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■科学技術書・理工学書<ブックレビュー>■「知られざる天才 ニコラ・テスラ」(新戸雅章著/平凡社)

2015-06-02 14:27:55 |    電気・電子工学

書名:知られざる天才 ニコラ・テスラ

著者:新戸雅章

発行:平凡社(平凡社新書)

目次:序章    テスラ・ルネサンス
     第1章   天才と直観
    第2章   交流システム
    第3章   決定的な勝利
    第4章   新たな挑戦
    第5章   無線革命
    第6章   世界システム
    第7章   ニューヨークの秋
    第8章   終わりなき奮闘
    第9章   死とテスラ伝説
    第10章 テスラと日本
    第11章 テスラとは何者か
    第12章 21世紀のテスラ

  先頃、宇宙航空研究開発機構(JAXA)などが、電気を無線で飛ばす実験に成功したというニュースが伝えられた。JAXAが何故、無線送電実験を行うのかというと、宇宙空間に浮かべた太陽電池パネルから地上に送電する宇宙太陽光発電の実現に不可欠な技術であるからである。宇宙太陽光発電は、電気をマイクロ波などに変換して宇宙から地上に送る。JAXAなどは、直径2~3㎞の巨大な太陽電池パネルを使えば、原発1基分(100万kw)相当の発電ができると試算しているという。ただ、今回の実験は、約55m離れた場所に設置した受電用のアンテナへ正確に送ることに成功したというもので、実用化への道のりはまだ遠い。ところで、この無線送電実験を、今から120年もの前に手掛けた、クロアチア出身の天才発明家ニコラ・テスラ(1856年―1943年)の名を御存知であろうか。実は、日本ではニコラ・テスラの名はあまり知られておらず、殺人光線など、一部の人々にとってマッドサイエンティストとして知られているのがせいぜいである。ところが、生前は、あのエジソンと人気を二分するほどの著名な世界的大発明家であったのだ。それが証拠に、磁束密度を表す国際単位系にテスラの名が採用されている(1ステラ=1万ガウス)。

 現在のアメリカでは、ニコラ・テスラは広く知られており、2010年にオバマ米大統領が行った演説の中に、なんとニコラ・テスラ名が出てくるほどである。それは「・・・この絶え間ない移民の流入が、今日のアメリカを築いたのはもちろんのことです。アルベルト・アインシュタインの科学革命、ニコラ・テスラの発明、アンドルー・カーネギーのUSスティール、セルゲイ・ブリンのグーグル―これらはすべて移民の力によって可能になったのです・・・」という演説内容である。ニコラ・テスラはアインシュタインの次に紹介されるほど米国では、よく知られた発明家なのである。そのことは、現在米国一のベンチャー企業家と知られるイーロン・マスクが、自分が設立した電気自動車の開発・販売会社の企業名に「テスラモーターズ」と名付けたことでも分かる。ベンチャー魂の塊のようなイーロン・マスクにとっては、ニコラ・テスラは自分自身のヒーローであるわけで、自分の会社のテスラという名前を付けたのである。既に、日本市場にテスラモーターズは進出を果たしている。テスラモーターズの名は知っていてもニコラ・テスラの名は知らないでは、少々残念な気がする。そんな人にとって「知られざる天才 ニコラ・テスラ」(新戸雅章著/平凡社)は、ニコラ・テスラの業績を知るのに打って付けの書籍だ。

 テスラの名を一躍高めたのは、交流モーターの発明である。当時米国内では、送電網の電源として直流がいいのか、交流がいいのかの大論争が巻き起こっていた。直流の送電網の旗手は、あのエジソンであったのだ。現在は、送電網は交流が採用されているので、最終的にエジソンが敗れたわけだが、当時はまだどちらを採用した方がいいかは白紙の状態であり、エジソンは最後まで直流案を引き下げなかった。一説では、エジソンはそれまでに自社に投資した直流研究の成果を守るために直流を引き下げなかったという、うがった見方もある。そして最終的に、自由に電圧をコントロールできる交流網に軍配が上ったのである。テスラはもともと交流派で、多相交流システムの開発に没頭したわけだが、就職したのは、何とエジソン社のヨーロッパ法人として設立されたコンチネンタル・エジソン社だった。その後、1887年にテスラは米国へ行き、エジソンと直接会っている。エジソンは、テスラの技術力は評価していたが、直流網派と交流網派の対立の壁は厚く、折り合うことはなかったという。つまり、テスラは、送電網の建設であの有名なエジソンに勝ったわけである。このことは米国内で行われたことなので、今でも米国でテスラの知名度が高いのだと思われる。逆に、日本では勝負が付いた後に、交流の送電網の建設が行われたので、テスラの名は今もって知られてはいない。

 テスラは、いち早く無線送電システムの実験に取り組んだほか、いまから一世紀以上前にエネルギー資源の枯渇を憂い、風力や太陽熱、地熱などの利用を具体的に提案していたというから驚きである。また、この書には、テスラのマッドサイエンティスト性につても触れられている。マッドサイエンティストとは、奇想天外な発明をして事件を引き起こす研究者のことである。当時、エジソンは、研究所がある場所をとって「メロンパークの魔術師」と呼ばれたのに対し、テスラは「電気の魔術師」と呼ばれていた。実は、このことが二人の評価の分かれ目のような気がする。エジソンは、家電製品的発明を数多く残した。一方、ステラは、無線送電などのような、産業用発明に突き進んでいった。当時の人は無線送電などは、正気の沙汰とは思えなかったろう。この結果、テスラには常にマッドサイエンティストが付いて回ることになってしまった。このことが、日本でのテスラの評価にも影響を及ぼしているようである。ところが、無線送電にしろ風力や太陽熱、地熱などの利用は、現在では切実な開発テーマとなっている。この辺で、日本でも天才発明家ニコラ・テスラの正当な評価が下されてもよさそうに思う。この書は、この際に有力な後押しとなろう。これらの広範囲に及ぶテスラの業績を後世に伝えるべくセルビアのベオグラードには国立ステラ博物館が設立されている。また日本でも、この書の著者である新戸雅章氏はテスラ研究所を設立して、日本でのテスラの業績の啓蒙活動を展開している。(勝 未来) 

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