富士見坂で出会った同じく散歩中のおじさん(そういう私もおじさんだけどね)が近くを案内してくれるというので、日暮里へ。教えてもらったのが経王寺。1655年に日蓮宗の寺院として建立されたといいますから、相当に由緒あるお寺です。
寺の山門には、歴史上の史料といえる上野戦争の際の鉄砲玉の跡が残っています。上野戦争は1668年(慶応4年)、上野・寛永寺に立て篭もった旧幕府徹底抗戦派の彰義隊を新政府軍が総攻撃してたった1日で彰義隊を全滅させた内戦ですが、その際敗走した彰義隊をかくまったため、経王寺も政府軍の攻撃を受けたのだそうです。
写真ではちょっとわかりにくいかもしれませんが、丸い穴が弾痕、左上の少し壊れているのが刀傷です。また上野での戦いで蜂の巣状になった黒門は、足立区南千住の円通寺に移設されて現在も残されています。
経王寺の近くの本行寺には、小林一茶の「陽炎や 道灌どのの 物見坂」という句碑がありました。[写真はクリックすると大きくなります]
寺の山門には、歴史上の史料といえる上野戦争の際の鉄砲玉の跡が残っています。上野戦争は1668年(慶応4年)、上野・寛永寺に立て篭もった旧幕府徹底抗戦派の彰義隊を新政府軍が総攻撃してたった1日で彰義隊を全滅させた内戦ですが、その際敗走した彰義隊をかくまったため、経王寺も政府軍の攻撃を受けたのだそうです。
写真ではちょっとわかりにくいかもしれませんが、丸い穴が弾痕、左上の少し壊れているのが刀傷です。また上野での戦いで蜂の巣状になった黒門は、足立区南千住の円通寺に移設されて現在も残されています。
経王寺の近くの本行寺には、小林一茶の「陽炎や 道灌どのの 物見坂」という句碑がありました。[写真はクリックすると大きくなります]