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■科学技術書・理工学書ブックレビュー■「戸塚教授の『科学入門』―E=mc2は美しい!―」(戸塚洋二著/講談社)

2012-08-06 10:37:17 |    物理

書名:「戸塚教授の『科学入門』―E=mc2は美しい!―」
 
著者:戸塚洋二
 
発行所:講談社
 
発行日:2008年10月30日第1刷
 
目次:出版にあたって 戸塚裕子
    
    
はじめに 神の愛はダーウィンとガリレオに及ぶのか

   1 アインシュタインの「神はサイコロを振らない」

   2 アインシュタインの「E=mc2」
      放射線と太陽のエネルギー源
      ベーテ博士の思い出 ほか

   3 植物の基本は「いい加減さ」
      植物への好奇心の種
      データベースはあるか ほか

   4 19世紀末科学の困難 光の科学
      光の科学と太陽のエネルギー源
      るつぼ内部の光のスペクトル ほか

   5 ニュートリノ
      体感できない粒子
      ニュートリノはなぜ何もしないで物質を通り抜けられる? ほか

   6 「自然」な宇宙・自然界のスケールとは何か

   宇宙と素粒子(講演会より)

 戸塚洋二著「戸塚教授の『科学入門』―E=mc2は美しい!―」(講談社)は、通常の科学技術の書籍とは少々異なる。著者の物理学者である戸塚洋二(1942年―2007年)は、2000年に大腸がんの手術を行ったが、その後、転移し、病院での闘病生活を送ることになる。その病床で戸塚は、自分のブログに物理学に関する投稿を行っていた。その原稿を戸塚の死後、書籍にしたのがこの本の由来なのである。このため、系統的に書かれた学術書というよりは、日々折々に、それまで自分が取り組んできた実験物理学に関して、日頃感じていたことを、メモ的に書き綴っていると言う感じが強い。しかし、中には数式を交え、専門的に深く考察している部分もあり、単なるメモ的な読み物とも違う。このため、難しい数式の部分は、流し読みにして読めば、これは一級の科学の啓蒙書に一瞬の如く変身を遂げる。このため、この書籍の読者は、物理学の専門家から科学に興味がある一般人まで、幅広い層が考えられる。

 例えば、「植物の基本は『いい加減さ』」では、個人的な植物好きが高じて、実験物理学者が植物学を解釈すると、なるほどこうなるのかと、読者は、改めて植物の持つ不思議な力に考えをめぐらせることとなり、知らず知らずのうちに、科学的な考え方が身に付くという体験を味合うことができる。例えば、世界でもっとも高い木はカリフォルニアにあるセコイアの仲間のレッド・ウッドという木だそうで、背丈が115メートルにもなるという。普通の人なら、「世界には随分背の高い木があるものだ」で終わってしまう。ところが戸塚は違う。「一体、レッド・ウッドはどのようにして水を100メートル以上の高いところまで持ち上げているのだろうか?」と発想をする。言われてみれば、なるほど不思議なことなのではあるが、凡人は言われるまで、この不思議さに気が付かない。正解はこの書籍を読んでみていただくしかないが、この書籍の最大の魅力は、物事をどう見れば、科学的に正しい見方ができるのかが、平易に記されていることであろう。

 当然、戸塚の本職である物理学について多くのページが割かれている。ガリレオに始まり、マックス・プランクのプランクの定数の意味すること、さらにアインシュタインの有名なE=mc2の方程式に至るまで、単に教科書的な解説というより、これらの天才達が、如何にして偉大な成果を挙げてきたのかの道筋を懇切丁寧に解き明かしてくれる。時としてその内容は、高度になり、一般の読者が読みこなすのは困難な個所もあるが、それはそれ、自分のペースで読み、アウトラインを掴んでいけば、おぼろげながらでも、人類がたどってきた物理学の概要が掴める構成になっている。そして、読み進んでいくと最後に、戸塚の専門であるニュートリノの話題が登場し、現代の物理学がどのような課題に取り組んでいるのかが、次第に明らかにされる。この書籍は、あくまでニュートリノは何かを説明するというよりは、ニュートリノに行き着く道程が、素人でも理解できるように工夫されて書かれているところに特徴がある。もし、戸塚が存命で、ヒッグス粒子の存在が明らかにされつつある現在を知ったら、また、新たなページが書き加えられることであろう。

 戸塚洋二は、1942年静岡県富士市生まれ。1965年、東京大学理学部物理学科卒業。1972年、同大学大学院理学系研究科博士課程修了、理学博士。1995年、東京大学宇宙線研究所附属神岡宇宙素粒子研究施設長。1998年、「スーパーカミオカンデ」で、ニュートリノ振動を確認し、世界で初めてニュートリノに質量があることをつきとめる。2002年、高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所教授。同年、パノフスキー賞(アメリカ物理学会)受賞。2003年~06年、高エネルギー加速器研究機構長。2004年、文化勲章受賞。2005年、東京大学特別栄誉教授。2007年、ベンジャミン・フランクリン・メダル(物理学部門)受賞。同賞は世界の物理学賞の中でも特に権威の高いものとされており、これまで同賞を受賞した江崎玲於奈、小柴昌俊、南部陽一郎はノーベル賞も受賞している。このため戸塚洋二は、「ノーベル賞に最も近い日本人の一人」と言われながら、2008年7月10日に死去し、幻のノーベル賞受賞者に終わってしまった。この書籍は、「世界で初めてニュートリノに質量があることをつきとめた」偉大な物理学者の後世に残した遺書といってもいいのかもしれない。(STR:勝 未来)

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