経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

天災への狼狽による人災

2011年04月02日 | 経済
 谷さん、良い記事をありがとう。過去の震災の事例を丹念に取材して、絆を守るアイデアを探し出している。自治体からの職員派遣、孤立を避ける被災者の受け入れ態勢、生活再建資金の支給、そして、新旧土地交換による高台への町づくりと、復興に必要な事項を、地に足のついた内容でまとめている。

 復興に関する議論では、日経に限らず、上滑りの内容が多い。復興の財源論ばかりがクローズアップされたり、都市型だった関東大震災や阪神大震災の例を、漁業の町に当てはめようとしたり。東京での議論がとても遠くに感じられていたから、なおさら良く思えた。何も、本コラムの主張と似ているから評価するわけではないよ。

 さて、他方で、日経の社説と本コラムの論説は対立しているので、ここで改めて書いておきたい。日経の主張は、他の全国紙とも大同小異なので、本コラムは、またも孤塁を守ることになる。日本は一つの議論に染まり易い。言論においては、多様性が極めて重要だ。財政重視派の読者も参考にしてもらえばと思う。

 まず、今回の大震災の被害想定だが、過大ではないかと考える。各紙が根拠とする内閣府の想定は、マクロ的に推計したもので、かなり大雑把なものだ。震災発生当初は、これで仕方ないが、本来は積み上げが必要である。これで参考になるのは、宮城県の集計で、2.1兆円である。岩手、福島の両県は未だ集計中のようだが、これからすると、合わせて10兆円はいかないのではないか。つまり、阪神大震災並みということである。

 むろん、原発事故やそれに伴う電力不足による被害は、別途、かなりに上るだろうが、地震と津波によって、生産や生活の基盤が破壊されたものとは、やや性質が異なる。放射能拡散の収束や火力発電所の再開によって、リカバリーの可能性もあるからだ。

 なぜ、敢えて、こんな主張するかと言えば、被害の想定が阪神大震災の約10兆円の「数倍」に上るのは当然視して、よって、巨額の財政負担が避けられず、歳出削減や増税が焦眉の急であると思われているからだ。これが行き過ぎると、復興予算を抑制しようという話になったり、大震災で経済に需要減のショックが起こっているのに、やたらな緊縮財政をして、景気を失速させるという「二次的な人災」を招きかねない。

 今日の日経の社説は、微妙にトーンを変えている。財源論について、「景気へのマイナスの影響を抑えつつ」としているからだ。紙面で、震災の影響による消費の大きな落ちこみを報じているのだから、心配になってくるのも当然だろう。

 今回の大震災の被害が、仮に阪神大震災の1.5倍の15兆円になるとしても、これは内閣府推計の下限をやや下回るレベルであるが、その場合、阪神のときの復興予算は3.4兆円であるから、概ね5兆円あれば足りる計算になる。予備費が1.5兆円あり、高速割引を半分にすれば1兆円の財源は捻出できるので、赤字国債で賄うのは2.5兆円。これなら、急激な歳出削減や増税が必要になるレベルではまったくない。

 世間では、バラマキ4Kとして、子ども手当や農家所得補償を「やめて当然のムダ使い」と見る傾向があるが、仮に、「ムダ使い」であったとしても、急激な所得の削減というのは、経済運営では禁物である。代わりに復興にお金を使うといっても、削減は、復興が本格化する年度後半まで待たなければならない。子ども手当の6月支給が危うく潰れそうだったのは、本当に冷や汗ものであった。

 まして、子ども手当と農家所得補償は単純なバラマキではない。子ども手当は年少扶養控除の廃止によって2~3年で財源が確保されることになっており、やめるなら、それを復元しないと、国民生活に大きな影響が出る。農家所得補償にしても、土地改良の予算削減で捻出しているから、これを戻すのかという議論になる。

 いろいろ問題はあるにせよ、子ども手当は少子化対策の中核になっているし、農家所得補償は生産性向上や貿易自由化の基礎になるものだ。バラマキ4Kをやめるなら、地球温暖化対策に逆行し、政策的発展の望めない高速割引の廃止だろう。復興の財源探しの焦りによって、見境がつかなくなっているのではないか。

 そして、復興財源の検討には、もう一つ大きな欠陥がある。復興の歳出と「同額」の財源を見つけなければならないような雰囲気になっていることだ。まず、今はデフレ状況だから、需要追加に見合うだけの需要削減をする必要性はまったくない。必要なのは、債務の管理のための財源だけである。

 例えば、5兆円の国債増発の管理には、金利2%として1000億円の恒久財源がいる。これに60分の1の償還財源を加えて1830億円である。最低限、これだけ増税できれば良いはずだ。これは、財政のプライマリーバランス論と同じ理屈である。普段は、「PBのために消費税を」とがなりたてるのに、どうして、こういう時はコロッと忘れてしまうのかね。

 この1830億円は、2011年度の法人税の見込み額は7.8兆円であるから、その2.3%に過ぎず、法人税率で言えば0.6%にも満たない。この辺の事情は、財政当局は百も承知だろうが、取り憑かれたように増税に入れ込んでいる政治やマスコミの目を覚まさせる義理はない。とても、大連立をしなければ、解決できないような難問とは言えないものだが、すっかり浮き足立っている。

 天災とは、受け入れざるを得ないところがある。しかし、日本は、それへの対応に狼狽し、景気を失速させるという「人災」まで起こしそうである。阪神大震災のときは、3.4兆円の復興対策とは別に、4.7兆円の景気対策も必要とし、これで2.3%の経済成長率を確保した。震災によるショックには、これだけの手当が必要なのだ。ちなみに、そのときの法人税収は13.7兆円と、前年度より1.3兆円増えている。

 今回の震災で、阪神のときの教訓を生かせず、相も変らぬ緊縮財政で臨んだら、どのようなことになるのやら。日本というのは、世論が一色に染まったときに限って、大間違いをしでかす。また、やってしまうのかな。残念だが、とても、筆者には止められない。これも国の運命というものだろうか。

(今日の日経)
 復興財源、与野党で協議。米失業率2年ぶり低水準、量的緩和、終了観測強まる。町の機能、連帯力で再生・谷隆徳。社説・経済への影響を見極めて復興財源検討を。原発沈静化の道険しく、安定冷却に数か月。新車販売35%減、震災の影響、消費冷やす。大連立機運再び。新規直轄道2年ぶり復活・三陸縦貫道も。ポルトガル国債利回り高止まり。

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