リタイア暮らしは風の吹くまま

古希を迎えて働く奥さんからリタイア。人生の新ステージで
目指すは悠々自適で遊びたくさんの極楽とんぼ的シニア暮らし

2010年11月~その3

2010年11月30日 | 昔語り(2006~2013)
雪やんで、マイナス5度

11月21日。日曜日。いい天気。家の外の歩道は長い方(30メートル)が南側なので、日が当たるおかげで雪かきしたのと同じ状態。人が通ってくれれば解けるのは早い。たったの5センチだから、普通に歩けないわけがないし、やれやれというところ。

今夜は満月。そうでなくても月が冴える夜は冷え込むんだけど、真夜中近くで氷点下5度。水曜日くらいまでこの寒さが続くらしい。予報では晴天か曇り。気温が上がる木曜日に雪交じりの雨。その後は普通のバンクーバーの11月。うん、この分では第1ラウンドを無事通過・・・かな。あとちょっとの辛抱。

雪かき義務の市条例に関しては、カレシは「チケットを切らせる」方針で、違反チケットを持って裁判所に行って異議申し立てをするんだとか。うん、その手はワタシも考えた。だけど、おそらく高齢者の問い合わせや抗議に慌てた市役所は「当分チケットは切らない」としきりにアピール。しばらくは「休戦」か。まあ、何かと意見が別れることの多いカレシとワタシだけど、ここは一致しての共同戦線を張って市役所と戦うことになるのかなあ。雪、また降らないかなあ・・・なんて。

2年前の「豪雪」であわてて除雪体制を整えた市役所だけど、雪が降り出したら幹線道路の除雪で手いっぱい。なのに、サイクリスト様たちが自転車専用レーンの除雪をしていないじゃないかと市役所にかみついたらしい。あのさ、サイクリスト様、自転車レーンをコンクリートの壁なんかで仕切ってしまうから、除雪トラックが入れないんだよね。ペンキで線を引いただけのところはちゃんと除雪されてたよ。ファッショナブリーにエコの市長の号令でサイクリスト様にへいこらしている市役所、自転車レーン用に別の除雪方法を考えますと来たもんだ。おいおい、よけいな費用がかかるんじゃないの?いっそ、サイクリスト様にシャベル携帯を義務付けたらどう?

仕事もうひとつ、もうあとちょっとのところ。あ~あ、メンタルの方がくたびれてきたなあ・・・。

いじめという名の毒草

11月22日。月曜日。寒いったら、もう。一日中氷点下のままで、おまけに風があって、体感温度は下がるばかり。雪が降っていないのがせめてもの何とかかなあ。急に思い出して、あわてて外の水道栓を締めたけど、だって、急に冷え込んだんだもの・・・。

仕事の進行は、今のところ予定表通り。今日からお子様プロジェクトに戻って、実験、実験。たしかに教育的には重要なことだろうけど、どうみても材料から道具まで支給されて、手順もすっかりお膳立てができていて、決まった答しか出で来ない仕組みになっているような気がする。ワタシが子供だったら、ゆとりをあげるなんて言われなくても、退屈して、窓の外の白い雲を眺めながら白日夢をうつらうつら、だろうな。自立性を育てずに創造力を育てるなんていってもねえ。高校生になっても九九ができないのはその子の個性なんかじゃなくて、ただの甘やかしの結果でしょうが。

毎日新聞の英語版に、小学6年生がいじめを受けて自殺した群馬の小学校の、学級崩壊の経緯をたどった記事があった。いじめグループは女の子たちらしいけど、他のクラスにまで攻撃を広げていたとか。いじめた相手が死んでしまって、全国に注目される騒ぎになって、そろそろ思春期を迎えるその女の子たちは今どんなことを考えているんだろうな。毎日学校で何を思っているんだろうな。家に帰って、家族とどんな話をしているんだろうな。よもや、本人はもとより親までが「自殺なんてイヤミ。そういう態度だからムカつくのよ」なんて言ってないだろうな。まさかね。

ジャパンタイムスには、「いじめ文化」の背後には母親がいるという、日本在住の外国人読者が自分の子供をデイケアに入れた時の観察をもとにした投稿が載っていた。デイケアでは子供の母親たちが「小さな社会」の中心的な役割を演じ、他人の子供の言動についてひんぱんに保育士に苦情を言うようになり、やがて小さなグループが保育士に特に一目置かれるようになって、デイケア社会の「世論」を牛耳るようになり、自分の子供が「好ましくない」子供と遊ばないようにし向ける母親たちが出て来た。デイケアをやめた頃には、日本では学校の「いじめ文化」の背後に母親の影があることが歴然として見えたという。

子供は本質的に精神的に未熟な子供。ある日突然そうしようと決めたからいじめっ子になるってわけじゃないし、そんな自主性も知恵もまだ持ち合わせていないと思う。特にサラリーマン家庭の父親は残業だ、飲み会だと家に帰る時間が短くて、子供の成長に満足にかかわっていない(らしい)日本では、母親と子供が密着して過ごす時間が異常に長いんじゃないのかな。だから、小学生や中学生の学校や家庭の外での言動には、日ごろ見聞きしている母親の言動が色濃く反映されているんじゃないかと思う。いくら学校で子供たちに命の大切さを説いて聞かせても、母親(たぶんにモンスターペアレント)の影響力には勝てないということかな。

小町横町には、人さまのことについて、その人には変えられないようなことまでも含めて、苦情、反感、嫌悪、嫉妬が毎日ずらりと並んでいるけど、読みながらよく、この人たちは子供の前でも、あるいは子供たちにも、ふだんからこんなことを言っているのかなあと思ってしまう。陰湿ないじめをする子供たちの母親はふだんから自分の子供とどんな会話をしているんだろうな。もちろん、人間としての倫理や価値観を教える賢い母親もたくさんいるわけだから、「いじめ文化の黒幕」と指差しされた類の母親たちは、子供が生まれたから「母親」というタイトルを得ただけで、一個の人間としてはあんまり真剣に生きていないのかもしれないけど、大人のやることで割を食うのはいつも子供・・・。

真夜中。マイナス5度。なんだか考えることまで冷え冷えしてきちゃった・・・。

やっと寒波が緩んできた

11月23日。火曜日。相変わらず好天で、相変わらず「厳寒」。こんなにいい天気なのに、気温は一日中マイナスのまま。でも、きのうのうちに(ドロナワ式にあわててだけど)ベッドのシーツをフランネルのものに、毛布を純毛のものに替えて、ついでにワタシのクローゼットのTシャツを長袖のものに入れ替えたから、外はマイナスでもぬくぬく・・・。

朝食を食べながら昼のニュースを見ていたら、ダウンタウンのクイーンエリザベス劇場の隣にあるプラザでドイツの伝統的な「クリスマスマーケット」がオープンしたとのこと。おお、これは何としてでも行って見なきゃ!バンクーバーにはけっこうドイツ系人口もあるんだけど、あまり目立たないのは昔の戦争のせいか。ドイツ語っぽい苗字の人はユダヤ系が多いような気がする。ワタシが知っている生粋のドイツ人はカレシの元同僚で今も親しいビルの奥さんのヘレンくらいかな。おばあちゃんを「oma」と呼ぶことを知ったのは彼女から。(ちなみにフィリピン系の義家族ができたアーニャから、タガログ語でおばあちゃんは「lola」、おじいちゃんは「lolo」だと教わった。ドイツとは関係ないから脱線・・・。)

まあ、そうだよね、あと1週間で12月。アメリカではあさって木曜日が感謝祭で、翌日は「Black Friday」と言ってオフィスががら空きになる日。ま、アメリカの感謝祭は日本のお盆みたいなもので、故郷を離れている人が帰省する習慣があるし、金曜日の夜明け前から「よ~い、ドン!」のクリスマス商戦の始まりでもある。数年前にそうと知らずにサンフランシスコに遊びに出かけて、メイシーズの入り口に「明日は午前6時30分開店」と張り紙がしてあったのにびっくりして、さらに翌日ホテルの外へ出て歩道を埋め尽くす買い物客の群れにびっくりしたっけな。まあ、ドイツ風クリスマスマーケットはクリスマス直前まで続くそうだから、今の仕事クランチを脱したら、ゆっくりと行って来よう。うん、トンネルの先に楽しみがあるのは励みになるぞ~。

今日はカレシが最後の検査に行く日。ボランティア先生の後任候補のギル君が何というかちゃらんぽらんで、当日だというのに「ボクが教えるのは今日ですよね」なんてのんびりした電話がかかって来る。カレシが留守だから、「代替の先生と手配が整っているはずですが~」と返事をしたら、「あっ、それボク。はい、行きます、行きます」だと。これで確認は2度目なんだけど、この人。年の頃30代前半。彼も、大学卒業と同時に英語教師をしながら世界を見てくるつもりで海外へ出かけて行って、ずるずると母国でのキャリア形成から遠ざかってしまった人たちのひとりなんだろうなあ。なんか「マニャーナ思考」すぎ。でも、それが数年スペインで暮らしていたせいだなんて言ったらスペインの人たちに失礼だよね。

カレシが帰って来たのは午後4時半。結局はほんとに大山鳴動何とやらで、PSA値は正常、超音波検査も膀胱に瘢痕が見つかった以外は問題なし。内視鏡検査も問題なし。最初の検査で前立腺が硬かったのは感染症の影響らしく、抗生物質のおかげで正常の硬さになっていたとか。あれこれ深刻そうな検査でカレシがパニックになるくらい脅かしておいて、どうやら慢性的な膀胱炎。まあ、ねずみ一匹ですんで何よりなのは確かだけど、ストレスは大きかったな。カレシ曰く、「だからさ、超音波検査のときに、手術したことがあるかって聞かれたのは、きっと膀胱に瘢痕があるのが見えたからだろうっていっただろ。ボクの推理どおりだったろ?」 はあ?あの、それはワタシの推理だったんだけど、デンバーのホテルで、眠れぬ夜の午前3時に・・・。

実は、カレシはときどき人が言ったことを自分で考えたようにしゃべることがある。昔は「ん?」と思って頭にきたこともあったけど、これもカレシの不思議のひとつ。どうやら、興味を持った内容だけが記憶に残って、誰がその話をしていたかと言う情報が抜け落ちる脳内配線になっているらしい。このあたりも何らかの発達障害があるんじゃないのかと疑う所以だけど、そうかもしれないと思うようになって、すかさず、ごく自然に「そうそう、ワタシ、そう言ったよね」と切り返す戦術に変えてみたら、今度はどうやらカレシの目が「は?」となって、「そうだったっけ?あ、そうだったよな、うん」となる。やや中途半端な認識だけど、夫婦の間の話だから、人格やプライドには害がなくて十くらいの利があるんだったら、どっちが考えついたことになってもいいんだけど。

真夜中。ポーチの気温はマイナス6度。まっ、「ラニーニャとは関係ない、アルバータの大寒波のとばっちり」の寒さもあさってには緩むらしいから、我が家の「冬」は一段落。やれやれ。さて、残っている仕事は2つ。合わせて原稿用紙換算で140枚分(!)。残り時間は10日か・・・。

雪こんこんになる前に

11月24日。水曜日。カレシが起き出したので、もうそんな時間かとワタシも起きたけど、ベッド脇の時計を見たら午前11時50分で、暖房が入っている時間なのになんだか寒い。かなり冷え込んだのかなと思っていたら、カレシが階段の下から、「おおい、キッチンの時計は全部9時50分だぞ。寝てる間に停電でもしたのかな」。へえ、おかしいなあ。電池の時計も同じ時間だから停電と言うことはありえない。テレビをつけたらやっぱり10時前。おかしいのは寝室の時計ってことか・・・。

そういえば、今日はシーラとヴァルが掃除に来るから、正午直前に目覚ましをセットしたんだった。ひょっとしたらそのときに手が滑って時間も進めてしまったかも・・・?まあ、家の中は薄ら寒いし、寝たのは4時過ぎだからいくらなんでも10時前は早すぎるということで、2人ともまたベッドに戻ってもうひと眠り。なぜか髪を振り乱して仕事をしている夢を見てしまった。

今日も一日中氷点下だけど、気温はちょっぴり上昇して最高でマイナス3度。昼の天気予報によると、木曜日の朝方から雪になるとのことで、ま~た「大雪注意報」。予想は5~10センチ。北海道じゃこんなの大雪のうちに入らないって笑い飛ばされるよ。気象局の説明を聞いていると、木曜日午前5時-降雪開始。午前7時-積雪5センチ程度。正午-重い湿った雪に切り替え。午後3時-気温上昇開始。午後5時雪交じりの雨。午後7時-ただの雨、という筋書きになっているんだそうで、なんだかまるでJRの時刻表みたい。だけど、名だたるJRみたいに定刻通りに運行なんてありえるのかなあ・・・。

まあでも、本格的に雪が降って、そこへ気温が上がって雨が降ると道路はめちゃくちゃな状態になってスリップ事故続出になるから、寒いけど、まだ雪が降り始めていない今夜のうちに食料の買出しをしようということになって、カレシが英語教室から帰ってくるのを待って(Hマートには間に合わないから)西の方のIGAにでかけた。切らしたミルク、オレンジジュース、野菜や果物の類をどんと買い込んで、ついでに外に山積みになっていた10キロ入りの融雪塩をひと袋買って、帰り道に酒屋によってこれも切らしていたレミを買って、さあこれで大雪対策は万全。

病気だ、ガンだ、大変だと、さんざん気をもんで(心配させて)、そうでなくても詰まった仕事でストレスになっているワタシをイライラさせてくれたカレシは、大したことじゃなかったとわかったとたんに「医者ってのはすぐに大騒ぎするからな」と、ことのほかご機嫌(といっても、ネガティブ派のカレシとしてはアップビートにネガティブといった方が近いけど)。まあ、せっかくのドイツ風クリスマス市も、オープン20分前のプロパンガス爆発事故で焼けてしまったものをドイツから取り寄せなければならないとかで、オープンは来週早々まで延期だし、仕事が目の前でどんとあるからホリデイ気分も浸透してこないし、うん、ここはカレシ猫がご機嫌でいるうちに、ワタシネズミはそれ~っとばかりに仕事チーズをがりがり、むしゃむしゃ・・・。

真夜中にあとちょっとのところで、ポーチの温度計はマイナス2.8度ぐらい。あんまり降りたくなさそうな雪空だけどなあ。

鳴かないホトトギスの言い分

11月25日。木曜日。目が覚めてみたらとっくに正午を過ぎていた。なんかぐ~っすり眠った気分だけど、それもそのはず。外はまた一面の銀世界で、まだ雪がちらほら。気温はマイナス1度で、平日だと言うのになぜかし~んとしている。ほんっとに静寂すぎる静寂で、チキンリトルだったら「世界が終わっちゃった~」とパニックを起こしそうなくらいの静けさ・・・。

二階の八角塔から見渡したら、へえ、今日は誰も歩道の雪かきをしていない。少なくとも5センチ、ひょっとしたら10センチ近く積もっているだろうに。先週の「初豪雪」の朝は見渡す限りの歩道が人ひとりが歩ける幅だけ黒々と除雪されていたのに、今日は見える限り真っ白。市が当面は罰金を取らないと言のでみんな「なあんだ」と雪かきをやめてしまったのか、夜には雨になるという予報なので、「だったらど~せ自然に消えるんだから」とお天気に任せることにしたのか、どっちにしてもおもしろい人間心理だなあ。けっさく、けっさく。

雪が降り出したのは午前3時ごろ。普通に就寝する人にとっては、起きてみたら真っ白ということになる。だけど、いくら降る、降ると宣伝したって、寝たときに降っていなければ、念のために早起きしようなんてことは考えないのが人間。早起きして予報が大ハズレだったらがっくり来るもんね。平日ならに普通に起きてみたら雪だったからと、出勤前に雪かきしていたら会社に遅刻してしまうかもしれないな。時給で働く人ならもろに給料を差っ引かれるかもしれない。出勤した時間にはまだ雪が降っていなかったのに、たとえば午前9時あたりから猛烈な雪になったらどうするんだろう。(札幌ではそういう、急に降り出したと思ったら1時間に5センチくらいのペースでどどどっと積もる「集中豪雪」がときどきあった。)だからって、雪が降ってきたので、市条例に基づく雪かき義務遂行のため帰宅します・・・なんてこと、できるわきゃないよね、きっと。早退扱いになって、ここでも賃金を差し引かれる人が出てくるかもしれない。

要するに、バンクーバー市の雪かき条例はunworkableだということ。法律を作って号令をかければ人を動かせるってもんじゃないのだ。だけど、自分たちの「高邁な発想」に人が共感して素直に動いてくれる、あるいはその「高邁な発想」の神通力で人を動かせると信じ切っている人間が増えているみたいだから、世の中は生きにくい。近視眼的な法律だの条令だのを作るのは、実は人が動いてくれないからじゃないのかな。おまえはホトトギスなんだから、鳴かないのはけしからん、何としても鳴かせてみせる、という発想かな。どうして鳴かないのかホトトギスに聞いてみようとは思いつかないんだろうな、きっと。鳴かないホトトギスには鳴かないホトトギスの言い分ってものがあるだろうに。

やっぱり、近頃の人間の思考は世界的にだんだんマニュアル化しつつあるってことかな。そのうち「教えてちゃん」や「やってちゃん」が主流になって、自分で情報を分析して考えて結論を出そうとするのは、良くして「考えすぎの疲れる人」、悪くしたら「思考異常の怖い人」なんて言われることになるかもね。(ホトトギスの鳴き声は知らないから)教科書の通りに「ホーホケキョ」と鳴けないウグイスはいったいどうすればいいんだろうな。ひとつ、「ホケッキョッキョ!」と鳴いてみようか。「それも個性だからしょうがない」受け入れてもらえるのか、あるいは、「それは正しいウグイスの鳴き方じゃないから、名前を変えるか、どこかよその森へ行って鳴け」と言われるのか、「それは条例で決められたウグイスの鳴き方ではない」と違反チケットを切られるのか・・・。

午後9時半。ポーチの気温はプラス1度。だけど、約束の雨、どうしちゃったの?

日本語と英語のすき間での悩み

11月28日。日曜日。まあ、いつのまにか日曜日になっていたという感じ。もっとも、毎日が週末で毎日が週日のような暮らしだから、日曜日でも何でもどうでもいいんだけど、とにかく2日間めちゃくちゃにがんばって、初めにファイルの終わりに書き込んでおいて「end」にたどり着いたら日曜日だった。そのしっちゃめっちゃかな2日の間に半日遅れて雨が降り出して、銀世界が元の緑と茶色の混じった風景に戻り、同業仲間の昼食会でひと息ついて、半徹夜して・・・。くたびれた、もう。

結果的に、金曜日は約10時間で土曜日は8時間、合わせて18時間で出来高は日本語原稿で原稿用紙換算約40枚ちょっとで、訳上がりにしたら約1万ワード。ふむ、本気で仕事をする気になって、ブログを書くのも、小町の井戸端を冷やかすのも控えて、しっかりねじり鉢巻を締めてかかれば、まだやれるんだよね、これくらい。やれるんだけど、対象となる読者がお子様だということで、子供のいないワタシには勝手が違うせいもあって、脳みその疲労はすごかった。中でも一番大きかったストレスは精神的なストレスだったかもしれない。同じ時期にカレシがいろいろと問題を抱えていたこともあって、仕事上のストレスのはずなのに、脳のどこかで「また地獄に落ちるぞ」という危険信号が誤作動して、仕事とは関係のないフラッシュバックを起こしていたような感じがする。何といっても、この2日で寝酒と称してレミのびんを半分近くも空けちゃったのもまずかったかもしれないなあ。

まあ、とにかくお子様プロジェクトはめでたく卒業。トータルで10万ワード近い大仕事なんてめったにないからけっこう貴重な経験にも勉強にもなったけど、またやりたいかと聞かれたら、うん、答は即「ノー」だと思う。第一にこの「ゆとり教育」ってやつ、ち~っともおもしろくない。子供たちに時間的なゆとりを与えて、その時間に好きなように想像力を使って創造的なことをやらせようというのが狙いだったんだろうとは思うけど、所詮中央のお役所の浮世離れしたお役人が考えたこと。学校では「使用説明書」を読むようなおんぶに抱っこ方式のまるで教育で、「もしも本に書いてある通りの結果が出なかった」、あるいは「もしもうまくできなかったら」どうするのかという「精神的なゆとり」はゼロに等しくて、それどころかいちいち「ちゃんと(書いてある通りにやって期待された結果を出すように)できた(よね)?」と確認してくるからうるさいったらない。ワタシにとって窮屈でたまらなかった半世紀前の教育より精神的に一段と窮屈になっているような感じ。これじゃあ、言われた通りにやって言われた通りの結果がそれでいいという考え方しか学んで来なくてもしようがないだろうな。

このプロジェクトでは、日本語と英語の間にある溝の大きさを思い知らされた。母語が何であれ、9歳と10歳、10歳と11歳では言葉遣いや語彙にはっきりした差があるんだけど、日本語の場合はその差が小さいのではないかという感じがした。なにしろ、大人が使うのと同じ単語を、まず低学年では「ひらかな」で、次に「漢字かな混じり」あるいは「ふりがな付きの漢字」で、そして高学年では「漢字」という流れで表記している。領域の性質上そうなるのかもしれないけど、英語ではそんな便利な手段がないので、基本的に読者の年令が低いほど音節や文字の数が少ない単語を使う。その点、英語は際立って語彙が豊富で類義語には不自由しない。そういってもニュアンスが違ってしまっては元も子もないから、結局は音節の多い単語になってしまって、そこだけ「読書年令」のレベルが跳ね上がってしまう。対象年齢がわかっているだけに、日本語と英語のすき間に落ち込んで、悩みは大きくなるばかり・・・。

英語は確かに語彙が豊富で、その数は百万語を超えるとも言われる。元々雑種言語みたいなものだから、類義語の数がものすごい。(シェークスピアの偉業だとも言われているけど。)日本では海外でちょっと英語生活を体験して、英語圏の人は歯に衣を着せずにモノを言うという印象を持って帰った人も多いようで、ときにはそれを日本語で実践する人までいるらしいけど、その是非論(あるいは批難)になると、英語人が日本人のように「機微」を表現できないのは英語の語彙が日本語に比べてずっと少ないからだと説明する人が出てくる。(いや、語彙が少ないのはお留学生の英語の方でしょうがと言いたいところだけど・・・。)実は、英語圏でもそういう物言いを聞き流してもらえるのは言語能力が発達途上の子供くらいなもので、いい大人がところかまわず言いたいことを思いつくままの言葉で言っていたら教育のない粗野な人間だと思われてしまいかねない。英語には日本語のような尊敬語、謙譲語、丁寧語といった、明確に区分された語彙のセットがないから、たくさんある類義語や表現法を使い分けることで尊敬や謙譲の気持を表したり、品良く振舞ったりするわけで、成長する過程でその使い分けを身に着けて来ていると言えるだろうな。

日本語の語彙が欧米語に比べてはるかに多いと思われているのは、たぶんに擬音語、擬態語、擬情語がそれだけで1冊の辞書を編纂できるほど多いからで、それを除外してしまったら、ほんとうのところは日本語の語彙はそれほど多くないんじゃないかと思うことが多い。日本語の擬音語、擬態語、擬情語はだいたいが2音を反復するパターンだけど、英語には擬音語はあっても特に擬態語、擬情語にあたる反復語はない。あっても圧倒的に幼児語で、大人の語彙でその役割をするのは特に語尾に「ly」が付く副詞ということになる。ただし、この「ly」で終わる副詞もやたらに使うと文章力がイマイチだと思われてしまうことがあるそうだから、ここにも英語なりの「レベル差」ってものがあるということなんだろう。

カレッジの短編創作講座で、先生に「lyで終わる副詞を使わずに書いてみなさい」と言われて、ウンウン言いながらストーリーを書いたことがあった。情景にしろ、感情にしろ、「何とか-ly」と副詞ひとつでごく簡単に描写できることを、別の表現で説明しようとすると相当に想像力を働かせなければならなくて、それなりの語彙が要求されるから難しい。それでも、結果はそれぞれに何となく洗練された「奥行き」のある文章になったように感じられて、全員がなるほどとうなずいたものだった。これを日本語でも、たとえば「がりがり」とか「くるくる」、「めそめそ」といった反復的な擬音語や擬態語、擬情語を別の表現に変えて書いてみたら、どんなもんだろうな。高尚な文学作品はたぶんそんな風に書いてあるだろうと思うけど、実際にやってみたら難しいかなあ。でも、おもしろいかもしれない。

まあ、日本語には日本人の、英語には英語人の、その他世界に数ある言語それぞれにはそれを使う民族の視点や考え方、感じ方、人間関係やコミュニケーションに対する価値観といったものが反映されていると思うから(その逆なのかもしれないけど)、どこそこの国の言語はああだこうだとか、どっちの方がどうだこうだと言う視点で論じられるものでもないと思う。要するに、みんな違って、みんないいから、「翻訳業」という商売が成り立って、学歴なしのワタシでも多少のぜいたくができるくらいの食い扶持を稼げるんだし、たくさんある言語の中から誰にも一番覚え易そうなのが異文化間のコミュニケーションを仲介する共通語のようなものになるんであって、それが今は英語ということだろうな。

たしかに得るところも考えることも多かったプロジェクトではあったけど、う~ん、やっぱりこういうのはもういいや。うつっぽくなってしまうくらい疲れたもん。まだ大きいのがひとつ残っているけど、こっちは少なくとも見慣れた大人語の仕事だから、話のテーマこそは大風呂敷みたいでも、あんがい楽々だったりしてね。

健康と幸せは・・・

11月29日。月曜日。雨模様。仕事にひと区切りがついたせいか、すご~くよく眠った気分で目が覚めた。でも、ヘンな夢ばっかり見ていたような気もするな。目が覚めたとたんにぶつ切りの断片イメージになってしまうのが残念だけど、毛並みの良さそうなワンちゃんとワルツ?を踊っていたり、どういうわけかイケメン風の若い男のためにうどんか何かを料理していたら、できあがらないうちにカレシが豆腐を全部食べてしまったり、しまいにお皿に煮込みうどんと一緒に炊き込み風のご飯をてんこ盛りにして、盛りきれないと慌てていたり・・・。だけど、うどんを作っているのになんで豆腐が出てくるんだろう。なんでワルツの相手が後ろ足で立ってワタシの背丈ほどもある犬なんだろう。なんで若い男がいて、隅っこでヘンなヤツがギターを爪弾いていたんだろう。そんなところでカレシはいったい何をやっていたんだろう。焼きもちのひとつでも焼いてくれればいいのに、もう食い気ばっかり・・・。

目が覚めて起き上がったとたんに、きゃ、腰が痛い。そろっと立ってみると、な~んとなく今にもギクッと行きそうな、や~な感じ。ぐっすり眠るのをsleep tightというけど、ひょっとしてタイトすぎてしまったのかなあ。よく5、6時間寝たところでふっと目が覚めて、全身の筋肉を力いっぱいぎゅ~っと引き締めて、またぐっすり眠ってしまうことがある。特に脚なんか腿からつま先まで、まるで痙攣のようになる。なんだか猫が伸びをしているような感じかなあ。で、そういうときは眠りに戻る前に胸がざわざわっとなる。なんだか大草原の草をなびかせて風が吹き抜けるような感じだけど、こっちはあんまり心地が良くない。あまりにもぐっすり眠りすぎて全身がだら~んと緩んでしまうのか、そのあたりはよくわからないけど、仕事で気が立っていて眠りが浅いときには起こらないような。

猫みたいに思いっきり伸びをしたはずみに、だいぶ昔に咳をしすぎて痛めた腰をひねったのかもしれないけど、仕事をしながら背中にヒーティングパッドを当てていたらだいたい治まったので、いつもの通りトレッドミルで普通に15分間で2キロの距離をランニング。運動というのはおもしろいもので、ある運動量に体が慣れて来ると脈拍があまり上がらなくなる。今は時速8キロで15分走った直後の脈拍は140から145で、1分かからずに120を切る。いいことなのかどうかよくわからないけど、運動も慣れすぎてしまうと効果もほどほどになるのかな。もっとスピードを上げるか、走る時間を増やすか。まあ、マラソンに挑戦しようというわけじゃないからいいんだけど。現在、身長155センチ、体重53キロ前後、基礎体温37度、朝の血圧が平均して105/65。これで正午起き、午前4時就寝の変則的生活で、たまには半徹夜をしても(脳みそ以外は)いたって元気なんだから、年の割には健康体ってことで、喜んでいいんだろうと思う。こんなんで風邪でも引いたら、鬼の霍乱だと言われそうでいけない。仕事が終わったらインフルエンザの予防注射に行っとこうかなあ。

ともあれ、この年で仕事が手一杯になるほどあって、おかげでおいしいものを食べられて、趣味三昧ののんびりした隠居暮らしの日が来るのを楽しみに夢に見ていられるのは、生きているという幸せ、自分への最高のご褒美としての幸せなんだと思う。こんなぜいたくな幸せを続く限りエンジョイするためには、やっぱり自主管理でしっかり健康維持を心がけておかないと・・・。

ストリートイングリッシュとは何ぞや

11月30日。火曜日。いやあ、よく降ったこと。数十ミリは降ったらしいけど、降ったのが雨でよかった。雪はどうやらヨーロッパの方へ行ったようだけど、ま、そのうち回りまわってまた舞い戻ってくるんだろうな。なにしろこの「地球」という惑星は軸が安定しなくて、いっつもふらふらしているそうだから。

さて、今日はカレシの英語教室の日。2週間くらい前から来ていたボランティア先生候補の人をカレシはクビにしてしまった。ボランティアだから「クビ」とは言わないだろうから、お引取り願ったというところかな。なによりもまず、少し遅れるといってクラスが終わる頃に現れたり、来るといって来なかったりのいい加減な態度で、いろいろと時間の都合をつけて教室に来る生徒たちに失礼だし、「代講」をしたときには、生徒は「全然わからなかった」といっているのにご当人は「すごくうまく行った」と自画自賛。なんだこいつ?と思い出したところへ、「推薦状を書いてくれ」と言って来たんだそうな。要するに、英語学校に就職するための「ペーパー」が欲しかっただけということが露見して、これだけは一種の使命感を持ってやっているカレシとしては「バカも休み休み言え」。だけど穏やかに「自分でボランティア教室を立ち上げて実績を作って売り込むのがもっといいだろう」と言ったら、あちらさんは逆ギレのぶっちぎれメールを送ってきたそうな。英語留学ビジネスは、お留学してくる方も、教える方も、どっちもどっちなところがあるのかもしれないな。

今週のMacLean’s誌に、東部のある移民向けの英語教室でスラングを含む「street English」を取り入れているところがあって、ESL教育界で論議を呼んでいるという記事があった。この「street English」と言うのは文字通りの「巷の英語」。つまり、教科書の「純正英語」ではなくて、普通の人が毎日の生活でごく普通に話している、いわば「日常英語」のこと。よく日本人が「日常会話には困らない」と言うときの日常英語よりも範囲がずっと広くて、社会を構成する人たちが家庭や学校、職場、ビジネス、社交その他の生活全体で毎日普通に使っている英語と言ったらいいのかな。BC州政府の3年前の調査では、移民が何よりも一番重要な優先事項だと答えたのは「みんなが話している英語を習得すること」だったとか。学校で教えられる「正しい英語」よりも、スラング表現の「正しい使い方」も含めて「カナダであたりまえの日常生活」を営んで行くための英語をマスターしたい、ひいては「永住する土地に溶け込みたい/受け入れられたい」ということだろう。純正英語ではいつまでも「外国人」のように感じるからかもしれないな。

カレシが英語教室の話をするときによくワタシの英語はどうなの?と聞いてみるけど、「キミのはスラングもボディランゲージもみんな普通のstreet English」なんだそうな。まあ、来た頃はまだ英語圏からの移民が多かったから、今みたいに移民向け無料英語教育なんて親切なサービスはなかったもんな。多少の訛りはあっても、今では訛りのない英語を話す人口の方が希少種になりつつある土地柄なので、誰も気づかないらしい。だけど、外国人相手の語学ビジネスで英語圏で暮らすために学ぶ「ESL」(第二言語としての英語)と、非英語圏に住んでいる人が学ぶ「EFL」(外国語としての英語)を区別していると言う話は聞かないし、政府が無料で移民向けに開講している英語講座も実体はEFLに近いと、たびたび代講を引き受けたカレシは言うから、たぶん英語教師を育成するプログラムもその区別をつけていないのかもしれないな。たかが英語、されど英語。それにしても、クビなった就活先生、ちゃんと就職先が見つかるかな。

2010年11月~その2

2010年11月21日 | 昔語り(2006~2013)
カレシは不思議がいっぱい

11月12日。金曜日。午前11時に目覚ましをかけてあったのに、外でチェーンソーの音がして、ずっと早くに目が覚めてしまった。明るくていい天気。窓の外を見たら、なんだ、ガーデナーのジェリーが前から頼んであった生垣の刈り込みをしている。何しろ放っておくと野放図に伸びるから、2年おきくらいに盛大にカットしてもらわないと、まさに「眠りの森の城」。かってはうっそうと茂って、おまけに住人がいるんだかいないんだかわからない、ということで、そういうニックネームがついていたらしいけど。

今日はカレシの古巣のBC州証券委員会のOB会。「じじむさい話ばっかりだから嫌だよ」というカレシ、ひと言だけ「都合が悪い」と言えばすむことなのに「金曜日しか空いていないから」と遠まわしに断ったもので、「じゃあ金曜日に変えようや」ということになったらしい。どっちみち揃って隠居人ばかりだから、そんなことは簡単。おかげで断れなくなってしまったカレシ、早起きして、(ランチの集まりなのに)しっかり朝食を食べて、ワタシからコーヒー代をもらって、かっこよく遅れてお出かけ。こういうわざとに遅刻するのをよくfashionably lateとからかうんだけど、なんとも不思議なことをする人だなあ。

カレシを送り出して、まず冷凍庫のドアの不具合を点検。冷蔵庫の下にある冷凍庫は引き出し式なんだけど、それをきのうカレシが勢いよく引っ張り出した後できちんと閉まらなくなってしまった。正面から見るとドアが微妙に左に傾いでいて、きっちり閉めたつもりでもいつの間にかガスケットとボディの間にすき間ができる。アラームは鳴らないから、庫内の温度が上がるほどのすき間ではないらしいけど、放っておくわけにはいかない。修理屋を呼ぶにしても、問題点をはっきりさせておかなければと、開けたり閉めたりしているうちに、引き出しが左のレールから外れていることに気がついた。勢いがありすぎて持ち上げてしまったのかな。それをよっこらしょとはめ込んでやったら、引き出しはスムーズに動くし、閉めてもドアは傾いでいないし、ガスケットもぴったり。なあんだ。それにしても、もう少し手加減して扱ってくれればいいのに・・・。

カレシの行動には35年間首を傾げっぱなしの「不思議」がたくさんある。過ぎたるは及ばざるがごとしか、及ばざるは過ぎたるがごとし。力や勢いがありすぎて壊してしまうか、中途半端に実行して反応がないと「壊れている」と言うかどっちかで、過剰と不足の間がないから不思議。実際に壊れたら、壊れていることははっきりしているのに、「直らないはずがない」と言っていつまでもしつこくいじって、そのうち修理不能にしてしまったりするから何をかいわんや。

棚やカウンターにモノを置くときは、落ちるんじゃないかと心配になるような端っこにちょこっと置く。探しものは目の前の空間しか見ていないしから、何かの後ろにあったりすると絶対に見つからない。戸棚の中もしかりで、「おき場所がない」とうるさいからのぞいてみたら、前にだけモノが置いてあって、奥の方はがら空きなんてことはざら。ひょっとしたら空間認識に問題があって「奥行き」が見えないのかなあと思うこともあるけど、逆に何にもない平面空間を見るとごちゃごちゃとモノを置いて表面を覆い尽くしたがる・・・。

ときどきは、何を思ってか突然スパイス戸棚のびんを全部出してカウンターに並べ、ひと通りラベルを点検してから、今度はアルファベット順に棚に並べてみたりする。(子供のときにそうしてアニマルクラッカーで遊んだんだろうなあと想像してみる。)アナログカメラだった頃は旅行に行って撮影済みのフィルムが増えると、毎晩ホテルでベッドの上に並べて数えてバッグに戻していた。そのおかげでパリでは凱旋門の周辺を撮ったフィルムをなくして来てしまった。ベッドから転げ落ちたのに気づかずにそのまま置き忘れて来たらしい。まあ、デジカメになってからは「旅の思い出」をなくすことはなくなったけど、あのロールは今でも惜しい。

DVDが登場する前のビデオカセットが普及していた頃は、いつ見てもVCRが何かを録画していた。いつも「録画中」なもので、めったに再生することもないままに貯まったカセットはいったい何百本あったことやら。DVDに移そうにもラベルがついていないから、どれに何が録画されているんだか皆目わからなくて、結局はほとんど捨ててしまった。同じ頃にラジオでやっていた古いドラマやジャズの番組をテープに録音していた。カセットテープの数は千本を越えていたかもしれないけど、これもラベルがないからどれが何やらで、いくつもあった段ボール箱ごと廃棄処分。「今ならいくらでもどこかからダウンロードできるからいいんだ」とご当人は言うけど、技術の進歩のおかげでテラバイト単位の外付けディスクが登場したのはありがたい・・・。

夜、温室を点検しに庭に出て行ったカレシ、入ってくるなり「ライトが点くのに30秒はかかった。おかしいよ」と報告。外を見たら消し忘れているからちゃんと点いている。でも、ハロゲンランプの寿命が来ているのかなあと思いつつ、スイッチを試してみたら、あれ、30秒もかからないよ。ちゃんと点くし、ちゃんと消えるけど。それを見ていたカレシ、「ひょっとしたら、きちんとスイッチを入れなかったのかもしれない」と自己分析?して、「きっちりとカチッと入れるようにしなきゃな」と言う。そうそうそう。指先でちょこっと動かすんじゃなくて、きっちりとカチッと手ごたえを確かめて入れなくちゃね。ただし、冷凍庫のドアは「きっちりカチッ」と引き出すのは困るけど・・・。

ときどきは慌てさせられることもあるけど、まあ、つい首を傾げてしまう「摩訶不思議」を満載した人間なのがカレシだから、さしづめワタシは「不思議の国の極楽とんぼ」というところか・・・。

極楽とんぼ亭:深まる秋はきのこづくし

 11月13日。土曜日。朝食後すぐ、雨の間を縫って運動がてらの野菜ショッピング。気温は5度まで行っていないから、手が冷たい。でも、カレシとつないだ手をカレシのジャケットのポケットに入れて行けば、モールに着く頃にはぽかぽか。とりあえず3日分くらいの野菜類を買って、トートバッグに詰めて、カレシに持たせて、ワタシはハンドバッグだけで楽々!

いつの間にかいろんなきのこを買い集めてしまった。今夜は深まる秋のきのこづくしと行こうかと、パッケージを並べて思案投げ首・・・。[写真」 左から、後はシャンテレル、松茸、平茸、椎茸、前は花えのきとエリンギ。

今日のメニュー:
 きのこの中華ラヴィオリ(しいたけとねぎ、えのきとイワナ)
 まつたけのフライとししとう
 ひらたけとポン酢味のほたて
 エリンギとイワナ、枝豆
 シャンテレルとスズキ、アスパラガス添え
 (ほうれんそうだけのサラダ、自家製ドレッシング)

[写真」 2枚のギョーザの皮を使って、一品は椎茸と刻みねぎ、もう一品はゴマしゃぶソースを塗ったイワナの切れ端と花えのきをはさんで、ゆでてみた。ちっぽけなインゲンはカレシが今年最後の収穫だと1本だけ持って来たのを半分にしたもの。椎茸入りの方にはちょっぴり醤油をたらして、くっつかないようにカイワレをはさんで、今夜の突き出し。

[写真」 前回のまつたけづくしで特に好評だったので、今回は大きいを2本、縦に4枚ずつにスライスして、ちょっと豪快にフライにしてみた。調味料は一切なしで松茸の味オンリー。香りもいいけど、歯ごたえがなんともいえない。今年は日本で松茸が豊作だったそうで、カナダ産の輸出が減ってだぶついたらしく、地元でいつもより良質のものが買えてたっぷりと楽しめた。

[写真」 ホタテをポン酢に漬けておいて、さっとバター焼き。サラダ油でソテーした平茸を添えて、刻みねぎをパラパラ。

[写真」 エリンギは大きいのを縦に4枚にスライスしてバター焼き。タイ風スパイスを振って別に焼いたイワナを乗せて、むき枝豆で彩り。

[写真」 アスパラガスと少しだけ残った松茸を蒸している間に、フライパンでミニ赤ピーマンとこしょうを振っただけのスズキを焼いている間にシャンテレルをソテー。スズキには焼き上がりび間際に白トリュフ味のオリーブ油をほんの1、2滴たらして香りをつけた。

おしるし程度に使うスパイスや調味料、バターなどに塩分が入っているので、塩は使わないか、使っても(海塩を)指先でつまんでまぶす程度。魚中心の食事をしているうちに、あまり塩を使わずに調理する習慣がついたみたい。

我が家のハウスワインStarboroughのソヴィニョンブランをお供に、2人とも大好きなシャルル・アズナブールを聞きながら、深まる秋の夕餉はきのこづくし・・・。

母語と生活言語環境のミスマッチ
                   
11月14日。日曜日。湿っぽい。天気予報を見たら、次の週末あたりは気温が急降下し雪が降るかもなんていっている。うはあ、やだ。周辺の山々ではスキー場開き間近だそうで、今シーズンはたっぷり雪が降ると期待しているらしい。まあ、ラニーニャの冬は厳しいということになってるから、こっちも覚悟はしといた方が良さそう。地下鉄ができて、今度は少しマシかもしれないけど、やっぱりこの年になってくると雪はあまり歓迎したくない。そうだ、融雪用の塩もストックしておかねば・・・。

きのうは久しぶりに言語学のDVDの続きを見た。世界に数千ある言語の源流をたどって復元しようと言う研究の話。人類が言葉で情報を伝えるようになったのは10万年以上も前のことで、それに比べると文字の使用はついこのあいだのことでしかない。そんなに昔の言葉をどうやって復元するのか不思議だけど、そこはいろいろな方法があって、それぞれに異論もたくさんあるらしい。地球上のどこかである集団が使い始めた言葉が、移動と共に広がって、行く先々でそれぞれに変化を重ねながら、やがて「語族」が形成される。その中で他との違いが大きいほど、それだけ変化する時間が長かったということで、その語族の中でも古参株の言語ということになるらしい。

講義を聞きながら、古代からタイムシフトして、ごく近代のごくごく最近考えたことを反芻していた。言語は長い時間距離が離れていると変わってしまう。他の土地へ持って行った言語だけじゃなくて、残った言語も変わって行く。3万年も、3千年も、3百年もかからない。30年でも変わってしまう。今の時代、フリーの翻訳者はどこにいても世界を相手に商売ができる。だから、日英・英日の翻訳者も、日本や英語圏諸国だけじゃなくて、ほんとに世界のおどろくようなところにまで散らばっている。それは人類が英知を注いだ結果の技術の進歩のおかげで、すごいことだと思うけど、長いこと母語の環境から離れていると、自分が持って来た母語と母国に残った母語との間にズレができて来るのではないのか。

たとえば日本で30年日本語環境で暮らした英語人が翻訳した英語はどれだけ「今」の英語なのか。逆もしかりで、日本の外で30年暮らした日本人が翻訳した日本語はどれだけ「今」の日本語なのか。また、英語あるいは日本語の環境に住む人の翻訳をチェックするのに、母語ではあっても長い間日常言語になっていない英語あるいは日本語がものさしになっているということはないのか。ワタシの場合は、英語は日常生活言語だからいつも「今」なんだけど、日本語は何年も職場で使っていたにもかかわらず、数年程社会人をやった35年前の北海道語からあまり語彙が増えていないような感じがする。それどころか、今の日本語はすんなりと理解できなことが多くなっているような気もする。(通訳はもう致命的にアウトだと思う。)この業界には昔から翻訳は取得言語から母語にするのが正道であって、その逆は邪道である(から許容されるべきではない)と主張する人たちがいて、ときどき逆方向や両刀使いの翻訳者たちと論争になるんだけど、母語と現実の言語環境の不一致についてはどう考えるんだろうな。

毎年25万人もの移民を受け入れているカナダには公用語の英語・フランス語を母語としない国民がごまんといる。バンクーバーだったら英語が母語でない人たちの比率がたぶん人口の半分はなっているかもしれない。問題は「母語」という言葉で、生まれて最初に覚えた言語でその後も「理解」できるものということだから、中国系一世の両親の下に生まれて最初は中国語だったけど、学校や交友関係を通して英語が優勢になり、大人になる頃には中国語が衰退して、ごく普通のまったく外国語訛りのない英語で生活している人でも、定義上「母語」は中国語ということになる。こういう人たちに、中国語が母語なんだから英語訳はいかん、中国語訳に専念しろと言ってもあまり意味がなさそうに思えるけどな。

イアンとバーバラはどちらもポーランド生まれで、どちらもカナダで学んだ最初の言語はフランス語で、イアンは大学を出てベルギーに亡命してから、バーバラは8歳で家族と法的に移住してから。年子のロバートとアーニャは兄妹は赤ちゃんの頃は揃ってポーランド語と(訛りの強い)英語を聞いて育ったから、一応はポーランド語が母語だそうだけど、小学校に入ってからは忘れてしまって、今では両親がポーランド語で話していてもほとんどわからないとか。高校は2人ともフランス語イマージョンで、大学の頃はペラペラだったけど、モントリオールで医者をしているロバートはフランス語が完璧なのに、地元に残って薬学博士になったアーニャは年ごとに錆び付いて使えなくなっているとか。

使われないものは失われる運命にあるわけで、言語の場合も「母語だから」とのんきに構えていられないということだと思う。バイリンガルで育ったといっても、最後的には日常生活の言語が「第一言語」なって、もう一方は使わなければ「第二言語」に格下げされてしまう。海外で英語で育ったからといっても、たとえば13歳で母国に帰ってそのまま母国語だけの生活になってしまえば、英語は英語環境を離れた13歳のレベルのままで止まってしまうことが多い。それでも日本では「バイリンガルの帰国子女」として重宝されるらしいけど、子供英語をしゃべっていることもあり得る。帰国した年令が低ければ低いほど、持ち帰った英語と現地の英語のギャップはどんどん開いて行くだろうと思うから、そういう人がネイティブとして英語訳したり、翻訳のチェックをしたりすると、笑うに笑えない結果にもなり得るし、実際にそういう例も見た。

この先、日本語の変化にどんどん水を開けられて、追いつけなくなったら、どうしようかな。まあ、死ぬまで英語環境なんだから、養母語の英語に磨きをかけた方がいいのかなあ。おしゃべりに生まれついたワタシが年をとって「ノーリンガル」になってしまっては由々しき問題だから、この先、じっくりと考えてみないと・・・。

寝て待つのは果報のみならず
                   
11月15日。月曜日。目が覚めたら、かなり暗い。起きないとそのまま眠りに戻ってしまいそうなほど暗い雨の日。ゆっくりレミをたしなんで、ぐっすり眠って、なぜか会ったこともないヒッピー風のカップルを相手に浅川マキの「愛さないの~、愛せないの~」を歌い出したりの、まるでミュージカルみたいなおかしな夢を見ているうちに、これから3週間の予定がびっしり埋まっていた・・・。

納期がかちあう3つのうち、少し大きめの(料金が一番安い)ひとつをを断って、残り2つを週末にかけてぎゅ~っと詰め込んで、その後にホームストレッチのお子様仕事を突っ込んで、休むヒマもなくもうひとつ一番大きいのを貼り付けたら、やれやれ、もう12月の最初の週末。それぞれの推定語数を計算して、作業日数を割り当てて、1日あたり何時間の作業で・・・まあ、だらけず、さぼらず、まっじめに作業を進められたら、なんとか徹夜しないでやれそうかな。

一段落したところで、まずは金曜日に予定の芝居の座席を予約。演目は『39階段』で、日曜日が最終日。ヒッチコックの映画で知られるジョン・バカン原作のスパイスリラー。(ジョン・バカンはイギリスの政治家でもあり、第二次世界大戦の前にカナダ総督になった在任中、脳卒中で頭を打ったのが原因でモントリオールで亡くなった。)ただし、この『39階段』はヒッチコック作品をもじりにもじって、モンティ・パイソン式のしっちゃかめっちゃかコメディに仕立てたとかで、4人の役者がなんと150もの役を演じるんだそうな。おもしろそうだから、仕事の予定がぎちぎちになって、カリカリする前に思いっきりげらげら笑って頭の中をすっきりさせるのもいいか。

と、途中の「息抜き」もカレンダーに書き込んで、さてと仮想鉢巻をしごいていたら、目いっぱい仕事を抱えている編集者が「もう1日欲しい」。発注元は「ダメ」だって。ワタシの方に「1日早く送れない?」とお鉢が回ってきて、能天気なワタシは「よっしゃ、何とかしたるで」。出張中のボスが遠隔操作で調整に乗り出してきて、3つの大陸の4つの都市の間をメールがびゅんびゅん飛び交っているうちに、最後は発注元が「じゃ、1日だけ」と折れた。おかげで、ぐるりとひと回りして最初のスケジュールに戻って確定。地球が丸いのはわかっているけど・・・。

今夜は強風注意報が出ているけど、なんだか薄気味悪いくらい静か。嵐が過ぎたら気温がどんどん下がって、週末ごろには高台で雪が降りそうだとか。仕事を抱えて、冬ごもりするか・・・。

新ダイヤ、初日から乱れ
                   
11月16日。火曜日。明るい。強風注意報が出ていて、荒れ模様だったはずじゃないのかな。これって、嵐の後の何とか?(ん?なんだか違っているような・・・。)夕べは午前3時半の就寝時刻でも、そよとも吹いていなかったような感じだし、起きて窓の外を見ても別に大風が吹いたような形跡がない。だけど、テレビを見たら、停電だとか、倒木被害だとか。ふむ、やっぱり大風は吹いたんだろうな。メトロバンクーバーは地形のせいかどうか知らないけど、マイクロ気候というのが多くて、予報しにくいところらしいから、当たるも外れるも八卦・・・。

さあて、今日からがきりりと鉢巻を締めて、日本の鉄道ダイヤ並みに、几帳面にまじめに、大小4つの仕事がぜ~んぶ終わるまでがんばるぞ。あ、だけど、その前にブロードウェイまでひとっ走り。カレシが買った新しいPC、移動する家具は週末のうちに動かしてあったから、後は好きなようにセットアップしてくれればいいんだけど、グラフィックカードがどうのこうのでモニターを接続できないとパニック状態で騒いで、アダプタを買えばいいということになった。Best Buyにあるというので、ま、Whole Foodsもすぐ近くだしということで、午後はおでかけとなった。

新しいPCはもうひと月近く前に買ったのに、先月ワタシの仕事がちょっと一段落して手を貸して上げられる状態だったときに「急がないから」とか何とか言って、腰を上げないまま。なのに、なのに、ワタシの仕事が詰まってど~しよ~と頭を抱えたとたんに、「早くセットアップしないと」と言い出して、オフィスの反対側でごそごそやりだした。おいおい、気が散って困るんだけどなあ。うまく行っているときはいいけど、まずモニターを接続できない。できたと言ったかと思うと、今度はどうしても映らない。イライラ、カリカリ、ぶつぶつ、うろうろ。ま、このあたりは人を急がせておいて、いざ出かけるという時にトイレに行ったり、探し物を始めたりして、結局ワタシを待たせるのと似たようなもので、カレシの不思議のひとつ。あの、ワタシ、お手伝いして差し上げる時間がありませんですからして・・・。

今夜の英語教室の準備はいらないからということで、すぐにでかけて、地下駐車場のWhole Foodsの領域に車を止めて(でないと無料にならない)、1時間半分の料金を払って、まずはアダプタの手当。すぐに見つかったけど、小さいくせになんと40ドルもした。今どきのPCはビデオだとかグラフィックスだとか、1年そこそこでもう新しい技術のものと合わなくなってしまうから、進歩も程々にしてもらいたいもんだと思う。主目的が早く終わったので、ゆっくり買い物をして、帰宅の途はもうラッシュ。車の時計は午後4時。え、そんなに時間がかかったの?と一瞬あわたけど、標準時に戻った時に車の時計を変え忘れたもので、実はまだ午後3時。まあ、標準時なんて3月までのたった4ヵ月の現象だから、いちいち変えるのもあほくさい。次の8ヵ月の夏時間が来るまでは1時間先を行くせっかち時計のままでいいか。

予定外のおでかけだったけど、さて仕事とPCを立ち上げてみたら、IMEがおかしい。Wordの方は英語だけでいいとしても、IEに日本語を入力できないから検索に困るではないか。再起動したら、今度はIEのツールバーのカラーが抜けて真っ暗。も一度せ~のと再起動して、やっと何とかいつもの環境に戻った。ふむ、やっぱりワタシのも買い替え時ってことか。それでも、仕事の進捗状況は今のところ上々。このままで、だらけずに、サボらずに、まっじめに・・・やれる?

ツイッター風につぶやいてみた
                   
11月17日。水曜日。今度は天気予報が的中して、6時半頃にトイレに起きたときにはかなりの風。さらには雨もかなり降ったらしい。正午に目を覚ましたら、うわっ、まぶしい!窓から外を見ようにも、あまりにもまぶしくて目を開けられない。こんな「晴天」はすごく久しぶりの感じがする。でも、これが秋の最後の光芒みたいなもので、週末には雪がちらつくかもしれない・・・というありがたくない予報なんだけど・・・。

お子様プロジェクトを区切りのいいところまでやったところでいったん棚上げして、残り2週間半になったすし詰め予定表を手直し。真剣に集中してやれば、週7日ぶっ通しで1日あたりの作業時間は平均6時間くらい・・・と胸算用。つまり、6時間×7日で合計週42時間はごく普通の勤め人の勤務時間と変わらないかな。まあ、これはあくまでも胸算用だけど・・・。

カレシの英語教室では、先週から後任のボランティア先生候補が実習中。カレシも10年やってそろそろ飽きてきたし、疲れてきたし、他にやりたいことがいっぱいある、ということで見つけてもらった人で、年の頃は30代前半くらいで、昨今カナダに帰って来る「ESL先生」のご多分に漏れず、大学卒業と共に付け焼刃のESL教師の資格を持ってスペインに行って、最近まで英語教師をしていたそうで、帰ってきても職がないもので見つかるまでボランティアでもしようかということらしい。一時は市の経済を支える勢いに見えた英語学校業界も、今は厳しいんだろうな。カレシの評は「文法を知らな過ぎるし、将来への野心もない」と厳しいけど・・・。

何だったか忘れたけどチラッと読んで思ったこと。世の中にはヒミツを持つのが好きな人がいて、人のヒミツを知りたくてしかたがない人がいて、人のヒミツを探り出してぶちまけるのが好きな人がいる。自分のことを他人の目から隠したい人がたくさんいて、身近な人のことを隠したい人もいて、いろんな骸骨を押入れにしまい込んでいる人がいて、よそ様の押入れの中の骸骨を見たくてうずうずしている人もいる。見られたくない人とどうしても見たい人の綱引きは、きっと悲喜劇こもごもだろうな。それで古来いろんな人間ドラマが生まれて来たんだけど・・・。

日本で普及しているツイッター。Twitterのtweetは鳥のさえずりだけど、なぜかツイッターでは「つぶやき」。空に向かってピーチクパーチクさえずるのと、うつむき加減で芝居の傍白よろしくぶつぶつとつぶやくのと、2つのイメージの落差がなんだか意味あり気でおもしろい。誰が「つぶやき」という名称を当てたんだろうな。元からネクラな人なのか、萌え~るタイプの人なのか、はたまた、世相の雰囲気に敏感なマーケティングの天才なのか。ツイッターでもTwitterでも、下を向いて、携帯をいじって、何やらぶつぶつ。ということは、あんがい「つぶやき」の方が正解に近いのか。ま、携帯からテキストしたことがないワタシにはど~でもいいんだけど・・・。

つぶやきってこんな具合?
                   
11月18日。木曜日。午前10時30分に目覚ましが鳴った。今日はカレシが正午に歯医者に予約がある。肘でちょいと突付いて起こしたら、「11時にかけ直して」。寝る前に10時半だ、11時だところころ変わるから、10時30分でいいのね!と念を押したのに~。まあ、寝たりないから、11時にセットし直し。

だけど、寝なおしも何も30分。うとうとしているうちにまた目覚ましが鳴ってしまった。しゃくだから、今度は肘でドン!と突いて起こしてあげた。「トーストだけ食べて行くけど、起きる?」と寝ぼけたことを言うので、だったらもうひと眠りすると返事をして、ワタシはそのまま眠ってしまった。

目が覚めたのは正午をちょっと過ぎた頃。雨らしいけど、やたらと音が大きい。起き出して窓の外を見たら、えっ、雪?みぞれ?それとも、大きなフレークの雨?このあたりは高台じゃないんだけど、みぞれ模様の天気。下へ降りて行って、玄関ポーチの温度計を見たら、たった摂氏3度。寒いよ、これ~。

キッチンでは、テーブルの上に朝食の食器が並んで、トースターにはパンが2枚。コーヒーメーカーもスイッチを入れるだけになっていた。帰って来て食べ直すつもりなんだな。ワタシは腹ペコなんだけど、まあ1時くらいには帰ってくるだろうと思って、そのまま通勤時間20秒でオフィスにご出勤・・・。

午後1時。腹ペコなのにカレシが帰ってくる気配はなし。携帯も置いて行ったし。電話をかけて来たのはトロントのデイヴィッド。30分ほどおしゃべり。壊れたPCを修理に出そうと思ったら、500ドルすると聞いて新しいのを買ったとか。エンジニアなんだけど、壊れたのは博物館に行けそうなくらい古い。

午後1時30分。もう腹ペコの絶頂。カレシがおみやげ?に歯ブラシ、歯磨き、デンタルフロス、新式のようじを持ってお帰り。「近頃の歯医者はやたらとあれこれいじりたがるなあ」と。歯科は医療保険の対象外だから、そうやって稼がないとスタッフの給料が払えないのかな。午後2時、朝食が終わり。

カレシは夕食前にデイヴィッドに電話。食事が始まってもまだ電話。サラダを食べ終わってもまだ電話。コーヒーをいれてもまだ電話。食器を下げてもまだ電話。この2人の電話は長い。2時間もしゃべっていたこともある。いっつも同じような話をしているけど、仲のいい兄弟だからこそなんだろうな。

今夜は冷え込みそうなので、改装のときに置いて行ってくれた断熱材の残りを削って、温室の屋根の端のすき間を埋める保温材を作ってあげる。大小のユティリティナイフ2本と定規とフェルトペンでほぼ同じものを4本。床いっぱいに飛び散ったくずは、受益者負担の原則?でカレシに掃除してもらう。

さて、仕事の日程がずれそうになって来たから、本腰を入れて・・・というときにPCが超がつくスローモー。のろのろと再起動したら、何だかおかしい。頭に来てシャットダウン。改めて立ち上げている間に、カレシが新しいPCを置いた「第2ワークステーション」にライトをつけてあげた。時間がないってのに。

午後10時30分。仕事、しなきゃ!

雪だ、雪!
                   
11月19日。金曜日。午後10時半。芝居が終わる頃にはちらほら雪の気配。家路の半分を過ぎる頃には本格的に雪。真夜中・・・外は一面の銀世界。まさか~。まだ11月なのに・・・。

仕事ひとつ、もうちょっとのところ・・・。

積雪5センチ、歩道の雪をどうしよう
                   
11月20日。土曜日。仕事ひとつ、午前3時に完了して、シンガポールに回す。その頃には雪はやんでいたけど、積雪量はたぶん5センチくらい。それでも、ひと仕事終えて安心した気分で正午まで熟睡。起きたら、日が差して、歩道が少しずつ露出して来ている。やれやれ助かった・・・。

雪のつもり具合が気になるのは、2年前の大雪の後で市が「雪が降った後は午前10時までに家の前の歩道の除雪をしないと250ドルの罰金」という条例を作ったから。あの冬は記録的な大雪で1ヵ月近く雪が解けなくて、除雪していない歩道は通れなかったから苦情が多かったんだろう。でも、条例そのものは思いつきで「急遽」作ったと言う感じがする。この前の冬はオリンピックの年なのに記録的な暖冬だったから、条例を発動する機会がなかったけど、ラニーニャに転じたこの冬は条例が試されそう。

冬でも温暖な土地柄のもので、雪が降ってもよほど積もらないと歩道の雪かきをしない人が多かったし、たいていは1日か2日で雨に変わるのでそれでよかった。市民もこの数十年それに慣れていたのが、あの「豪雪」で一変。メトロバンクーバーでは、わずか5センチ、10センチの積雪予想で「大雪注意報」が出る。そこへ「午前10時までに除雪しなければ罰金」のお達し、というわけだけど、注意報が出た後でニュースを見ていたら、市役所の担当者が「近所に高齢や障害や何かの理由で雪かきができない家があったら手を貸してあげてください」と呼びかけていた。市内には戸建にひとり住まいの高齢者がけっこう多い。ははあ、パニック状態のお年寄りから「どうすればいいんだ」という問い合わせが市役所に殺到したんだろうな。

まあ、近頃はやたらとあれこれと環境保護、弱者救済を掲げた条例を作りたがるファッショナブリーにエコだったり、ファッショナブリーにコミュニティ活動家だったりする手合いが多くなったような観がある。ステレオタイプ的に描写すると、都会育ちで高学歴、プロフェッショナルな30代から40代前半に多い。もちろん環境保護や弱者救済は人間として異論はないけど、こういう人たちの多くは「環境や弱者への思いやりに溢れるすばらしい社会活動家のワタクシ/ボク」という自己陶酔的な(ある意味で偽善的な)衣をまとっているだけに過ぎなかったりするから、せっかくの「思いやり」が逆の結果を生むことが多い。

現職の市長などはその典型で、自転車を普及させて(ヨーロッパ風味の)エコな街にしようと、あちこちの道路をコンクリートで仕切って「サイクリスト様専用レーン」作りに忙しい。彼らの視野には「自転車に乗れない(乗らない)人」は存在しないらしく、ファッショナブリーに風を切って走る自転車しか見えていないんだろう。おかげで、高齢者や身体障害者が遠回りを強いられるようになってしまった。だけど、サイクリスト様たちにしてみたら、自分たちはエコでえらいんだから、自転車に乗れない非エコな人間には配慮してやる必要はないということなんだろう。ふむ、自分ができるんだから、自分にとって「常識」なんだから、世の中のみんな・・・半径5メートルの人間が大増殖しているような・・・。

雪かき条例もその思考が透けて見える。表向きは雪が積もった歩道で難儀する「弱者」のためということだけど、要は市民からの苦情に対して、「だったら法律で市民としての責任を果たさせれば(自分の責任が果たせて)いい」式の発想だったんだろう。だから、「できない人」は初めから視野に入っていない。女性市会議員が「融雪用の塩や砂をコミュニティセンターに無料で配る」と言っているけど、80代の高齢者が10キロもある砂や塩の袋をどうやって家まで持ち帰ると思っているのか聞いてみたいもんだ。身体に障害のある人はどうすればいいのか。午前10時までというけど、夜勤の人はどうすればいいのか。早朝出勤しなければならない人はどうするのか。旅行などの理由で家を留守にしている間に雪が降ったらどうなるのか。(もし、家庭用の除雪機を買って、日曜日の午前9時に雪かきを始めたら、日曜日は午前10時以前に騒音を発生する機械を使うことを禁じた条例との兼ね合いはどうなる・・・?)

まあ、市役所はけっこう頭を抱えているようで、当面は違反チケットを切らずに市民を啓蒙するというけど、いくら啓蒙されたって、できない人にはできないんだってば・・・。


2010年11月~その1

2010年11月16日 | 昔語り(2006~2013)
人生を生き切るということ
                                                                                                                                  11月1日。月曜日。今日は余裕で正午前に起床。ハロウィーンから一夜明けて、今日から11月。ということは、今年もあと2ヵ月しかないわけ?やあだ。ゆうべは、バンクーバー市内で花火による火事が18件発生して、そのうちの4件は小学校、1件は花火を売っていた店(全焼)。損害額は合計150万ドルとか。火事の大半は市の南東部のメインストリートとフレーザーストリートの間、59番アベニューまでの一帯で発生したそうな。我が家に近すぎるくらい近い。そういえば夜遅くまで盛大に花火が上がっていて、爆竹の音がうるさかった。トラックの防犯アラームが鳴り出したのは、花火の破片か何かが落ちて来たのかもしれないな。(げんこつで車体をドンと叩くと鳴り出すくらいだから。)火事の件数こそ去年より少ないけど、損害の総額はなんと30倍。規制を強化するかどうか検討することもあり得るとか。ぜひ、ぜひ、そうしてくださいな。

今日は仕事をしないつもりで、雑誌や本を読んでのんびりしてからメールを開いたら、マリルーから、ママがまた転んで、今度は骨盤骨折で入院したという知らせ。夜中にトイレに起きたときに転んだらしく、どうやって自力でベッドに戻れたのかわからないけど、毎朝薬を飲ませに来る看護師が見つけて搬送したという。たぶん1ヵ月くらい入院して、その後またリハビリという流れになるらしいけど、病院では食事をしているということだった。薬を飲むためには食べなければならないのに、ここのところずっと食べたくないと言って周りを手こずらせていたママだけど、病院食でも何でもいい、ちゃんと食べてくれれば。メールをカレシに転送して、カレシからマリルーに(ちゃんと感謝の言葉も忘れないで)メール。入れ違いにジムからメール。その後、病院に様子を見に行ったマリルーからのメールで、ママがまた食べたくないと駄々をこねていると。あんがいママはほんとうに第二の子供時代に入ってしまったのかもしれない。そういうことなら、病院では食べなければ点滴で栄養補給することも辞さないだろうから、ママの好きなようにさせてあげたいな。

トロントのデイヴィッドに電話したら、コンピュータが壊れてメールが使えない状況だったそうで、いつでも飛んで来れるようにしておくということだった。あっちはジュディの両親が思わしくない状態だから、ストレスも大きいだろうな。カレシもときどき上の空の状態になる。マリルーは法律上は「元嫁」なのにほんとによく尽くしてくれている。何にもしないでいる「親不孝嫁」のワタシとは大違いで、元夫のジムと一緒にほぼ毎日ママの様子を見にホームに行ってくれていた。その彼女も今週パートナーのロバートが膝の人工関節を入れる手術を受ける予定で、入院中は大学病院まで片道1時間以上かけて来ることになるし、数日で退院してもしばらくは何かと世話が必要だから、ママの入院はある意味で彼女の負担が軽くなるのは確か。良かったとは言ってはいけないことなんだけど、ママは病院が世話してくれているんだし、やっぱり良かったのかもしれないと思う。老いて行く親の心配というのはこういうことなんだろう。それを見守る子供も年を取ったということで、明日は我が身という気持なのかもしれない。人間は誰でも老いて行くんだけど、ワタシもいつまでも人任せの親不孝なはねっかえりでいてはいけないな。元気なうちから、少なくとも自分が人生を終えるときの準備はしておかなくちゃ・・・。

うん、人間、人生をきれいに生き切るというのはあんがい難しいことなのかもしれないなあ。

人の漢字の間違いは気になる?                                                                                                    
11月2日。火曜日。今日はいい天気。たっぷりと9時間近くも眠ったもので、なんだか肩が凝ってしまった。カレシはわりと機嫌がいいんだけど、ときどきヒポコン気味になる。こういうところは亡きパパに良く似ているなあと思うけど、そこは自分でも昔から認識しているらしいので、「まっさかぁ~」と返すだけにして取り合わなければ、ヒポコンスイッチはたいていオフになる。ばつが悪そうな顔をして、「オレってほんとにハイポ(hypochondriac)だよなあ」というから、それもアナタという人のうちなんだから・・・と、まあ、慰めているんだかなんだかわからないことをむにゃむにゃ・・・。

要するに心気症というやつなんだけど、これって病気というよりはその人のもって生まれた性質なんじゃないかと思う。この世はどこを見てもダイコトミー。ポジティブに取って反応する人と、ネガティブに取って反応する人がいて、宇宙が回っている。あんがいワタシが超ポジで、カレシが超ネガだから、両極端は相通ずで、すべての問題がアンチ問題とぶつかってブッと消滅するのかもしれない。現実には問題が奇跡的に消えてなくなるわけじゃないとしても、少なくとも、気持の上では通じた気分になるから不思議。それでも、ヒポコンスイッチがオンになるたびに、状況を分析して、長年の商売で遭遇して蓄えてきた(時には怪しげな)科学的な根拠を持ち出して、「だ~からぁ、心配することないってば~」と説明するのは、めんどくさいこともあるんだけどね。「うるせぇ」と一喝したほうがよっぽど手っ取り早いだろうにと思うけど、それをやれないワタシって何なんだろうなあ。

仕事をしようかなあと思いつつ、サボりモードで小町横町を散歩していたら、『気になる!!日本語の間違い!!』というトピックがあって、感嘆符の過剰供給がちょっと気になったけど、こっちも言語稼業だから、のぞいて見ることにした。まあ、間違いと言っても、だいたいが変換ミスというか、同音異義語を確認せずに変換してしまう「ぐうたら変換」の結果の間違い。それにしても、こういうトピックになると揚げ足取りも多いし、自分が絶対に正しい!という人も出てくるし、辞書にそう書いてあるんだからそうんなんだ!という人も出てくるしで、賑わうらしい。まあ、そんな変換ミスはワタシだって日常茶飯事でやらかしているし、感嘆符を2つずつつけるほど気にはならないけど、やっぱり気になっちゃうともう気になってどうしようもない人がいるんだろうな。いわゆる「バイト敬語」と言われる日本語亜種だって、たしかに今は間違っているだろうし、神経がざわつくような違和感があるけど、いつ「あたりまえ」の日本語表現になるかわからない。

人間の機能と言うのは良くしたもので、目はスペルや漢字の些細な間違いなら自動的に正しく「判読」できるようになっているらしいし、脳の言語中枢も前後の文脈で本来の趣旨の文章として読めるようになっているらしい。英語でも、「Mry hd a lttl lmb」のように単語から母音を抜いても、目と脳がちゃんと「Mary had a little lamb」と読んでくれるから、賢いなあと思う。ずっと前に、短いセンテンスの中にFがいくつあるかというトリッククイズがあって、英語人はたいていが即座に「2つ」と答えるのに対して、ESL/EFLの人は「6つ」と答えるからおもしろい。実際に単語の中のFを拾い出して数えると6つあるから、英語人の答は間違いということになる。単語が数語しかない短いセンテンスに6つもあるのに、なぜ2つなのか。実は、英語人の目は単語を文字に分解せずにひとかたまりとして見ていて、名詞や動詞には注意を払っても、forとかof、fromといった前置詞の中のFまでは意識していないということらしかった。

同じように、同音異義語なら、漢字変換ミスがあっても目と脳が文脈として正しく読んでくれるから、日本語人にはいちいち目くじらを立てるようなことではないと思うんだけど、日本語が母語でない人の場合はそうは行かない。同業者のメールリストに英語が母語の翻訳者から「○○」はどういう意味か、ググっても例が見つからない、という質問がよく出るけど、日本語で育った人間の目にはすぐに漢字の変換ミスだとわかるものがよくある。これも漢字をひとつひとつ読んでいるし、日本語の語彙も十分でなかったりするから、変換ミスがあると「何、これ?」と引っかかって、変換ミスかもしれないという発想まで行き着かない。これが普通の日本人だったら自動的に「修正変換」して読んでしまっていることの方が多いだろうと思う。英語人でない人がわからない英単語に遭遇したときに、スペルミスの可能性までは考えつかないのと同じことかな。

日本の掲示板を見ていると、そういうことにばかり視線が吸い寄せられて気になる人が多いようで、トピックの趣旨には全く触れずに漢字変換の間違いだけを指摘する書き込みがあったり、英単語のスペルミスがあると間違っていると指摘して、親切に正しいスペルを「指導」したり、逆に嘲笑したりする書き込みを見かける。(ときには日本人のふりをした外国人ではじゃないのかと勘ぐる想像力のたくましい人もいるけど・・・。)他人の間違いに突っ込みを入れるのが趣味という人もいるだろうな。他人を辱めて笑いを取るのがコメディだと信じているんじゃないかと思うようなところもあるけど。それでも、他人の間違いが目について、直してやらないと気になってしかたがないという、一種の心気症のような人もいるのはたしかで、それがその人の性質だとしても、なんか気苦労が多くて疲れていそうな人だなあと思ってしまう。またよけいなお世話だけど。E&OE.

どうして年を取ると頑固になるの?
                   
11月3日。水曜日。正午を過ぎて目が覚めたら、うはっ、まぶしい。いやあ、いい天気だなあ。庭のかえではあっという間に紅葉の真っ盛りになって、こういう好天の日は、二階のバスルームの波模様の窓ガラスを通してみるとちょっと抽象画のよう。うん、仕事なんかほっぽり出して、印象派気取りで絵を描いて、ま、へたの横好き三昧をやってみたい気分になるな。もっとも、明日あたりからはまたずっと雨傘マークだけど、11月なんだもんね。

お子様プロジェクトの最後の一番でっかいのが残っているけど、とりあえず横に置いておいて、今日は先端医療の話。なんだか略語がすごくて、まるでアルファベットスープ。学者さんたちはふだんからこんなアルファベット記号でしゃべるのかなあと思ってしまうけど、まさかね。まあ、略語のままで訳文に入れてしまえばいいんだけど、何の略語なのかわからなければ文章の組み立てようがないから、一応はちゃんと調べなければならない。さして大きなファイルでもないのに、これがけっこう手間がかかる。それでも順調に仕上がって、南半球の編集者に送って、そっちはもう春だねえと言ったら、なんと春を飛び越していきなり真夏になってしまったそうな。世界的にヘンな天気・・・。

バンクーバーの郊外では、9月から大雨が続いたために、収穫を待っていたじゃがいもの三分の二が畑で腐ってしまったという。ぬかるみがひどくて、機械を入れるどころか歩いて入るのもままならないんだそうな。今年は初夏の頃の低温でトウモロコシのできが悪かったし、かぼちゃもあまり良くなかったし、農家にとっては天災の年かもしれないな。不作の年に備えての保険があるそうだけど、地産地消を推進するためにはマザーネイチャーにも協力してもらわなくちゃね。韓国では猛暑のためにキムチの必需品の白菜が不作で、政府が中国から緊急輸入したら「味が落ちる」と不人気で、山のように売れ残っているんだそうな。日本で米が大凶作だったときに、米を緊急輸入したら、まずいとか臭いとか文句たらたらだったのとそっくり。まあ、韓国もそれほど豊かになったということで、めでたいのかもしれない。

午後遅くにマリルーに電話。ロバートの膝の手術は無事に終わって、週末には退院できるそうな。人工の膝関節を入れて3日で退院は短いのかな。まあ、カナダでは手術などの入院期間は概して短いようで、ワタシのときも卵巣膿腫の内視鏡手術は3日目に退院の予定だった。あのときは、中をのぞいたらひどい子宮内膜症が見つかって、そのまま退院せずに待機して4日目に開腹手術で子宮全摘。退院したのはそれから5日目だった。膝の半月板の内視鏡手術なんか、レンタルした松葉杖を持参しての日帰り手術。まあ、個人経営の「医院」というのがないから、病院は手術室も人手もベッドも慢性の欠乏症なんだけど、入院が短い方が回復が早いのかどうかはわからない。もっとも、子宮全摘のときは退院して3週間後に(座ってできる)通訳仕事に1日でかけ、膝のときは2週間後に手術直前まで日課だった3キロのジョギングに戻れたから、回復を早める効果はあるのかな。ま、病院食を食べないですむと考えただけでも元気が出るからかもしれないけど・・・。

ママは相変わらず食べたくないと言って周りを手こずらせているらしい。ジムが「食べなきゃダメだよ」と必死になって説得しようとすればするほど、ママは意固地になるんだそうな。「好きなようにさせるのが一番いい」というカレシと「食べなきゃダメだよ、食べてくれよ」と懇願するジムはひとつ違いの兄と弟だけど、こんなところにも性格の違いが出てくるものなんだな。ママの場合は両足の大たい骨を折ってピンで修復してあるから、よけいに体のバランスを取りにくくなっているのかもしれない。3ヵ月ほどの間に2度の転倒骨折だから、退院してもひとりで生活させることにはみんなが不安を持っているんだけど、ホームには完全介護棟もあるのに、ママは絶対に移らないというし、電動車椅子を使うことにも気乗りがしないようで、はて、どうしたものか・・・。

ママは「このまま逝きたいのよ」とマリルーに言ったそうだけど、ママはそれで良くても、たとえ本人の意志であっても徐々に死に向かっていくのを傍観せざるを得ない家族はママのようにさっぱりと吹っ切れるわけがないでしょうが。退院できるまで約1ヵ月くらいあるらしいから、それまでに何とか対策を考えようということでみんなの意見は一致しているけど、内心ではママの好きなようにさせてあげたいという気持と、何としてでも元気になって欲しいという気持が交錯しているのもみんな同じ。あ~あ、人間てのはどうして年を取るほどに頑固になるんだろうなあ。ママはいったんこうすると決めたら梃子でも動かなくなる性格だけど、もう少し子供たちの気持も考えてくれないかなあ。といっても、その子供たちもみんなすでに60代になって、だんだん頑固じじいになりつつあるんだけど・・・。

耐えがたき日本語の軽さ
                   
11月4日。木曜日。よく眠った。ごみ集トラックの轟音も目が覚めたのは一番早いリサイクルトラックだけ。一瞬だけ、は、今日はゴミの日か、と思って、後はまた安眠状態。起きてみたら、あれ、今日もいい天気。カレシはごみトラックの音には全然気がつかなかったというから、気持がかなり落ち着いたのかな。トーストのパンがなくなったので、ベーコンポテトとスクランブルエッグをトーストしたオニオンロールにはさんで、これは「エッグマクオニオン」。

底をついたのはパンだけじゃない。冷蔵庫の野菜入れは玉ねぎとイモだけだし、カレシの野菜冷蔵庫もほぼ空っぽだし、フリーザーの魚もグリーンピースが心配しそうなくらいに激減。仕事どころじゃない、今日はもっぱら買出しデー。午後は西のスーパーに行って、野菜と魚をどっさり。ビンナガマグロのステーキを「tombo tuna」というラベルで売っていたのでびっくり。うん、トンボマグロとも言うし、キハダやメバチは「ahi tuna」として売られているから、本来の「アルバコア」よりもオリエンタルな響きがいいのかな。夕食後は東のHマートに行ってアジア野菜と魚。いつもながらハングルが読めたらいいのにと思う。魚のフリーザーには冷凍の亀があったのでびっくり仰天。甲羅の先にとんがった頭と手が2本見えた。どうやって食べるんだろう、あれ・・・?

フリーザーと冷蔵庫が満タンになったところで、小町横町へお出かけ。今日のお楽しみトピックは『その省略語にムズムズする』。そう、最近は略語が溢れ返っている観があるよね。何となくわかるものはいいけど、前後の文脈を読み直してもさっぱりわからないものも多くて、翻訳原稿にひょいと出て来られた日には、もう「やめた~」と投げ出したくなる。まあ、英語だって世代や時代と共に目まぐるしく変わりつつあるんだけど、最近の日本語の場合は「変化」というよりは「縮小」と言ったほうが良さそうなくらいで、漢字の場合はだいたい2つ、カタカナ語や口語表現は3文字か4文字に短縮されていることが多い。どうして圧倒的に4文字なのか不思議だけど、擬音語や擬態語も4文字(2文字の繰り返し)がほとんどだから、日本人にはノリの良いリズムなのかもしれないな。

それにしても、おそらく携帯メールなどの影響もあるんだろうけど、まるで「略語ブーム」。省略というのはある意味で「軽量化」するということで、深刻な言葉でも省略されて軽いノリになってしまうのは、あんがい閉塞した気持をなんとしても軽くしたいという無意識の願望があるのかもしれないと思うけど、どうなんだろう。ただ、日本語の省略化は古くからあったことなんだけど、最近の省略語の氾濫は、敬語やていねい語の誤用、乱用と合わせて、ちょっと度を越している感じがして、おかしな社会現象だ思う。(ていねい語の乱用にいたっては、「食べる」が「いただく」に駆逐されて死語になりつつあるような印象・・・。)

でも、このトピックは笑えるからいい。たった3つや4つのカタカナでも長いのか、しまいにはアルファベットスープになって、日本での日常を日本語で暮らしている人たちでさえムズムズする、イライラすると言うくらいだから、海のこっち側のワタシにはチンプンカンプンであたりまえだろう。「プチプラ=プチプライス(安価)」はずっと前にパリのシャンゼリゼで「large choix, petit price」と英語とフランス語をごっちゃまぜにした看板があったのを思い出した。バーベキューが「バーべ」、トイレットペーパーが「トイペ、トレペ」、ホームパーティが「ホムパ」でホームページは「ホムペ」、手当のつかない残業は「サビ残」、昔の職業安定所がハローワークになって、今は「ハロワ」、妊娠すると「マタママ」で、「初マタ」や「プレママ」もある。月満ちて「ベビ」が生まれて「ベビカ」でおでかけ。「完母」か「完ミ」で育てて、大きくなれば「トイトレ」。学校に行けば「モンペ」になり、「ファミレス」で親子揃って食事、事情によって「シンマ」になってひとりで育てる・・・。

人生は、「就活」に始まって「婚活」、「妊活」して、そのうち「離活」して、やがて「終活」。(後は「復活」しかないだろうなあ。でも、それはキリストの話・・・。)近鉄バファローズのファンが日本ハムファイターズを「ポンハム」と略していたという話を聞いて、一瞬「ボンレスハム」を連想。それって「骨なしハム」でしょうが。まあ、けなしているらしいからちょうどいいのかな。ハムのついでに、電子レンジで温めるのはなんと「レンチン」!料理に凝るなら、キッチンに欠かせないのがCP、FP、HM、HP、そしてHB。グルメレシピは「クリチ」、「トマスラ」、「オニスラ」、「和ドレ」に「ホケミ、HKM」、で、「ポテチ」を食べ食べ作るお得意は「ポテサラ」・・・。

ここまで省略してそれを日常会話でも使っているとしたら、もう日本語とはいえないんじゃないのかなあ。かのハトヤマ星人だってどこの星の言葉かと思うだろうね。ファッションや芸能界やネットの世界に迷い込んだら、ブランド名もアイドルの名も店の名前もみ~んな省略語。店員に「ラスイチですよ」と囁かれても困るけど、ヘビロテにコーデにカーデにアクセにコスメにファンデでモテカワ・・・う~ん、ひょっとしてcoded message(暗号メッセージ)じゃないだろうなあ。だって、イミフなんだもの。個々の省略語の多くは泡沫のごとく忘れられるのが常だとしても、言語として全体を見たときに、すでに「流行」ではすまされないところまで来ているのでなければいいけど。それにしても、日本人をこれほどの言葉の軽量化に駆り立てているのは何なんだろう・・・?

飛行中に若返った乗客の謎
                   
11月5日。金曜日。外は湿っぽくて寒そう。10度くらいかな。着替えをしてキッチンへ降りていったら、朝食の準備をしていたカレシが「なんか蛇口の調子がヘンだよ。ずっと流しているのにいつまでも熱くならない」と言う。そんなばかなことが、と思ってそっちを見て、つい吹き出してしまった。あのね、こっち側の栓をひねってみたら?そっち側のはいつまで流していたって熱くならないのよ。適当にレバーを動かすせいでうっかり鉢ものにお湯をやったりするから、改装したときに混合水栓をやめたんだったけどなあ。「何も言うな。オレは5つのときからこうだったんだから」と、カレシ。まっ、起き抜け早々にひとしきり爆笑したおかげで、しゃっきりと目が覚めたからいいか。

テレビのニュースをつけたら、エアカナダの便に信じられない変装をした男が乗っていて、連絡を受けたCBSA(カナダ国境管理局)がバンクーバーに到着したところで捕まえたという話。先週あった事件をCNNがキャッチして流したらしい。ことの始まりは、香港でエアカナダの保安要員が乗り込んだ高齢の白人男性の手が顔に似合わず「若い」ことに気がついて通報。この「老人」、飛行中にトイレに立って、出てきたときは20代くらいのアジア人に若返っていたとか。映画などで使う精巧なシリコーンのマスクをかぶって、めがねとカーデガンと帽子で、どこから見ても80代くらいの老人。素顔で香港側のセキュリティを通ってから変装して、誰かと搭乗券を交換したのではないかと言う憶測だけど、アメリカのパスポートを持っていたそうで、それによると年令は55歳。ふつうなら搭乗口でパスポートの写真と本人の顔を照合するときにヘンだと思いそうなもんだけど、どうやら、動作やコミュニケーションの不自由な高齢者ということでさっさと通してしまったらしい。まあ、こんな機嫌の悪そうなじい様の相手をしているヒマはないってことだったのかなあ。[写真]

飛行機がバンクーバーに着いてCBSAの管理官に迎えられた「本人」はその場で難民申請をしたそうな。ということは、これから難民の審査が完了するまで3年くらいはカナダにいられるわけか。長い順番待ちができている移民審査を省略するためにしては、手が込みすぎているような感じもしないではないけど、空港で搭乗券とパスポートを交換したと言われる「アメリカ人」はどうしちゃったんだろうな。ひょっとして若いアジア人のマスクをつけて別の飛行機に乗り込んだとか?ハロウィーンに合わせて起きた事件だけに、まさに奇々怪々・・・。

変装用のシリコーンのマスクの精巧さは技術の進歩の賜物といえるんだろうけど、「手」の年令だけはなかなかごまかせないな。映画などではメイクでカムフラージュできても、10時間以上も機内で過ごすとなれば、メイクなんか剥げて来て、あちこちにヘンなしみをつけそうだから無理だろうな。ワタシだって、アジア人に生まれたおかげで顔の方は実年令よりずっと若く見てもらえることが多いけど、手だけはしっかり60代。静脈は浮いて見えるし、皮膚はちりめん風のしわだらけだし、指は関節炎でごつごつだから、どう見たっておばあちゃんの手だもんなあ。まあ、35年も毎日炊事洗濯をして、バンバン仕事をして来た手なんだから、それがあたりまえだけど。

航空会社は高齢の乗客には甘そうだってことがわかったけど、それをテロリストに悪用されるようになったら困るな。バンクーバー映画学校の先生がみごとに高齢の男性に紛争した若い女子学生の写真を見せながら、シリコーンマスクの精巧さを説明していた。これからは搭乗口で顔が「本物」かどうか、ほっぺたをつねってみて、念のために手も検査してからでないと乗せてくれなくなったりして・・・。

日本語の省略語はスラング
                   
11月6日。土曜日。週末だというのに、午前9時過ぎに突然のチェーンソーの音でたたき起こされた起き出して窓の外を見たら、カレシが剪定やら何やらを頼んであったツリーサービスのトラックが止まっていて、白樺の木を伐っているところ。事前に電話してくれるはずだったんじゃないのかな。まあ、この白樺、土地の境界線の外側で勝手に芽を出して伸びたものだから、実質的に市の所有木。枯れ方がひどかった一方を2月に自腹を切って伐ってもらったけど、残った方も夏の間に上からどんどん枯れてしまった。20分ほどでトラックが走り去る音がして、静かになったところをみると、今日は白樺の処理だけが目的だったらしい。そのまま正午ぎりぎりまで寝直してから、二階の窓から見ると、斜めになってゲートの方に枝を広げていた木がそっくりなくなっていて、なんだか気分的にも見晴らしが広く開けたような・・・。

朝食後はめずらしくしばしの間の読書。イギリスの言語学者David Crystalが書いた『A Little Book of Language』と言う本(Yale University Press、2010年)で、ふむふむと読み進んでいるうちに、デンバーとの往復の機内で半分以上読んでしまった。生まれたばかりの赤ん坊が音声を聞き分けることを覚え、その音声をまねて発音してみることで発声器官を制御することを体得し、音声のそれぞれに意味があることを発見し・・・そうやって言葉を学んで行くという話から始まって、文法や表記、発音、訛りや方言、語彙、世界の言語とその変化、言葉の起源、文字の起源、現代語など、短い章(全部で40章)ごとにテーマが広がって行って、いつのまにか先へ先へとページをめくっている。今日は「スラング」の章で、読みながらはたと思い当たったのが、日本語に溢れ返っている意味不明の「省略語」は、実はスラングなのではないか、ということ。

本来、「スラングの主な用途は仲間であることを証明すること」で、職場にはその会社特有の「社内用語」があり、若者には「若者言葉」があり、悪いやつらには「隠語」があり、それぞれの家庭にはその家庭だけの「食卓語」がある。要するに、仲間同士を確認するためのボキャブラリであって、同時に部外者を識別する「試し言葉」の役もするということだろうな。ビジネスや学術の世界にはそれぞれの業種や専門分野ごとに「専門用語」というのがあるけど、これは特定の分野で使われるものではあっても、その分野に特有の物や事象を言い表すためのものだから、スラングとはちょっと性格が違うかな。でも、「業界用語」と言われるものは、その業界に属する人たちが日常の折衝で使っているものだとすれば、立派なスラングだと言えるかもしれない。

つまり、スラングは「我々」と「その他」を区別したい、外部にわからない言葉を使うことで「他人」を排除して「仲間」としての結束とアイデンティティを確立したいという願望の現われなんだろう。意図的だという違いはあるにしても、なんとなく「お国言葉」と良く似た機能があるような感じがするからおもしろい。いうなれば、「ムラ社会」の暗号化言語のようなものかな。仲良しムラの秘密の暗号をそのメンバーがムラの外へ持って行って(故意あるいは無意識に)使っているうちに、いつのまにか広く伝わって、やがて単なる世間一般の「俗語」としての市民権を得ることも多いけど、そうなるとまた自分たちのアイデンティティを部外者から守るために新しい「ムラ言葉」が必要になるわけで、新しいスラングが次々と生まれて、そのほとんどが短命なのはそのせいということかな。まあ、「他の誰も知らない(自分だけが知っている)こと」だからスリルがあるんであって、周知の事実になったらもう価値はなくなるのが秘密というものだから、仲間内のスラングもそんなものかもしれないな。

だから、ワタシは、マタママ、プレママ、完母、完ミ、トイトレ、ネントレと聞いてちんぷんかんぷんでもかまわない年代だし、今どき風のヘビロテもコーデもカーデもアクセもコスメも関係ないゴーイングマイウェイ(ゴイマ・・・はまだない?)派だし、料理はレシピなしのぶっつけ本番の思いつきが多いから、省略語でもスラングでも何でもいいんだよね。ワタシくらいの年になると神経が太くなっているもので、「仲間に入れてやんないよ~」と言われても、無理してムラに入れてもらいたいとも思わないから、ムズムズもイライラもしないな。翻訳用の原稿にさえ出てこなければ、そのまま「スルーして」しまえばいいわけで、文句を言う筋合いもないだろうな。まあ、世間に発信する一般用、商売用の文書だけは「標準日本語」で書くことをお忘れなく・・・。

いながらにして時差ぼけの日
                   
11月7日。日曜日。目が覚めたら時計は午前11時40分(標準時)。外はまぶしいけど、標準時間に戻った今日はなんとなくボケ~とした気分。時計を1時間戻すと言う、一見して簡単なことで、テレビやラジオでは変更を周知させるのに「1時間長く眠れますよ~」なんて言うけど、結果としては寝ている間に隣の時間帯にテレポートされたようなもの。週明けの2日ほどは交通事故やニアミスが5割くらい増えるといわれるくらいで、ちょっとした時差ぼけ状態になることに変わりはない。これからたった4ヵ月の「標準時」なんてばかばかしいから、ウィンタースポーツ用品の業界あたりが陳情して、年中「夏時間」ということにしてほしいもんだけど。元々は5ヵ月そこそこだった夏時間がまるで「常夏の国」みたいに8ヵ月も続くようになったのは、レジャー業界の陳情のせいなんだから、もうひとふんばりして何とかしてくれないかなあ。

PCの画面の隅っこに表示される時計を見ていると、午前1時59分からひょいと1時間前に過ぎたはずの午前1時にタイムスリップする。(逆に夏時間に切り替わるときは午前2時からいきなり午前3時にジャンプする。)テレビの番組表もよく見たら午前1時の枠が2度あった。家中を走り回って、大小の時計やら、家電にやたらとついている時計やら、暖房のタイマーやら、全部で十何個の時計をリセットして、「夏時間」は終了。ここで標準時の午前3時前に就寝すれば少しは秋眠をむさぼれるものを、ずるずると寝酒をしていて、ベッドにもぐり込んだのは午前4時。前日までは午前5時だった時間だから、時計を見て心理的に「平常通り」に感じても、体内時計では1時間の夜更かし。これじゃあ、ボケ~っとするのも無理はないな。おまけに今日は日本時間で午前9時が納期の仕事がふたつあって、きのうまでは午後5時だったのが、今日から1時間早まって午後4時。なんだか急かされるようで、おちおち見直しもしていられない気分・・・。

ファイルのひとつに、明治初期の頃にできて、とっくに死語になっているとばかり思っていた言葉が想像もつかないような意味に変貌して使われていてびっくり仰天。どうやら、どこかの業界で「隠語」のように使われているうちに、新しい「定義」が定着したらしい。お役所でよく使われるんだそうで、一瞬だけどひょっとしたら「談合用語」、あるいは「汚職用語」かと思ってしまった。隠語というのは文字通り「隠し語」。外の人間に知られたらまずいというような話をするときには隠語は必需品だろうし、先だっても俳優だか何だかがドラッグを仲間内だけで通じる名前で呼んでいたそうだから、遠い明治の言葉のなんとも奇想天外な用法はそういう点でうってつけのような気がするな。まあ、真相はわからないけど、響きからするとあまり賢そうな感じがしない。(やっぱり、昔の建設省あたりの汚職談合から生まれた、とか・・・?)こういうのが専門用語がたくさん出てくる文書のど真ん中にひょこっと登場したら、場違い感がすごいものでずっこけてしまいそうだなあ。今回は翻訳の対象ではなかったからよかったけど。

それにしても、今日はずっと眠くて、何となくかったるくて、背中がぞくぞくして、ああ、やだ。こんなときにちんぷんかんぷんの日本語に出くわすと、それがスラングであろうが、省略語、仲間語、流行語、隠語、俗語の何であろうが、1.5リンガルに格下げされたような感じで、もう、し~らない、や~めた~という気分になる。ああもう、今夜はさっさと寝ちゃおうっと・・・。

雑誌の広告にも福がある
                   
11月8日。月曜日。結局1日が終わる頃にはどよ~っと疲れた気分になって、ベッドに入ったとたんに眠ってしまった。それで、なんともヘンな夢を見ているうちに、目が覚めたら正午の少し前。なんだ、もう「いつもの起床時間」に戻っている。でも、さすがによく寝たあという気がするから、いいか。

仕事、今日もサボりたい気分で、差し迫っている方の納期を再確認して、とりあえず今日1日はサボっても大丈夫と判断。メールを見たら、事務所を持っている同業から仕事の打診。特定の分野で経験者がいない、と。まあ、ワタシは昔その方面はけっこうやったから、納期と料金さえ折り合えば引き受けてもいいと返事をしたのはいいけど、もしも引き受けることになってしまったら、お子様プロジェクトのホームストレッチがきつくなってしまいそう。おい、八方美人もいい加減にしとかないと、また徹夜になっても知らないぞぅ・・・。

けさ届いたMacLean’sの最新号にブッシュ政権の国務長官だったコンドリーザ・ライスのインタビュー記事が載っていた。てっきり進歩的な中流家庭に育ったのかと思っていたら、中流家庭ではあっても、育ちはまだ人種隔離があった頃のアラバマ州バーミンガムの黒人が住む地区で、遊び友達が教会爆破の犠牲になったり、父親がショットガンを抱えて夜通し家の前で見張りをしていたことがあって、子供心に「テロ」とは何かを感じ取ったという。アフリカ系のアメリカ人から「Not black enough(黒人らしさが足りない)」と批判されることについて、そういう批判が破壊的な影響を及ぼすのは、子供たちが「黒人らしさ」とはまともな英語を話さず、学校の成績も悪くて自分たちを「被害者」だと考えることだと思ってしまった場合だ」という。「黒人らしさが足りない」と言ったのは、黒人の彼女が白人に立ち混じって保守政権の中枢にまで進出したのが気に入らなかった黒人たちなんだろうな。ワタシはもろに「日本人らしくない」(not Japanese enoughということかな?)と批判されたけど、これも「外国かぶれ」といった批判と同じで、日本人が海外で欧米人に立ち混じって適応している」のが気に食わない日本人が言ったんだと思えばいいんだろうな。コンディが自分は間違いなく黒人だと言っているように、ワタシも間違いなく日本人なんだけどなあ、日本国民じゃないだけで・・・。

雑誌を読み進んでいて、ぱっと目についたのが「業務用コンピュータを100%償却しよう」というカナダ政府の広告。「2011年1月31日までのチャンス」といううたい文句に誘われてよく見たら、政府の経済行動計画の一環として、来年1月31日までに購入したビジネス用にコンピュータは即100%減価償却できるというもの。カナダの税法では会計上の減価償却とは別に税務上の減価償却があって、機材や設備の「クラス」ごとに償却率が決まっている。しかも新しく購入した場合、初年度には1年の償却額の半分しか認められない。まあ、年度の途中で買うことが多いからなんだろうけど、この特別クラスが適用されると半年ルールもなくて、購入費用をソフトウェアと一緒に全額一気に償却してしまえるという。

うん、いいもの見ちゃった。広告にも目を向けてみるもんだよね。ワタシのコンピュータもそろそろ買い替え時だし、バックアップと携行用にラップトップを買いたいと思っていたところで、しめしめ。ハーバーさん、ありがとうね。問題は、ワタシの年度末は12月末だから、2台とも今年度中に買うか、1台は1月に買って来年度の償却にするか、かな。めんどうだからまとめて買った方が早いかな。ケチケチしないでいいのをど~んと買おうかなんて、ワタシもけっこうゲンキンな人間だけど、テキストの処理がほとんどなもので、今のキカイだって30ギガくらいしかハードディスクの容量を使っていないのに、でかいのを買ってどうするのかな。なんだか急にぜいたくな悩みが出て来てしまったけど、ここはちょいと腕をまくってど~んと仕事をしなきゃあなるまいという気分にもなって来た。だからこういうのをインセンティブと呼んでいるわけでもないだろうけど・・・。

結婚と浮気と離婚と愛と
                   
11月9日。火曜日。一応は晴れていたけど、道路はびしょびしょ。まあ、今の季節、晴れたいんだか、降りたいんだか、よくわからないことが多い。とにかく、朝食を済ませて、銀行へ行くついでに機能しなくなったワイヤレスの温度計の代わりを探して来ることにする。ポーチの気温は5度。でもまあ、運動代わりに徒歩ででかけるからと、半袖のTシャツの上にコットンのジャケット。玄関を開けたら、どうも降りそうな空模様なんだけど、そこで「まあ、どうってことないよ」と傘を持たずに出てしまうのがバンクーバーっ子で、そういう思考の人と35年も一緒にいて、ワタシの思考も「まあ、どうってことないか」。

銀行へ行って、買い物をして、郵便局の私書箱を開けたら、「預かり」の通知。ここ1週間ほどご無沙汰しているうちに郵便物が溢れて保管室入りになったらしい。渡された袋がずっしりと重いのは、通販のカタログの山か。トートバッグに詰めて肩に担いだら、腕がしびれそうなくらい。外へ出たら、雨。「まあ、たいしたことないか」と歩いて行くうちにだんだん本降りになりそうな雨足。運動がてらの早歩きでそれほどひどく濡れずに帰り着いたけど、ためしに測ってみたカタログの山の重さはなんと4キロ。ああ、クリスマス商戦のシーズン到来・・・。

ぼちぼちと仕事を始めて、タイトルと最初の一節をやったところで何となく「飽きた」ので、ほぼ機械的に小町横町の井戸端会議を覗きにでかける。相も変わらず人さまに判断を仰いでいるようなトピックが多いから、おいおい。つい「自分のことなんだから、自分で考えて決めるのが一番いいと思いますが」と頭の中で仮想投稿。ほんとに、どうしたらいいかと真っ赤な他人様に聞いてどうするんだろうと思うようなトピックが多いのは、自分のことさえ自分で考えて決められない迷い人が増えたということなのか。それにしても多いなあ、浮気と離婚。男と女がいたらそんなことは大昔から世の常なんだろうけど、倫理観や価値観が変わったのか、それとも単にインターネットや携帯の普及で、いわば「どこでも浮気」が手軽にできるようになったからなのか・・・。

その背景にぼんやりと見えている(とワタシは思う)のが、結婚したい、結婚したいと言うそこに「人間」の存在があまり感じられないこと。たぶん、「結婚している私」しか頭になくて、「結婚をすること」自体がゴールになっているからだろうと思うんだけど、どうなんだろうな。それで、運良く相手が見つかって、めでたく結婚したら、配偶者は「家族の一員」としてしか見られないとか何とか。情はあるけど愛はなくなったとか何とか。情愛が家族愛に変わったんだとか何とか。結婚することにエネルギーを使い果たしてしまったのか、それとも自分と子供以外に(愛するという)エネルギーを使うのがめんどうくさいのか。まさにそれで外国人の夫から離婚を切り出されて慌てている人のトピックもあって、「女がいるに違いない」とか「外国人はそういうものなんだ」とか。だけど、夫であっても距離をおきたいという価値観て、どういうものなんだろうな。

夫の不倫が発覚して苦しんでいる妻が、離婚と言う選択肢を取らなかった人のその後を聞いているトピックもあって、いろいろな人の思いが書き込まれている。その中で、10年前に夫が部下と浮気して離婚を切り出して来たものの、相手の女に振られて戻っていた来たという人の書き込みが、「夫のことは、許すとか忘れるとか、そういった次元ではなく…ありのまま全てを受け入れて、粉々に砕け散った破片をひとつひとつ拾い集めて再構築してきた、という感じです。今の夫は優しいです」と。なんだか胸にじ~んと来て、思わず涙が出そうになった。そう、そういう選択肢もあるのた。よく、土下座して謝罪させたとか、二度としないと言う念書を書かせたとか言う人もいるけど、そういう解決を選んだ人たちはやがては離婚に行き着いているんじゃないかという気がする。

この女性は「相手の女性のことだけは今でも許せず苦しんでいます」と言う。許せなくてもいいと思うけどな。許さなくたっていいじゃないかと思う。許せないことで苦しむことはないと思う。憎まなければそれでいい。許せない気持が憎しみに変わったらもっと苦しむことになると思うから。

大山鳴動、ありふれた感染症
                   
11月10日。水曜日。今日はいい天気だ。かなり早くに電話が鳴っていた。起きて番号表示をチェックしたら、病院。ボイスメールにメッセージが残っていないから間違い電話かな、と思ったのに、「病院」と聞いただけで、カレシのパニック・ボタンがピピッ。「やっぱり何か見つかったんだ」と、もうあと数時間の命みたいな取り乱しよう。何か見つかったんならメッセージぐらい残すだろうし、電話はあまりならないで唐突に鳴り止んだような気がするから、間違いなんじゃないのと言ってみるけど、ああ、頭の配線が完全にショートしちゃって、ダメだ、こりゃ・・・。

朝食のテーブルをはさんで、カレシが「ちょっとしたことで医者に行ったら、専門家のところに行かされて、なんだかんだと検査されて、超音波検査のテクニシャンがヘンな反応して、それが気になって、ずっと気になっていた」というから、デンバーで寝ずに3時間も話をして納得したようなことを言ってたのに!と、ワタシは少々キレたい気分。「オレ、過剰反応してる?」と聞くから、ワタシとしては「過剰反応していると思う」としか言えないと返したら、「アウトサイダーの客観的な見立てを聞きたいんだ」と。あの、ワタシはアナタの一番近くで、もろにアナタの言動の影響を受ける位置にいるから、他人のアドバイスは要らないと言う人に客観的な見立てをしてあげられるほど離れた「アウトサイダー」じゃないんだけど。

カレシ曰く、「オタワにいた頃、胸に小さなしこりができて医者に見せたら、「病変」という言葉を聞いて大変なことになったとパニックになった。医者はきちんと説明してくれなかったし、相談できる相手が誰もいない土地での一人暮らしだったから、単なる脂肪腫だとわかるまでの間、まるで夢遊病みたいな状態で過ごした。あのときの気が狂いそうな気持も好きだった仕事をやめて帰って来ることにした原因のひとつだった。あれ以来、健康のことで何かあるたびにあのときの気持が戻ってきて、頭から離れなくなる。オタワに行く前のオレはこんなんじゃなかったんだ」と。そっか、トラウマなのか。だったら、ワタシが未だにある特定のことに対してなぜ特定の反応をするのか、わかるよね。(まあ、わからないかもしれないけど・・・。)

ワタシ曰く、「ワタシは過剰反応して気にしすぎていると思うけど、それはアナタの性格がそうさせるんだと思うから、とやかく言わないでいる。ただ、アナタは自分で対処できないストレスを近くにいる人に無言で「何とかしてくれないと爆発する」という威圧で転嫁して、自分の肩の荷を降ろそうとするところがある。それはあまりにも他力本願ではないかと思う。もしも、自分で過剰反応しやすいという認識があって、何とかしたいと思うのなら、本当の意味での「アウトサイダー」に相談してみるのもいいかもしれない。プロなら「アナタという人間」という大きな枠の中で客観的にトラウマの正体や、その対処方法を考えてくれるかもしれない。まあ(と、このあたりからだんだんに哲学論的になって)、人間が住む世界はダイコトミーによって初めて「ひとつ」として完結しているわけで、同じ健康問題でも、ポジティブな見地から対応しようとする人もいれば、ネガティブな対応になる人もいる。中には(パパがそうだったように)うれしそうに病気だと触れて回る人もいると思うよ。そこが人それぞれという所以で・・・」。

でも、カレシとこんな風にしんみりと話ができるようになったのはこの数年のことで、私たちもここまで来たんだなあという感慨があるけど、気を取り直したらしいカレシはとりあえず専門医に問い合わせ。「電話をかけた記録はない」との返事。電話番号はバンクーバー総合病院のいわば「大代表」みたいなもので、病院内のどこからかけても同じ番号が表示されて、しかも折り返しの電話は通じないんだそうな。そこで一件落着したと思ったら、30分くらいでドクターのオフィスから電話があって、尿検査の結果は「尿路感染症」。元の一般医のところへ行って抗生物質の処方箋をもらいなさい、と。「薬で治るんだね」と念を押したカレシは今までの鬱々気分が嘘のように晴れて元気はつらつ。さっそくググりまくって、「特に50を過ぎると多いらしいよ、これ。男よりも女の方がかかりやすいんだって。キミも気をつけたほうがいいよ。今度からは2人とも定期的に健康診断してもらうべきだよな」。あ~あ、病気が見つかったら怖いから健康診断なんて嫌だと言ってたくせに、ゲンキンな人やねえ、アンタ。んっとに、もう・・・。

ドンキホーテのようなワタシ
                   
11月11日。木曜日。11月11日は第一次世界大戦の休戦を記念する祝日。ずっと昔は「休戦」を意味する「Armistice Day」と呼んでいたのが、第二次世界大戦の後で2つの大戦での戦没者を追悼する日として「Remembrance Day」になった。朝鮮戦争があり、ベトナム戦争があり、今はアフガニスタンから戦死者が無言で帰って来ている。今年は戦死者を追悼するだけでなく、国を守ってくれる軍人に感謝の意を表する日にもなっている。第一次大戦を戦った最後の兵士が亡くなって、今年はもう誰もいなくなった。第二次大戦で少年兵として戦地に行って帰った来た人たちもすでに80代に入っている。うん、2つの世界大戦はすでに遠い過去の記憶になりつつあるということだろうな。目覚めかけたところで頭上を飛ぶジェット機の音を聞いて、時計を見たらもう少しで午前11時・・・。

とりあえず診断がついてカレシがアップビートになったところで、今日は納期が2つある正念場。マニラは東京より1時間後で助かったけど、全力疾走して午後4時に終わったところで、即納品。トレッドミルに飛び乗って、汗を流して、熱いシャワーでひと息ついてリラックス。まあ、体はリラックスしたけど、頭は次の仕事を考えて全然リラックスしていないから何となくどよんと疲れた気分。夕食後、オフィスに飛び込んで、こっち時間で真夜中の納期に向かって超特急でまっしぐら。薬品名の検索がめんどうだったけど、午後11時45分に送信ボタンをクリック。やったぁ~と思ったのも束の間で、また仕事が降ってくる。あっちとこっちとクライアントが違うから、そっちで調整してくれと言うわけにも行かないから、えいっと両方まとめて引き受けてしまう。これだからダメなんだよねえ。また徹夜になっても、知らないから・・・。

ここのところ、ママがまた入院してしまうし、カレシは「オレ、重病かも」と気に病んで鬱々としているしで、ちょっとばかりストレスがたまりすぎていたのか、仕事に気合いが入らなくて気が散ってばかりだし、また咳の発作が出てきたし。これが10年前なら、カレシとの修羅場のごたごたやら自分自身のうつ病やらで、相当のストレスになっていたはずなんだけど、仕事には集中して没頭できていたように思うから不思議。私生活が暗礁にぶち当たって難破したような状態で、仕事が救命ボートになっていたのかもしれないけど、あのときはネット空間から侵略して来た得体の知れない妖怪を相手に、自分の「聖域」を守るために戦っていたときでもあったと思う。そっかあ、必死で生きるか死ぬかの戦いをしていたから、仕事にも集中できたということなのかなあ。戦いすんだ今ではそういう緊迫感がなくなって、ちょっとしたストレスで気が散ってしまうのかな。うん、そのあたりがよくわからない。

でも、ワタシって意外とファイターなのかもしれないと思う。自分にとって大切なものを守るために気力を尽くして戦っていないと、平和になってしまうと、碇をなくして漂っている船のようになってしまうのかもしれないな。きっと戦わずに降伏するなんて根っからできない性分なんだろうな。何が何でも戦争はダメ、どんなことでも戦いはダメダメという頑固な平和主義者もたくさんいるけど、ワタシはおとなしい子羊にはなれないと思う。吠えかかって来る狼の群れに立ち向かって行かないと気がすまない黒い羊なんだと思う。戦えるのに(何だかんだと屁理屈をこねて)戦わず、狼の餌食になるなんてまっぴらごめん。だって、たとえ万にひとつでも生き延びる可能性があるなら、それに賭けてみなきゃ損だと思うから。

よ~し、それでは腕をまくって仕事砦の攻略にかかるか。とりあえず、鬨の声も勇ましく・・・。