さすらい人の独り言

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さすらいの風景 リスボン その2

2020年05月14日 | 海外旅行
発見のモニュメントは、エンリケ航海王子の500回忌を記念して1960年に造られたものです。リスボンで欠かせない観光スポットの一つになっています。

エンリケ航海王子(1394~1460年)は、アヴィス朝を創設したジョアン1世の息子で、探検家・パトロンとしてアフリカ西海岸、さらにインド航路開拓を推し進めた大航海時代の重要人物です。



発見のモニュメントの置かれた広場には、世界地図とともにポルトガルの諸外国への到来年が記載されています。



セイロン。



東南アジア。



1541年に日本を発見。

発見というのはポルトガル側の驕った言い分で、日本側の立場から言えば、南蛮人がやってきたということになります。植民地化されることなく、キリスト教は拒んだものの南蛮文化は取り入れた日本は偉かった。

中華思想では、中華の四方に居住する周辺民族を「四夷」すなわち東夷、北狄、西戎、南蛮と呼び、中華思想における支配民族による異民族への蔑称を意味しています。日本自体が中国にとっての東夷に属するわけですが、ポルトガルやオランダ人を南蛮と蔑称で呼んで自分の方が上と勘違いしたことが、植民地化を免れたことの背景にあるのかもしれえません。



船を模したモニュメントには、エンリケ航海王子を先頭に、同時代の探検家、芸術家・科学者・地図制作者・宣教師らの約30名のポルトガル人の像が並んでいます。



脇には天球儀が置かれています。



先頭に立つのはエンリケ航海王子。二番目はアフリカ・ポルトガル帝国を形成したアフォンソ5世、四番目は、インド航路を開拓したヴァスコ・ダ・ガマ。五番目はブラジルに到達したペドロ・アルヴァレス・カブラル。六番目は初の世界一周を達成したフェルナン・デ・マガリャインス(マゼラン)。





最後から二番目の跪いて祈っているのは、日本で布教活動を行ったイエズス会宣教師フランシスコ・ザビエル。



フランシスコ・ザビエルの頭を見ると、日本の歴史教科書の絵でお馴染みの河童頭(トンスラ)はしておらず普通の髪型です。フランシスコ・ザビエルで河童頭を思い浮かべるのは日本人だけです。



西側の面。こちらは、知られていない人ばかりです。





川岸からは、4月25日橋も見えていました。
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