徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:木村草太著、『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書)

2016年11月26日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

商品紹介に

「高度な内容を分かりやすく」を信条とする若手憲法学者による、日本一敷居の低い法学入門。法学について物語の手法を用いて生き生きと、そして面白く語る。

とある、木村草太著の『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書)。私が買ったのは2016年3月22日 第7刷。

物語は、図書館に通うような真面目な高校2年生の北村君が偶然、近所の大学で教鞭をとるキヨミズ准教授に出会い、彼から法学のあれこれを聞く、という形をとっています。キヨミズ准教授は法哲学が専門で、毎年「法学入門2」という講義に学生が誰も来ないことを悩んでいます(笑) 彼の同僚である渡部准教授は、少々変わったキヨミズ准教授によく使い走りにされており、いつも不機嫌な顔をしているがいい人という設定で、専門は知的財産法。

途中から北村君の同級生も登場して、一緒に文化祭で発生した問題を考えたり、夏休みにUFO・火の玉の調査をしながら法解釈について話を聞いたりするわけなんですが、「面白おかしく」という趣旨は分かるけど、設定に無理があるのが難点と言えば難点です。そういう意味で、「本当の物語」としては今一なのですが、法学入門としては実に分かりやすく楽しめる本です。この物語で登場する高校2年生くらいの学力は必要かと思いますが。

対話形式なので、キヨミズ准教授の説明にいい感じに北村君の質問や、渡部准教授の合いの手というか補足説明が入ったりして、内容がスムーズに頭に入りやすいですし、更に准教授がなぜかいつも持ち歩いているパネルのまとめが視覚的に理解を助けます。章の終わりには「キタムラノート」なるものがあり、北村君視点でのまとめが書かれています。

そのキタムラノートの表題だけを書きだすと、以下のようになります:

  1. 法的思考とは何か?
  2. 社会科学とはどんな学問か?(政治学、経済学、社会学、法学)
  3. 日本法の体系
  4. 法解釈とは何か?
  5. 法解釈の学び方
  6. 法と法学の歴史

そして最後の章は二人の大学准教授からの文献紹介となっています。そっけない参考文献のような羅列ではなく、手紙という形式をとり、それぞれがどういう本なのか簡単な説明が入っているので、つい読みたくなってしまう感じです。

第2章の社会科学に関する説明は実に秀逸だと思います。以下はキタムラノート2の内容:

政治学:集合的決定(政治)になぜ人は従うのか?→いつも人を「従わせる」メカニズムのことばかり考えている

経済学:交換を研究する学→何かあると必ず「その反対に何が差し出されているか」を考える

社会学:人はなぜモノゴトをそう見てしまうのか?→いつも「そもそもその見方で良いのか」とそもそも論ばかり

法学:あるべき一般規範の追求→公平を理由にしたモノグサさんも多い

重要!:社会の見方は一つではない!
社会の見方を一つに決め込んだダメ社会科学者にならない! 

もちろんこれらは学術的な自己定義ではありませんが、「門外漢が聞いてもさっぱり分からない定義など足蹴にしてよい」と言わんばかりの本質を突く簡単定義です。そして、「ダメな社会科学者」の例まで出しているところが面白くもあり、またそれぞれの学問の定義に対する理解を深める助けになっていると思います。

第3章の日本の法体系といわゆる「六法」の位置づけもいい復習になりました。私はドイツの大学で経営学を専攻してましたので、その枠内で「経済学者のための法律」1、2、3とドイツの法律、主に基本法(Grundgesetz = GG)、民法(Bürgerliches Gesetzbuch = BGB)、商法(Handelsgesetzbuch = HGB)を学びましたので、ドイツ法の体系はそれなりに記憶に残ってます。明治政府は日本を近代的法治国家にするためにドイツから法体系を輸入しましたので、現在でも体系的な類似性は高いのだな、と納得できた次第です。

第4-6章も、私にとっては復習みたいなものでしたが、大学でさんざんやらされた事例の法的鑑定(事実確認、法律的な「事実」の特定、適用可能な条項に事例を当てはめ、法的な結論(例えば損害賠償の権利の有無など)を出すこと)がそもそも何だったのか改めて理解できた側面もあります。「木を見て森を見ず」のいい例ですね ( ´∀` )

というわけで、『キヨミズ准教授の法学入門』は楽しく読ませていただきました。おススメです。


ドイツ:世論調査(2016年11月25日)~首相候補は誰?

2016年11月26日 | 社会

本日11月25日に発表されたZDFの世論調査「ポリートバロメーター」を以下に私見を交えつつご紹介します。

次期首相候補

アンゲラ・メルケルが再度首相候補になることをどう思いますか?:

全体:

いい 64%
悪い 33% 

CDU/CSU支持者:

いい 89%
悪い 10% 

メルケル首相は、次期もCDU党総裁及び首相に立候補するか大分迷ったようですが、この世界の混乱期にほぼただ一人の安定的政治家として逃げられないと考えたらしく、決意を固めたようです。他にこれといった候補が党内に居なかったので、彼女が決意を表明した時、党内では随分とほっとした空気だったようです。党内支持率89%は、SPD党首ガブリエルなどとはくらべものにならないくらい高いです。

 

SPDからの首相候補は誰がなるべきだと思いますか?:

全体:

ガブリエル 29%
シュルツ(欧州議会議長)51%
分からない 20%

SPD支持者:

ガブリエル 27%
シュルツ 64%
分からない 9% 

現欧州議会議長のマルチン・シュルツがドイツ国内政治に復帰すると表明したため、彼がSPD首相候補になる可能性がにわかに出てきました。SPDは候補者を決定するのは来年1月を予定しています。それまでは色々憶測が飛び交いそうです。

現在SPD首相候補として名前が挙がっている二人をメルケルと対比させると以下のようになります。

どちらの方が首相として好ましいですか?:

メルケル対ガブリエル

メルケル 63%
ガブリエル 25%
分からない 12%

メルケル対シュルツ

メルケル 47%
シュルツ 39%
分からない 14% 

SPD首相候補はシュルツがなった方が、メルケルに対抗するにはチャンスが多そうです。

 

次は大統領候補です。先日連立与党共通の候補者として、現外相のフランク・ワルター・シュタインマイヤーが出馬することになりました。

シュタインマイヤーが大統領になるのをどう思いますか?:

いい 77%
悪い 14%
分からない 9% 

ドイツ人の圧倒的多数がシュタインマイヤーが次期大統領になることを歓迎しています。彼は時々演説に熱が入ると、文章が破綻してしまうことがありますが、それを除けば概ね理性的で、クリーンなイメージの政治家なので、党派を超えて受け入れやすいのでしょう。

 

連邦議会選挙2017

もし次の日曜日が議会選挙ならどの政党を選びますか?:

CDU/CSU(キリスト教民主同盟・キリスト教社会主義同盟) 36%(+2)
SPD(ドイツ社会民主党)  21% (-1)
Linke(左翼政党) 10%(変化なし)
Grüne(緑の党) 11%(-2)
FDP (自由民主党) 5%(変化なし)
AfD(ドイツのための選択肢) 13%(+1) 
その他 4% (変化なし)

 

1998年10月以降の連邦議会選挙での投票先推移:


政権満足度(スケールは+5から-5まで):1.1(前回比+0.2)


2004年以降の選挙に行くか分からないあるいは行くつもりがない人の割合:

投票しない 6%
分からない 18% 


政党の能力

難民政策:

CDU 39%
SPD 14%
左翼政党 5%
緑の党 8%
FDP 1%
AfD 7%

年金政策:

CDU 26%
SPD 19%
左翼政党 6%
緑の党 2%
FDP 2%
AfD 1% 

 

社会的公平:

CDU 22%
SPD 29%
左翼政党 16%
緑の党 7%
FDP 2%
AfD 1%

経済政策:

CDU 47%
SPD 13%
左翼政党 2%
緑の党 2%
FDP 3%
AfD 0%

 

税制政策:

CDU 30%
SPD 21%
左翼政党 8%
緑の党 3%
FDP 5%
AfD 1%

犯罪検査:

CDU 45%
SPD 8%
左翼政党 2%
緑の党 1%
FDP 1%
AfD 5%


政治家評価

政治家重要度ランキング(スケールは+5から-5まで):

  1. フランク・ヴァルター・シュタインマイアー(外相)、2.5(+0.2)
  2. ヴィルフリート・クレッチュマン(バーデン・ヴュルッテンベルク州首相、緑の党)、2.0(+0.1)
  3. アンゲラ・メルケル(首相)、1.8(+0.2)
  4. ヴォルフガング・ショイブレ(内相)、1.7(→)
  5. トーマス・ドメジエール(内相)、1.1(+0.4)
  6. ケム・エツデミール(緑の党党首)、0.9(→)
  7. ジーグマー・ガブリエル(経済・エネルギー相)、0.7(+0.2)
  8. ホルスト・ゼーホーファー(CSU党首・バイエルン州首相)、0.6(+0.3)
  9. ウルズラ・フォン・デア・ライエン(防衛相)、0.6(→)
  10. サラ・ヴァーゲンクネヒト(左翼政党議員)、-0.1

 

老後の備え

金銭的な老後のための備えは充分にありますか?:

充分 7%
ほどほど 46%
足りない 32%
全然ない 14% 

 

支持政党別老後の備えが足りないと思う人の割合:

CDU/CSU 33%
SPD 40%
左翼政党 62%
緑の党 53%
FDP 30%
AfD 61% 

老後の備えが足りないと思う人の割合は左翼政党及びAfDで際立って高くなっています。やはり経済的に「置いてけぼりにされている」と感じる人たち(主に旧東独)がこの2政党に分化しているのでしょうか。

年齢別老後の備えが充分にあると思う人の割合:

18-29歳 22%
30-39歳 40%
40-49歳 50%
50-59歳 48%
60-69歳 64%
70歳以上 83% 

 

社会的公平

ドイツは社会的公平がどちらかと言えば保障されていると思いますか?:

非常に公平 2%
公平 43%
不公平 43%
非常に不公平 11% 

統計的には貧富の格差がどんどん開いてきているので、ドイツはデータ上では少なくとも「不公平」な社会なのですが、「公平」だと思っている人が半数近くもいるのは不思議です。「他の国と比べてドイツはまし」と思っている人たちが多いのかも知れません。

 

過去数年でドイツ社会の結束は?:

減少した 75%
変わらない 18%
強化された 5% 

これは、地域社会の崩壊に伴う人々の孤立化が進んでいると見ることができるでしょう。特に移民の多い地域では、共同体共通の行事も少なくなり、未知の異文化が幅を利かせているという疎外感を感じ出している人も多いかもしれません。

 

難民政策・トルコ

メルケル首相の難民政策をどう思いますか?:

いい 50%
悪い 45% 

難民政策に関してはまさに賛否両論が拮抗しているようです。

 

ドイツはたくさんの難民を受け入れることができると思いますか?:

はい 57%
いいえ 40% 

まあ、去年の秋のように毎日数千人の難民が絶え間なくドイツに入ってくるというのでなければ、どうにかなるという意見の方が多くなるのは必然的なことでしょう。

 

トルコのEU加盟交渉は継続すべき?:

中断すべき 56% (二週間前:45%)
様子見すべき 35% (46%)
継続すべき 8%  (7%)

二週間前に比べて、「中断すべき」という人がかなり増えています。昨日(11月24日)、欧州議会はトルコのEU加盟交渉の一時凍結を決議しました。理由はもちろん、クーデター未遂以降のエルドアン大統領による反政府的勢力にくみすると思われている軍人、公務員などの罷免や解雇、親クルド政党HDP幹部の逮捕、政府に批判的なジャーナリストや学者の逮捕など、EU加盟に必須とされる民主主義的価値観からかけ離れた政治にあります。この決議は拘束力がないのですが、エルドアン大統領はこれを不当な内政干渉と思っているらしく、今日のイスタンブールでの演説で、EUがトルコに対してこれ以上批判をするなら、難民協定を破棄し、ヨーロッパへの国境を開放する、という脅しをかけました。エルドアンはロシアのプーチン大統領とも最近接近しており、地政学的にもかなりヨーロッパを揺るがせています。トルコを何が何でもヨーロッパの敵にすまいと、ヨーロッパがトルコの要求を呑んで、人権侵害を黙認するようなことになるのではないかと私は非常に危惧しています。

 

この世論調査はマンハイム研究グループ「ヴァーレン」によって実施されました。インタビューは無作為に選ばれた1258名の選挙権保有者に対して2016年11月22日から24日までの間に電話で行われました。世論調査はドイツ選挙民のサンプリングです。誤差幅は、40%の割合値において±約3%ポイント、10%の割合値においては±約2%ポイントあります。世論調査方法に関する詳細情報は www.forschungsgruppe.de で閲覧できます。

次のポリートバロメーターは2016年12月9日に発表されます。

 

参照記事:

ZDF heute, 25. November 2016, "Politbarometer"
Zeit Online, 25. November 2016, "Türkei: Erdoğan droht mit Grenzöffnung für Flüchtlinge"


Fukushima Radiation not safe!(福島の放射能は安全ではない)

2016年11月25日 | 社会

Fukushima Radiation not safe!(福島の放射能は安全ではない)という当たり前のことをタイトルにしたビデオがあります。ヤン・ゴッダード氏が作成したものです。彼のホームページは:http://iangoddard.com/

歴史的な調査と最先端の科学的調査の両方が、年間20ミリシーベルトという日本の許容被ばく線量が安全ではないということを、一貫して、論証しているということをこのビデオは伝えています。

このビデオを文書化し、日本語に翻訳したファイルがあります:
https://docs.google.com/file/d/0B5qUOl0_hAfnWmtwMkNRb0Z2WDA/edit

編集・翻訳: 大下 雄二
翻訳協力: 佐野 亜紀

 

内部被曝のリスクはここでは考慮されていないため、汚染地で汚染した食品からも被曝するリスクがあるところに生活する人たちの健康被害はここで述べられている以上のものである可能性が高い、ということを念頭に置いておくべきでしょう。


書評:木村草太著、『テレビが伝えない憲法の話』(PHP新書)

2016年11月24日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

改憲論議が盛んだった時期、木村草太氏もテレビに引っ張りだこになった憲法学者の一人で、私も彼の登場する番組の録画をYouTubeでよく見かけました。そこで好印象を抱いたので、この本、『テレビが伝えない憲法の話』(PHP新書、2016年3月30日、第一版第三刷)を手に取るに至ったのですが、期待以上の勉強になる内容でした。

「憲法論議を正しく楽しむための一冊」をモットーにしているだけあって、身近なたとえ話に思わずクスリとしてしまいます。しかし、本質的に法学に欠かせない論理性をもった説得力があり、世間の憲法論議の論点整理とその欠陥・矛盾点が分かりやすく提示されています。この本の良い点は、平易な言葉遣いだけでなく、各章の量の適正さ、「そろそろ情報が多くなり過ぎになってきた」と感じるころに「まとめ」が来るようになっている、その構成のすばらしさです。参考書のようにそのまとめ部分が囲い込み記事のようになっていたら、その部分だけを読み直すことが容易にできるので、なおよかったのですが…

以下目次:

はしがき

序章 日本国憲法の三つの顔

1.憲法の価値をかみしめる — 国家を縛るとはどういうことか?

2.日本国憲法の内容を掘り下げてみる — いわゆる三大原理は何を語っていないのか?

3.理屈で戦う人権訴訟 — 憲法上の権利とはどうやって使うのか?

4.憲法9条とシマウマの檻 — どのように憲法9条改正論議に望むべきか?

5.国民の理性と知性 — 何のための憲法96条改正なのか?

6.日本国憲法の物語 — 事を正して罪をとふ、ことわりなきにあらず。されどいかにせん

あとがき

日本国憲法条文

日本国憲法とは何かを問う序章は、世間の憲法論議がなぜにかくも感情的なのかを理解する上で重要な側面を指摘しています。

日本国憲法の第一の顔は「国内の最高法規」で、ここに感情の入り込む要素は一切なく、法技術文書として理解されるべきで、法学部で学ばれるべき「内容」です。それは第1-3章で詳述されています。

第二の顔は「外交宣言」という国外へ向けた国の顔の役割で、護憲派の一部はこの点を護憲の論拠の一つに挙げることが多いですが、改憲派には概ね無視されいる部分です。「日本はいかなる理由があっても外国を攻撃しません」という平和主義の建前は、日本人が海外で中立的な支援活動を行う上で、相手の信頼を得る根拠になってきたことはよく指摘されています。この側面は第4章で掘り下げられています。

そして、憲法の第三の顔は「歴史物語の象徴」という側面です。どの国の憲法もある日突然降って湧いてくるものではなく、革命や独立や戦争など歴史的な出来事のある種の結果であり、象徴であります。そしてこの側面こそ、感情が深く関わってくるわけです。その点に関しては第6章に詳述されています。

改憲論議に関して興味深いと思った指摘は、なぜ「憲法改正に賛成ですか?」という質問が成り立つのか、という説明です。日本のメディアの影響をあまり受けていない私にはこの質問は曖昧過ぎて、単純なイエスかノーで応えることは不可能です。仮にこういう質問をぶつけられたとしたら、「憲法のどの条項をどのように改正するのか」という点を先ず明らかにしようとしますし、その上で、私自身の意見、例えば環境権の強化だとか、衆院解散の恣意性を正すとか、自衛とは何か、自衛隊の役割とは何かを盛り込むべきだとかそういったことを答えると思います。でも日本ではこのあいまいな質問がなぜか成立してしまっているようです。それは聞く方も応える方も、それが9条に関することであることを了解しているからだ、ということを著者は指摘しています。そう、まるで憲法には9条しか重要なことがないかのような世間一般の捉え方の問題がここに凝縮しているようです。

その9条に関する第4章で、日本国憲法第9条が、国際法の枠組み、すなわち国連憲章という大枠を考慮してみた場合、改憲派の「これを変えて普通の国になる」という論議も、護憲派の「世界に先駆けて崇高な理想を掲げた特別な条項」という主張も成り立たなくなることが指摘されています。なぜなら、日本国憲法第9条は国連憲章2条を国内法に反映させたに過ぎないものだからです。

国連憲章2条

4項 すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。


つまり、国際法ですでに戦争一般を違法とする原則が確立しているわけです。ただ「違法だから止めてください」と言って問題が解決されるわけではないので、その際に国連の集団安全保障を定める国連憲章42条が生きてきます。

国連憲章42条

安全保障理事会は、第41条に定める措置〔武力を伴わない経済的・外交的措置や通信や交通の遮断などのこと〕では不充分であろうと認め、又は不充分なことが判明したと認めるときは、国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍、又は陸軍の行動を取ることができる。この行動は、国際連合加盟国の空軍、海軍又は陸軍による示威、封鎖その他の行動を含むことができる。

この条項に基づいて、国連軍が編成され、その指揮権は48条によって安保理が採ることになっていますが、ここまで正規の国連軍が結成されたことはかつてなく、実際的には安保理が各加盟国に「軍事的措置を勧告又は容認する」という決議を出して、各加盟国がそれぞれに決議を実現するという対応が取られてきました。

そして、こうした国連の集団安全保障による対応が間に合わない時のために、51条で「自衛権」が認められています。

国連憲章51条

この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置を取るまでの間、個別的または集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当たって加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基づく権能および責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

この文脈で、日本国憲法第9条を解釈すると、9条第1項は、国連憲章の武力不行使原則を確認した規定で、第2項は第1項の当然の帰結となります。第2項に言う「軍隊」とは第1項で言う「武力行使」のため、すなわち戦争をするための「軍隊」のことであって、国連憲章51条でいうところの自衛のために必要な最低限の軍事力を指すものではない、という解釈が成り立ち、その枠内での「自衛隊」は違憲ではないというのが過去数十年間における安定的な解釈ということになります。

また、他国の「軍隊」も基本的には戦争遂行のための組織であってはならず、あくまでも自衛権の行使と国連の集団安全保障のための組織であるはずで、そうでなければ国際法違反ということになります。

結論:憲法9条は、国連憲章という世界190か国以上が批准する条約の内容に沿ったもので、すなわち、グローバルスタンダードに則った「普通の」内容です。


これにより、改憲派の内容的な論拠は総崩れとなり、残っているのは「憲法の制定過程に問題がある」とする、いわゆる「押し付け憲法」論議となりますが、こちらも、GHQの草案を日本の法律家たちが自国の事情に適合させるようにアレンジした事実、そしてそれが国会の承認を以て新憲法として発効したことを鑑みれば、「民意が反映されていない」とは言い難いし、そもそも国民主権は新憲法で初めて定義されたものなので、「国民の意志」を根拠に新憲法を「押し付け」として否定するのはナンセンスです。

さらに「制定過程に問題がある」ということは、裏を返せば「内容には問題がない」ということになります。なのでこれを内容の変更のための根拠にすることは非論理的です。

では、改憲派の真の問題はどこにあるのかというと、本書第6章で詳述されるように、日本国憲法が「敗戦の屈辱の象徴」であるところに尽きます。つまり憲法の内容とは関係のない物語をそこに読み込んでしまっている感情論なわけです。

以上9条に関する『テレビが伝えない憲法の話』の内容をまとめ書きしてみましたが、それ以外の内容が面白くないということでは決してなく、同じように勉強になること請け合いです。


書評:ピエール・ルメートル著、『天国でまた会おう』上・下(ハヤカワ・ミステリ文庫)

2016年11月22日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

『その女アレックス』をはじめとするヴェルーヴェン警部シリーズや『死のドレスを花婿に』など、いま最も読まれている外国作家ピエール・ルメートルの、ミステリーではない小説がこの『天国でまた会おう』上下巻です。文学作品を対象にしたゴンクール賞受賞作品で、地元フランスでは『冒険小説』に分類されることもあるらしいです。訳者は平岡敦氏。

原題「Au revoir là-haut」は、作者によると、1914年12月4日に敵前逃亡の廉で銃殺刑に処された不幸な兵士ジャン・ブラシャールが言ったという言葉の引用だそうです。ジャン・ブラシャールは、実際には敵前逃亡ではなく退却命令が出ていたことが判明し、1921年1月29日に名誉回復されています。

この原題の引用元が既に内容を暗示しているようでもありますが、実際には第一次世界大戦そのものの話ではなく、その後の話です。1918年11月、ドイツとの休戦間近の西部戦線で話が始まります。主人公アルベール・マイヤールは要領の悪い、臆病な一兵卒。彼は上官プラデルの突撃作戦最中の悪事に偶然気づいてしまい、その上官に塹壕に突き落とされ、近くに落ちた砲弾で飛ばされた土の中に生き埋めになってしまいます。実際一時心臓が止まっていたようですが、同じ隊に属する、実業家の息子で天才的芸術肌のエドゥアール・ペリクールに掘り返され、かなり独創的なやり方で蘇生させられます。一方同胞を助けたエドゥアールの方は砲弾の破片を顔にもろに受けてしまい、上の歯を残して顎を完全に失い、見るも無残な姿になってしまいます。アルベールはエドゥアールとそれまで親しかったことはなかったのですが、命の恩人ということで、彼の世話をかいがいしくし、上官プラデルの口封じ的嫌がらせにも負けず、エドゥアールの家に帰りたくないという希望を叶えるために、軍隊手帳をすり替えて、彼を戦死したことにして、別の戦死した孤児の兵士の名前を彼に与えて、無事に偽名で軍隊病院に移送させます。

その後アルベールが復員するまでに一波乱あり、復員後は移植手術を拒否したエドゥアールが退院した後、一緒に暮らしはじめます。フランス社会は戦没者は英雄化して褒め称えますが、復員兵、特に傷痍兵には冷たく、アルベールは低賃金の看板持ちの仕事をしながらないお金をやりくりしてエドゥアールの面倒を必死で見続け、エドゥアールは毎日無気力にされるがままになっている、という日常がしばらく続きますが、上巻の終わりの方になってその日常が天才(天災)的奇人エドゥアールの奇抜なアイデアによってどんどん崩されていきます。

一方プラデルの方は没落貴族の出で、家の再興を人生の目的にしていました。彼は休戦間際の突撃でドイツからわずかばかりの領土を奪還したという勲功のため英雄扱いされたのを皮切りに、実業家の娘マドレーヌ・ペリクール(エドゥアールの姉)と結婚し、次々に事業を成功させていきます。彼の下劣・卑劣ぶりが克明に描写されており、「よくもまあ」と呆れるばかりです。

さて、両者の人生の行方は?それは読んでからのお楽しみということで。下巻は特に問題が雪だるま式に大きくなっていくので、上巻よりもずっと緊迫感に溢れています。

作者あとがきによれば、この作品にはたくさんの文学作品からの引用が散りばめられているそうです。ホメロス、ヴィクトル・ユゴー、ラ・ロシュフーコー辺りは私でも知っていますが、他に列挙された作家たちの名前は全くアンノウン。それでも、この作品にかなり≪文学臭≫があることは感じ取れました。読んでる間になんとなく思い出したのがユゴーの『レミゼラブル』やゾラの題名はもう思い出せない作品いくつかでした。フランス的な、皮肉を含むリアリズムが共通するせいでしょうか?それほどフランス文学に精通しているわけではないので、何とも言えませんが。

そもそも私が文学作品を読み漁ったのは小学校高学年から中学校時代なので、今読み返したらまた違う発見や感想が得られるのかもしれません。母が中古で買ってきたか、どこからか譲ってもらってきたかした世界文学全集を与えられて、「全部読破してやる!」と野望を抱いて読み漁ったころが懐かしい。結局全部は読まなかったのですが。。。まあそういうことを思い出させるくらいにこの『天国でまた会おう』は文学臭がしたわけです。

割と陰惨な内容にもかかわらず、読者を引っ張っていく筆力は確かで、読後感は意外にもあっさりしたものでした。納得のいく結末とは言い難かったのですが、それはそれで「あり」かなと思えるくらいには宿命的で説得力のあるものと言えるかもしれません。

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書評:ピエール・ルメートル著、『その女アレックス』(文春文庫)

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書評:ピエール・ルメートル著、『死のドレスを花婿に』(文藝春愁)


トルコ人、次々ドイツで亡命申請

2016年11月18日 | 社会

エルドアン・トルコでは7月半ばのクーデター未遂以来、対立勢力粛清の嵐で、軍・行政・司法・安全当局などの機関ではすでに11万人以上が解雇あるいは免職になっており、ジャーナリストも次々逮捕され、本日11月18日(金)はYildiz大学の学者が103人逮捕されました。

トルコ政府は今年、クルド人過激派PKKに対する攻撃を強化したため、今年夏までのトルコ出身者による亡命申請は主にクルド人でしたが、クーデター未遂以降は外交官や在独NATO軍人などトルコ人の亡命申請が増えています。

トルコ出身の亡命申請者数は以下のように推移しています:

2014年:1,806人
2015年:1,767人 
2016年:4,487人(10月現在)

外交官で10月に亡命申請したのは、内務省の発表によれば35人とのことで、その家族も一緒のため「35人」は最終的な数字ではないとのことです。

ドイツ・プファルツ州ラムシュタインに駐屯中のNATO航空中央軍から11月半ばに数人のトルコ人が亡命申請しました。駐屯軍は全部で約500人ほどで、うちトルコ人は30人とのことですが、正確に何人が亡命申請したのかは明らかにされていません。

11月8日、外務省国務大臣のミヒャエル・ロートは、「政府に批判的なトルコ人は、ドイツ政府が彼らを連帯的に支援するということを知るべきだ。」「ドイツは原則的にすべての政治的迫害を受けているものに対して開かれている。」「彼らはドイツで政治亡命を申請することができる。それはジャーナリストだけに限られていない」と独紙ヴェルトに語りました。これを受けて、今後もトルコ人の亡命申請が増加するものと思われます。

政治的迫害を受けている人たちのためにドイツの法律では二つの方法があります。政治的迫害による亡命はドイツ基本法第16a条に規定されています。この条項の歴史的背景については拙ブログ「ドイツの難民受け入れ」を参照してください。この条項に基づく政治亡命認定率は近年かなり低いレベルで推移していました。連邦移住・難民局によれば、2015年度に基本法第16a条に基づいて庇護権を取得したのはおよそ2000人でした。

二つ目の方法は、ジュネーブ条約に基づく難民保護で、亡命手続き法第3条にその規定があります。2015年度、この条項に基づいて難民庇護権を取得したのは195,551人(140.915件)でした。詳しい統計は拙ブログ「ドイツ:2015年度難民申請&認定数統計」を参照してください。

 

移民・難民排斥運動の高まりを受けて、ドイツ政府は祖国送還・国外退去措置の実施の強化を決定し、実際に実践し、成果を挙げているようで、今年は2003年以来の送還数を記録することになるようです。

2015年の国外退去実施数は20,888人でしたが、今年は9月までの時点ですでに19,914人になっており、年末までに26,500人になる見込みです。送還処分になった人の4分の3はバルカン(アルバニア、コソボ、セルビア、マケドニア、ボスニアヘルツェゴビナ、モンテネグロ)出身者で、14,529人でした。やはりこれらの国の情勢が安定していることと、受け入れ態勢がある程度整っていることが原因でしょう。

一番問題となっている北アフリカ出身の難民認定拒否された人たちは、パスポートなどの身分を証明する書類を持っていないことが多く(ドイツ入国前に故意に破棄したと目されています)、そのせいで出身国側が受け入れを承知しない事態が発生し、仕方なく滞在が容認されている状態です。その問題に関しては、今年いわゆるマグレブ諸国であるチュニジア、モロッコ、アルジェリアと再受け入れ協定が締結されたのですが、実務レベルでの問題が多く、例えばノルトライン・ヴェストファーレン州では1300人が送還予定されているところを6月時点でたったの20人の送還が実施されたくらい、遅々として進まないのが現状です。このグループは犯罪率が非常に高いため、ドイツにとっては最も国外退去してほしい人たちなのですが、そもそも受け入れ側のマグレブ諸国が「安全」なのかという疑問もあり、人道的に難しい問題となっています。彼らは「滞在容認」されているだけなので、労働許可が下りず、また社会統合のためのセミナーやコースが提供されることもないため、必然的に不法労働、麻薬取引、窃盗、強盗などの犯罪に走るようになりますし、既に犯罪組織がドイツ国内に形成されているため、新しく入国して滞在容認されたマグレブ諸国出身者たちは、生きていくためにその組織に引き込まれざるを得ない状況です。防犯の観点から言えば、彼らの滞在を合法化し、労働許可を与えて、社会統合のための訓練を受けさせることが最善なのですが、そうすると正規に難民認定された人たちと変わらない扱いになってしまい、一体何のための難民申請手続きだったのか、ということになってしまうので、行政はそのジレンマと真摯に向き合うことなく、せいぜい対症療法のような表面的な措置を取るに過ぎません。ただ「出ていけ」というのでは問題解決になりません。協定を結んでも実際にはそれらの国は出て行った国民の再受け入れに協力的ではないし、だからと言って関係のない第三国に彼らを押し付けるわけにはいかないからです。

難民問題は非常に複雑な問題であり、大衆受けするような簡単な解決策など不可能なのだ、ということを私たちは理解しなければならないと思います。

 

参照記事:

Süddeutsche Zeitung Online, 24. Oktober 2016, 15:08, "Viele türkische Diplomaten beantragen Asyl in Deutschland"
Die Welt, 08. November 2016, "Bundesregierung bietet verfolgten Türken Asyl an"
Süddeutsche Zeitung Online, 17. November 2016, 10:56, "Türkische Soldaten beantragen in Deutschland Asyl"
Zeit Online, 16. November 2016, 19:08, "Türkische Soldaten suchen Asyl in Deutschland"
Süddeutsche Zeitung Online, 18. November 2016, 07:28, "Immer mehr Türken suchen in Deutschland Asyl"

Rheinische Post Online, 10. Juni 2016, 06.35, "Mängel bei Rücknahme-Abkommen: Abschiebung nach Nordafrika nur auf dem Papier"


ドイツ:2015年度難民申請&認定数統計

ドイツ:難民の犯罪、右翼の犯罪

大晦日夜、ケルン中央駅における女性襲撃多発。性犯罪に関する刑法改正及び難民法の厳格化が議論に

ドイツの難民排斥運動

ドイツの難民受け入れ


書評:奥田英朗著、『ヴァラエティ』(講談社)

2016年11月18日 | 書評ー小説:作者ア行

奥田英朗著、『ヴァラエティ』(講談社)はシリーズ化せずに浮いてしまっている短編を集めたものだそうです。

収録作品:

  1. おれは社長だ!(「小説現代」 2007年12月号)
  2. 毎度おおきに (「小説現代」 2008年12月号)
  3. <対談>奥田英朗xイッセー尾形 「笑いの達人」楽屋ばなし(「オール讀物」 2006年8月号)
  4. ドライブ・イン・サマー(『男たちの長い旅』アンソロジー/2006年/徳間文庫所収)
  5. <ショートショート>クロアチアvs日本(「読売新聞」 2006年8月12日夕刊)
  6. 住み込み可(「野生時代」 2012年3月号)
  7. <対談>奥田英朗x山田太一 術の手人が〈人生の主役〉になれるわけではない(「文芸ポスト」Vol.26)
  8. セブンティーン(『聖なる夜に君は』アンソロジー/2009年/角川文庫所収)
  9. 夏のアルバム(『あの日、君と Boys』アンソロジー/2012年/集英社文庫所収)

このうち、1と2はシリーズになり損なった大手広告代理店から独立した40男の話で、二作目の「毎度おおきに」でどちらかというと中小企業経営に疎い主人公が取引先の大阪出身の社長に色々と教わることになるユーモアに富んだ作品だと思いました。「プライド捨てまひょ」がスローガンですかね。最後には東京出身の主人公まで商売・金勘定のことになると大阪弁が出てしまうようになるほど影響力(というか破壊力?)を発揮した難波商人(あきんど)がシビアにけれどユーモアもたっぷりに描かれています。

二つの対談は、私にとってはさほど面白いくはなかったのですが、奥田英朗という人となりを知るきっかけにはなりました。私は彼のユーモア小説『空中ブランコ』から入りましたが、この伊良部シリーズ以外の作品はカラーが全然違うので「おや?」と不思議に思ってたのですが、それが対談を読んで納得がいきました。

「ドライブ・イン・サマー」は夫婦で東京から神戸に車で向かう途中、奥さんがお人好しでヒッチハイカーを拾ってしまうところからどんどん雲行きが怪しくなり、旦那さんはまるで坂を転げ落ちるように不運に見舞われるような感じです。最後のオチはもう「ご愁傷さま」としか言いようがありません。

「クロアチアvs日本」はドイツで開催されたサッカーのワールドカップでの両国対戦をクロアチア人の男の立場から描いたようで、観戦中のクロアチア人男性の独白形式になっています。全然感情移入も何もできないまま、あっという間に終わってしまいました。ちょっと無理やり50m走をやらされたような気分。

「住み込み可」では訳ありで流れてきて熱海の食堂で働く住み込み店員の女(たち)の話。女たちのやりとりが非常にリアリティーがあり、生き生きと描かれているように思います。仲居頭を務めるお小言おばさんのキャラが立ってて、「あるある」と思ってしまう説得力があります。借金とDV夫から息子を連れて逃げてきた女性の不安やちょっとした好奇心などもよく描写されていました。

「セブンティーン」は17歳の娘がクリスマスイブに外泊するということに悩む母親のお話。「友達のところに泊る」というのが明らかな嘘で、娘がその日に彼氏と過ごし、初体験するであろうことが分かってしまって、許すべきかどうか苦悩する母。どういうことを考え、どう結論を出すのか、興味深い思考の課程を垣間見ることができます。

「夏のアルバム」はアンソロジーの主題にあるようにBoys、少年たちが主人公です。小学生の男の子が補助輪を外して自転車に乗れるようになることを目標に頑張るのがメインで、その母親が入院中の伯母を見舞い、その子どもたちの世話をするのがサブ。大人の言うことを小学生の男子視点で書かれているのが結構新鮮でした。

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書評:奥田英朗著、『イン・ザ・プール』(文春文庫)

書評:奥田英朗著、『空中ブランコ』(文春文庫)~第131回直木賞受賞作品

書評:奥田英朗著、『町長選挙』(文春文庫)

書評:奥田英朗著、『沈黙の町で』(朝日文庫)

書評:奥田英朗著、『ララピポ』(幻冬舎文庫)

 


書評:ミュンクラー著、『新しいドイツ人(Die neuen Deutschen)』(Rowohlt Berlin)

2016年11月12日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

ヘルフリート・ミュンクラー(ベルリン・フンボルト大学政治学教授)&マリナ・ミュンクラー(ドレスデン技術大学文学教授)の共著『新しいドイツ人(Die neuen Deutschen)』(Rowohlt Berlin出版、2016年9月、第3版)はドイツの移民・難民問題の政治学的および社会学的な分析、及び今後の移民・難民統合政策の提案をする学術的な本です。実際読んでみて、「久々にドイツ語でアカデミックなものを読んだ」という実感がありました。というのは分からない言葉がぽろぽろ登場していましたし、普通あまり使わない外来語が使用されていたり、ラテン語が文中に当たり前のように使われていたりするからです。やはり大学教授の著作はジャーナリストの著作とは趣が違いますね。

学術的だとはいえ、内容は難解ではなく、移民・難民を取り巻く様々な観点・側面が分かりやすく整理分類されており、この複雑な問題領域の理解を深める助けになります。

目次は以下の通りです(第1レベルの見出しのみ):

Einleitung はじめに

1. Grenzen, Ströme, Kreisläufe - wie ordnet sich eine Gesellschaft? 境界、流れ、循環 — 社会はどのように自身を位置づけるか?

2. Der moderne Wohlfahrtsstaat, die offene Gesellschaft und der Umgang mit Migranten 現代的福祉国家、開放的な社会そして移民の扱い方

3. Migrantenströme und Flüchtlingswellen: alte Werte, neue Normen, viele Erwartungen 移民の流れと難民の波:古い価値観、新しい基準、たくさんの期待

4. Deutschland, Europa und die Herausforderung durch die Flüchtlinge ドイツ、ヨーロッパそして難民による難題

5. Aus Fremden <<Deutsche>> machen 異邦人を「ドイツ人」にする

 

 はじめにと第一章では、おもに人類の移動の歴史とその類型が論じられ、定住と遊牧の対比、農村と都市の対比、国境を線と捉える近代国家と線ではなく辺境域と捉える古代文明国家の対比、そして現在の富める北半球と貧しい農村的な南半球の対比などから人の動きを考察しています。

第二・三章では現状の福祉国家の在り方や移民に対する受け止め方、移民の流れ、難民の流れの現状と問題点を分析し、第四章でドイツやヨーロッパ各国の難民に関する政治的議論、イデオロギー対立、排他的・ヘイト的暴力、過去の労働移民の形成した「並行社会」についての考察がなされ、第五章で、そうした様々なことを踏まえつつ移民・難民の社会統合をどうしていくべきかという提案がなされています。

興味深いのは「ドイツ人」の定義です。ミュンクラー&ミュンクラーによれば「ドイツ人」とは次の五つの条件を満たすもののことです:

  1. 労働あるいは資産によって自分と自分の家族を養う能力を有する(失業はあくまでも一時的な「例外的」状態として捉えられる)
  2. 社会的な出世などの上昇が自分にも可能であるという社会制度への信頼がある
  3. 信仰はプライベートなものであり、「公」のものとは区別するということを理解している
  4. パートナー選び・結婚は個々人の自由意思に基づく決断であり、家族によって決められるものではないと理解している
  5. ドイツ基本法(憲法)がドイツ社会の基礎を成すということを認める

この定義だと、「生まれによって」ドイツ国籍を持っている人であっても「ドイツ人」でなくなることがあるので、「生まれ」に胡坐をかいてはいけないという点が重要です。さらに重要なのはもちろん、この定義の「ドイツ人」にはその気になれば誰でもなれるという点で、だからこそ移民・難民たちがそう思えるような条件を整えることがドイツ政府の役割であり、移民・難民個人個人の努力を助け、また自らも「違うもの」を受け入れる努力をするのが市民社会の役割とのことです。そして、社会統合の第1歩は「労働」であるため、難民を手続き上の不備から何か月も「収容所」に閉じ込め無為に過ごさせるのは社会統合の妨げにしかならないし、その時に受けた精神的苦痛が原因で、その後もドイツ社会に統合できない結果を招いてしまいかねないと現状を批判しています。

それでも、スウェーデン、フランス、オランダなどの移民政策と比較すると、ドイツの移民政策はイデオロギー色がなく、トライアル&エラーで現状に「反応」する措置が取られてきたため、意外といい統合結果を出しているらしいです。難民・移民の就業率が福祉の整ったスウェーデンよりも高く、フランスのBanlieuと呼ばれるゲットーに近いところはドイツにあるとはいえ、ドイツのは自然発生的なものなので、流動性も(まだ)高く、フランスのような暴動は起こっていないなどなど。

課題は多いですが、閉鎖的な「並行社会」や「ゲットー」が形成されないよう、また形成されかけても「流動的」な状態のまま保つように社会的な介入(特に就業促進)が重点的に行われれば、平和的な統合も可能なのではないかと考えさせられた一冊でした。


ドイツ:世論調査(2016年11月11日)~次期ドイツ大統領は?

2016年11月11日 | 社会

10月のZDFの世論調査は、副業が忙しくて2回とも飛ばしてしまいましたが、今日発表されたポリートバロメーターは、また私見を挟みつつ以下にご紹介します。

次期ドイツ大統領

ドイツでも大統領交代が近づいています。ただ、ドイツの場合大統領は直接国民に選ばれるわけではなく、国会と州の国民代表者で構成される連邦集会で選出されます。役割は象徴的なものが主ですが、政治的な発言が制限されたりするようなことはなく、かなり自由度があります。任期は5年で、再選は1回のみ許されています(基本法第54条第2項)。

現職のガウク大統領の任期が来年2月で終了するため、現在候補者選定の最中です。現政権を担う連立与党CDU、CSU、SPD3党共通の候補者を結局立てることができなかったため、まだ候補者議論が続きそうです。

世論調査では、現外相のシュタインマイヤーが次期大統領として最も支持を集めていますが、半分は「分からない」と回答しています。

誰が一番大統領としていいと思いますか?:

シュタインマイヤー 25%
ランマート 4%
ガウク 4%
クレチュマン 2%
ケスマン 2%
その他 11%
分からない 50% 

 

誰が大統領になるか、あなたにとって重要ですか?:

大変重要 17%
重要 44%
それほど重要ではない 28%
全く重要ではない 10% 

 

私にとっては、大統領が誰になるかさほど重要ではないですね。誰が首相になるかという問題よりも明らかに重要性は低いです。ドイツ大統領はクリーンで落ち着いたイメージがあれば誰でもいいんじゃないかと思います。ドイツ大統領にはなんとなく「国父」的なイメージがあるので、女性だと座りが悪いような気がしますが、どっしりとしたイメージの女性候補者がいれば、それでもいいように思います。現在の閣僚や与野党の幹部の中にはそのような女性候補者は見当たらないのですけど。

連邦議会選挙2017

もし次の日曜日が議会選挙ならどの政党を選びますか?:

DU/CSU(キリスト教民主同盟・キリスト教社会主義同盟) 34%(+1)
SPD(ドイツ社会民主党)  22% (-1)
Linke(左翼政党) 10%(変化なし)
Grüne(緑の党) 13%(+1)
FDP (自由民主党) 5%(変化なし)
AfD(ドイツのための選択肢) 12%(変化なし) 
その他 4% (-1)

 

緑の党は連邦議会選挙前にどの党と連立するつもりなのか決めるべき?:

全体:

はい 51%
いいえ 40%

支持政党別「はい」と回答した割合:

CDU/CSU 56%
SPD 45%
左翼政党 54%
緑の党 35%
FDP 52%
AfD 51% 

 

緑の党は連邦議会選挙後どの政党と連立政権を担うべきですか?:

全体:

SPDと左翼政党 36%
CDU/CSU 48%
分からない 16%

緑の党支持者:

SPDと左翼政党 63%
CDU/CSU 32%
分からない 5%

勝った政党に数合わせで連立して政権に参画する、というかつてのFDPと似たような正当に見られがちな緑の党ですが、緑の党支持者の間では比較的強い左翼傾向が見られます。かつて国民政党と言われたCDU/CSUやSPDの弱体化が顕著で、第3、第4政党の緑の党やAfDとの差が縮まって来ていますし、緑の党も結党から36年経って、弱小政党とはもう言えない既成勢力になっていますので、選挙前に連立相手を決めることの重要性はより高まっていると言えます。

 

1998年10月以降の連邦議会選挙での投票先推移:


政権満足度(スケールは+5から-5まで):0.9(前回比+0.3)


政治家評価

政治家重要度ランキング(スケールは+5から-5まで)

  1. フランク・ヴァルター・シュタインマイアー(外相)、2.3(↑)
  2. ヴィルフリート・クレッチュマン(バーデン・ヴュルッテンベルク州首相、緑の党)、1.9 (→)
  3. ヴォルフガング・ショイブレ(内相)、1.7(→)
  4. アンゲラ・メルケル(首相)、1.6(↑)
  5. ケム・エツデミール(緑の党党首)、0.9(↓)
  6. グレゴル・ギジー(左翼政党)、0.9(→)
  7. トーマス・ドメジエール(内相)、0.7(↓)
  8. ウルズラ・フォン・デア・ライエン(防衛相)、0.6(↑)
  9. ジーグマー・ガブリエル(経済・エネルギー相)、0.5(↓)
  10. ホルスト・ゼーホーファー(CSU党首・バイエルン州首相)、0.3(↓)


自動車通行料金


自動車通行料金はバイエルン州首相が提唱したもので、特にドイツを通り過ぎる外国籍自動車を狙って料金を取り立てる趣旨の物でした。それが差別的で、域内の自由な交通を妨げる、とEUが異議を唱えたので、もう議題に登らないと思っていたのですが、忘れたころにEUのゴーサインが出たようで、再び政治的アジェンダに登場。

自動車通行料金は、相応の自動税減税がある場合、賛成しますか?:

全体:

賛成 53%
反対 42%

支持政党別賛成の割合:

CDU/CSU 59%
SPD 51%
左翼政党 36%
緑の党 46%
FDP 55%
AfD 57% 

 

自動車通行料金が導入されれば、負担が重くなる?:

はい 64%
いいえ 31%
分からない 5% 

一応、今のところ、建前は国内の自動車使用者の負担が増えないことになっているのですが、それを真に受けている人は少ないようですね。

 

トルコのEU加盟交渉

トルコは、クーデター未遂事件以降、エルドアン大統領の粛清政策が続き、ついに政府に批判的な新聞社Cumheriyetの 編集長および数人のジャーナリストや親クルドの政党HDP(トルコ議会で59議席を占める第3政党)の政治家数人が先週逮捕されるに至り、ドイツ外務省がジャーナリストをはじめとする政府に批判的なトルコ人に政治亡命を提供するほど(ツァイトオンライン、2016.11.08「外務省:ドイツは迫害されているトルコ人に政治亡命を提供」参照)。今日はCumheriyetの発行人およびHDPのコンサルタント5人が逮捕(ハンデルスブラット、2016.11.11.「トルコ:親クルドのHDPコンサルタント5人逮捕」参照)。HDP議員らは先週から議会ボイコット。エルドアンはどうやらHDP解体を目指しているようです。こんな事態になって、トルコが民主主義と考える人はいません。EU加盟の前提条件の一つは民主主義的価値観の共有ですが、トルコにはもうその資格はありません。「政治亡命」をドイツ外務省が提供している時点で、「安全な国」という評価も無効になり、本来なら難民をそのような国に送還することは許されないのですが。。。

トルコとのEU加盟交渉は?:

中断 45%
様子見 46%
継続 7% 

 

トルコの状況:ドイツは批判を控えるべきですか?:

はい 12%
いいえ 83%
分からない 5% 

批判を控えるべき、というのはEU・トルコ難民協定の存続を危惧している人たちからも来ているのでしょうが、実質上ディールは崩壊しています。政治的迫害がある国へ難民を送還するのはジュネーブ条約に違反します。トルコはいかなる批判も受け付けず、EUへのビザなし入国権を要求してますが、とんでもないことです。

EU加盟交渉を続けるべき、あるいはトルコ政権批判を控えるべき、という人の中には、トルコの地政学的な重要性や、IS撲滅における軍事的重要性や、トルコとロシアの接近を警戒する向きもあるかと思いますが、だからと言って、エルドアンのやりたい放題を認めてしまっては、それこそヨーロッパのダブルスタンダードとの誹りを免れないことでしょう。

トルコに関しては色々苦言したいことがたくさんありますが、ここでは控えておきます。

 

環境政策

2020年以降の地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」が正式批准されました。ドイツではその取り組みの具体案が審議の最中です。

ドイツでは環境保護のために十分な対策が取られていますか?:

現在:

やりすぎ 9%
丁度良い 36%
足りない 52%

2014年9月:

やりすぎ 10%
丁度良い 38%
足りない 49% 

2年前に比べて「足りない」と感じる人が増えているようです。ガブリエル経済エネルギー相による改革(太陽光エネルギーの買取額の減額、風力発電設備建設助成金の削減など)の影響なのではないでしょうか。長らく環境保護はドイツのトレードマークにされてきましたが、現状はそれにふさわしい政策が取られていないと私も感じています。

 

経済状況

一般的な経済状況:

いい 58%
どちらとも言えない 36%
悪い 5% 


自分の経済状況:

いい 64%
どちらとも言えない 31%
悪い 5%

自分の経済状況を「いい」と判断している人が64%もいることに若干驚きを覚えているのですが、景気がいいことの表れなのか、多少の見栄が入った回答なのか。。。

 

ドイツの経済は今後…?:

よくなる 25%
変わらない 51%
悪くなる 20% 

8月よりは「よくなる」と回答した人が多くなっています(+7)。その分「悪くなる」と回答した人は減っていますね(-4)。

 

この世論調査はマンハイム研究グループ「ヴァーレン(選挙)」によって行われました。インタヴューは偶然に選ばれた有権者1.276人に対して2016年11月8日から10日に電話で実施されました。

次の世論調査は2016年11月25日ZDFで発表されます。

参照記事:

ZDF、2016.11.11., "Politbarometer"
Die Zeit online、2016.11.08., "Auswärtiges Amt: Deutschland bietet verfolgten Türken Asyl an"
Handelsblatt、2016.11.11., "Türkei: Fünf Berater von pro-kurdischer HDP festgenommen"


米大統領選挙について&トランプ氏へのメルケル首相の祝辞が秀逸な件

2016年11月10日 | 社会

ここ数日、他の話題はないのか、と思うくらいアメリカ大統領選がメディアを賑わわせていましたが、結果はどうあれ、終わってよかったと思ってます。

大統領選の結果予想

選挙期間中のトランプ氏はその数々の差別的な暴言で顰蹙を買っていましたし、メルケル首相のことも名指しで殆ど侮辱的な批判をしていました。だから、というわけでもないでしょうが、ニューヨークタイムズの世論調査同様、ドイツのメディアも「クリントン氏が接戦で勝つ」と予想してました。予想が思いっきり外れたので、現在はなぜそうなったのか分析に夢中になっているみたいですが、大外れだったのは何もイギリスのEU離脱国民投票が初めてだったわけでなく、以前からそれほど精度の高い予想がされていたわけではないので、いい加減予測方法の根本的見直しをするべきでしょう。希望的観測も交じっていたかもしれませんね。

そんな中で、30年来米大統領選の結果予想を外したことがないというアメリカン大学史学教授アラン・ライトマンは殆ど神々しいくらいですね( ´∀` )
彼のトランプが勝利するだろうという予想は9月23日にワシントンポストで発表されてました。 ライトマン氏は30年以上前にホワイトハウスに関する13の鍵」という予想モデルを作り、以来大統領選の結果予想は100%正解だったそうで、今回もその記録を更新することになりました。
予想方法はかなり単純で、この13の問いの答えに「あてはまる(True)」が多ければ、現政権を担っている政党の大統領候補者が勝利し、「あてはまらない(False)」が多ければ政権交代になる、ということのようです。

 

ソーシャルボットの活躍

南カリフォルニア大学情報科学研究所のAlessandro Bessi と Emilio Ferraraの研究では、2016年9月16日から10月21日までの米大統領選に関するツイートが2070万件(約280万のアカウントから)収集され、分析された結果、全ツイートの約20%が「ソーシャルボット」あるいは「ソーシャルメディアボット」と呼ばれるAI(人工知能)のロボットによって自動生産されたもので、ソーシャルボットのフェイクアカウントの数は少なくとも40万に上るそうです。

ソーシャルボットによるツイートの75%はトランプについての肯定的ツイートで、残りの25%はほぼクリントン側に属するという。ソーシャルボットに使われているAIは非常に高度になっており、専門家でも本物の人間のツイートと区別するのが難しくなってきているようです。
こうしたソーシャルボットによって大量生産されたツイートがどれだけ世論に影響を与えたかについてはまだ不明のようですが、攪乱作用は十分にあるのではないでしょうか。

ツイートの数が多いとか、フォロワーが多いという理由で、その内容がメインストリームのように考えてしまう浅はかな考えの人は少なくないでしょうし、情報を精査できず、長い文章を読む忍耐力もなく、従って残念な判断能力しかない人たちがソーシャルボットに影響される可能性も少なくないのではないかと恐れています。

ドイツでの似たような研究では、主に右翼シーンやドイツのための選択肢(AfD)支援にソーシャルボットが投入されているとのことで、ツイッターやフェースブックのソーシャルボットによるフェイクアカウント同士の繋がり(お互いに「いいね」を押し合う)を取り除くと、密なネットワークに見えた右翼シーンが骸骨のようなスカスカなネットワークもどきになってしまうらしいです。

10月21日にAfDは堂々と「来年の連邦議会選挙に向けてソーシャルボットを投入し、選挙を盛り上がらせる」と公言しました(例えばツァイトオンライン、2016.10.21付けの記事「AfDは選挙運動にソーシャルボット投入」など)。他政党はそのような情報操作を否定的に見ています。

何というか、怖い世の中になったものです。私は元々ツイートだけの情報を鵜呑みにしたりせず、必ず裏を取ろうと、いろいろ調べますので、ソーシャルボットでいくらツイートやFB投稿が増えても騙されることはないでしょうが。。。

 

トランプが大統領になることを怖れるヨーロッパ

10月20日から25日に行われたYouGovによる調査で、ヨーロッパ人のトランプに対する恐れが浮き彫りになりました。

下のグラフはDe.Statistaというドイツの統計サイトからの借用です。

トランプあるいはクリントンが大統領になることを怖れている割合:

ドイツ:トランプ65%、クリントン13%
デンマーク:トランプ62%、クリントン4%
スウェーデン:トランプ59%、クリントン10%
イギリス:トランプ58%、クリントン9%
フランス:トランプ52%、クリントン5%
ノルウェー:トランプ50%、クリントン7%
フィンランド:トランプ48%、クリントン5%

ドイツでは、トランプに対する恐れもクリントンに対する恐れもとび抜けて大きいようですね。何かと心配性な国民性がここにも反映されているのかもしれません。

 

メルケル首相のトランプへの祝辞

ドイツの報道も、最後まで「クリントンがぎりぎりで勝つだろう」という予想を出しているところが多かったことはすでに述べましたが、そのためか選挙結果が出た直後はショックで固まっている政治家が多かったようです。やたらとトランプ氏をこき下ろし、将来の不安を煽るような発言をする(例えばジグマー・ガブリエル経済エネルギー相など)輩が少なくない中で、メルケル首相の祝辞は光っていました。

恐らくトランプにとってはヨーロッパの国のどの首相が何を言おうがたいして興味もないことでしょうが、私が「うまい」と思ったのは、彼女がトランプに名指しでかなり侮辱的なことを言われていたにもかかわらず、それには直接的に触れず、礼儀正しく当選に対する祝辞を述べたことと、それと同時にトランプが選挙運動中に散々暴言を吐いて否定してきた価値観を持ち出して、これをベースに協力関係を築くと宣言していること ―というかどちらかというと「呼びかけ」や「お願い」的なアピールとも取れますが― そしてそれによって彼の選挙中の暴言を間接的に全否定していることです。

以下祝辞のビデオ(全文)の書き出し:

"Meine Damen und Herren,
ich gratuliere dem Gewinner der Präsidentschaftswahl der Vereinigten Staaten von Amerika, Donald Trump, zu seinem Wahlsieg.

Die Vereinigten Staaten von Amerika sind eine alte und ehrwürdige Demokratie. Der Wahlkampf in diesem Jahr war ein besonderer mit zum Teil schwer erträglicher Konfrontation. Ich habe also, wie wohl die allermeisten von Ihnen, den Wahlausgang mit besonderer Spannung entgegengesehen. Wen das amerikanische Volk in freien und fairen Wahlen zu seinem Präsidenten wählt, das hat Bedeutung weit über die USA hinaus.

Für uns Deutsche gilt: mit keinem Land außerhalb der europäischen Union haben wir eine tiefere Verbindung als mit den Vereinigten Staaten von Amerika. Wer dieses große Land regiert, mit seiner gewaltigen wirtschaftlichen Stärke, seinem militärischen Potential, seiner kulturellen Prägekraft, der trägt die Verantwortung, die beinah überall auf der Welt zu spüren ist.

Die Amerikanerinnen und Amerikaner haben entschieden, dass diese Verantwortung in den nächsten vier Jahren Donald Trump tragen soll.

Deutschland und Amerika sind durch gemeinsame Werte verbunden: Demokratie, Freiheit, den Respekt vor dem Recht und der Würde des Menschen unabhängig von Herkunft, Hautfarbe, Religion, Geschlecht, sexueller Orientierung oder politischer Einstellung. Auf der Basis dieser Werte biete ich dem künftigen Präsitenten der Vereinigten Staaten von Amerika, Donald Trump, eine enge Zusammenarbeit an. Die Partnerschaft mit den USA ist und bleibt ein Grundstein der deutschen Außenpolitik, damit wir die großen Herausforderungen unserer Zeit bewältigen können: das Streben nach dem wirtschaftlichen und sozialen Wohlergehen, das Bemühen um eine vorausschauende Klimapolitik, den Kampf gegen den Terrorismus, Armut, Hunger und Krankheiten, den Einsatz für Frieden und Freiheit in Deutschland, in Europa und in der Welt.
Ich danke Ihnen."

以下日本語訳(拙訳です。カッコ内は私の補足です):

「ご来場の皆様、

私はアメリカ合衆国の大統領選の勝者であるドナルド・トランプに当選のお祝いを申し上げます。

アメリカ合衆国は古くそして敬うべき民主主義国家です。今年の選挙戦は、部分的に耐えがたい対立を含む特別なものでした。私は、恐らくあなた方の大多数と同様に選挙の行方を緊張しながら見守っていました。アメリカ国民が自由で公平な選挙で誰を大統領に選ぶのか、それにはアメリカ国境を大きく超えて意味があります。

私たちドイツ人にとって、アメリカ合衆国より深いつながりを持つEU外の国はありません。この大国をその巨大な経済力、軍事力、文化的影響力で統治する者は、ほぼ世界中で感じることのできる責任を負っています。

アメリカ人たちはその責任を次の四年間ドナルド・トランプが負うことを選びました。

ドイツとアメリカは共通の価値観で結ばれています:(その価値観とは)民主主義、自由、そして出身、肌の色、宗教、性別、性的指向や政治的姿勢にかかわりなく人間の権利と尊厳を尊重することです。この価値観を基礎に私は未来のアメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプに緊密な協力する用意があります。私たちの時代の大きな課題を克服するために、USAとのパートナーシップはドイツ外交の礎石であり、またあり続けます:(その課題とは)経済的および社会的な繁栄の追求、先を見越した環境政策、テロリズム、貧困、飢餓、病気との戦い、ドイツ、ヨーロッパそして世界中における平和と自由のための貢献(です)。

(ご清聴)ありがとうございました。」

2分29秒の短い演説の中で彼女個人の考え方や感じ方などを極力抑え、独米協力のベースとは何か、そして成すべき課題とは何かのみをきっちりと詰め込み(トランプの否定する「環境政策」も盛り込まれている)、余計な期待など述べていません。期待してないからなのかもしれませんけど。何はともあれ「根本的価値観が共有されないなら独米の協力関係はない」と言外に警告・牽制しているところはなかなか尊敬に値すると思います。

トランプ勝利の影響

ドナルド・トランプは政治的に未知数のため、様々な憶測を呼び、NATOの崩壊とか欧米関係の崩壊などまことしやかに噂されていますが、米国内はともかく、外交的にはトランプと言えどそうそう異端な政策は取れないのではないかと私は結構楽観しています。そもそも同盟などの国と国の契約は大統領や首相が変わったからと言って突然反故にできるものではありませんから。

取りあえず彼の公約である「自由貿易協定の類の見直し」は、TPPやCETA・TTIPに反対する私には好都合です。日本はTPP批准先走って、何を目論んでいるのやら理解不能です。

トランプ勝利の悪影響として現実味があるのはやはりヨーロッパでの大衆迎合主義が勢いづくことでしょうか。フランスの右翼政党フロン・ナシオナール(「国民戦線」)党首のル・ペンなどはまるで自分の勝利であるかのようにトランプの勝利を喜んでいましたし。近い所ではオーストリアで大統領選のやり直しが12月4日に予定されていますが、トランプ勝利の波に乗って(?)右翼ポピュリストのノーベルト・ホーファーが当選する可能性があります。

ドイツ連邦議会の選挙は来年の9月ですので、そこまでトランプブームが及ぶかどうかはちょっと疑問ですが、ドイツのための選択肢(AfD)が少なくとも10%の得票率を得ることはまず確実でしょう。かつての国民政党の一つであった社会民主党(SPD)と並ぶくらい(20%)になるかどうかは現時点では予測不能です。

ただ、ドイツではナチスの全権委任状などの歴史的教訓から、立憲主義の土台と法治国家の枠組みがかなり強固に作られており、日本のようにふにゃふにゃと解釈を変えたりして違憲な法律をごり押しするようなことは不可能ですので、AfDがいくら議席を獲得しても、圧倒的単独多数にでもならない限り改憲も無理、違憲な法律も不可能なため、根本的あるいは革命的な変化は起こせないはずです。なので、考えられる悪影響は社会の分断と犯罪の増加くらいに留まるのではないかと思います。それでも十分に悪いですけどね。


参照記事:

The Washington Post, 2016.09.23, "Trump is headed for a win, says professor who has predicted 30 years of presidential outcomes correctly"
firstmonday.org, vol. 21, No. 11; Alessandro Bessi and Emilio Ferrara: "Social bots disort the 2016 U.S. presidential election online discussion
Die Zeit online, 2016.10.21,  "AfD will Social Bots im Wahlkampf einsetzen"
Statista, 2016.11.07, "US Wahl: Europäer fürchten Präsident Trump"
Bundesregierung Mediathek, 2016.11.09, "Statement der Kanzlerin zum Ausgang der US-Wahl"