リタイア暮らしは風の吹くまま

古希を迎えて働く奥さんからリタイア。人生の新ステージで
目指すは悠々自適で遊びたくさんの極楽とんぼ的シニア暮らし

なるほど、そっかの夕べだった

2015年11月07日 | 日々の風の吹くまま
大荒れ。きのうは夕方の予報だった前線の通過が遅れて、雨風が強くなり始めたのは午後
9時過ぎ。おかげでArts ClubのReACTプログラムのレセプションは行きはラッシュで1時
間以上かかったけど、帰りは30分ちょっと。ReACTというのは劇作家が未完成作品を披
露する公開朗読会で、入場はいつも無料。今回のレセプションは芸術監督サークルのメン
バーと、今回の朗読会で作品を披露する作者3人とドラマタージュのレイチェルとの交流会
のようなもの。

パルミーダがレイチェルにワタシのことを「永遠の劇作家志望」と紹介したもので、志望して
いる限りはダメだったことにはならないので~といつものせりふ。これ、なぜか演劇関係の
人に受けるからおもしろい。で、たいていの人がいろいろアドバイスをしてくれるんだけど、
いつも何かしらaha moment(そっか!という時)があるのは、後援者へのサービス精神を
超えて、みんな本気で教えてくれているからだと思う。つまり、この人たちは心底から演劇に
情熱を燃やしているってことだろうな。演劇が好きでたまらないからこそ、素人に対しても決
して上から目線の態度を取らないんだろうな。

レイチェルは、ワタシがひとつの芝居を10年もひねくり回していて、まだ満足できないでい
ると言ったら、「役者も演出家も観客もそれぞれ受け取り方が違うので、どんな芝居でも完
成したということはまずないのよ」と言ってくれた。デボラのアドバイスは「悲劇的なくらいに
書き過ぎることね。まずは何もかも書き出して、それからよけいなものを削るの。それでも、
役者はなぜか消えてなくなった部分も言葉を使わずにちゃんと演じているものなのよ」。イン
ド系のアノシュには民族や文化、宗教を超越した万人共通の(ユニバーサルな)ドラマを書く
ことは可能かと聞いてみたら、「Be specific。焦点を絞って掘り下げればそこに普遍的なも
のがあるはずだよ」と答えてくれた。

なるほど、ストーリーテリングって常に可変的な進行形なんだ。かねてから、自分の見聞な
どを人に話して聞かせたいのは太古の昔から人類共通の欲求であって、その欲求から洞
穴の外で焚き火を囲んで座った原始人たちの間で「ストーリーテリング」が始まり、そのとき
の身振り手振りと共にやがて演劇という描写形式が芽生えた、というワタシなりの説を唱え
ていたけど、なぜ芝居を書きたいのか、何をどう書けばいいのか、少し分かって来た気がす
るな。いやあ、なるほど、そっか!が満載の夕べだった。