理化学研究所は、マウスを使い記憶の内容を光で操作することにより、過誤記憶が形成されることを初めて実証した。
これは、理研脳科学総合研究センターの利根川進センター長(米国マサチューセッツ工科大学 RIKEN-MIT神経回路遺伝学センター教授)と、RIKEN-MIT神経回路遺伝学センター利根川研究室のステイーブ・ラミレ大学院生、シュー・リュー研究員らの研究チームによる成果。
過去に起こった一連の出来事を思い出すとき、私たちの脳は断片的な記憶を集めてその一連の出来事を再構築する。しかし、記憶を思い出すときに、その一部を変化させたりすることが往々にしてあり、不正確な記憶が思いもよらない影響をもたらすこともある。
例えば、米国では、事件捜査にDNA鑑定が導入されたことで、冤罪(えんざい)が晴れた最初の250人のうち、約75%は誤った目撃証言による被害者だったというデータがある。これは、過誤記憶がもたらした結果といえるが、過誤記憶の実体については明らかにされていなかった。
研究チームはこれまでに、マウス脳を用いて、記憶を保存する特定の脳細胞群を光感受性タンパク質で標識し、その細胞群に光をあてることで、脳に保存されている特定の記憶を思い出させることに成功。さらに研究チームは、最先端の光遺伝学(オプトジェネテイクス)技術を用い「過誤記憶がどのように形成されるのか」という謎の解明に挑戦した。
実験では、まず、安全な環境であるA箱の環境記憶痕跡(エングラム)をマウスの海馬に形成させ、光感受性タンパク質で標識した。次に、このマウスを異なった環境のB箱に入れ、A箱の環境記憶を思い出させるためにこの細胞群に光(ブルーライト)をあてると同時に、マウスが嫌がって恐怖反応(すくみ)を示す弱い電気刺激を足に与えた。
すると、電気刺激とA箱のエングラムが結びついて、このマウスはその後安全なA箱に入れても恐怖反応(すくみ)を示した。
さらに、A箱のエングラムに対応した細胞群を光刺激しただけで、恐怖反応(すくみ)が生じることを発見した。これにより、安全なA箱のエングラムは、恐怖と一緒になった別のエングラムへと再構成されたことが明らかになった。
今回の研究成果は、ヒトが“どのように”そして“なぜ”過誤記憶を形成するのかという課題に対する新たな理解に道筋を与えるものといえる。