徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:有川浩著、『クジラの彼』(角川文庫)

2016年03月27日 | 書評ー小説:作者ア行

今年のイースターは有川浩尽くしです

いわゆる「自衛隊3部作」に続き、今度はその続編的な恋愛小説短編集の『クジラの彼』です。収録作品は6編:『クジラの彼』、『ロールアウト』、『国防レンアイ』、『有能な彼女』、『脱柵エレジー』、『ファイターパイロットの君』。自衛隊3部作の続編というか番外編にあたるのは『クジラの彼』、『有能な彼女』、『ファイターパイロットの君』の3編ですが、どれも本編を知らなくても読めるようになっています。本編を知っていた方がより面白いとは思いますが。

では、各作品の感想を。

クジラの彼

『クジラの彼』は『海の底』で、潜水艦に立てこもっていた自衛官コンビの片割れ冬原春臣とその彼女のお話。本編のエピローグでは彼女の名前も登場せず、ただ冬原は早々に結婚した、と述べられているだけなんですが、ここではその結婚に至るまでのエピソードが描かれています。出会いは潜水艦艦長の「出会いの少ない潜水艦乗組員のために」という親御心でセッティングされた合コン。冬原はそのイケメンぶりと持ち前の社交性が買われて、幹事兼「見せゴマ要員」として参加していた。潜水艦がクジラみたいだ、という彼女、中峯聡子のセンスが気に入り、付き合うことになった二人。でも潜水艦乗りとの恋愛は、長距離恋愛のかなりきついバージョン。なぜなら潜水艦乗りが陸地に居るのは一年のうちわずか数か月。航海予定などは国家機密なので、いつ出港していつ戻ってくるという予定も教えられない。加えて一度潜ると電波が一切届かないので音信不通になることが2・3か月というのが普通。

「元気ですか?浮上したら漁火がきれいだったので送ります。春はまだ遠いですが風邪などひかないように気を付けて。」

彼からの2か月ぶりのメールはたったそれだけ。散々待たされる挙句に筆不精というのか、思いのたけをメールに書く習性のない男が相手ではかなり忍耐力がないと続けられない大変な恋愛ですね。私などはただの長距離恋愛でも無理です。

そんなわけで、「聡子ちゃん、頑張れー」などと思いながら読みました。

ロールアウト

『ロールアウト』は自衛隊3部作との関連性はありませんが、やはり自衛隊が登場します。ヒロインは航空設計士としてK重工にお勤めの宮田絵里。K重工が主契約で開発を受注した空自の次世代輸送機について要望をヒアリングしに絵里は小牧基地へ。そこで案内役を務める幹部自衛官高科三尉は二番格納庫への近道とはいえ、男子トイレを通るように絵里に言う。それもさも当然のことであるかのごとく。上司や他の幹部自衛官らが既にそこを通って先に行ってしまったので、一人遠回りをするわけにもいかずやむなく絵里もそこを通る。要望のヒアリングを開始すると、この無神経とも思える御仁、高科三尉はどうしてもコンパートメント型のトイレが欲しいという。しかし、輸送機という性質上、容量・重量制限が厳しく、サニタリー関係はないがしろにされがちで、その要望を叶えるためには「戦い」が必要。

この小説は男女間でトイレの話を突き詰めるというシチュエーションの微妙さが可笑しいですね。話はお互い引かれ合っていることが確認されたものの、本格的な恋愛関係が始まる前で終わっています。

国防レンアイ

『国防レンアイ』も、そのタイトルから分かるように自衛隊がらみの恋愛です。舞台は北海道の真駒内基地。泣く子も黙る女教官として基地内で勇名をはせるWAC、三池舞子三曹と彼女と同じ高校出身ということで入隊当初から仲が良かった伸下雅史三曹の関係はずっと女王様とパシリの関係。彼女の方は過去の経験から自衛隊外の相手とレンアイすることに拘っており、そして失恋しては伸下をやけ酒につき合わせ、愚痴をぶつけて八つ当たりするということを繰り返している。彼の方は彼女のことが実はずっと好きなのだけど、頼りにされているという現状を壊してしまうのが怖くて、ずっと【パシリ】に甘んじていること8年。

8年という期間はかなり長いと思いますが、現在の関係を壊したくなくて【パシリ】に甘んじているというのは結構どこにでも転がってそうな話です。「このパシリ君はどこまでがんばるのかなー」などと思いながら結構楽しんで読ませてもらいました。

有能な彼女

『有能な彼女』は『海の底』の続編で、潜水艦に立てこもっていた自衛官コンビの片割れ夏木大和と助けられて面倒を見られていた子供たちの中で最年長だった森生望のその後のお話。『海の底』のエピローグでは望みが防衛相の技官として着任し、夏木に再会するというところで終わっているのですが、『有能な彼女』では付き合うようになってから結婚に至るまでのエピソードです。夏木は、社交的な冬原とは対照的で、口が悪くて不器用。そのため、望が押し掛け女房的につき合いを迫られる以前は女性に縁もなく、苦手意識を持っていたので、お世辞にも女心にさといとは言えず、彼女との年の差もあって、ますますプロポーズするのに気後れしている状態。そのぐるぐると思い悩む彼の姿を生あったかい目で見守るような感じで読みました。ケンカする様子もほほえましい感じです。

「俺、これからもいらんこと色々言うと思うし、バカなことで揉めると思うけど、お前は怒っててほしいんだ。お前に泣かれるくらいなら怒られるほうがマシなんだ」

とは、いかにも口が悪くて不器用な男が言いそうなことだけど、いいなあとやっぱり思っちゃいますね。不器用なりに彼女が大事なのね、という感じで。

脱柵エレジー

こちらも自衛隊がらみですが、他作品とは少し毛色が変わっていて、複数の恋バナが登場します。

【脱柵】というのは隊内用語で自衛隊駐屯地や基地から隊員が脱走することを指すそうです。
「脱柵者には新隊員や経験の浅い隊員が圧倒的に多く、その理由は概ね定番順に人間関係がうまくいかない、訓練について行けない、規則だらけの集団生活が嫌になった、等々。
そして多数派ではないが常に廃れない理由の一つに、恋愛沙汰がある。」
と語るのは清田和哉二曹。彼自身も体験し、今では脱柵した若い者を捕獲した後に自らの体験談も交えて教え諭す立場。 

確かに外出も一々〈外泊許可〉取らないとままならず、異動も多い自衛官では恋愛関係を維持するのが大変そうです。

ファイターパイロットの君

『ファイターパイロットの君』は『空の中』の大人カップルとして活躍した、航空機メーカーの担当者春名高巳(はるなたかみ)と事故にあった機と一緒に演習参加していた自衛隊パイロット武田光稀(たけだみき)のその後の話。結婚して一人娘が5歳になったところ。「パパとママが初めてチューしたところ」というお題を娘が持ってきたところから始まるこのお話は、未だにパイロットを続けているために厳しい風当たりを受けている光稀を理解のある旦那が支えるという羨ましい話。

初デートでおしゃれしてきたのに首にはドッグタグをつけてきた彼女。しかもそれを「身に着けておかないと身元が判明しない」とさも当たり前のように主張する彼女に対して、「俺とのデートで身元が判明しない程のどんな大惨事に陥る気だよ!」と返す彼。そんなエピソードが織り込まれていて結構笑えます。しかも落ちがあるし…

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書評:有川浩著、『レインツリーの国 World of Delight』(角川文庫)

書評:有川浩著、『ストーリー・セラー』(幻冬舎文庫)

書評:有川浩著、自衛隊3部作『塩の街』、『空の中』、『海の底』(角川文庫)

 



書評:有川浩著、自衛隊3部作『塩の街』、『空の中』、『海の底』(角川文庫)

2016年03月27日 | 書評ー小説:作者ア行

有川浩のデビュー作『塩の街』。『空の中』、『海の底』と合わせて『自衛隊3部作』と呼ばれていますが、相互の関連性は全く無く、唯一の共通点は異常事態が起こり、自衛隊が活躍するという点だけ。

有川浩は『図書館戦争』シリーズから入ったのですが、実はアニメが先でした。そして、アニメよりも原作、原作よりも弓きいろの漫画の方が気に入っていたりします。ヒロイン笠原郁の「王子様」にして「鬼教官」かつ「鬼上司」かつ後に「甘々夫」となる堂上篤があまりにも私好みに描かれていたので… 『図書館戦争』は実写のドラマもあるようですが、写真を見た限りでの堂上篤役が好みではなかったので見る気になれなかった、という私はちょっと偏ったファンなのかもしれません。

なにはともあれ有川浩の描くラブストーリーは好きなんですが、『自衛隊』となるとちょっと引いてしまっていたというか。『図書館戦争』ではまだ『関東図書隊』という架空の図書館防衛組織でしたので、それほど抵抗はなかったのですが、『自衛隊』は実在し、法的にも問題有りの組織で、しかも私の日常とは全く無縁の戦闘職種ということで、なかなか読もうという気にならなかったのです。でもまあ、一度気に入った作家は、概ね全作品を網羅する、というのが私のお約束なので、この度有川浩の初期作に挑戦することになった次第です。

3作品読破して思ったのですが、『自衛隊3部作』という命名が不適切なのではないかと。メインはむしろ【異常事態】の方だから。
『塩の街』では唐突に宇宙から隕石のように塩の結晶が各地に降ってきて、その直後から人間が塩化するという異常事態。『空の中』では巨大な未確認知的生物が高度2万メートルに鎮座していたことが相次ぐ飛行機事故で発覚し、「白鯨」と命名されたその知的生命体から「私の存在を認知し、今後ぶつからないようにしてほしい」とコンタクトを取ってくるという異常事態。『海の底』では怪獣映画さながらに巨大なエビが大挙して横須賀に上陸し、人間たちを食べるという異常事態。こんな異常事態が日本で起こったならば、現行制度下では自衛隊が出るのは必然なので、陸自なり空自なり海自なりがそれぞれの作品に登場する運びになるわけで、別に自衛隊そのものをテーマにしているわけではないと思うのです。

作家本人が【大人のライトノベル】を書こうと思っていた、というだけあって、それぞれの作品では大きな【異常事態】というフィクションと架空の登場人物、という点を除くすべての背景はリアリティーの積み重ねで、それゆえにスーパーヒーローが登場しないコンセプトになっています。それぞれの持ち場でそれぞれの役割と責任を果たして最善を尽くす、という当たり前のことが当たり前に書かれているので、それぞれの現場でのヒーローあるいはヒロインはたくさんいるけれど、一人がとび抜けて最前線で大活躍する的なスーパーヒーローはあり得ない、より現実に近い世界が物語の中で構築されています。その辺が「大人」の部分ですね。その一方で登場人物たちが実に魅力的に描かれていて、それぞれのその時の「役割」だけでなく、その人の過去やトラウマあるいは清算されていない思い残しや、人間関係の問題などが丁寧に書かれていて、「キャラ読み」というのでしょうか、そういうことができるようになっているところが「ライトノベル」的といえるのではないでしょうか。そして必ずと言っていいほど甘い、または甘酸っぱい、はたまた痛い恋愛エピソードが織り込まれているのも魅力です。

では以下に各作品の感想。

『塩の街』(角川文庫)は本編の他、後日談の『塩の街ーdebriefingー 旅の始まり』、『塩の街ーbriefingー 世界が変わる前と後』、『塩の街ーdebriefingー 浅き夢みし』、『塩の街ーdebriefingー 旅の終わり』4編が収録されています。上述のように、塩の結晶が地球に飛来したことで人間が塩化し、世界が死滅してゆくという荒唐無稽以外の何物でもない設定なのですが、それがどっかに吹っ飛んでしまうほど面白い話です。人間がその形を残したまま塩の彫像のようになってしまうという発想はなかなかシュールで、恐らく聖書の創世記、ロトの妻がソドムの街を脱出する際に決して振り返ってはならないと言われていたのに振り返ってしまい、塩の柱となってしまった、というエピソードからインスパイアを得たのだろうと思われます。作中でも【ロトの妻の塩柱】は引用されています。塩の結晶が落下した当日に600-700万人が塩化し(【塩害】と呼ばれる)、国会開催直前の時間でもあったため、内閣を含め殆どの国会議員は塩化し、国家はマヒ状態。そういう終末的世界となった東京で一緒に暮らす男と少女、元戦闘機パイロット秋庭高範(28)と女子高生小笠原真奈(18)のちぐはぐな取り合わせ。同居に至るいきさつは最初は謎なので、ここでは明かさないことにしますが、この二人が自分の相手を想う気持ちを自覚していく過程がもどかしくも甘酸っぱい、いい感じです。その二人の前に秋庭の高校時代の同期という入江(天才科学者)が現れ、「世界とか、救ってみたくない?」と秋庭を誘いに来るのですが、引き込む手段も救済計画も強引で倫理を逸脱している。

結論をザックリまとめると「愛は世界を救う」ではなく、「愛は愛する本人たちのついでに世界を救う」でしょうか。
本編では塩害解決の過程の方がメインになっていて、秋庭&真奈カップルの恋はサイドラインに過ぎないのですが、後日談でこの二人の結婚に至るまでの概ね甘々のラブストーリーがほほえましく描かれてます。

『空の中』(角川文庫)は本編が長く、同時収録されているのは特別書下ろしの「仁淀の神様」一編のみです。ストーリー展開は2方向。謎の航空機事故に端を発して、謎の生命体にファーストコンタクトしたメーカーの担当者春名高巳(はるなたかみ)と事故にあった機と一緒に演習参加していた自衛隊パイロット武田光稀(たけだみき)のコンビと、事故死した自衛隊パイロットの息子であり、事故当日に謎の生き物を見つけた斎木舜とその幼馴染の天野佳江。その大人と子供のカップルが「白鯨」と命名された謎の生命体マターで交錯していきます。
大人組とコンタクトを取った白鯨は「ディック」。メルヴィルの作品に登場する巨大白鯨「モービー・ディック」が転じた愛称。しかし、その大きさは巨大白鯨どころではなく、全長数十キロにも及ぶ。一応人間の言葉を理解し、短期間で日本語も流ちょうに操るようにはなりますが、やはり人間とは違う生き物なのでなかなか話が通じず、うまくコミュニケーションを取れるのは対策本部の中でもメーカーの担当者春名高巳のみ。パイロットの武田光稀もファーストコンタクトを取った相手としてディックに信頼を寄せられているのですが、パイロットの短気さからか、コミュニケーションはあまりうまく取れない。そのちぐはぐな対話が詳細に描かれていて、そこにSF的かつ哲学的な面白さもあります。
一方子供組が接触した謎の生命体は最初海に落ちて漂っていたためかクラゲのようだったので、クラゲもどきという意味で「フェイク」と命名されて、斎木舜に懐きます。こちらの方はわずか1mほどの個体で、自分が何者なのかという自覚は全くありません。こちらは情緒不安定な高校生とペットの関係のようで、危うさがそこここにみられます。

その主要4人の個性もさることながら、その他の登場人物も実に生き生きとして魅力にあふれていたり、素敵に狡猾だったり。未知の生命体を巡るSF的研究的要素もあれば、政治的な駆け引きもあり、多感で傷ついた少年・少女の成長物語でもあり、大人なのに微妙にもどかしい進展しかしない恋愛物語でもあり、と、様々な要素が満載の贅沢でエンタメ性の高い小説です。

『海の底』(角川文庫)は『海の底・前夜祭』という番外編が収録されています。本編は上述のように、不気味な巨大エビが何万体といきなり横須賀に上陸して人間を狩って食べだします。おりしも横須賀基地の「桜まつり」とやらで、通常よりずっと人出が多く、現場は混乱を極めます。停泊中の海上自衛隊潜水艦≪きりしお≫は突然出港命令を受け、また出港できなければ全員艦を捨てて避難せよ、という。出港を試みたものの何物かが引っかかって動けなかったため、艦を出て避難を試みます。もちろん逃げ惑う民間人を助けながら。その過程で、基地を出る道を塞がれてしまった13人の子どもたちを海自隊員が何とか停泊中の潜水艦に連れ戻って、巨大エビに囲まれた中、潜水艦に立てこもることに。
こういう怪獣ものではいかにも自衛隊が前面に出て活躍しそうなのに、最初の潜水艦艦長の殉職以降、残された若い自衛官2人冬原春臣と夏木大和三尉(どちらも問題児)の活躍は「子守り」だけ。しかもかなり厄介なガキどもの相手。年長者で唯一の女の子森生望(17)。男所帯に女の子のためのものなどないので、それだけでハプニングは不可避。彼女の弟翔(かける、12)は心因性の唖。その姉弟になぜかひどく突っかかる絵にかいたような悪ガキ遠藤圭介(15)。潜水艦の中は主に子どもたちのやり取りと起こす問題、それに振り回され気味とはいえ一生懸命対処する若い自衛官二人を中心に展開します。救出は市街地の混乱を制圧することが優先されたことと、潜水艦が米軍敷地内に停泊していたために政治的に面倒な手続きを要したことで、すぐには不可能な状態なので、立てこもりは一日では済まされない。。。
もう一つのドラマの舞台は救出する側の警察機動隊。「警備の神様」という異名を持つ警察の問題児明石警部と、派遣幕僚団団長に就任し、対策本部入りする警察庁警部参事官、烏丸俊哉警視正の2人が階級の差を超えて問題の本質を見抜くことで意気投合し、絶妙なコンビを組み、いかに早く自衛隊の『防衛出動』あるいは「災害特例」で武器使用可能にさせるか様々な対策を練ります。この二人の情報源として軍事オタクのネットコミュニティーも少なからず貢献します。そのリアリティーがこの怪獣ものをぐっと面白いお話にしていると思います。問題解決に有効な装備を持っているはずの自衛隊が法的制約と腰の引けた政治家たちの決断力のなさのために動けずに、後方支援に回っているというリアル。その中でどうやって最善を尽くすか。そういう部分が「大人のライトノベル」たらしめているのではないでしょうか。


このお話では恋愛関係は始まらず、森生望(17)が最初は口が悪くて怖かった夏木大和三尉に少しずつ惹かれていき、恋心を自覚するまでの微妙な乙女心の動きが描かれています。彼女だけではなく、潜水艦に閉じ込められた子どもたちはそれぞれ大なり小なりの成長を遂げます。変わらずにはいられないような極限状態の大事件なので、もっともな話です。けれど、これほど細やかに多感な少年少女の心の動きを描いた怪獣ものはかつてなかったのではないでしょうか。しかも彼らはヒーローではなく、要救出者。それなのにただ「救われるべき子供たち」という役割の平たい存在ではなく、彼らには彼らの思うところがあり、事情があり、異常な状況を受け止め、消化しようと模索する姿が描かれているのもこの作品のもう一つの大きな魅力だと思います。3部作の中で私が最も気に入った作品です。怪獣ものもどきなのに。。。

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書評:池井戸潤著、『七つの会議』(集英社文庫)

2016年03月25日 | 書評ー小説:作者ア行

池井戸潤著『七つの会議』がついに文庫化されたので、発売と同時に注文し、今週届きました。池井戸潤作品は紙書籍で集めていて、送料や場所の関係で文庫で買うことにしているので、話題作が文庫化されるまで結構じれったい思いで我慢してたりします。

『七つの会議』では中小企業『東京建電』の不正隠蔽がテーマです。池井戸氏がよく取り上げる会社の隠蔽体質ですが、この作品では各章ごとに活躍する人物が異なり、独立性が高くなっていますが、全体として壮大なドラマを形成し、徐々に謎が暴かれていく構成です。この構成自体は彼の他の作品『シャイロックの子どもたち』とそっくりです。

それはともかく、会社というものは会議なしには成り立ちません。理由や目的は様々ですが、とにかく会議は会社の日常。小説の中でも様々な会議が舞台となり、参加者の出世欲、保身、敵愾心、倫理観などが錯綜し、立体的に仕事風景が語られ、そこここで「働くことの意義」が問われています。ノルマ未達が許されない会社の方針。景気の良し悪しや業界状況無視のノルマ貼り。脱落するのか不正してノルマ達成をするのか、という二者択一まで追い詰められてしまう会社人。日本の会社で働く人たちの中にはこうした理不尽な会社環境に「あるある」と共感する人が多いのではないでしょうか。

池井戸小説では犯罪や不正にかかわる、あるいは巻き込まれる人は多くても、真の意味での悪人はごくごく少数に限られています。それ以外は皆それぞれに事情があり、葛藤があって苦しみ悩んで、その末に犯罪に手を染めてしまっています。恐らく現実の世界でもそれが当てはまるのではないでしょうか。現実と違う点は、池井戸ワールドには必ず「正しいこと」をしようとする正義の番人のような人がいることでしょう。必ずしも〈半沢直樹〉のような派手なヒーローではありませんが、地味だけど、内部告発をしてみたり。

この作品も「サラリーマンへの応援歌」なのかもしれません。

【仕事っちゅうのは、金儲けじゃない。人の助けになることじゃ】。これは作品中、大企業に勤める息子に自営業の父親が言った言葉ですが、ここに池井戸潤のモラルが凝縮されているように思います。

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イースターエッグに色を付けて隠すウサギの話~ドイツのイースター

2016年03月24日 | 歴史・文化

先日のベルギーの連続テロで世の中が騒然となっていますが、テロの後に必ず出て来る政治家の「テロと戦う」、「ヨーロッパはもっと密接に協力し、情報交換をしていかなければいけない」などというお決まりの宣言に興味が湧くわけもありません。2004年のマドリッド、2005年のロンドン、2011年のオスロ、そして去年のパリ。その間にヨーロッパ警察及び諜報機関の情報交換・協力体制が改善されたかといえば、依然十分ではないと言わざるを得ません。イスラエル諜報相のジスラエル・カッツがブリュッセル連続テロの翌日、国営ラジオで「もし彼らがベルギーで彼らのチョコレートを食べ続け、楽しい生活を享受し、世界に向けて素晴らしい自由主義かつ民主主義者を標榜し、その際同国に住んでいるムスリムの一部がテロを準備していることに注意を払わなければ、対テロリストの戦いに勝つことなどできないだろう」とベルギーのテロ対策を馬鹿にしていましたが、馬鹿にされても仕方ないような不備があることも否めません。ヨーロッパ以外でもテロはあちこちで殆ど日常的に起きています。この場を借りて、全ての犠牲者の方のご冥福をお祈りいたします。

 



さて、テロに屈服せずに日常生活を送るのが今のヨーロッパ人の気概とも言えますが、明日は聖金曜日、ドイツ語ではKarfreitag(カールフライターク)で、復活祭の始まりです。イエス・キリストが復活したことを記念する祭日、ということですが、それにまつわる慣習はクリスマスなどと同様、本来キリスト教とは無関係なものが定着しています。中でも典型的なシンボルはウサギと卵です。

ドイツ語で復活祭はOstern(オースタン)と言いますが、これはゲルマン民族の豊穣の女神Eostre(エオストレ)のお祭りであるOstara(オースタラ)が語源です。英語のイースター(Easter)もその変形です。つまり、復活祭の名称自体が非キリスト教的なわけです。そして、卵もウサギも古代から豊穣と生命・再生のシンボルでした。キリスト教会は布教の一環として土着の宗教のシンボルを利用し、民衆にキリストの教えを受け入れやすいものにしてきました。復活祭に関しても卵とウサギをキリストの復活に重ね合わせたわけです。

ドイツの家庭では現在、ウサギが卵に色を付けて庭に隠したことになっており、子どもたちが隠された卵を探し回ります。なぜ、ただの豊穣と生命・再生のシンボルだったウサギがこんな役割を負うことになったのでしょうか?

ウサギに限らず、動物が卵を隠すという迷信は既に16世紀ころに存在していました。チロル地方では雌鶏、スイスではカッコウ、ドイツの中央部ともいえるチューリンゲンではコウノトリ、その他のドイツ各地ではキツネや雄鶏が卵を隠すとされていました。ただ、イースター前の季節にはウサギが空腹で、本来なら人を避ける動物なのに、繁殖期ということもあって、人家の庭によく姿を現す現象と相まって、1800年ころには「卵を隠すのはウサギ」というのが定番となったようです。

同じころに主にプロテスタント教徒の間で、卵探しが教会とは関係のない家庭の祭日行事となっていました。これは、「カトリック教会による色付き卵の奉献式がイースター信仰の行き過ぎである」というプロテスタント教会の見解から、教会抜きの行事として始まったようです。19世紀には『家庭での卵探し』がカトリック教徒の間にもしっかりと根付いていました。その頃には卵とウサギが切っても切れない関係として定着してしまっていたのです。ウサギにとってはとんだ濡れ衣ですね

面白いことに、ドイツにはイースターウサギ郵便局(Osterhasenpostamt)なるものが3か所存在します。そこにイースターに間に合うように手紙を書くと、イースターウサギから返事がもらえるんだそうです。住所は以下の通り。

Hanni Hase, Am Waldrand 12, 27404 Ostereistedt(ニーダーザクセン州)

Olli Osterhase, Oberlausitzer Osterhasenpostamt, OT Eibau, Hauptstraße 214a, 02739 Kottmar(ザクセン州)

Osterhase, Siedlungsstraße 2, 06295 Osterhausen (ザクセン・アンハルト州)

さすがにサンタクロース郵便局よりは少ないですが、おちゃめな子供向け事業です。

参照記事:
ディー・プレッセ、2016.03.23付けの記事「イスラエル:ベルギー人はチョコレートを食べてないでテロ対策を講ずるべき
ドイツ公営放送ARD、プラネット・ヴィッセン、2014.04.17最終更新「イースターウサギ」 
ウィキペディア・ドイツ語版、「イースターウサギ


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EU難民申請数統計(2015):ハンガリーが人口比最大

2016年03月21日 | 社会

2015年度のEU難民申請数統計がユーロスタットから発表されました。こちらからその統計が見られますが、国ごとにクリックしないといけないので少々面倒かも知れません。

この統計はあくまでも「申請数」しかカウントされていません。申請数は申請のための順番待ちがありますので、当然入国者数より少なくなります。また審査の結果認可される人数はもっと少なくなります。ドイツの統計は拙ブログ「ドイツ:2015年度難民申請&認定数統計」ですでにご紹介いたしましたが、それを見ると、入国者数約110万人に対して申請数は441,899件、難民申請手続きが終了したのは282,726件で、うち難民(準)認定されたのは140,915件で、認定率は49.8%となっています。ドイツ以外の詳しい統計は見ていないので一概には言えませんが、「申請数」というのがどういう数字であるのかはドイツの統計でおおよそ掴めるかと思います。

以下はユーロスタットから数字を採って、人口100万人当たりの難民申請数の多い順に並べ替えたものです。

 Country Total per Million Inhabitants Share in EU28 Total
Hungary 174,435 17,699 13.89%
Sweden 156,110 16,016 12.43%
Austria 85,505 9,970 6.81%
Finland 32,150 5,876 2.56%
Germany 441,880 5,441 35.19%
Luxembourg 2,360 4,192 0.19%
Malta 1,695 3,948 0.13%
Denmark 20,825 3,680 1.66%
Belgium 38,990 3,463 3.10%
Bulgaria 20,165 2,800 1.61%
Netherland 43,035 2,546 3.43%
Cyprus 2,105 2,485 0.17%
Italy 83,245 1,369 6.63%
France 70,570 1,063 5.62%
Greece 11,370 1,047 0.91%
Ireland 3,270 706 0.26%
United Kingdom 38,370 591 3.06%
Spain 14,600 314 1.16%
Poland 10,255 270 0.82%
Estonia 225 171 0.02%
Latvia 330 166

0.03%

Slovenia 260 126 0.02%
Czech Republic 1,235 117 0.10%
Lithuania 275 94 0.02%
Portugal 830 80 0.07%
Romania 1,225 62 0.10%
Slovakia 270 50 0.02%
Croatia 140 33 0.01%
  1,255,640 2,470 100%


絶対数ではドイツがダントツ一位(35.19%)ですが、人口比で見ると、意外かもしれませんが、バルカンルートで真っ先に国境封鎖に踏み切ったハンガリーが100万に当たり17,699人でトップを占めています。2位のスウェーデンは100万人当たり16,016人で、3位のオーストリアを大きく引き離しています。ドイツは100万人当たり5,441人で、5位です。ということは、ドイツではまだ難民を受け入れる余力があることになります。実際、バルカンルートが閉鎖されて以降、一日約100人くらいの難民がドイツに入国しているようですが、ドイツ東部などではせっかく借り受けた臨時収容所ががら空きで、収容された難民数よりも施設の従業員数の方が多いところが出てきています。ベルリンなどの大都市では依然キャパシティ一杯の難民がいるようですが、都市部でなければ、住民感情を無視すればまだまだ余裕がありそうです。

先日発効となったEU・トルコ難民協定ですが、トルコに追い返されるリスクも顧みず、難民たちは昨日・今日と変わらず大量にレスボス島に流入しています。レスボス島にできたEUの難民収容センター(ホットスポット)は牢獄のようです。難民たちは簡易難民申請審査手続きが終了するまでそこから出ることはできません。審査の結果、不認可となった人たちはトルコに4月4日から送還されることになっています。トルコからは既に8人の役人が観察官としてレスボス島のホットスポット入りしたとのことですが、簡易審査手続きのための人員や通訳などはまだEUから派遣されていません。EU・トルコ難民協定の実務レベルでのスタートは困難なものとなりそうです。

  (c)Zoran Dobric

 

 


EU・トルコ難民協定本日(2016年3月20日)発効

2016年03月20日 | 社会

3月18日についに合意に至ったEU・トルコ難民協定が本日(2016年3月20日)より発効します。

まずは協定の具体的な内容を以下にご紹介します。

難民送還

3月20日以降にトルコからボートで不法にギリシャに渡ろうとする難民たち全てがトルコに送り返されることになります。難民送還は4月4日からスタートします。理論上は。実際問題としてギリシャには漂着した難民たち全てを送り返すのに必要な資金も人員もなく、EUからの支援に頼らざるを得ません。その支援が短期間に来るかどうかは疑問です。数か月前からエーゲ海の島々に難民のための「ホットスポット」を設立しようとしていますが、未だにレスボス島以外は完成に至っていません。新たな協定が発効したからと言ってそれが急に改善されるわけではありません。

ギリシャでの難民申請はトルコに送還される前に個別に審査されなければならないことになっています。無審査で集団祖国送還されることはないということです。トルコでは自身の安全が保障されないということを証明できる場合は、EUで庇護権を享受することができることになっています。

送還費用はEUが持ちます。

この協定の適用範囲に入らない既にギリシャの島々に居る難民たち約2500人は、3月19日のうちに集められ、ギリシャ本土へ運ばれました。これは協定適用となる新たな難民たちと区別するための措置です。

シリア難民受け入れ

EUからトルコに送還される不法難民一人につきトルコ、レバノン、ヨルダンのシリア隣接諸国から一人シリア難民をEUが引き取ります。1対1の交換です。第一の引き取り枠は既に去年の時点で合意されていた18,000人で、その枠を超えた場合は第二の枠54,000人が有効となり、合わせて72,000人までのシリア人が合法的にヨーロッパに移されることになります。シリア以外の国籍を持つ難民に関しては何も規定されていません。

国境警備

トルコはヨーロッパへの新たな海路・陸路ができないように最大限の努力をすることを約束しました。
トルコからEUへの不法渡航が止まれば、「任意人道的受け入れスキーム」が発動し、EU加盟国はこれに任意ベースで参加することになるらしい。 あくまでも任意なので、実効性に乏しいと見てまず間違いないでしょう。第一前提となる不法渡航ゼロが達成不可能。

トルコ人へのビザ義務撤廃

トルコ人に対するEUにおけるビザ義務の撤廃のためには72の前提条件が満たされる必要があります。トルコはこれらを4月末までに実行すると宣言しました。EU側による審査は6月末までに行われる予定です。その審査が問題なく通った後、ビザ義務が撤廃となります。

トルコが72の前提条件を満たせないことを願っているヨーロッパ人たちは相当数います。懸念されるのはトルコ国籍を持つクルド人たちが大挙してEUにビザなしで合法的に入国した後に亡命を申請すること及びテロリストの流入です。1週間のうちに2回も自爆テロがあった国ですから、この懸念は正当性を持っているといえるでしょう。

トルコへの資金援助

EUは既に去年の時点で同意していた難民政策支援のための30億ユーロ(3770億円)の支払を速める約束をしました。本来は年初に払い出されるはずでしたが、どの国がいくら出すのか決まってなかったので、1セントもトルコに振り込まれませんでした。その援助資金が目的にかなった使われ方をされていると判断されれば、EUは2018年までにさらに30億ユーロをトルコに提供するとのことです。

トルコのEU加盟交渉

EU加盟交渉においては全部で35項目の政治分野で協議する必要があります。既に昨年12月に協議開始したのが第17項「経済・通貨政策」です。新たに協議開始されると思われているのは第33項「財政政策」です。

トルコのEU加盟を阻害している主な理由は、トルコがEU加盟国であるキプロス共和国の認知を拒否していることにあります。

シリアの生活環境改善

EUとトルコは難民たちの出身国であるシリアにおける人道的環境の改善に共に努めることに合意しました。これは、シリア国内での難民のための保護区域設置に協力してほしいというトルコからの再三の要求に答えたものです。

以上がEU・トルコ難民協定の内容です。

 

新たなルートの可能性

トルコからバルカンルートへ行く道はこの協定により、出発点から閉鎖することになりました。もちろんそれで諦めるような逃亡幇助組織ではありません。新たなルートとして、リビアから地中海を渡ってイタリア領ランペドゥーザに向かうルートが最も可能性が高いと見られています。リビア内政不安のため、出向の際の管理がないに等しいからです。トルコからエーゲ海のギリシャ領の島に渡航するよりも距離が長く、波も高いので危険性が格段に高くなります。

理論的にはトルコからギリシャを通り過ぎてイタリアを目指すルートも考えられますが、距離にして168キロメートルもあり、トルコ沿岸にそのような渡航を可能にするインフラが整っていないので、新たなルートとして確立する可能性は低いと見られています。

もう一つの可能性はアルバニア経由でイタリアに渡るルートです。ギリシャ・アルバニア国境は山間地のため、警備の隙がかなりあるので、そこを突破することも理論的には可能です。ただし、陸路では鉄道も通っておらず、交通インフラの整備されていない道を強行することになるので、大量の難民たちが通れるようなルートではありません。

またトルコからブルガリアに入るルートも可能です。このルートはこれまでほとんど利用されていません。

協定の問題点

トルコのEU加盟には異論が多くあります。アメリカはEUにトルコのEU加盟を速めるように要求していますが、その理由は地政学的・戦略的な意味合いと市場拡大の意味合いが大きく、EU内の政治的統合性には全く無関心です。しかし、ヨーロッパ人にとってはトルコがEUに入るか否かは地政学的または経済的な観点だけで論じる問題ではなく、自己のアイデンティティーの定義の根幹にかかわる問題です。ヨーロッパとは何か。EUとは何のために存在するのかという問いの答えとして、これまでは民主主義、人道主義に基づく平和的共存を目指す、世界に対して倫理的規範を示す共同体がEUの理念だとするものがあります。だからEU加盟のためには人権を尊重する民主主義的法治国家であることが前提となっているのですが、エルドアン大統領下のトルコは専制政治路線をまっしぐらに走っており、2000年当初にはあったはずの民主化改革が逆行しているのが現状ですので、本来なら加盟交渉にすら入れないはずなのです。つい最近報道の自由に制限が加えられたばかりです。にもかかわらず難民問題解決のためにトルコにEU加盟交渉開始というエサを与えるということは、ヨーロッパの倫理的価値観を売り渡したという見方もできます。これではEUの存在意義が脅かされ、国際的信用を貶めることになると懸念されています。

もちろん、EUのトルコへの依存度が高まることも批判の的となっています。

難民問題に関してEU内の意見調整ができなかった代償は高い。代償はトルコに支払われる60億ユーロばかりではなく、協定が根本的な解決ではないことから、難民たちがより危険なルートで不法入国を果たそうとし、より多くの人命がその際に失われるだろうことも含まれています。

シリア人以外の難民には合法的なヨーロッパへの入国及び難民申請の可能性がないことも、不平等であり、ジュネーブ条約に反すると見られています。

参照記事:

ツァイト・オンライン(独)、2016.03.18付けの記事「何がEU・トルコ間ディールに含まれ、何が含まれないか
ディー・プレッセ(墺)、2016.03.18付けの記事「インモラルな協定」 
ZDFホイテ、2016.03.20付けの記事「難民協定発効 ー 少なくとも理論的には」 


書評:松岡圭祐著、『探偵の鑑定I』(講談社文庫)

2016年03月19日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行

松岡圭祐作『探偵の鑑定I』は、『探偵の探偵』シリーズ(講談社)の紗崎玲奈と『万能鑑定士Q』シリーズ(角川書店)の凜田莉子のダブルヒロインで、二つの相いれないはずの世界が絶妙にミックスされ、スピーディーな展開で詐欺の道具となった【穴あきバーキン】に始まる事件の真相を追っていきます。事件は会員制の交際クラブで紹介されたとあるモデル張りのセクシーな女性に、ちょっとリッチな中年叔父さんたちが初回デートで前金をだまし取られることから始まります。小道具に使われたのがエルメスのバーキン。女性が受け取った現金をこのハンドバッグの中に入れ、裏の穴から札束を取り出し、バッグを置いたまま「ちょっとお手洗いへ、おほほ」といった感じでさりげなくその場を去り、男性がなかなか戻ってこない彼女を不審に思いだす頃にはとっくに逃亡してしまっているという寸法。バッグは戻ってくると思わせるための小道具として使われています。でも、普通トイレに行くときにハンドバッグ置いていくかな?と不自然さが否めないのですが。
騙された情けないおじさんたちは証拠品のそのバッグを『万能鑑定士Q』へ鑑定に持ち込みます。実際に作中に登場してセリフのあるおじさんは一人だけですが。
玲奈の方は、探偵まがいの仕事をして、同エリアの探偵事務所を脅かし、曲がりなりにも警察とつながりを持つ悪徳探偵かもしれない凜田莉子の調査を依頼されて、事件に関与していきます。対探偵課としての調査は初日で終了してしまいますが…

ハードボイルドっぽさは健在なので、どちらかというと莉子が『探偵の探偵』の世界に放り込まれてしまった感じですが、いい味出しています。『探偵の探偵』で謎だった部分、例えば玲奈の属するスマ・リサーチ社長の須磨氏の過去などが徐々に明らかになるところも魅力です。
でも両シリーズを読んだことがない人でも楽しめるように配慮されています。
さて「終着点」がどこに向かっているのか、次巻が楽しみです。

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書評:松岡圭祐著、『探偵の鑑定II』(講談社文庫)

書評:松岡圭祐著、『千里眼完全版クラシックシリーズ』(角川文庫)

書評:松岡圭祐著、『探偵の探偵IV』(講談社文庫)

書評:松岡圭祐著、『水鏡推理』(講談社文庫)

書評:松岡圭祐著、『水鏡推理2 インパクトファクター』(講談社文庫)


ドイツ:憲法裁判所で脱原発公判開始

2016年03月16日 | 社会

メルケル政権がフクシマ原発事故後、2010年10月に決定したばかりの原発稼働期間延長を反故にし、原発8基の即時停止、及び2022年までの脱原発を決定した(詳しくは拙ブログ「ドイツの脱原発~その真実と虚構、現状(1)」)ことについて、原発事業者RWE、エー・オン、ヴァッテンファルの3社が所有権、職業及び事業の自由を侵害されたとして、憲法裁判所に訴え、3月15日から公判が開始されました。公判は2日間続きます。3社とも脱原発に異議はないとした上で、適切な損害賠償(約200億ユーロ)を求めています。

争点となっているのは、2011年の原発8基の即時停止及び、2022年までの稼働期間制限が国家による収用に相当するか否かです。それが「収容」であるという根拠は、原発事業者によれば2002年に締結された脱原発契約における脱原発までに生産可能な「残留電力量」が、憲法の保証するところの所有権にあたるということですが、政府側の法律専門家クリストフ・ミョラーは、「残留電力量」は当時の政府の予想電力量であり、事業者に生産の権利を保証したものではないという見解です。つまり、「所有権」ではなく「業績予想」に過ぎないので、それが減ったからと言って損害賠償を求める根拠にはならないということです。

バーバラ・ヘントリックス連邦環境相(SPD)は、2002年に想定された残留電力量は2011年の脱原発法においても事業者にそのまま一任されている、と強調しました。

8人の憲法裁判所判事たちは、後半最終日の今日、原発事業者側の言い分である「所有権」の根拠に疑念を抱いていることを匂わせました。判事の一人であるラインハルト・ガイアーは【収用】の条件として、国家が物資を統治権に基づいて調達し、自らそれを使用した場合又は使用する意図を持っていた場合を挙げ、原発による発電量の制限はこれに当たらない、という見解を明らかにしました。ガイアーはそのことは分かり易くコカインを例にとって説明:「国が薬物ディーラーからコカインを押収する際、確かに他人の所有権を激しく侵害することになるが、国がコカインを自ら所有することを意図したとは言えない。その反対で、国はそれを事情が許せば燃やしてしまいたいくらいだ。原発事業者の言い分は国がコカインディーラーに高額の損害賠償を払えというようなものと理解している。」

それに対してエー・オンの弁護士は「コカインの所有及び販売は違法だが、原発による発電は違法ではないのでその譬えは不適切」と反論しましたが、原発事業者側が勝訴する見込みはまずないと専門家らは見ています。脱原発法は合憲という見解が主流を占めています。

正式な判決は数か月後に出る予定だそうです。合憲判決が出ることを願うばかりです。そうでないと、結局のところ納税者が私企業の損失補填をする羽目になってしまいますから。

 

参照記事:
ハンデルスブラット、2016.03.16付けの記事「コカインの例は適用できない」 
フランクフルター・アルゲマイネ、2016.03.16付けの記事「判事らはコンツェルンの言い分を疑問視」 
南ドイツ新聞、2016.03.15付けの記事「脱原発:何十億ユーロの裁判」 


書評:孫崎享著、『日本の国境問題ー尖閣・竹島・北方領土』(ちくま新書)

2016年03月16日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

外務省入省後、米・英・ソ連・イラク・カナダ駐在、駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使を歴任した孫崎氏による本書「日本の国境問題ー尖閣・竹島・北方領土」(ちくま新書)は非常に客観的に、資料をふんだんに使って日本の領土問題に切り込み、領土問題が日米関係強化の理由にならないことを暴きます。

以下が目次です:

第1章 血で血を洗う領土問題

第2章 尖閣諸島をめぐる日中の駆け引き

第3章 北方領土と米ロの思惑

第4章 日米同盟は役に立つのか

第5章 領土問題の平和的解決

第6章 感情論を超えた国家戦略とは

 

日本の領土問題の出発点は、ポツダム宣言・サンフランシスコ講和条約:「日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国並ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」にあります。それ以前の領土が歴史的にどうだったかは問題ではないのです。この観点から尖閣・竹島・北方領土を見ると、どれも日本が主権を主張できるものでないことが分かります。特に竹島(独島)に関する日本の領有権獲得のチャンスは皆無です。なぜなら、アメリカの地名委員会のデータベースで竹島が韓国領になっており、2008年7月に一時的に「どの国にも属さない地域」と訂正されたものの、その後ブッシュ大統領(当時)の指示により、ライス国務長官がこれを韓国領に戻したためです。サンフランシスコ講和条約により、日本の主権は本州、北海道、九州及び四国を除く全ての島々に関して、アメリカをはじめとする連合国によって決定するため、そのアメリカが竹島を韓国領と定めたならば、それが有効になります。

北方領土に関してはアメリカの解釈に揺れがあり、そこに日ロ関係を阻害する意図が見え隠れしています。1946年1月の連合軍最高司令部訓令では日本の範囲に含まれる地域として「四主要島と対馬諸島、北緯30度以北の琉球諸島等を含む約一千の島」とあり、「竹島、千島列島、歯舞群島、色丹島等を除く」とされています。また、サンフランシスコ講和条約における「クリル・アイランド」の範囲は北千島・南千島(国後、択捉)を含むとされており、その旨はサンフランシスコ会議議事録に記録されているので、本来日本には国後、択捉を主張する立場にはありません。にもかかわらず、日ソ国交回復交渉の際、北方4島の返還を要求するようにアメリカから圧力がかかり、日本はその通りにソ連に要求したので、問題が複雑化したといえます。

尖閣諸島もサンフランシスコ講和条約では日本領に含まれない、とされていますが、米軍が実質尖閣諸島を管理し、沖縄返還の際に尖閣の統治権も一緒に日本へ引き渡したのが問題の発端とか。歴史的に見れば、尖閣は海流の関係もあって、一度も琉球王国に属したことはなく、台湾に属する小島と見られていたので、その意味では日本が尖閣の主権を主張する歴史的根拠はないことになります。このこととサンフランシスコ講和条約の規定を鑑みれば、尖閣を不当に占拠しているのは実は日本の方です。日中国交回復・日中平和友好条約締結の際に、尖閣問題は〈棚上げ〉するという合意がありましたが、これは実は日本に有利な合意。なぜなら、白黒はっきりさせようとすれば、日本の方が分が悪いからです。しかし、ここでもアメリカの思惑が働き、日中関係に緊張をもたらすためにこの棚上げ合意がなかったことにされ、2000年に締結された日中漁業協定(それぞれ自国の漁船のみを管理し、相手国の漁船に関しては外交ルートを通す)が2010年、菅直人政権下で破られ、中国漁船を日本側が直接囲い込んで退去に追いやろうとしたことで歴史的な転換をマークする【事件】に発展し、現在に至っています。もとはどっちが悪いかといえば、残念ながら日本です。

以上のように、日ロ・日中関係に口出しをしているアメリカですが、では日米関係の強化が領土問題の解決に役立つかといえば、全く役に立たないと孫崎氏は断じています。重要なポイントは日米安保条約第5条「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するように行動する」がアメリカに軍事介入を義務付けるものではないことです。まず、北方領土及び竹島は日本の施政下にないので、安保条約の対象外。唯一対象となるのは尖閣ですが、ひとたびそこに中国の国旗が掲揚されれば、日本の施政下ではなくなるので、安保条約の対象からも外れてしまいます。そうでなくても、安保条約第5条は「自国の憲法上の規定に従って行動する」ということしか定めていないので、アメリカの交戦権をもつ議会の決定に米軍が従う、ということしか意味していないのです。しかも、アメリカの尖閣に関する立場は「主権は係争中。米国は主権問題に中立」ということで一貫しているので、日中の紛争にアメリカ議会が軍事介入を決議する可能性はほとんど皆無といえます。

中国は今や経済力でも軍事力でも日本を凌駕しているので、日本単独で武力で中国に勝てる可能性はゼロ。結局、どんなに政治家や右翼が猛ろうとも、日本には平和的解決以外の方法は残されていません。孫崎氏の提案は領土問題の棚上げと段階的な協力関係の強化です。独仏が第二次世界大戦後、一切の領土問題を横に置いて(主にドイツが)、まずは紛争の種だった石炭・鉄鋼を共同管理下に置く石炭鉄鋼連合から始め、現在の欧州連合に至っているように、日中も関係改善をしていくべきでしょう。ナショナリズムではなく実利を。

「私たちは、政治家が領土問題で強硬発言をする時、彼はこれで何を達成しようとしているかを見極める必要がある」という言葉で本書が〆られています。231ページ。大変勉強になりました。

政治家が領土問題で(あるいはその他の問題である国に対して)強硬発言をする時、歴史上大抵の場合は内政の不満を外に逸らしたいという意図があります。メディアがそれを煽らなければ国内世論はそのような政治家に対して冷静でいられるのでしょうが、その点日本のメディアはダメダメですね。「寸土といえども争うべし」という態度を貫けば、本当に寸土のために何十万人の犠牲者が出ることになります。そして得るものは恐らく何もないのです。そうならないように、平和的解決を切に願います。


ドイツ:3州同時選挙。右翼政党「ドイツのための選択肢」大躍進

2016年03月14日 | 社会

昨日(3月13日)ドイツのバーデン・ヴュルッテンベルク州、ラインラント・プファルツ州、ザクセン・アンハルト州の3州で同時に州議会選挙がありました。メルケル独首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)は3州全てで得票率が減少しました。州議会選挙にもかかわらず、争点はどこも難民問題でした。本来州政治とは関係がないのですけど、今ドイツ国民の一番の関心事なので仕方がありません。そしてまさしくこのワン・イシューで多くの票を集め、3州全てで初の州議会入りを果たしたのが右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」でした。ザクセン・アンハルト州(旧東独で伝統的にネオナチが多い)では、24.2%の得票率で、州議会の第2勢力となりました。しかし、ドイツ国民が急に右傾化したと見るのは早計です。なぜなら、AfDに投票した動機として、同党の政治プログラムに共感したということを挙げた人は2割以下にとどまり、7割以上が単なる反発、「ほかの政党に考えて欲しい」ということを動機に挙げているからです。特に旧東独であるザクセン・アンハルト州ではローカル事情無視のEU政策やグローバル化の弊害の被害を多く被り、失業率は高いままのため、単純な民族主義・排他主義ではなく、既成政党に「難民政策やギリシャ救済ばかりに莫大な税金を投入するのはおかしい。もっと自分たちのことを考えて」と訴えてると見るべきでしょう。

ちなみに、AfDに投票した人の4割以上が前回の選挙で投票しなかった人で占められました。ドイツには時々そういう不満票の受け皿となる政党が現れて大躍進することがありますが、長く持った例はありません。大抵は具体的な政策を練る段階で分裂が起きたり、無能さを露呈したりするからです。AfDも恐らく例外ではないでしょう。

以下に各州の選挙結果をZDFから引用してご紹介します。

バーデン・ヴュルッテンベルク州

投票率は70.4%(2011年:66.3%)

キリスト教民主同盟(CDU) 27% (-12)
緑の党(Grüne) 30% (+6.1)
社会民主党(SDP) 12.7% (-10.4)
自由民主党(FDP) 8.3% (+3)
左翼政党(Linke) 2.9% (+0.1)
ドイツのための選択肢(AfD) 15.1% (+15.1)

政党別得票率:

政党別得票率の変化:

政党別得票率の推移:

政党別獲得議席数(トータル143議席):

可能な連立政権は、CDU+緑の党(89議席)、緑の党+SPD+FDP(78議席)、CDU+SPD+FDP(72議席)。

 

「最も重要な問題はなにか?」という質問に難民問題がトップに挙げられています:

難民問題 69%
学校・教育 27%
交通 11%
環境・エネルギー転換 7%

15.1%の得票率を達成したAfDですが、その内実は必ずしも政党支持によるものではないようです。

AfDに投票したのはなぜ?:

党の政治プログラムに賛同したから 18%
他政党に考えるきっかけを与えたかったから 75% 

AfDに投票した人の中で前回の選挙で投票しなかった人は41%にも上ります。 

 

ラインラント・プファルツ州

投票率は70.4%(2011年:61.8%)

社会民主党(SDP) 36.2% (+0.5)
キリスト教民主同盟(CDU) 31.8% (-3.4)
緑の党(Grüne) 5.3% (-10.1)
自由民主党(FDP) 6.2% (+2)
左翼政党(Linke) 2.8% (-0.2)
ドイツのための選択肢(AfD) 12.6% (+12.6)

政党別得票率:

政党別得票率の変化:

政党別得票率の推移:

政党別獲得議席数(トータル101議席):

可能な連立政権は、CDU+SPD(74議席)、SPD+緑の党+FDP(52議席)、CDU+緑の党+FDP(48議席、過半数割れ)、SPD+緑の党(45議席、過半数割れ)。

 

「最も重要な問題はなにか?」という質問で、ラインラント・プファルツ州でも難民問題がトップに挙げられています。:

難民問題 59%
学校・教育 22%
交通 14%
環境・エネルギー転換 8%

AfDに投票したのはなぜ?:

党の政治プログラムに賛同したから 17%
他政党に考えるきっかけを与えたかったから 74% 

AfDに投票した人の中で前回の選挙で投票しなかった人は45%にも上ります。

 

ザクセン・アンハルト州

投票率は61.1%(2011年:51.2%)

キリスト教民主同盟(CDU) 29.8% (-2.8)
左翼政党(Linke) 16.3% (-7.3)
社会民主党(SDP) 10.6% (+10.9)
緑の党(Grüne) 5.2% (-2)
ドイツのための選択肢(AfD) 24.2% (+24.2)
自由民主党(FDP) 4.9% (+1) 

政党別得票率:

政党別得票率の変化:

政党別得票率の推移(旧東独なので統計は統一後の1990年から):

政党別獲得議席数(トータル87議席):

可能な連立政権は、CDU+SPD+緑の党(46議席)、CDU+SPD(41議席、過半数割れ)、左翼政党+SPD+緑の党(33議席、過半数割れ)。

 

「最も重要な問題はなにか?」という質問で、ザクセン・アンハルト州でも難民問題がトップに挙げられていますが、職場が2番目、経済状況が4番目に挙げられているのは同州の失業率の高さを反映しているといえます。:

難民問題 54%
職場 28%
学校・教育 14%
経済状況 13%

AfDに投票したのはなぜ?:

党の政治プログラムに賛同したから 16%
他政党に考えるきっかけを与えたかったから 77% 

AfDに投票した人の中で前回の選挙で投票しなかった人は40%にも上ります。