リタイア暮らしは風の吹くまま

古希を迎えて働く奥さんからリタイア。人生の新ステージで
目指すは悠々自適で遊びたくさんの極楽とんぼ的シニア暮らし

2011年8月~その3

2011年08月31日 | 昔語り(2006~2013)
豊かになるほど人はお金に飢えるもの?

8月21日。日曜日。暑い。午後1時にはもう25度に迫っている。郊外は30度を超える予報だそう。公式記録の測定地点が海風が通るバンクーバー空港ということもあって、内陸のフレーザーバレーでは公式記録よりだいたい5度~7度くらい夏は高く、冬は低い。そのバレーでやっときのうになってこの夏始めての30度を記録したというから、まさに今年は冷夏だ。

債務の限度を増やして支払不能を回避しようと議会でさんざんもめたアメリカのお手元不如意はどうやらかなり逼迫しているらしい。アメリカ国籍の人は海外に住んでいても毎年所得税の確定申告をする義務があるんだけど、IRS(内国歳入局)が申告をしていない海外居住者の摘発に乗り出したという話。アメリカに納める税金がなくても、居住国にある総額が1万ドルを超える銀行口座や不動産、信託などを報告しなければならないそうで、申告漏れがあると、口座1件につき罰金が未申告1年当たり1万ドル。自主的に申告すれば減額される時限措置が今月31日。で切れるということで、間に合わない人がたくさん出そうと言う話。まあ、外国に住んでいる人から罰金を取り立てられるのかどうかはわからない。

一番びっくりしたのはカナダとアメリカの二重国籍の人たち。アメリカ国籍を持っていても、カナダで生まれてカナダ人として育った人たちはそんな義務があるとはまったく知らずにいたケースがほとんど。普通に持ち家と銀行口座があるだけで破産しそうな罰金を取られることになる。さらにIRSが外国の銀行に客の「国籍」を記録させて、アメリカ人について報告させ、拒否したら罰則というという方針を決めているそうだけど、カナダではプライバシー保護法に触れるからそれはできないから、ややこしくなりそう。まあ、国際的には認められないだろうと言うのが専門家の意見だけど、ほんとにアメリカはよっぽどの金欠国なんだろうな。そんなの払えないからアメリカ国籍を返上すると言ったらどうなるのかな。

イギリスの新聞『The Telegraph』には、中国の大都市で女性が結婚相手に求める条件として持ち家をトップに掲げ、結婚相談所には高所得者との結婚を希望する女性が急増しているそうで、政府が「金目当ての結婚」を阻止しようとしているという記事があった。車を持っていればなお良いそうで、家なしの男性との結婚はリスキーな「素っ裸婚」として嫌われるらしい。「愛よりもお金」の結婚で離婚もうなぎ登りらしく、別れる夫婦の半分は財産分与でもめるとか。中国の最高裁判所は「離婚にあたっては、家は買った方またはその資金を出した親のものになる」という判決を出したという。いやあ、日本でも経済高度成長時代に適齢期の女性たちが「家付き、カー付き、ばばあ抜き」を結婚の条件にしていたもんだけどね。今の日本では男性の「年収が何百万以上」でないとリスキーな結婚と言うことになるらしい。中国の女性は「専業主婦」願望はないらしいけど、所詮は「お金」が条件であることには変わりないか。男はますます辛いなあ。

戸建ての平均価格が7~8千万円(新築はすべて1億円以上)もして、親の援助が期待できないバンクーバーだったら、若い男性が結婚できる確率はコンマ以下になってしまいそうだな。どうりで、離婚しても財産分与に家は含めないという「pre-nup」と呼ばれる婚前協定の締結を要求する男性が出てくるはずだな。日本人と結婚するのにそれを持ち出すケースもけっこうあるという話だけど、まあ、日本女性だって、3年間はスポンサーになった夫に扶養義務があるから働かなくてもいいと勘違いしている人が多いし、結婚する前から離婚後の慰謝料や財産分与について質問しているのを掲示板でよく見るから、どっちもどっちだとしても、世の中、世知辛いなあ。

愛し合った2人が結婚して、力を合わせて一から家庭と財産を築いて行く、というのはもうロマンチストが描く絵そらごとでしかなくなったのかなあ。まあ、昔はみんな今よりも貧乏だったから、愛しているいないに関わらず、「所帯を持つ」ということはそういうもんだったのかもしれないけど、それにしても、社会が豊かになればなるほど人はお金に飢えるもんなのかなあ・・・。

体の中からの冷えは冷房より怖いらしい

8月22日。月曜日。電話で目が覚めた。こんな朝っぱらからいったい誰なんだ!と、ベッド脇の時計を見たら午後12時17分。「営業時間」なのだった。これは失礼をば。ワタシのビジネスの代表番号でもある我が家の電話は、ボイスメールが「営業時間は午後12時から午前12時までです」というメッセージを流すもので、ワタシたちの超夜型の生活時間を知らない人たちはけっこうびっくりするらしい。でも、知っている人たちは正午を過ぎてからかけても返事がないと、「いつでもいいから、起きたら電話してくれ~」なんてメッセージを残してくれる。

今日の電話の主はトロントのデイヴィッド。ボストンの後でモントリオールに行くことで大枠がまとまったので、今日は飛行機の予定の話。ワタシたちのルートはどうやらバンクーバー→トロント→ボストン→トロント→モントリオール→バンクーバーということになるらしい。スケジュールを調べていたトラベルマネジャー(カレシ)によると、トロントへは火曜日に「Red eye」(寝不足で目が赤くなるから赤目)便と呼ばれる夜行便、トロントとボストンの往復は4人一緒、トロントからモントリオールへは鉄道で、4人で行くかどうかは未定、モントリオールで1泊してワタシたちは翌日トロント経由の深夜便で火曜日の丑三つ時のバンクーバーに帰ってくるという日程。まっ、それでいいでしょ。

今日は雨もよう。午後2時の気温は15度で、きのうとはエライ違い。さんざっぱらぐずぐずしておいて、やっと到来と思ったらもうへたれて「休み」なんて、だらしないよ、夏。他のところで猛暑を振りまいて調子に乗っていて、冷たいものを食べ過ぎたんじゃないだろうな。暑いからと言って冷たいものを食べ過ぎると、冷房病よりもたちの悪い「内臓冷え」になると、今日の産経に書いてあって、日本では若い人を中心に低体温化が進んでいるといるらしいという印象だったけど、それをさらに冷やしていいのかなと思った。体が中から冷えると臓器の血行が悪くなって、下痢や便秘を招き、免疫力が低下してアレルギーを引き起こしやすくなる。さらには血行不良によって肩こり、偏頭痛、不眠、食欲不振、低血圧を招くそうで、ガンやうつ、不妊の人には冷えが多いとか。

そういえば、伝統的な日本食にもけっこう冷たい食べ物が多いような感じがする。世界の暑い地域には香辛料をたっぷり使って汗を出す食べ物が多いのとは対照的に見えるけど、舌から涼感を得るという、「夏の風物詩」みたいな日本的感覚なのかもしれない。でも、その上に冷たい飲み物やアイスクリーム、甘いものなどをいつも飲んで食べてしていたら、体の方が冷えているのがあたりまえと思い込んでもしょうがないか。だからといって実際の生理機能はそう簡単に順応してくれないから健康リスクが出て来るんだろう。病原菌もがん細胞も体温が36度以下だと増殖が活発になるらしい。それに、血行(つまり血のめぐり)が悪くなれば、脳にも十分な血液が行かなくなって、何らかの悪影響が出てくるんじゃないという懸念がわいて来る。低体温の上に低血圧なんてことになったら、どんなことになることやら。

ワタシは冷たいものや甘いものをあまり食べないし、超夜型でも生活時間のサイクルはいたって規則的で、そのせいか体温もいたって普通に37度近くある。いつも血圧が低い!と騒いで(はしゃいで?)いるわりには、実際には上が100、下が60を切ることはそんなに多くないから、緩やかな「定義」によれば低血圧ということにならないそうな。トレッドミルで運動をした後に測ってみても、せいぜい5mmHgぐらいしか上がらないことが多い。60代前半の女性の平均値と比べても、一般に正常な血圧の目安といわれる「年令+90」と比べても、いかにも低すぎるような感じだけど、「平均」というのは魔法の数字だし、「目安」は所詮「目安」だから、健康で活動的でポジティブであれば何でもありだと思う。この年になっても熱い血の気が多すぎるということだったら、どうしよう。へたに冷やしたら、さらに血圧が下がって、病気になっちゃうかも・・・。

不倫事情は小説よりも奇なり

8月23日。火曜日。きのうの今日でまたちょっと夏が復活。ほんとに落ち着かない天気だな。

あさってはウィスラーへ出かけることになっているのに、そういうときに限って仕事がどさどさっと入って来るからいやになっちゃう。どうしてなんだろうな。ジンクスの一種かな。おかげでまたぎりぎりまで仕事、帰ってきてすぐに仕事。土木工事の話、不倫の話、企業案内、社会学の論文と、まるで今どきの空模様のようにテーマがあっちゃこっちゃと飛躍するから、こっちもきりきり舞い。そこが何でも屋の悩みであり、楽しみでもありなんだけど、とにかくがんばることにする。土木工事の話は参考資料をちょっと探して読めばイメージがつかめるから、用語がわかれば後は簡単。やりにくそうなのは次の不倫の話だな。

小町横町の井戸端会議でもしょっちゅう取りざたされているところを見ると、職場での不倫はもう日常茶飯事のことなのかという印象をつい持ってしまいそうなんだけど、原稿を読んでみたら、小町横町で話題になる話とそっくり。既婚者が独身の女性に不倫関係を持ちかけるときの定番のせりふまで同じ。この前は、北米でこんなことをしたら警察に告発されるなあというような状況で、「被害者」はちゃんと出勤して、一緒に仕事。それで気があると勘違いした男がさらにアタックして、やっと女性は「困った、どうしよう」という悠長な展開のものがあった。ほんと、自分の女性としての尊厳を傷つけられているにも関わらずはっきり「ノー」と言わないのはどうしてなんだろう。思うところがあって言わないのか、それとも何らかの縛りがあって言えないのか、わからないけど、「妻とうまく行っていなくて」なんて常套句につい母性をくすぐられるのかな。ほろっとしてして結んでしまう関係は「愛」とはほど遠いものだと思うんだけど、さびしい人たちが多いのかもしれないとしても、初めから不毛な関係はさびしすぎないかなあ。

いやあ、事実は小説より奇なりというけど、ガラス張りの瀟洒なビルの中で繰り広げられる恋愛もようは小町横町の井戸端よりも赤裸々な感じだな。まちがいなく現実に起こっている事実だからだろうな。浮気や不倫への誘いの定番ともいえる「餌」のせりふがずらりと出てきて、下手くそな小説を読んでいるような感じがする。(カレシが使ったせりふも出てきて笑ってしまうけど、このジャンルの男女関係は人種を問わない普遍的なものだということがわかる。)それにしても、何かにつけて登場する「飲み会」と言うやつは曲者だな。小町に流れる噂では「ノー」と言えないもので、しかたなく出席してその場の雰囲気になじまないでいると「空気の読めないやつ」と排斥されるらしい。まあ、酒の仲立ちがなければつながれない人間関係もさびしいなあと思うけど、それくらい「人見知り菌」が蔓延っているということなのかあ。

言葉は絶えず変化して行くもので、日本語もその例に漏れないわけだけど、こういうのを訳していると、非難や糾弾、拒否、蔑視といったネガティブな感情を薄いベールをかぶせて表現する手法?や婉曲表現は興味が尽きないし、いろいろと勉強にもなっておもしろい。常日頃、暇さえあれば小町横町を徘徊して、井戸端会議を岡目八目で野次馬見物してきた甲斐があったというものだけど、モラルや人間観の基軸を揺るがすようなテーマだけに、何だかなあとため息のひとつも出て来るというもの。いつからそんなに緩んだのか知らないけど、今にもずり落ちそうなそのたがをもうちょっと締めたらどうなんだろうと思う。でも、あんがい部外者の目には緩んでいるように見えるけど、たがの持ち主には緩んでいるような感じはしていないということもあるか。

でも、愛ってなんだろう、結婚ってなんだろう、倫理とはなんだろう、と深く考えをめぐらせ始めたところでいつもどどっと入って来るのが仕事。まあ、人生の毎日がこんなんだから、たぶん一生かかっても結論にたどり着けそうにないだろうな。じゃ、腕をまくって、次の仕事、するか・・・。

男のおひとり様は長生きしないと言う話

8月24日。水曜日。ん、今日は暑くなりそうだな。カレシがなぜか寝つきが悪かったと10時ごろに起きてしまったので、一緒に目が覚めてしまったワタシも、しばらくうとうとしてみたけど、結局は11時に起きた。ま、お出かけ前の今日中にやっておくことがいくつもあるから、たまの早起きもいいか。

朝食を済ませて、まず今日の郵便をチェック。ふむふむ、月初めだったか、テクニカルな問題でインターネット接続が1日。以上中断していたけど、プロバイダの電話会社から「お詫びのしるし」として10ドル割引のお知らせが来ている。インターネットのアカウントはカレシだけど、電話はワタシの名義になっているので、お知らせはワタシ宛。この10ドル、電話料金から引くのか、カレシのネット接続料金から引くのか、どっちなんだろう。どっちでも支払の出所は同じだからどうでもいいんだけど。

郵便のもうひとつはFolio Societyの新年度のカタログ。ここは1年に最低4冊の本を購入するのが条件になっていて、未発行の分もまとめて10月初めまでに注文しておくと、すごく高そうな本を2、3冊おまけにつけてくれる。在庫一掃の狙いもあるだろうけど、これでけっこう分厚い百科事典や、語源辞典、スラング辞典といった特殊の辞典をもらって重宝している。じっくりとカタログを見て、とりあえず新刊から、H.E.ベイツの『The Darling Buds of May』(イギリスのテレビシリーズになって、若き日のキャサリン・ゼタ・ジョーンズが出ていた)、レイ・ブラッドベリの『華氏451度』、マーガレット・アトウッドの『侍女の物語』、後は既刊のリストからどれか1冊ということにするか。毎日少しずつ本を読む習慣をつけておけば、老後に退屈することもないだろうしね。(カレシはいつもトイレに長々とこもって読書をするから、2人しかいない家なのにバスルームが2つ必要なんだけど。)

きのうやっておいたjuicyな(おいしい)仕事をもう一度見直してさっさと納品。このあとどういう展開になるか野次馬的な興味はあるけど、まっ、人生いろいろというところ。きのう寝ている間に「不在通知」が入っていた小包を取りに行く。スイス製の缶切り2個(カレシは黒、ワタシは赤)と人間工学的デザインのオレンジ/レモン絞り。新しく見つけたネットショップで、関税と売上税を源泉徴収してくれないから、その上にカナダポストに通関等手続き料として8ドル50セント取られた。(あれ、前は5ドルだったのに、いつから値上がりしたんだ?)郵便局の次は保険代理店。エコーの保険が今日の真夜中で切れる。排気ガスの検査なしで更新できるのは今年が最後。来年からは検査所にでかけて行って、検査をして、合格証をもらってからでないと保険を更新できなくなる。めんどうなだなあ。廃止されると聞いていたのに、2020年まで延長されたんだそうな。ふむ、それまでには電気自動車が主流になっていたりして。

次は酒屋へ行って在庫の補充。お気に入りのレミ(VSOP)は箱に「XOミニボトルつき」というステッカーが貼られていたので、念のために中をのぞいたら、ない。他の箱も開けてみたけど、ない。おまけのXOのミニボトルが入っていないではないか。レジでどの箱にもおまけが入っていなかったと言ったら、「納品されたときから入っていなかった」とのこと。化粧箱は封印されていないから、誰だって開けられる(現にワタシも開けて中を見たし)。製造元で入れ忘れたのでなければ、フランスから輸入されて、ここバンクーバーの酒屋に配達されるまでの間のどこかで誰かがくすねたということかなあ。エアラインサイズのミニボトルをどこかに横流しするつもりだったのかな。ま、ただのものはなくても損はしないんだけど、それにしても、おまけが入っていないのを承知でそのまま売ってしまう酒屋も酒屋で、さすが州政府のお役所商売というか・・・。

スーパーに回って、明日の夜のカレシの食料を調達。昔は1週間分ぐらい作り置きして出かけたものだったけど、今はカレシの自立のためにもやらないことにしている。カレシが選んだのは大好物の豆腐入り肉なしラザーニア。電子レンジで温めるだけだから、臨時おひとり様にはもってこい。ランチはどうするのかと聞いたら、「卵かカップヌードル。となりのパットを呼んで2人で飲むさ」。あ~あ、今回はひと晩だけだからいいけど、結婚しなかったか離婚や死別でおひとり様になった男は早死にするという統計数字がすごく現実的に見えて来る。いずれはどっちかが先に逝くのが自然の摂理ではあるけど、最愛?のカレシがこんなんだと、おんぶに抱っこのじいちゃんやもめになるカレシが心配で、おちおち先に逝けないじゃないの。逆に、おばあちゃん未亡人は生き生きとして来て、長生きするという話を聞いたけど・・・。

女子会の温泉旅行に出発

8月25日。木曜日。暑くなって来た。ウィスラーはもっと暑くて、明日は30度という予報。あそこは山の中の盆地だから夏は暑い。そのかわり空気が乾燥しているので、トースターでこんがりという焼け方をするけど。

着替え、日焼け止め、化粧品、サンダル、水着、カメラ・・・ぜ~んぶOKで、準備完了。10年前に買った水着がまだ着られた。(スパやホテルのジャクジーに入るには水着が必要。)12年前に半年で数キロも激減した体重が、この10年(特にこの2、3年)の間にじわじわと戻ってきて、今では昔の半分を「取り戻した」というところ。でも、10号から4号に下がった服のサイズはまだ変わっていないから不思議。まあ、ちょっときついかなあという感じはあるとしても、しばらくはかなかったデニムの短パンにもちゃんと納まって、ほっ。

女友達同士でつるんでのお出かけを今どきの日本では女子会というんだそうだけど、おばさん2人のカナダ版「温泉旅行」、いざ、出発!

天国の女子会から帰って来たら

8月26日。金曜日。いやあ、行って来ました。2人だけのおばさん女子会。家にこもっての毎日だからこそ、たまには家のことも仕事もほっぽりだして遊びほうけるのもいいもんだなあ、やっぱり。誘ってくれて、ありがとうね!

天気も良くて、ウィスラーまでのドライブもスムーズ。ホテルまで簡単に行き着いて、部屋に入って思わず「ええっ?」と言ってしまったのがこれ↓

[写真] 何だって部屋の中の、それもベッドのすぐそばにバスタブがあるんだろう?バスルームにはシャワーがあるけどバスタブはない。部屋の設計上、スペースが足りなくてバスルームには設置できなくて、やむを得ず部屋の中に置いたとか。それとも、気泡風呂だから、ゆったりとテレビでも見ながら入るためなのか・・・?

[写真] ちょっとふざけてベッドの上においてあった熊ちゃんといっしょに入ってみたけど、お2人さま用のサイズではないから、ラブラブのカップルのためというわけではないな。小さなキッチンが一応整っているから、ひとりがバスタブに背を向けてスナックか何かを作っている間に、風呂に入るというのもありかもしれないけど、それもどうも何だかなあ。カーテンも何もないから、うっかりハンドシャワーをベッドの方に向けたりしたら、びしょぬれで寝られなくなりそう。

それと、バスタブの後ろにある窓。バスルームの側にはブラインドがあるけど、何でバスルームに窓がいるんだろうなあ。なんとも不思議・・・。

ホテルから離れたところにあるスパは自然の中のアウトドア。まあ、日本の温泉で言えば「露天風呂」のようなもので、蒸し風呂とサウナ以外は露天プール。名前からして北欧式ということで、蒸し風呂やサウナでたっぷり汗を出しては、24度の水風呂と40度の熱い風呂で、滝に打たれたり、ジェット水流にマッサージをしてもらったりと、好きなだけ楽しめる。どこにいてもニューエイジ風のソフトな音楽が聞こえて、いたるところに「Silence(静かに)」の標識。あちこちの良く見えるところに時計があるのもおもしろい。シャワーをして、水着に着替えて、3時間ほど、あっちに入ったり、こっちに入ったり。クローバーのような形の風呂は体が軽くてジェット水流の中でいい運動になるけど、上がるときには体がやたらと重くて、地球の引力のすごさを思い知らされる。

スパで天国の気分で心身ともにたっぷりとほぐして、寄り道をしながら楽しく帰ってきたら、週明け一番(日曜日の夕方)が期限の仕事がどん。おまけに、いつの間にか家の外に路上駐車してあるトラックの後部のナンバープレートを盗まれて、カレシは盗難届けを出すやら、プレートのない車を路上駐車しておくと「違法放置車両」として引っ張っていかれるから、急遽エコーを外に出してガレージに入れるやらのひと騒動。あ~あ、下界は何かと騒々しいから、またスパへ行きたくなってしまった・・・。

男の子だ、留守番くらい何だ

8月27日。土曜日。起床は午前11時半。きのうは世間一般的な7時起床で、何となく普通時間の一日だったのに、どかっと置いていかれた仕事の算段をしているうちに午前3時半で、あっという間に元の「ふくろう標準時間」に戻ってしまった。まあ、1日。だけだから、体内時計はそれほど混乱しなかったんだろう。今日もまだ少し暑め。今日はとにかく徹底した仕事日・・・になるかな?

いつの間にか仕事のファイルが3つになっていたもので、ちょっぴり焦る気分で朝食後に直ちに勤務開始。宣伝文書はおもしろいけど、日本語と英語の感性がかけ離れているので、そのすり合わせがちょっとめんどうくさい。宣伝だから、格調が高そうに聞こえる言葉を並べたいのは理解できるとしても、すんなりと英語にならない語句がきら星のごとく並んでいるし、お堅い業界の印象としっくりしないようなセンチメンタルな表現が多いなあ。まあ、こういうテーマをやるたびに、日本語や日本文化のいわゆる「感性」というのは、「もののあはれ」に代表されるように根本的にセンチメンタルなんだと思う。要は、日本語と英語では感じどころのツボが違うということか。

ワタシが仕事にかじりついている間に、カレシはひとりで盗まれたトラックのナンバープレートを再発行してもらいに行った。ほんとは同伴してもらいたそうだったけど、なにしろ仕事があるもので、再発行料(18ドル)の20ドル札を渡して、行ってらっしゃ~い。10分もしないうちに保険代理店から「盗難届の受理番号を忘れた」と電話。メモした紙をマグネットで冷蔵庫に止めておいて、そのまま忘れて行ってしまったと。この番号がなければ新しいナンバープレートを発行してもらえない。しばらくして新しいプレートと、ついでに買って来たという盗難防止の止めねじと六角レンチのセットを持って帰って来たと思ったら、いつの間にかお昼寝。カレシのような性格だと、こういう事件はストレスが大きくて、ど~っと疲れた気分になるんだろうな。

夕食後もワタシは仕事、仕事。納期までの時間がちょっときついから、使い始めてまだ6ヵ月足らずで文字が半分近く消えてしまったキーボードをばんばんと叩く。近頃のキーボードは、キーの文字は移し絵でくっつけたようなものだから、1年もしたらほとんどが爪で削り取られて、タッチタイピングの練習用にしかならなくなってしまう。それでも昔取った杵柄でそれほど不便はないけど、なんとかならないのかなあ、これ・・・。

いつの間にか後ろに忍び寄っていたカレシ曰く、「やっぱりキミがいるほうが気分が落ち着くなあ。ひとりでいると家中の空間が広すぎていけない。ベッドに入っても何だか寒いし・・・」。あ、そう。それ、ひょっとして「ひとりでさびしかったよ」という意味なのかな?男の子でしょ?ひとりで(電子レンジでチンだけど)ちゃんとご飯を食べたし、お皿もちゃんと洗ったし、しっかりお留守番ができてえらいと思うけどなあ。留守番、ありがとうね。まあ、スパ通いに味を占めて、たぶんまた遊びに行っちゃいそうだけど、ワタシも「家」という空間にはアナタと2人でいて幸せだと思うよ。

死せる政治家、死せる政治

8月28日。日曜日。ああ、8月も後ちょっとでもう終わりかあ。のんびりした気分で起きて、あっ、きのうねじり鉢巻で奮戦していた仕事は今日の夕方が期限だった。ついでにもうひとつの小さいのも同じ時刻が期限。まるでオーバーブッキングした航空会社みたい。何やってんだろうなあ、ワタシ。これではのんびりなんかしていられないじゃないの。

朝食もそこそこにさっそく仕事にかかって、午後いっぱいキーを叩く。右手は中指の付け根とその上の関節と、親指の関節と、左手の親指の関節と・・・う~ん、痛くない関節ってあるのかな。いわゆる変形性関節症で一種の老化現象。左利きなのに右手の方が痛い指が多いのがちょっと不思議だけど、キーボードは両手利きだからかもしれない。まあ、花も恥らう18のときにタイプライターのキーを叩き始めて45年。社会人になってから何度か転職したどの職業にはタイプライターやコンピュータが付いて回って来たから、一種の職業病とも言えるのかな。それでも、スパのプールでふわふわと運動して来たおかげで、傷めていた膝の靭帯の方はトレッドミルに戻れそうなくらいに回復したようだから、この次は手指の「湯治」に行こうかなあ。

金曜日のうちに例の統合売上税の是非を問う住民投票の結果が発表されて、連邦税と州税を元の通りに分離する「復古派」が勝った。2本立てに戻るのは2013年の春ということらしいけど、カレシがかっていた州の消費税部はとっくに解散して、みんなどこかへ配転か転職してしまっているそうだから、改めて募集をかけて部署を再設置しなければならないだろうな。えらいこっちゃ。州の売上税は付加価値税のように取引の流れの中で順繰りに控除するしくみになっていないので払いっぱなし。ワタシも四半期ごとの申告業務が15分ですんで、しかも12%そっくり還付されてホクホクしていたのに、また1時間もかけて連邦税だけを抽出して申告するようになる。それで還付されるのも5%の邦税の分だけで、何か損な気がしないでもない。まっ、レストランの食事や継続教育の受講料には州税7%がかからなくなるから、いいのかな。最終的にはろくな根回しもなく導入されたことに怒っていて、そんな理由でめんどうくさい2本立て制度を復活させるのは経済の観点からは愚かだと思うけど、政治が経済に勝ったというところか。

きのうはガンで急死した新民主党のレイトン党首の国葬があった。在任中に亡くなったとは言え、野党の党首を国葬にするのは異例のことだそうな。先の総選挙で万年第3野党だった新民主党を第一党に躍進させた功績は大きいと思うし、ハーパー首相も一目置いてはいたようだから、これから議会で野党の先陣に立って政治手腕を発揮しただろうと思う。ワタシは新民主党は嫌いだけど、レイトンはたぶんリーダーとしても人間としても真摯に自分の信念に尽くした人だったんだろう。道半ばにして倒れた闘士というところかもしれない。それはそうとしても、一般市民が支持政党に関わりなく吐露する悲嘆の感情をテレビで見ていて、漠然とした怖さを感じた。何かにつけて悲嘆が群集心理になって怒涛のように街に溢れる現象が、この10年かそこいらの間にそういう文化を持たなかった社会にも広がりつつあるような気がする。人間が激情化して来ているのか、負の感情が心の深層に鬱積しているのか、そのあたりはよくわからないけど。

ほお、日本はまた総理大臣のすげ替えか。年令が54歳というのは日本のものさしではすごく若いうちに入るんだろうけど、写真を見るとずいぶん老け込んで見えるなあ。ま、総理大臣はルックスで決めるもんじゃないからどうでもいいとしても第1回投票で主意だった海江田が小沢色が強くなったために結局は負けたということだけど、鳩山グループとか菅グループとか小沢グループとか、昔の自民党の「派閥」とどう違うんだろうな。まあ、日本の政治って国を治める「国政」よりも党を治める「党政」の方が重要らしいから、総理大臣が交代しても国政の方はあまり期待されていないかもしれない。東京市場の株価は結果が出たとたんに伸び悩んでしまったそうだし、わずか20数年前には肩で風を切る勢いだった日本という国の先行きは「依然として不透明」ということか。さて、新しい首相はいつまで首相でいられるのか・・・。

夫婦は同床、別床、別室のどれがいいの?

8月29日。月曜日。起きてみたら、ん、空は高曇りで、ちょっと涼しいような。8月もあさってでもう幕だもんな。9月になってレイバーデイの三連休が終わったら、新学年が始まって、秋、秋、秋・・・。

きのうはかなりがんばったから、今日はかなりダラ~ン。目が覚めたのが午後12時12分。カレシが「あと10分」と言うので、2人してでダラダラ。カレシはまだひとりでは寒かったと言っている。そりゃあ、クイーンサイズのベッドにひとりで寝たら広すぎて温まらないだろうと思うよ。ホテルの大きなベッドだって同じことで、ワタシだってひとりで寝るとなんか寒い感じがする。まあ、36年も一緒のベッドだから、互いの体温があるのがあたりまえの感覚になっていて、それで「寒い」と感じるのかもしれないけど。時計が12時22分になって、「起きるぞ~」とカレシ。ふむ、女子会から帰ってきて以来、なんだかべたべたモードって感じだなあ。

のんきにベーコンとポテトを炒めて、カレシが目玉焼きを焼いて、朝食が終わったらとっくに1時半を過ぎていた。秋間近の8月の午後はつるべ落としとまでは行かないけど、どんどん短くなる。(その分もっと早く起きればいいんだけど。)ゆっくりと本を読んでいたら、新しいナンバープレートをトラックに取り付けるから手伝えというので、ガレージへ。仰向けになってトラックの下に潜り込んだカレシがプライヤーでナットを押さえて、ワタシは外から六角レンチでねじを締める。たまたまサイズが合うレンチを持った泥棒がいても盗まれないように、止めねじの頭の六角穴にシリコーンを入れたらと提案したら、「このねじでも盗まれたらそうする」と。ふむ、東京電力は福島原発で15メートルの津波を想定したシミュレーションをやっていたそうだけど、「もしもそういうのが来たら対策を実施しよう」なんて言わなかっただろうなあ。アナタの危機管理は大丈夫?

小町横町をのぞいていたら、国際結婚妻が寝室を別にしたいと言って夫に「それは夫婦が離婚の危機にあるということだ」と却下され、夫婦が寝室を共にすることが「そんなに重要なことなのか」と聞いている。ワタシの両親は同じ部屋に2つ布団を敷いていたような記憶があるけど、日本ではそんなに普通に別々の部屋で寝るのかなあ。カレシの両親も80代に近づいて、一軒家からタウンハウスに引っ越したときに初めて別室になった。早寝早起きのママと夜更かし朝寝坊のパパでは生活時間が違いすぎたんだろうと思う。我が家は別室にしにくい設計になっていることもあるけど、もめていたときでさえ別々に寝たいと思ったことはなかったな。同床異夢を承知で意地でも同じベッドで寝るというのではなくて、漠然とベッドを別にしたら2人の関係は二度と元に戻れなくなりそうな気がしていたということなんだけど、たまたま結婚指輪を外していただけでも「離婚か?」とパニックになったカレシだから、もしも別々に寝ると言ったら大変な修羅場になったかもしれない。

アメリカの1950年代から1960年代のホームドラマを見ていると、夫婦の寝室には必ずツインベッドがある。それがその時代の流行だったのかとカレシに聞いてみたら、「あの頃はHayes Code(ヘイズ規範)というのがあって、テレビでも映画でも男女が同じベッドで寝ているところを見せられなかったんだよ。たとえ夫婦でも」という意外な答が返ってきた。ヘイズ規範は1930年代後半にハリウッド映画の倫理規定として作られて、少しずつ緩められながら(あるいは緩みながら)も1960年代の終わりまで映画やテレビでせりふの言葉やラブシーンの描写を細かく規制していたとか。自由の国アメリカにもそういう窮屈な時代があったということで、テレビの影響なのかどうかはわからないけど、実際に同じ寝室でツインベッドで寝る夫婦も多かったらしい。たぶん、50センチくらい離れた2つのベッドをくっつける夫婦が出てきて、だったらひとつのベッドの方がいいじゃないかということになって、そこから夫婦同衾の観念ができたのかもしれない。もっとも、年を取ってからいろんな理由でベッドを分ける夫婦もかなりいるらしい。

日本の場合は、布団そのものが基本的にシングルサイズだから、「ひとり寝」があたりまえの生理感覚になっているということも考えられる。子供が生まれれば、子供が両親の間に割って入る「親子川の字」が円満な家族の理想像とされているところもあるし、結婚することが「最終目的」になっているような印象からしても、昔の家族制度の観念が未だに潜在意識に残っているのかもしれない。要するに、ひとつ屋根の下で生活を共にする単位は「夫婦」ではなくて「家族」ということなんだろうな。それで、国際結婚の日本人妻たちが寝室を別にしたいと言い出して、夫婦がは同室、同じベッドがあたりまえで、別室は離婚の前兆と思っている外国人夫たちを慌てさせているのかもしれない。書き込みを見る限りでは、夫に「ノー」と言われてしぶしぶながら同じベッドで寝ている妻が多いようで、ま、夫婦は今のところ安泰ということか。ごちそうさま。

時空間を越えたなんちゃらテイストの悲喜劇

8月30日。火曜日。1時間おきくらいに目が覚めたもので、ぐっすり眠った気がしない。寝つきが悪かったのかな、寝る頃にかなりの空きっ腹状態だったのを無視してそのままベッドに入ったからかな。満腹で寝るのは良くないという話を聞いたことがあるけど、空腹を抱えて寝るのは良くないという話も聞いたことがあるなあ。北米には「寝しなに温かいミルクとクッキー」という都市伝説みたいな話もある。どこかで幼い頃の記憶につながっているのかもしれないけど、温かいミルクが体を中からリラックスさせてくれるらしい。もっとも、クッキーをひと袋全部食べてしまったら効果は落ちるかもしれないな。

朝食は普通に食べて、コーヒーマグを片手に読書。E・F・ベンソンの『Queen Lucia』。ルチアことエメライン・ルーカス夫人は教養と芸術の薫り高いライゾームという村に君臨する金持ちマダム。夫君とは(知っている範囲の)イタリア語を混ぜて会話をし、近所の有閑マダムたちの動静にレーダーを張り巡らし、エレガントなガーデンパーティを催したり、パーティに集まったお客に『月光のソナタ』の第1楽章(だけ)を披露したりして、村の教養文化をリードしている(と思っている)。古い長屋を何戸かぶち抜いて改造した家は、徹底的にシェイクスピアが活躍したエリザベス朝様式なのが自慢の種らしい。たまにおでかけになるロンドンは「せわしなくて品がない」。ルチアが住む村のライゾーム(Riseholme)という名前は「地下茎」(rhizome)に引っ掛けて、噂好きなマダムたちが村中に張り巡らせている詮索の触手を象徴しているんだろう。

読みながら、小町横町にときどき登場する、「カントリーテイスト」とか「ナチュラルテイスト」とか言う「おうち」で、珪藻土の壁がどうの、アイアンがどうの、アンティーク雑貨がどうの、オーガニックがどうのと、リネンのドレスにお団子ヘアでなんちゃって風の「ていねいな暮らし」をしているマダムを想像してしまった。度を越した模倣や形へのこだわりは普遍的にこっけいだから、どこでも悲喜劇のネタになるんだろうな。ルチアの舞台は第一次大戦前のイギリスの有産階級で、お団子ヘアのフレンチカントリーマダムの舞台は二十一世紀の東京郊外のなんちゃらセレブ階級という違いはあるけど、その見栄っ張りで「頭の中がお花畑」的な似非教養人ぶりになんだか時空間を超越した共通性が感じられておもしろい。今、ルチアの関心の的はスピリチュアルに凝っているマクォントック夫人の家に来た住み込みのインド人のヨガの師匠。マンネリ化した村の文化活動に新風を吹きむ主導権を取ろうと画策するルチア。さて、どんな展開になるか。

今日は仕事がないので、午後いっぱいは「カレシサービスデイ」。庭仕事に欠かせないiPodが壊れたということで、新しいのを買うことにした。ブロードウェイまで車で行って、Whole Foodsのある地下駐車場に止めて、まずは2ブロックほど先のBest Buy。いいのが見つからなければ、Whole FoodsのとなりにLondon Drugsがある。ダウンタウンから橋を渡って南側のこのあたりはいつの間にかコンドミニアムや大きな商業施設が建て込んで、そのうち次代のダウンタウンになりかねないような盛況になっている。これから開発前線はキャンビーの坂を南へまっしぐらに進んで行くんだろうな。南端のマリンドライブでは駅を取り込んだ大規模な総合開発の承認が下りたばかり。どうやら、交通機関の駅と商業施設やコンドミニアムを直結させることの将来的価値がわかってきたらしい。日本のように「駅まで徒歩5分」が一番のセールスポイントになる時代が来るのかな。

結局、iPodは壊れたのと同じClassicの第5世代というのがあって、それで決まり。Whole Foodsに戻って、シリアルや魚の買出し。ランチにする魚バーガーも、マグロ、サケ、マヒマヒの3種を揃えて、野菜もオーガニックは高いけどめんどうだからここで最低限の仕入れ。郊外のチリワック特産のとうもろこしが1本89セント(70円)。先まできっちり実が入っているのを2本買って、今日の夕食はここで必ず買うカニのケーキと、オーブンのブロイラーで焼いたとうもろこしと、海草ヌードルと野菜のポン酢和え。ちょっとところてん風の海草ヌードルはカレシがコリコリした歯ざわりをいたく気に入ったということで、あんがい実験メニューの定番になるかもしれない。それよりも、思いつき買いした「玄米もち」の方はどうしたものか。お雑煮風にしてみるとか・・・。

ほんとに近頃はおもしろそうな食材にどんどん遭遇するようになって、食道楽にとってはまさに極楽の天国。それなのに空きっ腹でベッドに入って睡眠不足なんてヘンじゃない?

他人のまねをすること、たまたま同じになること

8月31日。水曜日。目が覚めたのは午前11時53分。今日はシーラとヴァルが掃除に来るので目覚ましを11時55分にセットしてあったんだけど、なぜかこういうときはアラームが鳴り出す何分前かに目を覚ますことが多い。せっかくわけのわからない夢を見ながらよく眠っていたのに・・・。

家の掃除が終わったのと入れ替わりに、日本暮らしから戻って来た友だちが子供を連れて遊びに来てくれた。前回会ったのは何年も前の子供が生まれる前のことだから、ほんとに久しぶり。日本で震災と原発事故があって以来、家族をまとめてカナダに戻って来た人たちはかなり多いらしい。夫の国への移住に難色を示す日本人妻たちも多いだろうけど、まだ幼い子供がいれば日本での将来に対する不安は大きいだろうし、「帰るところ」があれば帰ろうと思うのも自然な流れだと思う。片言を話し始めた子供は、初めはちょっと人見知りがちだったけど、慣れたら子供らしいエネルギーを全開。世界のどこでも、誰の子供であっても、2歳、3歳の頃は文句なしにかわいいよなあ。(子供には恵まれなかったワタシがふと「こんな子供を抱いてみたかった」と思う瞬間でもある。)

イギリスの『エコノミスト』誌が恒例の「世界の最も住みやすい都市ランキング」を発表したのはいいけど、ずっとトップにあったバンクーバーがメルボルンとウィーンに抜かれて3位に転落。なんでもインフラや交通の便の項目で「マラハット・ハイウェイの工事による頻繁な通行止めの不便さ」がスコアを下げた原因ということで、それを聞いたバンクーバーのメディアが一斉にニュースで取り上げた。というのも、「マラハット・ハイウェイ」は海峡を隔てたバンクーバー「島」にあって、渋滞しようが通行止めになろうが、バンクーバー「市」の住民にはちっとも不便はないのだ。(バンクーバー市民でさえこのハイウェイがどこにあるかを正確に知っている人は少ない。)ワタシが愛用している権威ある英和辞典の旧版にはバンクーバーは「同名の島にある港湾都市」と書いてあって仰天したけど、第6版が発行されたときには訂正されていた。『エコノミスト』の担当者はなんか苦しい言い訳をしていたけど、あの由緒も権威もあるはずの『エコノミスト』誌がのこ体たらくでは、いったい何を信じたら良いやら・・・。

ブログの編集ページにいつもあるgooランキングのリストに「身近な知人にマネされたくないもの」のランキングがあって、小町の井戸端でも「マネされた」という愚痴が登場するから、いったいどういうことを真似するとい嫌がられるのかなと思ってのぞいてみたら、「マネされたくないもの」ランキングの第1位は「ファッション」だった。ええ?身近な知人(友だちのこと?)にマネされたくないって、みんなが真似するからファッションなんだと思ってたけどな。去年東京の繁華街を歩いていて、何でみんな同じようなファッションなの?と思ったけどな。本屋に入ってみれば、華やかな女性雑誌にはそれを立ち読みしている人たちと同じようなファッションが満載、というよりは立ち読みしている人たちがファッション情報を仕入れて、「真似」しているんだと思ったけどな。知人だか友だちだかが同じような格好をしているからって、自分のファッションを真似されたと思うのはちょっと自意識過剰じゃないかと思うけどな。

ランキング第2位は「持ち物」、第3位以下は、「口癖」、「髪型」、「香水」、「行きつけの店」、「休日の行動」、「音楽の趣味」、「習い事」、そして「字」。持ち物にしても、ブランド品だって中国での大量生産だし、口癖にしてもみんなが何気なく口にする「流行語」のようなものがあるし、「髪型」だってその時々の流行があるし。6位以下の項目だって、要するに、たまたま行きつけの店が同じだったり、音楽の趣味が同じだったり、同じ習い事をしているのがわかって、うれしくなってついうっかり「アタシもそうなの」と言ったら、真似していると思われて、嫌われたり、疎遠にされたりする危険があるということかな。人が真似をしてくれないと流行にはならないんだから、真似されたなんて怒るよりも、真似されるようなものを創造した自分を褒めてあげるべきだと思うけど。

それにしても、他人には「みんな同じ」を求めたがるのに、他人には真似されたくない(他人と同じになりたくない)と思うのは、目立ちたがり屋が増えたのか、あるいは自分が「特別な存在」でありたいという願望なのか。自分は固有の存在だという認識に立っているのであれば、個性尊重の意識の芽生えと考えられないこともないけど、他人の自己決定権を否定し、個性を排除しなければ自分の個性(自己)を主張できないとしたら、個性尊重もへったくれもあったもんじゃないと思うけどな。人生は「たまたま」の絡み合いの連続なんだし。


2011年8月~その2

2011年08月21日 | 昔語り(2006~2013)
運動の話がなぜかお米の話に

8月11日。木曜日。きのうは最高気温が19度までしか行かなかったけど、今日はまた夏が再開の感じ。カレシが朝食の準備をしている間に何気なくキッチンの窓から庭を見ていたら、小さい鳥の群れが行ったり来たりしている。我が家の庭に来る野鳥の中では一番小さくて、秋になると群れになって山から里へ降りて来るヤブガラという種類で、3羽とまってもキンギョソウがびくともしなかったくらいに小さい。テレビをつければ、もう紅ザケが遡上して来ているという話で、ひょっとしてこのまま秋に突入してしまうのかな。

きのうしばらしく静かだったところからちょっと大きめの仕事が入って来たので、別の飛び込み仕事をささっと片付けた後は、嵐の前の休養の日ということにする。夕べは久しぶりによ~く眠って、咳も出なかったし、「寝た!」という気分で目が覚めた。カレシの提案で、トレッドミルでの運動を再開したのが良かったのかな、やっぱり。夕食の支度の時間が近づく午後4時過ぎに、どっちかがまずオフィスにおいてあるトレッドミルのデッキを下ろしてセット。ワタシは古いTシャツとショーツに着替えて、運動靴を履いて、時速約7キロ半のスローペースで15分。距離にして1周400メートルのトラックを4周半というところだけど、ヘッドバンドをしていてもゴールする頃には汗だく。そこですぐに降りずにトレッドミルのハンドルを握って、ゆっくり呼吸を整ながら、心拍数の下がり始めてから120を切るまでの時間を測る。走り終わってすぐの心拍数は年令的にはかなり良いらしい150~155で、普通は50秒から1分で120を切るから、その日の体調の目安にもなる。

買い物などに歩いて行った日はトレッドミルは休みで、カレシは庭仕事をした日も休み。しばらくサボっていると、まずウェイストのちょうど上のあたりのわき腹がタプタプしてくるのに気がつく。俗に「love handle」と言われるやつで(あのときにつかめるから「愛の取っ手」と呼ばれる)、1週間くらいさぼっていると指でつまめるようになり、1ヵ月もさぼると指先でつまめるくらいユルユルになって来るだんけど、トレッドミルで走り始めるとだいたい2日。くらいで指先ではつまみにくくなり、1週間もするとつまめなくなるからおもしろい。走ることで揺さぶられるからなのか、あるいは走るという動作がそのあたりの筋肉を使うからなのか、よくわからないけど、ついでに背中側のブラの下の出っ張りも締まってくるし、基礎代謝率も上がるから、熱いシャワーで汗を流していると鼻歌のひとつも出て来るというもの。(子供の頃には体育の時間が大っ嫌いだったのにね。)

夕食を済ませてオフィスに戻ってみると、あら、また仕事。ちょっぴり夏休みになるかなと思ったのに、また週末の置きみやげ仕事か。たぶん金曜日だとあせって文書を作って、じゃあ月曜日の朝にと飛ばしてきたんだろう。それで自分は週末休みなんてちょっとずるくないのかなあ。ま、そこを「こっちも週末で~す」とお断りしなかったのはワタシだから、自分に文句をいってもしょうがないか。それに日本は猛暑だし、お盆だし。猛暑と言えば、全国的に天候不順で米不足が起きた1993年(だったかな)に父の一周忌と母の十三回忌で日本へ行っていたワタシたちが東京にいたのはちょうど今頃だったと思う。東京はちっとも暑くなかった。暑くないどころか、真夏の8月だと言うのに長袖を着て歩けて、すごく奇異な感じだったのを覚えている。

ロイターズの記事に、70何年ぶりだかで再開した日本の米の先物取引がどうやら「正常化」したという話があった。一時はすごい高値で値幅制限にひっかかって売買が成立しなかったらしい。でも、試験的に2年間という条件付とはいえ、今の時点で米を先物投資の対象にしてもいいのかなあ。まあ、放射能汚染などで食べられる米が不足するかもしれないから今のうちに買っておけば儲かると考える人もたくさんいるんだろうけど、投機資金が流入して値段が高騰したら、米騒動が起きるかも(いや、日本人はおとなしいから起きないか・・・)。あの寒い夏の米不作のときも買いだめや売り惜しみがあり、日本が国内の不足をまかなうために世界市場で大量に米を買い付けたために、他の米消費国でも価格が高騰して国民が困ったという話があるけど、そうして調達した米を日本人が喜んで食べたかというと、どうもそうではなかったらしい。特にタイ米は「臭い」と不評だったようで、品種からして違う米なんだからしかたのないところもあるけど、文句を言えるということは、背に腹は代えられないほどの事態じゃなかったということかな。

ワタシはタイのジャスミン米が好きだし、玄米も黒米も赤米もインドのバスマティ米も好きだし、豆類を混ぜた韓国の五穀米や七穀米も好きだし、リゾットにするイタリアのアルボリオ米も好き。若竹の汁を吸わせた緑色のバンブー米(ほのかに青竹の香りがする)のような珍しい米があるとつい買って来てしまうくらい「穀類」が好きなんだけど、日本の米だけはあまり熱狂しないなあ。お寿司には使うけど、ご飯は私の口には甘いし、なぜか次の日には体重が増えるし・・・。

ついで、ついでは大荷物のもと

8月12日。金曜日。またキツツキが屋根のてっぺんを叩くもので、10時過ぎに目が覚めてしまった。もっとも今日は少しして静かになったから、そこらじゅうに響く音を立てられなくてつまんなくなったのかもしれないな(と、能天気に解釈してみる)。カレシが目を覚まさなかったので、ワタシもそのまま眠りに戻ったけど、何とかならないもんかなあ、いたずらキツツキめ・・・。

次は角を曲がってHマートへ。テレビのニュースで、店があるビルのすぐ外の交差点で道路が陥没して、朝から復旧工事をしているとニュースで騒いでいたけど、全然そんな気配がなくて、普通に車が走っている。でも、よく見たらアスファルトが黒々としている長方形の部分があって、どうやらそこが陥没したところらしい。なあんだ、うちのチビのエコー(ヴィッツ)でもよほどうまく狙いをつけないとスポンとは落ち込めそうにないような大きさ。どんな大穴が開いたのかと思っていたのに、ちょっと拍子抜けの感じ。まあ、かなり交通量の多い交差点だから、大きな穴が開いて何日も交通止めになったら大変だっただろうけど。Hマートには日本人らしい客がけっこう入っていた。「らしい」というのは、この頃はすれ違いざまに韓国語と日本語を聞き分けることができなくて、意識して聞いてやっと日本語だとわかるから。ワタシの耳がおかしいのかと思ったけど、彼女たちの今どき日本語の方が昔と違っているからじゃないのかなあ。今日の買い物はニラとししとうとぶなしめじとえのきと干しわかめで、ついでに海草のごま油漬け。

オークリッジ駅で地下鉄を降りて、オークストリートまで5丁ほど。途中で横断歩道に止まった車の後ろを回って通ったら、背後から「エクスキューズミー」と女性が叫ぶ声。何事かと振り返ったら、歩道に止まっていた車のドライバーがしきりに指差ししている。あはあ、なかなか信号が変わってくれないので、通りすがりのついでに歩行者用ボタンを押してくれというわけか。はいはい。通りすがったついでにちょっと手を伸ばして信号機の大きなボタンを二度ほどポンポン。信号はすぐに変わったらしく、左折した車がププッと「お礼」のホーンを鳴らして走り去った。いいえ、どういたしまして。ドラッグストアの奥にある郵便局で、転送されて保管されていたカタログばかりの郵便を受け取って、重くなって肩からずり落ちるトートバッグと格闘しながら、モールへてくてく。

スーパーでミルクだけ買って、ひと駅だけ地下鉄に乗って帰るつもりだったのが、青果屋でとうもろこしの山を見つけたのが運のつき。たぶん内陸地方の産で、4本で3ドルはちょっと高いけど、先っぽまでよくぷっちりした実が詰まっているから、買わない手はない。携帯で留守番のカレシにタクシーサービスを頼んで、太いとうもろこしをじっくりと6本選び、ついでに大きな台湾キャベツを1個、ついでのついでに地物のブルーベリーのトレイ(約1キロ)を1個、ついでのついでのついでにアスパラガス1束。到着したカレシが果物を買うというので、その間にスーパーへ回ってミルクを4リットル入り1本、ついでにソーセージを1パック、ついでのついでにほうれん草入りトルティヤを1袋。店に戻ってみたらカレシがまだバナナを選んでいたので、ついでにナスを1本としょうが1袋・・・。

やれやれ、ついで、ついでと調子よく買い物をしていたら、とうとう想定外の大きな荷物になってしまった。でも、おかげで今日は、大きなとうもろこし2本ずつと、庭に茂りすぎたルッコラのカレシ特製サラダで、今年初めての真夏の感じがする夕食。さて、ここで1日。半でできる仕事の「半分」でもやっておかないと、日曜日にまた時計と睨めっこになりかねないから、まっじめに「仕事モード」に切り替えよう。あ、3日。でできる仕事もちゃんと3日。でやっておかなきゃね・・・。

浮気相手と結婚させるのも仕返しのうち?

8月13日。土曜日。眠たいなあ。何だか目が覚めてばかりでよく眠れなかった。まず7時前の相当に早い時間にジェット機のような轟音が頭の上で響いて目が覚めた。もやっとした頭で今日はずっと郊外のアボッツフォードで恒例のエアショーがあることを思い出して寝なおし。だけど、半分ヘンな夢を見ていたんだか、半分夢うつつに考え事をしていたんだか、なぜか脳みそが眠ってくれなくて、とうとうぐっすり眠れないまま。どうしちゃったのかなあ・・・。

いつも7月から8月にかけてはメトロバンクーバー全域でひっきりなしにイベントがあって、週末ともなると押せ押せの感じになる。半年もどよんとした曇り空か霧か長雨の続く「冬」を太陽の光を待ちかねて過ごすところだから、晴天が続く短い夏は遊びだめの時期。特に春から低温続きで「いったい夏は来るのか」とやきもきさせられた今年は何かみんなせわしない感じ。まあ、来週の週末からは雨が降るというジンクスがある恒例のPNEが始まるから、急がないとね。ローカルニュースで、秋の気配がして来たという天気キャスターに、スポーツキャスターが、「秋の気配なんか3月からずっとだったよ」と茶々を入れていたけど。

今日は土曜日だけど「仕事日」。きのうのうちにまじめ?に2割がたやっておいたので、午後のひとときを後ろでうろつカレシを無視してひたすら仕事に集中。トレッドミルの時間になる頃には6割くらいになった。まあ、職場での人間関係のもつれに比べると、いたってドライなビジネスの係争で、弁護士が事実関係をこと細かにかつ明確に並べ立てたものだから、言葉の選択も奥深く考えなくてもいいから、楽と言えば楽な仕事。ちょっと小言を言われて「人格否定された」と騒ぐような心理を翻訳するのはかなりのストレスになる。だって、「人格否定」というのは、たとえば人を奴隷にしたり、女性を家財のように扱ったり、故意に存在する人をまるで存在しないかのように扱ったり、自分の理想の通りに人を作り変えようとしたり、つまりは人を(自分でもなく自分の所有物でもない)別個の意志と価値観を持ったひとりの独立した人間として見ないか、見ることができないことだとワタシは考える。極端に言えば、他人の人格を否定する人は自らが何らかの人格障害を持っているんじゃないかと思うことがある。

小町にここ1ヵ月くらい続いている夫の不倫のトピックがあって、小町横町では不倫や浮気のごたごたは日常茶飯事なんだけど、このトピックはなぜか胸に突き刺さるものがあった。相手の夫が不倫を知って修羅場になって、同時に待ち望んだ妊娠がわかった身で、ときには挫けそうになりながらも、仕事をこなしながらしっかり地に足をつけて対応しようとしたこの妻は強いなあと、ちょっともらい泣きしそうになりながら読んでいた。不甲斐ない夫とストーカー的な不倫相手の間も修羅場になったようで、しばらく別居するけど、その後でまだ愛のある夫とおそらく再構築の方向へ進むであろうと。それに対して、当然のごとく大勢の反応は小町語の慣用句のようになっている「慰謝料をもらってさっさと離婚しましょう」。夫婦はそんな風に割り切れるもんじゃないのにと思っていたら、誰かが「必死で離婚を勧める人たちは何なんだ」と書き込んでいた。

曰く、「何で別れないの?と不思議がる人たちは理性と感情の狭間で引き裂かれた経験がない、ある意味で平和で幸せな人たちなんだろう」。そうかなあ。ほんとに幸せな人たちは「必死で離婚を勧める」ことはしないだろうと思う。ワタシはあまり幸せでなさそうな人たちの方から「どうして離婚しないんだ!」という無言の圧力を感じた。いくら親切心からのアドバイスなのだと解釈しようとしても、あのときは「離婚しないのは許せない」的なオーラからすごい違和感とストレスを感じて、しまいにはここでもまたモラハラをされているのでは、自己決定権を奪われようとしているのではという感覚に陥って、怖いと感じたものだった。

そりゃあ慰謝料をふんだくって離婚できたら簡単でいいだろうとは思うけど、カナダでは「慰謝料」なんてものはないし、離婚届にハンコを押して役所へ持って行けばいいってものでもないから、簡単には行かない。まあ、ふと「もしもカレシが強引に日本へ行ったときに離婚していたら今頃はどんな生活かな」と考えることは今でもたまにあるけど、経済的には何の心配もなかったから、たぶんカレシがいなくなってさびしいくらいで、その他の生活はそれほど大きく変わらなかったかもしれないな。カレシははたしてどうだったのか。お水のお仕事のカノジョには振られただろうけど、自分の世話をする人が必要だから「女房が出て行ったので結婚できるけど」とか何とか言って、愛さえあれば年の差も厭わないという奇特なオンナノコに言い寄って、理想のかわいい日本女性との蜜月が冷めないうちから「だらしない」、「かたづけない」、「気遣いがない」と毎日何かにつけて文句を言われては「人格否定だ」とぶっちぎれているところかな。(うはっ、我ながら恐るべき想像力だな。ひょっとしてまだ怒ってる・・・?)

ふむ、つまりはカレシへの仕返しとして離婚してのぼせた相手と結婚させるという手があったということになるのかな。まあ、いくらワタシの人格を否定した行為に対する罰だといっても、それではカレシがちょっとかわいそうなことになりそうな気がするけどなあ・・・。

夫婦とは神秘なものと見つけたり

8月14日。日曜日。何とかまともに眠れて、午前11時50分に目を覚まして即起床。予報されていた雨は降らなかったようで、いい天気。ポーチの温度計は午後1時で摂氏18度と、また「冷夏」モードに逆戻りの感。見上げる空の色も何となく・・・?

今日が納期の仕事は、ゆうべ最後の最後というところに来て何とも煮え切らない文章に引っかかって、見直しが今日にずれ込んでしまった。日本語のビジネス文書には実際には存在しないものを存在するかのように表す用法がいくつかあって、その最たるものがいつも翻訳者を悩ませる「等」で、へたをするといたるところに「etc.」をちりばめた、英語文書としてはあまり見てくれの良くないものなったりする。書いた人には別に「他にもまだある」とほのめかそうとか、焦点をぼかそうといった意図があったわけではなくて、深く考えずに習慣的に付け足しているんだろうから、これも日本語文化に特有の「あいまい表現なんだろうと思うしかない。だけど、言語文化の「壁」をロッククライミングよろしくよじ登らなければならないこっちは息切れ状態・・・。

ま、もう一度見直しをして、それでも納期には余裕で納品して、仕事は無事に完了。年とともにくたびれるようになって来たけど、終わったあ~という気分はやっぱりいいな。カレシがそれを察して、「今日のメニューは何?」と聞いてくるから、今日はケイジャン風ベトナムなまずとルイジアナ風とうもろこしのマクシュー。「お、スパイシーだから、サラダも合わせなきゃ」と張り切るカレシ。きのうは離婚が一番の仕返しになり得るようなことをつらつら考えていたけど、今日は相手の取りようによっては離婚しないのが一番手痛い仕返しってこともあるんだろうかとつらつら。まあ、ワタシはやっぱり理屈抜きでカレシが好きだし、カレシの年令を考えたら「じゃあアタシが」とすっかりカナダ化した古女房に替わってくれる奇特なヤマトナデシコが今どきいるとは思えないから、あれから10年を過ぎて振り返って見れば、穏やかに「友白髪」が2人にとって一番の帰結だったのだと思えるな。ねっ、そうでしょ、カレシ?聞いてるの?(はあ、またヘッドフォンをしてる・・・。)

だいたいにおいて、夫婦というのは親と過ごした時間よりも長い、人間の生涯で一番長く、一番親密な関係だと思う。ただし、うまくやっていけたらの話で、(子供として)親と過ごした時間の方が夫婦の時間よりも長いうちはまだ精神的に夫婦を解消しやすいところがあるような感じがする。たぶんまだ親元という「帰るところ」が地平線に見えているからだろうと思うけど、「いつまでも親がいると思うな」と亡き父がワタシの自立を促して言った言葉の通りで、夫婦の時間が親と過ごした時間よりも長くなる頃には、もう帰るところがなくなっているのが普通だろうな。いがみ合ってみても、2人の間には長い時間が流れてしまっていて、複雑なしがらみもできていれば、「情」や「家族愛」と称される感情もあるだろうから、おいそれと「じゃあ、離婚ね」というわけにはいかないように思うけど、それができるなら長いこと夫婦でなくなっていたということで、それはそれで当事者たちには最善の解決策なんだろう。逆に、周りがいくら離婚を勧めても別れない夫婦にもそれぞれに一緒にい続ける理由があるはずだからこそ別れないことを選ぶんだと思う。

長く夫婦をやっていれば、あばたもえくぼに見えてくるだろうし、逆にえくぼがあばたに見えてしまうときだってある。男と女を基本とする「夫婦愛」がいつの間にか「家族愛」といわれるものに変わるということもあるだろうな。子供というかすがいがあればなおさらのこと、夫婦愛よりも家族愛が支配的になるのかもしれないし、男と女としての熱情が冷めたが故に「夫婦愛」とは違った情愛が生まれるのかもしれない。ときには、友愛とか、同志愛とでもいえるようなものに発展することだってあるだろうな。そこまで行ったら、ワタシには想像すらつかないけど、そんな形で平和に暮らしている夫婦もいるんだろうな。世の東西を問わず、「夫婦」というのは何となく神秘的な、なかなか真理を極められそうにない人間関係だなあと思う。この年になって何を今さらの感はあるけど・・・。

子供が親よりも長生きできる平和な世になれ

8月15日。月曜日。11頃にゲートでチャイムがなっていたような気がする。お勉強DVDだったらFedExだからあしたにでも空港近くのオフィスまで取りに行けばいいや・・・と、また寝なおして、正午ぎりぎりに起床。郵便受けをチェックしに行ったカレシがロイヤルメールの大きな袋を運んで来た。そういえば、ロンドンのフォリオ・ソサエティにE・F・ベンソンの「Mapp and Lucia」シリーズの函セットを注文してあったんだ。送る本が1冊のときは別だけど、いつもは本の入った段ボール箱をでかでかとROYAL MAILと書いた王冠のロゴ入りの防水袋に入れて来る。運動会の袋競走に使えそうなくらい大きくて、メッシュ入りなのでめちゃくちゃに丈夫。カレシが熟成した堆肥を入れる袋にしているの、ロイヤルメールはご存知か・・・。

内陸のケロウナのカジノの前であった銃撃事件で死んだのはやっぱり悪名高いベーコン兄弟の長兄ジョナサンだった。メトロバンクーバーでギャングの抗争事件があると必ずと言っていいほど名前が出てくるのがこのジョナサン、ジャロッド、ジェイミーの3人兄弟を首領とするギャング団。父親は教師、母親も管理職の仕事をしている裕福な家庭だとか。3年くらい前だったか息子たちがドラッグや銃不法所持で起訴されたときには、両親そろって裁判所まで20代の息子たちに付き添って来て、テレビカメラに向かって「うちの子たちは無実だ」と言っていて、3人の息子全員が一流?犯罪者に育ったのはこういう親がいたからなのかと呆れた。報復の銃撃事件が頻発し
そうという予想ではあるけど、とりあえず「One done, two to go(1人アウト、残るは2人)」。人の命で、こんなことを言うべきじゃないのかわかっているけど・・・。

日本はお盆休みということで、仕事前線は静か。8月15日。の今日(日本ではもう16日。だけど)は「終戦記念日」だったな。戦没者追悼式に参列する戦死者の「妻」たちの数が激減したそうだけど、戦争が終結してから66年、戦争未亡人と呼ばれた人たちも、空襲などで子供を亡くした親たちも、生きていればもう90歳前後になっているはず。将来のある若い息子を戦地で亡くした親たちはすでにこの世にはいないだろうな。南方のどこかで戦死したキヨシ叔父はそのときまだ二十歳前後だったと思う。母の弟で一家の末っ子。美術の才と夢があったらしい。子供の頃のワタシは何かにつけて伯母に「この子はキヨシによう似とる」と言われ、ワタシが生まれるまで生きていてくれなかったことが残念でならなかった。戦争の犠牲はいつも若い世代に集中する。親を敬えと教えられて来た子供がその親よりも先に死ぬという最大の親不孝を強いられるのは、あまりにも理不尽だ。

トレッドミルで走っていて、還暦を過ぎた母が「これで母よりも長く生きた」と手紙に書いてきたことをふと思い出した。祖母は戦争中にたしか60歳で亡くなった。ガンだっという。自分の母が他界した年令になって、母はどんな思いをめぐらせていたんだろう。その母もガンで満63歳を待たずに初孫の1歳の誕生日を目前にあっけなく他界してしまった。ひょっとしたら、自分の母親の生きた年月は超えたけど、残された時間は短いことを薄々でも知っていたんだろうか。ワタシは今年満63歳。母が生きた年月を超えたことになる。どんな時代でも人間にはそれぞれに思い描いた人生の夢があるはずで、その夢を母は63歳で断ち切られけど、母の享年を超えたワタシは自ら思い描く老後の夢を叶える時間を母よりも長く与えられたということなんだろう。

健康を心がけていれば、老後のワタシは母と同じくガンで逝った父の享年77歳を超えて生きて、できることなら
100歳を超えていき続けて、若くして逝ったキヨシ叔父さんの分まで実りの多い人生にしたいと思う。そのためには、不慮の事故や病気でもない限りは、子供が親よりも長生きできる世の中であってほしい。ぬくぬくとした大人が若者たちを親を残して死地に駆り立てて行くような戦い方をするのは人間くらいなもの。人間が「人間」になってからというもの、なぜか戦争ばかりして来たような感じがするけど、これほど長い歴史から何も学んでいないらしい人間て、いったいどういう動物なんだろう。いつかは戦争の愚を学ぶときが来るのかもしれないけど、いつともわからない「いつか」をいつまでも待ち続けることはできない。若い人たちにワタシたちの世代よりも長生きしてもらわないと・・・。

ナイアガラの滝で起きた悲劇

8月16日。火曜日。おお、今日はちょっと暑めになりそうな気配。正午ちょっと前に起きたところでゲートのチャイム。FedExが注文してあった天文学のDVDを持って来た。ひとつはハッブル望遠鏡の話、もうひとつは天体観測の手ほどき。これでまた「ご隠居さん」プロジェクトが増えたぞ。

朝食後のコーヒーを飲みながら、じっくりと雑誌を読み、『Lost Continent』を開いて、ただ今ワイオミング州を通過中のブライソンを追う。ページ数が残り少なくなって、当時30代半ばくらいだった著者が、ひたすらハイウェイを走って「生まれ育った国」アメリカの広さを身をもって発見しつつも、立ち寄る先々の「小さな町」の風景にアメリカへの失望感を深めていくのがじ~んと伝わってくる。イギリスに渡って、イギリスで仕事をして、イギリス人と家庭を持って、おそらく自分のルーツを探す旅でもあっただろう故国アメリカ何万キロの一人旅で、変わってしまった故国を腹立たしく感じ、また異邦人になってしまった自分を孤独にも感じる。なんかわかるような気がする。

日曜日の夜にナイアガラの滝に転落して流された日本人女子学生はまだ見つからず、警察は「死亡したものと推定される」としている。近親者に事故を通知するまでは氏名を公表しないのが普通だから、わかっているのは日本人女性というだけで、年令も19歳だったり、20歳だったり、交換留学生になったり、ワーキングホリデイになったり、はては領事館職員という噂まで流れていた。写真を撮るために手すりにまたがっていたのが、降りようとしてバランスを崩して転落したということけど、片手で傘を差していたそうだから、ありふれた観光記念写真ではなく、ちょっと気取ったポーズを作った写真を撮りたかったのかもしれないなな。開いた傘を持っていたとすれば、ちょっとした風がバランスを狂わせたということもありえる。傘を持っていなければ、両手で手すりをつかむことができて、もしかしたら助かっていたかもしれないのに。そういうことが想定できるなら、事故は起きないんだけど・・・。

ナイアガラの滝はワタシも行ったことがあるけど、想像を絶する規模と轟音で、迫力があるなんてなまやさしいもんじゃない。今にも引きずり込まれそうで、めまいがしそうになる。滝の高さは馬蹄形のカナダ滝が約50メートルで、幅は800メートル近い。滝つぼに落ちたらまず助からないし、いつ発見されるかもわからない。(現に、この女性の捜索中に身元不明の男性の遺体が発見されたという。)それでも、手すりから大きく身を乗り出したり、手すりの間の石の柱の上に立ったり、小さな子供を立たせたりする人たちが後を絶たないそうで、ワタシたちが行ったときもそういう人たちをかなり見かけた。いたるところに「危険」の標識があったんだけど、目には入らないのか、バケーション中はそういう野暮なものは無視しようと思うのか、あまりにも桁外れの光景で危険に対する感覚が狂ってしまうのか。この女性の場合は写真の被写体だったから滝に背を向けた姿勢だったのだろう。手すりから降りようとしたときに、一瞬身体の相対的な位置感覚が狂ったのかもしれない。

今日の日本の新聞は、行方不明の女性は20歳の語学留学生と報じていたけど、日本総領事館の関係者は「家族が公表を望んでいない」として、氏名などは公表しなかったらしい。たぶん日本の両親の家には報道関係者がどっと押し寄せるだろうから、「公表しないで欲しい」と希望したんだろうな。でも、地元トロントの新聞やテレビを見ると、名前どころかフェイスブックに載せてあったという写真までがあたりまえのように公表されていて、それを見た在カナダ日本人の掲示板では予想通りの展開で盛り上がっていた(すでに炎上)。Toronto Star紙に載った写真を見ると、旅行先のベトナムあたりで撮った写真らしいけど、日本の基準では「カワイイ」にあてはまりそうな、まあ典型的な今どきの二十歳の女子学生だったんだろうと思う。ちなみに、この新聞の読者コメント欄には「悲劇だ」、「家族に哀悼の意を」、「安らかに」といった言葉が並んでいたのが、同胞の掲示板の書き込みに無責任な心ない言葉が多かったの対照的だった。

おそらく両親が日本から現地へ急いでいることだろう。早く見つけてもらって、一緒に日本へ帰れたらいいね。

今日は家庭株式会社の事務処理

8月17日。水曜日。今日も夏らしい好天。朝食が終わったところでシーラとヴァルが来て、散らかしっぱなしの家の掃除。いつか2人が掃除代行ビジネスから引退したら、ワタシ、どうしよう・・・。

きれいになった家でのんびりとした午後。新しい郵便局を見に(なぜか未払いの私書箱レンタル料を払いに)モールまで歩いて行くつもりだったけど、「負傷休場」というところ。きのうは何となく膝の調子が良くなかったんだけど、トレッドミルで走り始めて5分と経たないうちに右膝の内側でカキッと痛みが走った。そこでやめておけばいいものを、いつもの極楽とんぼ流「ま、いっか」で走り続けているうちにどうしようもなくなって、最後の5分を早歩きに切り替えた。どうも靭帯を少し傷めたような感じ。せっかくトレッドミルを再開して調子が上がっていたのになあ。今日は階段を下りるときにちょっとだけ痛い。まあ、1日。か2日。大事をとってから、サポーターをして走りを再開するか。カレシはいそいそと庭へ出て行って、温室から直径が6センチくらいあって、ずっしりと重いきゅうりをもいできた。ヨーグルトで塩もみきゅうりのようなサラダを作るんだとか。

ワタシの午後一番の仕事はカレッジのアクリル画ワークショップの受講申し込み。9月末から日曜日の午後3時間のクラスが8週間。今まではファックスでやって手続きをオンラインでやろうとしたら、これがなかなかうまく行かない。カレッジや大学の手続きって、どうしてこうすんなり行かないようにできているんだろうな。それでも、あちこち読んでやっと要領がわかったところで、アカウントを作って、学生番号を入力して、パスワードを設定して、講座を選んで、あれこれテーだを入れて、クレジットカードで支払いをして、レシートにたどり着いた。でもその間、去年とおととしに受講した講座の税控除用のレシートを印刷するのを忘れていたことを発見。来年春の確定申告のときに遡及して控除が受けられるはずなので、2枚とも喜々として印刷。昔はこっちが忘れていても黙って紙のレシートを送って来たもんだけどな。世の中ほんとに便利になっているのか、実は不便になっているのか・・・。

その次はバンクーバー市警察の防犯アラームの許可料。ここに登録して毎年17ドル55セントの許可料を払っておかないと、アラームが誤作動したときに出動料を取られるし、4回目の誤作動の後はすぐに出動してくれなくなる。レンジにかけっぱなしだったフライパンが焦げて煙探知機が本気で鳴ったときは、消防車のお世話になったけど、何でもないのにたびたび誤作動すれば、そのたびに出動する警察や消防にとっては労力と時間の無駄だし、本物の火事や犯罪が起きたときに手がないという事態にもなりかねないから、やむをえない制度だと思うな。小切手を切って、許可証の名義人のカレシに更新申請用紙にサインさせて、封筒に宛名を書いて、切手を貼って、後は忘れずにポストに入れるだけ。簡単、簡単。

次はひいきにしている劇団Arts Clubへの寄付の手続き。長年劇団の後援者でボランティアをして来た90歳代の女性が一定の最高額まで今月末までに劇団が集めた寄付の額を倍にすることを申し出たそうで、たとえばワタシが100ドル寄付すると、劇団には200ドル入ることになる。これからも良い出し物を上演してもらえるように、今回は300ドルをオンラインで寄付。こっちはけっこうすんなり行って、ホッ。残るは10月末にボストンである会議のホテル予約くらいかな。ワタシにとって年次会議は同窓会と休暇旅行を兼ねたようなもので、今年はトロントのデイヴィッドとジュディを誘ってボストン観光。その後で4人でニューヨークへ足を伸ばすか、それともモントリオールに飛んで、ケベックシティまで行ってみるか。それとも、寒そうだからいっそのことバミューダに行くか。う~ん、どれもこれも迷っちゃうなあ・・・。

そういえば、友だちとウィスラーのスパへ行く話、どうなったかな。彼女が車のガソリン代と運転、ワタシが1泊のホテル代をそれぞれ受け持ってのおでかけ。でも、彼女も目が回るほど忙しい人だからな。だからこそ、体を壊さない前にスパで全身マッサージをしてもらってリラックスした方がいいんだけどなあ。行くのかどうか、まっ、どっちにしてもワタシの方はぼちぼちと仕事を進めておいた方が良さそう。楽しく遊ぶためにはちゃんと稼いでおかないとね。

ついでにやることを一石二鳥という

8月18日。木曜日。今日もよく晴れて夏らしい天気。正午でもう20度まで行っている。朝(つまり正午前!)起きて、朝食は普通のシリアルにかぼちゃの種とクコの実を混ぜて、郊外のフレーザーバレーで採れたブルーベリーをたっぷり。そういえば、ブルーベリーは目に良いとか何とか、どこかに書いてあったような。シーズンは短いけど地物はプクッと大粒で甘い。(となりのパットはまだ庭のラズベリーがまだ実をつけていると言っていた。)

きのう郵便局に行きそびれたから、今日こそ行ってレンタル料を払ってこなければと、ちょっぴりあせる気分。まだ膝の調子があまり良くないから、トレッドミルの代わりの運動も兼ねて歩いて行くことにした。昔、左膝の半月板を痛めたときに使っていたサポーターがまだあった。関節の動きを支える硬質ゴムのストリップが両側に2本ずつ入っていて、膝頭のところには穴が開いているデザインで、あのときはそれをつけてゴルフ場の周りを走っていた。(そういえば、ワタシの周りには手首、ひじ、手の指のサポーターがそれぞれあって、何だか関節がみんなガタガタという感じがしないでもないな。ふむ、やっぱり寄る年波ってことか・・・。)

今回は靭帯をちょっと痛めた程度だけど、半月板損傷のときは足が伸び切らず、曲がり切らずの状態で、寝るときは膝の下に薄いクッションを入れて痛み止めにしていた。結局は手術ということになって、待機リストに載ってからほぼ1年。内視鏡での日帰り手術を2度ドタキャンされて、やっと手術室に入ったのが9月だったかな。前日まで走り続けて、3週間経たないうちにまた走り始め、7ヵ月後には55歳の誕生日を記念して出場した10キロマラソンを65分で完走して大いに気を良くしたっけな。あれから左膝の方はずっと新品同様の調子だけど・・・。

モールについて郵便局が移転したはずの一角を探したけど見つからない。銀行の向かいのエスカレーターのところ。今まで通りにコーヒーのスタンドとアイスクリーム屋がある。ぐるっとモールを回っても見つからなくて、コンシエルジュに聞いたら、「エスカレーターを上がってすぐ右」。なあんだ「上」だったのか。二階に上がって新しい郵便局に入ったら私書箱も新しくなっている。新しいから鍵も変わったらしく、持っていた鍵では開かない。しょうがないから、カウンターで何やら聞いているおじさんの後ろに並ぶ。(こういうときに限って前の人が手間取るのはどうしてなんだろう。)やっと順番になって、まず1年分のレンタル料(税込み150ドル)を払い、私書箱を開けて中の郵便物を出してもらい、新しい鍵を2本受け取って、手続き完了。でも、出るときになって、午後6時に閉まった後は郵便を取りに来れないことに気がついた。デパートの地下にあったときは、モールが午後9時まで営業する日には私書箱だけはアクセスできたんだけどなあ。まっ、ついでに運動するつもりで歩いて来れば一石二鳥かな。

スーパーに寄って切らしたものを2、3品買うだけのつもりが、いつもの「ついで買い」でチーズやら魚やら。重くなったトートバッグを肩に、夏の日差しを浴びながら家までてくてくと30分。合計で1時間(+モールを歩く時間)も歩いたら、ひょっとしたらトレッドミルで15分走るよりも効率的かもしれないな。ただし、いつも「ついで買い」をしていたら経済的には非効率になりそうだけど、結局は食べたり、使ったりするものだから、まっ、そこはそれで銀行の口座に目を光らせていればいいってこと。実際、これから年を取るにつれて体中の関節がほんとにガタガタになって来たら、結果的には「ついで買い」も何もあまり楽しめなくなるんじゃないかと思うから、適当に稼ぎながら、これまで働きすぎて楽しむ時間がなかったいろんな「ついで」を楽しめる今はある意味で神様がくれた「ご褒美」かもしれないな。

さて、コンピュータの前に座っている「ついで」に、その適当な稼ぎの方もやっておくか・・・。

昔、英文科、今、国際コミュニケーション科?

8月19日。金曜日。暑い、といっても22、3度のごく平年並みの夏の陽気だけど、日差しはきつい。湿度が今日は60%と、それほど高くないので体感温度はせいぜい25度~27度。(まあ、体感温度で見てやっと真夏日という感じだけど。)湿度が低めだと、日向と日陰の温度差がかなり出てくる。かんかん照りの歩道を歩いていても、街路樹が作る日陰の中に入ったとたんに涼しくなって、額の生え際の汗がす~っと引くから気持がいい。

今日はまずボストンのホテルの予約。会員数が1万人を超えるアメリカの協会がやる年次会議は4日。間の会期で、平均して2千人近い参加者があるから、開催地の都心にあるハイアットとか、マリオット、ヒルトンと言った大きなホテルが選ばれて、一定期間は特別料金で泊まれる。おととしのニューヨーク会議では、そこをうまく利用してワタシの名前で2部屋予約し、トロントの義弟夫婦をゲストとして同伴して遊びまわった。それに味を占めたもので、今回のボストンでも一緒に「秋の行楽」を楽しもうということになっていた。来年はサンディエゴ、2013年はアラモの砦で知られるサンアントニオ、2014年はシカゴ、2015年はマイアミと決まっているから、当分は翻訳業の看板を下ろせないような気がする。(もっとも、会員でなくても、引退後でも会議には参加できるんだけど。)

ナイアガラの滝に転落して行方不明になった日本人女子大生の遺体がアメリカ側で発見されて確認されたという。Toronto Star紙の記事にはフェイスブックに記載されていた写真と一緒に出身地も報じられていたけど、日本では読売と産経がカタカナ書きで名前だけ載せ、朝日と毎日は「遺族の希望で公表できないと」という日本総領事館のコメントを載せている違いが何となく印象的。昨今の匿名デジタル空間では、人の口に戸は立てられないの諺の通り、いくら領事館がそう言ったところで、写真も名前も出身地も(ワーキングホリデイだそうだからおそらく休学中の)大学名もみんなあちこちにコピーされたり、リンクされたりして知れ渡っているんだけどな。

先だって日本から語学研修に来た女子学生がビクトリアで生み落とした赤ん坊を遺棄したとして起訴されたときも、地元の新聞が裁判の経過を詳しく報じていたので、それを読んだ在カナダ日本人の手で顔も名前も出身地もネット空間に流されていいた。(裁判では無罪の判決が出た。)でも、一般の新聞はほとんど報道していなかった。数年前にカルガリーで若い日本人語学留学生が両親さえ知らない間に現地の男との間に生んだ2人の幼児を餓死させて逮捕された事件も、在カナダ日本人の間では当時知らない人はいないほどだったけど、日本ではまったくと言って良いほど報道されなかったらしい。今回のように日本人が海外旅行先で事故に遭った話や(男性が)麻薬所持で逮捕されたという話や外国人が日本人に悪さをしたという話はニュースになるのに、どうしてだろう。ひょっとして女性が「加害者/被告」だったことと関係があるんだろうか。

報道のしかたの差異はこの際おいとくとして、最近はどこの大学にも「国際コミュニケーション学科」なるものがあるらしい。ビクトリア事件の学生は地方大学の国際コミュニケーション学科だったし、ナイアガラで死んだ学生の大学にもあるからおそらくはその学科にいたんだろう。(そういえばカレシをのぼせ上がらせたハタチのオンナノコも東京の某ブランド大学の国際コミュニケーション学科だと言ってたっけ。)だけど、「国際コミュニケーション学科」って、一体どんなことを勉強するところなんだろうな。興味がわいてちょこっとググって見たら、ある、ある。東京の有名大学も地方の無名大学も、果ては高校や専門学校まで、まるで猫も杓子もといったところ。どれも「国際人の育成」とか、「国際的に活躍できる人材」とか、「異文化の理解」とか、すばらしい能書きを掲げているけど、ほんとにどんな「学問」をして、卒業した人たちはそれをどんなキャリアに生かしているんだろうな。

ワタシが高校生の頃に「国際コミュニケーション学科」なるものがあって、英語三昧で海外語学研修もあって、卒業後は国際的な仕事に就いて海外に雄飛・・・なんて能書きになっていたら、大学に行こうと思ってまじめに受験勉強をしたかもしれない。残念ながらあの頃の選択肢といえば「英文科」か外語大の「英語科」くらいで、英文科は裕福な家庭のお嬢様の花嫁修業に行くところのように思えた。ワタシは英語をマスターして海外に雄飛したかったのに、何だか早く生まれ過ぎてしまったような気がするな。国際コミュニケーション学科に入学して、語学研修だ、休学してのワーキングホリデイだと、20歳前後で世界を飛び回れる今どきの人たちがちょっぴりうらやましいかも。でも、その年令の女子学生がそうやって世界を飛び回れるのは、裕福な家庭のお嬢様たちだからなのかもしれないな。ということは、今どきの「国際コミュニケーション学科」というのは、昔の「英文科」のようなところなのかな。まあ英文科というところも、実際は行かなかったので、どんな勉強をしてどんなことに役立つのかよくわからないんだけど、そういうと「だから学歴のない人間は~」と言われてしまいそうだから、ここで首を引っ込めて、さて仕事・・・。

もしも妖精が体型の悩みを解決してくれるとしたら

8月20日。土曜日。午後1時で玄関ポーチの温度計はもう23度。今日こそは本格的に暑くなりそう。今日から恒例のPNEが始まるから、雨が降ってよさそうなもんだけど、子供たちに夏休みが残り少なくなったことを告げるイベントが始まったところで待ちに待った本格的な夏の天気というのは皮肉な話しだな。

農業共進会から始まったPNEは今年で101回目になるけど、バンクーバーがカナダ第3位の大都市圏に成長したのに未だに農業地帯の「秋のカーニバル」的なところがあるのがご愛嬌と言えそう。目玉は遊園地とカーニバルにつきもののゲームや屋台の食べ物。食べ物はPNE名物のミニドーナツに代表される油で揚げたものがほとんどで、今年は揚げイチゴ(イチゴのてんぷらかフライのようなものらしい)まで登場したとか。あれこれ1人前ずつ買っては食べていたら、あっさりと1日。の所要カロリーの倍近くまで行ってしまうというから、すごいというか怖いというか、想像しただけでおえっとなりそう。

カナダ食品検査庁(CFIA)は太平洋岸で採れる水産物について放射能検査を始めると発表。狙いはもちろん北太平洋を日本近海まで回遊して、そろそろ遡上し始めたサケ。環境団体だか何かがなぜもっと早くにやらなかったんだと怒っていたけど、最初に騒いでいた放射性よう素は半減期が8日。だから、福島沖で汚染した海水が日付変更線を越える頃に問題にはならないレベルに下がっているだろうと思う。今騒がれているセシウムは半減期が30年くらいだけど、どこかでチェルノブイリ事故から25年経ってもセシウムによる健康被害は確認されていないという記事を読んだ。危険がないわけではないとしても、ごく微量だったら心配しなくていいのかな。まあ、神経質に心配しすぎて、ストレス過剰で病気になるリスクの方が高くなるということもありえるだろうな。それでも、こういうものは検査をするに越したことはないから、今からでも遅くはないと思うけど。

午後2時過ぎの気温は25度でバンクーバーの「真夏日」。運動と私書箱の古い鍵を返すのと野菜を少し買うために、カレシと連れ立ってモールまで歩いて出かけた。春からぐずぐずしていたのが嘘みたいな快晴だけど、ちょっと秋っぽい色に見えないこともないかな。新調したアウトドア用のサンダルでカレシと並んで歩け、歩け。新しい履物で必ず起きるのが靴擦れ。そうでなくても幅が広くて甲高なのに、外反母趾があって、中指の関節が曲がっていて、ワタシの足は見るからに不細工。それを幅が狭い西洋人の足に合わせて作られたものに押し込んで問題ない方がおかしいんだけど、ワタシの足に合う靴はめったにないから、靴擦れ防止クリームでしのいでいる。今気に入っているのはBand-Aidのもので、成分を読んでみたら「硬化植物油、セチルアルコール、香料」と書いてあった。「硬化植物油」ってのはマーガリンの原料じゃなかったかなあ。さわってもさらっとして、別にマーガリンを塗ったトーストのような感じにはならないけど。

サポーターをつけて歩いて、膝の調子は徐々に回復して来たけど、今度は両足首の関節がパチパチと変な音を立てる。せっかく神様にちょっと長めに作ってもらった脚なんだけど、膝はごつごつして来たし、後天性の偏平足だし、足の先はほんっとに不細工さし、ペディキュアもなにもしていないから、素足(生足?)のサンダル履きで日本の電車に乗ったら、「見苦しくて目のやりどころに困る」とメイワク宣言されてしまいそう。だけど、他にもいろいろとある不細工なパーツと釣り合っているんだろうから、今さら神様に返品して形のいいのと取り替えてもらうなんてできない。たとえ神様が取り替えてあげると言っても、60年以上もワタシを支えてくれたかけがえのない足
だから愛着というものもあるしね。

でも、もしも妖精のおばあちゃんが魔法の杖を持って現れて、体型に関することで何でもひとつだけ願いごとを叶えてあげると言ったら、この世の女性たちはみんな何をお願いするのかなあ。ワタシは絶対に「身長をあと10センチください」とお願いするけど・・・。


2011年8月~その1

2011年08月11日 | 昔語り(2006~2013)
時間薬が効かないトラウマ

8月1日。月曜日。8月1日。。BCデイの三連休の最終日(日本流に言うなら、ハッピーマンデイかな)。やっと到来した夏、どうやらしばらく腰をすえてくれそうで、週間予報はお日様マークがずらり。今日の予報は平年並みの最高気温、湿度は60%以下で、午後1時の気温は18度だけど、日差しの中に出ると「夏!」という感じがする。

カレシが温室からでっかいきゅうりをもいできたので、茂りすぎた青しその葉を取って来てもらって、即席のきゅうりの漬物を作った。ワタシは漬物やピクルスの類はほとんど食べないけど、カレシは大好きで、買い物に行くたびに買い込んで来ては、もぐもぐ。空腹と言うよりは「口さびしい」という感覚なんだと思う。塩分の取りすぎがちょっと気にはなるけど、日常の三食についてはシェフが減塩を心がけているから、まっ、後は本人の自制にお任せというところかな。賢い大人の年令なんだしね。

その自制というやつがまたけっこう難しいらしく、今日は庭仕事を終えてコンピュータの前に座ったとたんにぶつぶつ、ぐちぐち。ルータの調子がおかしい。メールにもネットにも接続できない。あっちこっちと弄り回し、ぶつぶつ、ぐちぐちがだんだん大きくなる。きのうはiTunesのアプリが壊れたとか何とかぶつぶつ。んっとにこの頃はとみに亡きパパに似てきたなあ。あれが嫌い、これが気に食わん、あれはダメ、これlはクズ。ネガティブなのもここまで来ると、 さすがのワタシもイラッと来てしまう。寝ている間に入ってきた仕事の算段をしているときに、後ろであまりごちゃごちゃ言うから、プロバイダのサーバがダウンしてるんじゃないの?と言ったら、案の定、「そんなこと、あるはずがない!」と口をとんがらせて一蹴。あっ、そう・・・。

昔とは違うところは、カレシがそうやって子供のような癇癪を起こしたら、ワタシは「もしもワタシがネクラ丸出しでぐちぐち、ぐちぐち文句を言い続けて、思い通りにならなくて癇癪を起こしたら、アナタはどんな気分になると思う?」とやれること。自分がされて嫌なことは人にしないって、どこかで誰かに教わらなかったのかなあと思うけど、誰にも教わらなかったか、あるいはそういう思考ができないか。どっちでもいいけど、ちょっと落ち着いて、何を手伝って欲しいのか合理的に質問したり、頼んだりできるようになったら、お話を伺いましょ。そのときは新しいバックアップ電源に切り替えるのも手伝うから、言ってちょうだいね。

しばらくして諦めたのか。「電源はどうやって取り替えるの?」と来た。古くなったバックアップ電源がピーピー鳴っている。そこで、配達されたままの箱から取り出して、ひっくり返して底を開けて、電池の電極を接続して、コンピュータとモニタのプラグを差し込んで、電話のコードをつないで、電池のプラグをコンセントに差し込んで、おしまい。コンピュータは無事に立ち上がり、モニタもちゃんと機能している。ルータも立ち上がって、ワタシのコンピュータから印刷もできる。でも、やっぱりネットにもメールにも接続できない。ここまで来て、さすがのカレシも電話を取って、プロバイダのヘルプデスクに問合せ・・・何のことはない、「ただ今システムがダウンしています」というメッセージが流れたそうな。だから言ったでしょ、プロバイダのサーバがダウンしてるかもって。人の言うことに耳を傾けないから、よけいな回り道をするんだってば・・・。

夜になって、ラジオで「ハードウェアの問題でTelusのネット接続が州全体で障害が起きている」というニュースが流れた。朝からそんな状態だったようで、テクニシャンたちが一刻も早い復旧を目指して対応中とか。それを聞いたカレシ曰く、「別に接続できなくたっていいさ。オレのせいじゃないからどうにもならないんだし」。ワタシは突然ネットやメールがつながらなくなったら、まずはルータより先の外部の問題を疑ってみるけど、と言ったら、ちょっと照れくさそうな顔。小さいときから不器用だったカレシはおもちゃを壊してはパパに叱られたり、虐待的ジョークのネタにされたりしたもので、70代に手が届く年令になっても、モノが故障したり壊れたりすると、とっさに「オレのせいじゃない!」という反応が出るらしい。たぶん、子供の頃のトラウマがパニックを引き起こして、冷静に考えられなくなるんだと思うから、とりあえず「するべきこと、できること」をまず考える方へと、それとなくやんわり誘導する。ふうぅ・・・。

若いときにカレシのそういう背景が理解できていたら、モラハラ的なネガティブな圧力に潰されることはなかったかもしれないと思うけど、まあ、若さには知恵が付いてこないし、知恵が付く頃には痛い目にあった後でもう若くないのが現実。それにしても、ハードウェアの問題って、電話は通じているから、泥棒に電話線を切り取られたわけじゃなさそうだし、復旧までに日付が変わりそうなのは、よっぽど重大な障害なんだろうな。おかげで、我が家にまでもう少しでひと悶着のとばっちり。寡占状態なのに、事業継続計画ってやつは作ってなかったのかなあ・・・。

アインシュタインもびっくり仰天

8月2日。火曜日。ちょっと高曇りだけど、正午の気温は20度でまあまあの夏日。今日はカレシのネット接続も復旧したようで、機嫌よく庭仕事。なんとなくほっとしたワタシも、先ずは特急で仕事を仕上げて納品。やっぱりどうもやる気の出ない時期らしくて、続けて仕事が入って来なければいいなと思ってしまう。ご隠居さんのカレシのご機嫌にも波があるように、現役稼働中のワタシのやる気にも波があるってことで、うねって砕けた後は穏やかな引き波になれば、それでよし。

同業仲間のメーリングリストにおもしろそうなリンクが貼られていいた。6月に発行されたばかりのアインシュタインの伝記本の日本語訳があまりにもひどいものだったので、出版元が全数を回収したと言うもの。上巻がすでに出ていて、回収されたのは下巻という。日本語してまったく意味の通らない文章もあって、機械翻訳ではないかという説もあるそうな。実際に英語の原文をあるサイトの翻訳ソフトに通してみたら、同じ日本語文が出て来たという話もある。この本のある章を写真サイトに載せた人がいると言うので、さっそくリンクを辿って行って、開いてスキャンした本のページを読んでみたら、うはっ!すごっ!絶句ものだ、これ・・・。

というよりは、先ず日本人が書く日本語ではない。たしかに、昔から「翻訳調」と呼ばれる外国語からの翻訳もの独特の日本語文体のようなものはあったけど、これは「翻訳調」だからと我慢して読むようなものではない。だって、いわゆる「翻訳調」の日本語文は言い回しや理屈がちょっと「バタ臭い」と言う感じがするだけで、それでもれっきとした日本語文だった。英日翻訳をやりたいと言うと即座に「アナタの日本語の文章力は?」と聞かれる今でさえ、数ヶ月の短期語学お遊学して来て「エイゴできるんですけどぉ」と言っているようなオンナノコたちとか、お小遣い程度の稼ぎがあればいいというバイト感覚の子持ち専業主婦とか、そういった何ちゃって翻訳者にだって、こんな日本語になっていない日本語訳はやろうとしてもできないと思う。どう見たって、日本語も英語も中途半端な俗に言う「セミリンガル」としか思えない人でも、さらには日本語が母語でないプロの日英翻訳でも、こんなひどい日本語訳にはならないと思うんだけどなあ。日本語が母語だけど日英翻訳もやっている日本人翻訳者の(英語人がNGを出すような)英語訳と比べても、この日本語訳は無限大に「ひどい」。それくらいひどい・・・。

出版元はそこらの零細な出版社ではない。ドイツの有力メディアが所有するアメリカの由緒ある大出版社と直結した会社で、翻訳本が主力事業だと言うからにはそれなりの資源があるはず。アマゾンのページの写真をうんと拡大してみると、名前は判読できないけど「監訳」という文字が読める。てことは、翻訳も、校正・校閲もみんな下請けに丸投げしたんだろうな。ノンフィクションの日本語訳にはけっこうそういうのが多いように思うけど、なんか日本の読者を小ばかにしているような感じがするな。まあ、こういう誰が見ても粗悪な仕事をして、自分の名前を表紙に出せる翻訳者はいないと思うけど、原書の著者はこの騒ぎを知っているのかなあ。

あるベテラン会員が粗悪翻訳の根源は「けちり」だと言っていたけど、まさに安ければ言いという姿勢なのかもしれないな。発注元から採算が取れるはずのない安い値段で請け負う翻訳会社があって、それを先の「500円翻訳者」と同様にパチンコ屋の出血大サービスのような安いレートで、おそらくは安いとも知らずに引き受けるプロ意識も生活意識もない「翻訳家」がいるから、発注する側にとっても翻訳は安いのがあたりまえになって、そういう水準の予算しかつかなくなるのかもしれない。安いを意味するcheapには「俗悪」という意味もあるんだけど、出版社も翻訳会社も翻訳者も気が付かなかったのか、あるいは諸般の事情で目をつぶったのか。

出版社のホームページには「お詫びとお知らせ」が掲載されているということで、リンクを辿って行って読んでみたら、「一部に校正・校閲の不十分な箇所がございました」だと。はあ、「一部に」ねえ。校正と校閲も外注したとしても、少なくとも印刷に回す前にたとえざっとでも最終原稿に目を通したはずだと思うけどなあ。でも、「You get what you pay for」、つまり、お金を惜しまなければ良いものが手に入るし、逆にケチればそれなりのものしか得られないと言うこと。翻訳能力、文章力が欠如した人間による翻訳なのか、本当に大手ポータルサイトの翻訳ソフトによるキカイ翻訳なのかの議論はともかく、こういう形容詞さえ思いつかないすごい翻訳本が、印刷製本され
て日本各地の書店の本棚に並ぶまで、誰もその品質にまともな疑問を抱くことなく通ってしまうというのが究極的にすごいと思うなあ。

もしも、もしも、いつかワタシの小説が北米でヒットして、日本語訳の話が出るようなことがあったらどうしよう。まあ、万のひとつも可能性はないと思うからいいんだけど、もしもアインシュタインが聞いたらどういう反応をするか。

半端な残り物食材で作る思いつき料理

8月3日。水曜日。今日も夏が真っ盛り。シーラとヴァルが正午過ぎのいつもの時間に来たけど、今日はワンちゃんのレクシーがシーラの孫娘とお留守番ということで来なかったので、ちょっとつまらないから、一階と二階を掃除している間にオフィスで仕事。掃除が終わった午後2時過ぎのポーチの気温は22度。明日はもっと上がるという予報。

フリーザーに使い残しのオヒョウとロックフィッシュ、ティラピアがあったので、これも1個だけ残ったじゃがいもをゆでて、潰して、魚もまとめてさっとゆでてほぐして、刻みにんにく、刻みパセリ、パルメザンチーズ、卵、パン粉を混ぜ合わせて、フィッシュケーキを作ることにした。まあ、コロッケのようなもので、ちょっと多いかなと思っていたら、カレシが太いきゅうりを収穫して来て、半分をくれて「これ、何かになる?」

急遽、フィッシュケーキは半分だけ使うことにして、3個残っていたホタテを出してきて、急速解凍。スライスしたきゅうりには塩を振っておいて、ホタテはポン酢でマリネート。野菜が底をつきかけているから、今日はレインボーにんじんを蒸して付け合せにすることにした。

[写真] フィッシュケーキは平たく形を整えたものに軽くパン粉をまぶしてフライパンに。焼けるまでの間に、にんじんをスチーマーにセットして、別のフライパンにバターを少量溶かして、薄くスライスして一味唐辛子をちょっぴり振ったホタテをさっと火が通る程度に焼いて、きゅうりと段々に重ねてみた。飾りに香り付けを兼ねたレモンのゼストを載せて、はい、残り物の在庫一掃セールメニューのできあがり。

2人だけの食生活ではどうしても一回では食べきれない中途半端な食材が出てくる。フリーザーに戻せば鮮度や質は落ちるけど、あまり長く入れておかない限りは食べられないほどには落ちないから、ちょっとダメもとのつもりで実験!その結果、どんなものができるかわからないのが極楽とんぼ亭の名物思いつきなんちゃら料理。前の週末に食材を出し忘れて緊急処置として刺身にしたときは、先細りのタコの足とカレシ菜園の青じその葉で、ちょこちょこっと小品を作ってみた。

[写真] たこの足をさいころに切って、青じそは大きいので半分にしたものをくるくると巻いて小口切り。刺身のつまを作った残りの大根をおろして合わせ、明太子といくらを入れるカップを作るために繰り抜いた太いきゅうりの芯もざくざくと刻んで混ぜてポン酢で和えるだけ。冷凍室に入れてよく冷やしておいたグラスに盛って、しそのは半分を飾りにしたら、半端な食材がけっこうエレガントな夏のアペタイザーになったから、フォレスト・ガンプ式クッキングは楽しからずや・・・。

不況になったら下手の横好き三昧で行くか

8月4日。木曜日。寝たのが午前5時に近かったので、起床はほぼ午後1時。別に急ぐ用事もないからいいんだけど。いっとき咳が出て、気管支がぜいぜい、ごろごろいい出したあたりでやっと収まった。カレシが「ひょっとしたらしばらくトレッドミルに乗ってないからじゃないのか」と推測したところは当たっているかもしれない。ちょっと膝の調子が良くなかったのを口実にしてサボって来たからなあ。肺の空気をすっかり入れ替えるような運動しないと、呼吸機能が低下するのかもしれない。あしたから再開するか・・・。

テレビをつけてびっくり仰天。アメリカもカナダも株式市場がすごいことになっている。(でも、カナダドルもあおりを食って2セントも急落したので、高いときに入って来たアメリカドルを換金するにはいいチャンスかも。)まあ、アメリカが何とか債務不履行を回避したといっても、とりあえず借金して払うべきものを払うと言うことなんで、いずれはその借金を払わなければならなくなる。そのときにお金があればいいけど、なければ元の木阿弥。ヨーロッパでは今度はイタリアが危ないらしいし、日本でも特例の国債発行ができないでいるそうで、いずれ国庫は空っぽと言うことになりかねない。政府負債率がGDPの200%で世界一だと言っても、自国民からの借金がほとんどだそうだから、破綻して直接損失を被るのはほとんどが日本国民。『エコノミスト』誌に「欧米の日本化」という記事があって、日本では、バブル経済が崩壊して以来、国の針路を変えるチャンスが数え切れないくらいあったのに、政治家たちは長いことそれを避けて通って来たために実行するのが難しくなってしまった。欧米はそれを戒めとして留意すべきだと言っていた。ワタシは何年も前から(冗談半分に)世界の「日本化」が進んでいると言っていたんだけど・・・。

それはともかく、今日はオバマ大統領の満50歳の誕生日なんだそうな。へえ、やっと50歳なんだ。中年の真っ盛りみたいな50歳。そのオバマさんは、まだ大統領になって1期目なのに就任当時と比べると格段に頭が白くなって見える。だいたい、アメリカの大統領は老けるのが速いなあという印象だったんだけど、それだけ「アメリカ合衆国大統領」というのは激職ということかな。それにしても、節目の満50歳の誕生日のその日にウォール街の大暴落なんて、ちょっとかわいそうなプレゼントだなという気もする。

これが心配されていた不況の二番底なのか、それとも新たな大不況の始まりなのかはわからないけど、アメリカがこれでは日本の景気もあまり期待できそうにないな。復興景気が来るとささやかれたけど、政治家の不毛な駆け引きと、原発事故・放射能汚染問題のまるで堤防の水漏れに指を突っ込むような対応でいっぱいっぱいらしくて、東北の復興事業が始まっているのかどうかさえわからない。(少なくとも、毎日読むウェブ版の日本の新聞からは「復興の槌音」は聞こえてこない。)ま、今年はワタシのビジネスも2003年の正体不明の不況に匹敵するくらい「低調」な年になると予測して、近くのカレッジの秋の「継続教育」プログラムを開いてみる。また即興演劇コースを取るか、短編か小説のコースに戻るか、それとも美術。はて、どれにしよう・・・。

考えてみると、初めて取ったデール先生のクラスで、書くことが自らの魂の救済になるような感動を持って、先生のプライベートなレッスンに参加し、その後カレッジで片っ端から創作講座を取るようになったのが2003年だったと思う。たぶん、「ん、なんか今年はヒマだなあ」と感じて、「それじゃあこの際・・・」という気になったんだろうな。1年ちょっとで文芸関係の講座をほぼ取り尽くして、絵を描いてみようと思い立ったのが翌年の秋。入門コースに申し込んで、道具や絵の具を買い揃えて楽しみにしていたら、参加者不足でコースはあえなくキャンセル。代わりに「まだ空きがある」と言われて入ったのが「抽象画」のクラス。絵の具や筆の使い方、色の理論など、知識はゼロだったワタシ。プロの画家の先生に「勇敢だわ、あなた」と言われてしまった。きっと先生もどうしたものかと困ってしまったんだろうな。そのときのコース第1夜に果敢に描いた「処女作」がこれ・・・題して「Primordiality」。

[写真: Primordiality] 「原始細胞」といった意味で、とにかく描いてみなさいと言われて、右も左もわからないまま思い浮かぶままを描いた、まさに原始的なしろもの。下手の横好きアーティストになる兆しがそっくり満開だな、これ。(自分ではそのあっけらかんな下手さ加減が好きなんだけど。)なにしろあのときは「ド」が3つくらいつくようなシロウトだったもので、ときには先生が横で付っきりの指導。でも、何年も展覧会に出すような抽象画を描いている級友たちがいろいろと教えてくれて、あのときはほんっとに楽しかった。よ~し、決めたぞ!この秋はお絵かき修業で行こう。

夫婦に共同参画しないと老後はどうなるか

8月5日。金曜日。お、今日はちょっと涼しいかな。それでも20度は超えそうな感じ。バンクーバーの夏はやっぱりいいなあ。

昼のニュースを見たら、案の定、カナダドルはちょこっと反発している。1ドルが1.0224アメリカドル。ま、きのうは1.0209だったからほんのちょこっとだけど、ゆうべのうちにアメリカドル建て口座から5千ドルほどカナダドル口座に移しておいたのは正解だった。レートが1.05ドルくらいだった頃に入ってきた分だから、名目的なレートと実際の買値の差、それと銀行の手数料を勘案しても、少なくとも損はしていないと思う。S&Pがアメリカ国債の格付けを下げたから、当面はまたアメリカドル安になりそうな気配で、残高はしばらく氷漬けかな。でも、現金を使うことがほとんどないから、月々のクレジットカードの支払がカレシの年金の枠内で納まっていれば特に資金移動しなくてもいいんだけど、そこはそれ、「生活費を入れる」みたいな気持があるのはたしかだと思うな。

となりのパットから庭でたくさん採れたラズベリーのおすそ分け。鳥が落としていった種が芽を出したらしく、今ではかなりの収量になっているとか。さっそく(おやつにだいぶ食べた後で)ハンドミキサーでピューレにして、種を取り除いてラズベリー・クーリを作り、フランスのラズベリーのリキュール(シャンボール)で甘みをつけて、今夜の魚のソース。魚はスズキ。季節を外れて莢が硬くなったスナップエンドウの豆を取り出してあったので、塩とちょっぴりの昆布だしでさっと茹でて、1合弱の発芽玄米を炊いて「えんどう豆ご飯」。野菜がほぼ底をついているから、青梗菜1本と紡錘形のサマースカッシュを2つに切って蒸したら、それでもちょっと見にはごちそう。

夕食後にIGAへ野菜などの買出しに行く予定を確認したら、「う~ん、めんどうだなあ」と気乗りのしない返事。やれやれ、また心変わりかいな。水曜日の夜に行くはずが、木曜日の方がいいというからそうしたのに、きのうになって確認したら「あした」という返事。そのあしたが今日なんだけどなあ。じゃあ、ワタシ1人で行くからいいよと言ったら、「行く、行く。食べもののショッピングは好きだからいいんだよ」。はあ、なるほどさようで・・・。でもねえ、そうやって夫婦共同参画による家庭運営からなし崩しにずるずると抜け出して行ったら、ワタシが仕事をやめた暁にはアナタの存在価値がなくなっちゃうかもしれないけど、そこんところに気づいているのかなあ。仕事を辞めても専業主婦にはならないって宣言してあるんだし、今さら大きなお子様老人のママにになるつもりもさらさらないから、アナタっていったいワタシの何なの?ってことになってしまうかもしれないよ。いいのかなあ・・・?

8時半頃にカレシが「行くぞ!」と号令。気が変わらなかったのはエライ。さっそく着替えて、トートバッグをつかんで出発。道路は思ったより空いていて(金曜日だし)、スーパーの中も人影が少ない。野菜類を中心にどさっと買い出しをして、カレシはけっこうちょこちょことおやつの類を買い込んでの帰り道、「黒オリーブを買ったから、ボクがタペナードを作ったら、キミはバゲットを焼いてくれる?」との提案。「それと、青じそもバジルも育ちすぎたから、どっちもペストソースにしたら、ホームメードのパスタを作ってくれる?」と提案その2。あはは、テキは交換取引に出て来たな。まあ、ここのところは時間の余裕があるからいいけど。提案その1はごく簡単だからOK。提案その2も、セモリナ粉があるから、生地をこねる力仕事に手を貸してくれるならOK。それに、月曜日はカレシの誕生日だから、ここはぐいっと腕をまくって、おいしいものを作ろう。年を取ってくると食道楽のパートナーはすてきだと思うな。それでもやっぱり、老人世帯の伴侶として共同参画してもらわないとね。聞いてる、アナタ?

男子厨房に入れば、女房が忙しい

8月6日。土曜日。今日は午前11時ちょっと過ぎに起床。工務店のマイクが来る予定になっていて、来る前に電話が来ることになっていた。だいたい10時半か11時くらいと言うので、電話をベッドの横に置いて寝たけど、カレシが早々と目を覚まして起き出し、寝ぼけて防犯装置のアラームを解除せずに外へ出たおかげで、ぐっすり眠っていたワタシまで起こされてしまった。んったく、もう。

朝食のテーブルをセットしていたカレシ、「パンを焼くのを忘れた」と素っ頓狂な声。きのうの朝食で食べ切って、出かけないなら(いつものように)すぐにパン焼き機をセットすればいいものを、たぶんきのうはほんとに「ぐうたらモード」だったんだろうな。後でやればいいやと思っているところへ、夜になって買い物に行ったから、そのままケロリ。まあ、そういうことはワタシもたまにやるから、寄る年波のせいでいいけど。しょうがないから、魚バーガー用のイタリアパンをトーストの代用にして、今日は忘れずに「日々の糧」を焼く準備。

マイクが現れないので、カレシはバジルのペストソースを作ると言う。庭からバジルをボウルにいっぱい採って来たら、キッチン中がイタリアンの香り。まずは「松の実、ある?」はい、これとワタシの食材を入れてある引き出しから袋を出して渡す。「パルメザンチーズ、ある?」それは冷蔵庫の引き出し、ソーセージが入っているところ。冷蔵庫を開けてごそごそやっていたと思ったら、「ないよ」。だって、手に持ってるじゃないの。「え、これがそう?いつものと違うからわからなかった」。袋に「Parmigiano-Reggiano」と書いてあるでしょうが。「眼鏡がないと見えないよ。それに英語じゃないし」。英語は単語の綴りや発音や不規則なもので、どうやら英語人は見慣れた綴りでないと脳みそが「外国語だ~」と無視してしまうらしい。その点、ローマ字読みができる日本語人はちょっと得かもしれないな。イタリア語とかスペイン語、フランス語、ドイツ語くらいなら、アルファベットの発音の特徴を覚えたら単語を読める(と思う)し、意味がわからなくても、英語から類推してだいたいの見当が付くことも多いし。

必要な材料を計量して、カレシ流に全部カウンターに一列に並べて、「フードプロセッサの使い方がわからない」。引き出しにマニュアルがあるよと言いかけたけど、オリーブ油を少しずつ入れて・・・なんてレシピを読みながらやっていたらカウンターも何もキッチン中が油だらけになりそうなので、操作はワタシがやることにした。そうしたら、カレシは最後の材料をフードプロセッサの投入口に入れて、自分の仕事は終わったと言わんばかりにさっさとトンズラ。最後はワタシが仕上げて、小袋2つに分けて入れてフリーザーへ。んったく、どうして男の「料理フローチャート」は最後の後始末の段階まで流れないんだろう。社会でいつもそういう仕事ぶりだったら、出世どころか真っ先にリストラの対象になったりして。ま、小町なんか見ると、そういう「ずぼら」で奥さんにリストラされるご亭主もいるみたいだけど。

マイクが「あと1時間半くらいで行く」と知らせてきたので、とりあえずワタシは1人でモールへ。郵便局が移動するので一時閉鎖する前に私書箱を空にしておこうと思ったけど、時遅し。でかでかと「8月15日。までアクセスできません」と書いた紙が全面に貼られていて開けられない。ついでだから、カウンターで7月で切れるレンタル料の請求書をもらっていないと言ったら、「帳簿はもうここにないので、15日。にオープンしたら来てください。なあに、2ヵ月や3ヵ月遅れてもすぐには鍵を変えないから大丈夫ですよ」だと。ああ、よかった。私書箱はワタシの「ビジネスの住所」だから、料金不払いで閉められて、他の人に貸されてしまったら大変。じゃあ、15日。に新しい場所で・・・。

カレシへのバースデイカードを買って、汗をかきながら帰って来たところで、やっとマイクが登場。去年の春にバスルームの改装をしたときに比べてかなりスリムになっていた。すごく若返ったねと言ったら、「そう?クレアが太りすぎだというもんでね」と。(クレアはマイクのガールフレンドで、去年キッチンの本棚を作ってくれた大工さん。)庭の改修ロジェクトも予算があるから、優先順位の高い池の撤去に始まって、パティオを作って、温室に水を供給する配管をやり直して、裏口のポーチと階段を作り直して・・・ああして、こうして。工事を始めるのは秋以降だけど、カレシは今からもう来年の「作付け計画」。半径数メートルの地産地消、エコでいいじゃない?

あしたはまたバジルとルッコラのペストソースを作ると言うから、今夜のうちに仕事を済ませておいた方がいいか。男子が厨房に入るのはいいことだけど、何かと世話が焼けて・・・。

道草を食ってばかりの我がアナログ思考

8月7日。日曜日。正午ちょっと過ぎに起床。今日も暑くなりそう。カレシが予定?を変更して、ペストソースを作るのをやめて庭仕事をするというので(ほっ)、ワタシはまずゆうべダラダラしていてやり残した仕事を片付けるためにオフィスに「出勤」。通勤時間20秒だから休日出勤も何のその、といいたいところだけど、「通勤時間」がたったの20秒だからつい週7日。勤務になってしまうという面もあるような・・・。

相変わらず、キーを叩きながら突っ込みを入れてみたり、人間はいろいろだなあとあたりまえのことに感心してみたり、しまいにはそんなに生きにくい世相になったのかなあと同情したくなったり。ときには無機質なマニュアルの類をやる方が楽かなあと思うこともある。だけど、1990年代にさんざっぱらやったソフトウェアのローカリゼーションを思い出して、最後にはやっぱり人間模様が見える仕事の方がいいやということになる。もちろん科学は持ち前の好奇心をかき立ててくれるから楽しいけど、言動の裏の人間心理を考えながらの仕事も「知りたがり屋」にはなかなか奥深いものがある。でも、「Curiosity killed the cat(好奇心は猫をも殺す)」という古いことわざがあるけど、大丈夫かなあ・・・。

英日が主流だった頃は、北米ではまだ日本のバブル景気の余韻が覚めやらずというところで、契約書や株式市場のレポートや日本への売り込みの仕事が多かったけど、1990年代後半にはなぜかローカリゼーションやソフトウェアのマニュアルの仕事がやたらと増えて、1日。10時間、週7日。仕事をしても追いつかないくらいだった。(それでずいぶんと荒稼ぎできたわけだけど。)中には、おもしろそうというようなモノのユーザーマニュアルもあったけど、ローカリゼーションとなると、テク兄ちゃんたちが作った用語集だのスタイルガイドだのを渡されて、「ん?」というよう日本文でも、舌を噛むようなカタカナ語でも、その通りの文体にせざるを得ないから、窮屈でたまらなかったな。

それにしても、バイナリ思考というか、想像力が欠如した人間が増えていると言う印象はますます強くなって来るように思う。言い換えれば、社会がマニュアル化しつつあるのかもしれないけど、コンピュータや携帯など「画面」という小さく限られた接点を持った機器の普及と、ゆとり教育に代表される教育政策の失敗と、どっちが寄り大きく人間の思考形態に影響しているのかは、部外者のワタシにはわからないけど、いいことか悪いことかはまったく別の話として、メディアから受ける世相の印象と仕事で垣間見る世相の印象とがどんどん収斂して来ているように思う。ま、時代は変わる。世界は変わる。社会も変わる。人間も変わる。言語も変わる。行く川の流れは絶えずして、だから・・・。

人間模様がテーマの仕事をしていて、誇大表現やあいまい表現の真意をつかみかねて、どういう訳語にしたら良いのか迷ったときにけっこう役立つのが小町横町の井戸端会議。おかげで道草を食ってばかりだけど、ついでに人間勉強にもなる。トピックのテーマで多いのが、他人について「あれが不愉快」、「ここが非常識/マナー違反」と糾弾するもの。自分については、「私は悪くないですよね」、「私は間違っていますか」と肯定を求めるものと、「嫌われた」、「見下された」という訴え。みんな好かれたいという欲求が強いんだろうけど、自分にも他人にも規格化された「人間像」を求めていて、その規格に合わない人にはどういう対応をしていいのかわからずに途方にくれているイメージもわいてくる。よくある「友だち/彼氏/彼女が欲しい」という表現も、ペットやブランド品が欲しいと言っているのとあまり違わないようない印象がないでもないな。

みんなさびしくてたまらないんだけど、どうやって人とつながったら良いのかわからないのかな。それとも、生身の人とつながるのが(嫌われたくなくて)怖いのかな。それとも、単にマニュアルの通りに行かない生身の人間との係わり合いが煩わしいのかな。他人はその個性が目に見えるのが嫌、その生活音が耳に聞こえるのが嫌、その生活臭が鼻に入ってくるのが嫌、その幸せや不幸のオーラが伝わって来るのが嫌。まるで人見知りをする子供のようだけど、「癒しロボット」が開発される国のさびしい人間模様の一面がちょっぴりわかったような気がする。

まあ、人間の文明や技術の進歩には明と暗が背中合わせなのが常だったと思うけど、デジタル(バイナリ)思考の人間とアナログ思考の人間はこの先うまく共存して行けるのかな・・・なあんてまた道草を食っていていいのかなあ。しっかり仕事をしないと駆け込みダッシュになるのに。

あなた好みの誕生日の晩餐

8月8日。月曜日。家の外でポコポコ、トントンという音がして目が覚めたのが午前9時過ぎ。カレシがさっそく起き出して外へ出て行った。今度はガツン、ゴツン、ゴロゴロ。おいおい、石なんか投げて、窓ガラスに当たったらどうするの。昔、屋根にとまった鳥を追い払おうと石を投げつけて、二階の八角塔の窓ガラスに穴を開けたことがあった。ちょっと強い雨が降るたびに、二重ガラスの内側に水がたまって、まるで金魚鉢みたいだった。(もちろん、断熱効果はゼロ・・・。)しばらくしてベッドに戻って来たカレシ曰く、「いまいましいキツツキだ!」とふて寝モード。そのまま2人とも正午過ぎまで寝直し。今日も暑そうな予感・・・。

でも、キツツキが来たの久しぶり。我が家のあたりは道路向かいが市営ゴルフ場になっているせいもあって、山からは遠いのにけっこういろんな野生動物が出没する。四足ではリス、アライグマ、スカンク、コヨーテ、鳥類ならカモメとカラスの他に、ヤマガラ、コガラ、ヒワ、ユキヒメドリ、ハチドリ、ムクドリにツグミ。たまにはアオカケスやアオサギまでやって来る。そして、キツツキも。キツツキには金属のものをドラミングする困った癖があって、何年か前にはよく我が家の暖炉の煙突のてっぺんを叩きに来ていた。いきなりガガガガガッ、ドドドドドッとやられると、リビング中にすごい音が響き渡る。業を煮やして家の外装を改修したときにステンレスの網をかけてもらって、やっとドラムセッションがおしまいになって、キツツキは来なくなった。最近の新しい家は煙突のいらないガス暖炉が多いから、叩くものがなくなったのかな。うちの屋根を叩くのはやめて欲しいもんだ。金属じゃないんだし・・・。

さて、今日はカレシの68歳の誕生日。カニを食べたいとのリクエストで、朝食後にグランヴィルアイランドのマーケットに買いに出かけた。車で入ると駐車と出るのが大変なので、アイランドの外のちょっと離れた道路に止めて、歩いて行くと、日差しが強くて暑い。23度は行っていただろうな。月曜日だからそれほど人出はないだろうと思ったら、うわ、観光客と思しき人たちがあっちでぞろぞろ、こっちでぞろぞろ。元々はフォルスクリークに面した斜面に住み着いたヤッピーたちに地元産の野菜や魚、肉類を直販する狙いで作った公共マーケットだけど、美術学校(今は大学)ができ、劇場ができ、おしゃれな工芸・手芸品の店ができ、大道芸人が来て、いつの間にか観光バスが数珠つなぎの「観光地」になってしまった。テナント料も高くなったのか、売られている野菜類は、高いのがあたりまえのWhole Foodsの値段よりも高かったりする。

その公共マーケットの中も、迷路のような狭い通路はそぞろ歩く人たちでびっしり。でも、買い物をしている人はあまりいないような感じ。入ってすぐのところにある大きな魚屋で、愛想のいいお兄ちゃんに「一番大きなカニ1匹、ゆでて、甲羅を内蔵を外して」と注文。大きな水槽の中で折り重なってごそごそ動いているカニの中からかなり大きいのを網ですくい上げて、たらいにごそっ。重さを量って、カニが23ドルとゆでる手数料が2ドル。お金を先払いして、処理が終わるまでの小1時間をマーケットの中をぶらぶらして過ごす。アジアの珍しい食品を売っている小さな店では、「柚子の絞り汁」と緑色の「バンブー米」を買った。シェフたちがポン酢を使い出してから、柚子もかなり注目されている。瓶入りの柚子は高知県の産で1本32ドル。高級ワイン並みの値段だけど、どうしても使ってみたくなった。バンブー米はタイ米を若竹の汁に浸したものだそうで、ほのかな香りがついているらしい。きれいな薄緑色が何よりもすてき。

ゆで上がったのを甲羅を外して2つに切り分けてくれたカニを引き取って、帰ってきたらもう午後4時。誕生日ディナーはボリュームのあるカニがメインだから、何品もつけると食べきれなくなる。そこで、カレシのリクエストその2のアサリのスープ以外はカニの味に対抗しない野菜の添え物だけということにした。

[写真] スープはねぎとアサリと醤油ごく少々のあっさり味。小鉢はもやしのナムル風と枝豆の柚子和え。薄くスライスして蒸してから軽く白ワインに漬けた黄色いビーツのカルパッチオとグリルでさっと焼いたたけのこ。カニは、たっぷり濡らしたおしぼりを傍らに置いて、手でえいっと足をもいで、歯でガシッと殻を割って、身を取り出すのが豪快でいい。(カレシは釧路で買った専用のはさみとフォークを使って食べる。)思ったより大きなカニだったから、食べ終わった頃には2人とも満腹。デザートのドラゴンフルーツはランチまでお預けになった。

ま、朝はしゃくなキツツキに起こされたけど、カレシよ、ハッピー・バースデイ!

おもしろくない世の中でもおもしろく生きたい

8月9日。火曜日。今日はキツツキが来なかったので、目が覚めたら正午過ぎ。ちょっと涼しげな日になりそう。テレビをつければ、株式市場はまだ絶叫クラスのローラーコースター並み。きのう急落したカナダドルは1セント以上も急上昇。もう少し下がってくれたらうれしかったんだけどな。世界には必要のないところでだぶついているお金がどっさりあって、株が暴落すればプログラム売買で買いに転じるから、翌日あたりには株価が反発する。そこで回復したわけじゃないのにほっと胸をなでおろすのはなけなしの老後の資金を投資している庶民。ラスベガスのスロットマシンと似たようなもので、小金では儲からないようにできているらしい。まあ、我が家は株を持っていないから、野次馬でいられるんだけど。

ゆうべ飛び込んできた「宵越しの仕事」をさっさとやっつけてしまったので、今日は「ノーワーク・デイ」。イギリスで続く暴動では、ほうきを持った市民たちの清掃部隊が集結して後始末を始めたとか。バンクーバーのホッケー暴動の後で登場した清掃部隊を見たのかなあ。携帯やSNSで暴動や略奪が煽られているらしい。いつもカレシに言うんだけど、インターネットが人類の破滅をもたらすきっかけだったってことになるかもしれないよって。(ちょっとはカサンドラの心境?)アフリカでは何千、何万という子供たちが難民キャンプにたどり着けずに餓死して行く一方で、かの飽食の国では2歳10ヵ月の子供が両親の手で餓死させられた事件で、父親は猫の方がかわいかったと言い、死んだ子供の胃腸の中には空腹に耐えかねて食べたらしいプラスチックや紙が詰まっていたという記事を読んで、この両親はソマリアの砂漠のど真ん中に放り出してやればいいと思った。

世の中ってムカつくことが多いよなあと言いながら、小町横町の散歩に出かけたら、ここも相変わらず誰が/何がムカつくという話で大賑わい。結婚生活が楽しくない、育児が楽しくない、仕事が楽しくない、何にも楽しくない。たぶん楽しいことばかりやって育った幸運な人たちなんだろうけど、大人になって楽しくないことがごまんとある現実に直面して、「楽しくないのはおかしい」と首をかしげているのか、あるいは「楽しくなければならない」という強迫観念に囚われているのか、それとも匿名掲示板で「ママぁ~、ちっとも楽しくなぁい!」と言っているのか。誰かがトピックを立てていた「叱らない育児」と関係があるのかな。前に仕事の参考資料として読んだゆとり教育時代のおんぶに抱っこの教科書から推察するに、たぶん何が楽しいことなのかもわかっていないのかもしれない。心が満たされないということかな。

でも、ワタシもうつ病を経験したことがあるから、何をしても心が楽しめないという感覚はよくわかるし、生まれつき病理的に欝っぽい性質ならしかたがないのかもしれないとは思う。それでも、普通に人間として生きていて楽しいという感情を味わえないのって、悲劇だと思うな。楽あれば苦あり、苦あれば楽ありで、楽しいことは自分の想像力を働かせてで開拓するものじゃないかと思うんだけど、どういう感情をもって「楽しい」とするのかがわかっていなければ、無理な話かな。「おもしろきこともなき世をおもしろくすみなすものは心なりけり」という辞世の句詠んだのは高杉晋作だったと思うけど、まさにその通りだと思う。難しいのは生きている間にいかにそれを実践するか・・・。

あれやこれやの不定愁訴?をふむふむと読んでいるうちに、何度か登場したのが「割り切った関係」という表現。この日本語、仕事で遭遇して訳すのに困ったことがあったな。話の流れから漠然としたイメージは想像がついたものの、2003年出版の大きな和英辞典で「割り切る」を引いても全然割り切れない(しっくりしない)訳語ばかり。しょうがないから、「正当なつきあいではない男女関係」という漠然としたイメージそのままに漠然とそういう関係をほのめかす訳で逃げたけど、あれで良かったのかなあという疑問が消えずにいたのが、小町で男女の「割り切った関係」がどういうものかを教えてもらった感じで、あれはあれで良かったんだと納得。文化や倫理観の違いというものがあるから、前から意味を知っていて「的確」な表現に訳していたら、読んだ人がひと騒ぎしたかもしれないもの。くわばら、くわばら。

どこまでが日常会話レベルの英語なのか

8月10日。水曜日。午後1時のポーチの気温は15度で、夏はひと休みの感じ。日本はたぶんお盆休みだろうから、ワタシもちょっぴり夏休みになるのかどうか。春から何となく続いている「だらりん」ムードはもう何だか根を下ろしてしまったのか、振り払うのも疲れそうだから、今年はもう成り行きしだいということにする。でも、いくら遊びたいモードでも、やっぱりあと1年と8ヵ月と2週間は、カレシが勧めるようにこのまま引退というのは選択肢には入らない。だって、ああだこうだと文句を言いながらも好きでやってきた仕事なんだし、急にやめたら禁断症状が起きそう・・・。

カレシが9月からの8週間の英語教室のカリキュラムを作り始たので、実験台になって上級の文法テストをやってみた。センテンスの途中の空白に入る正しい語句を3つの回答から選ぶと言うもので、簡単と言えば簡単なんだけど、簡単だと思っていると「ん?」となるところがある。結局、時制の一致で引っかかったりして、50問中間違ったのが3問あってスコアは94点。カレシ曰く、「オレがやったら90点だった」と。え、100点じゃないの?まあ、英語人は英語文法の達人というのは神話みたいなもので、日本語人に日本語の文法について質問しても先ず説明できないのと同じようなものかな。ワタシは高校で習った日本語の文法なんかすっかり忘れてるし、英語の文法も高校で日本語で習って来たから、わかっていても英語ではうまく説明できない。(ちなみに、古文は惨憺たる成績だったけど、漢文はなぜか抜群に良かった。ひょっとしたらSVO思考なのかなあ、ワタシ。)

ワタシがやった テストは一応「上級」だけど、カレシの狙いは「初級」。今のコースも初級レベルを対象にしていたんだけど、前からずっと来ていて中級の中くらいになっている中国系の2人のおばちゃんがどんどん発言するもので、初級の人たちはついて行けないと思って来なくなってしまうんだそうな。そこで、ベトナム人移民の支援担当のロザリーが集めた9月からの生徒たちの英語知識が片言レベル以下ということで、2人のおばちゃんに易しすぎるからと「卒業」を言い渡したところ、「黙って聞いているから来させて」と懇願されてしまったとか。まあ、陽気なこの2人には英語教室が週一のレクリエーションになっているらしいから、いつまで黙っていられるかわからないけど・・・。

家族と一緒にカナダに移民して来た女性たちは、特にアジア人の場合は就職せずに子育てに専念することが多く、しかも家の中は母語の環境なものでなかなか英語が上達しない。子供とは幼いうちは母語でコミュニケーションが取れるけど、プレスクールに入る頃から子供は英語を話すようになってしまい、母親は英語を勉強しなければという焦りを感じるらしい。英語を覚えた子供が母語で話すのを拒否するのではなくて、英語で覚えて来た新しい知識や経験をそれまで話していた「赤ちゃん」レベルの母語では説明できず、かといって相手にわかるように語句を変えたりできる年頃でもないし、それだけの語彙も発達していないから、親子の間にコミュニケーションの断絶が起きると言うのが実情らしい。(ただし、子供が小学校高学年くらいになると、親の英語勉強を手伝うようになる場合もあるらしい。)

「互いに好きなら言葉は重要ではない」というのは、小町などの国際恋愛/結婚トピックでよく見る。開き直りにも近いような表現だけど、たしかにデートでお星様きらきらの目で互いを見つめ合っていうちは言葉は不要かもしれない。そういうトピックで必ず出てくるのが「結婚生活では言葉が通じなければうまく行かない」という苦言なんだけど、どうも真剣に耳を傾ける相談者はあまりいないような感じがする。でも、言葉なんかわからなくてもわかり合えていたはずのカップルが結婚したとたんに「わかり合えない」と思うようになるのはよくあることらしい。まあ、移民手続きにしても、スポンサーのダーリンに聞けば手っ取り早いだろうに、日本人のための日本語の掲示板にあれこれと日本語で質問が上がって来るのは、実は英語人のダーリンと言葉による意思の疎通ができていないことを暴露しているようなものじゃないかと思う。

ただし、人間は自分の外国語の能力をやや過大評価する傾向があるから、お星様きらきらの目で相手を見つめているうちに心の奥深くまでわかり合えたような気分になって、「アタシの英語は通じるから大丈夫」という錯覚が起きるのかもしれない。でも、どこの結婚生活も基本は同じようなもので、家計の算段、諸々の生活上の事務、相手の家族や友だちとの付き合い、子供ができれば医療や教育での事務・・・一歩外へ出たら、お星様きらきらの目で相手を見つめていれば用が足りるってわけじゃないから、英語(または他の現地語)で処理しなければならないことが果てることなく続く。いかに2人が深く、深く愛し合っていようとも、夫婦の、家庭の毎日の営みを回すのは言葉、さらに言葉、そして言葉。それもみんな「言葉の壁」、「文化の壁」のせい。

しかも、学校で習った文法の知識だけではどうにもならない曲者が「日常会話」というやつ。よく、「日常会話はできるけど・・・」というのを聞くけど、未だにどういう英語をいうのかよくわからない。「日常」というからには、日常会話の範疇には、家族や友だちとの他愛のない会話から、買い物などでの問合せ、苦情や交渉、パーティなどでの政治、経済、ビジネスの話題、はては科学技術、スポーツ、芸能、ゴシップまで、日常生活の中で交わされる会話で話題になるすべての分野が含まれているわけで、分野によってスタイルが少々異なるというだけで、すべてをひっくるめて「英語」がある。さりとて誰もがそのすべての分野に通じていなければならないものではないから、
「英語は日常会話ならできるけどビジネス英語はダメ」という線引きはありえないと思う。どこまでが日常英語でどこからがビジネスその他用英語なんだか。飲み会なんかで投資の話で盛り上がったら、「アタシは日常英語しか話せないのに」とこぼすのかなあ。まあ、そういう線引きをして「日常会話はOK」と言う人たちには、カレシの英語教室はレベルが低すぎるらしいけど。