〈人間の幸せや充実感といったものは、すべて数字では表せないものだ。数字は相対的なものだが、幸せや充実感は、それぞれの人々にとって絶対的なものだからである。だから高尚なものはすべて数字では表せない。美は数字ではないし、音楽や文学からえた感動も数字ではない。とすると成熟した社会とは、数字を追いかける社会から、数字で表せないものを大事にする社会への転換によって、生まれるのではないだろうか。幸せ感や生の充実感の高い社会が成熟した社会のはずだからである。〉
これは哲学者の内山 節さんの1月17日中日新聞「視座」からである。
にわかに賛成とはいかない私だが納得の多い考え方でもある。
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