小児科医師は、児童相談所や警察と連携をしながらも、重要なもうひとつのセーフティネットです。
小児科医師も加わり、調査官や弁護士や検察官、警察官、児相、行政、医療機関などで虐待に関わる人たちとの連携の構築がとても大切です。
〇――虐待をしているのに、親は子どもを受診させるのですか。
「私も昔から不思議だったのですが、虐待したくないけどしてしまう、助けてほしいという親のSOSだと思っています。『助けて』と来るのだから、そこは大事にしなければいけないと思っています。医療者は親を責めてはいけません」
〇「小児科医には虐待の芽に気付き、防ぐ素地があると思います。また、行政は担当地域や職域を越えられないので、医療機関が中心になって子どもを見るのは意味があると思います。」
〇「虐待防止や育児支援に当たる『要保護児童対策地域協議会(要対協)』という仕組みがあります。市や児相が参加しますが、法的に医師が必ず入るとは定められておらず、虐待対応の輪の中に入れていないのが現状です。でも、医師は大きな役割を果たせます。その子どもの主治医が会議ごとに参加するのは現実的ではないので、スーパーバイザーとして虐待全般に詳しい医師が加わるのがいいと思います。その上で主治医から情報が上がってきたり、会議の結果をフィードバックして診察のときに気を付けてもらったりする仕組みができればと思います。」
〇「虐待した親を検察が処分する前に関係機関と対処法を検討する『処分前カンファレンス』が全国に先駆けて始まりました」
――具体的には。
「例えば警察は容疑者である親の逮捕が第一ですよね。でも、その子どもは『自分のせいで家族がバラバラになってしまった』と思いがちです。こうした状況を事前に共有できれば、医師や児童福祉司が子どものケアに同時に入ることができます。虐待事件が起きると、福祉の対応は生ぬるい、警察と虐待事案を全件共有すべきだという意見が出ますが、警察も子どものことをよくわかった上で対応しなければ、子どもは幸せにはなれません。お互いの職務や動き方を知っておくこと、顔の見える関係を作っておくことが、うまく連携するにはとても大事です」
******朝日新聞2019.05.21*******
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14022620.html
(インタビュー)結愛ちゃん虐待、教訓は 小児科医・木下あゆみさん
2019年5月21日05時00分
昨年3月、東京都目黒区で虐待を受けた船戸結愛(ゆあ)ちゃん(当時5)が亡くなった。児童相談所や関係機関の連携不足により、虐待で亡くなる子どもは後を絶たない。親や子への支援を途切れさせないためには何が必要なのか。結愛ちゃんが香川県善通寺市に住んでいた当時の主治医、小児科医の木下あゆみさん(45)に聞いた。
――約4カ月間、結愛ちゃんを診ていたそうですね。
「週に1~2回、来院していました。話を聞くのは1~2時間。結愛ちゃんは年齢に比べるとお利口さん過ぎるところがありました。これだけの頻度で来てもらっていたのは、強い危機感があったからです。医療機関が中心となり、結愛ちゃんが隙間に落ちないようにネットを張っていたつもりですが、引っ越しでネットが『すこん』と抜けてしまいました」
「そうなると隙間に落ちるのは時間の問題です。どの道を選べば亡くならなくてすんだのか、ずっと考え続けています」
――結愛ちゃんが亡くなったと聞いた瞬間、どう感じましたか。
「『悲しい』というより、『悔しい』という気持ちがわきました。でも『なぜ?』とは思いませんでした。転居前から『東京の病院を紹介するから、引っ越し先が決まったら連絡してね』と伝えていましたが、教えてもらえないまま引っ越してしまいました。都の方でも結愛ちゃんの無事を確認できていないと聞いており、誰も無事を確認できていないのだとすれば、危ないと思っていたのです」
――なぜ、「悲しい」より「悔しい」だったのでしょう。
「誰もつながっていなかった家庭で、子どもが虐待で亡くなったという事件は多くあります。でも結愛ちゃんは、香川では病院や児相、市や警察が関わっていました。転居先の東京の児相が結愛ちゃんに会えていないと耳にして、私たちの病院が持つ危機感が児相に伝わっていないのではと、電話しました。結愛ちゃんが亡くなる直前でした。大変なことが起きているのではと想像していたから、亡くなったと聞き『やっぱり』という気持ちになりました」
――主治医として、もっと出来たのではと思うことは。
「もし転居先が分かっていれば、その近くの病院を探して直接電話して、詳しい内容を引き継ぐこともできました。香川の児相にリスクを伝えたつもりだったのですが、もっとうまく伝えられていたら、結果が違ったのかなとも思います。そこは私の反省点です」
■ ■
――児相に対して思うことは。
「虐待対応の要は児相ですが、やり取りをしていると、人が全然足りていないと感じます。『緊急でケース会議をしたい』と持ちかけても、『他の緊急対応がある』と言われることも。土日や昼夜を問わず仕事をされているし、一人の職員がたくさんのケースを抱えています。連携が取れるようになっても、職員の方は2~3年で異動してしまうことが多い。ストレスも多く、心を病んで辞められる方もいると聞いています」
――人手不足の問題は、ずっと指摘されています。
「軽微な傷やあざ、ネグレクトなどは軽いと判断されやすく、『見守り』という名の様子見が続きがちです。でも人手が足りず、数年ごとに職員が異動してしまう現状では、児相が医学的判断を正しく理解し、問題に対応できる専門家集団になることは難しいと思います。児相の問題というよりは、制度の問題だと思います」
――虐待対応で医療者が出来ることは何でしょうか。
「けがの重症度=虐待の重症度ではありません。たとえば青あざ。おなかにあるのと足にあるのとでは重要度が全然違います。ほかの機関が医療者に求めるのは『擦過傷なのか打撲傷なのか』『全治はどれぐらいか』といったことですが、小さいけがでも普通に転んだだけではできない部位にあれば、第三者によるけがの可能性があります。私はけがの解釈や子どもの心理状態なども含めて診断するようにしていますが、重みを持って受け止めてもらえているか不安になることがあります」
――なぜですか。
「たとえば病院では、日本全国どこでも同じような治療が行われます。でも児相の対応は、自治体により様々です。人事異動により、法律や子どもの心理に詳しくない人や、やりがいを感じていない人が担当する場合もあります。国の研修機関で全国統一の研修があったり、国家資格になったりすれば、もっと違うのではないかと思います」
――医療者のレベルアップも必要では?
「丸々と太った元気そうな赤ちゃんにあざがたくさんあり、全身を丁寧に診察すると、肋骨(ろっこつ)や腕、足に骨折がたくさんありました。虐待に関する知識がなければ『ミルクを飲んでいるし、元気そうだから』で終わってしまったかもしれません。病院で見つけてあげなければ、その子は死んでしまうかもしれない。医学生のうちに虐待に関する知識を学ぶべきだと思います」
――虐待をしているのに、親は子どもを受診させるのですか。
「私も昔から不思議だったのですが、虐待したくないけどしてしまう、助けてほしいという親のSOSだと思っています。『助けて』と来るのだから、そこは大事にしなければいけないと思っています。医療者は親を責めてはいけません」
■ ■
――木下さん自身、10代の子ども3人を育てています。
「自分が子どもを産んでみて、小児科医なのに、全然思うように子育てはいきませんでした。赤ちゃんの体重は増えんしお乳は出んし夜寝んし。子育てって大変です。どの親もいっぱいいっぱいの中で、何とかやっている。そこを理解しないと何の解決にもなりません。育児って、もっと人に頼っていいと思うんですよ」
――診察は、親から話を聞くチャンスなのですね。
「小児科の診察は、お母さんと話す時間の方が長いです。『2人目ができたんですよ』という話から『実は……』と悩みを打ち明けてくれる。小児科医には虐待の芽に気付き、防ぐ素地があると思います。また、行政は担当地域や職域を越えられないので、医療機関が中心になって子どもを見るのは意味があると思います。ただ、じっくり話を聞こうとすると、通常の診察の何倍もの時間をかけることになります。例えば育児支援加算といった形で診療報酬をつけないと、理解のある病院でしか実施できません。自治体が費用を持つといった形も必要だと思います」
――なぜ医療者が、もっと関われないのでしょう。
「虐待防止や育児支援に当たる『要保護児童対策地域協議会(要対協)』という仕組みがあります。市や児相が参加しますが、法的に医師が必ず入るとは定められておらず、虐待対応の輪の中に入れていないのが現状です。でも、医師は大きな役割を果たせます。その子どもの主治医が会議ごとに参加するのは現実的ではないので、スーパーバイザーとして虐待全般に詳しい医師が加わるのがいいと思います。その上で主治医から情報が上がってきたり、会議の結果をフィードバックして診察のときに気を付けてもらったりする仕組みができればと思います」
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――香川県は医療機関も含めた各機関の連携が進んでいます。
「私が家庭裁判所の調査官の研修で講師を務めたことをきっかけに、調査官や弁護士や検察官、警察官、児相、行政、医療機関などで虐待に関わる人たちとの勉強会を開くようになりました。ちょうどその頃、高松高検の検事長が虐待問題に強い関心を持っていたこともあり、虐待した親を検察が処分する前に関係機関と対処法を検討する『処分前カンファレンス』が全国に先駆けて始まりました」
――具体的には。
「例えば警察は容疑者である親の逮捕が第一ですよね。でも、その子どもは『自分のせいで家族がバラバラになってしまった』と思いがちです。こうした状況を事前に共有できれば、医師や児童福祉司が子どものケアに同時に入ることができます。虐待事件が起きると、福祉の対応は生ぬるい、警察と虐待事案を全件共有すべきだという意見が出ますが、警察も子どものことをよくわかった上で対応しなければ、子どもは幸せにはなれません。お互いの職務や動き方を知っておくこと、顔の見える関係を作っておくことが、うまく連携するにはとても大事です」
――身近なところからですね。
「みんなが『子どものために』と同じ方向を向き、ちょっとのおせっかいというか、例えば『連絡がつかないときは家に行ってみた方がいいと思う』と申し送りに一言添えれば、その後の対応は大きく変わります。個人の資質に頼るのではなく、互いの職種を知って、自分の職域ののりしろを少し広げて隙間を埋める。虐待に関心が強い人が役割を担える、そんな法律や制度ができればいいと思っています」
(聞き手・山田佳奈、山本奈朱香)
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きのしたあゆみ 1974年生まれ。四国こどもとおとなの医療センター育児支援対策室長。小児科医として約20年間、育児支援や虐待防止に取り組む。