徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:天藤真著、『鈍い球音』(東京創元社・天藤真推理小説全集4)

2021年01月30日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行


忙しい時に限ってついついまったく関係のない架空の世界へ逃げ込みたくなるもので、今回もまた遅々として進まない仕事を尻目に天藤真推理小説全集の続刊『鈍い球音』を朝方までかけて読んでしまいました(笑)
この癖は一生治らないことでせう(笑)

『鈍い球音』は、そのタイトルからも察せられるように野球がテーマです。日本シリーズを前に、ペナントレースの勝者・東京ヒーローズの桂監督が東京タワーで「人に会う」と言って、娘・日奈子と立花コーチを置き去りにし、その二人がこっそりと後を追ったら、監督のシンボルともいえる髭だけ残して失踪してしまうところから物語は始まります。
表向きはこの謎の失踪は秘匿され、静養だの事故に遭っただのという嘘が発表され、日本シリーズは桂監督抜きで、竹山監督代理をトップに据えて開始されますが、選手の動揺は大きく大阪勢に3連敗を喫することになります。
一方、立花コーチは監督の失踪(または誘拐)の真実に迫るため、親友で新聞記者である矢田貝に秘密裏の調査を頼み、矢田貝は大スクープの誘惑を抑えてその友情に応えて調査に乗り出します。
そして、試合場所が大阪に移ると、今度は監督代理が旅館の自室から「もぬけの殻」と言うしかない形の服だけを残して失踪してしまいます。
賭け野球で、大阪賭けの黒い勢力による陰謀なのか、はたまた球団オーナー(たち)の私利私欲に基づく談合が背景にあるのか、といった野球ミステリーが展開していきます。野球に全然興味のない私でも惹き込まれずにはいられないユーモラスな筆致の話運びです。
誰も死なないところもいいですね。



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書評:天藤真著、『死の内幕』(東京創元社・天藤真推理小説全集3)

2021年01月17日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行



陽気な容疑者たち』 に続いて天藤真推理小説全集第3巻『死の内幕』を徹夜して読んでしまいました。気が乗らない仕事があるときに限ってマンガや小説に逃げてしまう癖はずっと治りませんね(笑)


内縁関係を続ける女性たちのグループIGの1人「マコ」こと小田ます子が自分を捨てようとしている男・寺井博士を突き飛ばしたところ、後頭部を箪笥の角にぶつけ、打ちどころが悪くて死なせてしまうところから物語は始まります。ただ自首すれば過失致死となるところですが、母一人子一人の母子家庭なので実刑は困るということで、相談を受けたグループ会長・柏木啓子が何か隠蔽の方法はないかと自分の内縁の夫で元法科学生の松生に聞き、協議の結果、架空の犯人をでっちあげることにします。松生の顔の特徴の反対の特徴を犯人イメージとし、たまたま松生が持っていた安物の趣味の悪いチェックの古い量産コートを着ていたという設定を創り上げます。
こうしてマコと同じくグループメンバーの平沢奈美が寺井宅に戻り、そこから死体第一発見者として警察に通報し、偽の目撃証言をします。
ところが、なんの偶然か、偽の証言に基づいて作ったモンタージュ写真とそっくりの男が近隣に実在し、しかもその男は同じチェックのコートに見えなくもないジャンパーを所有していたのです。
大都会ならともかく、殺人の場所は千葉市で、同じ市内にドンピシャの特徴を持つものがそうそういる偶然はないため、たまたまそっくりな男・八尾正吾は友人宅に隠れ住むことにし、友人たちは誰がどういう理由で「偽証言」をしたのか調査に乗り出します。
典型的な殺人事件をめぐる推理小説とはだいぶ趣の違う設定と展開で、先が読めない面白さがあり、結末もかなり意外でした。徹夜して一気読みしてしまうだけの魅力があるわけですね。

違和感がある設定と言えば、証言者が実名報道されている点ですね。昭和30年代はまだそういう報道の仕方をしていたのでしょうか。これがなくなってしまうと、架空の犯人のそっくりさんの友人たちが行動を起こそうにも起こせないので、重要な設定なのですが現在では考えられないことなので違和感が否めないというのはあります。そこに目をつぶれば、かなり面白く読めるかと思います。

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書評:天藤真著、『陽気な容疑者たち』(東京創元社・天藤真推理小説全集2)

2021年01月17日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行


『遠きに目ありて』 に続いて天藤真推理小説全集第2巻『陽気な容疑者たち』を一気読みしました。著者のデビュー長編で、密室トリックの推理小説なのですが、殺人事件?という疑問符がつく感じで、タイトルの通り容疑者たちは酒を飲んで陽気に騒いでいるという奇妙な事件の起こりです。
「トーチカ」と揶揄される堅牢強固な蔵の中で急死した吉田鉄工所経営者・吉田辰造は、自分の欲のために会社を清算し、労働組合をつぶしたうえで売却する準備をしているところだったので、労組側に不穏な動きがあるという警告を受けていた状況でした。
物語の語り手はこの会社の清算の会計事務を請け負った東京の経理事務所の事務員・沖というお人よしの青年。表紙の絵は、舞台となる桃谷村の人たちから頼まれたあれこれのものを抱え、または背負って依頼人の屋敷を徒歩で目指す彼のお人よしぶりを表しています。
物語は、第1部「老雄昇天」、第2部「女傑登場」、第3部「英雄去来」の3部構成です。第1部で事件とその背景が説明され、第2部で死んだ吉田辰造の自称妻が登場して「彼は殺人だった」と主張し、あれこれ証拠らしきものをかき集め大騒ぎを起こしますが、撃退されてしまい、「心臓まひの自然死」で決着がつき、第3部で事の真相がつまびらかにされます。「英雄」は誰なのか、どうして「英雄」なのか、その辺りが興味深いところです。密室トリック自体はそれほど技巧的な複雑なものでもないので、私のようにさしてトリックに興味があるわけではない人にも読みやすいかと思います。
人間ドラマもおどろおどろしさや陰惨さがなくて、読後感がよいのがいいですね。

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書評:天藤真著、『遠きに目ありて』(東京創元社・天藤真推理小説全集1)

2021年01月16日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行


文藝春秋の2012年版〈東西ミステリーベスト100〉第7位の、『大誘拐』 を読んで面白かったので、天藤真推理小説全集を大人買いしてあったのですが、なんやかやと1年半近く放置してしまいました。

天藤真推理小説全集第1巻の『遠きに目ありて』は「安楽椅子探偵小説」の類型に連なるものですが、探偵役が脳性麻痺の少年であるところが異色でしょうか。この岩井信一少年は成城署の真名部警部から事件の詳細を聞いて真相を推理し、事件を解決または少なくとも解明していきます。
「少なくとも解明」というのは、真犯人が分かっても法的にそれを追求せずに終わっている事件がいくつかあるからです。誰のためにもならない法的追求はしないというスタンスですね。その判断を下しているのはもちろん真名部警部ですが。
非常に頭脳明晰で懸命に生きている信一少年。その少年を優しく見守り、できる限りその才能を生かしてあげようとする周りの大人たち。そうした心温まる設定の中、軽快でユーモラスなタッチで事件が語られ、謎解きされていくのが魅力的で読みやすいです。

目次
  • 多すぎる証人
  • 宙を飛ぶ死
  • 出口のない街
  • 見えない白い手
  • 完全な不在
この短編集で特に目を引く点は、探偵役が車椅子に乗った少年であることから、道路や街や建物がバリアフリーでない、障害者にとって身動きがとりにくい造りになっていることがそれとなく指摘されているところです。今ではずいぶん改善されてきましたが、40年前はそういう視点すらないに等しかったかと思います。そんな時代の中、真名部警部やその部下たちはできる限りの配慮をしますし、配慮が足りなかったと感じたら真剣に悩む、という真摯な姿勢にとても好感が持てます。わざとらしい同情でないところがいいですね。


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書評:三浦綾子著、『銃口』上・下巻(角川文庫)

2021年01月03日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行


数か月前にFB友の1人からお勧めされて買っておいた三浦綾子著、『銃口』上・下巻。最近の読書傾向は知識を入れる系か軽い娯楽に偏っており、題材の重さからこの作品をずっと保留にしていたのですが、年末年始でちょっとまとまった休みが取れたこともあり、ついに読むことがかないました。

『銃口』は、大正天皇ご崩御の折についての「綴り方」(今でいう作文)で、寒かったことばかり書いて先生に天皇陛下に対する崇敬の念が足りないと厳しく怒られることから始まる、北海道は旭川の質屋の長男として生まれた北森竜太の数奇な人生を描く大河ドラマです。竜太が多大な影響を受けたのは、綴り方で怒った先生ではなく、その後に小学3年~6年まで担任となった、生徒一人一人の家庭環境や個性を考慮して寄り添い、差別をなによりも嫌い、「どうしたらよいか迷った時は、自分の損になる方を選ぶといい」 といった助言をした坂部先生でした。彼に憧れ、彼のような教師になりたいと師範学校を出て、昭和12年に教師となった竜太でしたが、炭鉱町の小学校で「綴り方」の授業を推進するなど教育の理想を目指す彼のもとに、言論統制の暗い影が忍びよります。
竜太は天皇陛下の御真影が祀られる奉安殿に最敬礼することに何ら疑問を持つものでもなく、天皇陛下の「皇国民」を育てる重要な任務を自分なりに真っ当しようとする教育信念を持っており、新聞もろくに読まないために政治や国際情勢のことには明るくはないという、明らかに当時の普通の日本人の価値観を持ち合わせていた人間です。それにもかかわらず、綴り方が全人格的な教育に最も重要な科目であるとして結成された「綴り方連盟」の会合にたった一度だけ幼馴染で同じく小学校教師になった芳子に誘われて参加し、そこに参加者として記名したことが仇となってしまいます。治安維持法がどんなものなのか、「アカ狩り」を噂に聞くことはあっても自分には関係ないと思っていた竜太でしたが、「綴り方連盟」が熱心な教師の集まりというだけでなく、「反政府思想を持った不穏分子である」という嫌疑をかけられたばかりに、数十人の教師たちが一斉検挙され、竜太もそれに巻き込まれたのでした。7か月間留置所に拘留され、有罪判決どころか裁判もしないうちに退職願を書くことを強要され、心が折れかけていた竜太は、旭川の留置所に移送され、坂部先生とたった10分の面会を許された際に言われた言葉、「同じだよ、竜太。自分がこんなに弱い人間であったかと何度自分に愛想が尽きたことか。しかしね竜太、自分にとって最も大事なこの自分を自分が投げ出したら、いったい誰が拾ってくれるんだ。自分を人間らしくあらしめるのは、この自分でしかないんだよ。」 --これによって、自分を持ち直します。
恩師の坂部先生は拘留中に受けた拷問のために亡くなってしまいますが、竜太は生きて釈放され、保護観察の身となります。
綴り方連盟関係者の一斉検挙は一切報道されなかったものの、人の口に戸は立てられないため、竜太をスパイ・非国民扱いするものもあり、彼は結局家業の質屋を手伝うしか選択肢がなくなります。それでも家族に支えられ、幼馴染の芳子と拘留で延期してしまっていた結婚を数日後に控えた竜太の元に今度は赤紙が舞い込みます。
結局、芳子と結婚できないまま満州に出兵し、得難い戦友や理解ある上官に恵まれ、酒保という軍隊の中では安全な役割を果たしながら終戦間際まで過ごしますが、何人殺した、何人強姦した、死姦が最高などと聞くに堪えない自慢話をする古参兵や、本当に些細なことで部下に暴力をふるう上官などを見たり話に聞いたりして、そんな獣のような行いが本当に「天皇陛下の御心に適うことなのか」(上官の命令は陛下の命令とされていたことから)と疑問を抱いたり、酒保の上官である山田曹長の「自分の命が生まれてくるまでに何万年かかっている」というような命の大切さを説く言葉を受けて、改めて生きるとは何かを考えることになります。
そして、昭和20年8月9日にソ連軍の砲撃に合ってから山田曹長始め残っていた少数の同胞たちとの逃避行に移ります。この間の竜太の体験がまた強烈ですね。生き延びるために銃を捨てる決断をした山田曹長に従ったのは竜太だけだったので、たった二人で朝鮮を目指して行くわけなのですが、食料も尽きて国境近くまで来たところで抗日運動家たちのアジトに出くわしてしまい、あわやこれまでかという状況になるのですが、ここの隊長をしていたのが、以前竜太の父が助け出したタコ部屋逃走者の朝鮮人・金俊明で、「命の恩人の息子だから」と竜太と同行者の山田曹長を命がけで日本に送り届ける手配をしてくれたのです。
おかげで無事に帰国・帰郷し、芳子とも晴れて結婚し、紆余曲折の末、教師にも復職することになります。

ネタバレになるほど粗筋を書いてしまいましたが、この作品の醍醐味はストーリー性ではなく、主人公・竜太がどういう人たちに出会い、何を体験し、どう考えたかというその思考過程とその際に発せられる言葉の力にあるので、粗筋を先に知ったところで読む意味が薄れることはないと思います。
私にとって衝撃的だったのは、まず、言論統制下にあって、明らかに反体制の思想を持っていた人たちばかりでなく、竜太のような体制に従順な市民にまで嫌疑をかけられ、特高に捕まって拘留されたということです。もちろん、反体制だったら捕まって拷問されたりしてもいいということではありませんが、当時の常識と思想・言論の自由が法的に保証されている現代とでは価値観が違います。当時は国民が一丸となって敵と戦い、東洋に西洋人の奴隷ではない平和と共栄をもたらすことが是であり、それに反する者や天皇に仇成す者は団結を乱す悪であったわけですから、反体制の共産主義者たちが取り締まり対象になったのは当時の価値観においては理に適っており、特高は自分たちの仕事をしただけと言えます。これは、ハンナ・アーレントが、ユダヤ人大量虐殺の事務処理をしていたアイヒマンに見て取った「悪の凡庸さ」に通ずるものです。
しかし、竜太のような体制に従順な非政治的な市民に思想犯の嫌疑をかけるのは、当時の価値観においても尋常なことではなかったはずです。これは、一度思想を統制しだすと、社会全体がパラノイア化し、些末な違いさえも敵視されるようになることの現れなのでしょうね。
作者の伝えたいことの主眼はここではないことは十分承知していますが、私自身が「リベラルがかってるから危険」と言われたことがあり、それで実害を被ったわけではないにせよ、勝手に決めつけられることに対する悔しさや悲しみを味わった経験から他人事とは思えなかったのです。また、それと同時に、私のような世界の様々なことに批判的ではあっても基本的には無害な者まで危険視する人の精神世界や環境を想像して、ふと恐ろしさも感じたのでした。

この作品の主眼は、「人間は人間である」という当たり前のことです。人として当たり前のことが、果たして当たり前にできているのかという問いかけです。学歴が高いから、お金を稼いでいるから、社会的に地位が高いから偉い人間なのではないし、学歴が低いから、貧乏だから、xxだから劣っている人間ということもありません。立場やステータス、性別や民族や国籍や信教・思想の違いを超えて、差別なく同じ人間として尊重する、困っている人に手を差し伸べる、優しい慈しみの心、真心を持てるかどうか、これによって人間の真価が決まります。この作品中にあるようにキリスト教の「神の前の平等」をその考えの拠り所とすることも可能でしょうし、(原始)仏教のようにすべて人間の無明のなせるわざ、慢によって人は苦しむのだから、それを克服してあらゆるものに対して差別なく慈しみの心を持つべきであるという思想を拠り所とすることも可能でしょう。宗教的・思想的な根拠はともかく、重要なのは他人を同じ人間として差別なく尊重できるのかどうかという点です。
『銃口』では、主人公・竜太の父が、騙されて過酷な労働条件のタコ部屋に入れられ、日本人じゃないということで迫害を受けたために逃げ出した朝鮮人・金俊明を救い、祖国朝鮮へ帰る手助けをします。その差別ない真心に応えて十数年後、金俊明は、外地を敗走していた竜太の命を助けるわけです。
それよりは小さな恩返しですが、竜太たちが満州を逃げ出すときに道案内役を務めた満州人・李も、たくさん嫌な扱いを日本人からされていたものの、山田曹長や竜太には優しくしてもらったからという理由で、仲間から裏切り者扱いされる危険を冒して竜太たちを助けました。人が人として真心をもって向き合えば、民族の違いを超えて真心で応えてもらえることもあるという、心温まるエピソードですね。これぞまさに「情けは人の為ならず」というところの人間性の真髄ではないでしょうか。

国だの支持政党だの社会的立場など「枠」や「敵味方」で物事を考えているとついつい大切なことを、そして自分自身をも見失いがちになってしまいしまいますが、人として人と向き合い、差別なく慈しみの心を持ちたいものですね。