を制定しているようですので、単純計算でも8年はかかることになります。

3)43の自由貿易条約

EUはトータルで43の自由貿易条約を締結しています。EU離脱後もイギリスがこの自由貿易のメリットを得続けたいのであれば、43か国と別途交渉する必要があり、それが成立するまではWTOの規則に則って貿易をするしかありません。それはすなわち各品目ごとに関税をかけることを意味します。

4)13,608品目

イギリスがEUと新たに自由貿易条約を締結できない場合、13,608品目に一々税率の異なる関税がかけられることになるため、かなり貿易に支障が出ると考えられます。

5)31,000人のEU科学者

イギリスの大学では現在約31,000人のEU出身科学者が働いています。生物、物理、数学では約23%、工学で18%、医学で14%を占めるEU出身科学者たちは大半が3万ポンド以上の年収があるため、ビザが取りやすい状況にありますが、26%強は年収3万ポンド以下のため、今後のイギリス内での立場に不安を感じています。5年間滞在すれば永住権を申請できますが、まだ5年経っていない人も少なくありません。

6)イギリスのパスポートは1,236ポンド

イギリスの国籍取得には1,236ポンドかかります。その前段階ともいえる永住権は2年以上イギリスを離れていると無効になります。

現在イギリスには330万人のEU出身者が滞在しています。また、EU域内には約120万人のイギリス人が滞在しています。彼らの立場を交渉で確定しなければならず、また双方の健康保険システムのコストの差引勘定をどうするかも決定する必要があります。

7)177,000台のトラック、208,000台の配達用小型トラック、185万台の乗用車

アイルランドはEUに留まります。現在イギリス・アイルランド間の国境を日に177,000台のトラック、208,000台の配達用小型トラック、185万台の乗用車が通過します。イギリスのEU離脱後はヒトとモノの流れを国境でコントロールすることになりますが、1998年に締結された Good Friday Agreementでアイルランド共和国との国境に検問を実施しないことが明記されています。それに従えばアイルランド経由のヒトとモノの流れはコントロールできないことになります。英政府はこの問題の解決策をまだ明らかにしていません。

8)金融会社5,500社

イギリスには約5,500の金融会社がEUパスポーティングを利用して、EU域内へ金融商品を販売しており、逆に約8,800のEU金融会社が同制度を利用してイギリスと取引していますが、EU離脱に伴い、この簡易化された金融取引ができなくなります。英政府が代替条約をEUと交渉するかどうかはまだ不明なため、イギリスの金融会社は既にEU拠点を探し始めているようです。

9)1,661,191人のスコットランド人

166万人以上のスコットランド人がEU離脱にNoを投票しました。スコットランド票の62%に相当します。スコットランドはイギリスとは無関係に特例としてヨーロッパ経済圏に留まることを希望しましたが、そういう特例が適用される見込みはほぼ皆無です。ニコラ・スタージョンは2度目のスコットランド独立に関する国民投票を実施すると宣言しましたが、英政府がそれを認めることはまずないと見られています。ロンドンに対する不満が高まっています。こうした不満を今後いかに吸収し、昇華させる政策を採るかが大きな課題です。

参照記事:

Zeit Online, "Großbritannien: Viel Spaß, Theresa May!", 29. März 2017.