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ものづくりへのオマージュその11

2008年07月29日 | Weblog
団塊世代の矜持

 エチレングリコール(以下、グリコールと略す)は沸点がほぼ198℃と高いため、常圧での蒸留精製は困難であり、10mmHg*6)の所謂真空蒸留を行っていた。この真空を得るため、10m以上*7)の蒸留塔の上にスチームジェットとそのコンデンサー(バロコン)の組み合わせからなる多段の真空装置を備えていた。コンデンサーには海から汲み上げた海水をそのまま使用するのだが、夏場工場の海水使用量が増えると供給量が落ちる。途端に精製塔の真空度が怪しくなる。まず、グリコール製品の等級変更のため製品タンクへの現場送液バルブを手動で切り替える。そして10mの精製塔へ猿梯子を駆け上がり、真空装置の状況を確認する。海水の出が悪い時は、プラントの海水入口のストレーナー(フィルター)切り替えが必要で、大きな手動バルブを大至急操作する。ストレーナーを逆流させて掃除すると、大きな魚が掛かっている時もあった。夏場の夜間、これらの操作を繰り返した入社1年目の夏には、66kgの体重が瞬く間に62kgまで激減した。

 海水圧が問題であれば一過性だが、コンデンサーが海水で侵食され穴が開いていると厄介で、目に付きにくい箇所の穴に気付かないと正常に復さないから大変である。ここらあたりを心得て発見が早いと、神様になれる。

 また、グリコールはエチレンオキサイド(以下、オキサイドと略す)に約10倍量の水を接触させて生成させると先に解説した。グリコールの精製の第一段階は、この過剰な水*8)の除去である。3段エバポレータ(蒸発缶)によってほとんどの水を分離するが、分離した水は再び反応槽に還される。しかし、オキサイド中にはアルデヒド等不純物が存在する*9)ため、これが分離された水*10)に濃縮されてくるとグリコールの品質が悪化する。第1等級のグリコールは当然ポリエステル繊維原料向けであるが、この規格には紫外線吸光分析値という非常に感度の高い厳しいものがあった。従って、当時世界でも最高品質のグリコールを作っていたのではないかと思う。反応原料水の悪化は製品グリコールの紫外線吸光度に途端に影響する。グリコール反応器へのエバポレータからの還流水を排して、高純度水を供給する。この操作は水の有効利用とのトレードオフであるが、これを手抜きせずしかも適切に操作できれば神様になれる。

 同じ製造装置でものを作っても、従業員がいかにプロセスの変動に速やかに対応するか、またコスト意識を持って行動するかで、品質・コストは大きく左右される。われわれ団塊世代は、太平洋戦争時の海軍で鍛われたような先輩世代からの薫陶もあり、ものづくりには当然に真摯に取り組んだ自負がある。


 
 *6)常圧(1気圧)は760mmHg。10mmHgとはすなわち0.013気圧。
 *7)ほぼ真空状態では、海水シールのピット水は10m吸い上げられるため、真空蒸留等の高さは10m以上必要となる。
*8)グリコールはオキサイドと等モルの水から成る。従って10倍量の水のうち90%は過剰である。
    (CH2-CH2)-O + H.OH → (CH2-OH)2             
   エチレンオキサイド  水   エチレングリコール
 *9)オキサイド生成の折に副生する微量のアルデヒド類は、オキサイドプラントの最終精製工程でも完全分離は難しいため、アルデヒドをほとんど含まないオキサイド(オキサイド製品として外販)とアルデヒドを残したオキサイドに分けられる。このアルデヒドを残したオキサイドがグリコールの原料として使用される。
 *10)その後エバポレータからの還流水は、イオン交換樹脂で処理して反応器に還されるようになった。
コメント
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