徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:今野敏著、『警視庁神南署』&『神南署安積班』

2021年04月15日 | 書評ー小説:作者カ行

東京ベイエリア分署がバブル崩壊のあおりを受けて閉鎖となり、安積班はそっくり新設された神南署に異動したという設定で、『蓬莱』、『イコン』での脇役を経て、この『警視庁神南署』でついにシリーズ復活となります。

物語はしがない銀行員・山崎照之が上司と飲んだ後の憂さ晴らしにほんの出来心でカップルがいちゃついていることで悪名高い公園に寄り、実際にとあるカップルの覗きをしてしまうところから始まります。そこに、その辺りを縄張りとする少年チームが現れ、「おやじ狩り」の被害者となってしまいます。山崎の訴えにより 神南署の安積警部補たちは捜査を開始しますが、数日後山崎はバーで知り合った男・小淵沢茂雄にそそのかされて告訴を取り下げてしまいます。安積班はそれでも少年たちを追いますが、彼らはヤクザのリンチに遭って入院。これによって「おやじ狩り」の犯人は逮捕されたことになりますが、少年たちを襲ったのは誰だったのか、山崎が告訴を取り下げたことと何か関連性があるのか、疑問は残ります。そして起こった殺人事件…
メインテーマとなっている関連性のある事件以外にも次から次へと犯罪が起こって安積班の刑事たちが駆り出される様子がいかにも土地柄と世相を反映している感じですね。また、不良債権処理が絡んでいるところなど、バブル崩壊後の大きな社会問題がストーリーの中に組み込まれていて、時代の写し鏡のようです。
安積警部補が、部下を公平に扱ってるかどうか気にしているところばかりでなく、別れた妻とよりを戻すのかどうかというプライベートな悩みもしっかり描かれているところなど、いかにも今野節ですね。
「推理」の要素はかなり少ないですが、社会派小説、警察活動小説として読み応えのある作品です。

『警視庁神南署』をAmazonで購入する

『神南署安積班』は神南署編の最終巻となる短編集です。収録作品は「スカウト」「噂」「夜回り」「自首」「刑事部屋の容疑者たち」「異動」「ツキ」「部下」「シンボル」の8編で、「異動」以下3編で臨海署が警察署として再生する話が出ており、新「東京湾臨海署」シリーズへの橋渡し的エピソードになっています。
「スカウト」と「噂」の2編は安積警部補の同期でよき理解者である速水が活躍するエピソードです。
「夜回り」は黒木刑事と山口友紀子記者を巡るエピソードで、男社会の警察に配置されている若くて美人の女性記者の立場の難しさに触れられていますが、安積警部補にとっては記者なんかより部下の黒木が心配というのがありありと分かり、その部下思いぶりに微笑ましさを感じる一方で、山口記者の方はどうやら安積警部補に淡い恋心を抱いているようで、男臭い人情物語に花が添えられているようです。
「自首」は、宝石商殺人の犯人として自首してきた老婆の物語で、典型的な所轄ものと言えるエピソードでしょう。
「刑事部屋の容疑者たち」はとても微笑ましくユーモラスです。安積班の刑事部屋の中に容疑者が絶対いるはずだから名乗りを上げろと安積警部補が頼むところから始まるエピソードは、「いったい何の容疑?!」と読者を驚かせ、最後に安積班の結束の固さ、絆の強さを浮き彫りにします。そのオチには思わずにやりとしてしまいました。
「異動」は桜井刑事が、安積警部補が臨海署に戻る際に部下を連れて行くとしたら桜井は外されるのではないかという記者たちの噂話を聞いて功を焦って逆に失敗するというエピソードです。もちろんすべて桜井の杞憂に過ぎなかったのですが。最後の記者への仕返しがちょっと笑えます。
「ツキ」は須田部長刑事が大活躍するエピソードです。刑事としては太りすぎで不器用そうに見える須田ですが、およそ刑事らしからぬ感受性と鋭い洞察力を持っているばかりではなく、妙にツキに恵まれていることがよく分かるエピソードです。
「部下」では安積警部補の夢から物語が始まります。方面本部の管理官が神南署の視察に来るので安積自身も緊張していて夢にまで見たというところが普通の人っぽくて親しみが持てますね。視察に来た管理官は、かつて一緒に捜査したことのある野村元高輪署副署長で、次は臨海署の署長に就任するかもしれないので、その際には安積を引き抜きたいと声をかけてきます。安積は今の部下たちと一緒ならどこにでも行くと答えて、部下思いの上司ぶりを存分に見せてくれます。村雨・桜井コンビが連続放火事件の捜査で活躍し、村雨は彼なりに桜井を部下として可愛がっていることが分かるエピソードでもあります。
「シンボル」では17歳の少年が対抗グループのリンチにあって殺される事件が扱われますが、加害者グループの中に若者の反抗のシンボルと崇められているちょっとしたミュージシャンが含まれており、少年犯罪・報道規制などで生じる少々厄介な問題が扱われています。安積を臨海署に引き抜こうとしている野村管理官が再登場し、安積に「貸し」を作っていきます。こうして臨海署安積班の復活は確定したのですね。

『神南署安積班』をAmazonで購入する


にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

安積班シリーズ
 
隠蔽捜査シリーズ
警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ
ST 警視庁科学特捜班シリーズ

鬼龍光一シリーズ