似たような国なのに繁栄と停滞に分かれるのはなぜなのかというのは、ノーベル経済学賞の受賞で話題のように、興味深いテーマである。繁栄と停滞の違いは、経済が成長するかしないかであり、設備投資が高いか低いかの問題である。そこで、制度が問題であり、民主主義体制だから高くなると言ったら、因果が遠く、説得的にならない。ただ、どうすれば成長を高められるかについては、歴史的な結論が見えている。
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成長を加速するのに投資水準を高めるには、輸出を増やすのが良策だ。高度成長期の日本、アジア四小龍、そして、中国と勝ちパターンは確立されて来た。輸出を増やすには、技術と市場が必要で、それを獲得するのは、なかなか難しい。これをクリアする一つの手段が外資であり、外資が安心して直接投資ができるという制度的環境がカギになる。その意味で、制度は重要なのである。
鄧小平時代の改革開放の下、経済特区は、それを用意するもので、成長加速の契機となった。そして、習近平時代になると、覇権主義への対抗で、米国が市場を狭めてしまい、外資は自由が脅かされる不安で投資を手控えている。昇龍の勢いだった中国は、ゼロコロナで成長を失った後、再加速できなくなり、既に日本化し、デフレ経済に陥っていると疑われるほど停滞している。
日本はと言えば、1997年の橋本デフレで成長を失った後、危機の回避で大規模な財政出動を要したために、これ以降、輸出で成長を加速するチャンスを得ながらも、回復期に反動的に急な緊縮をしがちになり、いわば自動でチャンスを潰す構図を作ってしまい、四半世紀に及ぶデフレの停滞をたどることになった。輸出による所得増での消費増、それに向けた投資増という波及を無頓着な緊縮で塞いできたのである。
熊本での半導体投資の促進策は、経済安保とは銘打っていても、途上国の経済特区に類する外資呼び込み策だ。外資が技術と市場を持ってきてくれるので、まあ成功するとは思う。巨額の補助金を入れれば成功するものではないことは、技術と市場に課題のあった三菱の旅客ジェットで明らかだろう。その点、同じ半導体投資でも、北海道については、不安がある。いずれにせよ、マクロ政策としては、部分的な問題だ。
(図)
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景気回復期において、マクロ政策をどう運営すべきかは、米国がリーマン後に早々と財政を締めて長期停滞に陥り、コロナ後には積極策でインフレが行き過ぎたほど成長の加速に成功したことで、決着がついた。金融政策については、緩めても締めても、あまり意味がないことまで明らかになっている。経済理論の上では変かもしれないが、現実を歴史に学ぶことも必要だろう。
総選挙は与党の過半数割れもあるようで、本コラムのイシバノミクスの連載も2か月で終わるかもしれず、補正予算による需要の調節も見通せなくなってきた。もっとも、文藝春秋11月号の霞が関コンフィデンシャルを読むと、非正規の育児休業給付を担ったスーパー官僚の挫折が描かれていて、日本経済に必要な再分配の制度化は、今の政治では期待できない筋合いかもしれない。9月の過去1年間の出生数は73.2万人で、前年同月比で-6.0%、4.6万人も少なく、危機は深まっているのに、選挙戦の争点にすらなっていない。制度は、繁栄と停滞を分けてしまうのにね。
(今日までの日経)
東南ア、世界分断で漁夫の「利害」。翼の進化の誤解 飛ぶ前から獲得。補助金特需の先見通せず 半導体支援GDP比0.7%。サービス価格上昇鈍く 都区部10月0.8% 。