徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:今野敏著、『継続捜査ゼミ』全2巻(講談社文庫)

2022年11月30日 | 書評ー小説:作者カ行

『継続捜査ゼミ』は、長年の刑事生活の後、警察学校校長を最後に退官した小早川が幼馴染の運営する女子大に再就職し、教授として『刑事政策演習ゼミ』、別名『継続捜査ゼミ』 を受け持ち、5人のゼミ生たちと公訴時効が廃止された未解決の殺人等重要事案を取り上げて、捜査演習をします。
その傍ら身近な女子大内の事件の解決にも取り組むので、ちょっとした探偵団のような様相を呈しています。
ゼミ生たちの着眼点や推理は鋭く、最初の事案である逃走経路すら不明の15年前の老夫婦殺人事件を実際に解決に導いてしまいます。

2巻では、〈三女祭〉という大学祭で実施されるミスコンに対する反対運動のリーダーが襲撃され、彼女に最後に二人きりで会った小早川に容疑がかけられ、強引な捜査を受ける一方、ゼミでは冤罪を取り上げ、実際に一審で有罪判決を受け、二審で無罪判決を受けた冤罪被害者と、彼を逮捕・送検した刑事のインタビューから、冤罪被害者が必ずしも潔白ではなく、かなりグレーであるケースを知ることになります。
したたかな犯罪者を日々相手にしているため、行き過ぎになりがちな警察の捜査も問題ですが、かなり黒に近いグレーの被告であっても証言をコントロールして、力づくで無罪判決をもぎ取ろうと戦う弁護士も問題であることが浮き彫りになります。
やはり、物事は一面的には見てはいけないということですね。冤罪=警察・検察の落ち度、というばかりでなく、冤罪=弁護士の過剰の頑張りという側面もあることを見落としてはいけないことが『継続捜査ゼミ2 エムエス』に示されています。



『継続捜査ゼミ2 エムエス』

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書評:谷瑞恵著、『額装師の祈り 奥野夏樹のデザインノート』(新潮文庫)

2022年11月30日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

谷瑞恵はこれまでコバルト文庫などの少女向け小説家というイメージがありましたが、この作品は新潮文庫というだけあって、文学性が高いです。

主人公は、婚約者を事故で亡くし、その婚約者の職業であった額装を自分で始めることで、亡くした人とのつながりを保とうとする奥野夏樹。
彼女の元にくる変わった額装の依頼(宿り木の枝、小鳥の声、毛糸玉にカレーポット)のために依頼主の背景や動機など依頼の裏に隠されているものを探し、その心を祭壇のような額で包み込む。そうした額装は夏樹の祈りのようなもの。
彼女の額装に興味を示し、何かと話しかけたり、手伝ったりする純。彼もまた子どもの頃に友だちと川でおぼれ、不思議な臨死体験をしたことがあり、後遺症や罪悪感にもがいています。
登場人物たちは皆、心に傷を負っており、その思いを額装してもらうことで観賞可能にし、心の折り合いをつけていきます。
身近な人を失った喪失感とそこからの立ち直りが本書の根底にあるテーマで、作品全体に祈りが込められているようです。

額装というなじみのない世界を垣間見ることもできて、その奥深さにも感動を覚えます。


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書評:谷瑞恵著、異人館画廊シリーズ全7巻

2022年11月30日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行



『盗まれた絵と謎を読む少女』
絵画から図像(イコン)的意味を読む取る才能に恵まれていた此花千景(18)は、誘拐事件を機に両親に見捨てられて、祖父母に養育されます。祖父は画家で、千景の特殊な才能を否定することなく伸ばそうと渡英します。祖父母は先に帰国し、千景はイギリスでスキップを繰り返し、図像学(イコノグラフィー)の研究で学位を取得。祖父の死を機に帰国します。
千景は祖母の営む異人館画廊兼カフェのある家の中の祖父のアトリエを受け継ぎ、そこで「彼に千景をもらってくれるように頼んでおいた」という旨の遺言を見つけます。
このいいなずけは誰なのか。

祖母の画廊兼カフェ「Cube」は珍しい絵を入手して観賞するサークル「キューブ」の集会場になっており、若くして老舗画廊を継いだ幼馴染の西川透磨に千景は否応なく巻き込まれ、図像の鑑定を引き受けることになります。
図像術は、人間の精神に影響を及ぼし、時として死に至らしめる危険なモノ。その技術は中世に教会から異端視され、現代では本物の図像はほとんど残っていないため、一部のマニアの垂涎の的にもなっています。

『贋作師とまぼろしの絵』
ブロンズィーノの贋作の噂を聞いた千景と幼馴染の透磨は高級画廊プラチナ・ミューズの展覧会に潜入するが怪しい絵は見つからなかった。
ところが、ある収集家が所持していた呪いの絵画が、展覧会で見た絵とタッチが似ていることに気づく。しかも鑑定を依頼してきたのが透磨の元恋人らしい。真相は?


『幻想庭園と罠のある風景』
図像術の絵を求めて離島に住むブリューゲルのコレクター・波田野を訪ねた千景。
波田野は邸の庭園でブリューゲルの絵を再現し、そこに図像術を込めようとしており、その庭園を完成させれば問題の絵を見せると言われた千景は、庭園の謎を追います。その庭園は千景の父・伸郎の設計だった。
父の見えない悪意に苦しむ千景は、さらに波田野の息子が起こした事件に巻き込まれてゆきながら、波多野家の抱える謎と問題を紐解こうとします。



『当世風婚活のすすめ』
成瀬家は、代々“禁断の絵"を守ってきた旧家。その禁断の絵が盗まれたので、現当主の美津に絵をさがしてほしいと頼まれた千景と透磨ですが、件の絵は異人館画廊に置き去りにされていました。
その頃、失踪中の次期当主候補・雪江が遺体で見つかりますが、容疑者として浮上した男が千景の誘拐事件の関係者だと判明し、深まる謎の中、記憶の封印が次第に解けていきます。
千景の経験した誘拐事件がどういう事件だったのか、その全貌は7巻でようやく明らかになります。




『失われた絵と学園の秘密』
自殺未遂した少女、消えた絵……。鈴蘭学園美術部で起こった複数の事件には、図像術につながる何かが感じられるため、理事長の依頼で、千景が転入生を装い、学園の潜入調査をします。
著名な画家・此花統治郎の孫で、目立った存在の千景に近付いてくる疑惑の同級生たち。それを心配するあまり、やきもきしながらも見守る透磨。接触した生徒たちの証言は矛盾しており、誰かが嘘をついている。どうやってそれを暴くのか?呪われた絵画「ユディト」の謎とは何なのか?
この先に、千景の過去に繋がるヒントが浮かび上がってきます。


『透明な絵と堕天使の誘惑』
千景の元に「僕が誰だかわかるかい? 僕たちは運命の糸で結ばれている。――もうすぐ僕は、絵を完成させる。見た人を不幸にする絵だ……」という脅迫めいた手紙が届くことで物語が始まります。
有名な心霊スポットに絵があるという噂を聞きつけた千景と透磨を始めとするキューブのメンバーたちは捜査に乗り出します。
消えた図像術の研究者、有名な心霊スポット「切山荘」、四つの絵……点と点が線となり、やがて千景の過去へと繋がっていきます。
誘われるように、自らの失った記憶に向き合おうとする千景を案じる透磨は、彼女を守ろうとし、千景は過去に透磨と親しかったことを思い出しつつあり、二人の距離は近づいていきます。


『星灯る夜をきみに捧ぐ』
千景が日本に帰国してはじめてのクリスマスが訪れようとしている。
昔は苦手だったクリスマスも『異人館画廊』に集う面々との交流から、まったく違う風景に感じられるようになってきた千景。
一方で、千景は英国時代の師であるヘイワード教授から博士論文を勧められており、再度渡英するかどうか悩みます。

そんな中で起きた不可解な強盗事件に、呪われた絵画が関わっているらしいと京一から相談を受けた千景と透磨は、カラヴァッジョに憑りつかれるように魅せられた男と、父との軋轢に苦しみ続けた女の奇妙な接点に気づきます。
見る者の心揺さぶるアウトサイダー・アートの謎を追う中で、千景の過去の誘拐事件の全貌も明らかになり、自分と図像術の切っても切れない関係を自覚することになります。
この巻で第1部完了です。


図像術という特殊な題材が興味深いです。図像の意味を直観的に読み取ってしまう特殊能力を持つ千景の孤独・罪悪感・劣等感は、『伯爵と妖精』の妖精を見ることができるために〈妖精博士〉を名乗るリディアと通じるものがあります。
過去の記憶を取り戻した千景が、今後どのように成長してくのか楽しみです。

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書評:今野敏著、『石礫 機捜235』(光文社)

2022年11月24日 | 書評ー小説:作者カ行

渋谷署に分駐所を置く警視庁第二機動捜査隊所属の高丸卓也を主人公とする短編集 『機捜235』 の続編である『石礫 機捜235』は一本の長編です。
高丸と縞長が密行中に指名手配の爆弾テロ犯・内田を発見し追跡したことで、内田が追跡に気付いてタクシー運転手を人質に取って建築現場に立てこもるという事件が発生します。
一方、パトカーでパトロール中だった自ら隊の吾妻と森田も内田が誰かと会ってリュックサックを交換しているところを中目黒駅で目撃しており、その目撃情報を立てこもり現場に来た特殊班SITや所轄刑事に報告するものの相手にしてもらえなかったため、高丸・縞長と共に独自に内田が立てこもる前に何をしたのかを探り出します。
立てこもりは成り行きとはいえ陽動作戦の可能性もある。内田が中目黒駅であって荷物を交換した相手こそが爆弾をどこかに仕掛ける可能性もあり、その緊急性が認められて、4人は機捜・自ら隊としては異例だが、警視庁本部に建てられた特捜本部に参加することになります。
石ころには石ころにしかできないことがある-警察内では軽んじられがちな機捜や自ら隊のような〈石ころ〉が「部長や総監といった方々を支えているんだ」と他作品でもおなじみの捜査一課の田端課長が高丸たちの働きを労う。

縞長のかつての同僚がSITで、縞長を「役立たず」と罵るシーンがありますが、今回も見当たり捜査班で鍛えた指名手配犯を見分ける縞長の眼力と記憶力が捜査の中で遺憾なく発揮され、結果的に元同僚にぎゃふん(?)と言わせることになり、胸のすく思いを味わえます。当の縞長は達観していて、警察官としての責任の重みにさらに自分を律しようとする謙虚さを持っているので、高丸もそれを見習おうとするところは微笑ましいですね。
 

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書評:横山秀夫著、『ノースライト』(新潮文庫)

2022年11月24日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

横山秀夫作品は2年ちょっと前に読んだ『影踏み』以来です。警察小説、犯罪小説のイメージが強い作家ですが、この『ノースライト』は建築士が主人公で、警察とはほぼ全く関係のないストーリーで、ミステリーではあるものの、文学作品と言ってもよいのではないかと思えるようなじんわりとした味わいがあります。

建築士・青瀬稔は、施主の吉野に「あなたが住みたいと思う家を建ててください」と言われ、信濃追分に主に北向きの窓から採光し、そのノースライトの柔らかな光を家全体に行き渡らせるこだわりの設計をして、その家を建てました。この家は「Y邸」として〈平成すまい200選〉に取り上げられ、そのおかげでこれと同じ家を建てて欲しいなどの依頼が来るようになります。
クライアントの1人が実際に信濃追分に行って、可能ならば内覧させてもらおうと思ったところ、住んでいないようだと青瀬に連絡します。青瀬は、Y邸引き渡し後吉野から数か月も連絡がなかったことが気になってはいたので、これを機に吉野に連絡を取ろうとしますが、Y邸に入居した形跡がないことが判明し、吉野を探し始めます。
Y邸には誰かが侵入した痕跡があり、青瀬も入って調べてみますが、中には電話と椅子が一脚あるのみでした。
結局、この椅子しか手掛かりがないので、その出自を追ううちに、日本を愛したドイツ人建築家ブルーノ・タウトの存在が浮かび上がってきます。

ダム建設の仕事をしていた父に付いて子供時代渡りの生活を送った青瀬の原風景、マイホームの理想について意見が食い違ってしまった元妻、月に一度会う思春期の娘との向き合い方、バブル崩壊後の苦渋、施主の顔色を窺いながら惰性で線を引いているだけのような建築士としての仕事に抱く疑問、大学の建築科で同期だった所長の岡嶋昭彦に対するバブル後に拾ってもらったという恩義と同じ建築士としてのライバル心など、過去と現在の複雑な絡み合い方が見事です。
また、岡嶋昭彦が少々無理をして引っ張ってきた女流画家のメモワール館建設のコンペ参加にあたり、画家の生き様や思いとその遺族の思いもじわじわとした伏線を織りなしてクライマックスに向かっていくのが感動的です。

「あなたが住みたいと思う家を建ててください」という尋常ではない依頼の謎、そしてY邸に残されていた一脚の椅子の謎はなんとも美しい謎です。
建築や絵画・芸術に全然興味のない方には途中ちょっと読むのが辛くなる部分もあるかと思いますが、最後まで読む価値は絶対にあります。


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書評:池井戸潤著、『半沢直樹 アルルカンと道化師』(講談社)

2022年11月24日 | 書評ー小説:作者ア行

『半沢直樹 アルルカンと道化師』は『俺たちバブル入行組』を始めとする半沢直樹シリーズの最新刊ですが、時系列は第一作と同じころの2001年。
半沢直樹は東京中央銀行の大阪西支店融資課長をしています。
第一作では、事件解決後、半沢に本店営業第二部次長の辞令がでていますので、このアルルカンのエピソードはそれよりも前のことになるはずなのですが、銀行内の確執は第一作の事件での対立を前提にしているので、内容的に今一つ整合性が取れません。

ストーリーは、大手IT企業ジャッカルが、業績低迷中の美術系出版社・仙波工藝社を買収するという話を大阪営業本部が半沢のいる大阪西支店に持ち込むことから始まります。最初はジャッカルの名前も伏せられており、仙波工藝社の三代目社長も売る気は全然ないので秘密保持契約書を交わすまでもなく営業担当者を追い返します。
ところが、仙波工藝社が企画していたプロジェクトが予定外に中止せざるを得なくなってしまい、当て込んでいた収入がなくなったので運転資金を借りる必要が出て来ます。その融資の稟議は大阪営業本部の横やりが入って何かと難癖をつけられ、買収を受け入れるか融資をあきらめて倒産するかの二択を迫られます。
顧客に真剣に向き合っている半沢はこの強引な買収の進め方に腹を立て、仙波工藝社に担保となるようなものはないか調査を始めます。その過程で、強引な買収工作の裏にある秘密に辿り着きます。
「アルルカンと道化師」というのは有名な絵のタイトルで、仙波工藝社の社長室にもそのリトグラフが飾られており、その作者と作品を巡る謎が仙波工藝社買収工作と複雑に絡んでいます。

半沢は行内の敵によって、あわや更迭の危機に見舞われますが、敵の根回しの甘さもあって、顧客のためにも銀行のためにもなる解決策で大きく逆転することになります。
ストーリーのパターンから言うと、『俺たちバブル入行組』とほぼ同じです。痛快な「倍返し」も登場します。その意味では「半沢直樹の原点、再び!」という印象です。

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書評:池井戸潤著、『民王 シベリアの陰謀』(KADOKAWA)

2022年11月18日 | 書評ー小説:作者ア行

内閣総理大臣・武藤泰山とその息子・翔がテロに遭い、なぜか中身が入れ替わるというSFめいた政治コメディを描いた『民王』の続編である『民王 シベリアの陰謀』は、発足したばかりの第二次内閣の「マドンナ」環境大臣・高西麗子が発症すると凶暴化する謎のウイルスに冒され、衆目の中で暴れて隔離保護されることに端を発した感染拡大の国家的危機の話です。
武藤泰山の息子・翔も仕事で京成大学の並木又二郎ウイルス学教授に届け物をした際に、後に「マドンナ・ウイルス」と命名されるこのウイルスに感染した教授に襲われ、自信も感染してしまいます。幸い翔は発症せず、間もなく隔離から解放されます。
武藤泰山は東京感染研究所長の根尻賢太を感染対策チームリーダーに任命し、その助言を受けて緊急事態宣言の発令を断行しますが、野党や国民の受けが悪く、政敵の東京都知事・小中寿太郎はこれを好機とばかりに「独自のウイルス対策」を打ち出し、緊急事態宣言を陳腐化させてしまいます。
一方、ウイルスの感染拡大自体がそもそも政府の陰謀だとする陰謀論者たちも活気づき、内閣支持率は急落、与党内からも武藤退陣の声が上がり始めます。
武藤親子はこの国家的危機をどう乗り越えて行くのか。また、ウイルスの出所・感染ルートに本当になんらかの陰謀が絡んでいるのか。

実際のコロナウイルスを巡る政策や世情を反映した作品ですが、現実と最も違うところは武藤泰山が骨のある政治家で、本当に国と国民のためを思って行動しているところです。
「本当にそうだったらいいのに」とため息をつきたくなるようなストーリー展開です。



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書評:情報文化研究所著、高橋昌一郎監修『情報を正しく選択するための認知バイアス事典』(フォレスト出版)

2022年11月18日 | 書評ーその他

『情報を正しく選択するための認知バイアス事典』は論理学的アプローチ、認知科学的アプローチ、社会心理学的アプローチの3つのアプローチに分類され、それぞれ20個、合計60個のバイアスを定義・関連バイアス・具体例・対策・参考文献という一定の型式に従って紹介します。
「吊り橋効果」や「サブリミナル効果」などの有名なものから一般にはさほど知られていないものまで、比較的わかりやすくイラストや図解を使って説明されています。
60個全部を記憶して対策するのは無理ですが、一度通して読むことでいかに人間の感覚や思考があてにならないかを知ることは、様々な誤謬に知らずに陥ることを防ぎ、より客観的・論理的・批判的に思考するための一助となります。

以前にロルフ・ドベリの『Think Smart 間違った思い込みを避けて、賢く生き抜くための思考法』のドイツ語版を読みましたが、内容的には重複する部分も少なくありませんでした。こちらでは52種類のバイアスが紹介されていました。
両者を比較すると、『認知バイアス事典』はタイトルの通り〈事典〉として使うのに適した体裁になっており、『Think Smart』は読み物としての面白さがある一方で、練習課題が付録についているところが実践向きと言えるでしょう。
どちらも良書だと思います。

書評:池井戸潤著、『ハヤブサ消防団』(集英社文芸単行本)

2022年11月18日 | 書評ー小説:作者ア行

池井戸潤作品は実に3年ぶりに読みました。足袋屋がランニングシューズを開発するストーリーの『陸王』を読んだのが最後でした。

『ハヤブサ消防団』は、亡き父の故郷に東京から移住した売れないミステリ作家・三馬太郎が主人公のミステリーです。
中国地方の田園地帯。田舎なので人々はよそ者には開放的ではないのですが、太郎は両親の離婚のせいで疎遠になっていたものの、祖父母が健在の時代は訪れることもあったので、「ああ、野々村さんとこの息子か」と出戻った村の子のようにすんなり受け入れられます。
濃厚な人間関係も含めて田舎暮らしの醍醐味と心得、村人たちに誘われるまま自治会に入り、その会合の後の飲み会で、今度はハヤブサ地区の消防分団に勧誘を受け、それにも愛郷心を示そうとして引くに引けなくなって入団することになります。
そして入団式の日、放火と思われる火事が起きて早速出動することに。実はハヤブサ地区では立て続けに謎の火事が起こっており、放火か過失または事故かうやむやになったままで、村人たちは何かおかしなことが起こっているという不安に苛まされており、消防団は村と村人を守るために気合を入れています。
もう1つの村の悩みは太陽光発電の会社による土地の買い取りだった。村人が様々な事情でその会社に土地を売り、その後に作られたソーラーパネルパークが景観を損ねています。その会社が土地を買い占めようとしているのは他に目的もあるようだ。
長閑な田舎に放火犯、殺人犯、ソーラー会社、ハヤブサ地区にいい感情を抱いていない村長、新興宗教などが複雑に絡み合い、不穏な影を落とす中、太郎はミステリ作家としての推理力を発揮して真相の究明をめざしますが、その身には危険が迫り、誰が本当の敵なのか、スパイが誰なのか分からなくなり、ハラハラします。
見事な長編小説です。


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書評:今野敏著、『マティーニに懺悔を(新装版)』(ハルキ文庫)

2022年11月17日 | 書評ー小説:作者カ行

『マティーニに懺悔を(新装版)』は、富士見ヶ丘を舞台とし、「シノさん」と呼ばれるバーテンダーの経営する細長いカウンター・バーの常連の茶道の師匠が語る短編連作です。〈私〉より5歳年下の幼馴染でピアニストの三木董子(25)とアイルランド人のベンソン神父がこのバーでの飲み友達。
元は『男たちのワイングラス』というタイトルでしたが、新装版で改題。
「怒りのアイリッシュウイスキー」「ヘネシーと泡盛」「ブルゴーニュワインは聖なる血」「マティーニに懺悔を」「鬚とトニック・ウォーター」「ビールの泡」「チンザノで乾杯」「ヘネシーの微笑」の8話が収録されています。
タイトルから察せられるように、この作品ではお酒が重要な役割を果たしています。〈私〉とベンソン神父が飲むのはブッシュミルズ、董子が飲むのは芳醇なヘネシー。

主人公は、武道の家系の生まれ。元は示然流剣術道場だったが、大陸に従軍した曽祖父が中国武術を極め、独特の拳法を編み出し、一子相伝の秘技として代々これを伝える。ところが〈私〉の父は剣術道場を止め、武術と相性がいい相山流の茶道教室に看板を掛け換えてしまったため、それを受け継いだ〈私〉は茶道の師範になります。
しかし、一子相伝の秘技は子どもの頃からみっちり仕込まれているため、見かけによらず武道家。祖父が有名な武道家で任侠の輩に武道を教え、兄弟の盃を交わし、その人たちが今では様々な組の幹部または組長になっているため、〈私〉は「若」と呼ばれて、街の人たちに面倒事が起こるたびに頼りにされます。
「ヘネシーと泡盛」では沖縄出身の武道家が董子を賭けて〈私〉に対して道場破りを挑みます。四畳半の茶室で展開する茶道と武道の折り重なる対決シーンは非常にユニークで、こういう勝負もあるのかと感心させられました。

〈私〉は幼馴染の董子に密かに思いを寄せていますが、自分が武道家であることは内緒にしています。『スーパーマン』のクラーク・ケントとロイスの関係を彷彿とさせる関係ですね。
ベンソン神父はイエズス会士で「神の戦士」として常に「シショウ」の〈私〉を焚きつけ、共に面倒事の解決に当たります。
バーテンダーのシノさんも只者ではない過去を持っており、毎回いい味を出していますが、「マティーニに懺悔を」で過去のしがらみである元弟分が富士見ヶ丘で起こしたトラブルの後始末に活躍します。
「チンザノで乾杯」で初めて〈私〉の父が登場。彼と共に富士見ヶ丘にイタリアン・マフィアが溢れ、物騒なことに。このマフィアとのやり取りで、董子に〈私〉がかなり強いことがバレてしまいます。
最終話の「ヘネシーの微笑」は、タイトルから分かるように董子の話です。お嬢さん芸ではない本格的なコンサートピアニストを目指してパリ留学をしますが、留学斡旋エージェントが詐欺で、危うく強姦の上に売春をやらされる羽目になります。詐欺に気付いた〈私〉とベンソン神父がパリまで董子を救出に行きます。
そこでようやく〈私〉は董子にプロポーズ。
周りからはさっさとくっつけと言われてはいたものの、当人たちは恋人だったことはなく幼馴染の飲み友からいきなり結婚?とちょっとした飛躍がなくはないのですが、まあ、危ないところを助けてもらったし、それまでも意識してないではなかったので、はっきりプロポーズされれば受けるのはアリでしょうかね。

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