「泣き虫弱虫諸葛孔明」「ジャック・リッチーのあの手この手」

明けましておめでとうございます。
本年も月2回くらい更新していくつもりです。
どうぞよろしくお願いします。


お正月は、「泣き虫弱虫諸葛孔明 第4部」(酒見賢一/著 文芸春秋 2014)を読んでいた。
思えば、昨年に引き続き、お正月は三国志ものを読んでいる。
本書は、劉備軍団が蜀を手に入れるところから、劉備、関羽、張飛が亡くなるところまで。
このペースだと、あと1冊で完結するだろうか。

このシリーズは、自己言及的な、三国志の記述を茶化すような、登場人物たちにツッコミを入れるような筆致が面白い。
本書も相変わらず面白かった。

でも、こういう書き方は万人には向かないかとも思う。
本シリーズは、北方謙三版「三国志」の10分の1も売れていないのではないか。
個人的には、「泣き虫弱虫諸葛孔明」のほうがずっと好きだけれど。

それから、もう1冊。
「ジャック・リッチーのあの手この手」(ジャック・リッチー/著 小鷹信光/編・訳 早川書房 2013)

本書は短編集。
全23編を5つのジャンルに分け収録している。
収録作は以下。

前口上 小鷹信光

謀之巻(はかりごと)
「儲けは山分け」(高橋知子/訳)
「寝た子を起こすな」(高橋知子/訳)
「ABC連続殺人事件」(高橋知子/訳)
「もう一つのメッセージ」(高橋知子/訳)
「学問の道」(松下祥子/訳)
「マッコイ一等兵の南北戦争」(松下祥子/訳)
「リヒテンシュタインの盗塁王」(小鷹信光/訳)

迷之巻(まよう)
「下ですか?」(小鷹信光/訳)
「隠しカメラは知っていた」(高橋知子/訳)
「味を隠せ」(高橋知子/訳)
「ジェミニ74号でのチェスゲーム」(小鷹信光/訳)

戯之巻(たわむれ)
「金の卵」(高橋知子/訳)
「子供のお手柄」(松下祥子/訳)
「ビッグ・トニーの三人娘」(松下祥子/訳)
「ポンコツから愛をこめて」(松下祥子/訳)

驚之巻(おどろき)
「殺人境界線」(小鷹信光/訳)
「最初の客」(小鷹信光/訳)
「仇討ち」(松下祥子/訳)
「保安官が歩いた日」(高橋知子/訳)

怪之巻(あやし)
「猿男」(松下祥子/訳)
「三つめの願いごと」(小鷹信光/訳)
「フレディー」(松下祥子/訳)
「ダヴェンポート」(小鷹信光/訳)

それから、巻末に収録作品改題。

ジャンル分けの表題や、前口上が凝っている。
というよりも、凝りすぎている。
ミステリの編者は、こういうところで、どうもつい凝りすぎてしまうようだ。

ジャック・リッチーは短編の名手。
とぼけた語り口が、そのまま伏線を隠す目くらましとなっている、見事な短編を書く。
それに、どの作品も読みやすい。

「寝た子を起こすな」「ABC連続殺人事件」「もう一つのメッセージ」の3編は、迷探偵ターンバックルもの。
ターンバックル物は、ほんとうに素晴らしい。
これだけで、一冊編んでくれないだろうか。

つねに過剰な推理を披露するターンバックルは、大変な読書家でもある。
「ABC殺人事件」のなかで、相棒のラルフはこう語っている。

「かつて燃えさかる建物に、図書館のカードを取りに戻った刑事はこいつくらいだ」

それに対するターンバックルの反応はこうだ。

《何年も前の話だが、この一件を持ち出されると、わたしはいまだに赤面する。カードは簡単に再発行してもらえるとあのとき知っていたら、眉毛を犠牲にしなくてもすんだのだ》

とぼけた味わいをたもちながらも、鋭く孤独さを感じさせる一連の作品も忘れがたい。
本書のなかでは、「学問の道」「三つの願いごと」がそれに当たるだろう。
「三つの願いごと」は、悪魔が3つの願いごとをかなえてくれるという話の、無数にあるバージョンのひとつだ。
でも、こんな手はかつてつかわれたことがあっただろうか。

さて。
さきほど書いた通り、ジャック・リッチーの作品は読みやすい。
でも、あんまり読みやすくて、読むはしから忘れてしまう。
お正月に読んだのに、もうほとんどなにもおぼえていない。
唯一、おぼえていたのは「リヒテンシュタインの盗塁王」

リヒテンシュタインからの留学生、ラドウィックは、留学して半年あまりたってから、寄宿先の〈ぼく〉に、自分の特技は盗塁だと打ち明ける。

「自分の能力と適性を分析して、それがきみたちの国の偉大な国技である野球に向いていることがわかり、ぼくの出番もありそうだと気がついたのさ。盗塁にかけては飛びぬけた成績をあげられると思う。ぼくは機敏でカンがいいし、静止状態からたったの二歩で全速力にまで加速できるんだ」

というわけで、ラドウィックは〈ぼく〉が所属するチームに参加。
じっさい、ラドウィックは素晴らしい足の持ち主。
とはいえ、バッターとしてはうまくバットをボールに当てるものの、飛距離がでない。
そこは足でカバーして、内野安打にもちこむ。
そして、塁にでれば盗塁する。

ラドウィックはチームの切り札に。
〈ぼく〉のチームは、その年のリーグで快進撃を続ける。
が、じき相手チームはラドウィックの弱点に気がつき、ラドウィック・シフトを敷くようになり――。

解題によれば、本作品はボーイ・スカウトの雑誌に掲載されたとのこと。
意外性には欠けるけれど、語り口は愉快で、後味はさわやか。
少年向けの短編として、過不足がない。
眠る前に読むと、いい気持ちで眠りにつける。
そんな1編だった。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )